(´・ω・`)エンドロールは滲まない('、`*川
-
93 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:00:18 ID:ODjuMagA0
-
('、`*川「ねえ、ショボ」
(´・ω・`)「ん?」
呟いて、紅里ちゃんはトレイに広げられたポテトを、一本つまんだ。
口に運ぶ気配は、ない。
('、`*川「……思い切って聞くけどさ」
学校帰りの学生たちが生み出す喧噪に満ちた、ファーストフード店。
紅里ちゃんはその合間を縫って、神妙な面持ちで話を切り出した。
(;´・ω・`)「うん」
汗をかき始めたコーラを一口飲んで、身構える。
手を濡らした水滴は、冷たさで僕の意識を引き締めると、すぐにぬるくなった。
('、`;川「……わたしとドライブに行く、ってなったら、やっぱり怖い?」
(;´・ω・`)「……ちょっとだけ、ね」
ふと、わざとらしくテーブルに置かれた紅里ちゃんの免許証が目に入った。
-
94 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:03:04 ID:ODjuMagA0
-
エンドロールは滲まない
第三話 青春白書をばらまいて
.
-
95 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:06:06 ID:ODjuMagA0
-
分かりやすく肩を落として、紅里ちゃんはポテトを口に運んだ。
それから、手持ち無沙汰に免許証を指先で弾く。
免許証は半回転して、証明写真の紅里ちゃんが僕の方を向いた。
写真の中の彼女は、身だしなみにかなり気合を入れているように見えた。
(´・ω・`)「免許取ってからまだ二週間くらいでしょ? もう少し練習した方がいいんじゃない?」
('、`*川「……もう少し、ってどれくらいよ?」
「それは……その」
('、`*川「練習だって毎日、帰ってからしてるし」
口ぶりからして、本人はわりと運転技術に自信を持っているらしい。
実際に運転しているところを見ていないから、どの程度なのかは分からないけれど。
('、`*川「人がひぃひぃ言いながら免許取ったっていうのに親もショボも練習練習って。もう練習はこりごりだってば」
紅里ちゃんは一息で言い切って、飲み物に口をつけた。
空気を吸い込む音が大きく響いた。
-
96 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:09:04 ID:ODjuMagA0
-
仮免試験のあと、紅里ちゃんはすぐに本免試験も突破した。
ひと月もかからずに免許を取ったという報告をされた時は、自分の耳を疑った。
そのために教習もかなり詰め込んでいたと聞いている。
だから、練習しろと言われるのにうんざりしている紅里ちゃんの気持ちも分かる。
(´・ω・`)「でも、やっぱりひとりで乗るのとはいろいろ勝手が違うと思うしさ」
('、`;川「それも親に散々言われたー……」
ぼやきながらポテトを次々と口に運んでいく紅里ちゃん。
このまま練習を勧める限り、話は永遠に平行線のままな気がした。
(´・ω・`)「ねえ、なんでそんなに運転したいの?」
ポテトをつまんだ紅里ちゃんの手が、空中で静止した。
('、`;川「えー……なんていうか」
紅里ちゃんは少しの間、まあ、とかその、とか呟き。
('、`;川「なんとなく……頑張りたくなったみたいな」
ようやく、ひとことだけ絞り出した。
-
97 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:12:03 ID:ODjuMagA0
-
(´・ω・`)「なんとなく、ってどういうこと?」
('、`;川「えーと、まあ」
紅里ちゃんの視線が、それほど広くない店内を泳ぎまわる。
僕には言えないような理由でもあるのだろうか。
だとしたら寂しいし、なおさらその理由を聞いてみたかった。
('、`*川「わたしたち、付き合ってるわけじゃない?」
(´・ω・`)「……うん」
不意に紅里ちゃんの口から出た言葉に、思わずにやけそうになる。
単に事実を確認しているだけで、特別な意味はないはずなのに。
むしろ、特別でないからこそ、こんな気持ちになるのかもしれないけれど。
('、`*川「なのに、あんまりデートしてないし、いつも小浜でしょ?」
(´・ω・`)「それは……仕方ない……んじゃないかな?」
-
98 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:15:04 ID:ODjuMagA0
-
確かに、初デートから二、三回小浜に来た。
それでも、クラスのカップルと比べれば回数はずっと少ない。
休みの日にどこかへ、なんてことも、もちろんなかった。
車を持たない高校生が行けるところなんて、支辺谷ではたかがしれている。
部屋に呼ぶ勇気も、呼ばれる勇気も、まだ、ない。
だから、現状は仕方ないことだと思っていた。
('、`*川「そんなんだからさ、もし免許取ったら……」
しかし、紅里ちゃんはそうは思っていなかったらしい。
('、`*川「休みにふたりで出かけたりできるかなー、なんて思って」
そう言って、紅里ちゃんは様子をうかがうように、ちらりと僕を見た。
そして、すぐに目を逸らす。
それだけのことで、鼓動が一気に加速した。
(´・ω・`)「……そうなんだ」
熱が頭の中に流れ込んでくる感覚に浮かされ、そう返すので精いっぱいだった。
すっかり汗をかいた、コーラの入ったコップが視界の隅に映る。
ついさっき触れた冷たさが、恋しい。
-
99 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:18:05 ID:ODjuMagA0
-
('、`*川「だからさ、ドライブ、行かない? そんなに遠くまで行かないからさ」
