(´・ω・`)エンドロールは滲まないようです('、`*川


4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 19:58:06.44 ID:vFF4Tg8J0
 
また、携帯が震えた。

暇つぶしに見ていたサイトを閉じて、受信フォルダを開く。
差出人の欄に伊藤紅里、と書かれたメールが、フォルダを埋め尽くしていた。
その中から一番上の、新着の印が付いたメールを開いた。

他愛ない会話がたくさんの絵文字で飾られている。
鮮やかな文面は見ていて楽しく思うけれど、あまり長くは見ていられない。
入学してすぐの頃にアドレスを交換した、クラスの女子からのメールはこんな感じだった気がする。

ぼんやり思い返しているうちに返事を書き終わった。
返信する前に軽く読み返してみる。
普段は使わない当たり障りのない顔文字が、文末に添えられている。
三つ連続で同じ顔が並んでいて、差し替えようか悩んだが、結局そのまま返信した。

携帯を枕元に投げ、大きく伸びをする。
もうすぐ日付が変わろうかという時間だから、同時にあくびも出た。
だけど、寝る気にはなれなかった。
メールを続けていれば、朝までだって起きていられると思えた。



紅里ちゃんと付き合い始めてから、二週間が過ぎようとしていた。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:00:17.67 ID:vFF4Tg8J0
 
(´・ω・`)エンドロールは滲まないようです('、`*川

第二話 先行フラッシュバック

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:04:02.62 ID:vFF4Tg8J0
 
付き合い始めてから、紅里ちゃんと接する機会はぐんと増えた。
最近のメールや電話の履歴は、ほとんど彼女の名前で埋まっている。
登録してあるだけだったアドレスと電話番号は、ようやく役割を果たすようになったのだ。

ゆっくり感慨に浸ろうとしたところにメールが届いた。
僕が返信してから3分も経っていない。
最初はこの早さに戸惑ったけれど、いまはもう慣れた。
あるいは、慣れてしまった、と言った方が正しいのかもしれない。

返信をして携帯を閉じた。
天井を仰ぐと、ため息が漏れた。

恋人らしいことをしている。
最近、そう実感することが少なくなっていた。

理由は分かり切っていた。
まだデートをしたことがないから、だ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:08:11.56 ID:vFF4Tg8J0
 
付き合い始めてすぐ、紅里ちゃんをデートに誘ったことがあった。
しかし、忙しいことを理由に断られてしまったのだ。

なんでも、いまは免許を取るために自動車学校に通っているそうだ。
夏と冬は学生が大挙して順番待ちをしないとならない。
そして、順番が来ても一日に長い時間を拘束されてしまう。
だから、わざとみんなと時期をずらして、放課後はなるべく毎日行けるようにしているらしい。

余裕ができるまでもう少し待ってほしい。
そう言われてしまっては、どうすることもできなかった。

いまはただ、悶々とした日々を過ごしている。
まだ見ていなかった興味のある映画は、すでに見尽くしてしまった。
時間をつぶす手段を失うのが、こんなに辛いとは思わなかった。

天井の模様を見ているうちに、思考が沈み始めたところでメールが来た。
いつもよりも返信までの間隔が長くなっていた。
メールには、うたた寝をしてしまっていたこと。
そして、もう遅いからそろそろ切り上げたい、ということが書かれていた。

液晶にため息を吹き付けながら、おやすみ、と打ったメールを返信した。
仕方ない。デートできないのも、メールが途切れるのも仕方ないのだ。
紅里ちゃんは間違ったことも、悪いこともしていない。

自分が爆発する寸前に思えてきて、逃げるように布団を被った。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:12:11.35 ID:vFF4Tg8J0
 
数日後、夕飯ができるまで部屋で暇をつぶしていると、メールが来た。
差出人は紅里ちゃんだった。こんな時間にメールを送ってくるのは初めてのことだった。

何事かと思いながら本文を開く。
目がちかちかするほどに、絵文字が多い。
読み始めてすぐ、その理由が理解できた。

今日で仮免許の教習を全部終えた。
週末の検定まで、教習所に行く必要はない。
だから、今週の暇な時にデートに行かないか。

メールには、そう書かれていた。

見間違いではないか、何度も読み返す。
目が痛くなるまで確認してから、急いで返信画面を開いた。
自分でも驚くほど速く、正確に指が動いて、溜め込んでいた思いが文になっていく。

数分も経たないうちに、メールは完成して、送られた。
できるなら、明日にでもデートがしたい。

それだけを伝えるには、あきらかに長すぎる文面だったと、送ったあとで気付いた。

〜〜〜〜〜〜

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:16:15.57 ID:vFF4Tg8J0
 
時間を早送りしたい衝動に耐えて、迎えた翌日の放課後。
10月の終わりにしては結構な冷え込みの中、校門で紅里ちゃんを待つ。
携帯を開いて時間を確認する。もうすぐ4時になろうとしていた。

そのままメール画面を開いた。
色だけは暖かそうな夕日が落とされた液晶。
そこに、一番新しい紅里ちゃんからのメールが表示される。

掃除当番を忘れていたことを謝る、文字だけのメール。
きっと慌てて書いたのだと思った。
その時の様子を想像するだけで結構な時間をつぶせたのは、自分でも驚くべきことだった。

そろそろ掃除も終わって、紅里ちゃんが来てもいい頃だ。
携帯の電源を切って、暗くなった液晶に自分の姿を映してみる。

(´・ω・`)

