(´・ω・`)エンドロールは滲まない('、`*川
260 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/08/31(日) 20:05:36 ID:Kf2nAHbY0

トレイに乗せられている紙の内容を、なんとなく目で追っていたときだった。

('A`)「なあ」

静かに語りかけてきたドクオの声に、僕は顔を上げた。
今日のファーストフード店は、珍しいことに客が少ない。
いつもならうるさくて聞こえない大きさの声でも、すぐに気付くことができた。

(´・ω・`)「ん?」

('A`)「お前さ、大丈夫なの?」

何の脈絡もない、さっきまでしていた他愛もない話とは、まったく関係ない質問だった。
その言葉をそっくりそのまま返してやりたくなるくらいに。

(;´・ω・`)「……」

もしも、そうすることができたら、どれだけよかっただろう。

長い前髪越しに、ドクオの眼差しが僕を射抜いてくる。
息苦しさを覚えて、自然と呼吸が深くなるが、何かが詰まったような感覚は消えない。
逃げるように、ドクオの背後へと視線の焦点を移した。

261 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/08/31(日) 20:09:17 ID:Kf2nAHbY0

奥の席では、大学生らしき男が机にノートPCを広げていた。
彼の背後にある大きな窓の向こうでは、先刻から降り続いていた雪が、さらにその勢いを増していた。
一片の大きさも、この位置からでもはっきりと見えるほどだ。

雪国の支辺谷とはいえ、大雪と呼んで差し支えないレベルだった。
流氷が接岸してから気温はさらに落ち込み、寒さはいまがピークを迎えている。
逆を言えば、これからは春に向けて気温が上がっていくということだ。

そう、春に向けて。

今日は2月14日。バレンタインデー。
新年度まで、あとひと月と半分。
今日も、紅里ちゃんはいない。

262 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/08/31(日) 20:12:37 ID:Kf2nAHbY0













エンドロールは滲まない

第六話 GirlfriEND













263 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/08/31(日) 20:15:08 ID:Kf2nAHbY0

紅里ちゃんはおばさんといっしょに、再び新富に行っている。
ひとり暮らしする部屋を探すためだ。

時期がバレンタインと重なってしまったのは飛行機の都合であって、まったくの偶然だった。
そのことに関しては何度も謝られたし、僕も責める気はなかった。
むしろ、やつ当たりするほど心に余裕がなくなっていないことに、密かに安心したくらいだ。

今日、ドクオが帰りに僕を誘ったのは、こいつなりに気を使ってくれたのだと思う。

学校ではどこに行っても、ほのかにチョコの香りが漂っていた。
本来なら僕も、バレンタイン特有の甘い雰囲気に浸れるはずだったのだ。
数日遅れで新富の美味しいチョコにありつけるとはいえ、さすがに少しは堪えた。
そんな僕の心情を、それとなく察してくれたらしい。

('A`)「……ショボ。ホントに大丈夫なのかよ、お前」

察しているからこその、この質問なんだろう。
要するに、紅里ちゃんとはどうなのか、と聞きたいわけだ。

264 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/08/31(日) 20:18:31 ID:Kf2nAHbY0

ドクオはクリスマスのときのような好奇心で聞いているわけではない。
純粋に優しさで、僕と紅里ちゃんの仲を心配している。

(;´・ω・`)「……ま、あ」

だからこそ、ドクオの低い声に、僕に向けられる視線に、胸がえぐられるような痛みを覚えた。

大丈夫なわけがなかった。
取り返しのつかないくらいにすり減ってはいない、というだけだ。
大丈夫、と口に出していれば、きっと大丈夫でいられる。
それは、逆のパターンも十分に考えられる。

それに、ドクオは紅里ちゃんの弟だ。
僕の話したことが、ドクオを介して紅里ちゃんに伝わる可能性はある。
ぺらぺらと言いふらすやつではないことは、よく分かっている。
しかし、故意でなくても口が滑る、ということは誰にでもあるのだ。

上手くごまかせている自信はなかった。
それでも、できればこれ以上は踏み入ってこないでほしかった。

('A`)「……嘘つくの、下手すぎだっつの」

265 名前: ◆LemonEhoag 投稿日:2014/08/31(日) 20:21:24 ID:Kf2nAHbY0

(;'A`)「全然大丈夫じゃないじゃねえか」

呆れた、といった様子で大きくため息をつくドクオ。
やはり、僕の望んだとおりにはいかなかった。

ならばいっそ、吐けるだけ吐いてしまえば、少しは楽になるかもしれない。

(´ ω `)「……はは。大丈夫、ってのは半分は本当かもよ」

(;'A`)「それ……どういう意味だ?」

わけが分からない、とばかりにドクオは眉をひそめる。
自分でも思わず笑ってしまうくらいに、変なことを言っているという自覚はあった。

わずかに残っている、すっかり薄まってしまったコーラを飲み干す。
暑いと感じるほど暖房が効いているせいか、いつの間にか喉は乾き切っていた。
すべて話し終えたら、また飲み物を注文することにしよう。

(´ ω `)「……なんていうかさ。変わらないんだよね」

そう切り出したとき、少しだけ、喉のつかえが取れた気がした。

266 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:24:14 ID:Kf2nAHbY0

紅里ちゃんの大学合格から、部屋探しに新富へ発つまでの一週間ほど。
いままでの空白の時間を取り戻すかのように、僕たちはいっしょに過ごした。
とはいえ、特別にしたことといえば、丸一日かけて知江徳まで行ったりしたくらいだ。
それ以外はいつも通りに小浜をぶらついたり、どちらかの部屋でくつろいだりしていた。

