(´・ω・`)エンドロールは滲まない('、`*川
144 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:08:08 ID:ln4VTi5I0

耳が痛くなるほどの寒さに、僕は何度目か分からない身震いをした。
学校の前を通る長い一本道の先に、まだバスは見えない。
バスを待つ列に並ぶ誰もが、早く暖房の効いた車内に入りたいと思っているはずだ。

それにしても、今日は一段と寒い。
雲ひとつない空に浮かぶ太陽も、積もった雪からの照り返しも、体を温めてはくれない。

せめて、紅里ちゃんが隣にいたら、心だけは温かくなるのに。
いつもは彼女がいるはずの場所にいる、知らない誰かを見ていると、どうしてもそう思ってしまう。

今日は友達との約束があると前から言っていた。
だから、ひとりで帰ることになるのも、仕方ないのだ。
寒さも、女々しさも、紅里ちゃんの自由を奪う動機にはならない。

明日が恋しくなってきて、長いため息を漏らした。
町中を白く染める雪の色に溶けて、すぐに見えなくなった。

「おーい、ショボー」

背後から、聞き慣れた気だるげな声が僕を呼んだ。
声の方へ振り返る直前、遠くからやってくるバスが見えた。

('A`)「珍しいな、ひとりなんて」

不思議そうに言いながら、紅里ちゃんそっくりの眼差しで、ドクオは僕を見つめていた。

145 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:09:47 ID:ln4VTi5I0













エンドロールは滲まない

第四話 憧れの感触













.

146 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:13:17 ID:ln4VTi5I0

せっかくだし、どっか寄ろうぜ。
暑いと感じるほど暖房の効いたバスの中で、ドクオはそう言って僕を誘った。
特に予定のなかった僕は、その誘いに乗ることにしたのだった。

('A`)「そういやさ」

(´・ω・`)「うん?」

いつもより学生の少ない、物静かなファーストフード店。その一角にある二人掛けの席。
対面に座ったドクオは、トレイにポテトを出しながら話を切り出した。

('A`)「明日、姉ちゃんとどこまで行くんだっけ?」

(´・ω・`)「鳥野岬だけど?」

僕も自分のポテトを出しつつ答える。
ドクオとふたりで放課後を過ごすというのは、なんだか新鮮な気持ちだった。
登下校が一緒になることも、別のクラスだけど日中は一緒にいることも、決して少なくはない。
しかし、こうして学校の外でも一緒にいることは、最近はなかったような気がする。

147 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:16:34 ID:ln4VTi5I0

('A`)「案外近くなんだな」

ドクオはポテトをつまんで、他人事のように呟いた。
実際は興味もあるんだろうけど、残念ながらそういう風には聞こえない。
きちんと喉や腹に力を込めているのか分からないような声なのだ。
だからいつだって、生きていくのすらめんどくさそうな印象を受ける。

(´・ω・`)「さすがに夜に遠出は……ちょっとね」

('A`)「うちの親もちょっとは心配してるっぽいぜ。姉ちゃんも一応は女だしな」

(;´・ω・`)「……一応、ね」

やはり、と言うべきか。紅里ちゃんは親は大丈夫だと言っていたけど。
何もやましいことはなくても、そういった心配はついて回るものなのだろう。

('A`)「ま、安心しろよ。俺からも言っておいてやったから」

('∀`)「星を見に行ってくる、なんて言い訳にしては下手くそすぎだから大丈夫だろ。ってな」

148 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:20:04 ID:ln4VTi5I0

(;´‐ω‐`)「ああ。ありがとよ」

('A`)「なんだよ、そのすげえ投げやりな礼の言い方」

(´・ω・`)「はははっ、冗談だってば。ありがとう、ドクオ」

ドクオの言ったことに、どれだけの効果があったかは分からない。
それでも、ドクオが僕たちを気遣ってくれていることは確かだ。
だったら僕は、きちんとお礼を言うべきなのだ。

('A`)「やめろよ、なんかかしこまられるとキモい」

(´・ω・`)「どっちにしろ文句言うんだね」

もどかしそうにドクオは身をよじる。
照れくさいのかもしれないし、僕らの仲で何を今さら、ということなのかもしれない。

それにしても、ドクオとの会話はよく弾むし、楽しい。
紅里ちゃんと会話する楽しさとは、また別の楽しさがある。
きっと、共に長い月日を過ごしたからこそのものだろう。

149 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:24:31 ID:ln4VTi5I0
('A`)「ま、お前らなら俺が何か言わなくても上手くやりそうな気がするけどよ」

(´・ω・`)「そう?」

ドクオは随分と僕らの仲を買っているらしい。
恋人の身内からお墨付きをもらう、というのは案外照れるものだ。

('∀`)「今までも上手くやってきたみたいだしな」

ドクオはにやりと笑って、そう続けた。
果たしてどこまで知られているのだろう、と考えると、にわかに心臓が高鳴り始めた。
こっそりと尾けられていた、という可能性も脳裏に浮かぶが、すぐに否定する。
ドクオは不真面目な人間ではあるけど、そんなことをする人間ではない。

(*'∀`)「……そこで聞きたいんだけどよ」

ドクオが身を乗り出して、声を潜ませて話しかけてきた。
仕方なく僕はポテトを取ろうとした手を引っ込める。

(*'∀`)「クリスマス、どうすんの?」

150 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:29:18 ID:ln4VTi5I0

返す言葉が、見つからない。
学生たちの話す声が混ざり合った喧噪。
その中から、しばしの間、僕らの声が消える。

('A`)「……何も考えてないわけじゃない、よな?」

(;´・ω・`)「それはそう、なんだけど……」

ドクオの言う通り、何も考えていないわけではない。
むしろ、ドクオが考えているであろうことと、同じことを考えている。

つまり、紅里ちゃんと一夜を過ごす、ということ。

人より内向的ではあると思うが、僕だって普通の高校生だ。
それなりに性欲だってある。当然、恋人とセックスしたいとも思う。
クリスマスという特別な日なら、なおさらだ。

(;´・ω・`)「あんまり話題に上がらないんだよね……クリスマスのこと」

僕が考えこそすれど、口に出したり、行動できていない理由がこれだ。
もう12月だというのに、不自然なくらいクリスマスの話題にならないのだ。

151 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:32:14 ID:ln4VTi5I0

大抵の会話の主導権は紅里ちゃんにある。
喋るのが苦手な僕は、彼女の話す話題から大きく外れることができない。
そうなると、紅里ちゃんが意図的にクリスマスの話題を避けている、ということになる。

(;'A`)「バッカだなー、そこはお前が切りだすもんなんだよ」

大きなため息のあと、呆れたようにドクオが言う。
実際、ドクオの言う通りなのだと思う。
男の方から言い出さなければならないことは、山ほどあるはずだ。
今回の件は、そのうちのひとつに違いなかった。

(;´・ω・`)「……頑張る、けどさ」

助言こそ真摯に受け止めるが、どうしても納得できないことがあった。

(´・ω・`)「僕にあれこれ言えるほど、ドクオって経験豊富じゃないよね」

('A`)「……うるせぇ」

(´・ω・`)「むしろ紅里ちゃんと付き合ってる分、僕の方が豊富なくらい」

(;'A`)「うるせぇって言ってるでしょ! やめて!」

さっきまでのような真剣な話も、今のようなくだらない話も、自由にできる。
これだから、ドクオといっしょにいるのは好きだ。

〜〜〜〜〜〜

152 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:35:41 ID:ln4VTi5I0

('A`)「じゃーなー」

(´・ω・`)「また明日ね」

美汐三丁目で、紅里ちゃんではなく、ドクオが先に下りるのを見送る。
別れ際、今日のことは紅里ちゃんには内緒に、と言おうかと迷う。
だけど、結局やめておくことにした。言わなくても、そんな無粋なことはしないだろう。