相変わらず冴えない顔をしている僕が映り込む。
一応、髪が跳ねたりはしていない。
今日は朝から整えてきたし、休み時間のたびに鏡で確認もした。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:20:38.59 ID:vFF4Tg8J0
 
それでも、ワックスのひとつくらいは持っておくべきだったかと後悔していた。
仮に持っていたとしても、セットの仕方なんて知らないけれど。
機会があれば、今日、紅里ちゃんに聞いてみるのもいいかもしれない。

ぼんやりと自分の顔を眺めながら、紅里ちゃんを待った。
黒い液晶を背景に、白い吐息が目の前を覆う。
そして、橙色に染まるよりも早く、宙に溶けて見えなくなる。

「ショボー!」

その一部始終を見届けた頃。
聞きなれた声が、遠くから僕を呼んだ。

('、`;川「ごめーん!」

振り向くと、紅里ちゃんが通学鞄を小脇に抱えて、こちらに駆けてきていた。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:24:07.68 ID:vFF4Tg8J0
 
('、`;川「ごめん、掃除当番だったの、気付いたの帰る直前で、だから」

(;´・ω・`)「あの、それは大丈夫だからさ、ちょっと休んだら?」

近くまで来るなり、息が整うのも待たずに紅里ちゃんは話し始める。
白い吐息が途切れることなく、開かれた唇から溢れてくる。
唇は夕日に照らされて、きらきらと光って見えた。何か塗っているのだと思った。
不思議と魅入ってしまい、落ち着かせようとする間も目が離せなかった。

('、`;川「うん、そうする……ありがと。正直きつい」

言うなり、紅里ちゃんは膝に手をついた姿勢で休み始めた。
同時に、垂れてくる前髪を、手櫛で右から左へと梳いている。

(´・ω・`)「落ち着いてきたら行こうか」

('、`*川「うん……でもごめん、もうちょっとだけ待って」

呼吸が整ってきた紅里ちゃんは、そう言って僕に背中を向けた。
鏡を取り出して、本格的に髪を直し始める。

その様子が気になる。覗き込んでみたい衝動に駆られる。
だけど、紅里ちゃんはきっと、見られたくないから後ろを向いている。
そう考えると、ここは黙って待つのが一番なのだと思った。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:28:07.39 ID:vFF4Tg8J0
 
('、`*川「おまたせしました」

思っていたよりも早くこちらに向き直って、紅里ちゃんは軽く頭を下げた。
乱れに乱れていた髪は、ほとんど元に戻っている。くせっ毛ではなさそうで羨ましい。
見つめていると、頬に感じた髪の柔らかさを思い出しそうだった。

(´・ω・`)「それじゃ、行こうか」

('、`*川「いまの時間だとバスないよね。小浜まで歩き?」

(´・ω・`)「うん、そのつもりだけど。大丈夫?」

('、`*川「そこまで老け込んじゃいませんよーだ」

わざとらしくすねてみせた紅里ちゃんは、そそくさと校門を出ていく。
なんでもないやり取りのはずなのに、どこか可愛らしくて、思わず吹き出してしまう。
こんな、紅里ちゃんと普通にするようなやり取りに、僕は飢えていたのかもしれない。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:32:17.95 ID:vFF4Tg8J0
 
どこに行くかは、昨日のうちにふたりですでに決めていた。
北国の田舎町では、場所も自然と限られてくる。
だから、場所を決めたというよりは、お互いに確認したと言った方が正しい。

行き先は僕たちの通う支辺谷南高校から、程近い場所にある小浜のショッピングタウン。
町一番の大通りに面するように、ここ何年かで大型店が集中して建てられた区画だ。
いまや、この町の商業の中心と言っても過言ではない。

(´・ω・`)「小浜に着いたらさ、まずは本屋行かない?」

('、`*川「いいよ。僕も探したい本あるんだよね」

小浜までの道中、何をするか相談しながら、並んで歩く。
緩やかな登り坂と、紅里ちゃんの小さな歩幅が、いつもより歩くスピードを遅くさせる。

('、`*川「今日って晴れてるくせに寒いよね。海もあんなに綺麗に見えてるのに」

右側を歩く紅里ちゃんが呟く。
彼女から見て僕のいる側の、さらに遠くを見つめて。

僕も同じ景色を見たくなって、振り向いた。
一軒家の隙間から、かすかに赤みがかった海が見えた。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:36:15.76 ID:vFF4Tg8J0
 
支辺谷は海に面した町だ。
海沿いには小さな平野が、内陸には丘陵地帯が広がっている。
高校は山を少し登ったところにあって、小浜はさらにその上だ。
まだまだ山の頂上には遠いが、海を見るにはこのあたりが一番いい場所だ。

(´・ω・`)「でも、夜から天気崩れるって言ってたよ」

('、`*川「あー、じゃあ、そのせいなのかな。雪とか降らないといいけど」

自分のローファーを見つめて紅里ちゃんがぼやく。
そうだね、と相づちを打ちつつ、僕も紅里ちゃんの足元を見つめる。
今年初めて、黒いタイツを履いてきた彼女の脚に目が行きそうになって、すぐに顔を上げた。

もう一度、逃げるように海を見た。
綺麗だとは思うけれど、感傷に浸る余裕はなかった。

雪が降って、それから流氷が来て、海が白く染まって、また溶けて。
とっさに浮かんだ海のこれからを機械的になぞり、気を紛らわせるので精いっぱいだった。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:40:08.83 ID:vFF4Tg8J0
 