小首をかしげ、覗き込むようにして、再びドライブに誘ってくる紅里ちゃん。
(;´・ω・`)「う……」
このやり方は、ずるい。
こんな風に頼まれて、僕が断れるはずがないのに。
そして、そのことをきっと、紅里ちゃんは分かっている。
(;´・ω・`)「う……ん」
漏れた呻きは、そのまま了承の返事に繋がった。
まんまと言いくるめられてしまう自分が、ちょっと情けなく感じる。
('ー`*川「……ありがと。安全運転で行くから、ね?」
(;´・ω・`)「……そうじゃなかったら、スピード出る前に飛び降りるよ」
('、`;川「ひどっ!」
でも、嬉しそうな紅里ちゃんを見ているうちに、それでもいいか、なんて思ってしまった。
〜〜〜〜〜〜
-
100 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:21:03 ID:ODjuMagA0
-
紅里ちゃんの説得に折れた日から、あっという間に日々は過ぎ。
天気がよさそうだし、なるべく早く行きたいから、という理由で選んだ、週末の昼。
僕は家の前で、紅里ちゃんが来るのを待っていた。
ところどころ凍りついた路面を見つめながら。
日付けを決めた時、天気予報は晴れだった。
確か曇りの日に挟まれていたし、気温も低かった。
それでも、晴れたとはいえ、まさか前日に雨が降って、予報よりも冷え込むなんて思いもしなかった。
いますぐ、背後にある玄関を開けて、家の中に帰りたい。
そう思ってしまうのは寒いからか。それとも、虫の知らせというものか。
(;´・ω・`)「……」
ダウンジャケットを着ているから寒いのは耐えられる。
約束をした日、紅里ちゃんは安全運転で行くと言っていた。
だから、僕はただ、迎えが来るのを待っていればいい。
頭の中で、何度もそう自分に言い聞かせた。
-
101 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:24:04 ID:ODjuMagA0
-
やがて、一台の車が、少し強引なブレーキをかけて目の前で止まった。
虫の知らせというのは、思っていたよりも当たるものなのかもしれない。
('、`*川「おまたせー、寒かったでしょ? ほら、乗った乗った」
助手席側の窓が開き、紅里ちゃんが催促してくる。
いつも通りの調子のはずなのに、声色にはどこか硬さを感じられた。
耳も頬もすっかり冷え切っているのに、言葉に甘える気になりきれない。
('、`;川「寒い! 早く!」
(´・ω・`)「あ、うん……」
窓から吹き込む風が堪えたらしく、紅里ちゃんの催促に切実さが増す。
言われるがまま、のろのろとドアを開けて車に乗り込んだ。
('、`*川「あー、寒かった」
(´・ω・`)「ごめん。すぐ乗ればよかった」
('、`*川「まあいいよ、すぐあったかくなるし」
-
102 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:27:02 ID:ODjuMagA0
-
紅里ちゃんがそそくさと窓を閉める。
風が吹き込まなくなると、ぬるくなってしまった車内の空気が肌を撫でた。
だんだんと皮膚に感覚が戻ってくるのが分かった。
(´・ω・`)「あの、一応、聞くけどさ」
('、`*川「なに?」
(´・ω・`)「……運転、大丈夫?」
('、`;川「……あたりまえじゃん。今だってちゃんと迎えに来れたし」
数瞬の沈黙のあと。
フロントガラスの向こうへ視線を逸らして、紅里ちゃんは言った。
とても上手く作られた、いつも通りの声だった。
(;´・ω・`)「……安全運転でね」
念のため、もう一度忠告しておくことにした。
前のめりになって、前方を睨む紅里ちゃんを見ていると、そうした方がいい気がしたからだ。
('、`;川「分かってるってば……」
余裕なさげに呟き、紅里ちゃんは車を発進させる。
唸るエンジン音が、ドライブの始まりを告げた。
〜〜〜〜〜〜
-
103 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:29:57 ID:ODjuMagA0
-
30分もしないうちに、景色はがらりと変わった。
建物と呼べるものは姿を消し、代わりに見えるのは広大な畑。
道はただひたすらまっすぐで、信号もない。
初めて見た時だけは感動するような自然の中を、僕たちは進んでいた。
(´・ω・`)「穂実路峠までどれくらいなの?」
同じ景色の続く窓の外も、いい加減見飽きてしまい、紅里ちゃんに話しかけてみる。
運転中に眠くならないように気を使うのも、助手席の人間の仕事。
そんなことを聞いた覚えがあった。
('、`*川「えーと……一時間半くらい、だったかな」
(´・ω・`)「それまでずっとまっすぐ?」
('、`*川「峠に近付くと看板出てるみたいだから、それまでは」
返事に硬さはもう感じられない。
いい具合に緊張もほぐれてきたように思える。
支辺谷を走っている時はひどいもので、急発進、急ブレーキの連発だった。
今のうちに飛び降りようと何度思ったか分からない。
ただ、この調子なら目的地に無事にたどり着けそうだ。
-
104 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:33:01 ID:ODjuMagA0
-
今回の目的地、穂実路峠。
巨大なカルデラ湖や、晴れた日には支辺谷周辺の景観が一望できる観光地。
ネットで調べてみたところ、公式のホームページにそう書かれていた。
景色以外の見どころはなさそうで、あまり長居するところでもないという印象だった。
(´・ω・`)「紅里ちゃん。そういえば、なんで穂実路峠なの?」
そんな場所に行きたい、と言い出したのは紅里ちゃんだった。
少し遠出をするにはいい距離にあるとは思う。
しかし、紅里ちゃんがわざわざ何もないところに行こうとするのが、僕にとっては意外だった。