後方に流れ始めた景色を眺めながら、これからのことに思いを馳せる。
ひとまず、僕の方からクリスマスにデートに誘うのは決定だ。
問題はデートの内容をどうするか、だ。

支辺谷には、おしゃれな店の立ち並ぶ、イルミネーションに飾られた大きな通りはない。
クリスマス仕様に装いを変えた、巨大テーマパークもない。
どんなに望んでも、いつもと変わらないデートしかできないのだ。

そして、さらなる問題はデートが終わったあと。
そのまま帰らないのなら、ふたりで一夜を過ごせる場所に行かなければならない。
家族もいるし、どちらかの部屋で、というのは難しいだろう。

必然的にホテルということになるが、車が必要な距離にある。
そこまで行くというのは、なんだか必死すぎてみっともなく思えてしまう。
体が目的だと誤解されたらどうしよう、なんて不安もよぎる。

とても結論は出そうになかった。
少なくとも、こうしてバスに乗っている間には。

153 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:39:18 ID:ln4VTi5I0

〜〜〜〜〜〜

('、`*川「……なんかさ」

ヘッドライトに照らされる、いつまでも変わり映えしない雪道を眺めていた時だった。
紅里ちゃんがひとりごとのように呟いた。

('、`*川「外に出て見るつもりだったけど」

(´・ω・`)「うん」

('、`;川「車の中でもいいかな、って気分になってきた」

その気持ちは痛いほどに理解できた。
エアコンは少し耳障りな音を発しながら、車内を暑いくらいに暖めてくれている。
それでもドアのそばは、外の冷気のせいで鳥肌が立つほどに寒い。
外がどれだけの寒さなのか、想像に難くない。

(´・ω・`)「それでいいと思うよ。風邪ひいたら大変だし」

('、`;川「でも、車の中からだと空が見辛いんだよねー……どうしよ」

ぼやきつつ紅里ちゃんは、シートに軽く体を預けた。
車は変わらず、順調に走り続けている。
ささいなことで運転に影響が出ていた頃の面影はもう、ない。

僕たちが向かっている鳥野岬までは、そう遠くない。
あと15分もかからないはずだ。

154 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:42:45 ID:ln4VTi5I0

今年のふたご座流星群は綺麗に見えるらしい。
ある日、紅里ちゃんがそんな話題を振ってきた。
そこから、あれよあれよという間に、ふたりで見に行くことになったのだ。

その時に決めた場所が、支辺谷から程近い場所にある、鳥野岬だった。
周囲が暗く、駐車場があるから車で行けて、寒くなれば車内に避難できる。
まさに流星群を見るには絶好の場所だった。

絶好の場所すぎたのが、問題だったのかもしれない。

紅里ちゃんと会話しながら、僕は内心焦っていた。
流星群を見始めたら、僕たちは無言で空を眺め続けるだろう。
なぜなら、これ以上ないくらいの環境なのだから。
そこに、これまで避けてきたクリスマスの話題を突然切り出すのは、僕には荷が重い。

かといって、ひとしきり楽しんだあとの帰りの道中で切り出すのも、蛇足だと思えた。
だから、いま、行きの道中で切り出すしかないのに。
ここからどうやってクリスマスの話題に持っていけばいいのか、見当もつかない。

155 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:46:47 ID:ln4VTi5I0

あれこれ考えている間に、会話は途切れてしまっていた。
そういえばさ、なんて言って僕から切り出せば済む話なのかもしれない。

それでも、もし失敗したらという思考が邪魔をする。
声を出そうと何度も吸い込まれた空気は、喉を震わせることなく吐き出される。
口の中がひどく渇いて、発せられるべき言葉がすべて涸れてしまったような気がした。

まずは何でもいいから、声を出そうと思った。
それに反応した紅里ちゃんが声をかけてくれれば、会話が始まる。
一度流れができてしまえば、言葉は自然と湧いてくるはずだ。

(;´・ω・`)「あ」

何でもいい、と考えながらも、紅里ちゃんの名前を呼ぼうとしていた。

('、`*川「あれっ? ここかな?」

しかし、ようやく発せられた小さな声は、紅里ちゃんの呟きに簡単にかき消されたのだった。

156 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:50:54 ID:ln4VTi5I0

緩やかに車は止まり、紅里ちゃんは窓の外を覗き込む。
その先に目をやると、危うく通り過ぎそうな位置に看板が見えた。
横にわずかに漏れるヘッドライトの光に照らされたそれには、大きく鳥野岬と書いてあった。
その下にはPの文字と、右方向への矢印が添えられている。

('、`;川「あっぶな……通り過ぎるところだった……!」

そう言って紅里ちゃんは、後続車が来ないのをいいことに車をバックさせる。

('、`;川「ふう……」

(;´・ω・`)「……はあ」

車が駐車場に入っていく最中、同時にふたつのため息が漏れた。
おそらく紅里ちゃんのため息は、通り過ぎずに済んだことへの、安堵のため息だ。
僕のため息は、ついにクリスマスの話を切り出せなかったことへの、落胆のため息だ。
僕以外には、ふたりして胸を撫で下ろしているように見えるのだろう。

流星群を見ている間か、帰りの道中か。
楽しい時間の真っ最中に切り出すか、楽しい時間のあとに蛇足のように切り出すか。
残された選択肢は、どちらも厳しいものだった。

157 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 22:56:35 ID:ln4VTi5I0

('、`;川「いやいや、すいませんでした」

(´・ω・`)「……大丈夫だよ」

僕の憂いなんて知る由もない紅里ちゃんが、軽い調子で謝ってくる。
なるべく普段のように返事をしてみるけど、どこまで装えているかは分からない。

('、`*川「……誰もいないね」

きょろきょろと辺りを見渡して、紅里ちゃんが呟く。
その様子はいたって普通だ。どうやら僕は、いつもの僕でいられているらしい。

(´・ω・`)「わざわざここまで来る人なんて、いないんじゃないかな」

駐車場には僕らの車しかなかった。
すぐそばに建てられた灯台が放つ光は存外明るく、ある程度は周囲の景色が見える。
それでも、町の中に比べれば暗い。流星群も、よりはっきりと見えるだろう。

('、`*川「せっかくの流星群なのに、街灯の下から夜空を見上げて満足なのかねー」

ひとりごちて、紅里ちゃんはエンジンを切る。
エアコンも止まって、ドア側からの冷気が一層冷たさを増した。
さすがに、ずっとエンジンをつけているわけにはいかない。
しかし、ずっと切っているわけにもいかなさそうだ。

158 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:00:30 ID:ln4VTi5I0

('、`*川「外……出てみようかな」

(´・ω・`)「やめておいたら?」

意を決して口にしたであろう紅里ちゃんの提案を、僕は即座に却下した。
今は車内にいるが、マイナスまで下がる気温に耐えるために、僕らは厚着をしていた。
それでも、ドア側からの冷気は着実に体温を奪っている。
外に出ればほんの数分で、寒さに身を震わせ始めるだろう。

('、`*川「ちょっとだけだし、ね?」

(´・ω・`)「でも、風強いみたいだよ? 雪もほとんど積もってないくらいだし……」

('、`;川「う……」

雪が降っていないから分からなかったが、エアコンが切れて静かになったいまなら分かる。
車の外では、風が唸りを上げて吹き荒んでいるのだ。
地面だって、雪が積もった白い部分よりも、アスファルトの見える黒い部分の方が多い。
外では気温以上の寒さが待っていることは明白だった。

