(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです
307 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2015/05/31(日) 19:26:21 ID:QG06inBk0












23 フジノヤマイ

308 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:27:21 ID:QG06inBk0

言い放たれたその言葉は、胸に深く突き刺さった。
その真っ直ぐな視線を、逃げないで受け止める。

誰を守るのだとか、どんな敵がいるのかだとか、そんなことは関係がない。

誰かの為が、自分の為になる。
それこそが、御主人様が僕に望んでいる役割。
御主人様が示してくれた答え。

そして、僕自身も、そうありたいと強く思っていた。

既に生まれてしまった不老不死の生きる意味。
ホムンクルスの生きる意味。

生まれてから数か月。
今はまだすべてが未経験。
いずれ現実の光景がつまらない日常の繰り返しになってしまうかもしれないことを、
御主人様は予想していたのかもしれない。

309 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:29:05 ID:QG06inBk0

ヒトが生きていくためには理由がいる。
それは、人と同じ心を持つ僕にも同じこと。
そうでなければ、絶望の暗礁に乗り上げてしまって動くことが出来なくなってしまう。

生きていられなくなってしまう。

誰かの為にが自分の為に。
その永久機関が錆ついてで動かなくなってしまうまでは、僕は僕でいられるように。



(`・ω・´) 「さて、君の相手をしてもらうのは…………入ってくれ」

御主人様が、僕の背中に向かって声をかける。
振り向くと、扉を開けてワカッテマス様が入ってきた。
紺色に金で縁取った鎧。重装と呼ぶには頼りなく、軽装と呼ぶには隙がない。
錬金術師にはおよそ不釣り合いな無骨なもの。

(`・ω・´) 「こうしてちゃんと顔をあわせるのは初めてではないか?」

(´・ω・`) 「はい」

( <●><●>) 「ショボン……ですね」

310 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:31:14 ID:QG06inBk0

(`・ω・´) 「弟のワカッテマスは人見知りでな。
       だが、錬金術の腕は一流、剣術は超一流の騎士にすら匹敵する」

迷惑そうな顔をしている風に見えるが、真意は読めない。
本当に嫌なのであれば、そもそも僕の相手など断るはずだ。

(`・ω・´) 「これをやろう。これからの……修行に役立つはずだ」

(´・ω・`) 「ありがとうございます」

手渡されたのは布で包まれた細長いもの。
それは、両手で受け取ってもなお重いと感じた。

包みの中から出てきたのは、雪のように白い刀身を持つ長い剣。

錬金術で拵えたものではなさそうだ。
片手で持つと全身のバランスが崩れるため、不格好になってしまう。
剣の構えかたにも慣れていかなければならない。

(`・ω・´) 「気に入ってくれたかな?」

刀身に長いこと見とれていたが、御主人様の声で現実に引き戻される。
抜き身ではあまりに危険なため、取り敢えず鞘にしまう。

311 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:33:11 ID:QG06inBk0

(`・ω・´) 「名前はない。鋭く、危険なように見えるが、刃もついていない.」

(´・ω・`) 「錬金術で造られた剣ではなさそうですが……」

(`・ω・´) 「昔、私が街に行ったときに譲ってもらったのだよ。
       人助けをしたお礼にね」

儀礼用の剣にしては、装飾が控えめすぎる気がする。
とはいえ、せっかく戴いたのだから早速明日から使ってみよう。
ワカッテマス様は、無言のまま僕らのやり取りを見ていた。

無口な人だとは知っていたが、全くと言っていいほど会話をしていない。
御主人様とですら、二言三言話せば多い方だ。

( <●><●>) 「明日朝から始めます。では」

最低限の情報すら教えてくれず、ワカッテマス様は部屋を出ていった。
後に残された僕は、その背中を見送った後、御主人様を振り返る。
それだけの動作で察してくれたのか、必要なことは全て教えてくれた。

312 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:33:52 ID:QG06inBk0

(`・ω・´) 「裏の森に広めの空間を用意してある。
       疲労が抜けやすいように工夫しておいたから、思いっきり動いてきなさい」

(´・ω・`) 「ですが、いくら刃が無いとはいえ、これでも当たればワカッテマス様に怪我をさせてしまう恐れも」

僕の場合、たとえ相手が真剣を使っていようとも、傷は一瞬でふさがる。
訓練を想定するのであれば、むしろそちらの方が効果が高いかもしれない。
しかし、ワカッテマス様は普通の人間だ。
骨が折れでもしたら、完治までは数か月かかることもあるだろう。

(`・ω・´) 「明日になればわかる。さて、そろそろ私も研究書を書くことに専念するよ」

(´・ω・`) 「すいません、長くお邪魔をしました。失礼します」

辺りは暗くなってきているが、夜の食事まではまだ時間がある。
少しでも剣に慣れておくために、外に出て素振りをすることにした。

裏庭に出て、鞘から剣を抜く。
そもそもなぜ切ることのできない剣になぜ鞘があるのか。
抜身で腰に結ぶのには抵抗がないわけではないが……。

313 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:36:13 ID:QG06inBk0

気にはなるが、わざわざ御主人様に聞きに行くまでもないことだ。
食事の時にでも時間はあるだろう。

両手でまっすぐ正眼に構える。

剣の知識はさほど多く無いが、このての両刃剣であれば、この構えが王道だろう。
片手で扱うには少々重すぎるし、慣れないうちからあまり型にはまらない使い方をするのもよくない。

まずは全力で振りぬいてみる。
上段から下段まで、風を切る音が鼓膜を揺らす。
剣の重量もあればこそ、これだけでも受け斬るのは難しい。

次に横薙ぎに振ってみるが、これはうまくいかない。
対象が無いせいか、どこまで力をいれていいものかがわからず、剣線がブレてしまう。
裏の森の木では剣が通らず、腕が痺れ痛い思いをするだけだ。