都会の雑多な雰囲気に憧れている彼女にとって、穂実路峠は退屈な場所に思えたからだ。
('ー`*川「お? それ聞いちゃう?」
(´・ω・`)「単に行きたい、としか聞いてなかったからさ」
('、`*川「……意外だ、とか思ってるでしょ」
僕をからかう時の、お決まりの声色で紅里ちゃんが聞いてくる。
運転中でなかったら、いたずらっぽい笑みを僕に向けていたに違いない。
それが見れないことに、物足りなさを覚えてしまう自分がいた。
-
105 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:36:00 ID:ODjuMagA0
-
(´・ω・`)「イメージと違うっていうか、結びつかないからさ」
('、`*川「実はさ、夏に友達と行ったことあるんだよね」
そう切り出すと、紅里ちゃんの口から溢れるように言葉が紡がれていく。
('、`*川「その子は夏休み中に免許取ってね。予定もなかったし、誘われるままついていったんだけど」
('、`*川「途中で見た夏の青空とか、畑の緑も綺麗だったけど」
('ー`*川「それ以上に峠から見た湖や、山並みが今も忘れられないんだよね」
('、`*川「……あ、あと揚げいもが美味しかった、かな」
紅里ちゃんは照れ笑いを浮かべながら、思い出話を締めくくった。
最後が食べ物の話、ということは、よほど印象に残っているのだと思う。
そのことを僕は特に何とも思わないが、年頃の女の子にとっては恥ずかしいことなのかもしれない。
('、`*川「だから、車でどこに行こうか、って考えた時に真っ先に浮かんだんだ」
(´・ω・`)「なるほど……じゃあ、楽しみにしておこうかな」
-
106 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:39:00 ID:ODjuMagA0
-
楽しげな紅里ちゃんにつられて、僕も頬がほころぶ。
自然と声のトーンも上がってしまう。
('、`*川「夏じゃないし天気もよくないから、期待に添えるかは分からないけど……」
少し間を置いて、困ったように紅里ちゃんが言う。
('、`*川「行けるうちにいっしょに行きたいって、思ってたから」
聞いた瞬間、心臓が冷たい何かに、押しつぶされそうな感覚に襲われた。
紅里ちゃんが運転中で本当によかった、と思った。
きっと、今の僕の表情は、凍りついたような無表情のはずだから。
告白した日、紅里ちゃんが言っていた言葉を思い出す。
卒業するまでなら付き合ってもいい、と。
それは今でも変わっていない。
しかし、僕はそのことから目を逸らしていた。
そのことを強制的に認識させられた。
-
107 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:42:01 ID:ODjuMagA0
-
一方で、嬉しさも確かに感じていた。
好きな人が、好きなものを、共有したいと言ってくれた。
心と心の距離を縮めたい。そう言われているのと変わらないように思える。
頬に熱が戻ってきて、ふとサイドミラーを見ると、普段通りの表情の自分が映っていた。
まだ、大丈夫だ。
まだ、嬉しさの方が勝っている。
(´・ω・`)「……ありがとう。嬉しいよ」
なんとか、暖かな気持ちを込めて言うことができた。
いつもより冷たくても、暖かいことには変わりなかった。
できれば、わずかな温度の差に紅里ちゃんが気付かないことを願った。
〜〜〜〜〜〜
-
108 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:45:04 ID:ODjuMagA0
-
穂実路の街を抜けて、さらに山道を登り始めて、20分ほど経った。
まもなく頂上というところまで来ると、どこまでも続く山並みが窓の外に広がっていた。
しかし、ひとりだけで眺めることになんとなく抵抗を覚えて、正面に視線を戻す。
待ち構えていたように、坂の頂上に小さく建物が見えた。
近付くにつれて、よりはっきりと建物の様子が分かるようになる。
それを染める茶色と白の地味な色合い。写真で見た限り、れんが模様だったか。
それを取り囲む様々な色の車。まるで、足りない色を補おうとしているようだった。
('、`;川「着いたー……」
横から紅里ちゃんの低く唸るような声が聞こえる。
疲れ切っていることが、見なくても分かるほどだった。
できれば、あと少しだけ気を抜かないで運転して欲しいところだ。
(´・ω・`)「あとちょっとだから。頑張って」
('、`;川「うん……」
念を入れておいたおかげか、車は滞りなく駐車場に入っていく。
そして、たくさんの車が止まっている建物のそばから、少し離れた場所に駐車された。
どうやら、駐車の腕にはまだ自信がないようだった。
-
109 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:48:00 ID:ODjuMagA0
-
('、`;川「あー……疲れた」
紅里ちゃんはエンジンを切ると、天を仰いだ。
それから、窮屈そうに伸びをする。
運転というのは僕の想像以上に体も疲れるものらしい。
(´・ω・`)「……おつかれ」
('、`;川「ありがと……」
めりこみそうなくらいに全身を運転席に預ける紅里ちゃんは、動き出す気配がない。
閉じられたまぶたは、放っておけばそのまま開かないような気すらする。
時間を確認してみると、峠には予定よりも15分ほど遅い到着だった。
遅れた時間の分だけ長く気を張っていた、ということになる。
少しの間、そっとしておいた方がいいだろうか。
('、`*川「……よし、休憩終わり。行こ!」
(;´・ω・`)「……え、うん!」
そんな心配をよそに、かっと目を見開いた紅里ちゃんはキーを抜いて、さっさと外に出ていく。
僕も慌ててドアを開けて、冬の気配を帯び始めた空の下へ飛び出した。