('、`;川「……いや、行く! 無理そうならすぐ戻るから!」

(;´・ω・`)「……無茶しないでよ?」

159 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:03:32 ID:ln4VTi5I0

('、`*川「うん。それじゃ、いってきま……」

言うが早いか、紅里ちゃんはシートベルトを外してドアを開いた。
当然、吹雪はすぐさま車内に吹き込んでくる。

('、`;川「あ、無理。これ無理」

外へと一歩踏み出す前に、紅里ちゃんはドアを勢いよく閉めた。
吹き込んできた雪が、シートの上であっという間に溶けて、消えていく。
綺麗な結晶がただの水になるその光景を見ていると、なんだか切ない気持ちになってくる。

(;´・ω・`)「賢明な判断だと思うよ」

('、`;川「まだ命が惜しいもん。新富に行くまで死ねるか、ってね」

再びエンジンをつけ、暖房の前に手をかざしながら、紅里ちゃんは言う。
そこで一番に自分の名前が出てこないことが残念で、そして少し腹立たしかった。
僕はいつから、ただの街にすら嫉妬するようになってしまったのだろう。

(´ ω `)「……じゃあ、生きて新富に行くために、ここから見ようか」

('、`*川「そうしますかー」

それはきっと、目的が果たせずに焦り始めたときからだ。
だったら、まずは落ち着くことから始めるべきだ。
例えば、流星群の降る夜空を眺めるなりして。

160 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:07:27 ID:ln4VTi5I0

('、`*川「……あっ」

(´・ω・`)「さっそく見えたね……あ」

フロントガラスの向こうに一筋の光が流れるまで、一分もかからなかったように思えた。
そして、それが合図であったかのように、続けざまに夜空のあちこちで、星が流れ始める。

それから、おおよそ一分置きに、満点の夜空から星の光がひとつずつこぼれ落ちていった。
流れ星が現れてから消えるまでの時間は、おそらく一秒にも満たない。
それでも、僕らはその一瞬に心を奪われ、瞬きすら忘れて夜空を見つめていた。

短いようで長い、星が降るまでの待ち時間を埋めるように、僕らは他愛ない会話をした。
真っ暗だから星がよく見えるとか、灯台があるから厳密に言うなら真っ暗じゃないとか。

本当にどうでもいい、する必要なんてないような話ばかりだった。
だけど、そんな会話を重ねていくうちに、不安や苛立ちは薄らいでいった。
紅里ちゃんのことで悩んで、いらついていたのに、今度は喜んで、落ち着いている。
ずいぶんとせわしないが、気疲れはしなかった。

そういえば、と言って話題を変えることも、難しいことではない。
そんな気がしてきた頃、星がまたひとつ、一際長く尾を引いて流れていった。

161 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:11:15 ID:ln4VTi5I0

('、`;川「あっ! あ、あぁ……」

驚きの声をあげ、紅里ちゃんは身を乗り出す。
しかし、流れ星はその一部始終を見届けると同時に消えてしまう。
残された紅里ちゃんはそのままの姿勢でしばらく固まった後、小さく落胆の声を漏らした。

(´・ω・`)「今の流れ星、すごい長かったね」

('、`;川「うわー、あれ絶対願い事言えたよ……金金金とか、あー……」

ぼふん、と音を立ててシートに寄りかかる紅里ちゃん。
最初から願い事なんて言うつもりのなかった僕には、何がそんなに悔しいのか分かりかねる。

(;´・ω・`)「そんなにお金に困ってるの……?」

('、`;川「そういうわけでもないけど……悔しい……くぅー……」

紅里ちゃんはそう言うと、両手で顔を覆って、狭い足元にも関わらず地団駄を踏み始める。
しばらくはこんな調子が続くだろう、と思ったので、ひとまず放っておくことにした。

162 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:14:27 ID:ln4VTi5I0

やがて数個の星が夜の闇に消えて、ふと気付けば足音は聞こえなくなっていた。
紅里ちゃんを見やると、ハンドルのあたりを見つめながら口元を手で覆っている。
小さめの目がさらに細まっているあたり、いまだにさっきの件が悔しいらしい。

切り出すなら、今しかない気がした。

(;´・ω・`)「そういえば、さ」

最初のひと言は、思っていた以上にすんなりと口にすることができた。

('、`*川「なに?」

僕の声に反応して、紅里ちゃんが顔を上げる。
これでもう、後戻りはできない。

(;´・ω・`)「そろそろ……」

勢いそのままに話せればよかったのだけど、やはりそういうわけにはいかなかった。
言い淀んで息を吸い込むたびに、口の中がからからに乾いていく。そのせいで唇が上手く動かない。

163 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:18:12 ID:ln4VTi5I0

(;´・ω・`)「クリスマス、だよね」

('、`*川「うん」

僕が話すのがどれだけ遅くなっても、紅里ちゃんは何も口を挟まなかった。
言葉の合間にただ相づちを打って、じっと僕を見つめて、次の言葉を待っていた。

(;´・ω・`)「だから」

('、`*川「うん」

それはありがたいのと同時に、重圧でもあった。
幸いだったのは、その重圧が何度も止まりかける僕の口を動かしてくれたことだ。

もしも、紅里ちゃんが僕の話に何の興味も示していなかったなら。
無理に話さなくてもいい、と言ってきたのなら。
僕は、逃げるように会話を終わらせていたに違いない。

(;´・ω・`)「もしよかったら」

('、`*川「うん」

流れ星がたくさん降っただろうと思うほど、長い時間をかけて迎えた、運命の瞬間。
脳裏をかすめたのは、ここまで話を聞いてくれた紅里ちゃんへの感謝。

(;´・ω・`)「クリスマス、いっしょにいてくれないかな」

そして、改めて実感した、いっしょにクリスマスを過ごしたいという気持ちだった。

164 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:22:20 ID:ln4VTi5I0

('ー`*川「……ふふっ」

しばしの沈黙の後、堪えきれないといった様子で紅里ちゃんは笑った。

(;´・ω・`)「な、なにがおかしいの?」

緊張する僕の姿は滑稽に見えたかもしれない。
だけど、こっちは紛れもなく真剣なのだ。
笑われたら多少なりとも気に障る。

('ー`*川「ごめんごめん。でも、なんかおかしくって」

(;´・ω・`)「だから、なにが」

('ー`*川「断られると思ってたのか知らないけど」

僕の追及を遮って、微笑みながら紅里ちゃんは言った。
出かかっていた言葉の続きが行き場をなくして、再び胸の奥へと沈んでいく。

('ー`*川「ショボがすごい緊張してるのが、さ」

紅里ちゃんの言葉の意味を噛み砕いているうちに、僕は気付いた。
これから彼女が何を言おうとしているのか。

165 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:26:03 ID:ln4VTi5I0

('ー`*川「わたしがショボの頼みを断るわけないでしょ。ま、よっぽどアレな頼みなら別だけど」

紅里ちゃんはけらけらと笑いながら、僕の肩を何度か軽く叩く。
疎遠な時期もあったけど、もう十年以上の付き合いだ。
ましてや、いまは恋人だ。彼女の言う通り、断るなんてありえないのかもしれない。

