(´・ω・`)エンドロールは滲まない('、`*川
210 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:15:11 ID:HAeH9QKg0

わたしはもうちょっと頑張るね。
ショボは早く寝るんだよ。
おやすみなさい。

絵文字で飾られた、紅里ちゃんからの最後のメールを、僕は見つめていた。
このメールが届いてから、もう30分が経っている。
だいぶ夜も更けてきたけど、紅里ちゃんはまだ問題集とにらめっこをしているのだろう。

(´・ω・`)「……寝よう」

自分に言い聞かせるように呟き、閉じた携帯を枕元に放り投げた。
途端に、じわりと涙が出てくる。液晶の光は、思っていたよりも目に毒だったらしい。
もしくは、部屋の電気を消していたせいかもしれなかった。

目を閉じ、掛け布団を抱きしめるようにして包まった。
僕ひとりだけの体温が、全身を優しく覆った。

冬休みが明けて、三年生は自由登校になった。
本番が間近に迫った受験生は、最後の追い込みに入った。
それは、紅里ちゃんも例外ではなかった。

211 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:18:16 ID:HAeH9QKg0

('、`;川『これからは最後の追い込みに入るから、あんまりいっしょにいられないかも』

紅里ちゃんにそう告げられたのは、年が明けて一緒に初詣に行ったときだった。
神社の本殿から長く伸びる列に並んでいる最中だった。

ごめんね、と申し訳なさそうに付け足す彼女に、僕はいいよ、とだけ答えた。
寂しくないといえば、それはもちろん嘘になる。
だけど、試験本番までひと月もない。受験生は一分、一秒すら惜しいはずだ。
一見いつも通りに振る舞う紅里ちゃんの内心を考えると、僕はそう言うしかなかった。

いま思うと、紅里ちゃんの言葉には少しだけ嘘が混ざっていた気がする。
あんまり、ではなく。ほとんど、というのが正解だろう。
あくまで、去年過ごした時間の密度と比べた場合、ということだけど。

自由登校になったいま、学校で紅里ちゃんに会うことはない。
一緒に登校することも、下校することも、ない。
学校でドクオと過ごす時間は増えたけど、決して彼女の代わりにはならない。

メールをする頻度も減った。
いまのところ、紅里ちゃんからメールは送られてこない。
僕の方から、時間や内容に疲れるほどに気を使って送っている。
それも、何度かやり取りしただけで終わってしまうことがほとんどだ。

212 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:22:08 ID:HAeH9QKg0

それも全部、仕方ないことだ。
紅里ちゃんの人生はまさしく、いまにかかっている。
そんな大事な時間を、僕の都合で邪魔してはいけない。

今日は珍しく、というか、年が明けてから初めて、メールが長続きした。
文字だけとはいえ、久しぶりにたくさん会話できたのは、幸せ以外の何物でもなかった。
途切れないようにと、内容にも、返信する間隔にも細心の注意を払った。
気疲れこそしたけど、それに見合うだけの時間を過ごせたと思っている。

ただ、楽しかった時間が過ぎ去ってしまった、いま。
ふたりで過ごす楽しさと、ひとりで過ごす寂しさの落差に、打ちのめされそうになってしまう。

紅里ちゃんは、大丈夫だったのだろうか。
本当は、早くメールを終わらせてしまいたかったんじゃないだろうか。
楽しかったのは僕だけだったんじゃないだろうか。

心臓の中を、大きな鉄の塊が転がるような感覚。
行き場のない暗く、冷たく、重い感情の存在が、確かに感じ取れた。

だけど、まだ大丈夫だ。まだ、押し殺せる。
さらに身を小さく丸めて、掛け布団を密着させてみた。
ひとりきりの体温は、やっぱりどこか頼りなかった。

いたずらに引き伸ばされた空虚な夜は、いつまで経っても明ける気がしなかった。

214 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:23:19 ID:HAeH9QKg0
 












(´・ω・`)エンドロールは滲まない('、`*川

第五話 「  」がすべてだった日々













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215 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:24:29 ID:HAeH9QKg0

支辺谷の街並みは、昨夜からの吹雪でより一層、白に染まっていた。
新雪は建物の側面まで覆い、地面にも足首が埋まるほどに積もっている。

まだ除雪されていない歩道は、歩くだけで思った以上に体力がいる。
歩けば歩くほど靴の中に雪が入ってきて、不快な水気が足元を包む。
こうなることは分かり切っていたけど、克服できるかどうかは別の問題だ。

体が熱くなってきて、首元を少し開けてみた。
痛いほどに冷たい風が、気持ちよかった。
放っておくと、汗が冷えて風邪でも引きそうだ。
幸い、風邪を引くのは紅里ちゃんと会ったあとになるだろう、ということだ。

長すぎるひとりの時間をじっとやり過ごしているうちに、紅里ちゃんの受験日は3日後に迫っていた。

216 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:27:10 ID:HAeH9QKg0

紅里ちゃんはもう少しで家を出て、新富へ出発する予定だ。
本番までに万全の準備を整えるため、今日から向こうの親戚の家にお世話になる。
おそるおそる受験間際の予定を聞いた僕に、彼女はそう答えてくれた。

普通に答えが返ってきたとき、僕は心底ほっとした。
人生の分かれ道を目の前にしても、紅里ちゃんが堂々としていることに。
彼女の機嫌を損ねるような結果にならなかったことに。

僕は少し余裕のできた頭を動かして、精いっぱい考えた。
旅立つ彼女に、僕から何かしてやれることはないだろうか。
それとも何もせず、邪魔をしないことが一番なのだろうか、と。