不自然なほどに、いつも通りだった。

支辺谷南高校の卒業式は3月の初め。
僕たちに残された時間は、あとひと月もない。
なのに、紅里ちゃんはそのことに触れようともしない。

クリスマスのときと同じで、僕の方から切り出さなければならないのだろうか。
紅里ちゃんが言い出して始めた約束であっても、僕が終わらせなければならないのだろうか。

僕は、いっそこのままでも構わないのに。

(´ ω `)「……どう思う?」

(;'A`)「どう、って……」

ひとしきり吐き出して、ドクオに問いかけてみる。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているあたり、吐き出しすぎた気がした。

267 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:27:08 ID:Kf2nAHbY0

('A`)「俺がどう思うか、じゃねえだろ。お前がどう思ってるか、だろ」

まったくもって正論だった。
ドクオが何を言ったところで、行動を起こすのは僕だ。

('A`)「本気でこのままでいいって思ってんのか?」

(´ ω `)「……続けば、それがいいけど」

僕たちの関係が、このまま続いたらいい。
それは、まぎれもない本音だった。

('A`)「だから、このまま何もしないでいいってか?」

(´ ω `)「……」

('A`)「……お前がそこまで馬鹿じゃないのは分かってんだよ」

黙り込む僕を放って、淡々とドクオは続ける。
また喉が渇いてくる。さっさと飲み物を頼んでくればよかったかもしれない。

('A`)「要は、怖いんだろ? 姉ちゃんと別れるのが」

268 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:30:07 ID:Kf2nAHbY0

('A`)「別れから逃げていたいんだ。自分から別れに近付くのが嫌なんだ」

ドクオの発する言葉のすべてが、胸に突き刺さる。
例えるならつららが刺さったように、心臓が凍りそうなほど冷たくなる。
対照的に、目の奥は煮えるように熱かった。

ドクオの言う通りだった。僕は未来が怖かった。
きっと避けられない、紅里ちゃんとの別れが。

不自然なほどに何も変わらないことに、不安を覚えないわけがなかった。
だけど一方で、僕は安堵もしていた。

僕が何もしなければ、別れることもなく、このまま僕たちの関係は続いていく、と。
逆に何かすれば、それをきっかけに僕たちは別れることになる、と。
だから、僕たちはこのままでいいような、そんな気がしていた。

そんなの、本当は気のせいだと分かっている。
何もしなくても時間は過ぎて、終わりのときは訪れる。
何かしたとしても、時期が少し早まるだけだ。

(´ ω `)「……」

だけど、その少しすら惜しいほど、僕は紅里ちゃんといっしょにいたかった。

269 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:33:05 ID:Kf2nAHbY0

ドクオがナプキンを差し出してくる。
目の奥に溜まっていた熱は、いつの間にか涙になってこぼれ落ちていた。
口の中には、ほんのりと血の味が広がっている。
舌で探ると、下唇の裏側の肉が、少しえぐれていた。

(´っω `)「……悪い」

('A`)「客、いなくてよかったな」

目や鼻を拭っている最中、ドクオが呟く。
奥の席にいた大学生らしき男も、知らないうちにいなくなっていた。

(´・ω・`)「……ありがとう」

('A`)「なんだ、泣くほど姉ちゃんのこと考えてるなら、きっと納得いく結果が出るだろ」

何の保証もない、本気の慰めの言葉。
その軽さが、駄目もとでも信じてみようか、という気持ちにさせてくれる。

(´・ω・`)「……そうかな」

('∀`)「……そうだ」

頬に力を込めて、少々無理に笑ってみる。
すると、ドクオもぎこちない笑みを浮かべてみせた。
また少しだけ、動いてみる勇気が湧いてきた。

270 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/08/31(日) 20:33:50 ID:Kf2nAHbY0





それから二週間後。3月の初め。

支辺谷南高校の卒業式当日は、桜のように、はらはらと粉雪が舞っていた。




.

271 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:36:10 ID:Kf2nAHbY0

喧噪に包まれている昇降口の片隅で、僕はぼんやりと紅里ちゃんを待っていた。
ぬるくなりかけていたココアも、さっき飲み切ってしまった。
手の中に残された缶は、すでに熱を失っている。

携帯を開いて、時間を確認する。今日だけでもう何度繰り返したか、分からない。
時間からして式は終わり、いまごろ教室に戻っているはずだ。
卒業生が昇降口に姿を見せないのは、最後にやりたいことがいろいろあるからだろう。

特に、紅里ちゃんの場合は。

新富には卒業式の次の日に発つ。
少し前、紅里ちゃんはそう言っていた。
新生活に必要なものを揃えたり、暮らしに早めに慣れておきたいから、らしい。

だから、僕が紅里ちゃんとまともに過ごせるのは、今日が最後だった。
卒業式がある時点で、そうは言えないかもしれないけど。



そして、僕は今日まで何か行動を起こそうとはしなかった。

272 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/08/31(日) 20:39:13 ID:Kf2nAHbY0

結局、僕はできるだけ長く、紅里ちゃんと恋人でいたいと思い至った。

何もしなかったとも、何もできなかったとも、言えると思う。
いまだって、自分がこれからやろうとしていることを考えると、怖くて仕方ない。
希望的な観測も、しつこく顔を覗かせてくる。

だけど、僕はもう腹をくくった。
僕たちの最後について、紅里ちゃんと逃げることなく語り合う、と。

紅里ちゃんが新富に行っても、別れたくない。
なんとしても、彼女を説得してみせる。
決して、今日を僕たちの最後の日にはしない。

(´・ω・`)「……できる。きっと、やってみせる」

床を見つめ、誰にも聞こえないように、自分に言い聞かせるように呟く。
力を込めた手の中で、缶がわずかにその形を変えた。

273 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:42:38 ID:Kf2nAHbY0

昇降口にたむろしていたいくつもの人ごみが、急に動き出した。
誰もが同じ方向へと向かっていき、大きな声で誰かの名前を呼ぶ。
卒業生たちが来たのだと、すぐに分かった。