緊張していたのは、言い方を変えれば、紅里ちゃんを信用しきれていなかったのは。

('ー`*川「いいよ、クリスマス。ちゃんと空けてありますから」

僕の一番の望みを、きっと彼女は聞き入れてはくれない。
そう思っているからなのではないか。

(´・ω・`)「ありがとう……それと」

肩に入っていた力が、すっと抜けていくのを感じる。
同時に、心臓がぬるま湯に浸されたような温かさを覚えた。

('、`*川「ん?」

(;´・ω・`)「……ごめん」

そして、いまも半身に感じているものと、よく似た冷たさも、覚えていた。
このふたつが混じり合うことなんて、きっとないのだろう。

166 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:29:47 ID:ln4VTi5I0

('、`*川「……なにがごめん、なのか分からないけど、許すっ」

一際強く肩を叩いて、紅里ちゃんは言う。
その直前、一瞬だけ曇った表情を僕は見逃さなかった。

本当は僕が謝った理由を分かっているのだろう。
分かった上で、そのことに触れなかった。
それが紅里ちゃんの出した答えだ。

(´・ω・`)「……ありがとう」

('、`*川「ありがとう、ごめんはもう禁止。このままじゃきりがなくなりそう」

(;´・ω・`)「……」

('ー`*川「いま、ごめんって言いそうになったでしょ?」

(;´・ω・`)「あれ、ばれた?」

ならば、僕もいまは何もしないで、普段の僕でいよう。
温かさだけに触れていれば、冷たさなんて存在しないのと変わらない。

167 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:33:03 ID:ln4VTi5I0

('、`*川「ところで、誘ったからにはクリスマスのプランはちゃんと考えてるんだよね?」

その言葉に、全身を悪寒が駆け巡る。
飲み込んだ唾が、やけにねばついている気がした。

(;´・ω・`)「……いや、なにも」

('、`*川「……やっぱり。聞いておいてよかった」

ため息をつく紅里ちゃんだが、本気で呆れているわけはなさそうだ。
むしろ、こんなことだろうと予想されていたらしい。
少し傷つくけど、この助け舟は非常にありがたかった。

('、`*川「じゃあさ、ひとつ提案があるんだけど」

ぴん、と人差し指を立てる紅里ちゃん。
提案とはいったい何なのだろう。
考えてみても、支辺谷で彼女好みの聖夜を過ごす方法は思いつかない。
だから、静止した彼女の唇が再び動きだすのを、僕は黙って待った。

('、`*川「……うち、来ない? クリスマス、家にいるのわたしだけなんだ」

瞬間、見える景色も、聞こえる音も、自分が捉えているものに思えなくなった。
頭の中は文字通り、真っ白だった。

返事をしなくては、と考えることができたとき、僕の視界はがくがくと揺れていた。
たぶん、首を縦に振っていたのだと思う。

〜〜〜〜〜〜

168 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:36:16 ID:ln4VTi5I0

迎えたクリスマス当日。
閑静な住宅街の一角にある、紅里ちゃんの家の前で。
僕はとっくに感覚のなくなった指で、インターホンを鳴らした。

音は積もった雪に沁み込んでいき、やがて聞こえなくなった。
ときおり、遠くから聞こえてくる車の走る音だけが、世界が動いていることを教えてくれる。
そんな田舎の雪国特有の静寂は、嫌いじゃなかった。

少し経ってから、鍵の外れる音がしてドアが開く。

('、`*川「こんばんはー。寒かったでしょ? ほら、上がって上がって」

出迎えてくれた紅里ちゃんは、白い毛糸のセーターにジーパンという出で立ちだった。
彼女らしからぬラフな服装に、少し面食らってしまう。
制服か、気合の入ったおしゃれな服を着ているところしか見たことがなかったせいだと思う。
心なしか、顔つきもいつもと違って見える。化粧の違いなのかもしれない。

(´・ω・`)「おじゃまします」

足元に付いた雪を軽く払って、玄関へと入る。
後ろ手にドアを閉めると、暖まった空気が全身を包む。
冷え切った頬に、耳に、指に、徐々に熱と感覚が戻ってきて、妙なむず痒さを覚えた。

169 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:39:31 ID:ln4VTi5I0

玄関からまっすぐ進み、リビングへと向かう。

最後に紅里ちゃんの家を訪れたのは、何年前だっただろうか。
ふとそんなことを考えて、なんとか思い出そうと頑張ってみる。
だけど、はっきりと思い出せない。どうやらそれほどに昔のことらしい。
それでもどこか懐かしい気分になるのは、不思議な感覚だった。

('、`*川「どっか適当に座ってて。わたし、チキン温めてくるからさ」

(´・ω・`)「うん」

僕をリビングに通すなり、紅里ちゃんはキッチンの方へと行ってしまった。
中央に鎮座しているテーブルには、紅里ちゃんが買い揃えてくれたケーキや飲み物がすでに用意されている。
ひとり残された僕に、何か手伝えることはなさそうだった。

ひとまず、言われるがままに座って紅里ちゃんを待つことにした。
テーブルの前に座り、脱いだダウンと鞄をひとまとめにして傍らに置いておく。

ふと、鞄が中途半端に開いていることに気付いた。
薬局の黄色いビニール袋が、取っ手の部分だけ顔を覗かせている。

(;´・ω・`)「……っ!」

全身の血の気が一気に引いていく感覚がしたのと、はみ出した袋を乱暴に押し込むのは、ほぼ同時だった。

170 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:42:09 ID:ln4VTi5I0

急いで振り返り、キッチンの様子を確認する。紅里ちゃんの姿は見えない。
レンジが回る音がかすかに聞こえてくるあたり、まだレンジの前にいるのだろう。

きちんと閉じられた、何の変哲もないただの鞄を見つめる。
ため息をつくために大きく吸い込んだ空気は、体を心から温めてくれた。

紅里ちゃんの家に来る途中で、小浜の薬局に寄ってきた。

目的はただひとつ。避妊具を買うため、だ。
クリスマスに彼女の家に呼ばれて、しかも家族はいない。
そんな状況で何もしない、という方が間違っていることくらい、僕にだって分かる。

だから今日、僕は、紅里ちゃんと結ばれる。
固い決意を胸に自動ドアをくぐったまではよかった。

いざ、何種類も避妊具がまとめられた棚の一角を前にした時。
僕の脳内は考えるべきことでいっぱいになり、結果として何ひとつ整理できなくなった。

まず、どれを選べばいいのか。そもそも、何を基準に選べばいいのか。
選んだとして、ちょうどいいサイズはどれなのか。
こうして悩んでいる間に店員は、客は、僕を見て何を思っているのか。

結局、派手なポップが付いたものをひったくるように手に取り、レジへ持っていった。
会計が遅くて苛立つ人の気持ちが、ほんの少しだけ理解できた気がした。

171 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:45:40 ID:ln4VTi5I0

キッチンから聞こえた、レンジ独特のベルの音で、回想から現実へと意識が帰ってくる。
あと少しで、チキンを温め終わった紅里ちゃんが戻ってくるはずだ。

ひとまず落ち着きを取り戻すために、大きく深呼吸をしてみた。
それから、頬杖をついて付けっぱなしになっていたテレビに目をやる。
これでずっと暇を持て余していた風に見えるはずだ。

('、`;川「おまたせー。ちょっと温めすぎたかも……」

紅里ちゃんの声に振り向くと、チキンの香りが鼻先をくすぐった。
今夜はこのクリスマスパーティーが夕飯の代わりだ。お腹は十分すぎるほどに空いている。
だから、今すぐにでもかじりつきたくて、僕は紅里ちゃんの忠告を無視してチキンに手を伸ばした。

(;´・ω・`)「だいじょ……あちっ!」

('、`;川「あっ! だから言ったじゃん……」

チキンに触れた瞬間、その刺すような熱さに、僕は反射的に手を引っ込めた。
少し赤くなってしまった、ちりちりと痛む指先に息を吹きかける。
頭上から言葉を投げかける紅里ちゃんは、呆れたような表情をしているに違いない。