結果、些細なことでもいいと思い立って、僕は昨日、神社に行ってきた。
賽銭を奮発して合格を祈願し、お守りも買ってきた。
僕が紅里ちゃんの家に向かっているのは、これを渡すためなのだ。

(;´・ω・`)「はっ……はっ……」

随分と歩いてきたせいか、呼吸が荒くなってくる。
胸の中が冷たさで麻痺してきたように思える。
分かるのは、激しく脈打つ心臓の痛みだけだ。

217 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:30:08 ID:HAeH9QKg0

僕が来ることを、紅里ちゃんは知らない。
我ながら、思い切った行動に出たと思う。

もしも見送りに行くと申し出たら、紅里ちゃんは遠慮するに決まっている。
そこから押し切る強引さを、僕は持ち合わせていない。
だけど、少し裏をかいてやるくらいのずるさは、僕にだってあるのだ。

紅里ちゃんに会いたい。
少しだけでも会って、僕たちは繋がっているのだと、安心したい。
散々耐えてきたのだから、これくらいは許されるはずだと、思いたい。

大通りに出て右を向く。
通り沿いに、住宅街では目を引く赤い色の建物が、小さく見えた。
個人経営の雑貨屋だ。紅里ちゃんの家は、そのすぐそばにある。

(*´・ω・`)

自然と笑みが漏れた。吐息が白い町並みに溶けていった。
軽くなった足取りで、新雪を力強く押し退けて、僕は紅里ちゃんの家へ急いだ。

218 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:33:23 ID:HAeH9QKg0

雑貨屋の正面までたどり着く。
紅里ちゃんの家は、もう目と鼻の先だ。
僕から見て大通りの反対側にある、細い路地を入ってすぐ右。
ここからでも家が見えているくらいだ。

親の運転で空港まで行くと言っていたけど、玄関先に車はない。
予定の時間にはまだ少し早いことを考えると、これから出発するはずだ。
間に合ったことにほっと一息つきながら、大通りを渡るタイミングを探り始めた。

そのとき、家に隣接した駐車場から、見慣れた車が出てきた。
何度も乗った、紅里ちゃんの家の車だった。

('、`*川

大きなキャリーバッグを押しながら、紅里ちゃんが車の前までやってくる。
彼女の趣味とは程遠い厚手のコートを羽織って、学校指定の鞄を肩から下げていた。

「あ、まずっ……」

すぐにでも駆け寄りたいところだが、大通りを行き交う車はなかなか途切れてくれない。
いけるか、というときに限って新しく車が曲がってきたり、どうにもタイミングが悪い。
そばにある信号が変わって渡れるようになるのと、どちらが早いだろうか。

219 名前:AAが抜けてたので>>218の修正 投稿日:2014/03/14(金) 18:35:44 ID:HAeH9QKg0

雑貨屋の正面までたどり着く。
紅里ちゃんの家は、もう目と鼻の先だ。
僕から見て大通りの反対側にある、細い路地を入ってすぐ右。
いまいる位置からでも家が見えているくらいだ。

親の運転で空港まで行くと言っていたけど、玄関先に車はない。
予定の時間にはまだ少し早いことを考えると、これから出発するはずだ。
間に合ったことにほっと一息つきながら、大通りを渡るタイミングを探り始めた。

そのとき、家に隣接した駐車場から、見慣れた車が出てきた。
何度も乗った、紅里ちゃんの家の車だった。

('、`*川

大きなキャリーバッグを押しながら、紅里ちゃんが車の前までやってくる。
彼女の趣味とは程遠い厚手のコートを羽織って、学校指定の鞄を肩から下げていた。

(;´・ω・`)「あ、まずっ……」

すぐにでも駆け寄りたいところだが、大通りを行き交う車はなかなか途切れてくれない。
いけるか、というときに限って新しく車が曲がってきたり、どうにもタイミングが悪い。
そばにある信号が変わって渡れるようになるのと、どちらが早いだろうか。

220 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:36:27 ID:HAeH9QKg0

いっそ、ここから声をかけてしまおうか。
そんな思考が頭をよぎったとき、車の流れが途切れた。

(;´・ω・`)「……! いまだ!」

しっかりと左右を確認してから、滑らない程度に駆け出す。
ぐちゃぐちゃになった雪の塊を踏んでしまい、靴の中が気持ち悪い。
だけど、そんなことで止まっている暇はなかった。

(;´・ω・`)「紅里ちゃーん!」

大通りを渡り切ったところで、僕は近所への迷惑も考えずに叫んだ。

('、`;川「ショボ!?」

家族の誰かを待っていたのか、ずっと家の方を見ていた紅里ちゃんがこちらを向いた。
そして、僕を見るなり小さな目を丸くして、訳が分からないとばかりに彼女も叫んだ。

('、`;川「なに? どうしたの? てか、なんでいるの?」

(;´・ω・`)「あ、の……ちょ、まっ、て」

キャリーバッグを置き去りにしてこちらにやってきた紅里ちゃんは、矢継ぎ早に尋ねてくる。
答えたいのはやまやまだけど、走ってきたばかりの僕は、呼吸を整えるので精いっぱいだ。

221 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:39:47 ID:HAeH9QKg0

(;´・ω・`)「見送りくらい、しておきたいな、って」

呼吸が整ってきたところで、僕は簡潔に理由を説明した。
その裏に隠されている、ひとりでいるときに考えた、色々なことについては言わない。
というより、言えるわけがなかった。