(´・ω・`) (もう少し軽いほうが使いやすいかな……)

314 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:36:55 ID:QG06inBk0

ホムンクルスの筋力量は全く増減しない。
常にベストに整えられるわけだからそれも当然だが、逆に鍛えることの意味も薄れてしまう。
一般的な成人男性に比べれば、力は大分強いと教えてもらってはいるが、
そもそも比較をしたことがないのでわからない。

運動すれば汗をかき、体力を消費する。
小一時間ほどだろうか、剣を振り回していたら二階の窓から声をかけられた。
デレーシア様が手を振りながら晩御飯ができたことを教えてくれる。

すぐに向かうと答え、剣を収める。
結局のところ、独学で学ぶものではないという結論に至った。
相手を想定していなければ意味がないということだ。

明日になればワカッテマス様が稽古をつけてくれる。
急いで技能を身に付ける必要があるわけではない。
屋敷の中に敵意をもって剣をふるう相手などいるわけもなく、まして戦争に参加するのではないのだから。

315 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:37:35 ID:QG06inBk0

・  ・  ・  ・  ・  ・



( <●><●>) 「漸く来ましたか」

裏の森の中、空地には既にワカッテマス様が立っていた。
昨晩の装備に長さが異なる漆黒の剣を二本下げている。
こうしている様子をみると、錬金術師には見えない。

肩幅はしっかりとしているし、鎧の隙間から見える筋肉はバランスよくついている。
引きこもって研究をしている人間の体格ではない。

(´・ω・`) 「すいません、お待たせしました」

( <●><●>) 「あなたの分の鎧を用意しています。それを身に付けなさい」

森の中においてあるのは、全身を覆うタイプのもの。
戦場の最前線で戦う騎士がよく身に付けている。
乱戦のさなか、不意の一撃すら受けきることができる丈夫な鎧。

316 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:40:00 ID:QG06inBk0

(´・ω・`) 「いえ、鎧は無しでやろうかと思います」

森の中に鎮座しているには似合ない、真っ赤な鎧が趣味に合わなかったからではない。
別の確固たる理由がある。

( <●><●>) 「……私は真剣を使いますよ?」

(´・ω・`) 「構いません」

まず第一に鎧それ自体があまり好きではない。
身に付ければそれだけ動きが制限されてしまうし、傷が再生する僕にとっては枷でしかない。
実際の戦場であれば役に立つが、逆に訓練の場では必要ないと思う。

第二に、指導をしてくれるのだから、あまり激しいこともないはずだ。
まだ剣を握ったばっかりの僕には、手加減は必要以上にしてくれる、その予想はたった三分後には覆された。

お互いがある程度距離をとり、剣を構えて向き合う。

開始の合図はなく、いきなり懐に飛び込んでこられた。
咄嗟のことに対応できず、迫ってくる剣を受けることだけに頭を使う。

317 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:41:22 ID:QG06inBk0

(;´・ω・`) 「くっ!」

( <●><●>) 「遅いです」

(;´・ω・`) 「まっ……」 


金属音と共に、跳ね上げられた剣。
木に当たって鈍い音をたてて地面に転がった。

いきなりの実戦形式はまだいい。
だが、受けにくいような角度で数度の打ち込み、無理して関節を曲げれば握力が落ちるのは必然。

ものの数回ので武器を奪われてしまった。
喉元に突き付けられる黒剣。
急所を正確に狙ってくる剣先に、冗談が混じっているようには見えない。
両手を挙げて降参の意を示していることが、なんともむなしく思える。

318 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:43:42 ID:QG06inBk0

(;´・ω・`) 「も、もう少し手加減を……」

( <●><●>) 「……剣を拾ってきてください」

言われた通り、剣を拾いに行く。
この調子で続くのであれば、あまりのスパルタに心が折れてしまいそうだ。
剣の握りを確認し、再び迫ってくるワカッテマス様と正面から相対した。



(;´ ω `) 「はぁっ……はぁっ……」

( <●><●>) 「どうしました? もう限界ですか?」

息を切らしている僕とは逆に、汗一つ書いていないワカッテマス様。
僕は、その黒い鎧に一筋の傷をつけることもかなっていない。

剣の振り方から教えてもらえると思っていた僕が甘かった。
いきなり何も言わずに実践から入り、全身に切り傷を刻まれる。

全て一瞬で再生するわけだが、痛みによる精神的疲労は蓄積するばかり。
此方の攻撃はすべて躱されるか受けられてしまう。
これは"教える"ということに入るのだろうか。
そんな疑問は、全くの無意味。

319 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:45:03 ID:QG06inBk0

諦めてしまうことは簡単だが、自らの意志で強くなると決めたのだ。
これでおしまいでは流石に面目が立たない。

僕は御主人様に作られた唯一無二ホムンクルスであり、知識量だって並みのものではない。
頭の中には、剣を持った時の型や、より実戦的な戦い方も入っている。
ここまで圧倒的に負けたままではいられない。

(;´・ω・`) 「いえ……いきます!」

大振りは当たらないということが分かった。
しかし、剣の重量もあり小さく振ることは難しい。
必要なのは当てるための必要最低限、全身を用いたコンパクトな動き。

斬りつけるというよりは、当てに行く。

( <●><●>) 「……」

右肩を狙った一撃は横への移動で避けられる。
先程はこの後に無理に追いかけたのがいけなかった。
剣を置いていき身体だけ動かしてついていこうとすれば、反撃を受ける。

320 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:50:10 ID:QG06inBk0

(´・ω・`) 「ふっ!」

無理に軌道を変える。斜めから横薙ぎにへ。
既に体を動かしているワカッテマス様は剣で受けるしかない。
剣が交差してから体重を乗せるように踏み込む。

( <●><●>) 「……」

(;´・ω・`) 「!?」

今日初めて鍔迫り合いの状態に持ち込むことができ、
そのまま押し込もうと力を込めた瞬間、両腕から力が抜けた。

(;´-ω・`) 「ぐうぅぅっ!」

( <●><●>) 「今日はここまでにします。明日もまた同じ時間に」

それだけ言うと、ワカッテマス様は屋敷の方に戻っていく。
再生した腕を確かめるように動かす。
最後の一撃は、全く反応できなかった。
僕の剣とぶつかっていたはずの黒い剣に、一瞬で腕を切り落とされていた。