172 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:49:26 ID:ln4VTi5I0

(;´・ω・`)「まさかここまで熱いとは思わなかったんだよ……」

('、`;川「中まで温めないと、って思って時間長めに設定しちゃった。ごめん」

(´・ω・`)「謝ることないよ。冷めるまでケーキでも食べて待ってればいいし」

('、`*川「お、最初からいっちゃう?」

聞くなり紅里ちゃんは目を輝かせ、テーブルの中央に置かれた紙箱を開く。
中には僕が頼んだチョコレートケーキがひとつ。そして、なぜかチーズケーキがふたつ。

('、`*川「はい、ショボの分ね」

あらかじめ用意されていた皿に、僕のケーキが置かれる。
それから、満面の笑みを浮かべ、チーズケーキを取り出す紅里ちゃん。

(´・ω・`)「……紅里ちゃん。なんで、自分の分はふたつ買ってあるの?」

('、`*川「うっ……」

問いかけると、紅里ちゃんはなんとも言えないうめき声をあげて、体をこわばらせる。
しかし、腕だけは別の生き物のように動き、チーズケーキを皿に置いていた。

173 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:53:09 ID:ln4VTi5I0

('、`;川「だって……美味しそうだったから……」

いかにも反省しているような表情と声色。
それでも、ケーキに貼られたセロファンを剥がす手は止まらない。

(;´・ω・`)「それは分かったけど……二個目の代金も割り勘?」

今日用意されていた食事は、事前にふたりで相談して決めたものだ。
当然、その代金は割り勘だ。そして、買い出しは紅里ちゃんが行う手はずだった。
まさかとは思うが、会話を繋げる意味でも聞いておくことにする。

('、`;川「あ、いや、さすがにこれは自腹だからね? わたしもそこまで図々しくないって」

(´・ω・`)「だよね……安心したよ」

('、`*川「そだ、せっかくだし今お金もらおうかな。ちょっと待ってて、計算するから」

言うが早いか、紅里ちゃんは数枚のレシートと携帯を手に計算を始める。
話題に挙がった今、忘れないうちに済ませてしまうのには僕も賛成だ。
中身が見えないように鞄から財布を取り出して、計算が終わるのを待つことにした。

174 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/24(火) 23:56:23 ID:ln4VTi5I0

テレビから聞こえるバラエティ番組の笑い声が、ふたりきりのリビングに響く。
壁に掛けられた時計を見ると、家に着いてからまだ30分も経っていなかった。
いつもなら、紅里ちゃんと過ごす時間は早く流れていると感じるのに。
別に退屈じゃない。こうしてただ待つだけの時間も、尊いものに思える。
それだけに、なんだか得をしている気分だった。

('、`*川「んー……よし、出た」

(´・ω・`)「予想してたのとだいたい同じくらいだね」

('、`;川「あ、もちろん二個目のケーキの代金は入ってないから」

(´・ω・`)「ははっ、もう疑ってないってば」

軽口を叩き合いながら、財布の中身を確認する。
足りるには足りるが、細かいお金があるかどうかは怪しい。

(´・ω・`)「紅里ちゃん、細かいのある? もしかしたらお釣り必要かも……」

('、`*川「ありゃ……わたしもあったっけ……」

175 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:00:01 ID:fqckMz9Y0

('、`*川「いくら?」

(´・ω・`)「ええと……33円」

我ながら絶妙に細かいと感じる金額を告げる。
紅里ちゃんは取り出した財布を目いっぱい開いて、小銭を探し始める。
聞こえてくる硬貨と硬貨がこすれる音は、それほど大きくない。

('、`*川「あー、あるある。大丈夫だよー」

(´・ω・`)「よかった……はい」

膨らみ始めた不安を押しつぶすように、のんきな声が響く。
途端に、まとわりついていた緊張感が霧散していくのが分かった。
体を伸ばして、反対側にいる紅里ちゃんに代金を手渡す。
ところ狭しとテーブルに並べられた食べ物や飲み物は、思いのほか邪魔だ。

改めて座り直すと、なぜかさっきよりも視界が低くなっている気がした。
気付かないうちに背筋が伸びていたのかもしれない。

(;´・ω・`)「しかし、まあ……僕たち、これ全部食べれるのかな……?」

176 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:03:55 ID:fqckMz9Y0

さっきまで意識していなかったが、ふたり分の食事にしては量が多すぎるかもしれない。
もしも余った場合、鞄もあるし少しは持ち帰ることもできる。
だけど、それでも余るなら、紅里ちゃんの家で処理しなくてはならないだろう。
そうなってはおじさんやおばさん、ひいてはドクオにも申し訳ない。

('、`*川「いいっていいって。うちでなんとかするから」

(´・ω・`)「でも悪いよ……」

('、`*川「ほんと大丈夫だって。ご飯作らなくていい、ってお母さん喜んでたし」

聞くところによると、おじさんとおばさん、紅里ちゃんの両親は今日は職場の忘年会だったか。
ふたりとも今ではたまに会って、挨拶や短い会話をする程度の付き合いだ。

それでも、とてもおおらかな人だということが昔から印象に残っている。
クリスマスに子供ふたりを好きにさせているのも、その一旦に思えた。
それは単に、うちの両親が、僕がデートに行くのにもひとこと小言を付け加えてくるから、そう思うだけなのかもしれないけど。

('、`*川「最悪、ドクオになんとかさせるし。あいつ、今日は友達と徹夜するとか言ってたから。夜食にちょうどいいでしょ」

(;´・ω・`)「鬼だ……」

177 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:06:29 ID:fqckMz9Y0

('、`*川「姉なんてどこもこんなだって。それよりさ……」

そう言ってそそくさと席を立つ紅里ちゃん。
その背中を見送ってからほどなくして、彼女は大きな瓶を一本、小脇に抱えて帰ってきた。
反対の手にはふたつのワイングラスが握られているが、少し肝が冷えるような持ち方だ。

(´・ω・`)「シャンメリー……? 大丈夫なの? そんな振っちゃって」

遠目に見る瓶の中には、薄い黄色の液体が満ちている。
飲み物もクリスマスらしく、ということで買うことにしたシャンメリーだった。
味はワインを飲んだことがないので知らないが、炭酸は入っていたはずだ。
開けようとした瞬間にコルクが吹き飛んで、何か壊れでもしないだろうかと不安になる。

('、`*川「ああ、気にしないで。これワインだから」

(;´・ω・`)「……は?」

紅里ちゃんは不安げな僕の様子に気付いたのか、あっけらかんと言い放つ。
結果から言えば、さっきまで不安なんてどうでもよくなった。
正確には、そんなことよりも気にするべきことができたのだ。

178 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:09:16 ID:fqckMz9Y0

(;´・ω・`)「……ワイン?」

ワイン。紅里ちゃんははっきりとそう言った。
確かにクリスマスらしい飲み物といえば、ワインかもしれない。
だけど、未成年の僕たちには飲めないから、シャンメリーを選んだのに。
どういう手段を使ったのかは分からないけど、まさか買ってくるとは思っていなかった。

('、`*川「堂々とレジに持ってったら普通に買えちゃった」

紅里ちゃんだからこそできたことだろう、と思う。
少なくとも、僕には平然とお酒をレジに持っていくなんてことはできない。
きっと、どこか不審な動きを見せて、店員に勘づかれてしまうだろう。