('、`*川「そうだったんだ……ありがと」

(;´・ω・`)「迷惑だったら、ごめん」

('ー`*川「そんなことないって。すっごい嬉しい」

少なくとも嘘ではない理由を聞くと、紅里ちゃんは頬を緩ませた。
笑ったときにふっ、と漏れた吐息は一瞬、雲のように宙を漂い、すぐにほどけて消えた。

(´・ω・`)「あの、よかったらこれ……」

もうすぐ出発するなら、あまり時間をかけるべきではないだろう。
そう思って、コートのポケットからお守りを取り出した。

('、`*川「あ、もしかしてこれ、お守り?」

僕が渡すよりも、言うよりも先に、紅里ちゃんが感付く。
少し、嫌な予感がした。

222 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:42:07 ID:HAeH9QKg0

(´・ω・`)「うん……支辺谷神社の」

('ー`;川「あー……」

僕がそう答えるなり、紅里ちゃんは困ったように笑った。
それから、おもむろに肩から下げた鞄を体の前まで持ってくる。

(;´・ω・`)「……あっ」

('ー`;川「あはは……そういうこと」

紅里ちゃんがつまんでみせたのは、鞄にくくりつけられた支辺谷神社のお守りだった。
僕が渡したお守りと、寸分違わず同じものだった。

(;´・ω・`)「……ごめん」

少し考えれば分かるはずのことだった。
受験生なのだから、お守りくらい持っていると。
そして、お守りを買うとしたら当然、近場の神社になると。

('、`;川「あ、謝らなくていいよ! わたしのこと、心配して買ってくれたんでしょ?」

(;´ ω `)「……」

('、`;川「ふたつあればきっとご利益も二倍だし! だからそんな顔しないでってば!」

223 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:45:03 ID:HAeH9QKg0

いまの僕はそんなに元気がなさそうに見えるのだろうか。
試験を直前に控えた受験生に、気を使わせてしまうくらいに。

自分で自分が嫌になってくる。
気の利かせ方が下手なのはもちろんだ。
だけど、それ以上に嫌なのは。

(´ ω `)「……そうだね。見送りなのに、辛気臭い顔してられないよね」

紅里ちゃんが僕に構ってくれるのを、心のどこかで嬉しく思ってしまっていることだった。

('、`*川「そうそう、景気よく送り出してくれなきゃ困るよー?」

(´・ω・`)「だったら応援でもしようか?フレーフレー、って」

('、`;川「それはちょっと恥ずかしいかな……」

無理矢理に笑顔を作って、軽口を叩く。
紅里ちゃんの反応から察するに、どうやら上手くできているらしい。

224 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:48:08 ID:HAeH9QKg0

(;´・ω・`)「いや、冗談だって」

('、`*川「それくらい分かってますってばー」

久しぶりの会話は月並みなもので、それでも楽しくて仕方がなかった。
出発前の貴重な時間を浪費させていることに心は痛み、同時に躍っていた。

('、`*川「あ……そろそろ行かないと」

思い出したように、紅里ちゃんが腕時計を見て呟く。
ふと紅里ちゃんの肩越しに見た車のそばでは、彼女の両親が暇そうにこちらを見ていた。
とりあえず、いまさらながら軽く会釈をしておいた。

(;´・ω・`)「時間とらせてごめん。大丈夫?」

('、`*川「うん、かなり余裕とってあるから」

(´・ω・`)「そっか、よかった……頑張って」

('、`*川「……ん。それじゃ、いってきます」

軽く手を振って、紅里ちゃんは家の方へ引き返していった。
その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。

225 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:51:04 ID:HAeH9QKg0

紅里ちゃんが助手席に乗り込んでから、車が走り出すまでにそう時間はかからなかった。
車が大通りに出て視界から消えるまで、僕はずっと目で追い続けていた。

久しぶりに会った紅里ちゃんは、普段通りのように見えた。
正確には、普段通りを装っているように見えた。
行動も、言動も、僕が好きな伊藤紅里とは少し違う気がした。
やっぱり、周囲に心配をかけないように、と気丈に振る舞っているのかもしれない。

僕は紅里ちゃんの力になれたのだろうか。
むしろ、逆に負担になってしまったのかもしれない。
実際はどうだったのか、僕には分からない。

(´・ω・`)「……帰ろう」

いつまでも立ち尽くしている自分に言い聞かせるように呟いた。
用が済んだら帰るべきだ。靴の裏が凍って、道路に張り付いているわけでもないのだから。

せめて、僕が抱いた楽しさのかけら程度でも、紅里ちゃんが楽しいと思ってくれていたらいい。
そんなことを考えながら、濡れたせいで重みを増した足で一歩、踏み出した。

226 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:54:40 ID:HAeH9QKg0

再び訪れた長く、空虚な時間をなんとか耐えているうちに、夜になった。

(´・ω・`)「……はあ」

夕飯を食べ終えて、自分の部屋に戻ってくる。
背中からベッドに倒れ込むと、大きなため息が漏れた。
もうすぐ退屈な一日が終わるという解放感を、少なからず感じていた。

(´・ω・`)「紅里ちゃん……どうしてるかな」

何事もなければ、とっくに親戚の家に着いているはずだ。
いまごろ、僕と同じように夕飯を食べたり、あるいはお風呂に入っているのかもしれない。
旅の疲れもあるだろうし、今日くらいは勉強も控えめなのだろうか。