321 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:53:27 ID:QG06inBk0

タイミング良く拮抗状態を崩され、力をかけすぎた僕のバランスが崩れる隙を狙われた。
口で言うのも理解するのも簡単だが、実際に行うのは相当な技量が必要になる。
御主人様の言う通り、しばらくは全力で戦っても問題なさそうだ。

(´-ω-`) (しかし、本当に容赦ないな)

まるまる二時間近く、ずっと戦っていたが、
両腕に限らず、胸や腹、背中、顔までも斬りつけられ、全く気づかいや優しさの欠片を感じない。
おかげで服も心もボロボロだ。

僕のことを心底嫌ってるのではないかとすら思ってしまう。
誰かと楽しげに話しているところなど見たことはないが。

(`・ω・´) 「どうだったかね?」

暫く木陰で休憩していると、御主人様が森に入ってきた。
ベルトにさした空の試験管と、大きめの鞄。汚れた茶色のローブと同じ色の手袋。
これから森の奥に採取に行くついでに寄ってくれたのだろう。

(´・ω・`) 「全く歯が立ちませんでした」

(`・ω・´) 「ははは。そうだろう。ワカッテマスは騎士団にいたこともあったからな。
       あの通り無口で全く連携が取れないものだから、随分と嫌われていたらしいが」

322 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:54:50 ID:QG06inBk0

笑いながら御主人様は恐ろしいことを言う。
地域の保安を任されている騎士教会。そのさらに上位集団である騎士団。
三年に一度しか入団試験が行われず、合格した者は紛争地帯の最前線で戦う。

騎士団に所属した者の初年生存率は、選りすぐりにも関わらず十パーセント以下だという。
それだけに、生き残った者の実力は折り紙付きだ。
そんなところに所属していたのだ。生まれたばかりの僕がかなうわけがない。

(`・ω・´) 「デレーシアが心配していた。早く帰ってあげなさい」

(´・ω・`) 「はい。これから採取ですか?」

(`・ω・´) 「ああ、昼前には戻るつもりだ。薬は先ほど飲んでいたから大丈夫だとは思うが、
      もし何かあったら頼むぞ緊急時の薬なら私の部屋と彼女の部屋にあるはずだ」

(´・ω・`) 「わかりました。お気をつけて」

(`・ω・´) 「ありがとう」

323 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:56:26 ID:QG06inBk0

腰についた泥を払落し立ち上がる。
御主人様の採取に着いていきたくもあったが、屋敷で彼女が帰りを待っているだろう。
来た道を引き返すと、裏口から少女が出て来る。

ζ(゚ー゚;ζ 「ショボン、大丈夫?」

(´・ω・`) 「ええ、遅くなりました」

ζ(゚ー゚*ζ 「遅いわよ。ワカッテマスなんてもう三十分以上前に帰ってきてたわ」

木陰で随分とゆっくりしていたようだ。
少女が心配するのも無理からぬことか。

(´・ω・`) 「御心配をおかけしました」

ζ(^ー^*ζ 「いいわ、許してあげる。その代り、午後は私の散歩に付き合ってね」

(´・ω・`) 「御主人様の許可は?」

ζ(゚ー゚*ζ 「最近は調子がいいから、少しなら構わないっ……ごほっ……けほっ……」

324 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:57:34 ID:QG06inBk0

話しているそばから咳き込む少女。

(;´・ω・`)  「大丈夫ですか!?」

ζ(゚ー゚;ζ 「う……うん。ちょっと咽ただけだから」

(;´・ω・`)  「ですが……」

ζ(゚ー゚;ζ 「心配しないでショボン。パパの新しい薬のおかげかな。すごく体調がいいの。
        散歩に行きましょう」

たかが咳、されど咳。
少女の病状は複雑難解で一言二言で語れるものではない。
御主人様が出かけている今、安静にしていた方がいいのだろう。

だが、その提案はすぐに却下された。
確かに顔色が悪いわけではなく、足取りもいつも通り。

だからこそ、デレーシア様の出かけたいという言葉を僕は強く否定できなかった。

(´・ω・`) 「わかりました。ですが、体調がわるくなった時はすぐにいってください」

ζ(゚ー゚*ζ 「わかったわ。それじゃ、行くわよ」

325 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 19:59:18 ID:QG06inBk0

(;´・ω・`) 「早速ですか?」

まだ剣を腰に結んだままにしているし、服は所々破れている。
付近に人が住んでいないとはいえ、この格好で歩き回るのは遠慮したい。
その旨を告げると、着替える時間だけ待ってくれることになった。

急いで自分の部屋に戻り、適当に見繕って出て来る。
悩んだが、剣は一応持ってくることにした。

ζ(゚Λ゚#ζ 「遅い!!」

(;´・ω・`) 「これでもかなり急ぎました。それで、どちらの方へ行く予定ですか?」

少女の散歩ルートは三つ。
正面玄関から出た後、裏の森に沿って東西にそれぞれ向かっていくものと、
そのまま正面の丘陵地帯を歩き回るもの。

ζ(゚ー゚*ζ 「今日は向こうまで行ってみようと思うの」

デレーシア様が指さすのは丘の上に立っている老樹。
御主人様に聞いた話だと、それは遥か昔から一本だけ立っているらしい。
他のどの植物にも当てはまらない特徴を持っていることから、様々な異なる名で呼ばれている。