-
110 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:51:00 ID:ODjuMagA0
-
('、`;川「さむっ!」
(´・ω・`)「思ってたより風が強いね……」
外に出るなり、紅里ちゃんは両腕で自分の体を抱いて身を震わせた。
紅里ちゃんの服装は、雑誌やテレビでモデルが着ているような垢抜けたものだ。
よく似合っていると思うが、この寒さの中では心もとなく感じる。
彼女とは対照的に不格好だが暖かいダウンを着た僕ですら、あまり外に長居したくないほどなのだから。
('、`;川「か、重ね、着、してきたん、だけど、な」
(;´・ω・`)「……大丈夫? 僕のダウン着る?」
('、`;川「い、いい。お、おしゃれはガマン、との戦い、なんだってば」
せっかく見せた男気も、声を震わせながら断られてしまう。
例えるなら男気のような紅里ちゃんの中の何かが、そうさせているのかもしれない。
何にしても、景色を楽しむなら早いうちがよさそうだ。
-
111 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:53:46 ID:ODjuMagA0
-
('、`;川「寒いけど、け、景色、すごい綺麗でしょ?」
やせ我慢をしている紅里ちゃんが指差した先を見やる。
広がっているのは、ついさっき少しだけ見た景色。
長く厳しい冬を越えるため、静かな眠りにつこうとする木々が連なる山並み。
それに囲まれる、穏やかな水面に空の青を映した湖面。
(´・ω・`)「……うん。もうすぐ冬だからそれほどでもないかと思ってたけど、これは綺麗だ」
('、`*川「夏に見た時とはまた違った趣がある、かな」
いつの間にか隣にいた紅里ちゃんが、二の腕あたりをさすりながら呟く。
口元からは白く染まった吐息が漏れているが、声はそれほど震えていなかった。
しばらくの間、僕たちは喋ることなく景色を見つめていた。
僕は柵に体重を預けて、紅里ちゃんは服が汚れるのを気にしたのか、立ったままで。
寒さにも、観光地ゆえの周囲の喧噪にも邪魔をされない、ふたりだけの時間が、僕たちの間に流れていた。
こんな時間は、ふたりきりじゃなくても生まれるものなのだと、僕は初めて気付いた。
よかった、と心の中だけで呟いた。
あの時すぐに目を逸らして、ひとりでこの景色を見ないで、よかった。
そうでなければきっと、この時間が流れることもなかったはずだから。
-
112 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:54:36 ID:ODjuMagA0
-
ふと、この時間がこのまま過ぎ去ってしまうことに寂しさを覚えた。
(´・ω・`)「ねえ、写真でも撮ってもらわない?」
我ながらいい案だと思った。
写真はさながら、真空パックするように瞬間を切り取ってくれる。
写真の中ならこの時間は永遠だ。
('、`*川「あー……いいかもね、それ」
少し考える素振りを見せて、紅里ちゃんも同意してくれた。
あとは撮ってくれる人を探すだけだ。周囲を見渡し、撮ってくれそうな人を探す。
人のよさそうな、できれば携帯のカメラを問題なく扱える程度に若い人がいい。
(´・ω・`)「あの、すみません。よろしければ写真を撮ってほしいんですが」
ちょうど通りがかった、僕の親くらいの年齢に見える男性が目に留まった。
男性はどうやらひとりで来ているようで、家族らしき人は見当たらない。
声のかけやすさ、という面では好都合だった。
「ええ、いいですよ」
-
113 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:57:07 ID:ODjuMagA0
-
男性は柔らかな笑みを浮かべて快諾してくれた。
返事を聞くなり肩のあたりが軽くなる。
知らない人に声をかけるのは、やはり緊張するものだ。
(´・ω・`)「ありがとうございます……あっ」
お礼を言いつつ、ダウンのポケットから携帯を取り出して男性に手渡す。
そこで初めて、紅里ちゃんの携帯を受け取っていないことを気付いた。
(;´・ω・`)「すいません、ちょっと待ってください……紅里ちゃん、携帯」
ふたりで映る写真なのだから、僕の携帯だけで撮ってもしょうがないというのに。
男性に断りを入れてから、紅里ちゃんのそばへ駆け寄る。
('、`*川「……いいよ、ショボのだけで。わたしのより新しい携帯でしょ? そっちで撮った方が画質いいし」
(;´・ω・`)「え? そ、そう?」
('、`*川「うん。あとで送ってくれればいいや」
(´・ω・`)「そっか……じゃあそうするよ」
-
114 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 18:59:57 ID:ODjuMagA0
-
思わぬ紅里ちゃんの反応に、拍子抜けしてしまう。
例えば、行事の最後に集合写真を撮る時に、嬉々として携帯を渡していそうな印象だったのだけど。
妙な違和感を覚えたが、意外な対応について追及する理由もない。
いまいち晴れない心持ちで、男性の元へ戻るしかなかった。
(´・ω・`)「あの、やっぱりその携帯だけで大丈夫です……すいません」
「はい、分かりました。気にしないでください」
いたずらに時間を浪費させてしまった罪悪感を抱きつつ、男性に頭を下げる。
僕の心情を察したのか、男性は再びあの笑みを浮かべてそう言ってくれた。
彼の穏やかな声が、体にまとわりついた鉛のような重さを引き剥がす。
(´・ω・`)「ありがとうございます……」
これが大人の余裕、というものなのだろうか。
紅里ちゃんが大人に憧れる気持ちが、少しだけ理解できたような気がした。
(´・ω・`)「ここを押せば勝手にピントが合って撮影できるので……」
カメラの使い方を教えながら横目に紅里ちゃんを見てみる。