気にし始めると、歯止めが効かなくなってくる。
いっそのこと、メールでも送ろうかと携帯を開いた。
気遣うような文面で送れば、返信も何度か来るかもしれない。

(;´・ω・`)「……馬鹿か、僕は」

自分の思考に嫌気がさして、ひとりごちる。
疲れているなら、ゆっくりと休ませてあげるべきだ。
勉強をしているなら、邪魔をしてはいけない。

227 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 18:57:02 ID:HAeH9QKg0

一瞬だとしても、僕は大きな勘違いをしていた。
今日はサプライズがたまたま上手くいっただけだ。
というよりも、紅里ちゃんが上手くいかせてくれた、と言った方がいい。
それで気を良くするのは、間違っている。

だけど、どんな形でも上手くいったからこそ、その勢いに乗るべきなんじゃないか。
散々押し殺してきたのだから、今日くらい調子に乗ってもバチは当たらないはずだ。

正反対の意見が、頭の中で混ざることなく渦巻いている。
内心が激しくかき乱されているせいか、胸のあたりがむかついてきた。

(´ ω `)「……くそっ」

軽く悪態をつくと、少しだけ気持ちが楽になった。
でも、それも一時的なものに過ぎないだろう。
かたく握りしめていた携帯を、床に放り投げた。
このままだと、気付かないうちに間違いを起こしそうな気がしたからだった。

(´ ω `)「まだ……まだ、大丈夫だ」

いまは耐えなければならないときだ。
すべて終われば、満ち足りた時間が戻ってくる。
そのためなら、この寂しさも押し殺せる。

気を紛らわせようと、手の届かないところまで転がった携帯を見つめた。
ほどなくして、開かれたままだった画面から、光が失せた。

228 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:00:29 ID:HAeH9QKg0

結局、その日はメールを送らなかった。
次の日も、そのまた次の日も送らなかった。
送れなかったとも、送るわけにはいかなかったとも言えるだろう。

試験当日の朝、僕は意を決して応援のメールを送った。
手短だったけど、文面に細心の注意を払って、慣れない絵文字も使ってみた。
送る時間も、紅里ちゃんが試験会場に向かっているはずの時間を選んだ。
早すぎて起こしてしまったり、遅すぎて携帯の電源を切られてしまうことを避けるためだった。

返信には期待していなかった。完全な僕の自己満足だった。
皮肉なことに、ここ最近で一番純粋に紅里ちゃんを思いやれていた気がする。

そのことに対する、ささいな見返りだったのかもしれない。
紅里ちゃんからの返信が来るまで、10分もかからなかった。

「ありがとう。がんばるね」

一行しかない、顔文字もないメールだったけど、頬が緩んだ。
人ごみの中を、あの地味なコートを着て歩く紅里ちゃんを想像する。
想像の中の彼女は寒さで頬を赤く染め、表情は緊張のせいで硬かった。

途端に僕まで不安になってきて、思わず支辺谷神社に駆け込み、祈った。
紅里ちゃんが笑って帰ってこれますように、と。



一月も後半に差し掛かろうかという頃のことだった。

〜〜〜〜〜〜

230 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:03:44 ID:HAeH9QKg0

それは受験も終わって、紅里ちゃんが帰ってきた日の夕方だった。

('、`*川「すいませーん」

居間でひとり、のんびりとくつろいでいると、突然インターホンが鳴った。
宗教の勧誘やセールスかと思いながら、しぶしぶ外を覗くと、なんと紅里ちゃんが立っていたのだ。

(;´・ω・`)「ん? え、なんで?」

予想もしていなかった事態に、思わず動揺の声を漏らさずにはいられなかった。
とりあえず、早くドアを開けてあげなければならない。
外の寒さは想像に難くない。握りしめたドアノブはすっかり冷え切っている。

(;´・ω・`)「あっ」

なのに、鍵をかけたまま開こうとしてしまう始末だ。
笑えないくらいの焦りっぷりに、少し間を作るべきだと自分に言い聞かせる。

ドアノブから手を離し、一呼吸の間を置いた。
その間に、様々な想いが浮かんでは消えていった。

231 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:06:42 ID:HAeH9QKg0

会いたくなかったわけじゃない。
むしろ、バスに乗って空港まで迎えに行きたかったくらいだ。

そうしなかったのは、迷惑をかけたくなかったからだ。
再び一人になった数日間で、どれだけ自分の行動を悔やんだか分からない。
同じ数だけあれでよかった、と思い直しもしたけど、いまはまた悔やんでいる状態だ。

あまり考えたくはないけど、試験の出来がよくなかった、なんて場合もある。
そんなときにのんきな顔をして接してこられたら、どう思うか。
普段は親しい間柄だとしても、疎ましく思ってしまうこともあるかもしれない。

そうなってしまったとき、離れてしまうことが怖かった。
会うことができないとか、肉体的な意味じゃない。心と心が、という意味だ。
一度でも心の繋がりが切れてしまったら、もう紅里ちゃんのそばにはいられない気がしていた。

(´・ω・`)「……よし」

欲は出さない。深入りはしない。
固く誓ってから、鍵を開けてドアを開いた。

('、`*川「よっ、元気だった?」

あの不格好なコートを着た紅里ちゃんは、そう言いながら右手を軽く振った。

232 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:09:11 ID:HAeH9QKg0

(´・ω・`)「まずはおかえり、紅里ちゃん。こっちはなんともなかったよ」

('、`*川「あ、忘れてた……ただいま」

紅里ちゃんの視線が、僕の全身を上から下までなぞる。

('ー`*川「うん。元気そうでよかった」

再び顔を上げた紅里ちゃんは、満足気に頷いた。
その声色は、表情は、優しそうにも、寂しそうにも見えた。

('、`*川「これおみやげ。空港で売ってたやつだからたぶん美味しいよ」

(;´・ω・`)「うわ、あ、ありがとう」

脇に抱えていた、コートと同じ色をした袋を差し出される。
一見して分からなかったので、少し驚いてしまう。
袋から取り出してみると、包装紙には新富ばななと書かれていた。

