(´<_` )悪魔と旅するようです?2ch.net
1 名前: ◆p9o64.Qouk[ageteoff] 投稿日:2014/12/22(月) 14:05:17.41 ID:hVCHkjj40
  
「酷く傲慢な願いだな。
 いや、実に人間らしいとでも言えばいいのだろうか。
 久しく聞かぬ願いではあるが、ありふれた願いでもある」

闇が箱から飛び出す。
子供は驚きのあまり箱を投げ出し、地面に尻をつく。

「一人ではなく、四人もの人間を甦らせろと。
 長く人の願いを叶えてきたが、今までにない人数だな。
 子供故の貪欲か? 孤独からくる渇望か?
 どちらでもいい。オレはあんたを気に入った」

ゆらゆらと揺れる闇は、どこからか声を出し、笑っていた。
それが不気味で、子供は今さらながらに己のしでかした行為に恐怖する。
やはり、これは人が手をつけるものではなかったのだ。



(´<_` )悪魔と旅するようです


まとめ様
http://boonrest.web.fc2.com/genkou/akuma/0.htm
REST〜ブーン系小説まとめ〜 様  (二話目まで)
http://lowtechboon.web.fc2.com/devil/devil.html
ローテクなブーン系小説まとめサイト 様

2 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:08:11.53 ID:hVCHkjj40
      レンボ
第八話 牢獄


雨を鬱陶しく思っていた季節が終わった。
人というのは身勝手なもので、そうなると雨の冷たさを懐かしんだりしてしまう。

(´<_`;)「毎年のこととはいえ、この季節は暑いな」

弟者はじわりと浮き出てくる汗を拭う。
二、三の小さな雲と直視できないほどに輝いている太陽を備えた青空を見上げる。

木々のある場所を抜けた今、弟者は特に日差しを遮るものがない道を歩いていた。
日よけの笠を被っているとはいえ、頭の真上からじりじりと焼かれるような熱さを感じずにはいられない。
せめて風でも吹いていれば少しは熱さも緩和されただろうに、今日という日は空気までもが停滞している。

留まり、熱せられた空気は足を進める弟者に寄り添い、何ともいえぬ不快感を抱かせていく。
空から降り注ぐ熱さは弟者から体力と水分を奪う。
旅をしている者にとって厄介なのは後者の部分だ。

体力が奪われれば進める距離が短くなる。
水分が奪われれば貴重な水が足りなくなってしまう。

(´<_`;)「もう町が見えてきてはいるんだが……」

弟者が持っている水筒にはもうわずかな水しか入っていない。
道中、綺麗な池があったので補給をしたのだが、それでもまだまだ足りない。
元々細い目をさらに細め、遠くを眺める弟者の喉はカラカラだ。

3 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:11:11.13 ID:hVCHkjj40
  
幼い頃、太陽の下で駆け回っていると、必ず大人が声をかけてきた。
しっかり水を取れ、時々は木の影に入って休め。
当時の弟者は、毎度毎度の言葉に面倒くささを感じながらも適当な返事を返していた。

今になって思えば、血縁関係もない大人の目や声が自分達を守ってくれていたのだとわかる。
あの時は水分の大切さも、じりじりと身を焼く光の恐ろしさも知らなかったけれど、
それなりに成長し、多くの物事を理解できるようになった。

(´<_`;)「井戸があるって環境はすばらしいものだったんだな」

いつでも冷えた水が飲めたありがたみをしみじみと感じる。
今となってはは、たった一滴の水でさえ飲むのを躊躇うほど貴重なものだ。
そう簡単に口にすることなどできない。

(´<_`;)「だが、町にさえ着けば……」

弟者は言葉を口にし、己を鼓舞する。
町や村は、人が定住することによって出来上がる。
当然、そこは人が住むに適した場所であり、水という生きていく上で必要不可欠な要素が欠かれることはない。

まれに干害にあった村というのも見かけるが、先日の雨季を思えばこの辺りは水が満ち満ちているはず。
冷え切った水を喉に流し込むことも可能なはずだ。

頭の中での冷たさに癒されながら、弟者は目の上に手をかざし影を作る。
彼の目には目的地である町が映っていた。

4 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:14:05.98 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「ずいぶんと立派な町のようだな」

弟者の目線の先には、水の心配どころか、宿や食事の心配も不要そうな町が見える。
否、正確には、町を囲む高い塀が見えていた。

( ´_ゝ`)「今まで旅をしてきたが、あれほどの塀を見たのは初めてだな。
      建てる労力も凄まじいものだっただろうが、維持し続ける労力も並ではないだろう。
      あの内側にはどのような空間が広がっているか、今から楽しみだ」

何もなかった空間に、にゅるりと兄者が現れる。
悪魔である彼には実体がないらしく、地面に新しい影を落とすことも、弟者のための日除けになってくれることもない。
ただただ、小五月蝿く口を挟んでくるだけ、神経を逆撫でるだけの存在だ。

(´<_` )「……おい。絶対に出てくるなよ?
      あの内側に入った瞬間に出てくるなよ?」

弟者は念を押すように何度も言う。
相手がその言葉を素直に受け止めるとは思えないが、それでも言わぬよりは良いはずだと、
半分以上は投げやりな気持ちが占めている言葉だった。

( ´_ゝ`)「それは、やれ、ということか?
      お望みとあれば出てやってもいいが、困るのはあんただろう。
      とはいえ、こちらも出ない、という約束はしないが」

予想通りとでも言えばいいのだろうか。
兄者は飄々と笑い、弟者の言葉が持った意味意思をかき消してしまう。

互いに短い付き合いではない。
このようなやりとりも日常の一部といってもいいくらいにはなっていた。

5 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:17:07.16 ID:hVCHkjj40
  
弟者は兄者から目線をはずし、町の方角を見る。
先にあるのは中の様子が見えぬように立てられた、相応の高さがある塀。
抜け殻を寄せ付けぬために建てられているそれは、次に訪れる町がそれなりに大きく、発達していることを示していた。

今まで訪れてきた村や町にも抜け殻対策がなされているところは多くあったが、
その大半は抜け殻に知性がないことに頼り、簡単な柵で周囲を囲む程度。
下手をすれば、抜け殻がやってきたことを知らせる鐘はあれども、他に対策はなされていない村もあった。

村や町といった敷地を囲むような物を作るには手間隙がかかる。
維持をするのも簡単ではない。
野生動物の突進や歯によって一部が壊されてしまう、ということもままあることなのだ。

(´<_` )「言葉の通りに受け取れ。
      絶対に、出て、くるな」

厳しく、冷静に返す言葉には真剣さが色濃く出ている。
彼は冗談や日常会話の延長線上で言葉を発しているわけではない。

しっかりとした整備がなされている町には相応の体制がある。
自治も行き届いており、悪魔憑きであることがばれてしまえば、その時点で取り押さえられかねない。
否、それだけですめばいいが、下手をすれば殺されるということさえ考えられる。

入ること自体は簡単であることがまた悩ましい。
あくまでも抜け殻から身を守るために作られている塀であるため、自我を持った人間であれば簡単に入ることができる。
一見すればただの人と変わらぬ弟者ならば、容易く入ることが可能だ。

7 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:20:20.61 ID:hVCHkjj40
   
そうして、塀の内側は安全だと信じている人々が弟者に悪魔が憑いていることを知ればどうなるか。
問題にすらならない問いかけ。

( ´_ゝ`)「はてさて。それは確約しかねる。
      あんたに歯向かいたい年頃、というわけではないけれど、
      町の内側がどうなっているのか、オレは興味津々だ。
      安全とは閉鎖と似通っている。閉鎖された空間は独特の臭いを持つ。
      それを見るのは楽しみだ。もしかすると、うっかりしてしまうことなんかもあるやもしれん」

(´<_` #)「やめろ」

( ´_ゝ`)「たった一つの願いを叶えてやるのがオレの役目。
      それ以外の願いにオレは拘束されないし、される必要がない。
      オレとあんたは互いに自己を尊重しあう関係でなければならない。
      あんたは知性のある相手を過度に見下げたり、一方的に、屈辱的に使役したりするような人間ではないだろ?」

(´<_` #)「オレは他人を使役したいだとか思ったことはない。
      悪魔もそうだ。オレは悪魔使いになりたいわけでも、
      悪魔に魂だとか寿命だとかを売ってまで叶えたい願いがあるわけでもないからな」

( ´_ゝ`)「ならオレを縛ってくれるな。
      楽しいもの、面白いもの、興味深いもの。
      それらをこの目に映し、できることならば触れたい、と思うことが悪だというのか?」

(´<_` #)「お前を縛るつもりなど毛頭ありはしない。
      だから、とっとと好きなところに消えてくれ!」

8 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:23:11.09 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「好きなところにいるじゃないか。
      あんたを気に入って、あんたの願いを叶えたいと思い、オレはここにいる。
      願いを叶えてやるまでの間、ちょっとした空き時間、それを別の楽しみで埋めたいだけだ」

(´<_` #)「その楽しみとやらで消費されるオレの貴重な時間のことを考えてほしいものだ。
      オレから離れるつもりがないのなら、せめて人前では姿を現さない、と約束してほしい」

( ´_ゝ`)「それはできない。
      オレは正直者、約束は守る悪魔だ。
      故に、違える可能性が大いにある約束はできない」

(´<_` #)「違えるな!」

弟者の悲痛な怒声が周囲の空気を強く揺らした。

兄者の言葉を冗談として流すことはできない。
実際、兄者は興味の赴くままに姿を見せることがままあるのだ。
目に見える未来は碌なものではなく、それを回避するために無駄だと知りつつも弟者は声を張り上げる。

( ´_ゝ`)「無論。あんたとの約束を違えるつもりはない。
      そう言っているではないか。
      あんたはオレの口から出た言葉を丸々信用してくれて構わないのだぞ」

(´<_` #)「欲する約束が受け入れられていなければ意味がないし、
      悪魔の言葉など四方八方どこから見ても信用できるものか」

9 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:26:08.55 ID:hVCHkjj40
  
この調子では、今回だけは、等という希望に満ち溢れた考え方は到底できそうにもない。
旅でもしていなければお目にかかることもなかっただろう程に栄えた町であるようだが、
今回もまたゆっくりと堪能させてもらえないだろう。

身に宿る悪魔が余計なことをしでかさないうちに町を出なければならない。
旅に必要な最低限の物を購入し、その途中で悪魔使いの情報を得る。
それらをこなせば後はそそくさと逃げるようにして次の町を目指す。

いつも通りすぎることで、それでもやはり慣れることなどない。
出会った頃から変わらず腹が立つし、とっととこんな生活から離れたいと願う。
多大な対価と引き換えに願いを叶えてくれるはずの悪魔がこんなにも傍にいるというのに、
抱えている中でも最も優先順位の高い願いが叶えられないというのは、いったいどういうことなのだろうか。

弟者は思わずため息をつく。

( ´_ゝ`)「怒りを吐き出すことをやめたと思ったら次はため息か。
      あんたの感情もあちらこちらと忙しいことだ。。
      何が不服なのかは察しもするが、どうにもできないことなので触れないでおくとしよう。
      それよりも、新たな町、栄えた町、という喜びで気持ちを上塗りすることを勧めておく」

(´<_` )「ああ、是非ともそうさせてもらいたいね。
      だから、一先ず引っ込んではもらえないだろうか」

( ´_ゝ`)「おやおや。もうすぐ町につき、あんたの身の内に潜まねばならぬというのに、
      それまでのわずかな自由すら満喫させてもらえないというのか。
      実に寂しく、実に悲しい」

10 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:29:30.97 ID:hVCHkjj40
  
以前、とある村に立ち寄る前にも兄者は似たようなことを言っていた。
これから身を潜ませなければならないから、会話を楽しみたいのだと。

(´<_` )「……お前はいつかの日、村に滞在している間は決して人前で姿を現すことはなかった。
      あのときのようにオレの中で潜んでくれやしないものか」

( ´_ゝ`)「いつかの日とはどの日のことだろうな。
      幾つもの村を通ってきた。その内、全く姿を現さなかったこと、というのは、多くはないが極々少なかったということもない。
      気になるものがなければ当然、姿なんぞ現さなかったし、
      オレにとっての不都合が起こる場合も姿は見せなかった。
      果てさて。あんたはどれを指しているのだろうか。
      そして、どれを指しているにしても、今回は当てはまることがないから諦めてもらうほかない」


弟者は舌打ちをする。
確かに、今回はどれにも当てはまらないだろう。

栄えた町は間違いなく兄者の興味を引くだろうし、
季節柄、町から追い出されても死にはしない。
食料品は買っておきたいところではあるが、最悪の場合は自生している植物を食べることもできる。

(´<_` )「オレも運がない」

悪魔に憑かれたことも、
せっかくの町を楽しむことができそうにないことも。

12 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:33:07.87 ID:hVCHkjj40
  
全ての始まりであり、原因である悪魔を視界の端に収め、
弟者はソレのいない生活を想像してみた。
悪魔憑きとしてではなく、普通の人間として生きる己。

それは、穏やかで、他人を気にする必要がない生活だ。
一定の場所でゆるりと暮らすことができ、
人と関わってみたり、一人の時間を過ごしてみたり。
そうやって時間が流れていく。