(´・ω・`)「紅里ちゃん、お酒飲めるの?」

('、`*川「や、分かんない。チューハイとかならこっそり飲んだことあるけど、酔うほど飲んだことないし」

座り直した紅里ちゃんは足でワインの瓶をしっかりと支え、瓶口のシールを剥がしていく。
そして、おもむろにジーパンから取り出したコルク抜きをコルクにあてがうと、くるくると回し始めた。

179 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:12:43 ID:fqckMz9Y0

僕も飲んだことがないわけじゃない。正月にビールを一杯、なんて程度だけど。
だから、自分がお酒に強いか弱いかも定かじゃないのだ。

改めて、ワインの瓶をまじまじと眺めてみる。
おそらく1リットル近くはあるだろう。飲み干せる自信は、微塵もない。
それなのに、すでにコルク抜きは深く突き刺さり、紅里ちゃんはコルクを引き抜こうと四苦八苦している。

('、`;川「……っ、ショボ、抜、けないっ……!」

顔を赤くして助けを求めてくる紅里ちゃん。
どうやら、何が待ち構えていようと、僕はこのワインを飲まなければならないようだ。

(´・ω・`)「……貸して」

瓶を受け取り、コルク抜きを思いきり引っ張る。
ぽん、という気持ちのいい音を立てて、コルクはあっさりと抜けた。
同時に、アルコールと酢を混ぜたような、なんとも言えない匂いがした。

('、`*川「おお、やるねー」

(´・ω・`)「さすがにこれくらいはできないと、男としてちょっと、ね」

180 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:16:00 ID:fqckMz9Y0

('、`;川「でも、あんまり簡単に抜けると、わたしが力ないだけに思えてくるなー……」

紅里ちゃんは残念そうに呟いてから、グラスをひとつ、こちらによこした。
僕はそれを受け取るが、ワインを注ぎはしない。まずは紅里ちゃんに、だ。
瓶を持った手をテーブルの反対側へと伸ばす。

('、`*川「あっ、ありがと」

紅里ちゃんが慌てて手を添えたグラスに、ワインを注ぐ。
味がよく分からないことも考えて、半分程度で止めておく。
続けて自分のグラスにも同じくらい量を注いで、瓶をテーブルの端に置いた。
中身はほとんど減っていない。この調子では、飲み干すまでにクリスマスが終わりかねない。

(´・ω・`)「それじゃ、そろそろチキンもちょうどいい温度だろうし」

('、`*川「そうだね。乾杯しよっか」

それだけはなんとしても避けなければならない。
幸い、口直しできそうなものは目の前に有り余るほど並んでいる。

飲み干せなかった場合は最悪、流しなりトイレなりに捨てることになるだろう。
心と財布が痛むので、可能ならそうならないようにはしたいけど。

181 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:18:27 ID:fqckMz9Y0

('、`*川「それでは……かんぱーい!」

(*´・ω・`)「乾杯!」

グラスとグラスがぶつかり、ちん、と涼しげな音を鳴らした。

そのまま口にグラスを持っていく。
コルクを抜いたときのあの匂いが、数倍の濃度で漂ってきた。
一瞬躊躇して、グラスを傾けようとした手が止まりかける。

しかし、ぐっとこらえて、息を止めて。
ワインを、口に、含んだ。

(;´・ω・`)「……っ」

すっぱい。それが最初の感想だった。
次いで、渋味がゆっくりと口の中に広がっていく。
決して飲み込めない味ではないが、美味しいとはとても言えない。

いつまでも口に入れておきたくはないので、一気に飲みこんだ。
後味が強烈に残っていて、まだ口の中にワインが残っているような気がする。

182 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:21:17 ID:fqckMz9Y0

('、`;川「ぐ……」

正面から小さなうめき声が聞こえた。
視線を向けると、紅里ちゃんが眉に深いしわを刻んでいた。
グラスを口元から離す気配がないあたり、吐き出そうか悩んでいるのだろうか。

('、`;川「……んっ」

やがて、グラスがテーブルに置かれ、紅里ちゃんの喉が大きく動いた。
次の瞬間、目にもとまらぬ速さでチーズケーキが彼女の口元に現れ、そして消えた。

('、`;川「あー……」

ずいぶんと長い間、後味に上書きするかのように口に含んでいたケーキを飲みこみ、紅里ちゃんは言った。

('、`;川「……まずったかな」

僕も初めて聞いたくらい低い声だった。

183 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:24:08 ID:fqckMz9Y0

('、`;川「……どうしよっか、これ」

(;´・ω・`)「……飲めなくはないけど、あまり飲みたくはないね」

グラスを置いて、急きょこれからについての会議を始める。
乾杯のときのテンションは、いまや影も形もない。

('、`;川「捨てる……のはだめ。これシャンメリーより高かったんだから」

(;´・ω・`)「あ、そうなんだ……」

何としても元は取り返したい、といったところか。
もったいないことについては同意する。
しかし、飲んでも元を取り返せるかと問われれば微妙だ。

('、`;川「何か合う食べ物ないかな……フライドチキンとか」

ひとりごちながら、緩慢な動きでグラスに口をつける紅里ちゃん。
例によって顔をしかめたあとで、大きく一口、チキンにかじりついた。

('、`*川「……あ、合うかも」

意外なひと言に思わず紅里ちゃんを見やる。
これでいくしかない。僕を見返す視線はそう訴えかけていた。
ならば、話は早い。僕は再びグラスに手を伸ばす。
なるべく今のうちに飲んでしまうべきだ。一筋の光明が、冷めてしまわないうちに。

〜〜〜〜〜〜

184 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:27:23 ID:fqckMz9Y0

結論から言えば、ワインはすべて飲み切ることに成功した。
味の濃いフライドチキンは口直しにはうってつけだった。
それに、途中でチキンがなくなった頃には、味はあまり気にならなくなっていた。
適当なおつまみでも飲み続けることが出来たのは、酔いが回っていたおかげなのだろう。

('∀`*川「あははははは! 板がバーンって! ぶぁーん、って! いたそー!」

その代償に、紅里ちゃんはすっかりできあがってしまったのだけど。
おもしろ映像を特集した番組を見てけらけらと笑っているが、そのテンションはいつもの数段は高い。

('∀`*川「板……いたが……ばん……ぶふっ! いっしょやーん! いたもばんもいっしょやーん!」

(*´・ω・`)「うまいこと言うね」

('∀`*川「わかる? おなじ読み方だからこれって板がいーたみたいな……あっははははは!」

今度は自分の言ったことにツッコみ始め、ツボにはまってまた笑い出す
どうやら紅里ちゃんは笑い上戸で、しかもお酒には弱いようだ。

弱い、というのは自分と比較した場合だ。
だいたい同じ量を飲んだ僕は、気分こそいいけど頭はきちんと回っている。
突然泣き出したりもしなければ、もちろん笑い出したりもしない。

185 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:30:03 ID:fqckMz9Y0

('、`*川「はー……おなか痛い……」

ようやく笑い疲れたらしい紅里ちゃんは、テーブルに突っ伏してぐったりと動かなくなる。
ニュースを挟み、番組がドラマに変わった頃のことだった。
見ていないドラマだったけど、チャンネルを変えた先がバラエティだったら、と考えると、リモコンに手を伸ばす気にはなれない。

('ー`*川「……ふふっ」

ときおり、紅里ちゃんの思い出し笑いが聞こえてくる以外は、静かな時間が流れていた。
そろそろ、切り出す頃合いなのかもしれない。

(´・ω・`)「これからどうしようか?」

日常会話とまったく変わらない調子で、聞くことができた。
聞かずとも、僕の心の中で何をしたいかなんて、とっくに決まっているけど。

お酒の力を借りる、という言葉の意味を、今までは分かりかねていた。
しかし、実際に酔っている今なら分かる。
酔ってしまえば、普段なら言い淀んでしまうことも、臆することなく口に出せる。
自制心が弱まるのは、必ずしも悪いことではないのだろう。

