(´・ω・`)エンドロールは滲まない('、`*川
317 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:00:45 ID:9jmJcA.g0

人ごみの中を歩くのは、いまだに苦手だった。
誰もが早足で僕を追い抜いていく。目的地にたどり着くまでに、何度も蛇行してしまう。
基本的にラッシュの時間帯にしか歩かないから、そう感じるだけかもしれないけど。

あるいは、仕事終わりで疲れているせいかもしれなかった。
今日も先輩といっしょに、得意先に顔を出して回った。
おかげで足が棒のようだ。早く家に帰って、窮屈な革靴を脱ぎ捨ててしまいたい。

(´・ω・`)「あ、どうしようかな……」

ふと、本屋に寄りたいなんて思いついてしまった。
特に目的があるわけではない。本当にただ、なんとなく思っただけだ。

学生の頃はあれやこれやと読んでいた。
週刊の少年誌だったり、漫画の単行本だったり、映画の雑誌だったり。
だけど、最近はその分の時間を家事や睡眠に奪われている。
贅沢な時間の使い方をしていたのだと、いまは思う。

そうやって娯楽に時間を使わなくなった分、日々に潤いが足りなくなっているのは事実だ。

318 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:03:32 ID:9jmJcA.g0

(´‐ω‐`)「……たまには、いいか」

自分に言い聞かせるように口に出す。
後ろから僕を追い越していった中年のサラリーマンが、奇異の視線をこちらに向けた。
目が合ってしまったので、わざと咳払いをして視線を逸らした。

(;´・ω・`)「……さっさと行こう」

さっきのサラリーマンはとっくに人ごみに消えて見えない。
それでもなんだか居心地が悪くて、僕はそそくさとその場を離れた。



人と人の間をかき分け、東口から駅の外に出る。
解放感はあまり感じられない。人口密度は構内とほぼ変わらない。
都会特有の空気は、相変わらず僕の全身にまとわりついている。

少し視線を上げれば、星の代わりに目に悪そうなネオンの光が瞬いていて。
人の話し声や車の走る音、新商品の宣伝をする音声が、夜の静寂に上書きされていた。

この点に関しては、僕は新富よりも支辺谷の方がずっと好きだった。

319 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:06:04 ID:9jmJcA.g0

信号を渡り、家電量販店の脇を抜ければ、左手に目的地の書店の看板が見える。
新富に来てから本屋を探して、たまたま一番最初に見つけたところだ。
他にも本屋があるのは分かっているけど、惰性でいつもここに来てしまう。

本屋に到着して、まずは二階へ向かう。
話題の本や文庫本が売られている階だ。

とはいえ、僕は小説を読んだ記憶があまりない。
せいぜい、面白かった映画の原作になった小説くらいしかなかった。
それすらも結構な確率で、途中まで読んでは投げ出していた気がする。
たぶん、文字だけでは物足りなく感じるのが原因だったと思う。

気になったタイトルの本を手に取り、少し読んで棚に戻す。
そうやって目的もなくフロアを一周したあと、僕は次の階へ向かった。

ふと、別館は漫画やゲーム関連の本が置かれていると思い出した。
そっちの方がぶらぶらとしている分にはよっぽど楽しいだろう。
だけど、いまは不思議と足を運ぶ気にならなかった。

320 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:09:04 ID:9jmJcA.g0

三階は僕にも関係のあるジャンルの本が置かれている。
経営やビジネス、政治、社会。いわゆる社会人向けの本だ。
看板の案内に従って、僕はそういったジャンルがまとめられている一角へ向かう。

働き始めて、自分がどれだけものを知らないか、ということを思い知らされた。
一般常識や社会人としてのマナーについて、就職してから何回怒られたか分からない。
マナー講座、新社会人の心得。そんな本を買いあさっていた春の日も、いまは少し遠く感じる。

(´・ω・`)「何か……ないかな……」

二階を回っていたときの何倍も、真剣に本棚を眺める。
営業のコツ、みたいなタイトルがあれば手に取ってみるつもりだった。
いまの僕は、得意先にやっと顔と名前を覚えられてきた程度だ。
当たり前だけど、何もかも先輩のようにはうまくできない。