30分ほど歩き続けると、道路沿いは様相をがらりと変えた。
暗く、薄い住宅街の色彩も、ところどころに見えていた木々の緑も失せる。

代わりに現れたのは、自己主張の激しい原色で飾られた建物、看板。
ひっきりなしに行き交う様々な色、形をした車。
都会の色を一滴だけ落とした田舎の街並みが、小浜には広がっていた。

('、`*川「じゃあ、お互いに探し物が終わったらここの入り口に集合ね」

(´・ω・`)「一応、時間も決めておいた方がいいんじゃないかな?」

('、`*川「うーん……30分!」

(´・ω・`)「分かった。それじゃ、またあとで」

本屋に着いた僕たちは、バラバラに行動することにした。
まるっきり趣味が被っていないし、それに相手を付き合わせるのも悪い。それがお互いの見解だった。

デートらしく相手の買い物に付き合うのもいいのかもしれない。
しかし、紅里ちゃんを退屈させて、あるいは彼女の買い物を退屈に感じて。
そのせいで機嫌を損ねたら、と臆病風に吹かれたのだから、仕方ない。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:42:10.81 ID:vFF4Tg8J0
 
(´・ω・`)「ん?」

('、`*川「あれ? ショボもこっち?」

歩き始めてすぐ、違和感を覚えた。
別々に行動し始めたはずが、紅里ちゃんとまったく同じ方向に進んでいる。
いつまで経ってもそばにいる紅里ちゃんも不思議に思ったらしく、首をかしげる。

(´・ω・`)「ああ……そういう……」

自分の目的の場所が見えた。同時に、奇妙な一致の正体も分かった。
僕の目指していた、映画と音楽の雑誌が並べられた棚。
その向かい側に、女性ファッション誌の棚があった。

('ー`*川「なんだー、だからずっと同じ方に進んでたんだ」

けらけらと笑う紅里ちゃん。どうやら彼女も察したらしい。
疎遠な時期もあったとはいえ、僕らは幼馴染だ。
詳しくなくても、お互いにどんなものが好きなのかくらいは分かる。
例えば、僕は映画が好きだとか、紅里ちゃんはおしゃれが好きだとか。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:44:20.89 ID:vFF4Tg8J0
 
('、`*川「もう待ち合わせとかいいよね? これだけ近くなんだし」

(´・ω・`)「そうだね」

改めて見ると、本当に目と鼻の先だ。
どうして気付かなかったのだろう。たびたびこの本屋には来ているというのに。
自分がいかに周りに無頓着だったかを知った。

目当ての雑誌はすぐに見つかった。メジャーな映画誌だから、当然とも言える。
紅里ちゃんの様子をうかがうと、軽く本の内容に目を通しているようだった。
小脇にはすでに数冊の雑誌が抱えられている。
流行というものは、追うだけでもそれなりのお金がかかるらしい。

暇を持て余すのももったいないので、僕も目に付いた雑誌を読んでみることにした。
好きなバンドの名前が表紙にあった、邦楽ロックの専門誌を手に取る。

映画ほどではないが、音楽も、さらに言うならロックを聴くのも好きだ。
とはいえ好きなのは、メジャーではなくても、それなりに知名度はあるようなバンドばかりだ。
コアなロックファンに怒られそうな立ち位置だけど、いまのところはそういう人種に出会ったことはない。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:48:11.70 ID:vFF4Tg8J0
 
目次を確認して、好きなバンドのページを開く。
同時発売されたベストアルバムと新曲についてのインタビューだった。
小さな文字でびっしりと書かれた、インタビューを読みふける。
曲に秘められた意図を理解しようと、意識を集中する。
それこそ、時間を忘れて。

('、`*川「ショボ?」

(;´・ω・`)「うわっ」

だから、紅里ちゃんがいつの間にか背後に立っていて。
肩をつついても、呼びかけてくるまで気付きもしなかった。

('、`*川「もういい?」

(;´・ω・`)「う、うん」

急いで元あった場所に雑誌を返す。
他の雑誌にひっかかった時、表紙に少し折り目がついてしまったのは見なかったことにした。

ちなみに、紅里ちゃんがひと重ねにして持っている本の厚みは、さらに増していた。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:52:09.39 ID:vFF4Tg8J0
 
('、`*川「ごめんね、待たせちゃって」

そう謝りつつ紅里ちゃんは鞄に買った雑誌をしまう。
少なくとも、僕が本屋では使ったことのないような金額を見た時にはさすがに驚いた。
ただ、雑誌を入れたビニール袋が凶器にできそうな厚みになっていたのには、もっと驚いた。

(;´・ω・`)「しょうがない、よ」

努めて普段通りに喋ったつもりだったが、渇いた笑いが混じる。
そう遠くないクリスマスに、僕は紅里ちゃんが満足できるものをプレゼントできるのだろうか。
センスや、金額や、その他ありとあらゆる面での心配が、脳裏をかすめていった。