(´・ω・`)「紅里ちゃん……は、いないか」

立ち上がり、ざっと見渡してみるが、紅里ちゃんの姿は見えない。
というより、いたとしても分からないほど、昇降口は生徒たちでごった返していた。

再び座り込み、紅里ちゃんを待つことにした。
もちろん、人ごみに紛れて帰ってしまわないように、目は光らせておく。
紅里ちゃんは良くも悪くも、目立つ容姿じゃない。見落とす可能性は、十分にある。

携帯を見ていないから、どれほど時間が経ったかは分からない。
たぶん、15分くらいは経ったときだった。

('、`*川

自分でも驚くほどあっさりと、紅里ちゃんは見つかった。
全体をぼんやりと眺めていたら、急に彼女にピントが合ったような感覚だった。

274 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/08/31(日) 20:45:39 ID:Kf2nAHbY0

紅里ちゃんは数人の女子に囲まれていた。
きっと、両隣にいるのが友達で、正対して話しているのが後輩なのだろう。

そんな予想をしていると、後輩らしき女子がしきりに目をこすり始めた。泣いてしまったらしい。
すると、紅里ちゃんは優しく微笑み、子供をあやすように頭をなでてやる。
だけど、それがよくなかったのだろう。後輩らしき女子は、さらに激しく泣き出してしまった。

さすがに、いま割って入るわけにはいかないだろう。
紅里ちゃんがひとりになるまで、もう少しだけ待つことにした。
人の波も、最初に比べれば少なくなった。もう見失うこともないだろう。

待っている間、紅里ちゃんは笑ったり、困ったり、少し寂しそうになったり。
とても忙しそうに見えたけど、同時に楽しそうだった。

話しかけていいのか、と思ってしまうほどに。

275 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:48:07 ID:Kf2nAHbY0

ためらいが、心に暗い影を落とし始める。
それは、紅里ちゃんが友達と手を振って別れたのと、ほぼ同時だった。

いましかない。
この瞬間を逃せば、きっと僕は紅里ちゃんと話せない。
帰路に着く彼女の背中を、ただ見送るだけになってしまう。

(;´・ω・`)「……紅里ちゃーん!」

跳ねるように立ち上がり、紅里ちゃんを呼び止める。
必要以上についた勢いのまま、両足は軽やかに僕を彼女の元へ運んでくれた。

('ー`*川ノシ「あぁ、ショボー!」

こちらを振り向いた紅里ちゃんは、嬉しそうに手を振った。
ついさっき、友達に向けたそれとうりふたつだった。

('、`;川「ごめん、ずっと待ってた?」

(´・ω・`)「そうだけど……別にいいよ。邪魔しちゃ悪いだろうし」

('、`*川「お気遣いありがとうございますねー」

276 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:51:09 ID:Kf2nAHbY0

紅里ちゃんのテンションは、妙に高かった。
新たな旅立ちの日であり、悲しい別れの日でもある、卒業式のあとだというのに。

支辺谷を離れられるのが嬉しいのだろうか。
それとも、悲しいことは全部、教室に置いてきたのだろうか。
だとしたら、羨ましい限りだ。できれば僕もそうしたかった。

(´・ω・`)「まずは、卒業おめでとう」

('ー`*川「ありがとっ」

とんとん、と卒業証書の入った筒で、肩を叩かれる。
抜き差しして遊んでいたのか、ふたは少しだけ浮いていた。

('ー`*川「ショボも覚悟しといた方がいいよー。一年なんてあっという間だから」

(´・ω・`)「うん、分かってるよ」

('ー`*川「そのつもりでも、体験してみるとびっくりするって!」

277 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:54:11 ID:Kf2nAHbY0

なるべく早く受験勉強を始めるといい、とか。
友達と旅行に行ったりして、思い出をたくさん作っておくといい、とか。
去りゆく先輩から後輩へのアドバイスだ、と紅里ちゃんはあれこれ語り始める。

言われなくたって、分かっていた。とっくに体験もした。
時間は誰も、何も待つことなく、あっという間に過ぎていく。
紅里ちゃんといっしょにいた半年間で、何度も教えられたことだった。

('ー`*川「バイトだってやっておけばよかったって思うしさ」

(´・ω・`)「うん」

('ー`*川「遊ぶ時間がなくなるー、とか考えてたんだけど。もったいないことしてたなー」

(´・ω・`)「うん」

例えば、いまだって、相づちを打っている間に時間は過ぎていく。
人でごった返していた昇降口も、ずいぶんと静かになった。
残された熱気も、やがて吹き込んでくる風の冷たさに紛れてしまうだろう。

278 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 20:57:26 ID:Kf2nAHbY0

でも、僕の想いだけは、熱を失わせてはいけない。
それが許されるのは、僕たちの関係が終わる瞬間だけだ。

(´ ω `)「うん」

('、`;川「……ショボー。聞いてるー?」

(;´・ω・`)「うん……あっ」

紅里ちゃんの呆れたような問いかけに、反射的に答えた。
それがまずいことだと気付いたときには、なにもかも手遅れだった。

嫌な沈黙が僕たちの前に横たわり、ふい、と紅里ちゃんは僕から視線を外す。
何かに気付いたように彼女の目が開いたのは、それからすぐだった。

('、`*川「先輩のありがたいお話を聞き流すとは、いい度胸だなー」

(;´・ω・`)「……ごめん」

気付かないふりをしてかけられた言葉を、跳ねのけて頭を下げる。
紅里ちゃんは、できればずっと、他愛のない話をしていたかったのだろう。
そのうち僕が諦めて、全部うやむやになって終わることを望んでいたのだろう。