どうやら、これを届けるためにわざわざ来てくれたらしかった。
疲れもあるはずなのに、ありがたい限りだった。

233 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:12:09 ID:HAeH9QKg0

(´・ω・`)「……」

('、`*川「……」

ぷっつりと会話が途切れてしまう。
用事を済ませたはずの紅里ちゃんは帰ろうとしない。
寒空の下、家に上がるでもなく、虚空を見つめて立ち尽くしている。
紅里ちゃんの様子がおかしいのは明らかだった。

会話を続けるのは簡単だ。
試験はどうだったのか。どうかしたのか。
目の前に話の種はいくらでも転がっている。

だけど、そこに触れてはいけないはずだ。
様子がおかしいのは、おそらく、試験の出来がよくなかったせいだ。

そうだったとして、なぜ紅里ちゃんは僕に会いに来たのだろう。
紅里ちゃんは、僕に何を求めて、ここにいるのだろう。
慰めてほしいのかもしれない。だけど、そのためには傷に触れる必要がある。
僕はどうすればいいのか、決めかねたまま動くことすらできない。

234 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:15:08 ID:HAeH9QKg0

('、`*川「あのね、ショボ」

宙をさまよっていた紅里ちゃんの視線が、僕を捉えた。
真っ赤に染まる頬も、耳も、寒さのせいだ。
そこに甘い理由が存在する余地なんて、ない。

(´・ω・`)「何?」

('、`*川「こんなことお願いするの、申し訳ないんだけど……」

(´・ω・`)「……うん」

( 、 *川「わたしのこと……結果が出るまでそっとしておいてほしいの」

どうやら僕の考えていた通りだったらしい。
だったら、これから話すこともある程度は予想できた。

( 、 *川「試験……あんまりよくできなかったかな、って」

(;´・ω・`)「そうなんだ……」

( 、 *川「正直、すごい不安で、思い出すだけで泣きそう」

みるみる声のトーンが下がっていって、ついに紅里ちゃんは顔を伏せた。
ひと言、またひと言と絞り出すのがやっとのようだった。

235 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:18:17 ID:HAeH9QKg0

( 、 *川「それで、もしも、ショボにあたるようなことがあったら、いやだな、って思うから」

紅里ちゃんが話し終わるまで、僕は黙って待つことにした。
彼女が何かよくないことを言おうとしているのは、すぐに分かった。

話し終えたら、優しく否定してやろう。
なだめるように、そっと触れてやろう。
いまはきっと、いつもより強引にならないといけないときなのだ。

( 、 *川「そう、思うから……結果が出るまでの二週間、わたしのこと、そっとしててほしいの」

話を締めくくって、紅里ちゃんは顔を上げて僕を見つめた。
唇を固く結んで、うるんだ目は少し赤くなっていた。
泣き出すのをこらえている子供のようだった。

少しつついてやれば、紅里ちゃんはすぐに泣き出すだろう。
そんなことないよ、とか。それでも構わないよ、とか。
僕が思っていることをそのまま言ってやればいい。
それだけで、簡単に決意を揺らがせることができるはずだ。

(´ ω `)「……そっ、か」

それだけでいいはずなのに。
口に出せたのは、雪に吸い込まれて、消えてしまいそうな相づちだけだった。

236 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:21:13 ID:HAeH9QKg0

あたられたって構わないと、一緒にいたいと、言ってやるつもりだった。
紅里ちゃんが自ら傷に触れてきたなら、僕も臆せず触れるべきだと思っていた。
それも、泣き出しそうな表情で見つめられるまでの話だけど。

紅里ちゃんの負った傷は深い。
自分でそっと触れただけで、泣き出しそうなほどに。

ならば、他人の僕が触れたらどうなるのだろう。
僕のそっと、が紅里ちゃんのそれと同じだとは限らない。
触れたせいで痛がらせて、泣かせてしまう可能性も十分にありえる。
はたして、そうすることが正解なのだろうか。

いや、きっと違う。
紅里ちゃんが望んでいるのは、僕が傷に触れないことだ。
そのために、彼女は痛みに耐えながら、自ら傷に触れている。

それならば、僕がすべきことは、できることは、ひとつしかないだろう。

(´ ω `)「……分かったよ」

何もかも押し殺して、紅里ちゃんの頼みを受け入れる。それだけだ。

〜〜〜〜〜〜

237 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:24:53 ID:HAeH9QKg0
 











紅里ちゃんは結果発表の日を告げたあと、家に上がることもなく帰っていった。

帰り際に覗かせた安堵の表情が、僕の選択はきっと正しかったのだと思わせてくれた。














.