('、`*川「次はどこ行く?」

(´・ω・`)「次か……紅里ちゃんは他に行きたいところある?」

('、`*川「あると言えばあるかな」

('ー`*川「でも、ショボが行きたいところがあるなら、先にそっちに行ってみたいな」

じゃあ、そこに行こう。
そう言いかけた瞬間に、まっすぐ向けられた、好奇に満ちた視線。
思わず声を飲み込んだのは、ほとんど反射のようなものだった。

〜〜〜〜〜〜

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 20:56:18.43 ID:vFF4Tg8J0
 
紅里ちゃんがいいと言ってくれたので、本屋に隣接されたレンタルDVDショップを回った。
そして、今度は彼女のリクエストに応えるべく、来た道を戻っていく。

目指すのは、立ち並ぶ多くの店の、どれとも似通わない様相の建物。
クリーム色の壁に、ポップな文体の英字が描かれていて。
昼間から看板にネオンの灯りをともした、ゲームセンター。

店内に入ると、様々な機械の音が混じった騒音が、一気に耳へと流れ込んできた。
うるさいことには変わらないが、ゲームセンターだと考えれば仕方ない。
普段なら、そう思える音量だ。

(´・ω・`)「紅里ちゃんはよく来るの?」

('、`;川「え、なに? よく聞こえなかった!」

ただし。
紅里ちゃんと会話する時には、このうえなく邪魔だ。
機械が全部止まってしまえばいいのに、なんて思ってしまった。

(;´・ω・`)「よく来るの?」

('、`*川「最近はあんまり。前は学校帰りに来たりしてた」

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:00:21.40 ID:vFF4Tg8J0
 
お互いの耳元で、まるで遠くに呼びかけるようなトーンで会話する。
もしも、同じことを誰かがしているのを僕が見つけたのなら。
こっそりと、頬を緩ませつつ眺めるだろうな、と思った。

現に、大学生らしきカップルやグループが、ばれていないと思ってこちらを見てくる。
かなり恥ずかしい。暖房のせいにするには、あまりにも体が熱い。
同じ学校の生徒がいないのは、不幸中の幸いだった。

(;´・ω・`)「僕、よく分からないから紅里ちゃんに全部任せるけど、早く撮ろうよ」

('ー`*川「おや、照れてる? ねえねえ、注目されて照れちゃってるの?」

(;´・ω・`)「とにかく早く!」

('ー`*川「はーい」

意地の悪い笑みを浮かべてから、紅里ちゃんが歩き出す。
逃げるように床を見つめ、その後ろについていく。
彼女に少し遅れて、床が黄色から白に塗り替わった境目をまたいだ。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:04:27.79 ID:vFF4Tg8J0
 
だいぶ汚れてしまった白い床の上には、漫画でよく見るキラキラとしたエフェクトが、ラメで描かれている。
顔を上げれば、床と同じような柄の、プリクラの機械。
目元にばっちりとメイクをした女性の写真が、機械の横に載せられている。
ギャルのカリスマ、とか呼ばれていそうだ、と勝手ながら思った。

('、`;川「ありゃ、先に入られちゃってる」

紅里ちゃんは近くではなく、奥の方にある機械を見て、そう言った。
それから、あれがよかったんだけどな、とぼやいて立ち去る。
違いはよく分からないけれど、きっとこの機械がお気に入りだったのだろう。

紅里ちゃんを追いかける前に、なんとなく振り向いて中の様子をうかがってみる。
見慣れたスカートが、ちらりと見えた。うちの学校の生徒だった。

まだ出てくる気配はない。それでも、なるべく早く遠ざかろうと、早足でその場をあとにした。
同じ学校の人間にデートを見られたら、さっき以上に恥ずかしい。
正しくは、締まりない笑顔を浮かべているであろう自分を見られたら、だ。
それに、ふたりの時間は、できればふたりだけが知っているものであってほしかった。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:08:08.19 ID:vFF4Tg8J0
 
('、`*川「どうかした?」

紅里ちゃんは、別の機械の前で僕を待っていた。
当然、その中には誰もいない。
当たり前のことなのに、ほっとしてしまった。

(;´・ω・`)「いや、うちの生徒っぽかったから、びっくりしただけ」

('ー`*川「プリクラコーナーにいるのを見られるのって、やっぱ男子は恥ずかしいものなんだ」

紅里ちゃんといっしょにいる時でないなら、それで正解だと思う。
はたから見ていると、この一画には男子禁制の雰囲気が満ちているような気がしてならない。

(;´・ω・`)「ま、まあ……」

だから、僕は曖昧にうなづいた。
本当のことを言って、紅里ちゃんといっしょにいるのを見られるのが恥ずかしい、なんて思われたら困る。
誤解のないように理由を話したり、きちんと勘違いだと説明したりできる自信も、なかった。
焦って取り返しのつかないことをするよりは、こうする方がいい気がした。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:12:10.40 ID:vFF4Tg8J0
 
('ー`*川「そっか。それでは、お望み通りすぐに撮ってあげましょう」

願いを叶えてくれる何かの真似をしつつ、紅里ちゃんが入り口の垂れ幕の向こう側へ消える。
 
追って僕も機械の中へ入る。
それほど広くない内部は、余りあるほどの光量で照らされていた。
ずっとここにいると目を傷めそうだと思った。

紅里ちゃんの動きをなぞるように、鞄を液晶の脇にあるスペースに置く。
スペースはそれほど大きくはない。ふたり分の荷物でほぼ埋まってしまった。
さっきの同じ学校の女子たちはどうしているのか、不思議でならない。

(´・ω・`)「いくら?」

('、`*川「200円だよ」

言われるがままに200円を手渡す。割り勘だから、一回400円。
写真を撮るだけでこの金額は、ちょっと高いと思ってしまう。
もう100円払って、クレーンゲームを6回する方が建設的な気がする。
この辺の感覚も、男女の違いの範疇なのだろうか。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:16:16.46 ID:vFF4Tg8J0
 