326 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:02:01 ID:QG06inBk0


神樹、天ツ軛、碧乙女、幽冥の大樹、世界の楔、牢ノ珠、這う者。


そのどれもがこの樹の一面を言い表したものにすぎなかった。
御主人様はその全てを一つの名前にまとめ、≪八天極樹≫と呼んでいる。

それだけ珍しい大樹にも拘らず、付近の人間が近寄ってこないのには理由がる。
八天極樹の麓には数千の死体が眠っており、近寄れば生気を吸い取られるという噂からだ。
遥か昔の話だが、実際に近くの村人が数百人が早死にしたという。
それからは畏れられ、誰も近づこうとはしない。

御主人様によると、その村人たちは運悪く真咲きに当たってしまったからだという。
季節に応じて枝と花が異なる様相に変化する。

その中で、数百年に一度しか咲かない種類がある。
それこそが、大樹の形態の中で最も危険であるのだが、古の人々はそれが危険だと伝えることができなかった。

何故ならば、その姿を見た者は、その香りをかいだ者は、その声を聴いたものは、誰も生きていないからに他ならない。
御主人様は過去の事例と研究から一つの仮説を導き出した。

それが≪真咲き≫

327 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:03:22 ID:QG06inBk0

(´・ω・`) 「今の時期ですと……仙娘糸葉ですか?」

ζ(゚ー゚*ζ 「ええ、ここからでも良く見えるわ」

髪の毛のように細い緑葉は、大地に良く映える。
風に吹かれて舞い上がる様子は、乙女の後ろ姿にも見えるためにそう呼ばれている。

ζ(゚ー゚*ζ 「今は大丈夫?」

(´・ω・`) 「仙娘糸葉には毒性は全くありません」

八天極樹は錬金術の素材としてまだまだ研究途中である。
毒性のない六つですら未だ完全に把握しているとは言えない。
残り二つはほぼ手つかずだ。

即死性が高すぎて、誰もまともに研究台にまで持ち込むことができない。
錬金術師達は、いつか研究することを夢見ながら、遠くで指を咥えて見ている。

数々の錬金術を修め、ホムンクルスという最高峰の錬金術を生み出した御主人様は、
八天極樹こそが錬金術の真理に最も近い素材ではないかと言っていた。

328 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:06:07 ID:QG06inBk0

ζ(-ー-*ζ 「八つの花を咲かせしは 天の宝……」

デレーシア様が口ずさんでいるのは、八天極樹のことを謡う古の唄。
このあたりの村では当たり前のように誰もが知っている。
遥か長い時間を旅しているにも関わらず、どの地域でも歌の調べは全く同じ。