瞬間、大きなくしゃみが聞こえてきて、景色を眺めていた彼女の背中がくるりと丸まった。
写真を撮り終わったら、すぐに屋内に入った方がいいだろう。
-
115 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:03:38 ID:ODjuMagA0
-
「はい、分かりました」
(´・ω・`)「よろしくお願いします……紅里ちゃん、撮るよ」
('、`*川「はいはーい」
予定より手短に説明を終えて紅里ちゃんの隣に戻る。
僕の声に反応した紅里ちゃんは、かすかに鼻をすする音を鳴らしながら振り向いた。
すでに冷え切っているであろう頬は、紅色が滲んだように広がっている。
「撮りますよー」
('ー`*川「いぇいっ」
紅里ちゃんは男性の声を合図に、顔の横に白く細い指でピースサインを作る。
プリクラを撮った時よりも控えめなそれは、少女というよりも女性らしく見えて。
そう見えたのは、制服と私服、という違いもあったのかもしれないけど。
大した差ではないと思い始めていた、一歳という年の差。
そう思えていたのは、単なる僕の勘違いだったのではないだろうか。
(;´・ω・`)「い、いえーい」
ふと見せつけられた一面に、鼓動が高鳴る。
思考が鈍り、とっさに紅里ちゃんを真似てピースしても、どこかぎこちなくなってしまう。
-
116 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2013/06/15(土) 19:06:02 ID:ODjuMagA0
-
頭が本来のように回転し始めたのは、それから少し間が空いてからだった。
正確には、シャッター音が聞こえてこないことに気付いてから、だ。
('、`*川「あれ?」
紅里ちゃんも疑問に思ったらしく、小首をかしげた。
撮り方が理解できていなかったのか、もしくは携帯に何かあったか。
(´・ω・`)「あの……もう撮っても大丈夫ですよ?」
おそるおそる声をかけてみる。
すると、男性は構えた携帯の向こうから顔を覗かせて。
「……おせっかいなことを言いますが、ふたりとも、もっとくっついたらどうです?」
(;´・ω・`)「……はい?」
変わらぬ穏やかな声で、プリクラの機械みたいなことを言うのだった。
-
117 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:09:15 ID:ODjuMagA0
-
確かに僕と紅里ちゃんは密着していない。
だけどふたりの間にあるのは、15センチ定規ひとつすら入らないような空間だ。
離れている、とは言えない。むしろ、かなり近い。
「デートなんでしょう? 恋人同士ならくっついていた方が絵になりますよ」
言うことはもっともだが、僕たちには前例がある。
ほぼ密室のプリクラの機械の中ですら、密着するまでにてんやわんやだった、という前例が。
しかも、今回は完全に屋外だ。観光地ということで、人の目も多い。
わずかにできた空間は、きっと僕たちの羞恥心が無意識に作ったものだ。
(;´・ω・`)「あ、の……それはまあ」
見えない、高い、硬い壁がこの空間にそびえている。
それは言われたからといって、簡単に取り払えるものではない。
返す言葉も見つからず、曖昧な返事だけが反射的に紡がれていく。
('ー`*川「それもそうですね……じゃあこれで!」
(´・ω・`)「えっ?」
うろたえる僕とは対照的な、紅里ちゃんのあっさりと承諾する声。
それが聞こえたのは、左腕に彼女特有の柔らかさを感じた瞬間だった。
-
118 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:11:48 ID:ODjuMagA0
-
('ー`*川「さ、撮ってください!」
紅里ちゃんが、僕の腕に、抱きついていた。
(;´・ω・`)「え、な?」
突然のことに、なんで、のひとことも言えない。
プリクラの音声に命令されて、顔を赤くしてくっついてきた紅里ちゃんはどこに行ったのだろう。
目の前にいる紅里ちゃんが、実はよく似た別人の気すらしてくる。
('ー`*川「ほらショボ、前向いて」
しかし、なびく髪からいつもの香りを漂わせる彼女は、紛れもなく本物で。
その事実を確認した途端、心臓が痛いほどに跳ね回る。
「やっぱりその方がいいですよ。それじゃあ撮りますね」
言われるがままに正面を向くと、男性が再び携帯を構えたところだった。
僕は毒に犯されてしまったのだろうか。
紅里ちゃんのいつもの香りに仕込まれた毒に。
もしもそうなら、それは彼女の言うことを聞きたくなってしまうような。
彼女のささいな行動に、いちいち胸が苦しくなるような毒のはずだ。
〜〜〜〜〜〜
-
119 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:14:48 ID:ODjuMagA0
-
('、`*川「ふあ……」
紅里ちゃんのあくびに合わせて、車がわずかに蛇行する。
一瞬だけ道路の脇をヘッドライトが照らし、猫か狐の目が光って見えた。
(;´・ω・`)「あ、紅里ちゃん!」
行きはよいよい、帰りは恐い。
そんな童謡の一説が脳裏をよぎり、思わず叫んでいた。
後部座席に積んだおみやげでも抱えておけば、もしもの時に多少のクッションになるだろうか。
('、`;川「だ、大丈夫……大丈夫」
そう語る紅里ちゃんの口調は、あきらかに空元気だ。
今だってハンドルから片手を離して、眠そうに眼をこすっている。
穂実路峠を出る時からすでにその兆候はあった。
少し休憩してから帰るべきだ、と紅里ちゃんに提案したのだけど。
('、`*川『長居しちゃったし、早く帰らないとさ。うちの親が心配してうるさいと思うんだよね』
なんて言いながらエンジンをかけるので、自力で帰る足がない僕は車に乗りこむしかなかったのだ。
-