だからこそ、少しでも早く一人前になるための取っ掛かりが欲しい。
僕はもう世間的には立派な大人だ。周りも最低限の手助けしかしてくれない。
生きていくには、自力で立って、歩いていけるようにならなければならない。

(´‐ω‐`)「大人……か」

その懐かしい響きに、つい笑ってしまう。

321 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:12:17 ID:9jmJcA.g0

本当に久しぶりに、彼女のことを思い出した。
記憶の中の彼女は制服姿で、いまの僕から見れば幼い顔立ちで。
そして、きっと、本人以上に可愛らしかった。

あれから一度も会っていないし、連絡も取っていない。
だから、僕には彼女がいま、どうしているのか分からない。
まだ彼女は新富にいるのだろうか。

彼女は、大人になることができたのだろうか。

(´‐ω‐`)「……まあ、いいか」

思いを馳せることはあっても、それだけだ。
連絡を取ろうとも、会いたいとも、特に思わない。
いまはもう、彼女のいない日々が、僕にとっての日常だった。

だけど、もしもの出来事を妄想してみるのも、たまにはいいかもしれない。

例えばスーツを着て、ビジネス関係の書籍を探す僕を見て、彼女はどう思うだろう。
あの頃よりは大人に近づけたはずの僕に、強く憧れたりするのだろうか。
あるいは、彼女にとっての僕は、年下の幼馴染のままなのだろうか。

322 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:15:16 ID:9jmJcA.g0

とりとめのないことを考えているうちに、ビジネス関係の本棚に目を通し終える。
結局、気になるような本は見つからなかった。
見逃しただけかもしれないけど、また探す気力はなかった。

そのまま隣の政治、社会関係の本棚に移る。
国会で法案がどうとか、経済協力がどうとか。
学生の頃は気にも留めなかった話題も、いまは目を通しておく必要がある。
ただし、興味はいまだに湧いてこないので、本の物色はかなり適当だ。

(;´‐ω・`)「ふぁ……ねむ」

仕事疲れからくる眠気も相まって、チェックは早々に終わった。
あとは別館をざっと見てから、家に帰ることにしよう。

「きゃっ」

僕はあくびを噛み殺しながら、別館へ向かうために振り向く。
すると、右腕に何かがぶつかって、次いで女性の小さな悲鳴が聞こえた。

323 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:18:15 ID:9jmJcA.g0

横を通ろうとしていた人に腕が当たってしまったらしかった。
あくびをしていたせいで、周りをよく見ていなかったのがまずかった。

(;´・ω・`)「あっ……!」

さっ、と顔から血の気が引く。
女性は転んでいないか。怪我をしていないか。本をだめにしてはいないか。
様々な心配事が瞬時に脳裏をよぎる。

(;´・ω・`)「すっ、すいませ……」

とにかく、まずは女性の様子をうかがわなくてはならない。
僕は謝りながら、すぐさま声の聞こえた方を注視した。

(;´・ω・`)「ん……」

謝罪の言葉をちょうど言い終えたところで、息が詰まる。
女性と目が合って、僕は次にかけるべき言葉を見失った。

324 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:21:36 ID:9jmJcA.g0

彼女は目尻の垂れた、つぶらな瞳で僕を見ていた。
幼い頃から変わらない、忘れるはずもない瞳だった。

ぶつかったせいなのか、少し乱れた前髪が顔にかかっていた。
髪の色は僕の記憶よりも短く、そして黒くなっていた。

紺色のパンツスーツ姿で、茶色の鞄を肩から下げていた。
学生服姿とは似ても似つかなかったけど、とても彼女に似合っていた。

「……ショ、ボ?」

薄いピンク色の唇が開いて、支辺谷の知人しか使わない呼び名で、彼女は僕を呼んだ。
こんな声だったかな、と他人事のように思った。

('、`;川「ショボ……だよね?」

彼女が、伊藤紅里が、もう一度、僕を呼んだ。

僕が新社会人として新富で働き始めて、半年と少しが経った秋。
何年ぶりかすぐに思い出せないほどの時を経て、僕たちは再会した。

325 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:24:16 ID:9jmJcA.g0













エンドロールは滲まない

最終話 エンドロールは滲まない













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326 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:27:14 ID:9jmJcA.g0