238 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:26:07 ID:HAeH9QKg0












それからの二週間は、何もなかった。

自分の行動を悔やみながら、孤独に耐えるだけの空白な日々が続いた。

それはまるで、町並みから水平線まで白く染まった支辺谷の景色のようだった。












〜〜〜〜〜〜

239 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:27:28 ID:HAeH9QKg0

授業の終わりを告げるチャイムを合図に、教室は一気に騒がしくなる。
僕は席を立つと、喧噪から逃げるように教室を飛び出した。
廊下を小走りで駆けていくうちに喧噪はどんどん小さくなり、ついに聞こえなくなった。

それでも僕は走り続けた。
なるべく静かで、人気のない場所に行きたかったからだ。

階段を降りて、一階の多目的スペースまで来たところで、ようやく立ち止まる。
まだ一時間目が終わったばかりだ。人はまばらで、物音もほとんどない。

ここなら大丈夫だろう。
呼吸を整えて、ズボンのポケットから携帯を取り出す。
着信があったことを示すランプが点滅していた。

いきなり携帯が震え出したのは、一時間目が半分ほど過ぎた頃だった。
震えている時間の長さからして、電話がかかってきているらしかった。
守っている人間はごくわずかだけど、校則では携帯を持ってくることは禁止されている。
なので、授業中に着信音でも鳴ろうものなら、一応は没収されてしまう。

とはいえ、出るわけにもいかずにしばらく放置していると、震えは収まった。
しかし、何事もなくほっと胸を撫で下ろした瞬間、また電話がかかってくる。
こんな具合の心臓に悪い流れが二、三回繰り返されたのだった。

240 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:30:14 ID:HAeH9QKg0

こんなことをするのは誰なのか、察しはついていた。
あの日から、今日でちょうど二週間だ。
このタイミングで僕にひっきりなしに電話をかけてくる相手なんて、ひとりしかいない。
そしてその理由も、ひとつしか思い浮かばない。

(´・ω・`)「……やっぱり」

開いた画面に映し出された名前を見て、ため息混じりに呟く。
電話をかけてきた相手は伊藤紅里。着信件数は4件。
画面の暗くなった部分に映る僕は、我ながら嬉しそうに笑っていた。

(´・ω・`)「もしもし?」

「ショボ!? ショボ!?」

通話が始まるなり、紅里ちゃんの大きな声が僕の耳に突き刺さった。
音が割れてしまうほどの大きさに、反射的に携帯を耳元から離してしまう。

「聞いて、あの! いまね! わたし……あれ、ショボ?」

握りしめた携帯の向こう側で、興奮気味に紅里ちゃんはまくしたてる。
しかし、返事がないことにさすがに気付いたらしく、だんだんと声色が落ち着いてくる。
頃合いを見計らって、僕は携帯を耳元に持っていった。
一応、音量はいくらか下げておくことにした。

241 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:33:02 ID:HAeH9QKg0

(;´・ω・`)「あー、紅里ちゃん?」

「ショボ! わたしね、わたしね!」

ようやく会話が始まるが、紅里ちゃんのテンションも再び上がり始める。
どうやら、音量を下げておいて正解だったらしい。

「受かってた! 合格してたの!」

電話してきた理由は予想通りだった。
しかし、この紅里ちゃんの喜びようまでは予想外だった。

「第一希望じゃないけど、大丈夫、だった!」

結果を口にするたび、紅里ちゃんの話す声に嗚咽が混じり出す。
もう大丈夫だという安心感で、ずっと張り詰めていた気持ちの糸が切れてしまったのだろう。

それにしても、あの紅里ちゃんが泣いてしまうなんて。
僕の記憶にある限り、泣いているところなんて見たことがなかったから驚くばかりだ。
よほど試験の出来に自信が持てなかったらしい。

(´‐ω‐`)「そっか。よかったよ……本当によかった」

紛れもない本音だった。
この二週間、紅里ちゃんは僕の何倍も辛い思いをしてきたに違いない。
そんな日々が終わって、ようやく肩の荷を下ろせたのだ。
これを一緒に喜べないで、何が恋人だ。

242 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:36:15 ID:HAeH9QKg0

「ありがと……ごめんね、ひどいこと言っちゃって、ごめんね」

紅里ちゃんが言っているのは、二週間前のことだろう。
おそらく、彼女は僕の内心をある程度は分かっていた。
その上でそっとしておいて欲しい、と言ったのだから、確かにひどいのかもしれない。

(´‐ω‐`)「いいよ……よかったんだ、あれで。だから気にしないでよ」

結果として僕らの間にいざこざは起きなかった。
そしていま、こうして喜びを分かち合うことができている。
だからきっと、あのときの選択は正しかった。

(´・ω・`)「おめでたいことがあったんだし、謝るとかなしにしよう。ね?」

「うん……うん……」

僕自身がどうなったとしても、相手の心を傷つけるよりは、ずっとましだったはずだ。

243 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:39:12 ID:HAeH9QKg0

「そうだ……今夜、うちでお祝いするんだ」

(*´・ω・`)「へえ、いいね。派手に祝ってもらいなよ」

落ち着きを取り戻した紅里ちゃんが、思い出したように言う。
ドクオを除けば、彼女に似て賑やかな家族だった記憶がある。
豪勢な出前でも取ったりして、今夜は大騒ぎに違いない。

「あれ……ショボ、もしかして聞いてない?」

(´・ω・`)「えっ?」

内心羨ましいと思いながら答えると、なぜか紅里ちゃんは意外そうに尋ねてきた。
そんなことを言われても、何を聞いていないのか想像すらつかない。
どうして紅里ちゃんの合格のお祝いに僕が関わってくるのだろう。

「ちょっと待ってて……お母さーん、まだ言ってないのー?」

紅里ちゃんはいったん会話を中断させて、おそらく遠くにいるおばさんに呼びかける。
間を置かずに小さくおばさんの声が聞こえたけど、何を言っているかまでは聞き取れなかった。