お金を入れると、音声が案内を始めた。
しかし、紅里ちゃんは耳を傾けようともしない。
大きなタッチパネルに映し出される選択肢を、よどみなく選んでいく。
何をしているのかさっぱり分からない僕は、お金を渡してから棒立ちのままだ。
 
('、`*川「よし、撮るよー。そこの足跡があるとこに立って」

(´・ω・`)「あ、うん」

言われるがまま、紅里ちゃんが指差した先にあった、足跡のそばに立つ。
すぐに紅里ちゃんも右隣にやってくる。
狭い空間の中で空気が動いて、またあの香りがした。
柑橘系の、僕にとっては伊藤紅里の匂いと言っていいような、あの香り。

('、`*川「あれがカメラね。あとは音声の通りにしてれば大丈夫だから」

肩と肩が、触れ合う。
香りが、より一層強くなる。

近い。

例えるなら、抱きしめる直前と変わらないほど。
僕はようやく、そこにまで意識が及んだ。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:20:27.14 ID:vFF4Tg8J0
 
ふたりきり、だ。
教室とは違う、人の目に怯える必要はない空間で。

そう思った瞬間、ぼんやり見つめていたカメラが光った。

('ー`*川「あはっ、ショボがなんかすごい緊張した顔してる」

紅里ちゃんの声が、僕に失せかけていた意識の輪郭を取り戻させる。
タッチパネルには撮り慣れた風なポーズの紅里ちゃん。
そして、真顔でピースする僕が映っていた。
それを見て、紅里ちゃんはおかしそうに笑っている。

(;´・ω・`)「え、あ……ごめん」

('、`*川「まだ何回か撮れるから、そんなしょぼくれないでよ」

緊張をほぐそうとしてくれたのか、僕の背中を紅里ちゃんの小さな手がぱん、と叩いた。
懐かしい響きに、僕は反射的に昔の記憶を思い出した。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:24:17.00 ID:vFF4Tg8J0
 
いまはともかく、小さい頃はそんなことをよく言われていた。
いつもしょぼんとしたような顔をしているから、ショボ。
いまでは親しい相手みんなが呼ぶあだ名を名付けたのも、彼女だった。
もう十年以上前のことだけど、はっきりと思い出せる。

そうしているうちに、幾分か緊張も和らいで、自然と笑えるようになっていた。

('ー`*川「お、まだ硬いけどいい笑顔ー!」

(;´・ω・`)「ちゃかさないでよ……」

シャッターが切られるまでのカウントダウンが始まった。
液晶の数字の減りに合わせて、大きく、聞き取りやすい音声が流れる。
それなのに、さっきは微塵も耳に届いていなかった。

どうも、かなりひどく気が抜けていたらしい。
最初の一枚はもらってもじっくりと見ないようにしよう、と思った。

やがて、この明るさでは必要ないとも思えるフラッシュが焚かれる。
今度の僕は、多少ぎこちないがきちんと笑えていた。
どこにでもいる、普通の高校生のカップルのようだった。
自分で言うのもおかしい話だとは思うけれど。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:28:14.05 ID:vFF4Tg8J0
 
('ー`*川「できれば最初から、その笑顔をしてほしかったんだけどなー」

言われて、頬を緩ませていたことに気付く。
右隣を見やると、紅里ちゃんが例のいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

耳たぶが一瞬で熱を持ったのが分かった。
触れれば、じゅっと音を立てて指が焼けそうなくらいに。

(;´・ω・`)「……うるさいなあ」

恥ずかしさに駆られて、すねたような口ぶりでそう言った。
からかわれた恥ずかしさと、思いのほか顔と顔が近かった恥ずかしさが、半々だった。

それにしても、いつもやられていることをやり返すのは、ちょっと気分がよかった。

('、`*川「あ、そんなこと言っていいのかな?」

(;´・ω・`)「ごめん」

('ー`*川「よろしい」

やっぱり、慣れていないことはやるべきではないかもしれない。

〜〜〜〜〜〜

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:32:04.96 ID:vFF4Tg8J0
 
買ったお茶を片手に、自販機の横に設置されたベンチに座る。
携帯を開くと、受信フォルダに画像の添付されたメールが届いていた。
画像は二枚。一枚は、あの二回目に撮ったプリクラ。
そして、もう一枚は。

('、`;川「それさ……まじまじと見ないでほしいんだけど」

三回目に撮った、紅里ちゃんが軽く僕の腕に抱きついているプリクラだ。

(´・ω・`)「見てもいいからデータでくれたんじゃないの?」

('、`;川「……それ選んだのショボじゃん」

そう言って、取り出し口から出てきたレモンスカッシュを、その場でぐいっとあおる紅里ちゃん。
その仕草がどう見ても銭湯のおじさんみたいで、おかしくて、可愛らしい。

(´・ω・`)「紅里ちゃんが言ったんでしょ。ふたりで一枚ずつ、好きな写真を選ぼうって」

('、`*川「……あんなこと言わなきゃよかった」

紅里ちゃんは唇を尖らせ、また缶に口をつける。
日頃、僕は年上の彼女のことを、自分よりずっと大人だと思っていた。
だけど、普段のわざとらしいそれとは違う、本当にすねている姿を見て、考える。
想像していたよりも、一歳という差は小さいものなのではないか、と。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:36:08.66 ID:vFF4Tg8J0
 