だけど、いまだけは、彼女の望みどおりになるわけにはいかない。

279 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:00:04 ID:Kf2nAHbY0

話の切り出し方に迷う。
本当なら、もう少し段階を踏んでから本題に入るつもりだった。
だから、こんな唐突に話を始めるための言葉は、用意していなかった。

(;´・ω・`)「……」

逃げるための沈黙ではない。
それだけでも伝えようと、紅里ちゃんをじっと見つめた。

('、`;川「……ショボ」

戸惑い気味に僕を呼ぶ彼女は、怯えているように見える。
睨みつけていると思われたのかもしれなかった。
もう少し柔らかい表情にしようと、見えないながら試行錯誤してみる。

('、`*川「……うん」

すると、紅里ちゃんは突然、ひとりで納得したように頷いた。

('、`;川「やっぱり、見て見ぬふりってのは、もう……無理だよね」

280 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:06:49 ID:Kf2nAHbY0

('、`;川「あのこと、でしょ?」

小さくため息をついてから、紅里ちゃんは言った。
その声色はどこか力が抜けている。
やっぱり、さっきまでの彼女は気を張っていたのだと思った。

('、`*川「わたしたちはこれからどうなるのか、って。それが知りたいんだよね?」

僕の返答を待たずに、紅里ちゃんは続ける。
喋る速度が、いつもよりかなり速い。
綺麗に整えられた眉が、僕とそっくりの八の字になっている。

(´ ω `)「……そう、だよ」

きっと、すぐに話を済ませてしまいたいのだと思った。
力が抜けたような声なのは、うやむやにすることを諦めたからで。
眉の端が下がっているのは、できれば触れたくない話題だったからだ。

(´ ω `)「そのことで、話す時間が欲しい」

ただただ、辛かった。

(´ ω `)「ふたりきりで、できるだけ、長く」

態度の向こうにある想いが、透けて見えることが。

281 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:10:05 ID:Kf2nAHbY0

〜〜〜〜〜〜



車の外には、変わり映えしない白がひたすら広がっていた。
ときおり立っている標識や、すれ違う対向車がなければ、進んでいるのかすら分からない。

(´‐ω‐`)「ふぁ……」

ほどよく効いた暖房も相まって、どうしても眠たくなってくる。
きっとそれは、運転する紅里ちゃんも同じはずだ。
あくびを噛み殺し、声をかけてみる。

(´・ω・`)「眠くない?」

('、`*川「んー……けっこう眠かったけど、いま話しかけられて目が覚めた」

片目をこすりながら答える紅里ちゃん。
雪道でそんなことをされると、こっちの方こそ恐怖で目が覚めてしまう。

('、`*川「ありがと」

紅里ちゃんは視線を正面に向けたまま、ぽつりと言った。
その横顔を、メーターの淡い光が照らしている。

速度のすぐ横に表示されている時刻は、1時を少し過ぎていた。

282 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:12:32 ID:Kf2nAHbY0

今日の日付が変わるころ、こっそり車で迎えに行く。
ふたりで行っておきたいところがある。
そこですべて話そう。

紅里ちゃんの提案は、要約するとこういう内容だった。
断る理由はなかったし、僕はすぐに賛成した。
だけど、どこへ行くのか聞こうとしたとき、紅里ちゃんは再び友達に捕まってしまった。
話の内容からして、クラス全員で打ち上げをするようだった。

紅里ちゃんは僕に謝って話を切り上げると、背を向けて友達と話し始めた。
会話は弾みに弾んで、楽しそうな表情が次々と浮かんでは消えていった。

僕はそれじゃ、とだけ言って、その場をあとにした。
紅里ちゃんはうん、とだけ答えて、友達との会話を再開した。

まるで、僕は邪魔者のようだった。

283 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:15:40 ID:Kf2nAHbY0

昼間のことを思い出すと、不安になってきてしまう。
どこに向かっているか分からないことも、それに拍車をかけていた。

車の外には相変わらず、さっきまでと似た景色が広がっている。
時刻ももうすぐ1時半になろうとしている。
いつまでこうして、先の見えない状況が続くのだろう。

(´・ω・`)「あ……」

景色がわずかに傾いて、木々が目に見えて増えた。峠に入ったらしい。
同時に、目的地がどこなのかも検討がつく。
支辺谷からこのくらいの時間で到着する、ふたりに関係のある、峠。

(´・ω・`)「……穂実路峠だ」

('、`*川「……やーっと、気付いた」

284 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:18:22 ID:Kf2nAHbY0

滞りなく駐車場に入ると、車は一台も止まっていなかった。
景色が売りの穂実路峠に、こんな時間に来る物好きはいないだろう。
別れ話をしに来る僕たちも、また別の物好きには違いないけれど。