もしも、もしも僕が、彼女と再び出会うことがあったなら。
そのときこそ、僕の想いのすべてを伝えたい。
未練がましく、そう思っていた時期があった。

訪れるのかもわからない未来のために、自分の心と何度も向き合った。
心を言い表せられる言葉を探しているうちに、窓の外が白み始めたなんてことが、数えきれないほどあった。
そうやって準備に準備を重ね続け、僕は納得できる限りで想いのすべてを言葉にできた。

いまでもすらすらと口に出せるくらいに覚えている。
いつかの未来に期待して、心の片隅に大事にしまっておいたから。
そのまま時が流れていくうちに、言葉だけが変わらずにそこに残ったから。

(;´・ω・`)「あ……な……」

ひどく沈んでいたころの僕に言ってやりたい。もしも、は起こると。
だけど、そのときのために用意していた言葉は、何の役にも立たないと。

('、`;川「……久しぶり、だね」

(;´・ω・`)「う、うん」

327 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:30:17 ID:9jmJcA.g0

声にならない声を出すばかりの僕に、紅里ちゃんが語りかける。
こんなところは高校生のころからまったく変わっていなかった。

('、`*川「もう……何年ぶりだっけ? 6、7年?」

(;´・ω・`)「5年と、半年、くらい……かな……?」

最後に会ったのが、高校二年の3月。年度の替わる直前だった。
年度をまたいだせいで少し計算に自信がない。

('、`*川「あー、そうだっけ? もっと会ってない気がしてた」

(´・ω・`)「僕はそうでもないかな」

('、`*川「そう?」

なにせ、結構長い間、失恋を引きずっていたからだ。
高校最後の一年は言わずもがなだったし、大学に入っても尾を引いていた。
ときどき、親の口から紅里ちゃんの名前が出るたび、昨日のことのように彼女を思い出していた。

328 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:33:13 ID:9jmJcA.g0

(´・ω・`)「親からときどき近況とか聞いてたしね」

本当のことをそのまま言うわけにもいかず、とりあえずかいつまんで説明する。
嘘は言っていない。これも社会人になって身に着けた知恵のひとつだ。

('、`*川「そっか。お父さんとおじさん、職場いっしょだもんね」

そもそも、学年が違う僕と紅里ちゃんが幼馴染である理由がそれだ。
僕たちが付き合い、別れたことで、職場で気まずくなったりしていないか、一時期は心配だった。
だけど、幸いにもその点については問題ないらしかった。
伊達に大人を何十年もやっていないというわけだ。

('、`*川「……ね。このあとってなにか予定ある?」

(´・ω・`)「……ないけど?」

まだ続きそうだった会話を断ち切って、紅里ちゃんが尋ねてくる。
予定らしい予定は、この本屋に寄ることだけだ。
しいて言えば、早く家に帰って明日に備えて寝ることくらいだ。



('、`*川「じゃあさ……これから喫茶店でも行かない? 立ち話もなんだし」

〜〜〜〜〜〜

329 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:37:31 ID:9jmJcA.g0

そのあと、僕たちは駅前にあるチェーンの喫茶店に移動した。
僕は見慣れない飲み物のサイズの表示に苦戦しながらも注文を終えて、品物を待っている最中だ。
紅里ちゃんは長い呪文のような注文をそそくさと済ませ、先に席を確保している。

(;´・ω・`)「……なんだこれ」

少し経って、トレイに乗せられた飲み物が出てくる。
僕が頼んだエスプレッソと、紅里ちゃんが頼んだよくわからないなにか。
こんもりと生クリームが盛られているのは、あの呪文によるものなんだろうか。