「ごめん、まだ連絡してなかったみたい……」

「あのね、うちの親、ショボの家の人もみんな呼んでお祝いするつもりなんだって」

〜〜〜〜〜〜

244 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:42:08 ID:HAeH9QKg0

急なお誘いを受けて、迎えた夜。
僕を含めた諸本一家は紅里ちゃんの家にお邪魔していた。

('A`)「なんかわりぃな、うちの親が急に言い出してさ」

僕の隣にやってきたドクオは、コーラをあおって言う。
それから、持ってきた小皿からねぎとろ巻きをひとつ、口に運んだ。

(*´・ω・`)「いいよ、おかげで美味しいもの食べれるし」

呆れたような視線を前方に向けるドクオに、僕は笑いながらそう返した。
疲れ気味の顔が、失礼ながらどこかおかしく見えたからだった。

('A`)「礼なら姉ちゃんに言ってくれよ」

(´・ω・`)「言えたら、ね」

僕も小皿からねぎとろ巻きをひとついただいて、ドクオを同じ方向に視線を向ける。

('、`;川「だから、わたし未成年なんですってば、おじさん!」

すっかりできあがった大人たちに囲まれた紅里ちゃんが、父さんにお酌されそうになっていた。

245 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:44:58 ID:HAeH9QKg0

当然、最初は真面目なお祝いの席だった。
うちの両親は受験勉強について、紅里ちゃんに熱心に聞いていたりもした。
それが、酒が進むうちに話題が紅里ちゃんの昔話になり、いまの話になり。
いつの間にか、話題の中心だった彼女は、大人に囲まれて本当に中心になってしまったのだ。

('、`;川「え? 飲んだことくらいあるでしょって……まあ、あるっちゃ、ありますけど」

空になったグラスに手で蓋をして、歯切れ悪く話す紅里ちゃん。
高校生なら珍しい話じゃないのは、大人たちも分かっているだろう。
だから、身内相手に言いよどむような話ではないはずだ。

なのに、後ろめたそうにしているのは、クリスマスのことが脳裏にあるからだろう。
一応、クリスマスにワインを飲んだことは、ふたりだけの秘密になっている。
加えてあの夜は、親には知られたくないことが多すぎる。
秘密に繋がりかねない話題だから、紅里ちゃんもあんな調子なのだと思った。

('∀`)「……ワインとかな」

(;´・ω・`)「ぶっ!」

246 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/03/14(金) 19:48:07 ID:HAeH9QKg0

(;´ ω `)「がっ、は、ごぇ」

ドクオがぽつりと呟いた、まさかのひと言に動揺してしまう。
飲み込もうとしていたねぎとろ巻きが、気管に入って咳が止まらない。

('∀`)「あぶね、これ秘密だったな。わりぃわりぃ」

いまだにむせる僕に、こっそりと耳打ちするドクオ。
その声色は反省しているようには聞こえない。
というより、込み上げてくる笑いを押し殺しているのが丸わかりだ。

(;´・ω・`)「な、んで、お前がっ」

('A`)「なんでって……そりゃ分かるだろ。ラベルはがされてたけど、空きビンあったし」

(;´・ω・`)「……わざわざ調べたのか、暇人」

(;'A`)「うっせ、そこまで暇人じゃねえよ。ゴミに出すときに香りがしたから、たまたまだっつの」

どうやら、紅里ちゃんが喋ったりしたわけではないようだ。
それに口ぶりからして、ばれているのはドクオにだけ、らしい。
ならば、紅里ちゃんと僕にクリスマスの話題が振られる可能性は低そうだ。
あの包囲網の中に入るのは、紅里ちゃんには悪いけど遠慮願いたい。

247 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:51:13 ID:HAeH9QKg0

('∀`)「お? お呼びだぜ、カ・レ・シ」

そう思った途端、父さんが僕にこっちに来るよう促した。
紅里ちゃんの隣の床をばしばしと叩く姿からは、嫌な予感しかしない。

(#´・ω・`)「……」

(;'A`)「いっだ! 何すんだよ!」

(´・ω・`)「なんかむかついたから」

もちろん、行きたくはない。しかし、この状況で逃げるのは無理だろう。
とりあえず、煽ってきたドクオを頭を一発はたいてから、重い腰を上げた。
僕の気をよそに楽しそうな大人たちの元へ、のろのろと歩いていく。

ふと、紅里ちゃんと目が合う。
結局、ビールを注がれてしまったグラスを手に、困り果てたような笑みを浮かべていた。

(´・ω・`)「何? どうしたの?」

大人たちにはやし立てられ、促されるがまま隣に座る。
開口一番、僕は紅里ちゃんに何があったのかを尋ねた。
ドクオと話していて、こっちでどんな会話がされていたのか把握できていなかったからだ。

248 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:53:49 ID:HAeH9QKg0

('ー`;川「はは……彼氏はほっといていいのか、ってさ」

紅里ちゃんは乾いた笑い声を漏らすと、潤いを求めるようにグラスに口をつけた。
二、三度、喉が大きく動いたあと、ビールの量は一気に減っていた。
おそらく、元いた場所からでも、減ったのがはっきりと分かるだろう。

('、`;川「そりゃ、よくはないけど……ねえ?」

その言葉に、四方を囲んだ大人たちはにわかに沸き立つ。
酒の勢いで、かなり都合のいい捉え方をしているのだろう。
僕と紅里ちゃんをそっちのけに盛り上がっているのが、なによりの証拠だ。

受験のせいで疎遠だったとはいえ、この場に限っては放っておいてくれた方がよかったでしょう。
紅里ちゃんが本当に僕に言いたかったのは、そういうことなのだろう。

(;´・ω・`)「ああ、うん。ほんと、ね」

僕は紅里ちゃんの言葉に何度も、何度も頷いた。
それを見た大人たちは、さらに勘違いを加速させていく。
その騒がしさといったら、伊藤家の今後の近所付き合いが心配になるほどだ。