適当な場所で車は止まり、ライトが消される。
少し先さえ見えない暗闇が、目の前に広がっていた。
メーターの明かりすら、いまは眩しいと思ってしまうくらいだ。

エンジンと、暖房だけが音を鳴らしている。
誰かが会話に割り込んでくることもない。

こっそりと横目で、紅里ちゃんの様子をうかがってみる。

('、`;川

ちょうどシートベルトを外し、軽くため息をついたところだった。
運転していたせいか、少し疲れているように見えた。

285 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:22:10 ID:Kf2nAHbY0

(;´・ω・`)「……ねえ」

僕が小さく呼びかけると、紅里ちゃんはゆっくりとこちらを向いた。

(;´・ω・`)「僕たちは、さ」

('、`*川「うん」

(;´・ω・`)「ほんとに、本当に……別れ、なきゃ、いけないのかな」

ずっと抱えていた、見て見ぬふりをしてきた疑問だった。
ようやく吐き出せるときがきたのに、言葉にするのをためらってしまう。
言葉が指し示す未来の重さが、胸を押しつぶそうとしている。

(;´・ω・`)「他の選択肢は、絶対にないのかな」

('、`*川「……」

(;´・ω・`)「別れなくても、新富には行けるじゃん」

('、`*川「……うん」

286 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:24:12 ID:Kf2nAHbY0

詰まりこそすれど、想いは言葉となって吐き出され続ける。
ただ、吐き出しても、吐き出しても、楽になる気配はなかった。

(´ ω `)「だったら、別れなくたっていいでしょ……?」

それどころか、次から次へと、言いたいことが溢れてくる。
口下手な僕がすべてを言葉にするには、どれだけ時間がかかるか想像もつかない。

(´ ω `)「連絡だって、まめにするよ。学校が休みになったら、会いに行くよ」

かといって、言葉にしなければ紅里ちゃんには届かない。
溜め込みすぎた想いで、きっと僕の心臓は破裂してしまう。

(´ ω `)「大学だって新富にあるところを選ぶよ。なんなら、紅里ちゃんと同じところでも、いいよ」

だから、必死で唇を動かして、喉を震わせて、ありったけの想いをぶつけていく。

(´ ω `)「僕にできることなら、なんだってできる。紅里ちゃんのためだ、って、思えば……」

それでも、追いつかない。
どれだけ急いでも、想いが込み上げてくる速さに、追いつけない。

(´ ω `)「だから……だ、だから……」

287 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:26:10 ID:Kf2nAHbY0










(´;ω;`)「……嫌なんだよ! 別れたくない! 好きで、好きだから……いっしょにいたいんだ!」










288 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:30:11 ID:Kf2nAHbY0

(´;ω;`)「なのに……どうして……別れなきゃいけないんだよ……」

喉元を通り越して、想いは涙になって溢れだした。
呼吸が上手くできない。前がよく見えない。口の中がしょっぱい。
胸が、心が、張り裂けたと思うほどに、痛い。

(´;ω;`)「紅里ちゃん、言ってたよね……大人になりたい、って」

('、`*川「……言った」

(´;ω;`)「大人になるって、どういうことなの?」

(´;ω;`)「どうやったら大人になれるの?」

(´;ω;`)「新富に行ったら? 大学で勉強したら? 僕と別れたら?」

(´;ω;`)「僕にもわかるように説明してよ、納得させてよ」

(´;ω;`)「納得させられないなら、別れないでよ……いっしょにいてよ……ねえ」

もう、言葉を選ぼうという気は、微塵もなかった。
思い浮かんだことを、そのまま、手加減もせずに紅里ちゃんにぶつけた。

ぶつけるたびに、心が楽になっていく気がした。

289 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:33:20 ID:Kf2nAHbY0

(´;ω;`)「嫌だ……紅里ちゃん……いかないで」

僕には、何もわからなかった。
紅里ちゃんがなりたいものも、なりたい理由も。
どこでどうすれば、それをわかることができたのかも。

(´;ω;`)「おいて、いかないで……」

散々喚き散らしたあと、頭の片隅で、思った。
少なくとも、いまの僕は、彼女の語る大人には程遠いのだろう、と。

(´っω;`)「ぅうっ……ぅ」

僕の嗚咽だけが、車内にやたらと響いて聞こえた。
暖房でも、吹雪でもいいから、この耳障りな声をかき消してほしかった。
女々しくて情けない僕も、言ってしまったひどいことも、なかったことにはならないけれど。

「……ショボ」

ずっと黙っていた紅里ちゃんに、名前を呼ばれた。
駄々をこねる子供をなだめるような、優しい声だった。

290 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:36:40 ID:Kf2nAHbY0

でも、紅里ちゃんの方を向くなんて、到底できやしない。
自分の意思とは関係なく、涙が止まらなかった。
それに、いったいどんな顔をして、僕は彼女と向き合えばいいのだろう。

「……そのままでいいから、聞いてて」

紅里ちゃんの手が、うつむいた僕の頭を撫でた。
それだけで不思議と安心感を覚える。
我ながら、本当に小さな子供のようだった。

(´っω;`)「……ぅん」

「わたし、ショボにいっぱい我慢させちゃってたんだね」

(´っω;`)「……うん」

「……最後に、もう少しだけ我慢させちゃうね」

最後に。
そのひとことに、また視界がぼやけ始める。

291 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:40:16 ID:Kf2nAHbY0

「……わたしは、ショボと別れる。別れて、新富に行く」

「別れない、って選択肢もあるけど、わたしはそれを選んじゃいけないと思う」

お願いだから、やめてほしかった。
そんなひどいことを、優しい声で言わないで。
こうすることがふたりのため、みたいな言い方をしないで。
いっそ、事実を淡々と突き付けてくれた方がましだ。