おそらく、そんな生活の中には、今はまだ知りえない苦労もあるだろう。
旅をしていた時間に思いを馳せることもあるのだろう。
同じ日々の繰り返しに飽き飽きすること、隣り合う人々との関係性。
徹頭徹尾幸せでなど、あれるはずがない。

けれど、それはとてつもなく甘美だった。
想像するだけでも心が凪ぐような幸せがそこにある。
その幸福は、ほんのわずか、弟者自身でさえ知覚できないような寂しさを優しく包み込んでくれるだろう。

( ´_ゝ`)「そんな遠い目をしてどうした。
      先のことを考えることを悪と断ずる気はないが、
      今からあれやこれやと考えてもしかたのないことの方がずっと多い。
      思考に一区切りつけるのも大切なことだとオレは思うぞ」

(´<_` )「お前という操作もできなければ予測もしづらい存在がいなければ、
      区切りとやらもつけられただろうな」

一寸先が闇すぎるからこそ、十も二十も先のことを考えずにはいられない。
遠すぎる未来というのは、自由な世界でもあるのだ。

13 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:36:47.18 ID:hVCHkjj40
  
それにしても、と弟者は汗を拭いながら言葉を吐く。

(´<_`;)「日中には着きそうではあるが、まだ遠いな……。
     こう暑いと動くのも面倒だというのに」

早く町の店先で冷たい水でも頂きたい。
ひんやりと冷えた野菜や果物でもあれば最高だ。

( ´_ゝ`)「冬は凍え、夏は茹だる。
      自然の摂理だ。美しい四季だ。緩やかに巡る世界を知る術だ。
      それらのない世界に比べれば、日々の移り変わりを体感できて素晴らしいいと、嬉しいと、
      声高に叫んだっていいくらいなのだから、そう嫌そうな顔をするもんじゃない。」

(´<_`;)「嫌な顔を一つや二つがなんだ。
     そりゃあ、四季折々は美しく、オレ達には聞くことのできない一年の歩みを知る術ではあるがな、
     暑いものは暑く、寒いものは寒い。
     そうして、それらはオレ達、人間が動くことを阻害しがちだ」

( ´_ゝ`)「心頭滅却すれば、とは誰の言葉だったか。
      あんたもそのカッカッしやすい頭を冷やせば、感じる暑さを軽減させることができるんじゃないか?
      見ろ。高い青空と、揺れる緑を。
      これほど生命力にあふれ、気持ちを高ぶらせる季節はあるまい。
      生まれる春とも、産み落とす秋とも、死にゆく冬とも違う」

14 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:39:22.12 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「オレは気が長いほうである、とは言わないが、短くもないぞ。
     極普通の人間。一般的なそれだ」

( ´_ゝ`)「到底、そうは思えないがな。
      特に、近頃のあんたは、ことあるごとに苛立っている。
      野宿をして虫にくわれては怒り、水辺がないことに怒り、時には太陽にさえ怒りを向けている。
      どれもこれも自然の営み。怒ったところで仕方のないことはわかっているだろうに」

兄者は呆れた、といわんばかりに息を吐き、首を横に振る。
芝居じみた大げさな動きは今に始まったものではないが、さらりと流せるものではない。

(´<_` )「自然のことだから、と笑っていられる人間がこの世界にどれほどいる。
      雨も地震も雷も、どれも天から与えられし試練で、苦しいものだ。
      人はそれを恨むことも、苛立ち唾を吐くこともある。そういうものだ」

( ´_ゝ`)「難儀なものだ。恨んだところで、腹を立てたところで、現実は何も変わらないというのにな。
      しかし、自然が起こす理不尽に大きな感情を抱けるような部分もオレは好ましく思っているぞ。
      無感情な生き物は面白くないからな。
      故に、オレは自然の事象に感情を向けるあんたを否定したりはしない。
      ただな、暑さという、我慢しようと思えばできる、毎年毎年当たり前にやってくることくらいには、
      寛大な心を持っていなければあんたの細い神経が引きちぎれてしまうぞ」

(´<_` #)「誰の神経が細いって?」

細かな男であるつもりは全くない。
どちらかといえば、神経は太いほうだとさえ思っている。
何せ、己が身に宿った悪魔が散々なことをやらかしてくれるのだ。
多少のことには耐性がつくというもの。

15 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:42:23.89 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` #)「そもそも、オレは元々、夏という季節が嫌いではなかった」

紡がれる言葉は過去形だ。
そこに含まれる意味など一つしかない。

( ´_ゝ`)「嫌いではなかった。
      つまり、今は嫌いなのだな。
      そうして、昔は嫌いではなかったと。むしろ、好きだった、というわけか」

(´<_` #)「そうだ。オレは夏という季節が好きだった」

眉間にしわを寄せ、日差しを受けながらも焼かれることのない兄者を睨む。
いつも通り弟者のやや上に姿を浮かべている彼へ目を向ければ、
太陽の強い光が弟者の目をわずかに焼きにかかる。

(´<_` )「暑い、暑いといいながらも、その暑さを楽しんでいた。
      水に足を浸したときの感覚を、影を作った店先から眺める青い空を、
      団扇を持つ村の人々を、オレはいつも好ましく思っていた」

定住している間、夏というのは今ほど辛いものではなかった。
干ばつでも起きれば話は別だけれど、基本的に暑さは村のあちらこちらにできる影でしのげたし、
夏には夏の楽しみというものが山のように存在していた。

ひっそりと行われる祭りも、弟者にとっては楽しみの一つだった。
日が暮れ、じわじわとした暑さが緩やかに冷え始めたころ、村人達が広場に集まってくる。
その光景を見るだけで、いつもと違った非日常に心躍らせたものだ。

16 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:45:12.40 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「気にすることはない。
      幼き頃は好ましく思っていたものを成長と共に嫌いになっていくなどよくある話。
      時折、そういった自然現象に罪悪感を抱く者がいるが、それはとんでもない思い違いだ。
      感性の変化も立派な成長。物事を知った証。
      好むことも、嫌うことも、時を歩んだからこそだと胸を張ればいい」

兄者は口角を上げたまま弟者の胸を軽くつついた。
痛くも痒くもない振動を受けとめたと殆ど同時に弟者はその指を振り払う。

(´<_` )「成長による感性の違いならどれだけ良かっただろうな。
     オレが夏を好ましく思わなくなった原因は間違いなくお前だよ」

( ´_ゝ`)「やれやれ。言いがかりも甚だしい。
      あんたの好きな夏をオレが壊したとでも言うのか?
      オレは水に足を浸すことを咎めた覚えはないし、青い空を消してしまったこともない。
      団扇を持とうとする誰かを阻害したこともない。
      さて、それでオレはあんたに何をした?」

(´<_` #)「確かにお前はそれらのことはしていない。
      水も空も変わらずあり、人々は今も団扇を持っている。
      だがな、オレがそれを心行くまで堪能することはなくなってしまった」

( ´_ゝ`)「何故だ。オレがいるからといって遠慮することはないぞ。
      童心に返って泥遊びをしたって構わない。
      誰彼構わず言いふらすようなことはしないし、子供だと馬鹿にもしない。
      あんたの自由に。やりたいように。さあ、するといい」

(´<_` #)「誰がするか!」

18 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:48:16.56 ID:hVCHkjj40
  
不愉快を前面に押し出した表情で、弟者は吐き出す。

(´<_` #)「いいか? オレは旅の途中だ。それも急ぐ旅。
      水遊びに興じる時間も、安住の地で空を見ることも、仲の良い誰かを作ることもできない」

生活の基盤がない。
それは人間に負荷をかける。
重くのしかかったそれは、好きだったものをそうと言いきれなくするだけの圧を持っていた。

旅をしろと兄者が強制したわけではない。
しかし、留まる選択肢など始めから存在しておらず、結局、弟者が選び取れるものなど一つしかなかった。

(´<_` #)「炎天下の中、ひたすらに歩かされるのは苦痛だ。
      水がなく死ぬような目にあうのは嫌だ。
      涼しげな音の一つも聞けないような夏はお断りだ」

( ´_ゝ`)「そう言いはするが、悪魔憑きにならず村に住み続けていたとして、
      炎天下の中でひたすら仕事をすることも、水不足に苦しむこともあっただろう。
      心地よい鈴の音も、困窮に瀕すれば聞けない年があってもおかしくはない。
      オレがおらずとも成長したあんたが夏を好ましく思わなくなる可能性は大いにあったはず。
      悪魔のせいにするよりも、己の成長の結末だと認めることだな」

そこではないだろう、という言葉を返す代わりに、道に唾を吐き捨ててやろうか、と思う。
どのみち、言葉を返せば、さらに面倒なことになるのは目に見えているのだから。
季節が夏で、喉が乾いていなければ、弟者は思ったことを実行に移していたかもしれない。

腹に溜まる苛立ちとは裏腹に、兄者の言葉は間違いでないことも弟者は理解している。
彼がおらずとも自分が夏を昔ほど好まなくなることはあっただろう。
その点に関しては同意してやってもいい。

19 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:51:32.70 ID:hVCHkjj40
   
問題は、そこに選択の自由があったか否か、なのだ。

自らが望んだ旅だったならば受け入れることもできただろ。
苦難も醍醐味だと笑えただろう。
もしくは、村で居続け、成長とともに夏が好ましくなくなったとしても、
己の成長を苦く思い、幼く無邪気であった過去の幻を見る楽しみを得たはずだ。

半ば無理やりに始めさせられ、
この世界で生きている多くの人々とは違う道を歩まされているのだ、
という思いがあるからこそ、苛立ちが募り続ける。
こんなことをしたいわけではなかった、という思いがいつまでも払拭されない。

( ´_ゝ`)「眉間に立派な渓谷ができているぞ。
      そのままでは、いずれ麓に民家ができるだろう。
      オレとしては、そのまえに渓谷を消し去って草原にでもしてしまうべきだと思うが?」

(´<_` )「……人の眉間でおかしな妄想をするな」

眉を寄せたままの弟者に、兄者はわざとらしく首を傾げていた。
種が違うがために理解が及ばぬのか、ただただ弟者をからかいたいがための反応なのか。
いまひとつ判断がつかない。

今までならば、おそらくは後者なのだろう、という予感を持っていた。
己が身に宿る悪魔は、長い年月を経ているだけあって他の種族についてもよく知っている。
今更、選択することの大切さがわからない、などとは言わせるつもりはない。

しかし、近頃になってみれば、兄者は何度も何度も選択の自由はあるのだと、
全てを選んだのは弟者なのだと繰り返す。
そこに本気の色が見えてしかたがないのだ。

21 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:54:10.55 ID:hVCHkjj40
まるで、心の奥底ではそれを望んでいたのだろ? と言いたげな。
あの日がくるのを待っていたはずだと告げるような。
そんな色が弟者を映す。

(´<_` )「ありえない」

弟者は頭を振る。

悪魔を待つ理由などない。
契約をした記憶もない。

だから、これは長い時間を悪魔と共にすごしてしまった弊害なのだ。
知らぬうちに洗脳でもされているのかもしれない。

相手は口の達者な兄者だ。
悔しいけれども、弟者は自身が兄者に弄ばれていると感じることが多々ある。
今もまた、見えぬ手の上でくるくると踊らされ、悪魔にとって都合のいいように動かされているに違いない。

( ´_ゝ`)「そりゃあ、あんたの眉間に小さな人々が訪れ、住まうなんてのは現実的じゃない。
      遠い遠い未来の可能性を考えてみたって、その頃にはあんたは雲の上だが地の底だか、
      はたまた輪を巡ってここにいるのかは知ったことではないけれど、
      きっとそれは「あんた」じゃないだろう。
      妄言妄想比喩例え話。それを理解しないあんたでもあるまい」

(´<_` )「当たり前だ。どこの誰が本気にしたって、オレはお前の言葉を本気になんてしない」

( ´_ゝ`)「何事にも本気でぶつかっていくのが一番面白いらしいぞ。
      たまには真正面から騙され踊らさせるのも悪くないだろう。
      ありえないなんてことはないんだと、懇々と語ってみせてやろうか?
      あんたはただ、それに納得してしまえばいい」

22 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 14:57:23.72 ID:hVCHkjj40
   
(´<_` )「甘言を巧みに弄し、人を騙すことに長けた悪魔の言葉と知って、
      どうして何も疑わずに納得できると思うんだ。
      自ら沼に身を投じる気など欠片もありはしない」

( ´_ゝ`)「冷たいことだ。ちょっとしたお遊びくらい付き合ってくれたって損はないだろうに。
      慣れ始めてきた旅に添えるちょっとした刺激物。
      何の刺激も変化もない人生などつまらないだろ?」