改めて、画像を見つめた。
画面の中の紅里ちゃんは、ぎこちない笑顔を浮かべている。
その顔はほんのりと赤く染まっている。
あくまで、他のプリクラと比べないと分からない程度に、だけど。

お互いに抱きついて、ラブラブな感じで。
三回目を撮る前に、そんな指示が出たのだ。

僕はもちろん、撮り慣れているはずの紅里ちゃんも、ためらってしまった。
告白した日には、あんなに簡単にできたのに。
そして、撮る直前になんとかこれだけできたのだ。

いま振り返れば、とても面白い光景だったと思う。
特に、僕と同じようにうろたえる紅里ちゃんの姿が。

(*´・ω・`)「……ふふっ」

思い出して、つい吹き出してしまう。

('、`*川「……なんか、くやしい」

聞こえた呟きに顔を上げる。
紅里ちゃんが面白くなさそうな眼差しを僕に向けていた。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:40:08.58 ID:vFF4Tg8J0
 
そして、そばにあったゴミ箱に、レモンスカッシュの缶を放り込む。
どうやら、あっという間に飲み干してしまったらしい。

('、`*川「……もういいや。ちょっとお化粧直してくる」

(´・ω・`)「分かった。いってらっしゃい」

するするとゲームの機械の間をすり抜けて、遠ざかっていく紅里ちゃんの背中を眺める。
崩れている風には見えないし、そもそも化粧自体が薄いから、直す必要はない。
そう思いはするけれど、口には出さない。
僕にだってそれくらいのデリカシーはある。

ひとりになると、途端に退屈を感じ始めてしまう。
紅里ちゃんといっしょにいる時は、バスで帰ることすら楽しいのに、不思議なものだ。

携帯をしまい、お茶を片手に、近くのクレーンゲームを物色することにした。
あまり遠くに行くと、紅里ちゃんが戻ってきても僕を見つけられないかもしれない。
かといって、このまま引き伸ばされたひとりの時間を過ごすのもごめんだった。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:44:13.57 ID:vFF4Tg8J0
 
クレーンゲームといっても、取れる景品は様々だった。
たくさんのお菓子がひとまとめにされたもの。なんともゆるい雰囲気のキャラのぬいぐるみ。
フィギュアも人気の少年漫画のものから、深夜にやっているであろうアニメのものまで揃っている。

ただ広いだけの片田舎のゲームセンターにしては、かなり充実しているように思えた。
片田舎だからこそ、気軽にできるクレーンゲームに力を入れているのかもしれないけれど。

それでも、目を引くものはなかなか見つからなかった。
僕はお菓子はそれほど食べないし、ぬいぐるみもフィギュアも集めていない。
あっても困らなさそうな、人気アニメのコップなんかもあったにはあった。
だけど、帰りにかさばるし、なにより使う気がいまいち湧かなかった。

もうすぐ全部見終わってしまいそうになった頃。
ふと、いかにも癒し系なキャラのイラストが目に入った。
機械の中には、いろんな表情やポーズを取ったキャラのストラップが山積みになっている。

紅里ちゃんにあげたら、喜ぶかもしれない。
そんなことを思って、なんとなく財布の中を覗く。
ちょうど、100円玉が5枚だけ入っていた。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:48:13.96 ID:vFF4Tg8J0
 
100円玉を一枚ずつ、投入口に入れていく。
最後の一枚を入れ終わると、残り回数の部分に6、と表示された。
この500円がプリクラよりも建設的な使い方になるかどうかは、僕にかかっている。

取りやすそうな位置にある、笑顔のストラップに狙いを定める。
横への移動は、狙い通りのところで止めることに成功した。
あとは、奥への移動で失敗しなければ、取れるはずだ。
奥に移動させるボタンに指を置いたまま、中をなるべく横から覗き込む。
ちょっとみっともない格好なだけに、幸いにも近くに人がいないのは好都合だった。

(*´・ω・`)「おっ?」

最初は少し手前で止めてしまったかと思った。
しかし、考えるのと、実際に指が動くまでの時間差のせいか。
クレーンは想像以上にいい位置で止まってくれた。
アームが開いて、ゆっくりとクレーンが降りていく。期待で胸が高鳴る。

(;´・ω・`)「あっ……ああ」

無情にも、アームはストラップを少し動かしただけだった。
上手くひっかかってくれなかったあたり、実は横移動の方が駄目だったらしい。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:52:13.99 ID:vFF4Tg8J0
 
二回目、三回目も狙い通りにはいかず、四回目。
また狙いとは違う位置にクレーンを動かしてしまい、諦めかけた時だった。

(;´・ω・`)「ああ……また、おっ?」

結論から言えば、またアームはひっかからなかった。
しかし、少し動いたストラップは偶然にも山の斜面を転がり。
そのまま、取り出し口まで落ちてきたのだ。

(´・ω・`)「……ははっ」

取り出し口からストラップを拾い上げて、まじまじと見つめた。
笑顔につられたのか、どうしようもなく、笑いが込み上げてくる。
諦めかけた時にこんな形で取れるなんて、無欲の勝利というやつだろうか。
すっきりはしないが、取れたことには変わりない。

ひとまず、このストラップはブレザーのポケットに入れておいた。
今日の別れ際にでも渡せばいいだろう。
できれば、喜んでもらえると、僕も嬉しい。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 21:56:26.74 ID:vFF4Tg8J0
 