(´・ω・`)「おまたせ」

('、`*川「ごくろう」

おそるおそるトレイを運んで、紅里ちゃんの待つテーブル席にたどり着いた。
二名用の小さな丸いテーブルを挟んで座り、互いの飲み物を取る。

(´・ω・`)「……すごいね、それ」

('ー`*川「わたしも友達が頼んだのを初めて見たときは、そう思った」

(´・ω・`)「やっぱり?」

紅里ちゃんのいたずらっぽい笑みに、釣られて僕も笑った。
なんだかとても懐かしい気分だった。

330 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:39:10 ID:9jmJcA.g0

('ー`*川「さて……それでは再会を祝しまして、乾杯!」

(´・ω・`)「はい、乾杯」

軽く乾杯を交わすと、盛られた生クリームがたゆんと揺れた。
見ているだけで胃がむかついてくる。

('、`*川「ショボの職場ってこの辺なの?」

(´・ω・`)「いや、二板のあたり。ここは通るだけだよ」

('、`*川「あ、二板? わたしは総咲。わたしも通るだけ」

(´・ω・`)「……それなのに、まさか再会するなんてね」

世間は狭いと、よく言われている。
地図で見ても新富は確かに狭いけど、まさかこんなことがあるなんて。

新富の中心を環状に走る路線がある。
その路線上で僕の職場がある二板は、この駅から内回り。
対して、紅里ちゃんの職場があるという総咲は外回り。

つまり、お互いの職場は真逆の位置にあることになる。
そして、乗り換えに使っているこのターミナル駅にいる時間は、ごくわずかだ。
そんな条件下で僕たちが出会う確率は、はたしてどれくらいなのだろう。

331 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:42:15 ID:9jmJcA.g0

('、`*川「ねえ、ショボっていまどんな仕事してるの? 教えてよ」

尋ねてくる紅里ちゃんの態度は、空白の時間の存在を疑うほど、学生時代とそっくりだった。
僕たちは昨日まで制服を着ていたような気さえしてくる。
あるいは、そう振る舞うことで、空白を埋めようとしているのかもしれなかった。

(´・ω・`)「僕? ただの営業だよ」

('、`*川「なに売ってるの?」

ならば、紅里ちゃんの話に乗るのも悪くないと思えた。
積み上げてきた足場の傍らに、少しものが増えるだけだ。
そんなことで、いまさら足場が揺らぐこともないだろう。

(´・ω・`)「飼料……動物の餌だね。ペット……あと牛とか豚とか、家畜のも」

('、`*川「へえー……そういうのやりたかったの?」

(´・ω・`)「……」

('、`*川「違うの?」

(´・ω・`)「……どうかな。自分でもよく分からない」

332 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:45:07 ID:9jmJcA.g0

僕は高校を卒業して、地元の理系大学に進学した。
地元といっても、新富の大学が支辺谷に学部ごと新設したキャンパスだ。

僕は四つある学科の中から、農学系の学科を選んだ。
農業のことを全般的に学ぶ、よく言えば多角的な、悪く言えば中途半端な学部だった。

この大学を選んだ理由は、特になかった。
支辺谷を離れてまでやりたいこともなく、動物や植物がそれなりに好きだった。
強いて挙げたとしても、これが精一杯の理由だった。

大学での四年間は、滞りなく過ぎていった。
サークルとか、ゼミとか、卒論とか、楽しいことも辛いことも等しく経験した。
言い方を変えれば、遊ぶのも勉強するのも中途半端だった。
大学を選んだ理由や、大学そのものを考えれば、そうなるのも当たり前だったのかもしれない。

いま務めている会社も、第一志望ではなかった。
数多くある候補のうちのひとつに過ぎなかった。
たまたま縁があった、というだけだ。

333 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:48:43 ID:9jmJcA.g0

(´・ω・`)「これがやりたかったわけじゃないけど、やりたくなかったわけでもない」

('、`*川「うん」

(´・ω・`)「些細な不満はあるよ。ほんとに小さいものまであげたらきりがない」

('、`*川「まあ、ね」

(´・ω・`)「でも……それなりにやっていけてるから、いいのかな、って思ってるよ」

結びまで無難というか、それなりだな、と我ながら思った。

おそらく、紅里ちゃんは僕がいままでどうしていたか知らない。
なので、大学時代のこともかいつまんで話したあと、仕事の話に持っていった。

紅里ちゃんからしたら、実に共感しづらい話題だっただろう。
やりたいことのために努力し続けていた彼女とは、対極といってもいい道を歩んできたから。
下手すれば、怒りすら買いかねないと思っている。