誰が作ったのか、何のために作ったのか。




八つの世界を繋ぎて照らせ        導きの灯
やっつのせかいをつなぎててらせ  みちびきのともしび 

七つの大海      六つの大陸
ななつのたいかい  むっつのたいりく

五つの言語      四つの信条
いつつのげんご   よっつのしんじょう

三つの人種      二つの性別
みっつのじんしゅ  ふたつのせいべつ

一つ光が全てを包む
ひとつひかりがすべてをつつむ

329 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:07:29 ID:QG06inBk0

空を支えし    満槻なれば     深き湖の如く        心を奪い 
そらをささえし  みづきなれば  ふかきみずうみのごとく  こころをうばい

地を這う  甲椰の果てに   小さき揺らぎの    命を灯し   
ちをはう  こうやのはてに  ちいさきゆらぎの  いのちをともし

離哭    闇に阿り
りこく  やみにおもねり

牢祖    星を塞ぎ   
ろうそ  ひかりをふさぎ

身を砕きて    生を捧げる     双天聖鳳
みをくだきて  せいをささげる  そうてんせいほう

時を護りし     大樹の化身     仙娘糸葉
ときをまもりし  たいじゅのけしん  せんこしよう

夢躯骸    累々として
むくがい  るいるいとして

遊華瞳    炯々として
ゆかどう  けいけいとして

那由多の彼方まで   共に有らんと
なゆたのかなたまで  ともにあらんと

330 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:11:13 ID:QG06inBk0

少女が謡い終った時、僕ら一つ目の丘の上まで来た。
後二つほど越えれば、八天極樹の麓にたどり着く。

ζ(゚ー゚*ζ 「この唄、なんのために?」

(´・ω・`) 「わかりません。昔の人々が時期ごとに姿を変えるあの大樹のことを畏れ敬ったのではないか、と」

ζ(-ー-*ζ 「でも、もっと直接的に伝えるべきじゃない?
        例えば……離哭は危ないって」

離哭は、春の終り頃から夏にかけての短い期間に咲き誇る漆黒の花。
丁度僕が生まれる少し前ごろに咲いていた。

夜になると、風が吹くたびに甲高い音が鳴り、その音を聞いてしまうと数日後には息絶えてしまう。
原因が全く分からず、従ってその時期には誰も近くを通らない。

黄泉の国の従者が吹く笛の音だと、まことしやかに囁かれている。

(´・ω・`) 「離哭は危ない、という知識だけは風化してしまいますが、
       唄にすれば後世まで伝わると、そう考えたのかもしれません」

331 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:13:42 ID:QG06inBk0

ζ(´Δ`*ζ 「ふぅん……」

納得したような、諦めたような微妙な返事。
どうやら質問はしたものの、さして興味がないらしい。

少女の話を聞きながら歩き、小一時間ほどで八天極樹の足元に着く。
近くに来ればよくわかる。この老樹がいかに規格外の大きさを誇っているか。

(´・ω・`) 「折角ですから少し、採取していきましょうか」

ζ(゚ー゚*ζ 「ええ、そうね。錬金術の役に立つのよね?」

(´・ω・`) 「仙娘糸葉もまだ研究中ですが、主に素材と素材を繋ぎ合わせるときに使います
       糸としての強度も申し分ないので、その方向でも有用です」

ζ(゚ー゚*ζ 「錬金術かー。私ももう少し勉強してみようかなぁ」

(´・ω・`) 「デレーシア様はどのくらい錬金術をされてるんですか?」

332 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:18:10 ID:QG06inBk0

知識はあるが、実際に研究室に立っているのは見たことがない。

ζ(゚ー゚*ζ 「私の身体が病気なのは知ってるわよね?」

勿論知っている。
昔は家から出ることもままならなかったぐらいだが、
僕が生まれる少し前くらいからは薬も出来て病状が安定しているということ。

その薬は御主人様が創り出したものであり、市販されていない。
おまけに素材が高価なため、今に至っても御主人様は金策に追われている。

ζ(゚ー゚*ζ 「薬と錬金術の相性が悪いの。言うなれば、全身に錬金術が施されてるみたいなものだから」

(´・ω・`) 「ああ、なるほど……」

僕みたいに完全に錬金術で構成されているのとは違い、
デレーシア様は病気と錬金術がバランスを保っていることが必須だ。
おいそれと、何が起きるかわからない錬金術を行うことは出来ないのだろう。

話しながら、適当に仙娘糸葉を集めていく。
新鮮なものほど緑色に近く、灰色のものとは分けて保存しなければならない。
どちらも錬金術の素材にはなるので、丁寧にまとめる。

ζ( ー ;ζ 「っ!」

333 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:19:11 ID:QG06inBk0

(´・ω・`) 「デレーシア様?」

急に作業の手を止めたかと思えば、風に吹かれるように地面に倒れた。
駆け寄った時には意識はほとんどなく、かなり危険な状態だと判断がつく。

すぐに少女を屋敷に連れて戻らなければならない。
その小さな体をそっと抱き上げ、あまり揺らさないように走る。

ζ( ー *ζ 「しょぼ……ごめ……」

呻くような声にまじって聞こえた小さな謝罪。

油断していた。
彼女の飲んでいる薬は決して病気を完治させるものではなく、
単純に症状を緩和させるためだけのものだということを、知っていはずなのに。

(;´・ω・`) 「頑張って、ください、デレーシア、様」

いくら小柄な少女と言えど、人ひとり抱えて走るのは楽ではない。
汗が吹き出し、両足が悲鳴を上げている。

334 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:22:48 ID:QG06inBk0

それでも走るのはやめない。
一刻も早く屋敷まで帰り、薬を飲ませなければならない。

(;´-ω・`) 「はっ……はっ……く、くすりっ……」

必死に走り、息も絶え絶えになりながら玄関に転がり込む。
驚いた様子のメイドは我に返ったように走って廊下の角を曲がっていった。
御主人様を呼びに行ったのだろう。

だが、御主人様は未だ採取からは戻っていなかった。
それ故、部屋のどこに薬があるのが分からない。

ζ( ー *ζ 「わたしの……へや……つく……えなか」

辛うじて意識があったのか、消え入るような声でデレーシア様は囁いた。
弾ける様に立ち上がり、二階に駆け上がって部屋の扉を開ける。
机の上に、それと分かるように薬が置かれていた。

緊急用とか書かれた薬の袋を破り、錠剤を一つ少女の口の中に無理やり入れる。
それを飲み込んですぐに、デレーシア様の呼吸はようやく落ち着きを取り戻した。

335 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 20:23:35 ID:QG06inBk0

ζ(-ー-*ζ 「……………………」

子供らしいかわいい寝息をたてながら、少女はベッドに横になっている。
枕元に水の入ったグラスを置き、部屋の椅子に座って様子を見守っていた。

容体が安定したことが確認できた頃、窓から御主人様が帰ってくるのが見えた。
失礼だとはわかっていたが、少女のそばを離れるわけにはいかず、窓から呼び止める。
異常事態であることをすぐに察してくれ、
採取した荷物もそのままに部屋まで上がってきてくれた。

(;`・ω・´) 「薬は飲ませたんだな?」

(´・ω・`) 「はい、緊急用と書いてあった方を、一錠」

(`-ω-´) 「そうか……なら大丈夫だ。助かったよ、ありがとうショボン。
       三日間は絶対安静だ。ショボン、君は部屋に戻りなさい」

(´・ω・`) 「……仙娘糸葉のせいでしょうか」

デレーシア様が体調を崩したのは、採取をはじめて少しした頃。
原因は他に考えられない。

340 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:22:48 ID:QG06inBk0

(`-ω-´) 「この娘が飲んでいる薬との相性が悪かったのかもしれん。ショボンのせいではない。
       私が出掛けても問題ないと判断したのだから。八天極樹のことも考えて、ね。
       自分を責めるんじゃない」

(´ ω `) 「はい…………」

自分の部屋に戻り、ベッドに身体を預ける。
翌日の訓練のことを考えようにも、デレーシア様のことで頭が一杯になっていた。



・  ・  ・  ・  ・  ・



翌日も、その次の日も、剣の訓練には身が入らなかった。
かといってワカッテマス様が手加減をしてくれることはなく、いたずらに痛みを与えられるだけの結果に終わっていた。
デレーシア様は未だに目を覚まさない。
御主人様が言うには、緊急用の薬には睡眠成分が入っているため、数日間眠り続けるらしい。

その間に必要な最低限の栄養は薬と一緒にされている。

341 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:23:32 ID:QG06inBk0


( <●><●>) 「……帰る」

(;´・ω・`) 「待ってください」

三日目の訓練が始まって十五分もたたないうちに、ワカッテマス様は剣を納めてしまった。
吐き捨てるように一言だけ言い残して、森を出ていこうとする。
とっさに道を塞ぎ、剣を構えた。