(´<_` )「オレとしては、その何の変哲もない人生の中で、
      ちょっとした驚きだとか幸せだとかを見つけていたかった」

( ´_ゝ`)「やはりあんたはオレに感謝すべきだな。
      オレと出会うことなく、契約することなく生きていれば、
      死ぬ間際に、己の人生は平凡すぎて、
      他の誰かにとって変わられても支障がなかった、という思いに駆られただろう。
      けれど、現実はそうじゃない。
      あんたは悪魔と出会い、他人には味わえない、たった一人、己だけの人生を得たのだから」

(´<_` #)「それが必要のないもので、腹立たしくて、消し去りたいものなんだと、何度言えばいいんだろうな」

( ´_ゝ`)「今だけさ。最後には感謝すること間違いなし。
      何せ、全てはあんたが望んだことなのだから。
      悪魔であるオレは差し出された手を掴むか、またあるいは手を差し伸べてやるか。
      それくらいのことしかできない存在。
      対等な契約を交わせば、後はあんたの願いのままに」

(´<_` #)「あー! このやりとりも飽き飽きだ!
      ならばお前がいなくなることが願いだ、と言ったところで無意味なことは知っているしな!」

23 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:00:17.62 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「そう怒鳴ってくれるな。
      毎度毎度、似たようなやりとりではあるが、これも友誼を深めるために必要な行為。
      邪険にせず、根気よくいこうではないか。
      何事も一夜では成すことができない」

(´<_` #)「お前との間に友誼なんぞありはしないし、深めるつもりなんぞなおさらない。
      時間をかけるなど真っ平御免だ。
      とっととオレの中から消えてしまえ」

まただ。
弟者は心の内側で吐き捨てる。

また、兄者の手の上で踊っている。
彼の上を行くことなどできたためしがないし、
偶然にも飄々とした態度を崩したところも見たことがあるが、
そのどれもが弟者の言動によるものではなかった。

きっと、このままではどこまで行っても兄者の思い通りに動かされてしまう。
魂を食われる。死ぬ。それよりももっと酷い目にあう。
どれにしたって最悪に変わりはない。

(´<_` )「……早く町につかないと」

そして、悪魔使いを見つけなければならない。
このままではどこか、戻れない深淵に落ちてしまうような気がした。

25 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:03:06.13 ID:hVCHkjj40
兄者とのやりとりをしばらく続けながら歩いていれば、太陽が橙に染まる前、
西に傾き始めて少し経ち始めたあたりには町を囲む塀の傍にたどりつくことができた。
すでに兄者の姿はなく、その場にある人影は弟者のものだけ。

わずらわしい声から解放された弟者は、顎を上げて塀を見上げた。
遠目から見ても高さを認識することができた塀は、近くにまできてみればよりいっそうの高さを感じることができる。

(´<_` )「……風で倒れたりしないのだろうか」

ぽつりと呟く。
一見すると、大きな板が立っているだけに見え、強い風が吹こうものならばそのまま倒れてしまいそうだった。
町を隠せるほどの高さを持った板が倒れたところを想像してみる。
きっと、下敷きになれば命はないだろう。

(,,゚Д゚)「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

わずかに身を震わせていると、唐突に低い声が返ってきた。
驚いて声のほうに顔を向けてみれば、
塀の一部が開閉可能な窓になっているようで、そこから一人の男が顔を覗かせている。

(,,゚Д゚)「この塀ができてからまだ十数年だけど、倒れるどころか、傾いたことだってない。
    頭の良い連中が、あーだ、こーだ、と連日、その能力を発揮し続けて、
    技術のある連中がその設計図をしっかり、寸分の狂いもなく仕上げてくれたんだからな」

男はこの塀に誇りを持っているのだろう。
弟者は確信していた。

設計を考えた人間を、作り上げた人間を、
そうして、そういった人間達を擁する町を、誇りに思っている目をしている。
まるで自慢の息子を紹介するようでさえあるのだから、この直感に間違いはないはずだ。

26 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:06:21.73 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「そうですか。
      素晴らしいものなんですね」

(,,゚Д゚)「おうよ。
     そんじょそこいらの、ちゃちな塀とは違うんだぜ」

窓から手を出した男は、男らしくゴツゴツした手で塀をなぞる。
つられるようにして、弟者が目を凝らして見てみると、塀には細かな線が見えた。
一見すると一枚の板にしか見えなかった塀だが、実際は木材を細かく組み合わせて作られているらしい。
これならば強度が高い、と言われても納得だ。

(´<_` )「これは……。なるほど。
      気づかずに失礼なことを言ってしまったようで、すみませんでした」

弟者は塀に軽く触れながら謝罪を口にする。
触れてみれば、指先から伝わる凹凸で、この塀がいかに作りこまれているのかが理解できた。
これならば自慢に思うのは当然だろうし、無知なよそ者に侮辱されれば腹も立つだろう。

こと、対人に対しては素直なところが目立つ弟者は、己の非をすぐに認めた。
男は謝罪を受けてカラカラと笑う。

(,,゚Д゚)「いやいや、別に謝るようなことじゃないさ。
    ぱっと見ただけじゃわからないことだし、
    あんたは別にこの町や塀を馬鹿にして言ったわけじゃないんだろ?」

27 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:09:16.48 ID:hVCHkjj40
   
(´<_` )「もちろん」

弟者は即答する。
もとより、この高い塀がただの一枚の板でできていたとしても、馬鹿にするようなつもりは決してなかった。

高さがある建築物は並大抵の技術では作ることができない。
それが例え、脆い一枚の板によって建てられていたとしてもだ。
気にはなったし、一抹の不安を覚えはしたが、そこに侮辱の意思など、欠片とてあるはずがない。

(,,゚Д゚)「なら気にする必要などないさ」

男は優しげに目を細めた。
彼とて、弟者の言葉に負の感情があると思っていたわけではないのだ。
もし、そのような色が見てとれたのならば、その場で怒鳴りつけている。

優しげな男は、その目で弟者の格好を目に映した。
衣服はところどころほつれ、足元は長い距離を移動してきたことがわかる汚れっぷりだ。
荷物に関しても、余分な物が見受けられない。

(,,゚Д゚)「むしろ、長い間、旅をしていると見受けられるあんたがこの塀を見て信じられない、と感じるということは、
    この塀は国に二つとない素晴らしいものだという証明にもなるしな」

今のご時勢、外から人がやってくるというのは、そうそうないことだ。
けれども、だからこそ、たまの客人は記憶に残る。
見張りをしているらしい男は、己の記憶にある客人達の姿を思い浮かべ、弟者と重ね、
その結果、彼が長い時間と距離を旅してきた者であると判断を下したようだ。

28 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:11:23.04 ID:hVCHkjj40
(´<_` )「ええ、いくつかの村や町を見てきましたが、これほどのものを見たことはありません」

(,,^Д^)「そうとも、そうとも。
     これはオレ達の自慢だからな」

子供のような笑みを浮かべた後、男は真面目な顔に戻って弟者に言葉をかける。

(,,゚Д゚)「ま、ぐだぐだと話しを続けて、客人に迷惑をかけるわけにもいかんな。
    ちょっと待っててくれ」

そう言うと、男が顔を覗かせていた窓が軽い音をたてて閉まる。
扉が閉まると、窓があった部分は滑らかな一枚の板と同化し、
どの部分が開いていたのかわからなくなってしまった。

弟者が思っていた以上に、人間に対する警備も強いらしい。
これならば一時期席を立っていたとしても、盗賊に付け狙われる可能性は低そうだ。

(´<_` )「中もきっと警備がしっかりしていて、治安がいいのだろうな」

消えた男を待つ間、弟者が呟く。
何も知らぬ者が見れば、それはただの独り言だ。
しかし、他ならぬ弟者自身と、言葉を向けられた相手だけは、それが独り言でなく、忠告であると知っている。

姿はなくとも、弟者が口にした言葉は兄者に伝わる。
町は思っていた以上に厳しい警備が敷かれている可能性があるので、絶対に出てくるな。
弟者は第三者からは気取られないようにして告げたのだ。

当然、返事はない。
期待もしていないし、返事があるということは姿がある、ということだ。
そのような事態は弟者も望んでいない。

29 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:14:38.55 ID:hVCHkjj40
  
わずかな時間を待てば、弟者のやや右斜め前に扉が出現した。
正確には、ずっとそこにあったらしい扉が開かれた。

(´<_`;)「そんなところに扉があったんですか」

(,,゚Д゚)「一見するとわからないだろ?」

(´<_` )「これなら、どれ程に目ざとい人間でも気づくことはできないでしょうね」

建築に関する学を持たぬ弟者には、到底理解できぬ構造だ。
わかることといえば、目の前で起きた、閉めれば同化し、扉があるとは思えなくなる、という事実のみ。
ただただ感嘆の言葉を漏らすより他にない。

(,,゚Д゚)「オレがこの仕事を始めてからもうずいぶんなるが、
    賊の侵入を許すような事態には陥ったことがねぇな」

男は弟者を扉の内側に招き入れる。
内側に入ったことを確認した後、彼は扉を静かに閉め、付け足すように口を開いた。

(,,゚Д゚)「ああ、もちろん、抜け殻だって侵入させたことはないぞ?」

(´<_` )「そうでしょうとも」

まともな人間どころか、下手をすれば気の違えた人間以下の知能しかないモノ達だ。
賊が侵入できないような場所に入りこめるわけがない。

そもそも、薄壁一枚で人を見失うようなモノだ。
奴らは塀の内側に人間が住んでいることさえ知ることができない。

30 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:17:10.24 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「……広い、ですね」

(,,゚Д゚)「外側からじゃわからんことだらけだろ?」

男は悪戯っぽく笑う。
ここまで極短い時間の付き合いでしかないが、弟者は彼が笑顔の豊富な男だと感じていた。
同時に、良い人なのだろうな、とも思う。

できることならば、このまま、彼には何も知られずに町を出てしまいたい。
いつかのように責められるのは嫌だった。
相手が善人だと思うのならば、なおさらに。

(,,゚Д゚)「一応、持ち物を見せてもらってもいいか?」

(´<_` )「もちろんです。どうぞ」

塀に取り付けられていた扉は、人が四、五人入ってもまだ余裕ができるだろう部屋に繋がっていた。
小さな机と椅子があるだけの簡素な部屋だ。
正面にある扉は町の中へ、向かって右側にある扉は、先ほどまで男がいた場所に繋がっているのだろう。

弟者は机の上に荷物を置いた。
隠さなければならないような物もないので、柳行李からも細々としたものを出していく。

それは薬から始まり、干物、財布、火打石、短刀と、麻縄、空の箱、と多種多様な様相をなしていた。
しかし、種類こそ多くとも、数や大きさはそれほどではない。
机に並べてしまえば、こじんまりとまとまってしまう程度だった。

31 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:20:09.23 ID:hVCHkjj40
   
(´<_` )「こんなところです」

(,,゚Д゚)「うんうん。特に怪しい物もなし、っと」

男は机に並べられた物に軽く触れながら確認をしていく。
危険物がないことは見ればわかるが、一応、規則通りにこなしているらしい。

(,,゚Д゚)「あんた、若いのにしっかり旅人してるんだな。
    何か理由でもあるのか?」

何度も何度も使った火打石を持ち上げ、男が尋ねてきた。
所持している道具を見て、改めて弟者が旅人であることを感じ、その理由に疑問を抱いたようだ。

弟者はどこをどう見ても商人志望には見えないし、
村や町を追われるような悪人にも見えず、自殺志願者という言葉は脳の端にさえ引っかからない。
どこにでもいる、極普通の青年だ。
こんな世の中で旅をする理由なんて一つとて浮かびはしない。

(´<_` )「…………」

何か答えようとして、しかし弟者は言葉を紡げなかった。
無難な返答が見つからない。
旅をしている弟者本人も、悪魔憑きと化していなければ旅などするものか、と思っているのだから、
とっさに思い浮かばないのも仕方のないことだったといえる。

32 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:23:11.95 ID:hVCHkjj40
  
(,,゚Д゚)「あー。まあ、言いたくないなら言わなくていいから。
    すまんな。あんたの事情も考えずにずかずかと踏み行っちまって」

男は目をそらし、頬を掻きながら言う。
普通でないから旅をしているのだ。
見た目と中身が一致するとは限らない。

(´<_`;)「いえ、その、言えないというか言いづらいというか……」

不審に思われたか、と弟者が慌てて言葉を重ねる。
しかし、上手い言い訳も思いついていないような中で積み上げていく言葉は、
どれもこれも胡散臭さを増させるだけに終わった。

(,;゚Д゚)「おうおう。わかってるよ。わかってる。
     何も、あんたが実はどっかから追い出された極悪人なんじゃないか、なんて思ってないさ」

手にしていた物をそっと机に戻し、男は弟者に近づく。
見張りを任されるだけあって、彼の体には戦うための筋肉がしっかりとついていた。
彼が口にしたような疑念を弟者に対して抱いたのだとすれば、
即座に弟者を組み伏せ、捕らえるための行動に出るはずだ。