('、`*川「そっか……」

('、`*川「……ショボも、か」

(;´・ω・`)「え?」

だから、紅里ちゃんのその一言に、僕は驚きを隠せなかった。

335 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:51:28 ID:9jmJcA.g0

('、`*川「大学に入って、講義を受けてるうちに、思ったんだよね」

乗り出していた体を少し後ろに預けて、紅里ちゃんは頬杖をついた。
それから、きっと甘ったるい匂いのため息をついて、こう続けた。

('、`*川「あんまり面白くない、って」

紅里ちゃんは目を細めて、ふい、と視線を逸らす。
同じような表情で講義を受けている彼女の姿が、容易く想像できた。

('、`*川「新富に来てからは、楽しいことばっかりだった」

('、`*川「欲しいものはなんでも簡単に手に入るし、遊べる場所もいくらでもあったし」

('、`;川「サークルに入って友達もたくさんできたし、彼氏とかも、まあ」

そこまで言うと、紅里ちゃんはちらりと僕の様子をうかがった。
僕と付き合っていたことは、どうやら黒歴史にはなっていないらしい。

(´・ω・`)「いいって、別に」

時期によっては致命傷になっただろうけど、いまは笑ってあしらえる。
込み上げてくるものも、詰まるものも、ない。
口をつけたエスプレッソは、滞りなく喉元を流れていく。

336 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:54:06 ID:9jmJcA.g0

('、`;川「楽しかったけど……それだけでさ」

('、`;川「やりたいことも特に見つからないまま、なんとなく保険会社のOLやってる」

苦虫を噛み潰したような表情で、生クリームの塊に口をつける紅里ちゃん。
僕にはなんだか、その甘さに苦しんでいるように見えた。
昔の自分の考えの甘さとか、楽しかっただけの日々の甘さに。

('、`*川「一年間やってきたけど、当然一人前にはほど遠いわけで」

('、`*川「家事も学生のころにもっと頑張って身につけておけばよかった、って後悔してる」

紅里ちゃんはそこまで話すと、大きく息を吸って、長いため息をついた。
必死で胸につかえたものを吐き出そうとしているのだと思った。
ため息はそうしたいときほど長くなるものだと、僕は嫌というほど知っている。

( 、 *川「……最近、思うの」



( ー *川「わたしが憧れてた大人は、こんな風じゃなかった、って」

337 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 19:57:13 ID:9jmJcA.g0

ぽつりとそう漏らした紅里ちゃんは、自嘲気味に笑っていた。
泣くとか、怒るとか、そういった段階を通り越して、もう笑うしかない。
彼女は知らない間にそんなところまで、たったひとりでたどり着いてしまっていた。
ひとりだったからこそたどり着けてしまった、と言い換えてもいいだろう。

( ー *川「……ねえ」

(´・ω・`)「ん?」

( ー *川「わたし、ショボに謝らなくちゃいけないね」

(;´・ω・`)「……何を?」

無理矢理に明るく話そうとする姿を見ていると、胸が締め付けられる。
紅里ちゃんには、自分の心を守るためなんかに笑ってほしくはない。
僕が好きだった彼女の笑顔は、心の底から楽しいときに見せるものだったから。