「大人になる、ってどういうことなのかは……正直、よくわからないや」

「もしかしたら、支辺谷に残っても、なれるものなのかもしれない」

だったら、残っていて。
よくわからないもののために、いま目の前にある大事なものを捨てないで。

「でも……少なくとも、大人っていうのは、なんでもひとりでやっていける人のことだと思ってる」

「だから、新富で、ひとりでやっていけるようになれれば、大人になれる」

「ショボはどう思うかわからないけど……わたしはそう信じてるの」

言いたいことがたくさんあった。
だけど、言ってしまうと自分が悪者になるような気がして、言えなかった。
紅里ちゃんの優しさが、ただただ、ずるいと思った。

292 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:43:03 ID:Kf2nAHbY0

「だから、ショボ……ううん。直彦の想いも、直彦への想いも、新富には連れていけない」

紅里ちゃんは僕をあだ名じゃなく、初めて、名前で呼んだ。

「わたしね、直彦のこと……好きだよ。大好きだよ」

いつの間にか、僕の頭を撫でていた手は、動きを止めていた。

「大好き、だけど……直彦のために、自分の夢は、諦められないや」

途切れ途切れながらに言い終えると、紅里ちゃんは押し黙った。

暖房の音だけが、何もかき消すことなく、車内に響く。
涙はすっかり引いていて、視界は鮮明さを取り戻していた。

(´ ω `)「……紅里ちゃん」

おそるおそる顔を上げて、紅里ちゃんを呼んだ。



('ー;*川「……ごめんね」

紅里ちゃんは、目にいっぱいの涙を溜めながら、悲しそうに笑った。

293 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:45:01 ID:Kf2nAHbY0

紅里ちゃんの涙を見て、僕はすべてを察することができた気がした。
うつむいたままだったら、どれだけ話してもわからなかったと思う。

僕の紅里ちゃんへの想いと同じだったのだ。
同じくらい、あるいはそれ以上に強い想いを、彼女も抱いていた。
ただ、想いの矛先が、違っていただけの話だった。

僕がなにを言っても、紅里ちゃんの決意は変わらないだろう。
変えるだけの力を、僕は持ち合わせていない。

もう、僕に変えられるのは。

(´ ω `)「……わかった」

( 、 *川「……」

(´ ω `)「……いままで、ありがとう」

僕の想い、だけだ。

294 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:48:15 ID:Kf2nAHbY0











終わらせる瞬間は、とても不思議な気持ちだった。

(´ ω `)「……別れよう」

受け入れたようにも、諦めたようにも、ごまかしたようにも思えた。











〜〜〜〜〜〜

295 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:49:47 ID:Kf2nAHbY0

翌日の朝は、少し目覚めが悪かったこと以外、いつもと変わりなかった。

(´・ω・`)「おはよう」

着替えてリビングに行くと、すでに朝食が用意されていた。
食パンにウインナーに目玉焼き。あとは好みでかける調味料がいろいろ。
簡単なものだけど、これくらいの方が起きたばかりの胃袋にはちょうどいい。
ひとまずはトースターに食パンを一枚放り込んで、焼けるまで適当に食べて待つことにした。

家に帰ったのは、空が白み始めたころだった。
にもかかわらず、閉めて出ていったはずの玄関の鍵は開いていた。
要するに、家族は僕が深夜にどこかへ行っていたことに気付いていた、ということになる。

だけど、誰もそのことに触れようとはしない。
父さんはいつものように仕事に行く準備をしている。
母さんはまだ何か台所で料理をしている。

忙しいから、という理由で片付けることもできる。
でも、わざと聞かないでいてくれているのだろうと、なんとなく思った。
いまはその気遣いに甘えておくことにしよう。

296 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:51:45 ID:Kf2nAHbY0

朝のニュース番組がいったん終わり、飼い犬を紹介するコーナーが始まる。
少し遅れて、トースターから食パンが茶色く焼けた顔を覗かせた。

バターを食パンに塗りながら、起き抜けの頭で昨日の夜の記憶を振り返る。

帰りの道中、紅里ちゃんは新富に行ったあとのことをいろいろと話してくれた。
話していないと眠くなる、なんて言っていたけど、すぐに嘘だと分かった。
無言の時間に耐え切れなくて、少しでも場を明るくしたかったのだ。

紅里ちゃんが語る新富での生活は、希望に溢れていた。

面白そうなサークルがいくつもあるとか、大学の最寄駅周辺に遊べるところがたくさんあるとか。
借りるアパートも大学から近くて綺麗だとか、入試のときに仲良くなった子がいるとか。

語る表情も、声も、本当に嬉しそうだった。
聞いている分には、とても楽しそうだと素直に思えるくらいだった。
ごまかすために話しているうちに、出てきた本心だったのだろう。

それから、僕の家に着いたあと、別れ際に特別な言葉はなかった。
じゃあね、と普段と変わらない別れのあいさつを交わした。
あとは遅くまでごめん、とお互いに謝った。早く寝るように、とお互いに釘を刺し合った。

297 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:54:43 ID:Kf2nAHbY0

拍子抜けするほど何もない、日常の延長線上にあるような最後だった。
顔を見ることすら、これっきりになるのかもしれないのに。

(´・ω・`)「……夢、だったのかな」

そんなわけはないと分かっていても、思わずにはいられない。
現実的過ぎて、逆に現実味が感じられなかった。
まだ夢の中に片足を突っ込んでいるような頭では、なおさらだった。

ひとまず、ちゃんと頭が回るようにする必要がありそうだ。
そのためにも、朝食はしっかりと食べるべきだろう。

そんなわけで、バターを少し塗りすぎた一枚目に続いて、二枚目を焼くことにして。

(´・ω・`)「ん?」

食パンに伸ばそうとした手を止めたのは、不意に聞こえたインターホンの音だった。

298 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 21:57:05 ID:Kf2nAHbY0

僕はなんとなく手を引っ込め、玄関へと向かった。
父さんは着替えの真っ最中で、母さんは台所だ。僕が行くのが一番手っ取り早い。

それにしても、こんな朝から訪ねてくるなんて、郵便か、宅配業者の類だろうか。
なんて思っていると、再びインターホンが鳴らされた。
業者が何度も鳴らすとは、少し考えづらい。セールスかもしれない。