ならば、攻撃をしてこない、ということが、そのまま男の言葉を裏づけになる。
弟者は無駄に強張ってしまった肩から力を抜く。

(,,゚Д゚)「オレはただ、人には知り合ったばっかりの奴には言いたくねぇってことが山ほどあるって言いたかったんだよ。
    身内のこととか、自分の体のこととか、過去のこととか。
    幸い、オレには隠しておきたいことはないが、誰だってそうだとは思わないし、思えない」

33 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:26:20.31 ID:hVCHkjj40
  
男は弟者の背中を軽く叩く。

(,,゚Д゚)「あんたにはあんたの事情がある。
    オレはさ、それを理解せずに、無理やりあんたを悪人に仕立て上げるような人間じゃないつもりだ」

職業柄、疑うことはある。
だが、同時に己の目と、内側にいる警備担当の者達を信じてもいるのだ。

(´<_` )「……ええ、あなたがいい人だというのは知っていますよ」

(,,^Д^)「何だ、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」

(´<_` )「お世辞じゃないですよ。
      見れば優しい人だとすぐわかります」

彼の優しさや、ころころ変わる優しい感情と表情がすべて偽りだったとするならば、
弟者はもはや世界の何も信じられなくなってしまうだろう。
人間であるのだから、弟者が悪魔憑きであることを知れば態度も変わってしまうだろうけれど、
それにしても男の根っこが優しい善人であることだけは変わらないはずだ。

(,,゚Д゚)「んじゃ、検査はこんなもんだな」

弟者の様子が落ち着いたことを確認すると、男は再び荷物を軽く眺め、
すべての物を手にし終えた後、机の上の物を片付けるように告げる。

(´<_` )「ありがとうございます」

(,,゚Д゚)「いやいや、こちらこそ時間を取らせてすまなかったな」

34 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:29:15.54 ID:hVCHkjj40
   
(´<_` )「町の安全のためでしょう?
     この程度、当然です」

(,,゚Д゚)「そう言ってくれると嬉しいね」

弟者は手早く荷物をまとめて行く。
すっかり慣れてしまった作業だ。

(,,゚Д゚)「まあ、うちの町には宿屋だっていくつかあるし、まだどの店も開いてる時間だ。
    良い宿を探して町を楽しんでくれ」

(´<_` )「そうさせてもらいます」

宿屋が複数ある町はあまりない。
旅人が少ないのだから経営が成り立たないのだ。

この町に複数の宿屋があるというのは、おそらくは外からの客を狙って、というよりかは、
町に住まう者達のための宿屋なのだろう。
家に帰れない事情がある者や、一夜の火遊びを楽しむための宿。
娯楽ともいえる用途の建物が複数あるというのも、この町の発展をうかがい知る要素の一つだ。

(,,゚Д゚)「町はこっちの扉から入ることができる」

男が奥の扉に手をかけた。
わずかな音をたて、扉が開かれると、そこには大勢の人々の姿があった。

35 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:32:52.89 ID:hVCHkjj40
   
比べるまでもなく、今まで見てきた村々とは桁が違う人の数だ。
着ている物一つ取ってみても、目の前の人々は思い思いの色を纏い、
人によっては上質な生地を使っていることがわかる。

可愛らしい簪を挿している女のほとんどは、農作業などしたことがなく、
またこれからもすることはないのだろう、と予想させるには十分すぎる肌をしていた。
肌は白く、指先は細く美しい。

男を見ても似たようなもので、農作業や漁業といった仕事に必要な筋肉が見られない者が多くいた。
恰幅のいい男はこの町で大きな店を構えているに違いなく、
程よい筋肉をつけた男は腰に下げられているものを見れば剣術の道場でも開いているのだろうことがわかる。

今まで通ってきた村や町にも、彼らのような存在はいた。
けれども、あくまでも彼らは少数派であって、村の大多数を占めるわけではない。
どこへ行っても似たようなものなのだと思っていた。
それは間違いだった。

考えを改めるには十分すぎるほどの光景が目の前には広がっている。

ちらほらと魚を売っている男や、作物を売り歩いている女も目に入るが、
そんな者達であってもみすぼらしい姿はしていない。
他の村ならば安定した生活を約束された者にのみ許されるような、身奇麗な姿だ。

(´<_` )「一枚塀を抜ければそこは異世界でした、か」

思わず息を漏らす。
発達しているだろう、とは考えていたが、予想以上だ。
先ほどまで見ていた外の世界と、目の前に広がる世界が同じ地面の上にあるとは思えない。

36 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:35:19.59 ID:hVCHkjj40
  
人々の姿だけではない。
町並みも異世界、という言葉にふさわしい風体なのだ。

まず、目に飛び込んできたのは建物の数々。
地方によって差異はあれども、各々の村や町はほとんど統一された建物が並ぶばかりだったというのに、
ここでは民家も店も、自由な様相をなしている。

低い屋根、高い屋根、木造、石造。
世界にある建物をよく知る学ある者と、実際に建物を作り上げる能力のある大工。
その二つがそろっていることが一目でわかる。
同時に、この町の懐の広さも見えた。

おそらく、ここにいる多くの人は、先祖代々この町に住んでいた、というわけではないのだ。
居心地の良さに、町の大きさに、少しずつ人が集まり、技術を持ち寄り、また町を発展させ、
そうしてここまで大きく、賑やかな町になったのだろう。

人は、人の集まる場所により多く集まる。
技術や文化もそうだ。

噂にしか聞いたことのないような、整備された道があり、
夜でも道を照らすという街灯が数本道沿いに立っている。

これを現実離れしていると言わずして、なんとする。

37 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:38:29.89 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「まるで世界の中心だ」

ここでならば、ありとあらゆるものが揃う。
そう思うに値するほど、目の前の光景は凄まじい。

(,,゚Д゚)「いいねぇ。世界の中心。
    オレが自慢に思うのもわかってもらえるか?」

男は笑い、弟者の背を強く叩く。
彼の手のひらからは自慢と、自信の熱があった。

(,,゚Д゚)「あんたが何日滞在するのか、はたまたここに永住するのか……。
    そりゃ、自由にしてくれればいい。
    だが、どうするにしたって、この町を楽しんでくれよ?」

(´<_` )「この町にきて、楽しめない人間なんているんですか?」

(,,^Д^)「嬉しいこと言ってくれるねぇ」

(´<_` )「お世辞でもなんでもないですよ。
     本当に、この町は素晴らしい。
     誰も彼も幸せそうで、満ちている」

幸せだけの人生などない。
それは正しい。
だが、限りなく不幸の少ない人生は存在する。
この町に。

38 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:41:18.97 ID:hVCHkjj40
  
この町を目にすることができただけでも、旅をしてきた甲斐、というものを見出せる気さえした。
旅を続けることで、これ以上の何かに出会うことができるのではないか、という
希望めいたものまで胸から溢れ出る。

今までとて、旅の達成感に触れなかったわけではない。
美しい景色を見て、優しい人々とであった。
けれど、それだけでは足りなかった。

それらは穏やかで、包み込むような刺激と感動だった。
対して、目の前に広がる光景は、心の底から響き、揺るがせるような、痛みを伴わんばかりの刺激だ。

(´<_` )「お前だってこんな光景、見たことがないだろ?」

弟者は口を開く。
いくら長寿とはいえども、悪魔は自由に出歩くことが適わぬ存在。
知識が豊富で口が達者な兄者といえども、町の様子を見れば目を見開き、輝かせるに違いない。

飄々とした兄者のそんな顔が見たい。
こいつにも己と似た感情があるのだと思ってみたい。

そんな単純明快な気持ちだった。

(,,゚Д゚)「……どうしたんだい、兄さんよ」

男の怪訝そうな声が耳に届くまでは。

39 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:44:31.55 ID:hVCHkjj40
  
(´<_`;)「……あ」

弟者は忘れていた。
己が悪魔憑きであり、それは、人に好まれるようなものではないことを。
他ならぬ己が、兄者の出現を拒否していたことを。

見知らぬ人間が、そこには誰もいないというのに、
あたかも誰かが存在しているかのように言葉を発すればどうとられるか。

気の違えた人間にしか見えないだろう。

(,,゚Д゚)「…………」

沈黙が痛い。
重圧に骨が悲鳴を上げているようだ。

(´<_`;)「その、つい先日まで、連れがいたもので」

どうにか言葉を発する。

旅をする人間がそう何人もいるものか、と
その連れはどこに行ったのだ、と

突き詰められれば簡単に襤褸が出てしまいそうな嘘だ。
それも、弟者の言葉はたどたどしい。
疑われてもおかしくはない状況だ。

40 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:47:27.51 ID:hVCHkjj40
   
心臓が五月蝿く跳ねる。
町の様子を目にしたのだ。
ここで追い出されるなど惨すぎる。

弟者は返答をじっと待った。

(,,゚Д゚)「……なんだ、そうだったのか」

男は以外とすんなり弟者の言葉を受け入れてくれた。

(,,゚Д゚)「こんな世の中だ。あんたも色々あったんだろう。
    お連れさんがどんな人だったのかはわからないが、
    この町でゆっくり傷を癒してくれ」

どうやら、弟者の言う「連れ」はすでに鬼籍に入ったのだろう、ととったらしい。
それもまだ失ってから日が浅く、居もせぬ人間に言葉を投げてしまい、
他人に「連れ」の話をする際に言葉を詰まらせてしまうほど、心に傷が残っているのだと。

(´<_`;)「あ、ありがとうございます」

流暢に嘘を並べたてられなかったことが功を奏した。
弟者はひっそりと安堵の息を漏らす。

同時に、己の呼びかけに対して兄者が現れなかったことを心底喜ばしく思う。
彼が姿を見せていれば、どのような嘘も誤魔化しも通用しないのだから。

41 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:50:21.46 ID:hVCHkjj40
  
(´<_`;)「では、この町を堪能したいと思います」

弟者は男に軽く頭を下げ、早足で町の中へと入っていく。
これ以上この場に留まれば、どこかしら襤褸を出してしまうことが目に見えていた。
元々、弟者は嘘が得意ではない。

(,,゚Д゚)「そうだ、兄ちゃん!」

背後で男が大きな声を上げた。
呼び止められた弟者は足を止め、ゆっくりと振り返る。

(,,゚Д゚)「これも何かの縁。
    兄ちゃんの幸運だ」

彼の顔に浮かんでいるのは笑顔だ。
悪い知らせではないらしい。

(,,゚Д゚)「今、この町にはすげぇ人が来ているんだ。
    旅をしてる兄ちゃんとはいえ、きっとまだ会ったことのないお方だろうさ」

(´<_` )「どのような方が来ているんですか?」

旅をして様々な場所を見てきたとはいえ、
誰もが知るような有名人、それに順ずる職の人間というのにはあった記憶はない。
有名人との遭遇の可能性に、先ほどのことをすっかり忘れた胸がわずかに踊った。

(,,゚Д゚)「悪魔使い様さ!」

42 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:53:10.38 ID:hVCHkjj40
  
時が止まるというのは、こんなときに使う言葉なのだろう。
弟者は意識のどこかで考える。

(´<_`;)「それ、は……本当、ですか?」

声が震えた。
今、この瞬間にでも目が覚めてしまい、自然以外が存在しない景色が目に映るのではないかと思ってしまう。
こんな都合の良い展開があっていいはずがない。
ずっと探して、求めてきた存在が、こんなにも近くにいるはずがない。

差し出された言葉が幸福なもの過ぎて、
弟者は自ら否定の感情をぶつけてしまう。
何かの間違いであったときに、やはりそうだったか、と苦笑で済ましてしまえるように。
手に入らなかったときの絶望を少しでも軽減させるために。

(,,゚Д゚)「おう。本当も本当。
    町の連中も一度はあの方の顔を見ようと宿に群がってやがる、って話だ。
    ったく。気持ちがわからねぇでもないが、悪魔使い様だってゆっくりしたいだろうに」

男は呆れてため息をついている。

(´<_`;)「それで! 悪魔使い様はどこに?」

弟者の声が荒くなる。
離れていた分の距離を詰め、男に詰めよるようにして言葉を吐く。

(´<_`;)「今はどこにいるんですか!」

43 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:56:17.68 ID:hVCHkjj40
  
(,;゚Д゚)「え? あ、ああ……この大通りを真っ直ぐ行けばわかるだろうよ。
     人がたくさんいて、看板に「想朔」って書いてりゃ間違いない」

(´<_`;)「ありがとうございます!」

弟者はすぐさま駆け出した。

男や、彼との様子を目にしていた通行人達が目を丸くしているのが気配でわかる。
しかし、そんなものを気にしている余裕など弟者には残されていなかった。

ここまできたのだ。
逃してはならない。
すぐにでもこれが現実か、真実であるのか、確認しなければならない。

気が急く。
思いと体がちぐはぐに動き、足がもつれる。
それでも弟者は足を進めた。

途中、何人かとぶつかってしまったが、軽い謝罪を口にしただけで終わってしまっていた。
こんな時、いつもならば兄者が出てきて、
謝罪の一つも碌にできないとは嘆かわしい、等と言ってきそうなものだが、
彼も空気を読んでいるのか、思いがけない展開に目を回しているのか、
一向にその姿を現そうとはしない。