120 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:18:02 ID:ODjuMagA0
-
('、`;川「ショボ……ダッシュボードからガム取って……」
ケースに眠気が覚める、と書かれたガムを2、3粒取って手渡す。
紅里ちゃんは受け取ったガムを全部一気に口に詰め込み、音を立てて噛み始めた。
そして、刺激が強すぎたのか、カッと目を見開く。
辛そうにしている彼女には悪いが、命の危険が遠ざかった気がして少し安心できた。
とはいえ、このままでは支辺谷に着くまでにガムがなくなってしまいそうだ。
帰りが遅くなっても構わない。絶対に途中で休憩を挟む必要がある。
携帯を開いて、電波の悪さに苛立ちながら近くの休憩できそうな場所を探す。
(´・ω・`)「ん?」
読み込みを待っている最中、携帯が震えた。
僕のではなく、紅里ちゃんの携帯が。
運転中の紅里ちゃんが出られるはずもなく、携帯は彼女の鞄の中に放置されたままになる。
しかし、出るまで止まないとばかりに携帯は震え続ける。メールではなく電話だろう。
('、`;川「あー……たぶん親だ。ごめん、ショボ出てくれる?」
(´・ω・`)「分かった……あれ?」
画面に映った名前を見て、通話ボタンを押そうとした手が止まる。
紅里ちゃんの父親でも母親でもなく、独男、と表示されていた。
-
121 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:20:47 ID:ODjuMagA0
-
(´・ω・`)「もしもし? ドクオ?」
「あれ? なんでお前が出てんの?」
電話に出てみると、声の主はやはりドクオ本人だった。
肩肘を張る必要がなくなって、自然と伸びていた背筋を再び丸める。
(´・ω・`)「なんでって……紅里ちゃんは運転中だ。出れるわけないだろ」
「ああ、そういやそうだった」
言われてみれば、といった風に呟くドクオ。
昔からどこか適当な節はあったが、ついにここまで悪化してしまったのだろうか。
幼馴染としてはなんとも残念な限りだ。
(´・ω・`)「……で、どうしてドクオが電話してきたのさ?」
「いや、お袋がメールで姉ちゃんから連絡がないから電話しろ、って」
「自分でしろ、って返したけど、仕事の合間に電話なんてできないって言われてよ」
ドクオは一息で言い切ると、長い長いため息を漏らした。
まるで、面倒くさくてたまらない、とでも言いたげだ。
-
122 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:24:16 ID:ODjuMagA0
-
('、`*川「電話、ドクオから?」
会話を聞いていたらしい紅里ちゃんが、やり取りの合間を縫って尋ねてくる。
(´・ω・`)「うん、紅里ちゃんから連絡がないから、おばさんに電話するよう頼まれたんだって」
('、`;川「うげ……ちょっとドクオと話したいから、耳に携帯当ててもらえる?」
(´・ω・`)「いいよ……はい」
体をよじり、腕を伸ばし、携帯を紅里ちゃんの横顔に添える。
シートベルトをしたままでは意外と体勢が辛くて、携帯がふらふらと動いてしまう。
ときおり、指が髪にかすかに触れて、こそばゆい。
('、`*川「もしもし、ドクオ? 母さん怒ってた?」
「いや、メールだったからよく分かんねえ。大丈夫じゃね?」
ドクオの声は思いのほか大きく、隣にいるなら聞き取れるほどだった。
ちょうどいいタイミングで紅里ちゃんが割って入ってきたのにも納得がいった。
-
123 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:26:46 ID:ODjuMagA0
-
('、`;川「あんたの言うことって信用できないからなー……」
「もうちょい弟のことを信用しろよ。一応姉だろ?」
('、`;川「一応って……まあいいや。母さんにもうすぐ帰るから大丈夫、って伝えといて」
「あいよ。んじゃ」
何度かの手短な会話の応酬のあと、紅里ちゃんは僕にもういいよ、と言った。
会話の終わりは思っていたよりもずっと早かった。
僕は一人っ子だから分からないが、これは姉弟だからこその早さなのだろうか。
(´・ω・`)「どうだった?」
('、`;川「んー……正直、よく分からない」
消化不良といった様子で紅里ちゃんは片手で頭を掻いた。
身だしなみに気を使っている紅里ちゃんにしては珍しく、その手つきは乱暴だった。
('、`;川「……ちょっと休憩したくなってきたかも」
弟と同じような長い長いため息のあと、紅里ちゃんはぽつりと呟いた。
電話が彼女の疲れ切った心にとどめを刺したのかもしれない。
-
124 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:30:11 ID:ODjuMagA0
-
紅里ちゃんの携帯を鞄に戻して、自分の携帯を見る。
電波は相変わらず悪かったが、読み込みはとっくに終わっていた。
(´・ω・`)「あ、だったらこの先にいいところがあるみたい」
('、`*川「え、どこ?」
(´・ω・`)「輿水原生花園っていうところなんだけど。駐車場があるよ」
夕方の天気予報の時によく映るから、見たことはあるが実際に行くのは初めてだ。
花が咲いている季節ではないけど、道路に面した駐車場はいつでも利用できるらしい。
('、`*川「じゃあ……そこで10分くらい休憩してもいい?」
(´・ω・`)「むしろ、そうして欲しいかな。危なくてもこの速さじゃ飛び降りれないからさ」
紅里ちゃんを鼓舞するように、意識して明るく振る舞う。
原生花園まではまだ距離がある。気を抜くことはできない。
できることと言えば、こうして話しかけ続けることくらいだ。
もしも自分の元気を他人に自由に分け与えられたら、どんなにいいだろう。
('ー`;川「……それは大変だ」