僕の態度がワカッテマス様を苛立たせてしまったことはよくわかっている。
デレーシア様のこととは別に、剣の上達は御主人様に求められていることだ。

その事を意識し直し、無手のワカッテマス様に対して切り伏せるような横薙ぎを振るう。
不意を突いたつもりが、甲高い金属音と共にしびれるような衝撃が全身を突き抜けた。
手も足も、痺れて感覚がない。
世界が傾き、意識を失った。

目を覚ましたとき、僕は森の広場に仰向けに倒れていた。
ワカッテマス様の後ろ姿はまだそう遠くない。
追いかけようと立ち上がったが、膝が震えてうまく立てず、その場にへたりこんでしまった。
両手もまだ震えている。

342 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:24:31 ID:QG06inBk0

その原因は、ぼんやりとなら思い出せる。
横薙ぎは抜刀の一撃と激しくぶつかり、弾かれそうになる。
それを防ぐため、最近慣れてきた流れるような剣線を描き、次撃に繋げようとした。
一つフェイントを挟んで、今度歯向かって左側から切り上げようとして…………。

その攻撃は完全に読まれていて、激しく武器を打ち付けられた。
想定していなかった衝撃で痺れて動けなくなった僕の首を、黒い線が通り抜けていく。

不死のホムンクルスの名は伊達ではなかった。
首を落とされてなお、わずか数秒で再生するのだから。

(;´・ω・`) 「はっ……はぁっ……はぁっ……」

身体は無事でも、心は半分に折れてしまった。
脂汗が背中を流れ、手が震えて剣は持てない。

数分とも数時間ともわからない間、僕はずっと森の中に寝ていた。

(`・ω・´) 「ショボン、大丈夫かね?」

343 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:25:12 ID:QG06inBk0

優しい声がして、視線だけそちらに向ける。
神の使いが迎えに来てくれたのかと思ったが、あの世の扉は僕を通してはくれない。

(´-ω-`) 「御主人様……」

(`・ω・´) 「ワカッテマスにやられたのか」

(´-ω-`) 「…………はい」

(`・ω・´) 「あれはなにも言わぬがな、大分怒っておったよ。そのくらいのことなら見ればわかる」

(´-ω-`) 「すいません……。僕が適当なことをしていたせいです」

(`・ω・´) 「気にするな。短気だが、その分機嫌を直すのも早い。それよりもそろそろ屋敷に戻らんか?
       デレーシアが目を覚まして退屈をもて余しているのでね。相手をしてやってほしい」

(;´・ω・`) 「戻りたいのは山々ですが……」

自力で起きることはまだできそうにない。

(`・ω・´) 「掴まりたまえ」

344 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:25:55 ID:QG06inBk0

(;´・ω・`) 「お言葉に甘えさせていただきます」

骨と皮ばかりの細い手は、力強く握り返してきた。
引っ張り起こされ、立ち上がる。いつの間にか、震えは止まっていた。

屋敷に戻ると、デレーシアが一足飛びに階段を飛び降りてくる。
先程まで寝ていたとは思えない。
飛び込んできた身体をなんとか受け止める。
洋服に泥がついてしまうことも気にせず、ただただ少女は抱き付いて離れなかった。

ζ(-ー-;ζ 「ショボン!!ごめんね……心配かけて……」

(´・ω・`) 「謝るのは僕の方です。危険な目に遭わせてしまい、すいませんでした」

ζ(゚ー゚;ζ 「パパが言ってたの。ショボンは悪くないって」

(´・ω・`) 「ですが……」

ζ(゚ー゚*ζ 「それじゃあ……三つだけ、私の言うことはなんでも聞くこと。それを約束してくれたら許してあげる!」

(´・ω・`) 「はい、なんでも」

345 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:26:35 ID:QG06inBk0

ζ(^ー^*ζ 「本を読むから部屋まで着いてきて。あっ、これは命令じゃないからっ」

満面の笑みで言う少女。
つられて僕も笑顔になっていることに気づく。どうやら厄介な約束をしてしまったようだ。
整頓された本棚から、何冊かを抜き取る少女。
ナンバリングされた冊子が別々の場所に入っているのを直しながら、話しかけてきた。

ζ(゚ー゚*ζ 「ショボンはどんな本を読むの?」

(´・ω・`) 「今は錬金術に関するものばかりです。御主人様の部屋には多くの書籍がありますから」

ζ(゚Λ゚*ζ 「それって面白い……?」

(´・ω・`) 「ええ、知らないことを知るのは楽しいです」

ζ(´ー`*ζ 「ふーん、そうかなぁ……。絶対こっちの方が面白いと思うんだけどなぁ」

少女が持っているのは、全四巻からなる錬金術創生の物語。
現実に則しつつ、現在でも不明な点は空想と仮説で埋められている。
僕も二巻までは読んでいるが、読みやすくて、なおかつ面白いと思う。

346 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:28:47 ID:QG06inBk0

作者は女性だったと思うが、名前は忘れた。

錬金術がいかにして始まったのか。
どうやって発展してきたのか。
それらを自らの旅の記録と平行して綴っているものだ。

(´・ω・`) 「今は何巻まで読まれたのですか?」

ζ(゚ー゚*ζ 「一巻が終わったとこ。
        沈み行く村、が一番面白かったな」

(´・ω・`) 「確かに。読んでいて緊張しました」

ζ(゚ー゚*ζ 「ショボンは同じ立場だったらどうするの?」

沈み行く村で、作者は一つの決断を迫られる。
町と心中しようとするとある村人一家。その家の子供はまだ分別のつかない幼子だった。
作者は両親を説得しようとするも、二人は一歩も引かない。
その間もじわじわと沈んでいく町。