(´<_`;)「これでお前との旅も終わりかと思うと、清々するな!」

人の群れが見えてきた。

44 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 15:59:25.01 ID:hVCHkjj40
   
(´<_`;)「……ここか」

宿の出入り口があるのだろう場所には大勢の人がいた。
男から女、若者から老人まで。
まさに老若男女が一同に会している。

少し目線をあげてみれば、宿の看板が目に入る。
「想朔」と書かれているのを確認して、弟者は唾を飲み込んだ。

(´<_`;)「あの、すみません」

爪'ー`)「ん?」

弟者は人々から少し離れた場所に立ち、宿を見ていた男に声をかけた。

(´<_`;)「……あの宿に、悪魔使い様がいらっしゃるというのは、本当なのですか?」

爪'ー`)「ああ、あんたもあの方を見にきた口かい?」

男は肩を揺らす。

爪'ー`)「本当だとも。
     オレは昨日お会いしたよ。
     悪魔も本当に憑いていた。そして、悪魔はあの方に従順だった」

45 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:02:13.09 ID:hVCHkjj40
  
男の言葉が弟者の耳を通り、胸に落ちる。
落ちた先から、じわじわと暖かい思いが広がってゆく。

爪'ー`)「あんたも会ってみるといい。
     あの方が、悪魔使い様たちがいるおかげで取り除かれる不幸は多い」

悪魔を使役することができる悪魔使いは、数こそ少ないが人々のために動いてくれる人間だ。
彼らは人間ではどうにもできない病を治し、傷を癒す。
新たな物を発見し、利用する。

(´<_` )「そうですね。
      はい。もちろん、あの方々は素晴らしい」

彼らならば、あるいは悪魔憑きを救ってくれるかもしれない。
長い長い旅の終わりがようやく見えた。

爪'ー`)「ならあの人ごみに混ざってくるといい。
     多少は時間がかかるだろうけど、今日中には会えるんじゃないかな」

日はまだ夕暮れになっていない。
夜までに会えれば万々歳。
万が一、今日会うことができずとも、滞在中に会うことができればいい。

問題は、兄者の存在だ。
悪魔使いとの出会いは、兄者との別れを意味する。

46 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:05:16.48 ID:hVCHkjj40
  
旅の道中でこそ文句を言わず、進むことを邪魔しなかった兄者ではあるが、
目の前にせまる現実として、契約の解除を見せ付けられれば焦りもするだろう。
今の状況で兄者が弟者の邪魔をするのはとても簡単だ。

少しばかり姿を見せてやればいい。
それだけで周囲は弟者を恐れ、排しようとするだろう。
いや、弟者が幸運の星の下に生まれているのならば、上手く悪魔使いが姿を現し、
彼を救ってくれることだってあるかもしれない。

(´<_` )「いや、余計な希望を持つのはよそう」

小さく頭を振る。
幸運の下に生まれたのならば、そもそも悪魔憑きなどになるはずがない。
己の幸運がどれほどちっぽけなものか弟者は自覚していた。

(´<_` )「……出てくるなよ。
      邪魔をしてくれるな。
      今までそれを良しとしてきたのは、お前自身なのだから」

誰にも聞こえぬよう、弟者はひっそりと呟く。
己の内側にいる存在へ、最後になるだろう忠告だ。

しばしの間、待ってみたが返事もなければ姿もない。
これは是、ということなのだろう。
弟者は一つ頷き、足を進めた。

47 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:08:17.65 ID:hVCHkjj40
  
人ごみの中に紛れてみると、様々な声が聞こえてくる。

大半は悪魔使いという存在に対する興味を口にし、
ちらほらと悪魔のおぞましさやそれを自らとり憑かせている悪魔使いに対する疑念を口にしていた。

(´<_` )「……」

弟者は人知れず眉間にしわを寄せる。
悪魔使いは弟者にとって最後の希望だ。
疑念など、悪意などあるはずがない。

できることならば、悪魔をその身に宿すことを悪としないでほしい、とさえ思う。
その点に関しては、弟者にも言葉が刺さるのだから。

群れは徐々に動き、一人が入っては一人が出て行く。
それぞれの時間はさほど長いわけでもないので、なかなかの回転率を保っていると言える。
ただ、いくら人の入れ替わりが激しく、一言、二言の言葉をやりとりするだけでいいとは言っても、
これだけの人数と顔を会わせなければならない悪魔使いの疲労は凄まじく蓄積されているのではないか。

(´<_` )「出直したほうがいいだろうか」

会ったこともない人物だが、ずっと思い続けていた人物であり、
「悪魔」を身に宿した者同士、という一方的な仲間意識さえある人物だ。
さらに言えば、頼みごとをする立場でもある。

相手の体調や疲労に気を使うのは当然のこと。

48 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:11:39.46 ID:hVCHkjj40
  
とは言え、弟者もできることならば早々に決着をつけたい。

ここで一日置いてしまうことで、取り返しがつかなくなってしまうかもしれない、
というような思いもある。

仲間意識があるとはいっても、これからのことに罪悪感があるとはいっても、
それでも弟者はこの日のために数々の苦労を越えてきたのだ。
少しくらいの我が侭は許されてもいいだろう。

他者と自己を両端に乗せた天秤がゆらゆらと揺れる。
けれども、それが決定的に傾くことは終ぞなかった。

結局、戻るか進むかと考えているうちに、弟者の目の前に部屋に入る扉があったのだ。
後はそれを開くだけ。
たったそれだけで、弟者は解放される。

一瞬の迷い、そのわずかな時間でさえ、後ろに居る者の目が痛い。
早くしろ。まだ待っている人間が大勢いるのだ、と暗に告げてくる。

(´<_` )「よし」

弟者は腹を括る。
あまり見たことのない形状をしている扉の取っ手を掴み、静かにそれを押す。

やや鈍い音がしつつ、扉は弟者を内側へ誘う。

49 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:14:08.91 ID:hVCHkjj40
  
扉の向こう側に足を踏み入れると、ふわりとした感触がした。
わずかに身をすくませ、足元に目をやると、そこには薄い布団のようなものが敷かれている。
見れば、一面に敷かれており、その上に弟者以外に人間がもう一人立っているのが確認できた。

(´<_` )「あなたが、悪魔使い様、ですか?」

弟者は扉を閉め、尋ねる。
答えはわかりきっているが、それでもまずはこの言葉からだ。

(゚、゚トソン「ああ。その通り」

部屋にいたもう一人の人間、女が頷き、弟者の言葉を肯定する。

引き締まった体は、膨らみこそ存在していないが、女性らしい柔らかな曲線を失ってはいない。
特に、麗しいと表現しても問題はないだろう細い腰は、下げられた刀との対比でなお美しく見えた。
高く結い上げられた髪が彼女の動きと連動して緩やかに流れる。

刀さえ無視してしまえば、そこいらの女性と変わらぬ姿の彼女こそ、
この町を訪れたという悪魔使いだ。

(゚、゚;トソン「初めまして。そしてさようなら。
      まったく。キミの後には何人程並んでいるのだろうか」

やはり悪魔使いも入れ替わり立ち代りの人数に辟易としているようだ。
あからさまなため息は、驕りの印象よりも疲労の印象を色濃く与える。

(´<_`;)「お疲れのところだとは思います。
     ですが、オレの話を聞いてください。
     そして助けてください」

50 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:17:08.69 ID:hVCHkjj40
  
弟者は数歩進み、縋るような目を悪魔使いに向ける。
相手が疲れていることも、長々と話すほどの余裕がないこともわかっているが、希望が目の前にあるのだ。
手を伸ばさないわけがない。

(゚、゚;トソン「いや、助けてくれと言われても……」

悪魔使いは眉を下げる。
疲労が蓄積している今、見ず知らずの他人から救いを求められても困る。
そんな思いが透けて見えた。

その身に悪魔を宿しているとはいえ、彼女自身はただの人間だ。
他者を受け止めてやれるときと、そうでないときがある。

そんなことは弟者にだってわかっている。
己が無理を言っていることもわかっている。

だが、だからといって、あっさりと引くこともできない。

(´<_`;)「お願いします!
     あなた様しか、頼ることができないのです!」

なりふりを構っている場合ではない。
弟者の膝が力なく床に落ちる。
同じく、手の平までもがゆっくりと床に着いた。


( ´_ゝ`)「止めておけ。止めておけ。
     このお嬢さんはあんたを救っちゃくれないぞ。
     別の者を探すべきだ。ああ、お嬢さんからいい悪魔使いを紹介してもらう、ってのも一つの手だがな」

51 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:20:10.99 ID:hVCHkjj40
  
突然だった。
いつも通り、前振りも、前兆もなく、彼は現れた。

時が止まるのを感じたのは、本日二回目だ。
今回は息が止まるような思いも一緒くたになっており、非常に不安定で落ち着かないものと成り果てている。

(´<_`;)「お、ま……」

顔を青ざめさせた弟者は口を開け閉めしては、意味のない音を発していた。
悪魔使いを相手にしているのだから、兄者の姿が見られたところで困ることはないはずだが、
一種の反射か、あるいは予想外すぎる行動に思考回路が燃え尽きたかのどちらかだろう。

(゚、゚;トソン「なっ……!」

( ´_ゝ`)「ほら見ろ。それ見ろ。あのお嬢さんの顔を。
      オレが出てきて心底驚いている顔だ。
      すなわち、あのお嬢さんはあんたが悪魔憑きであり、このオレが内側に潜んでいることに、
      これっぽっちも気づきはしなかった半人前以下の悪魔使いってことだ。
      そんな奴に頼みごと? あまり無茶を言ってやるものじゃない」

兄者が悪魔使いを指差す。
確かに、見れば彼女は驚愕の色で顔を染め上げている。

弟者と顔を合わせてからの間も悪魔に関してはなんら触れていない。
つまり、兄者の言うとおりなのだろう。
彼女は悪魔の存在を探知できていなかったのだ。

52 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:23:29.97 ID:hVCHkjj40
(´<_`;)「それがどうした」

弟者は立ち上がり、兄者を見る。

(´<_` )「別に、この方が悪魔を探知できずとも、オレは困らない。
     オレはお前をこの身から追い出してほしいだけなのだから」

( ´_ゝ`)「わかってないな。
      探知なんて、初歩も初歩だろう。悪魔の存在を察知できぬような悪魔使いなど、
      狩りのしたことのない狩人と同じようなものだ。
      悪魔使いを名乗りたいのならば、頭に自称、をつけるべきだな」

(´<_` #)「何だ。お前は。
      今までは好きにしろだの、選ぶのはあんただの言っておきながら、
      いざ、己が払われるとなったら暴言か」

( ´_ゝ`)「酷い言いがかりもあったものだ。
      オレはあんたのことを心配して言ってるんだ。
      こんなものは詐欺だ。嘘っぱちだ。
      ここにいたのが正真正銘の悪魔使いだったのならば、
      何も言わなかったさ。抵抗くらいはしただろうがな。
      けれども、あのお嬢さんは半人前も半人前。
      何が起こるか、何をしでかすか、わかったもんじゃない」

(´<_` #)「ぐだぐだと言い訳を並べやがって。
      いいのか? 今なら、別れの言葉を聴いてやってもいいぞ」

53 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:26:09.94 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「言い訳なものか。
      どれもこれも正当な真実だ。
      何に誓ったっていい。オレは言葉を覆さない」

(´<_` #)「何が正当なものか。
      お前とて、宿屋の前にいた男の言葉を聞いていただろうに。
      この方には悪魔が憑いていたと、それは従順であったと、
      そう言っていた。それが悪魔使いの力でなくてなんとする」

( ´_ゝ`)「確かに、悪魔使いは悪魔を使役する。
      あのお坊ちゃんの言葉を聞く限り、このお嬢さんも最低限も最低限。
      どちらかといえば悪魔憑きではなく悪魔使い、の場所に立つことができているのだろう」

(´<_` #)「あまり人を馬鹿にするもんじゃないぞ。
      それもちんけな嘘で」

( ´_ゝ`)「嘘ではない、と何度言えばわかってもらえるのだろうな。
      オレは悲しみのあまり、胸が張り裂けてしまいそうだ。
      格安の道具を手にしてみたところで、それはどうせ不良品。
      長い目で見れば損しかしないというのに」

二人の口論は熱を増す。
もはや彼らの言葉にこそ悪魔使いは登場するが、すでに目には彼女のことなど映ってないだろう。

そんな熱を一瞬で冷めさせる言葉が、唐突に、前触れも前兆もなく部屋に落ちた。


「お前は相変わらずだな」

54 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 16:29:25.23 ID:hVCHkjj40
  