( 、 ;川「結局……新富に来ても、どうしたら大人になれるのか、わからなかったよ……」

(;´・ω・`)「……紅里ちゃん」

( 、 ;川「そもそも、わかろうとしてたっけ……遊んでばっかで……子供のままで……」

338 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:00:07 ID:9jmJcA.g0

( 、 ;川「……」

いよいよ虚勢すら張れなくなった紅里ちゃんは、耐え切れなくなったのか目を伏せた。
僕は黙って、彼女がすべて吐き出しきるまで待つことに決めた。

きっと僕たちは、このために再会したのだ。
空白を埋めて、積もりに積もったものを崩して、溜まりに溜まったものを吐き出すために。
時間の流れが消し去ったものも、産み出したものも、全部リセットするために。

( 、 ;川「ショボ……いまのわたしは……どう見えてる?」

( 、 ;川「わたしは、ちゃんと大人になれたのかな。それとも、なれてないのかな……」

('ー`;川「もう、自分じゃ、よくわからなくってさ……」

紅里ちゃんは体を起こし、椅子に背中を預けた。

彼女はまだ、笑っていた。
それはたぶん、泣き方を忘れてしまったせいだと思った。

339 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:03:09 ID:9jmJcA.g0

(´・ω・`)「……大人になる方法も、大人かどうかの基準も、僕には分からない」

(´・ω・`)「だから、紅里ちゃんが大人になれているのかも、分からない」

('、`;川「……」

紅里ちゃんはいつの間にか、真剣な面持ちで僕の話に耳を傾けていた。
最初からそんなつもりはなかったけど、無責任なことは言えないな、と思った。

(´・ω・`)「……ただ、僕の中の基準で答えるなら」

(´・ω・`)「大人になれたか、なんて、学生の頃には絶対に考えなかった」

('、`*川「……そう、かも」

振り返れば、二十歳を過ぎても大人らしくあろう、なんて考えもしなかった。
それは、自分が大人だという自覚がなかったことの裏返しになるはずだ。

(´・ω・`)「だから、そんなことを考えてる紅里ちゃんは、ちゃんと大人になれているんじゃないかな」

(´・ω・`)「例え、もっと年上の大人から見たら未熟だったとしても、ね」

340 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:06:08 ID:9jmJcA.g0

(;´・ω・`)「それに……っ」

再会してからずっと、頭の片隅に留めておいた想いが、漏れそうになる。
慌てて口を閉ざしてみたけど、それがかえって意味深な間を作ってしまう。

('、`*川「それに?」

紅里ちゃんも小首を傾げて、言葉の続きを待っている。
なんでもない、と話を切り上げても、追及されるのは目に見えていた。

(;´‐ω‐`)「……それに」

だったら、潔く諦めて言ってしまうべきだ。

急に全身が熱くなってきて、喉が渇いてくる。
残りのエスプレッソを一気に飲み干した。
体は余計に熱くなったけど、少しだけ落ち着きを取り戻せた。

一度、大きく深呼吸をしてから、紅里ちゃんを見つめ返した。
思えば、こうして彼女の前で緊張するのも久しぶりだ。
懐かしさと照れくささが混ぜ合わさって、なんだか背中がこそばゆい。

341 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:09:11 ID:9jmJcA.g0

(;´‐ω‐`)「昔から紅里ちゃんは、僕にはずっと大人に見えていたし」

(*´・ω・`)「……いまだって、その、大人の女性って感じで……綺麗で、素敵だと思う」

再会した紅里ちゃんは、かつて思い描いた将来の彼女そのものだった。
いや、それ以上に凛々しく、綺麗な大人の女性になっていた。
昔の彼女がいまの自分を見たら、きっと大喜びするだろう。