347 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:32:06 ID:QG06inBk0

(´-ω-`) 「僕なら……やはり子供を助けると思います……」

作者もまた僕と同様の結論に至った。
子供を奪ったときの両親の顔は一生忘れられないだろう、と纏められていた。

ζ(゚ー゚*ζ 「難しいよね……。あ、二巻をとって」

(´・ω・`) 「はい」

デレーシア様の部屋には大量の本が並べられている。
病気であんまり外出できなかった頃、退屈しないようにと御主人様が買ってきたものだ。
丁寧に分類された棚から、目的の本を取り少女に手渡す。

ζ(゚ー゚*ζ 「なにか気になるのがあれば読んでもいいわよ?」

(´・ω・`) 「ありがとうございます」

晩のご飯まではまだ結構ある。普段読まないような本を読むのもたまにはいいかもしれない。

348 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:35:53 ID:QG06inBk0

・  ・  ・  ・  ・  ・



(#´・ω・`) 「はっ!」

三度目の刺突はやはり避けられた。
隙は少ないが、攻撃面が狭く、ワカッテマス様相手には軽くいなされてしまう。

ここ数週間で、試合はやっとそれなりの体を成してきた。
決着がつくまでに打ち合う回数が二ケタを超え、
足運びや体の動かし方は剣を握りたての頃と比べると圧倒的に上達している。

そのおかげで、ワカッテマス様との実力差がどれくらいあるのかにも気づいてしまった。
元騎士団所属の錬金術師。
圧倒的異端な男は、剣を用いた技術について未だ数段高みにいる。

(;´・ω・`) 「っ……」

349 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:36:33 ID:QG06inBk0

右腕の疲労は限界に近い。
重たい剣を前に向けて構え続けるのは、縦に構えるよりもずっと体力を消費する。

だが、これこそがこの特訓で身に付けた一対一の対人戦における最良の手段。
現に、ワカッテマス様からの攻撃を牽制しつつ、自分の思うように試合運びが出来ていた。

(´・ω・`) (次が最後……)

(#´・ω・`) 「おおっ!」

幾度となく繰り返した動作。
三歩の距離を詰め、大きく剣を振るう。
半円を描くかと思われた剣線は、出だしで受け止められた。

(´・ω・`) (後ろに下がらないのなら……っ!)

この三日間で一つの大事なことに気付いた。
刺突をメインに据えた僕に対するワカッテマス様の行動パターンは、一定であるということ。
一言もアドバイスをくれたことはないが、確かに技術を教えてもらっている。

恐らく、別の構えをすればそれに対応してくれるはずだ。

350 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:44:50 ID:QG06inBk0

そして剣を受けた時の行動パターンは今のところ三つ。
いなしバランスを崩しに来るか、そのまま拮抗させ僕が痺れを切らすのを待つか、
足を使って優位を取ろうとするか。

(´・ω・`) 「はっ!」

一度剣を引き、反撃される前に連撃に継ぐ連撃を繰り出す。
刃が無くても、これだけの重量物が当たれば怪我は避けられない。
このまま近接戦を続ければ、ワカッテマス様には受けるしか選択肢がない。
腕を振る度に金属音が激しく鳴り響く。

( <●><●>) 「!!」

見様見真似だった。
昨日足元を取られたときに見たワカッテマス様の足運び。
相手の重心に近い方へと一歩踏み込み、相手の体幹を揺らす。

同時に、踏み込んだ足の逆側から剣を振り下ろす。
足元に意識を向けさせてからの速度重視の一撃。

(;´・ω・`) 「はぁっ……はぁっ……」

351 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:46:52 ID:QG06inBk0

地面に転がっていた右腕は粒子になって消えた。
草の上には白き剣だけが落ちている。
痛みは既になく、服を染めた真っ赤な汚れもほとんど残っていない。

(´-ω-`) 「…………」



( <●><●>) 「お見事」


左手に握られているのは、黒身の小太刀。
右利きのワカッテマス様がバランスを崩した時に対応できるのは、左手だけ。
腰に差していた二刀のうちの残り。

それだけ言って両方の刀をしまうと、屋敷に戻っていく。
その後姿を見送った後、剣を拾って鞘に戻す。

(´・ω・`) 「……」

352 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:48:16 ID:QG06inBk0

初めて、ワカッテマス様に褒められた。喜びの感情が溢れ出て来る理由はそれだけではない。
自分でも確信できるほどの実感が湧いてくる。
しかし、どうしてこうも成長が早いのか。

剣の訓練など一朝一夕で身につくものではない。
休まずに戦場に身を置いていたとしても、立った一月程度でここまでの巧くなることはないだろう。

(´・ω・`) (帰ったら御主人様に聞いてみるか……)

少なくとも、ホムンクルスは運動が得意だとは聞いていない。

屋敷に戻って御主人様を訪ねたが部屋にいない。
そのまま研究室に向かうと、中から話し声が聞こえてきた。

(`・ω・´) 「体の調子はどうだ?」

ζ(゚ー゚*ζ 「うーん、少し熱っぽいけど、問題はないわ」

(`・ω・´) 「熱、か……薬が効かなくなってきつつあるのは言ったね」

ζ(゚ー゚*ζ 「うん……」

353 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:49:06 ID:QG06inBk0

(`・ω・´) 「効果の強い薬を作るには、裏の森でもっと奥の方に向かわないといけない」

ζ(゚ー゚*ζ 「パパが行くの?」

(`・ω・´) 「いや、私に何かあってはデレーシアの命に係わる。
       ショボンとワカッテマスに行ってきてもらおうと思う」

ζ(゚ー゚;ζ 「大丈夫よね?」

(`・ω・´) 「ああ、私の自慢の弟と息子だからね」

ζ(゚ー゚*ζ 「……出発はいつ?」

(`・ω・´) 「今日から一週間後だ」

(´・ω・`) (森の……奥……)