疲れた笑顔を浮かべる紅里ちゃんを見ていると、そう思わずにはいられなかった。
-
125 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:32:52 ID:ODjuMagA0
-
(´・ω・`)「あ、あそこじゃないかな」
しばらくして、ヘッドライトが道路脇のPと書かれた標識を照らした。
輿水原生花園と書かれた看板も、その奥の暗がりにちらりと見える。
それ以外のものは、真っ暗で何も見えなかった。
一応、ぽつんと一本だけ立っている電灯や、電話ボックス、自販機の明かりはある。
それも、この手のひらすら見れないであろう暗闇の中では、あまりに頼りない。
('、`;川「言われなきゃ入り口、通り過ぎてたかも……」
僕に向けるでもなく呟いて、紅里ちゃんは車を駐車場に入れる。
車の明かりが見えなかったからか、周囲の確認は適当だったように見えた。
('、`;川「……はあ」
車を止めた紅里ちゃんは、大きく息を吐いた。
峠に着いた時のように、疲れた、のひとこともない。
ねぎらいの言葉をかけることすら躊躇してしまう。
-
126 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:36:11 ID:ODjuMagA0
-
('、`;川「……飲み物買ってくる」
(;´・ω・`)「い、いってらっしゃい」
このまま寝てしまってもそっとしておこう。
なんて考えた矢先、紅里ちゃんはのろのろと身を起こした。
緩慢な動作で鞄から財布を取り出し、車を降りる背中におそるおそる声をかける。
ん、という返事か、唸っただけか分からない声が、聞こえたような気がした。
自販機の明かりに向かって歩く紅里ちゃんを、しばらくの間、眺めていた。
その後ろ姿もやがて小さくなって、闇に溶けて、ほとんど見えなくなる。
帰りを待つ間、手持ち無沙汰になってしまう。
かといって、車の中のものをみだりにいじるわけにもいかない。
行き場を失った手は、自然と携帯を開いていた。
画像フォルダを開くと、今日一日でずいぶんと写真が増えていた。
ふたりで風景をバックに、密着して撮ったあの写真。
揚げいもを頬張る紅里ちゃんを、こっそり連続で撮影した写真。
おみやげ屋でご当地キャラの帽子を被る紅里ちゃんを撮った写真。
勢いに任せたとはいえ、よくもこんなに撮ったものだと思う。
-
127 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:39:04 ID:ODjuMagA0
-
それにしても、特に揚げいもを頬張る紅里ちゃんは傑作だ。
大口を開けているところから、撮られていることに気付いて携帯を取り上げようとするまでの流れが、ばっちり写されている。
気付けば漏れていた自分の笑い声が、我ながら気持ち悪い。
('、`*川「ただいまー」
(´・ω・`)「うわっ」
ちょうど笑いをかみ殺したところで紅里ちゃんが帰ってきた。
とっさに携帯をダウンのポケットに突っ込む。折り畳む暇はなかった。
紅里ちゃんも写真を撮られたことは知っている。隠す必要はないのかもしれない。
しかし、自分の写真を見てにやついているやつが目の前にいたら。
僕ならそいつが知り合いだとしても、ちょっと引いてしまう。
紅里ちゃんがそんな風に思わない保証なんて、どこにもない。
('、`*川「なにしてたの?」
帰ってきた紅里ちゃんは座る前に、こちらの気も知らないでそんなことを聞いてくる。
手に持ったレモンスカッシュのおかげで、少しは元気が戻ってきてしまった、らしい。
-
128 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2013/06/15(土) 19:42:01 ID:ODjuMagA0
-
(;´・ω・`)「や、あの」
('、`*川「……ははぁん」
しどろもどろに話す僕を見ていた紅里ちゃんが、不意に視線を落とす。
そして、すべて理解したと言わんばかりに何度も頷いた。
(;´・ω・`)「……あ」
紅里ちゃんの視線の先を見た。
ダウンのポケットが、携帯の明かりで、ぼんやりと光っていた。
普段なら気付きもしないような、弱い光だった。
('ー`*川「そういえばわたし、まだ写真見てないんだよね」
今思い出した、といった調子で紅里ちゃんが言う。
そのあとに言葉は続かない。続ける必要はない、と思っているはずだ。
(;´・ω・`)「……見る?」
('ー`*川「見る!」
なぜなら、僕が耐え切れずにこうするに決まっているから、だ。
-
130 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:45:01 ID:ODjuMagA0
-
車から降りていった時とは対照的な、機敏な動きで車内に戻る紅里ちゃん。
無駄な抵抗はやめて、携帯をダウンのポケットから取り出す。
画面には、半分以上が手のひらで隠された紅里ちゃんの顔が、まだ映っていた。
('、`;川「それ、恥ずかしいから消して、って言ったじゃん……」
(´・ω・`)「だから、あとで消す、って返したでしょ」
('、`*川「……往生際悪いぞ」
席と席の間に持っていった携帯を、ふたりで覗き込む。
写真が変わるたび、ゆったりとした会話のキャッチボールが行われる。
(´・ω・`)「この帽子さ」
('、`*川「うん?」
(´・ω・`)「かわいいかわいい言ってたのに、結局買わなかったね」
('、`*川「……これ被ってデートの待ち合わせに来てほしい?」
(;´・ω・`)「……ちょっと」
いつもの軽快なやり取りには程遠い。
しかし、こういうのも悪くないと思えた。
-
131 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:48:07 ID:ODjuMagA0
-
('ー`*川「ね? そういうこと」