嗤うような声だった。
その声に弟者は驚き、音の発生源へ顔を向けた。

(´<_`;)「……え?」

(゚、゚#トソン「あ、こら!」

そこには、悪魔使いがいた。
同時に、見知らぬモノもいた。
  _
( ゚∀゚)「ほんと、その減らず口、どんな姿をしててもすぐにお前だってわかる」

意思の強そうな太い眉が印象的な顔をしている彼は、
悪魔使いの体からにゅるりと出てきていた。

(´<_`;)「悪魔……?」

そう。男は紛れもない悪魔だ。
風貌こそ違えども、目の当たりにしたときの肌の感覚や、
外の世界に姿を見せるときの様子など、兄者とそっくりそのままだった。

( ´_ゝ`)「久しいな。そして、お前の姿は最後に見たときから寸分足りとも変わっていないところに、
      何らかの言及は必要か? いくらその姿が気に入っているとはいえ、
      最後にあってからもうどれだけの時間が過ぎたと思っているんだ。
      少しは代わり映えというものを見せてみろ」
  _
( ゚∀゚)「姿形なんて、オレらにとっちゃ意味のないものだろ。
     別に中身が同じなら外なんてなんだっていいじゃねーか」

58 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:04:00.41 ID:hVCHkjj40
  
悪魔使いから出てきた悪魔は、人の悪そうな笑みを浮かべている。
兄者のような長々とした面倒くささこそ見えないものの、
第一印象として、この悪魔の性格も当たり前のように悪そうだ、と弟者は頬を引きつらせた。

(゚、゚#トソン「引っ込め!」
  _
( ゚∀゚)「あー。はいはい。仰せのままに。悪魔使い様」

怒りをこめた声が一つ、悪魔を射抜く。
彼は軽く肩をすくめる仕草をして見せ、その姿を消す。
先ほどまでの兄者と同様に、悪魔使いの身の内側に入ったのだろう。

(´<_` )「おお……」

弟者は感嘆の声を上げた。
言葉一つで悪魔が従う。
それができれば、今までの苦労の四分の一くらいは解消されるはずだ。

(゚、゚トソン「……見苦しいところを見せてすまなかった」

彼女は弟者に軽く頭を下げる。
その声や仕草には感情の荒ぶりなど砂粒程もない。

次に顔を上げたとき、彼女は弟者の隣に浮かんでいた兄者を鋭い目つきで睨みつけた。
まるで親の仇を見るような眼光に、視線を受けていない弟者が身をすくませる。
目に映っている張本人であるところの兄者が飄々と受け流していたことに対しては、
常となんら変わることのない苛立ちを覚えるだけに留まった。

59 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:11:28.19 ID:hVCHkjj40
  
(゚、゚トソン「待っていろ」

そう言うと、悪魔使いは弟者の横を通り抜け、扉に手をかける。

(´<_`;)「あの……!」

望みが潰えてしまう。
胸にわく焦燥感が導くまま、弟者は手を伸ばす。
彼女がどこかに行ってしまったら、悪魔を払うどころか、別の悪魔使いを見つけることさえ困難だろう。

焦る弟者を無視して、彼女は扉を開けた。
すぐ先に、次は自分の番だろう、とばかりに待機していた男の顔がある。

悪魔使いを追うような形を取っていた弟者は、すぐさま扉の裏手に身を寄せた。
今は兄者がふわふわと出てきている。
町の者にこの状態を見られるわけにはいかない。

かといって、彼女がいなくなるのを黙って見ていることなどできるはずもなく、
弟者はまた明確な答えのない問題に頭を悩ませる。

わずかな間、扉の前にいた男と向き合っていた悪魔使いは、
彼の後ろに並ぶ人々にも聞こえるよう、凛とした声を響かせた。

(゚、゚トソン「すまないが、今日はこのあたりにしてもらいたい。
     どうしても、はずせない用事ができてしまった」

60 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:15:49.66 ID:hVCHkjj40
  
数拍の時間が過ぎ、一斉に不満の声が上がる。
まだ手前にいる者達はいい。
話すことは適わずとも、悪魔使いの姿を間近で見ることができている。

問題は、人に隠れ、かろうじて顔だけが見えている、というような場所にいる者達だ。
わざわざここまでやってきたのに、と。
己の順番がくるのをじっと待っていたのに、と口々に言い放つ。

(-、-トソン「私なんぞのためにここまで来てくださった方々には申し訳ないと思っている。
      けれど、とても大事な用事なのです」

剣士のように凛とした彼女は、緩やかで優しい口調で言葉を紡いでいった。
人々の声はしだいに収まり、もっとよく悪魔使いの声を聞こうとする。

(゚、゚トソン「……それに、私にとって、とても、とても、重要なことでもある。
     私が悪魔使いになった理由に、これ以上なく近い」

閉じられていたまぶたの向こう側には、強い意思と感情を秘めた瞳があった。
感情の名はわからない。
ただ、それが並大抵のものではないことだけがわかる。

誰もがそれを理解し、ある者は小さく頷き、
またある者は仕方がない、と口にした。

(゚、゚トソン「お分かりいただけたようで幸いです」

彼女は頭をもう一度だけ下げ、扉の内側へと戻っていく。
人々はそれを見守り、完全に彼女の姿が消えたところで、ちらほらとその場を去って行った。

62 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:22:55.23 ID:hVCHkjj40
  
(゚、゚トソン「待たせてすまなかった」

部屋に戻った悪魔使いは、つかつかと部屋の奥に入り座布団を一つ取り出す。
座れ、ということらしい。

(´<_` )「……ありがとう、ございます」

弟者はおずおずと座布団の上に腰を落ち着ける。
彼女が立ち去らなかったのは喜ばしいことだが、いざとなると何から切り出せばいいのかがわからない。
軽く視線を左右に動かし、最終的には隣に浮かんでいる兄者を見る。

(゚、゚トソン「キミは悪魔憑きなんだね」

悪魔使いが言う。
糾弾するでも、非難するでもなく、事実確認をするだけだとばかりに無感情な声だった。

(´<_`;)「はい」

(゚、゚トソン「それで、今一度、キミの口からはっきりと聞いておきたいのだけれど、
     キミは私に何を望んでいるんだ?」

(´<_`;)「この悪魔をオレから払――」

( ´_ゝ`)「止めておけと何度言えばいい。
      オレの忠告は聞くが吉、と旅の中で散々思い知ったんじゃないのか?
      そこのお嬢さんが悪徳商人だ、とは言わないさ。きっと正義感溢れる素晴らしき人間だろうさ。
      だが、それと実力、技術は別の話」

63 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:25:39.95 ID:hVCHkjj40
  
弟者の言葉に兄者が声を被せた。
その口から流れ出るのは、始めと変わらず弟者を制止させるためのもの。

(´<_` #)「お前も見ただろ。
      今先ほど、あのお方が悪魔に命令を下し、悪魔がそれに従った様を」

( ´_ゝ`)「見たとも。けれどもオレの意見はなんら変わらない。
      このお嬢様はまだまだ半人前以下であって、あんたの望みを叶えられない。
      だからこそ、オレはお嬢さんに問いかけたい。
      なあ、お嬢さんはどうやってそいつを手に入れた? 使役している?」

話す兄者の姿に威圧感はない。
だが、不思議とその言葉には威圧感のようなものがあった。

(゚、゚トソン「私が悪魔の問いかけに答えるとでも?」

彼女は冷静に返す。
兄者の言葉が持つ威圧感など木々のざわめき以下だと、彼女の凛とした姿が言う。

( ´_ゝ`)「是非とも答えてほしい。
      これは命令ではないし、お嬢さんに対してオレが何か強制力があるようなことが言えるはずもない。
      故に、答えるも答えぬも自由にすればいい」

言葉の威圧感さえ消した兄者は、軽く両手を上げて降参を示す。
押したかと思えば唐突に引く。
兄者の飄々とした様子に悪魔使いは不快感をあらわにしていた。

64 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:30:27.44 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「そういえば、お前、さっきの悪魔と知り合いみたいだったな」

ふと、弟者が言う。
優先順位を考えれば、悪魔の交友関係などよりも、
己の身から兄者を追い出すほうが圧倒的に順位が高い事柄ではあるのだが、
気になってしまったものはしかたがない。

( ´_ゝ`)「いつ出会ったのかも忘れた程の古い知人だ。
      今はなんと名乗っているかも知らないし、互いに本当の名も知らぬ仲だがな。
      最後に会ったのは……もう二、三百年前になる」

(´<_`;)「悪魔の感覚は本当によくわからんな」

人間の基準であれば、名も知らぬような者を知り合いだとは言わないし、
そもそも最後にあったのが百年以上も前などありえない。

( ´_ゝ`)「人間と違う基準、感覚で生きているのは間違いないさ。
      二、三百年会っていないとはいっても、悪魔は変わる外見がない。
      能力も多少の変動はあるだとうが、大きくは変わらん。
      今さっき見たあいつも、以前となんら変わらぬ風貌、力を持っていることだけはわかった。
      そう、そこで出たのがあの疑問だ。
      何せ、あいつは簡単に使役される程、弱い存在ではない。
      半人前以下に使役されるなど考えられない」

兄者は話しながら笑っていた。
悪魔使いに対する問いも、かつての知人のことを思ったものではなく、
己の興味の赴くままに口を開いただけのことなのだ。

65 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:35:33.12 ID:hVCHkjj40
  
(´<_`;)「……お前、仮にも知人なんだろ?
     もっと、こう……ないのか?」

( ´_ゝ`)「ないぞ。何も。
      今、述べたように、あいつは弱い存在ではない。
      悪魔の力は生きた時間や、喰ったもの、数に比例するが、あいつはどれもずば抜けている。
      生きた年数は、まあオレも似たようなものだが、奴は力を手に入れるのが好きで、
      昔からよく人間と契約を交わしてはあれやこれやと喰っていた」

兄者は悪魔使いを見ていた。
否、彼女の奥にいる、知人を見ているのだろう。

( ´_ゝ`)「オレは人間を眺めているのは好きだったが、契約には然程興味がなかった。
      そんなオレでさえ、今の力を持ってすれば若い悪魔なら簡単に潰せるし、
      そこそこの悪魔使い程度ならば囚われることなく踵を返してさよならすることは簡単だ。
      ならば、オレよりも強いあいつなら? 答えを考える必要もない」

(´<_` )「ならば、やはりあの方の力が凄まじいのだろう」

( ´_ゝ`)「おいおい。あまり持ち上げてやるな。
      分不相応に称えられたとしても、肩身が狭くなるだけだ。
      あんたがあのお嬢さんのことを思うならば、お嬢さんの力が強い、などと思わず、
      己よりも強い者を従えることに成功した手腕や知能を褒めてやるべきだ」

諭すように言われ、弟者は言葉に詰まる。
確かに、不用意な賞賛というのは、ときに肩身を狭くする原因となる。
だが、ここで兄者の言葉を素直に受け止めれば、悪魔使いの力を疑うことに直結してしまうではないか。

67 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:40:44.45 ID:hVCHkjj40
  
(゚、゚トソン「……お褒めにお預かり光栄です。
     と、でも言ってほしいのかな?」

迷う弟者を置いて、悪魔使いが言葉を投げた。

(゚、゚トソン「擁護してくれた少年には悪いけれど、
     確かに私の悪魔使いとしての力は強いものではない」

彼女は憮然とした態度で言う。
しかし、けれど……と、続けられた言葉には、自信が満ち溢れていた。

(゚ー゚トソン「そんな私でも、強い悪魔を従えることはできる。
      私の強い願いが天に届いた結果だとしか言いようがないだろう。
      人間の強い意思はこの世界のすべてに勝る。
      そうだろ? 長岡」

見知らぬ名前が悪魔使いの口から出る。
同時に、彼女の体から何かが生えた。

弟者は初めて、第三者としてその様子を目の当たりにする。
形のない靄がうごめき、色を得て、生き物のような形に固まっていく。
気味が悪い、と思う暇さえない速さで、その行為は終わりを告げ、
後に残るのは一人の悪魔。

68 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 17:45:25.68 ID:hVCHkjj40
  _
( ゚∀゚)「お呼びいただき、至極光栄。
     でもさ、やっぱ長岡って苗字っぽいじゃん?
     どうせなら、名前っぽいのをつけて欲しいな」

長岡、と呼ばれた悪魔は、悪魔使いに話しかける。
彼の目には弟者と兄者は映っていないのかもしれない。

(゚、゚#トソン「私に絡むな。こちらを見るな。話しかけるな」
  _
( ゚∀゚)「えー。いいじゃん。せっかく、こうしてお許しが出たんだし」

(゚、゚#トソン「すぐに引っ込んでもらおうか?」
  _
( ゚∀゚)「それは嫌だな。
     都村ちゃんとお話できなくなるし」

怒りをあらわにしている悪魔使いに対し、長岡の方はけらけらと笑っている。
どこかで見たような、いや、見てはいないが、非常に近親感のある状態だ。

弟者は思わず片手で頭を抑える。
いつもの振り回されっぷりは、第三者の目から見ても胃が痛いものだった。
隣で同じものを見ている兄者は、どことなく怪訝そうな目を長岡に向けていたが、
そのことに気づいた者は誰一人としていない。