186 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:33:05 ID:fqckMz9Y0

('、`*川「ん……」

眠たげな相づちのあと、紅里ちゃんが顔を上げる。
あれだけ笑ったのだから、疲れてしまったのかもしれない。
そうなると、これから何もしない時間を作るのはまずいだろう。
無防備に眠る紅里ちゃんを前にして何もできないなんて、生殺しもいいところだ。

('ー`*川「そうだねぇ……」

紅里ちゃんのとろんとした瞳が僕を捉えた。
力強く射抜いてくるいつもの視線とは対照的だが、目を逸らせないのは変わらない。
さしずめ、吸い込まれそうな視線、と形容すればいいだろうか。

('ー`*川「ショボ……」

紅里ちゃんが僕を呼ぶ声は濡れていた。頬は朱に染まっていた。
それだけのことで、心臓が一段と大きく脈打つ。
軽く唇を舐める仕草すら扇情的に見えてくる。

('、`*川「テレビつまんないや……」

(´・ω・`)「そ、そう」

('ー`*川「だから、わたしの部屋、くる?」

話の繋がりなんてまるで無視した誘い。
それは裏を返せば、紅里ちゃんが少しでも早くその先に進みたいと思っている証だ。
誘いに乗らないという選択肢は、なかった。

187 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:36:10 ID:fqckMz9Y0

(´・ω・`)「おじゃまします」

紅里ちゃんの背中を追いかけて、階段を上がってすぐ左手の部屋に入る。
吸い込んだ空気はいつもの彼女の香りがした。
変な話だけど、それで僕はここが本当に紅里ちゃんの部屋なのだと実感できた。

('ー`*川「ちょっとちらかってるけど気にしないで」

(´・ω・`)「うん」

彼女がそう語っているのは、隅に積み上げられたファッション雑誌のことだろうか。
それとも、教科書が、大きさも色も様々な化粧品らしき小瓶が、ところ狭しと並んだ机のことだろうか。
僕からしてみれば、そこ以外はよく整頓されている風にしか見えなかった。
壁のアイドルグループのポスターや、満杯のCDラックがごみだとは到底思えない。

立ちっぱなしでいるわけにもいかず、ひとまずベッドに腰掛ける。
単なる淡いピンク色の掛け布団も、毎日紅里ちゃんが包まっているものだと思うと、妙に落ち着かない。

('ー`*川「掃除してるときにね、こんなのみつけちゃったぁ」

クローゼットの上に置かれた段ボールを下ろして、紅里ちゃんはその中から一冊のアルバムを取り出した。
色褪せ始めている藍色の布表紙は、ところどころほつれている。
どうやらなかなかに古いものらしい。

188 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:39:27 ID:fqckMz9Y0

(´・ω・`)「何のアルバム?」

('ー`*川「これ? これね……」

もったいぶって見せてから、紅里ちゃんは僕の右隣に腰かける。
酔っているせいなのか、いつもより距離が近い。
というより、すでに肩と肩が密着している。
相変わらず、彼女の体は同じ物質でできているとは思えないくらいに、柔らかい。

('ー`*川「わたしのちいさいころの写真。ショボも写ってるよ」

紅里ちゃんがアルバムを開くと、くっついたフィルムがぺりぺり、と剥がれる音がした。
おそらく、もう何年も開いていないのだろう。

(´・ω・`)「え、そう?」

('ー`*川「うん……ほら、これとか」

紅里3歳、仲良しな諸本さんの家の直彦くんと。
そう書かれている水色の紙で作られた吹き出しが添えられた写真を、紅里ちゃんは指差した。
写真の中では面影が残る僕らが、仲睦まじく並んでいる。
この頃から紅里ちゃんの目は小さくて、僕の眉は八の字だ。

189 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:42:05 ID:fqckMz9Y0

('ー`*川「……なんか、自分の写真だとおもえないよねぇ」

(´・ω・`)「どうして?」

('ー`*川「だって、ぜんぜん覚えてないし。だから、そっくりさんかもしれない!」

ひとりで納得したように、こくこくと頷く紅里ちゃん。
乱れた髪の毛が頬を撫でて、どうにもこそばゆい。

(´・ω・`)「いやいや、何言ってんの。名前書いてあるじゃん」

('ー`*川「これはわなだ! 次ぃ!」

紅里ちゃんは僕の言い分に聞く耳なんて持たず、ページをめくる。
ページ同士が剥がれる大きな音がして、アルバムの安否が心配になった。

('ー`*川「あら、小学校の入学式。ランドセルおっきーなー」

(´・ω・`)「背負ってる、っていうか背負われてるね」

心配は杞憂に終わり、小学校の入学式の写真が現れる。
少し大きくなった彼女の隣に、当然ながら僕は写っていない。

190 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:45:12 ID:fqckMz9Y0

('ー`*川「これが6年生になるとちいさくなっちゃうんだから、こどもの成長ってはやいよねー」

(;´・ω・`)「なんで自分の写真見て、お母さんみたいなこと言ってるの……?」

('ー`*川「あかりさんはもう大人だからさ」

なぜか作った低めの声で言い切ってみせる紅里ちゃん。
だけど、微妙に呂律が回っていないのでまったく決まっていない。

それにしても、酔っ払った紅里ちゃんはよく喋る。
普段も女の子らしく、喋るのが大好きだけど、こんなにノリは軽くない。
自制心をどこか遠くへ放り投げてしまったのだろうか。
はたまた、実は猫を被っていて、本来は今のような性格だったりするのだろうか。

(´・ω・`)「お酒に飲まれてるうちは、そうは言えないんじゃないかな」

おそらくは前者だと思う。
僕だって普段より口数が多くなっているし、軽口だって叩いている。
思ったことがそのまま口から流れ出ているような感覚だ。

まずいことを口走ってしまいかねないリスクは、確かにある。
それでも、言いたいことを包み隠さず言えるというのは、リスク以上の魅力に思えた。
飲まずにいられない、という大人の言い分が、初めて理解できた気がする。

191 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:48:47 ID:fqckMz9Y0

('、`*川「……べー」

紅里ちゃんは舌先をちら、と出してすねてみせた。
しまりのない笑みを浮かべているので、機嫌が悪いようには見えない。

('、`*川「あかりさんはいま、とっても機嫌が悪いです」

(´・ω・`)「うん」

('、`*川「だから、責任をとってもらいます」

そう言うと突然、僕の肩に頭を乗せてきた。
綺麗な茶色に染められた髪が触れて、首すじが、頬がくすぐったい。
体もさらに密着して、加速度的に体温が高まっていく。
まるで、触れ合った部分から熱が流れ込んでくるようだった。

(´・ω・`)「これが、責任?」

('ー`*川「つかれた。しばらくこのままね」

192 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:51:32 ID:fqckMz9Y0

理由はもっともらしく感じられる。
ただ、肩口に頭をこすりつけてくるあたり、本当かどうかは怪しいところだ。

まるで猫のようだ、と思った。
例えば、普段の好意をあからさまに表に出そうとはしない態度もそうだ。
加えて、今のようにマーキングみたいなことをしてくるところはまさしく猫だ。