('、`;川「……」

当の紅里ちゃんは目を丸くして、結構長い間、固まっていた。
僕の言い放った言葉が、よほど予想外のものだったらしい。

('ー`*川「……ふふ、そっか」

やがて、見開かれていた目が、きゅっと細くなる。
強張りっぱなしだった頬が少し緩み、紅里ちゃんはそれを支えるかのように頬杖をついた。

('ー`*川「……ありがとう、ショボ」

紅里ちゃんはただ一言、そう言った。

僕にはその言葉だけで、十分だった。

〜〜〜〜〜〜

342 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:12:04 ID:9jmJcA.g0

('、`*川「ショボ、連絡先教えてよ」

日付けが変わる頃合いになっても、いまだに混雑している駅のホーム。
その中央で互いに乗る電車を待っていると、紅里ちゃんがそんな提案をしてきた。

('、`*川「いつの間にか連絡つかなくなってるんだもん」

(;´・ω・`)「いや、気付いたら紅里ちゃんの連絡先変わってたんだけど」

('、`;川「あれ、そう? 一括で連絡先変わった、って送った気がするんだけどなー」

どちらかが相手に教えなかったのか。
あるいは、教えたけど相手がそれを無視したか。
その真相は、もうずっと昔の話だから分かるはずもない。

('ー`*川「ま、いいじゃない? ここでまた交換しておけば」

(´・ω・`)「それもそうだね」

もっとも、真相なんていまさら気にも留めていないのは、どちらも同じらしかった。

343 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:15:05 ID:9jmJcA.g0

('、`*川「あ、同じスマホじゃん」

(´・ω・`)「ほんとだ……アドレス交換のアプリ……も、同じか」

幸い、連絡先を交換するのに手間はかからなさそうだった。
そそくさと設定を終えて、互いのスマートフォンを乾杯するように軽く当てる。

('ー`*川「よしっ、これで愚痴る相手ゲット」

(;´・ω・`)「ひどい言い草だなあ……」

('ー`*川「ほぼ冗談だってばー」

(;´・ω・`)「ちょっとはその気なんだね……」

ディスプレイに映る、伊藤紅里の文字を見つめる。
これから何度、この連絡先は使われるのだろうか。
できれば、なるべく多く、長く使われればいいけど。

('、`*川「ショボの愚痴も聞くからさ……あ、きたきた」

僕たちの会話を遮って、紅里ちゃんが乗る電車の到着を告げるアナウンスが流れた。
紅里ちゃんは近くの一番短い列へと、小走りで駆けていく。

344 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:18:05 ID:9jmJcA.g0

やがて電車が到着して、ホームは一時的に人で溢れかえる。
紅里ちゃんの姿も見失ってしまいそうになる。

「休みとか、いっしょに飲みに行ったりしようねー!」

(;´・ω・`)「社会人の先輩がおごってくれるならねー!」

人ごみの中から、紅里ちゃんが僕に呼びかける。
少し恥ずかしいけれど、僕も声を張り上げて返事をした。

「うーん、考えておく! またね!」

言い終わるか終わらないかというところで、電車のドアが閉まる。
ちょうど人の往来も落ち着いて、ドアの向こうに紅里ちゃんの姿を見つけた。

('ー`*川ノシ

紅里ちゃんは嬉しそうに微笑んで、僕に小さく手を振った。
同時にゆっくりと電車が動き出して、その姿もだんだんと遠ざかり、そして見えなくなった。
僕はそのすべてを、ホームの中央からただ見つめていた。

あの日とは、何もかも対照的な別れだった。

345 名前: ◆LemonEhoag[sage] 投稿日:2014/11/10(月) 20:21:07 ID:9jmJcA.g0

ほどなくしてやってきた電車に乗り込み、自宅の最寄り駅で降りる。
駅の出口から見える街並みに、実家に帰ってきたような安心感を覚えるようになったのは、つい最近のことだ。

小さな繁華街を抜け、夜の静寂に包まれた住宅街にさしかかる。
まばらに立てられている街灯の光だけが、闇を照らしている。
月は明かりにするには頼りなく、星は姿すら見えない。

支辺谷とは違う夜の暗さにも、すっかり慣れた。
ようやく都会に暮らす人間らしくなってきた、というところか。

足は自然と、道路に面した公園の中へと歩を進めていた。
この公園をまっすぐ突っ切ると、少しだけ近道になる。
それに、周辺で一番大きく、そして自然にあふれているこの場所を、僕はとても気に入っていた。

(´‐ω‐`)「ふう……」

息を吐いた。わずかに白かった。
その白さは僕に、たくさんの記憶を思い出させた。
遠くの故郷での、遠い日々のできごと。
手が届かないほど遠くへと旅立ち、そして今日、目の前に現れたかつての恋人のことを。