70 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:02:54.04 ID:hVCHkjj40
  _
( ゚∀゚)「なー。なー。名前、つけてくれよ」

(゚、゚#トソン「だから、長岡と呼んでいるではないか」
  _
( ゚∀゚)「それって、初めて会った場所の地名じゃん……」

(゚、゚#トソン「何か文句でも?」
  _
( ゚∀゚)「いーや?
     せっかくつけてくれたんだから、不満も文句もないよ」

(゚、゚#トソン「なら黙っててもらっていいか?
      本題に入ることができそうにもない」
  _
( ゚∀゚)「だってさー、苗字じゃ駄目じゃん?」

(゚、゚トソン「あ、その続きは想像がついてるので言わなくていい」
  _
( ゚∀゚)「だって、オレはそのうち――」

(゚、゚#トソン「言わなくていいと言っている!」

悪魔使いが怒声を上げるが、長岡はその口を閉じるつもりはないらしい。
にやけた面のまま、言葉の続きを空気中に放つ。
  _
( ゚∀゚)「都村、って苗字になるんだからさ」

71 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:08:48.78 ID:hVCHkjj40
(´<_` )「え?」

静まり返った部屋の中、葉に溜まった朝露が地面に落ちるまでのような、
長さと短さが混ざり合うような時間を置いて、弟者は声を発した。

いや、それは声ですらなく、ただの音といってもいいだろう。
意味もなく、疑問符こそついているが、
その実、長岡の言葉を理解できずにいる弟者では疑問を抱くことすらできていない。

ただ、荒唐無稽で、頭の中に何一つ残らなかった、
けれども違和感だけを覚えた状況に、音をもらしてしまっただけ。

(゚、゚#トソン「長岡……。貴様、よくもそのような戯言を抜かしてくれたな」
  _
( ゚∀゚)「おいおい。照れる必要なんてないんだぞ?」

わなわなと震える都村に対し、長岡は幸福を象った笑みを浮かべている。
兄者のように飄々と人をからかうのでなく、心の底から思いを汲み上げ、表現しているのだろう。
それが良いことなのか、悪しきことなのかは、時と場合、そして受け取る人による。

(゚、゚#トソン「私が照れているように見えるのだとすれば、
      お前のその偽の眼は何一つとしてこの世の真実を映していないのだろう」
  _
( ゚∀゚)「それは、私だけを見て、っていうおねだりってことでいいのか?」

(゚、゚#トソン「目だけでなく耳も幻のみを受け取っているようだな」
  _
( ゚∀゚)「オレはいつだって都村ちゃんだけを見て、都村ちゃんの声だけを聞いてるぞ!」

(゚、゚#トソン「その言葉一つで、生まれてきたことを後悔しそうだ」

72 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:15:20.67 ID:hVCHkjj40
  
目の前で繰り広げられる舌戦を弟者は呆然と聞き流す。
理解したら何かに負ける気がした。

しかし、そのような些細な努力は、あっさりと打ち砕かれることとなる。

( ´_ゝ`)「……にわかには信じられないことだ。
      昔々のお前を知っている悪魔ならば、誰もが同じ反応を返すことだろう。
      しかし、この状況を見るに答えは一つしかない。
      お前、そのお嬢さんに惚れたのか?」

( <_  )「お前は少し黙ってろよ!!」

弟者の望みを叶える存在であるはずなのに、いつだって望みを打ち砕くのは兄者だ。
常と変わらぬ平坦な声色で紡ぎだされた言葉に、弟者は床を叩く。
せめて、最後の一言くらいは何かに、それはそれは厳重に包んでほしかった。

現実から目を逸らすべく必死な弟者を無視して、都村は兄者を睨みつける。
その眼光は兄者の存在を認識したときなんぞとは比べ物にならない程の殺気を帯びていた。

(゚、゚#トソン「気持ちの悪いことを言うのは止めろ」
  _
( *゚∀゚)「えー、やっぱりわかっちゃう?」

長岡は心なしか頬を赤く染め、生娘のように手を添えた。
男の姿をしている長岡がくねくねと体を揺らすのは実に気持ちが悪い。
精神的な苦痛を受けた、と然るべき場所に通告すれば、相応の罰を与えてもらえるのではないだろうか。

73 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:23:16.28 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「わかるし納得もした。
      オレもお前も、確かな感情を持っている。人間と同じようにな。
      だからこそ、縛られることもあり、手を伸ばすこともある。
      圧倒的に力が不足しているお嬢さんに従っているのは、惚れた弱みというやつか」
  _
( ゚∀゚)「せいかーい」

長岡は軽い拍手を兄者へ送る。
床に拳をつけ、体を小さく丸めた硬直している弟者と、苦々しげな表情をしている都村。
今、この場で音を発しているのは、悪魔達だけであった。
  _
( ゚∀゚)「やっぱりさ、惚れた女の望みくらい、叶えてやりたいよな」

( ´_ゝ`)「根掘り葉掘り聞くことが許されるのならば、お前が恋に落ちたところから聞いてみたい。
      オレの知っているお前は、人間のことを馬鹿にしていたはず。
      相手がどのような顔、体、心を持っていたとしても、己の心を揺らすことなどなかった。
      そんなお前が、このお嬢さんのどこに惚れたのか、興味がある」
  _
( ゚∀゚)「おいおい。そりゃ野暮ってもんだ」

口角を上げた長岡は、見ようによっては格好良い、と評することができる顔だ。
これが悪魔でなければ、村娘の一人や二人、落とすことは容易いだろう。
  _
( ゚∀゚)「恋なんてのはな、気づいたら落ちてるもんなんだよ。
     オレだって気づいたら空中に放り出されてたんだ。
     もう、我武者羅に手を伸ばして、掴む以外に生き延びる術はない、そう思ったのさ」

74 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:29:01.52 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「そうか。恋の一つもしたことのないオレだが、
      お前の気持ちがわからぬほど朴念仁でもないつもりだ。
      オレ達にできる一番のこと、つまりは願いを叶えることをお嬢さんに捧げたのだな」
  _
( ゚∀゚)「その通り。
     一生ものの願いから、ほんの些細な願いまで。
     オレはこの全身全霊をかけて叶えてやっているのさ」

( ´_ゝ`)「お前が自ら望んで使役されているのならば、
      半人前以下の力しか持たぬお嬢さんでも自由自在に扱えよう。
      まあ、それでもお前も譲らぬ部分があったと見えるが」
  _
( ゚∀゚)「できることならば、一から十まで叶えてやりたかったんだがな。
     そうすると、オレは都村ちゃんと会話一つ、意思の疎通一つさせてもらえなさそうだったんでね。
     最低限のところは抑えさせてもらったよ」

長岡は楽しそうに言葉を口に乗せては吐いていく。
己の思いを他人に伝えることなど今までなかったのだろう。

今までは、会話の相手と愛を伝えるべき相手は同一の存在で、
惚気も惚れた女の自慢も第三者という存在にできやしない鬱憤を
今ここで晴らしている、というのがありありと見えた。

兄者は長岡の話しに頷きと言葉を返すばかりで、
鬱陶しそうな様子も、苦々しげな表情も見せることはない。
普段の姿からは想像もできないが、良き聞き役、というった風だ。

75 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:35:09.63 ID:hVCHkjj40
   
悪魔同士による久々の会話はあっけなく終わりを告げることとなる。

(゚、゚トソン「長岡、少し引っ込んでおけ」
  _
( ゚∀゚)「今さっき出てきたばっかりだっていうのに、我が侭なお姫様だ。
     けど、それがあんたの望みならばそれに従おう。
     そういう約束でもあるしな」

都村の言葉に長岡はすぐに反応を返した。
目の前にいた兄者を放って、恭しく腰を曲げたかと思うとその場から掻き消える。
ほんのわずか前まで、そこに言葉を発するモノがいたとは思えない。

(゚、゚トソン「少しばかりお喋りがすぎたようで」

( ´_ゝ`)「過ぎた、という程ではなかったと思うがね。
      今の会話でわかったことは、あいつがお嬢さんのことを好きで好きでたまらない、
      ということくらいのもので、結局のところ、お嬢さんが何を望んだのか、
      何をきっかけに悪魔使いとなったか、すらわかっていない」

(゚、゚トソン「そんなものを知る必要はないだろ」

( ´_ゝ`)「ただの好奇心さ。
      好奇心は猫をも殺すが、好奇心のない人生は灰色だ。
      ただ、野暮だと言われてしまったからな。これ以上、問いただすのはやめておくよ」

(´<_` )「野暮だと言われていなければ根掘り葉掘り聞き出すつもりだったのか……」

76 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:40:15.10 ID:hVCHkjj40
  
ここでようやく弟者が起き上がる。
いくら現実逃避をしてみても、現状が変わることはなく、助けの手も伸びてはこない。
残された道は諦めのみだった。

いや、本音のところをいえば興味がないでもなかった。
生まれて初めてみる兄者以外の悪魔だ。
人間である己とは比べることもできない部分がいくつもあるが、
同じ種である悪魔とならば兄者の異常さも平凡さも比べて計ることができる。

( ´_ゝ`)「それはそうだろう。
      虫が嫌いだと言っていた昔の知り合いが、次に会ったときには虫を飼っていた。
      ただ飼うだけではない。愛好していた、ともなれば、
      どのような心境の変化があったのか知りたいだろう」

(´<_` )「それは否定しないが、話題が話題だけに、普通は遠慮するところだろ」

( ´_ゝ`)「だからこそ退いたではないか。
      まったく別の話題であったならば、いくら野暮といわれようが聞き出すぞ。
      知りたいことを目の前にして、二の足を踏むなんてことは意気地のない奴のすることだ」

弟者は呆れて息をつきながらも納得する。
得たくもない経験のせいで、兄者がどのような性格をしているのかはよくよくわかっていた。

基本的には好奇心に自制を利かせる気がない。
知りたい、欲しい、話したい、聞き出したい。
そんな欲に、兄者は忠実に動いていた。

77 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:47:12.13 ID:hVCHkjj40
   
(゚、゚トソン「……ずいぶんと舌の回る悪魔だ。
     キミも苦労させられてきたんだろうね」

(´<_` )「わかってくれますか!」

弟者は都村へ顔を向けると、拳を握りしめて絞りだすように声を出す。

(´<_` )「こいつときたら、オレの話しなんてちっとも聞きやしない。
      せめて人前では出てくるな、という言葉がどうやったって届きはしない。
      悪魔憑きだと詰られるのはオレだというのに、何処吹く風で眺めていやがる始末で――」

(゚、゚;トソン「わかるとも。わかるとも。
      私も、悪魔使いとしての技を多少なりとも身に着けていなければ、
      キミと同じ状態に陥っていたことだろうさ」

水が滾々と湧き出るように、弟者の愚痴は止まりそうになかった。
とっさに都村が口を挟み、流れるばかりだった言葉を塞ぎとめる。
その際、彼女はちらりと兄者を見たが、彼は特に反応を見せることはなく、
ただそこに存在し、二人の会話に耳を傾けているようだった。

(´<_` )「ああ、やはり悪魔使い様の技は素晴らしいですね」

安堵にも恍惚にも似た息を吐く。
旅の目的が目の前にぶら下げられているのだ。
喜びや幸福感以外の感情を持つはずがない。

78 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:51:16.21 ID:hVCHkjj40
  
(゚、゚トソン「悔しいことに、私は本当に大したこともできない未熟者だがな」

(´<_` )「いいえ。そんなことはありません。
      この悪魔が何を言おうと気にすることはありません。
      悪魔の行動を制限できる。
      それがどれほど素晴らしいことか!」

弟者は兄者を指差しながら、力いっぱい主張する。
普通の悪魔使いなど知らぬ彼からしてみれば、行動を制限させられる、
この一つの技だけでも十二分に感動できる代物だった。

( ´_ゝ`)「無駄な持ち上げは止めておけ、とまだ言わせるか。
      本人が自白しているのだから受け入れてやれ。現実を見つめさせてやれ。
      そこのお嬢さんが、否定を望んだ、傲慢ともいえる謙遜を見せているのでないのなら、尚更に」

(゚、゚トソン「別に否定して欲しいとは思っていなが、
     私は彼と話しをしているのだから割り込んでくるな」

( ´_ゝ`)「それは奇遇なことだ。
      オレも弟者と話しをしているところだ。
      だが、オレはお嬢さんの割り込みなど気にしない。
      会話というのは大勢でも少人数でも楽しめる。いくらでも話しをしようじゃないか」

(゚、゚トソン「お断りだ」

( ´_ゝ`)「なんともつれないお嬢さんだ。
      オレとしては悪魔を見ても叫ばず、逃げもせず、批判するでもない人間というのは貴重で、
      だからこそ、まともに通じる会話というのを楽しみたいのだが」

79 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 18:56:16.92 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「自分が恐れられている自覚はあるのに、何故行動に移せないんだ」

( ´_ゝ`)「行動とは黙って身を潜める、ということだろ?
      どうしてそのようなことをしなければならない。
      そんなものは退屈き極まりないし、何より会話もできない。
      あんたの言う行動ってので、オレに得はあるか?」