クレジットはまだ、あと二回、残っている。
上手くいけば、もうひとつくらいは取れるかもしれない。
もしもそうなったら、ふたりで同じキャラのストラップを付けられる。
ペアのストラップだなんて、いよいよ本格的に恋人らしくなってくる。

(´・ω・`)「……いや。無欲だ、無欲」

ストラップの山を凝視する自分に、言い聞かせるように呟いた。
取れればラッキー、程度に考えてやった方が上手くいく。
前例があるからか、そんな気がした。

そんな思考が功を奏したのか、狙い通りにクレーンが動いた。
アームが開き、笑顔のストラップに向かってまっすぐ降りていく。
誰かに上から引っ張られるように、勝手に口の端が釣り上がる。

(;´・ω・`)「あっ」

もうすぐで下まで降りきる、という時。
アームはすぐ横にあった泣き顔のストラップにひっかかって、止まった。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:00:08.91 ID:vFF4Tg8J0
 
嫌な予感がした。
そして、そんな予感に限って的中してしまう。

どこにもひっかからないまま、アームが閉じた。
気の抜けた音を鳴らして、クレーンが上がっていく。
少なからず自信があったせいか、その様子を眺めていると、ため息が漏れた。

クレジットはあと一回残っている。
まだ一回ある、ではない。あと一回しかない。
不安に飲まれそうになりながら、手元のボタンに視線を落とした。

その時、足元で。
具体的には、取り出し口のあたりで、何かが当たる音がした。

まさか、と思い取り出し口に手を入れる。
ついさっき触ったばかりの感触を、指先に感じた。
握りしめたそれを、ゆっくりと取り出す。
すでに、その正体には確信を持っていた。

(;´・ω・`)「……あるんだな、こういうこと」

アームがひっかかっていた、泣き顔のストラップが、手の中にあった。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:04:10.15 ID:vFF4Tg8J0
 
アームが当たったことで滑り落ちてきたのだろう。
こんな取り方を二回もできるなんて、幸運だったとしか言いようがない。
一回目に感じた、どこか消化不良な感覚はなかった。
逆に、晴れ晴れとした気持ちですらあった。

紅里ちゃんにあげるストラップとは、反対側のポケットにしまう。
同時に、適当にボタンを押して、最後の一回を終わらせた。
気持ちに余裕ができると、もったいなさは感じなくなるらしい。

クレーンが元の位置に帰るのを待たずに、元いた場所へと戻る。
紅里ちゃんはまだ帰ってきていなかった。
ブレザーのポケットを上からいじりつつ、トイレのある方向を眺める。
ときおり、にやけそうになるのをこらえながら、紅里ちゃんの帰りを待った。

数分後、向こうから歩いてくる紅里ちゃんを見つけ、ポケットから手を離した。
それから、さっきと変わらない様子を装えるよう、一度、深呼吸をする。
頭の中で渡す時のシミュレーションを、何度も繰り返す。

付き合う前なら、口から心臓が飛び出そうなほどに緊張したと思う。

だけど、それもいまは昔。
告白の時を思えば、とても簡単なことに感じられた。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:08:14.91 ID:vFF4Tg8J0
 
('、`*川「ごめーん、待っ……へ?」

突然、紅里ちゃんは立ち止まり、呆けた顔で僕を見つめてくる。
何もいじっていないはずだが、僕の格好にどこか変なところがあるのだろうか。
体中を見て、触って確かめてみる。しかし、特別おかしい部分は見当たらない。

('、`*川「……ゆきだ」

(´・ω・`)「え?」

直接聞いてみようと思い、顔を上げた瞬間。
僕の後方を指差して、紅里ちゃんが呟いた。

言葉の意味を飲み込む前に振り向く。
窓の外では、灰色に染まった空から、はらはらと白が剥がれ落ちていた。
そこでようやく、紅里ちゃんが雪のことを言っているのだと気付いた。

しばらくの間、僕たちは無言で外を見つめていた。
ゲームセンター特有の喧噪も、どこか遠くから聞こえているように思えた。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:12:07.77 ID:vFF4Tg8J0
 
('、`;川「……あ、わたし傘持ってない。最悪」

(;´・ω・`)「……僕も」

はっとしたように紅里ちゃんが愚痴る。
途端に、騒がしさが戻ってきた気がした。

それにしても、天気が崩れるとは聞いていたけれど、まさか雪になるなんて。
もう降ってもおかしくない時期とはいえ、準備は何もしていない。
口惜しいけれど、早めに帰った方がいいと思った。

(´・ω・`)「……帰ろうか」

何気ない一言のはずなのに、どうも上手く声に出せなかった。

('、`*川「……そうだね……バス来るかな」

少し間を置いて、紅里ちゃんが言った。
携帯の画面を見つめる表情は、どことなく寂しげだった。
明るい彼女がそんな表情をしているのは、あまり見たくない。
けれど、その理由が、僕と同じように、この時間の終わりを惜しんでいるせいだとしたら。

それがよくないことだと分かっていても、嬉しい、と思ってしまう。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:16:27.79 ID:vFF4Tg8J0
 
('、`*川「あ、ちょうど来るよ。あと6分」

(´・ω・`)「じゃあ、もう出ようか」

こんな時に限って来てしまう、一時間に一本のバスが恨めしかった。
お茶を鞄にしまって、重い腰を上げる。

('、`;川「うわ、ちょっと積もってる……」

紅里ちゃんについていくようにして、外に出る。
行きよりもさらに冷え込んだ空気が、体を撫でた。
意思とは関係なく、体が大きく震えた。
雪の勢いはこの時期にしては強く、すでに地面にはうっすらと雪が積もっている。