347 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:24:04 ID:9jmJcA.g0

久しぶりに紅里ちゃんと過ごした時間は、楽しかった。

僕にとって紅里ちゃんとの思い出は、青春時代の一番楽しく、そして一番辛い思い出だった。
だから、彼女と再会したとしたら、嬉しさと悲しさが入り混じった想いを抱くはずだ。
それが、僕が「もしも」を思い描くたびに達する結論だった。

ところが、実際はどうだ。
驚くほどに普通に会話して、連絡先まで交換して、そのうち飲みに行くかもしれない。
こうしてひとりになって、ようやく少しだけ感傷に浸っている。

伊藤紅里という存在は、僕の中で確実に薄らいでいた。
僕は、彼女のことを、嫌いになったのだろうか。



いや、違う。



(´‐ω‐`)「……終わったんだな。僕の、初恋」

348 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:27:26 ID:9jmJcA.g0

悲しくはなかった。
悲しい、と思うのなら、それはまだ終わっていない証拠だ。

関係の終わり、ということなら、紅里ちゃんが新富へと発ったあの日になるのだろう。
だけど、僕はその日の夜も、次の日も、そのまた次の日も、紅里ちゃんのことが好きだった。

僕の中では、何も終わっていなかった。
だからこそ悲しくて、声を殺して泣き、枕を涙で濡らした。

きっと関係の終わりは、例えるなら映画のクライマックスなのだ。
ラブロマンスやヒューマンドラマなら、最も感動的な場面だ。
止まらない涙で視界が滲んで、何も見えなくなることだってある。

だけど、物語はそのあとも続く。

話をきちんと終わらせるにはエピローグが必要だ。
そして、最後にエンドロールが流れて、映画も終わる。
その頃には強く胸を打った感情も薄らいで、涙も止まっている。



だから、本当に恋が終わるときに、エンドロールは滲まないのだ。


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349 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:30:04 ID:9jmJcA.g0

(´・ω・`)「……そういうことなんだな、きっと」

そうやって自己完結できてしまったことがおかしくて、つい笑みがこぼれる。
いまの僕の人となりは、昔の僕には欠片も想像できないだろう。
僕も変わった。あるいは、大人になったものだ。

(;´・ω・`)「……この匂い、紅里ちゃん?」

不意に鼻をくすぐった香りに、僕ははっとして周囲を見渡した。
当然ながら、紅里ちゃんの姿はどこにもなかった。

紅里ちゃんの香りがしたのだ。正体は結局分からなかった、あの柑橘系の香りが。

香りの出所を探して暗い園内を注視してみるが、いかんせんよく見えない。
せめて、もう少し街灯が多ければ探しようもあるのに。
そう思いつつ、一番近くに立っていた街灯を見上げて。

(´・ω・`)「はは……なんだ」

僕は、見つけた。

(´・ω・`)「……これだったんだ」

開花したばかりの、金木犀を。

350 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:33:30 ID:9jmJcA.g0

紅里ちゃんの、もとい金木犀の香りが、胸をくすぐる。
ざわざわ、と心臓に鳥肌が立つような感覚を覚えた。
だけど、痛むことはなかった。

肺いっぱいに空気を吸い込み、吐き出してみる。
いままでの人生で一番、楽に呼吸できた気がした。

(´‐ω‐`)「……よし、帰ろう!」

今日、本当の意味で僕と紅里ちゃんの恋は終わった。
そして、代わりに何かが始まった。それが何なのかは、まだ分からない。
その正体は、新しく始まった僕たちが、これから少しずつ暴いていくものだ。

だから、終わった僕たちとは、ここでお別れだ。

(´‐ω‐`)「……さようなら」

あの頃の僕と、あの頃の紅里ちゃんに向けて、そっと呟き。

僕は金木犀に踵を返して、再び帰り道を歩き始めた。

351 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/11/10(月) 20:34:28 ID:9jmJcA.g0












エンドロールは滲まない

最終話 エンドロールは滲まない

おわり












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