少し笑いながら、紅里ちゃんは少し身をよじって体勢を直した。
帳のように下ろされた髪が指を撫でて、くすぐったさを覚える。
同時に、時間が経ったせいか、だいぶ薄れてしまったあの香りがした。
('、`*川「ショボ、最初の写真。また見たい」
(´・ω・`)「……はい」
言われるままに操作しながら、紅里ちゃんの様子を盗み見る。
画面の明かりに照らされた表情は、疲れのせいなのか、普段より落ち着いて見えた。
例えるなら、太陽の下よりも車内の薄暗さが似合うような、大人に。
彼女から大人を感じるのは、今日で二度目だった。
('ー`*川「ふふっ……今回は緊張してるの、ショボだけだ」
硬い笑顔でピースサインする僕を見て、紅里ちゃんが吹き出した。
体温と同じ温度の吐息が、携帯を持つ手にかかる。
ほとんど真っ暗な外。ふたりきりの車内。吐息のかかる距離。
鼓動が爆発的に加速していく。心臓の痛みは熱に変わって、全身に巡っていく。
ムード、というものの存在を、僕は自分の身を持って知った。
-
132 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:51:09 ID:ODjuMagA0
-
(´・ω・`)「そう、だね」
自分の置かれている状況を意識してしまうと、もう止まらない。
とっさにした返事も、きっとどこか上の空だったはずだ。
溶けた砂糖で頭の中が満たされているような感覚に支配される。
それは風邪をひいた時の、熱に浮かされている時の、ぼんやりとした思考に似ていた。
紅里ちゃんは、何も感じていないのだろうか。
彼女は僕よりも大人だから、こんな状況にも慣れっこなのだろうか。
そうだったら少し嫌だな、なんて思うが、もちろん聞けるはずもない。
(´・ω・`)「……」
('、`*川「……」
気付くと、長い静寂が車内を満たしていた。
どれだけ時間が経ったのかは分からない。
ただ、まともな思考ができていない僕が気付くのだから、よほど長かったのだと思う。
僕はともかく、紅里ちゃんはどうしたのだろう。
この暗さと静けさに負けて、寝てしまった可能性もある。
久しぶりに、きちんと顔を向けて、紅里ちゃんを見た。
('、`*川
紅里ちゃんも、僕を見ていた。
きっと、ずっと前から。
-
133 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:54:04 ID:ODjuMagA0
-
目と目が合って、そのまま動けなくなる。
まるで、かっちりとはまった、パズルのピースのように。
ずっとこのままでもいい、とも、吸い込まれそうだ、とも思った。
やがて、紅里ちゃんの顔が少し近付いてきた。
まさか本当に吸い込まれているんじゃないか。
一瞬、そんな考えが脳裏をよぎったが、すぐに違うと気付く。
紅里ちゃんが、こちらに向かって、さらに身をよじったからだ。
紅里ちゃんの顔が少し左に傾いて、近付くスピードが増した。
自然と、僕も彼女に向かって、身をよじっていた。
さっき、吸い込まれそうだと思ったのは、勘違いなんかじゃなかった。
あと少しで、ふたりの距離がゼロになる。
その直前、紅里ちゃんがそっと目を閉じて。
ずっと操作されないままだった携帯の明かりが、ふっ、と消えたあと。
かすかに、レモンスカッシュの味がした。
〜〜〜〜〜〜
-
134 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 19:57:01 ID:ODjuMagA0
-
大通りの激しい車の往来とは無縁の、美汐の住宅街。
その一角にある、原生花園の駐車場より少しだけましな明るさの路地を走る。
車はやがて、今度は慎重に減速し、僕の家の前で止まった。
('、`*川「はいっ、無事に到着」
駐車場を出た時から続いていた沈黙を、紅里ちゃんが破る。
沈黙は別に苦ではなかった。むしろ心地よくすらあった。
それよりも下手に何か言って、せっかくの余韻をぶち壊してしまうことの方が気がかりだった。
(´・ω・`)「今日はありがとう」
('ー`*川「ううん。それはこっちの台詞。ありがとう、ショボ」
どうやら余韻はまだ続いているらしく、紅里ちゃんの声は、ほのかに甘い。
今ならまだ、許されるだろうか。
淡い期待を抱いて、無言で紅里ちゃんを見つめる。
('、`*川「ん?」
車を降りようとしない僕を見て、紅里ちゃんは小首をかしげる。
('、`*川「……ああ」
それから、僕の意図を理解したらしく、納得したようにひとりで大きく頷いた。
-
135 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 20:00:08 ID:ODjuMagA0
-
('、`*川「はいはい。そんなに物欲しそうな目で見ないの。今日はもうおしまい」
呆れたように笑ってから、紅里ちゃんは手で追い払う仕草を見せる。
まるで、餌を欲しがる犬でも相手にしているようだった。
(´・ω・`)「……分かったよ」
今日は、という言葉に期待して、僕はおとなしく車を降りることに決めた。
ドアを開けると風はやはり冷たく、車の中にずっと閉じこもっていたくなる。
だけど、このまま悩んでいるうちに、また紅里ちゃんが寒いと言い出しそうだ。
なんとか衝動を押し殺して外に出る。
最後に別れの挨拶を交わそうと、運転席の方を覗き込んだ。
(´・ω・`)「それじゃあ、おやすみ。また明日」
計器の光に照らされた、優しい笑みが見えた。
('、`*川「うん、おやすみ」
なめらかに動いて別れの言葉を紡いだ唇に、目がいった。
初めて感じた柔らかさが、脳裏に蘇った。
-
136 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/15(土) 20:02:30 ID:ODjuMagA0
-
エンドロールは滲まない
第三話 青春白書をばらまいて
おわり
.
戻る