(´・ω・`)「結構降ってるね」

('、`;川「明日の朝が怖いなー……」

ゲームセンターの入り口からまっすぐ進んで、道路を横切る。
すぐそばに横断歩道はあるが、バス停とは反対方向だ。
幸い、車は来ていなかった。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:20:14.72 ID:vFF4Tg8J0
 
「きゃっ……雪入ったー、もう!」

紅里ちゃんの小さな悲鳴と、少々ヒステリックなぼやきが聞こえてきた。
車道の薄汚れた、シャーベット状の雪を踏みつけてしまったらしい。
あちこちに散らばっているせいで、よけるのはなかなか難しいから無理もない。
かくいう僕も、視線はずっと足元に固定されたままだ。

('、`;川「靴の中、気持ち悪い……」

(;´・ω・`)「……災難だったね」

道路を渡り切ってから、ローファーをぱたぱたと動かして、改めてぼやく紅里ちゃん。
渡っている最中は気付かなかったけれど、僕も足元がなんだか水っぽい。
いっそ気付かなければよかったかもしれない。

('、`;川「はあ……」

ため息をついて、紅里ちゃんはバス停へと歩き始める。
僕も小さくため息をついてから、その背中を追った。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:24:16.38 ID:vFF4Tg8J0
 
紅里ちゃんに追いついて、行きと同じように彼女の左側を歩く。
会話はなかった。相変わらず紅里ちゃんは、足元を注視していた。
雪のせいか、車も来ない。町は冬特有の静けさを帯び始めていた。

いましかない、と思った。

(´・ω・`)「紅里ちゃん」

('、`*川「なに?」

ポケットの中に手を入れる。
冷えた指先に、じんわりと熱が沁みていく。

(´・ω・`)「これ、よかったら」

温かさを惜しみつつ、ストラップを取り出した。

('、`*川「……なに、それ」

笑顔のストラップの向こう側で、紅里ちゃんが呟く。
声は冷たい空気を、空虚に震わせて、すぐに白い吐息の中に溶けた。
考えるより先に、とっさに出た言葉なのだと思った。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:28:07.44 ID:vFF4Tg8J0
 
(´・ω・`)「紅里ちゃんがいない間にクレーンゲームで取ったんだ。これも」

そう言って、反対のポケットからもストラップを取り出す。
こちらはなんだか、急な雪に泣いているようにも見えた。

(´・ω・`)「だから、こっちは紅里ちゃんに持っててほしいな、って思ってさ」

笑顔のストラップを差し出す。
ストラップが揺れる様を、紅里ちゃんはまじまじと見つめていた。
受け取ろうと手を動かす気配を、微塵も見せないまま。

まさか、気に入らなかったのだろうか。胸に一抹の不安がよぎる。
少しうつむき加減の紅里ちゃんの表情は、いまいち読み取りづらい。

数瞬の間、紅里ちゃんの視線がストラップから足元へと外れた。
悪い予感が当たった気がして、心臓に鳥肌が立つような感覚を覚えた。

突然、紅里ちゃんが立ち止まった。
足元からストラップへ。
そして、ストラップから僕の顔へと、視線が移って。

('、`*川「……いいの? もらっちゃって」

紅里ちゃんとしては珍しく、小さな声で、そう訪ねてきた。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:33:03.35 ID:vFF4Tg8J0
 
(*´・ω・`)「……いいに、決まってるでしょ」

自然と頬が緩んだ。
胸から全身へ、体温に似た温かさが広がる。
吐き出した吐息は、とびきり白く染まっているように見えた。

('、`*川「……じゃあ、もらう」

差し出された紅里ちゃんの手のひらに、ストラップを乗せた。
紅里ちゃんは受け取ったそれを隅々まで触ったり、眺めたりしている。
まるで、壊れ物を扱うかのように慎重な手つきだった。

やがて、紅里ちゃんはストラップを付けずに、鞄の小さなポケットに入れた。

('ー`*川「……ありがと、ショボ」

同時に小さく微笑んで、ささやかれたお礼の言葉。
上目遣いに僕を見る、眼差し。

今日は、冷え込んでちょうどよかったと思った。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:36:39.52 ID:vFF4Tg8J0
 
どちらからともなく、再び歩き出す。
だんだんと近付いてくるバス停が、いまは憎らしい。
できるなら、この時間をコマ送りしたかった。

春が来たら別れるなんて嘘な気がした。
これがふたりで見る最後の初雪だなんて、到底思えなかった。
紅里ちゃんが進学しても遠距離恋愛が続いて、会った時にはこうして並んで歩く。
気分がいいからか、そんな未来に確信めいた予感を抱いていた。

これから訪れる未来を、思い出している。
この感覚を説明するには、それが一番しっくりくる表現だと思った。

多幸感に浸りながら、紅里ちゃんを見た。
肩と髪に、綿のような雪が触れては消えていた。


( 、 *川


紅里ちゃんは視線を伏せたまま、ずっと僕らの行き先を見ていた。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/14(木) 22:39:05.43 ID:vFF4Tg8J0
 
(´・ω・`)エンドロールは滲まないようです('、`*川

第二話 先行フラッシュバック

おわり


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