(´・ω・`)「はいはい……」

そこまで考えておきながら、僕は相手を確認もせずにドアノブをひねってしまった。
半端に開いた扉から吹き込んできた冷気で、自分の迂闊さに気付くが、もう遅い。

かといって扉を閉めるわけにもいかず、結局そのまま開けることにした。
もしも面倒な来客だったら、責任を持って僕が対応することにしよう。

(´・ω・`)「なんでしょう……」

徐々に頭が、体が、覚醒していくのが分かった。
思考を巡らせていたことと、吹き込む冷気の影響だろう。
それでも、僕はたぶん、半分程度しか目覚めていなかった。

(;´・ω・`)「……か」

('、`*川「……おはよ」

開けた扉の向こうに、紅里ちゃんの姿を見つけるまでは。

299 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:00:03 ID:Kf2nAHbY0

(;´・ω・`)「あ、え……なんで」

一気に目が覚めて、すぐさま冬の町並みのように頭が真っ白になる。
だけど、白の中心で、紅里ちゃんだけがはっきりと認識できる。
彼女はまだ、僕の世界の中心にいた。

('、`;川「なんかさ、ふたりとも変な気を利かせてくれちゃって」

困った顔をして、紅里ちゃんが振り返る。
その視線の先には昨日も見て、そして乗った、彼女の家の車が止まっていた。
ふたりというのは、前の座席に座っているおじさんとおばさんのことだろう。

('、`*川「最後に何か話してきたら、ってさ」

(;´・ω・`)「……そうなんだ」

せっかくの気遣いも、いまは大した価値を持たない。
現に僕たちは、朝の冷え込みの中、無言で立ち尽くしたままだ。

('ー`;川「うーん……やっぱ、いまさら話したいこととか、ないよね」

(;´・ω・`)「……」

300 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:03:05 ID:Kf2nAHbY0

紅里ちゃんはそうこぼすけど、僕は違った。

話したいことがないわけじゃない。
どれから話そうか迷うほどに、ありすぎる。

話したいことはどれも、昨日話したことの焼き増しだった。

僕はまだ、自分の気持ちをきちんと紅里ちゃんに伝えられていない気がしてきて。
だから、できるなら伝わるまで何度でも話したいと思った。

だけど僕は結局、うまく話せなくて、伝わらなくて、また話したいと思うのだろう。
たとえ、何度チャンスをもらっても、似たようなことを延々と言い続けるに違いない。

昨日吐き出しきったはずなのに、再び込み上げてくる想いがあって。
ようやく僕は、自分が想いを言い表せる言葉を持ち合わせていないことを知った。

(;´・ω・`)「……うん」

('、`*川「……じゃあ、わたし、もう行くね。ショボも風邪ひいちゃいそうだし」

301 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:06:07 ID:Kf2nAHbY0

紅里ちゃんが毛糸の手袋を外して、右手を差し出す。
最後に握手をしよう、ということらしかった。

手を伸ばして、繋いで、離せば、僕たちは本当に終わる。
もう二度と同じ時間を過ごすことも、なくなるのだろう。
視覚化された最後を目の前にして、右手が鉛のように重くなる。

(;´・ω・`)「……紅里ちゃんこそ」

('、`*川「ん?」

(;´・ω・`)「紅里ちゃんこそ、体に気を付けてね」

当たり障りのない言葉は言えたけど、右手は伸ばせないままだった。
食パンを取るように簡単に手を伸ばせたら、どんなによかっただろう。
紅里ちゃんの前では、どうして僕はこんなに臆病なのだろう。

('ー`*川「……うん。ありがとう」

紅里ちゃんが、垂れ下がったままの僕の右手を握った。
彼女の手の小ささが、柔らかさが、冷たさが、重さを取り払っていく。
そうして僕はやっと、軽く力を込めて、握り返すことができた。

302 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:09:12 ID:Kf2nAHbY0

( 、 *川「……さようなら」

僕が握り返したのが合図だったかのように、顔を伏せて紅里ちゃんは言った。
彼女の手から力が抜ける。握手がほどけそうになる。
彼女の指が、僕の指のすき間をすり抜けていく。

(;´・ω・`)「あっ……」

とっさに僕は、紅里ちゃんの指先だけを捕まえていた。

( 、 *川「……」

互いに動きが止まる。

(;´・ω・`)

( 、 *川

紅里ちゃんが、ゆっくりと顔を上げた。

('ー`*川

紅里ちゃんは僕をなだめるように優しく、寂しく、笑った。

右手から大切な何かが、すり抜けていった気がした。

303 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:12:19 ID:Kf2nAHbY0

支辺谷で着るには薄手のコートを羽織った背中が、遠ざかっていく。
寒風になびく暗い茶色の髪が、車の中に消えていく。
エンジンがかかって、車がゆっくりと発進する。
僕はそのすべてを、玄関先からただ見ているだけだった。

('ー`*川ノシ

車が見えなくなる直前、車内の紅里ちゃんと目が合った。
あの笑みを浮かべて、手を振っていた。
きっとこれが、彼女との最後の記憶になるのだろう。

(´ ω `)「……僕は」

車の消えた先を見つめたまま、思考を巡らせる。
ほどけそうになった指先を捕まえた、あのとき。
紅里ちゃんの何を掴みたくて、何を離したくなかったのだろうか。

どんなに考えても、答えは見つかりそうになかった。

〜〜〜〜〜〜

304 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:15:09 ID:Kf2nAHbY0

朝、紅里ちゃんが訪ねてきたあとは、何事もなく一日が過ぎていった。

リビングに戻ってからはトーストをもう一枚食べて、ココアを飲んで体を温めた。
自然とお腹は減って、昼食も夕食も完食した。
夕食のあとに見たバラエティ番組は、最近でも特に面白かった。
お風呂は少し熱めだったけど、体の芯まで温まって気持ちよかった。