デレーシア様の為ならば、それが砂漠だろうと樹海だろうと行く覚悟がある。
あと一週間、何があっても対応できるように剣技を磨かなければ。
僕は足音を立てないよう研究室の前を去った。

354 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:50:58 ID:QG06inBk0

自分の部屋に待機していると、予想通り扉の向こうから足跡が二人分。
木張りの廊下は音をよく通す。

自分の部屋の前で音はやみ、扉が叩かれた。
入ってきたのは御主人様一人。
デレーシア様はそのまま自分の部屋に向かったようだ。

(`・ω・´) 「ショボン、少し話があるんだけどいいかな?」

(´・ω・`) 「ええ」

平静を装い、ベッドにかける。
御主人様は丸椅子に腰かけ、話始めた。
その内容は予想通り、先程聞いたものと全く同じ。
デレーシア様の為に、森の奥に行って素材を採取してくるという依頼。

(`・ω・´) 「森の奥には何があるかわからない。
       私も立ち入ったことがないし、危険に溢れているだろうと思う。
       ……それでも、行ってくれるだろうか?」

(´・ω・`) 「勿論です」

355 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:52:07 ID:QG06inBk0

即答した。
デレーシア様の為、僕にできることが有るならば、断る道理はない。

(`・ω・´) 「すまない……。ワカッテマスにも声をかけておく。二人で行ってきてくれ」

(´・ω・`) 「何を探してくればいいのでしょう?」

(`・ω・´) 「森の最奥に眠る命の源、"新緑元素"」

(´・ω・`) 「新緑……元素……」

僕の知識でさえ、その名前しか存在を知らない素材。
たった一握りで広大な砂漠を全て埋め尽くすほどの森を生み出すとも、
海にこぼしたせいで植物の島ができたとも言われている。

(`・ω・´) 「全ての森には新緑元素が存在している、と言われている。
       それがどこにあるかは不明だが、長年の研究で裏の森だけは、
       やっとその場所の近くまで行くことができた
       ワカッテマスには地図と目印を書いたメモを渡しておく」

(´・ω・`) 「必ず見つけて帰ってきます」

356 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:54:29 ID:QG06inBk0

(`・ω・´) 「出発はちょうど一週間後にする。それまでに準備を整えておこう」

(´・ω・`) 「僕は何を……?」

(`・ω・´) 「森の奥には危険な生物が多くいる。それらに対応するために剣術をより鍛えてほしい」

(´・ω・`) 「わかりました。
       それと一つ、お伺いしたいことがあります」

御主人様に会ったら聞こうと思っていた質問。
常軌を逸した技術習得能力について。
一度見た剣の使い方は、二〜三度繰り返せば自分のものにしてしまうほどの。

(`・ω・´) 「ホムンクルスの特性……とでも言えばいいか。
       私ですらその実力を測りかねているが、
       学習能力と予測能力が極端に高い」

(´・ω・`) 「学習能力と予測能力……」

(`・ω・´) 「武器などの扱いにおいては、他者の動きを見るだけで再現できる。
       錬金術においては素材の保存方法や加工方法がわかる」

366 名前:>>356と>>357の間[sage] 投稿日:2015/06/01(月) 00:38:25 ID:/lPDuYcE0


(´・ω・`) 「なぜ、そんなことができるのでしょうか。
       それに、僕の持っている知識はあくまで御主人様のコピーにすぎないはずです」

(`・ω・´) 「なぜそんなことを知っているのか、私にもわからない……だが、間違いないと確信している。
       ワカッテマスから話は聞いていたよ。ショボンの驚くべき成長をね」

僕は御主人様に作られたホムンクルス。
御主人様が知らなければ、誰にもわからない。

(´・ω・`) 「心配するようなことではありませんし、むしろ有難いとすら思います。
       この特徴のおかげで、デレーシア様の役に立てるのですから」

(`・ω・´) 「すまない……私は君の質問にすべて答える責任があるというのに」

(´・ω・`) 「いえ……それでは一週間後に出発する心づもりでいます」

(`・ω・´) 「それでは、私はワカッテマスと話しに行く。休んでいるところ邪魔をしたね。
       それと、剣を預かってもいいかね?」

357 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:56:49 ID:QG06inBk0

(´・ω・`) 「これをですか? 構いませんが」

剣をもって部屋を出ていった御主人様。
一人残された僕は、静まり返った部屋の中で自問自答する。


御主人様が生み出したホムンクルスなのに、御主人様が分からないことが有るのは何故か。

──錬金術の影響は森羅万象に及ぶ。それらの全ての側面を捉えきることは出来ない。


御主人様は何のために僕を生み出したのか。

──ホムンクルスの実験結果を用いてデレーシア様の病気を完治させるため。


ではなぜ、未だデレーシア様の病気は良くならないのか。
不死を得ることよりも治療が難しい病気など、あるはずがない。
不死とは全ての病を超越しているということに他ならないのではないか。

358 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/05/31(日) 23:58:12 ID:QG06inBk0

(´・ω・`) (病気は治したいが、不老不死にすることは出来ない、といった理由かな)

自分が不老不死に生まれたからこそ思う。
人間にとってこうなることは、決して幸せなことではないだろうと。

彼女はこれから大人になって、結婚して、子供を産んで、育てていく≪人生≫がある。
それら全てを失い、不老不死となってなお生きる意味は……ないかもしれない。
もっとも、そうまでして生きるかどうかは彼女が決めることだ。
だけど、御主人様はその選択肢を与えることを最終手段にしたいのだろう。

彼女が人並みの幸せを手に入れること。
それが御主人様の願いであり、僕の願いでもある。



(´・ω・`) (あと一週間……やれることはすべてやっておく)

359 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/01(月) 00:04:20 ID:/lPDuYcE0













23 フジノヤマイ  End


戻る inserted by FC2 system