249 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 19:57:03 ID:HAeH9QKg0

(´・ω・`)「まあ、何にせよ……改めまして、合格おめでとう。本当によかった」

視線が集中する中、面と向かって話すのは妙に照れくさかった。
体の中に熱がこもっているように感じられる。じんわりと汗がにじみ出てくる。
そのせいなのか、全身がむず痒くて仕方なかった。

('ー`*川「ありがと……こういう言葉って、何回聞いても、嬉しいものだね」

それは紅里ちゃんも同じだったらしい。
鼻先をかいてみたり、前髪をいじってみたり、落ち着かない様子だ。

(*´・ω・`)「……うん」

('ー`*川「……あはは」

泳ぎっぱなしだったお互いの視線が、初めてぶつかる。
紅里ちゃんの顔はのぼせているのか、酔っているのか、ほんのりと紅く染まっていた。
気恥ずかしさに耐え切れず、動悸が激しくなったのを合図に、僕はそっぽを向いた。
視界の隅で、紅里ちゃんが同じタイミングで顔を逸らしたのが見えた。

若い若いと煽る大人たちの声が、遠くに聞こえた気がした。

250 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 20:00:16 ID:HAeH9QKg0

('、`;川「はい、もういいでしょ! おわりおわり!」

このままでは埒が明かないと踏んだのだろうか。
紅里ちゃんは強引に僕を輪の外に押し出そうとする。

(;´・ω・`)「ったた、ちょ、ちょっと待って……」

僕が立とうとしても押し続けるので、バランスを崩しそうになる。
それでも、父さんの膝につまずいて危うく転びそうになりながら、僕は輪から抜け出せた。
一方、内側では紅里ちゃんが、一斉に不満を口にする大人たちをあしらっている。

(;´・ω・`)「助かった、それじゃ」

近くにいてまた捕まる前に、僕はそそくさと立ち去ることにしよう。
去り際、髪の薄くなり始めた父さんの頭の向こう側に見える紅里ちゃんに、手短にそう伝えた。

('ー`*川「ん」

紅里ちゃんは一瞬だけこちらを向いて、満足そうに小さく頷いた。
そして次の瞬間には、また大人たちに負けないトーンで話し始めたのだった。

251 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 20:02:58 ID:HAeH9QKg0

(;´・ω・`)「……疲れた」

('∀`)「お疲れさん、見てる分には楽しかったぜ」

(;´・ω・`)「……だろうね」

戻ってきた僕を、ドクオはにやつきながら迎えた。
また頭をはたいてやりたかったけど、そうする元気すら残ってなかった。
それを見越したうえでの、この態度なのかもしれないけど。

さっきと同じ場所に座り直して、小皿に視線を落とす。
僕がいない間に、ねぎとろ巻きはすべて食べられてしまっていた。
仕方なく、乾き始めたかっぱ巻きをひとつ、口に放り込んだ。

('、`#川「だ、か、ら! それ聞かれて答えると思ってんの? このエロ親父!」

聞こえてきた紅里ちゃんの苛ついた声に顔を上げる。
ちょうど、おじさんの頭をはたいて、ぱちんと抜けのいい音が鳴り響いたところだった。
きっとろくでもない、下世話な話でも振られたのだろう。
その様子を見て他の大人も、ドクオもげらげらと笑っていた。

252 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 20:07:49 ID:HAeH9QKg0

こうして騒げるのも、紅里ちゃんの受験が無事に終わったからこそだ。
この中で一番大声で笑い、騒ぎたいのは彼女だろう。
明日からは一年間我慢した分、思いきり羽を伸ばせるのだから。

きっと、一緒にいられる時間も増えるだろう。デートも何回でもできる。
例えば、またドライブに行くのもいいかもしれない。
たしか隣町の滝見までは、一時間程度だったはずだ。

少し遠出して、所知なんかもいいだろう。
流氷も、砕氷船も支辺谷にあるけど、遠出する、という響きが大事だ。
なにせ、自由な時間はいくらでもある。
新生活の準備で、また新富に行くこともあるかもしれないけど。

(´・ω・`)「準備……新、富……」

ふと、自分の思考に、妙な引っかかりを覚えた。

何もおかしいことはない。
進学で上京するなら、誰でもすることだ。
その準備は当然、上京する少し前に行われる。

だったら、準備が終わって、紅里ちゃんが上京するのは、いつだ。

そして、いまは、いったい何月だ。

僕たちは、あとどれだけ一緒にいられるんだ。

253 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 20:10:02 ID:HAeH9QKg0

僕は気付いてしまった。
いや、ずっと、見て見ぬふりをしていた。

僕たちが付き合い始めたときから。
この結末は見える場所に、距離にあったはずなのに。

僕たちの関係は、もうすぐ終わる。
例え、どんなに好き合っていても、関係なく引き離される。
強い想いさえあればそれでいいなんて恋愛は、させてもらえなくなる。

好きという気持ちが、僕たちのすべてでいられる日々は、あとわずかになっていた。



('ー`*川



いつの間にか、大人たちの話題は合格のお祝いに戻っていた。
輪の中心で締まりなく笑う紅里ちゃんの姿は、僕の眼前に終わりを突き付けていた。

254 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2014/03/14(金) 20:10:56 ID:HAeH9QKg0
 












エンドロールは滲まない

第五話 「好き」がすべてだった日々

終わり











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