紅里ちゃんがいなくなっても、普通に日々は過ぎていく。
僕はなんだかんだで普通に生きていくことができるのだ。

日付けが変わる直前、近くの自販機まで行って帰ってくる間、そんなことを考えていた。

(´・ω・`)「ただいま……」

小声でささやいたあと、なるべく静かに玄関の扉を閉めた。
家族はもう全員寝てしまったので、家の中には静寂が満ちている。
床がかすかに軋む音すら、騒音になりそうなほどだ。

(´・ω・`)「ふう……」

部屋に戻って、さっそく買ってきた飲み物に口をつける。

黒地に白い水玉模様が目印の、レモンスカッシュ。

305 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:18:06 ID:Kf2nAHbY0

口いっぱいに檸檬特有の甘さと酸味が広がっていく。
暖房で渇いた喉を、炭酸が撫でていく感触が心地いい。
紅里ちゃんが好んで飲んでいた理由も、いまなら分かる。

紅里ちゃんは新富の新居でどうしているのだろう。
疲れてもう眠ってしまったのか、興奮して眠れていないのか。
あるいは、都会の夜を楽しんでいるかもしれない。
支辺谷と違って夜でも遊べる場所はあるだろうし、その可能性もありえる。

(´・ω・`)「……寝ないと」

無理矢理に思考を断ち切って、残りのレモンスカッシュを一気に飲み干した。
別れた相手のことを、そこまで気にかける必要なんてない。
紅里ちゃんはもう、僕にどうこうできるような存在じゃないのだ。

かけ布団を被り、暖房を弱めて、横になる。
あとは、やがてやってくる眠気に身を委ねてしまえばいい。
それが僕にとっての、普通の一日の終わり方だった。

(´・ω・`)「……」

だけど、一向に眠くならない。まぶたが重くならない。
暗い天井を見つめているだけの時間が過ぎていく。

306 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:21:07 ID:Kf2nAHbY0

天井にぼんやりと紅里ちゃんの最後の笑顔が映る。
脳裏に焼き付いた記憶が、スクリーンに投影されるかのように。

いつの日か、僕は今日のことも思い出せなくなるのだろう。
忘れる気は微塵もないけど、望まなくともそうなるに違いなかった。

少しずつ、ふたりで過ごした日々を振り返っていた。
特に印象の強かった出来事は、鮮明に思い出せた。
紅里ちゃんの仕草のひとつひとつや、会話の内容も覚えていた。

それ以外は、どれも曖昧だった。
どんな景色だったか、どんなことをしたのか。
どんな顔をしていたか、どんなことを話したのか。

虫に食われたように抜け落ちた記憶が、数えきれないほどにあった。
忘れたことすら忘れてしまった記憶もあるはずだ。

なのに、僕が何をしていたのか、何を思っていたのか。
そういう自分のことだけは、何ひとつ忘れていなかった。
その行動の、想いの発信源は忘れてしまっているくせに。

(´ ω `)

自分がどうしようもなく、嫌な人間に思えてきて仕方がない。

307 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:24:10 ID:Kf2nAHbY0

心臓の真上に、誰かが乗っているような感覚を覚えた。
起き上がるのにかなり苦労しそうなほどに、重い。
こんな想いを抱えて、僕はこの先、歩いていけるのだろうか。
紅里ちゃんが言っていた大人というものになれれば、軽くなるのだろうか。

そもそも、大人になる、というのはどういうことなのだろう。
紅里ちゃんが言っていたように、なんでもひとりでやっていけるようになるのが、そうなのか。

そんなことはない。他にも手段はある。
そう信じたくて、僕は鮮明な記憶の中から、必死で大人になる他の方法を探し始めた。

自分の未来と現在に、折り合いをつけること。
隣ではなく、自分の足元を見て雪の降る町を歩くこと。
誰もいない夜の駐車場で、キスをすること。
聖夜に、心と体を深く重ねること。
自分の未来のために、現在のすべてを捨てること。

どれも、いまの僕には難しいことばかりだった。
そして、探せば探すほど、悲しくなるだけだった。

308 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:27:11 ID:Kf2nAHbY0

追憶はいよいよ、昨日の別れ話のときにさしかかる。
思い出すことが辛い。心臓が重みで押しつぶされそうだった。

(´ ω `)「……そう、だ」

そういえば、紅里ちゃんは僕に謝るとき、泣いていた。
ただ、涙はこぼさないように、必死でこらえていた。
すでに泣いている僕を気遣って、自分を押し殺していた。

時と場合によって、自分の気持ちを隠すこと。
表に出さずにいられるようになることも、大人になる方法のひとつなのかもしれない。

だとしたら。

決して望んで、自分の意志で、できたわけじゃないけど。

最後の最後、再び込み上げてきた自分の想いを言わなかった僕は。

(´ ω `)「……ぅ」

言えなかった、僕は。

309 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:30:32 ID:Kf2nAHbY0










(´;ω;`)

彼女が言っていた大人というものに、少しは近づけたのだろうか。









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310 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/08/31(日) 22:32:08 ID:Kf2nAHbY0












エンドロールは滲まない

第六話 GirlfriEND

おわり












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