(´・ω・`)「分かったよ、気が済むまでどうぞ」

ずっと気が済まなければいいのに、なんて思ってしまう。
口ではそっけなさそうに言ってみたけど、表情には思考がばっちり現れていそうな気がした。

('ー`*川「うむ、よろしい」

満足そうに言って、紅里ちゃんがページをめくる。
今度は剥がれる音がしなかった。

(´・ω・`)「あれ? これ……」

貼られた写真の中の紅里ちゃんは、一気に成長していた。
というより、ついこの間見たような姿だった。

193 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:54:15 ID:fqckMz9Y0

('ー`*川「んふふ……この間の写メ、現像しちゃった」

紅里ちゃんの言う通り、この写真はドライブに行った時の写真だった。
携帯で撮ったからなのか、他の写真よりは荒い写りになっている。
写真自体が真新しいこともあって、アルバムの中でも浮いた一枚になっていた。

('、`*川「前に部屋片づけてたらアルバム見つけてね。それでピンときたの」

(´・ω・`)「そうだったんだ……」

('、`*川「今度ショボと一緒に見よう、って思ったから、このページ以外は見なかったんだけど」

ぱたん、とアルバムを閉じる音がした。
そこで初めて、僕は紅里ちゃんにアルバムを取られていることに気付いた。
あまりにもゆっくりとした、自然な動きだった。
はたから見れば僕はひどく間抜けに見えるに違いない。

('、`*川「……なんかすごいよね」

紅里ちゃんの囁きとともに、首すじに吐息がかかる。
近すぎてよく見えないけど、顔をこちらに向けているのだろう。

('、`*川「小さい頃は、まさかこんな風になるなんて……思ってなかったのに」

194 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 00:57:21 ID:fqckMz9Y0

アルバムの裏表紙を、紅里ちゃんの細い指先が何度も叩く。
躍る指を捕まえてみたいと、手を伸ばしてみる。
いともあっさりと捕まったそれは、次の瞬間には僕の指に絡まってくる。
手のひらが汗ばんでいるのは、たぶんお互い様だ。

ゆっくり流れていく時間を満たしている甘い雰囲気は、あの時に似ていた。
暗がりの中で初めて唇を重ねた、あの時に。

だとしたら、もう何もせずに固まっている理由なんて、ないんじゃないだろうか。

紅里ちゃんの肩をそっと抱いた。傷つけない程度に、逃がさない程度に。
顔を向けると、紅里ちゃんの驚いた表情が目に入った。
何か言おうとしているのか、唇を開きかけていた。

構うことなく僕は唇を重ねて、吐息ごと紅里ちゃんの言葉を飲み込んだ。

( 、 *川「んっ」

行き場をなくした音が、重なる唇の向こう側で響いたのが分かった。

195 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 01:01:00 ID:fqckMz9Y0

紅里ちゃんが目を閉じたのがぼんやりと見えた。
心の隅に残っていた、拒絶されたら、という不安が溶けるように消えていった。

僕たちはいつまでも、小鳥が餌をついばむように、互いの唇を重ね合った。
何度も、何度も、指と指を絡め直しては、そのたびに手を強く握り合った。
服も、肌も、肉も、骨も邪魔だと思えるほどに、ぴったりと体を寄せ合った。

( 、 *川「ん、は、ぁっ」

唇の隙間から、紅里ちゃんの甘い吐息がこぼれた。
耳から侵入した艶めかしい声に、頭の中がどろどろと溶かされていくような感覚を覚える。
耐え切れず、僕は紅里ちゃんの背中に両手を回すと、ゆっくりとベッドの方へ体重を預けた。
細く、軽く、柔らかい体はいとも簡単に倒れ込み、ぎしり、とベッドが軽く鳴った。

足元で何かが落ちる音がした。きっとアルバムだろう。
残念だけど、今は拾ってやる余裕も、つもりもない。
服の山に埋もれてしまわなければ、あとで片づけてやろう。

久しぶりに体を離して、ベッドに寝転がる紅里ちゃんを見つめる。
僕を真下から見上げる彼女の瞳は、濡れていた。
頬は悪酔いしていた時ほどではないけど、紅色に染まっていた。
胸が大きく上下するたび、セーターの向こう側にどうしても意識が向いてしまう。

196 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 01:03:13 ID:fqckMz9Y0

ここからどうすればいいのだろう。
ああしていいか、こうしていいかと聞くのは野暮だと分かっている。
だとしても、今からしようとしていることは、きっと僕たちにとって忘れられない記憶になることだ。
例え、僕たちがこれから、どうなろうとも。

だからこそ、最後の一線を独断で越えることを、躊躇してしまう。

そうこうして悩んでいるうちに、紅里ちゃんが視線を外した。
探し物をするようにあちこちを見渡し、やがて肩口あたりに置かれた僕の手に目を止めた。
紅里ちゃんはそっと手を伸ばし、そして重ねた。とても優しい手つきだった。

('ー`*川

再び僕を見て、紅里ちゃんは笑った。
手つきと同じ、とても優しい笑みだった。
釣られて僕も笑った。今日一番、自然に笑えた。

手を繋いで、せーの、の合図で最後の一線を飛び越えた。
あとはもう遅れないように、行き過ぎないように、ふたりで進んでいくだけだ。

触れるだけの口づけを、一度交わす。
そして、僕は空いた方の手でセーターの裾をつまんだ。

( 、 ;川「ぁ、ち、ちょっと待って」

197 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 01:06:18 ID:fqckMz9Y0

(;´・ω・`)「どうしたの?」

ここまできて、まさかの言葉に不安が募る。
我慢しろと言われれば、なんとかできるだろうとは思う。
我慢したあとのことにまでは、ちょっと責任は持てないけど。

( 、 *川「……電気」

紅里ちゃんが腕を伸ばし、僕の背後を指差す。
そういうことか、とすぐに理解できた。

( 、 *川「……消して?」

「分かった、顔がよく見れなくなるのはちょっと惜しいけど」

( 、 *川「……ばか」

恥じらいの表情を見せながら、猫なで声で頼まれては、聞かないわけにはいかないだろう。
軽口を叩きつつ立ち上がり、天井からぶら下がる紐を引っ張る。
室内は暗い橙色に染まった。同時に、背後から小さなぼやきも聞こえた。
きっと今も、卑怯なくらいに愛らしい表情をしているに違いない。本当に惜しいことをした。

198 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 01:09:30 ID:fqckMz9Y0

(´ ω `)「おまたせ」

( 、 *川「……ね、ショボ」

戻ってくるなり、紅里ちゃんが僕を抱きしめてきた。
耳元でささやく声に、背筋をなぞられるようなこそばゆさが駆け巡る。

( 、 *川「知ってるよね。一年前、わたしが他の男子と付き合ってたこと」

(´ ω `)「うん。嫌というほど、ね」

( 、 *川「そっか。ごめんね、こんなときに、こんなこと」

体が離れ、紅里ちゃんの方から僕に口づけてきた。
僕には何も言わせまい、と言わんばかりに。

( ー *川「でもね、あのとき、ふられてよかったって、いまは思う」

(´ ω `)「……どうして?」

( ー *川「……すぐにわかるよ」

その言葉の意味を、僕はすぐに理解することができなかった。
正確には、もう一度触れてきた彼女の唇を貪ることで、頭がいっぱいになってしまったのだけど。

そのまま、12月25日の夜は更けていった。

199 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 01:12:05 ID:fqckMz9Y0













ちなみに、次の日の昼ごろ、ドクオからメールが送られてきた。
「姉ちゃんの歩き方がおかしい(笑)」という内容だった。
メールには、がに股気味に歩く紅里ちゃんの写真が添えられていた。












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200 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/12/25(水) 01:13:42 ID:fqckMz9Y0












エンドロールは滲まない

第四話 憧れの感触

終わり











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