(´<_` )「別に一生出てくるな、とまでは言っていないだろ。
      最低限、人前では出てくるな、と寸前のところまで譲歩しているのだからそれを受け入れろ。
      それだけで、叫ばれることも恐れられることも批判を受けることもない」

真っ直ぐに目と声を弟者は兄者へ向ける。
しかし、兄者は両手を肩ほどにまで上げ、呆れたように息を吐きながら首を横に振った。
時間にすればほんのわずかな動作だ。

だが、それは弟者の神経を的確に逆撫でしてみせた。
胸と腹がざわり、としたのを感じると、弟者は眉をつり上げる。

(´<_` #)「言いたいことがあるなら、その無駄に回る舌を使え!」

火でも噴出しそうな怒りっぷりだ。
その様子に兄者がにやついているのがわかり、またしても手のひらの上だ、と弟者は気づく。
とはいっても、今更この怒りを自力で収めることはできない。

(´<_` #)「お前の快楽のために、何故オレが被害を被らなければならない!
      オレに我慢を強いているのだ。たまにはお前が我慢しろ!」

81 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:00:12.34 ID:hVCHkjj40
  
燃えるような怒りを収めたのは本人ではなく、その場にいた第三者だった。

(゚、゚トソン「落ち着くんだ。
     キミが怒ったって、悪魔はなんとも思いやしないんだから」

都村はそっと弟者の肩に手を置く。
彼女の目は澄んだ湖のようで、その冷たさに弟者の怒りは急速に熱を失っていった。

(´<_` )「……すみません。お見苦しいところを見せてしまいました」

怒りを如実に示していた眉は力なく下がり、肩から力が抜ける。
自分では止まることのできなかった勢いに歯止めがかかったことにほっと一息つく。

兄者は先に言っていたように、会話に入ってきた都村に嫌な顔一つしてみせないどころか、
楽しげな様子さえ見せている。

(゚、゚トソン「いやいや。構わないよ。
     むしろ、私は感心している」

(´<_` )「え?」

弟者は目をしばたかせる。
今の流れのどこに、感心してもらえるような部分があったというのだろうか。

82 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:05:25.98 ID:hVCHkjj40
  
(゚、゚トソン「キミは悪魔を前にしても自己をしっかりと保っている」

(´<_` )「保っているって……」

弟者にとって、現状は日常と同意義だ。
自己を保つもなにも、自分の感情を兄者にぶつけ、受け流されて地団駄踏む、というのは、
悔しいけれども、何一つ特別さなど感じられない。

(-、-トソン「普通、悪魔を前にするとね、人間は縋ってしまうんだよ。
      目の前に、願いを叶えてくれるモノがいると。そして、甘くなってしまう。
      願いを叶えてもらうのだから、悪魔の存在くらいは耐えよう、受け入れよう、と」

都村は悲しげな目をした。
その瞳だけは、年相応な女の子のものに見える。

(゚、゚トソン「そうやって泥沼にはまっていくんだ」

悪魔憑き、という呼び名がつくあたり、悪魔との関係を一期一会で終わらせる人間が少ないことがわかるだろう。
人は悪魔と契約を交わすと身に悪魔を住まわせることとなる。
少しずつ代償を払っていき、小さな欲から強大な欲まで悪魔に託す。
願いは依存を伴うようになり、いずれ人は己の全てを捧げずにはいられなくなる。

兄者と出会うまでは極普通の一般人でしかなかった弟者からしてみれば噂程度の話。
けれど、悪魔使いを目指し、またそう生きた都村はその現実を見てきたのだろう。
実感を抱いた声だった。

83 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:10:21.05 ID:hVCHkjj40
  
(´<_`;)「あ、ち、違うんです」

弟者は慌てて声を上げる。
感心されるのは嬉しいが、的が外れすぎている。

(´<_`;)「こいつはオレの願いなんて叶えちゃくれないんですよ」

( ´_ゝ`)「おいおい。初対面のお嬢さんにおかしなことを言うんじゃない。
      まるでオレが怠惰な悪魔のように思われるじゃないか。
      あんたがただ一つ、強く願った、たった一つを叶えてやろうと今も奮闘しているというのに」

(´<_`;)「入ってくるな! 話しがややこしくなる!」

わかっていてやっているのだろう。兄者は口角を上げている。
邪魔をするのが楽しいのか、慌てる弟者を見るのが楽しいのか。
どちらにせよ、弟者が迷惑を被っていることに変わりはない。

(゚、゚トソン「……そういえば、まだちゃんと聞いていなかったな」

凛とした、意思の強い目が弟者を射抜く。
兄者に遊ばれていたことも忘れ、一瞬息を呑んだ。

都村の唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
それは迷いのないものだった。

(゚、゚トソン「キミは、何を私に望む?」

84 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:15:21.17 ID:hVCHkjj40
  
思い返してみれば、弟者はまだはっきりと言葉にしていなかった。
告げかけたところを兄者や長岡に邪魔され続けてきた。

(´<_` )「オレは……」

改めて、言葉にすることに、弟者は唾を飲み込んだ。
勢いで言ってしまえればよかったのに、改まって口にするのはどうにも緊張してしまう。
喉が渇き、上手く声が出ないような気がした。

一度、横目で兄者を見る。
勇気がもらえるわけではないし、何かを確認したかったわけでもない。
ただの衝動と習慣だ。

視界の端で捕らえた兄者は、弟者が発する言葉の先を待っているようだった。
今からお前を払う算段をつけるんだぞ、と思わずまくしたててやりたくなるような態度だ。

旅の始まりから今まで、悪魔使いを探すことを否定せず、邪魔もしてこなかったけれど、
直前になっても兄者は己のやり方を変えないらしい。
兄者らしいといえば、兄者らしいことだ。

そんなことを緊張で固まった脳がぼんやりと考える。
すると、不思議なくらい力がぬけた。
これならば問題はない。
悪魔使いに、願いを伝えられる。

(´<_` )「オレにとり憑いた悪魔を払ってほしい、です」

86 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:20:38.09 ID:hVCHkjj40
  
(゚、゚トソン「……なるほど。
     やはりそうか」

都村は顎に手をあて、神妙な顔をしている。
彼女自身、そして兄者が言っていたことが本当だとするならば、期待はしないほうがいいのかもしれない。
弟者は不安げに心を揺らしながら、自己防衛の壁を作る。

( ´_ゝ`)「今までの流れで弟者の願いが察せられぬわけがないだろう。
      わかりきっていたくせに、今更そんな顔をされても胡散臭くなるだけだぞ。
      それで、だ。お嬢さんはどうするんだ?
      人に憑いた悪魔を無理やり引っぺがす力なんてお嬢さんにはないだろ?」

兄者は都村に顔を近づけた。
やや弟者から体を伸ばし、立ったままの都村を覗き込むような形になっている。

( ´_ゝ`)「長岡の力でも借りるか?
      お嬢さんが何を望み、奴の力を利用しているのかは知らないが、
      オレを引き剥がすのは骨が折れるぞ。お勧めはできない」

挑発するような口調にも、都村は冷めた目を返すだけだ。
凍えるような目には嫌悪と憎悪の色が宿っている。
それを見て、兄者はよりいっそ、笑みを深くした。

面白い人間ではある。
下した結論は簡潔で、しかし重要なことだ。

87 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:23:08.11 ID:hVCHkjj40
   
(゚、゚トソン「あいつの力は借りない。
     弟者君には悪いが、私の力は、私の目的のためにのみ使われる」

都村の指が静かに動き、腰に下げている刀の柄に触れた。
細い指がなぞるようにして柄に絡みつき、力強く鞘から引き出される。
一連の動きは流れるようで、思わず見とれてしまうような美しさがあった。

(゚、゚トソン「けれど、悪魔をキミの体から消しさる方法に心当たりがないわけでもない」

( ´_ゝ`)「ちゃんと己の実力を理解してくれているみたいで一安心だ。
     自分でできる、と見得を張らずに、方法のみを知っている、と告げるのその心意気。
     天晴れだと言える。本当のところ、それをできる人間は存外少ないのだから」

(゚、゚トソン「黙れ。悪魔」

抜き出された刀の先が兄者に向けられる。
弟者は自身に向けられているわけではない、とわかっていながらも、
すぐ傍に向けられている刃に身をすくめた。

光を反射する刀身は、素人目にもその刀が業物だということがわかるほどのものだ。
けれども、たかだか刀だ。人間が作り出した武器で悪魔を殺すことができるとは思えない。

無論、都村とてそのようなことはわかっている。
彼女の行動は攻撃のためのそれではなく、決意と主張の証だ。

88 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:27:08.93 ID:hVCHkjj40
  
(゚、゚トソン「お前が彼を使い、どれだけの蜜を啜ったかは知らん。
     だが、人にとってお前が、悪魔が、どれほど害悪であるかは知っている」

刀がさらに突きつけられる。
兄者が生身の体であったならば、あと一寸動くだけで刃が首を裂くだろうという程の距離だ。

(゚、゚トソン「私は確かに力なき悪魔使いだ。
     しかし、私には仲間がいる。私なんぞよりも多くの経験をつみ、技を身につけた者もだ」

( ´_ゝ`)「頼もしいことだな。人を頼るのは恥ずかしいことではない。
      お嬢さんはずいぶんと同僚に恵まれたらしい。
      その幸せは万人が持ちえるものではないことを忘れないでいてくれよ」

(´<_`;)「お前はどうしてそう、煽るようなことが言えるんだろうな……」

殺気と刀を向けられている兄者は常と同じ飄々とした様子だ。
すぐ傍で座っている弟者のほうが、冷や汗が止まらない。
逃げ出したくもあったが、立ち上がる動作一つしようものならば切り裂かれてしまいそうだった

(゚、゚トソン「いいんだよ。弟者君。
     悪魔なんてね、口先で人を騙し、操り、悦楽を得るような奴らばかりなのだから。
     我々、悪魔使いは悪魔の言葉に騙されぬ鍛錬も積んでいる」

都村の瞳には触れるものを燃やすような熱など存在していない。
ただただ冷たく、凪いでいる。
しかし、その奥底に、荒れ狂った嵐があるのを見逃す兄者でもなかった。

89 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:29:14.28 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「そうは言うが、お嬢さんは先ほど、長岡の言葉にえらく動揺していたように見えたぞ。
      鍛錬一つ、まともにこなせていなくとも、悪魔使いを名乗ることができるのか?
      なんとも質の低い集団だ。
      なあ、お嬢さんの知り合いには、本当に腕のたつ奴がいるんだろうな?」

都村の体が兄者に一歩近づく。
同時に、刀が押し込まれ、兄者の首を貫通した。

(´<_`;)「ひっ……」

( ´_ゝ`)「お嬢さんでないのなら、もっとできる人間に任せるのならば、
      オレは弟者の行動を強制したりしない。
      選択は自由であるべきだし、オレもそれを望んでいるからな」

実態を持たぬが故に、兄者は血を流すこともなく平然と言葉を続けていく。
頭ではわかっているのだが、何とも異様な光景だ。

躊躇なく殺気を向け、行動を取る女。
貫かれた者。
それでも彼らは平然と、常と変わらずに言葉を話す。

気が遠くなりそうな絵面がそこにはできていた。
悪魔憑きとはいえ、普通の神経しか持っていない弟者には毒が過ぎる。

(゚、゚トソン「戯言を。
     選択の自由など、どうせ見せかけにすぎないくせに。
     その実態のない腹の中は、いかほどに黒いのだろうな」

90 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:32:31.29 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「好きに疑ってくれて構わない。
      誰に何を思われていようとも、オレのなすべきことは何一つとして変わりはしない。
      特に、第三者であるお嬢さんの言葉など、路傍の石と変わらんよ」

(゚ー゚トソン「せいぜい余裕を見せているがいいさ。
      化けの皮が剥がれるその日、心待ちにしておこう」

不敵な笑みを浮かべた都村はゆっくりと刀を引き、鞘に戻す。
金属がぶつかる音が聞こえて、ようやく弟者は体から力を抜く。
硬直していた体は休息を求めたのか、思わず後ろに手をつき脱力してしまう。

(´<_`;)「あの……。できれば、もう、こういうことは止めてほしいのですが」

(゚、゚;トソン「す、すまない」

( ´_ゝ`)「ちゃんとした腕の悪魔使いの存在を見つけるより、
      あんたの気が擦り切れてしまう方がずっと早いかもしれないな。
      だが、それはあまりよろしくない事態だ。お嬢さんには自重をお願いしたい」

(´<_` )「お前が煽るからあの結果になったんだろうが……」

( ´_ゝ`)「おっと、それは言いがかりだ。
      オレはあんたのことを心配して言ってやっているというのに。
      下手な悪魔使いの技など、当てになるものか。
      人ならざる力を扱えば、相応の危険が伴う。
      行使する人間にのみ与えられる危険であれば文句は言わんが、
      恩恵を受けるあんたにだって、それは平等に与えられる」

91 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 19:35:11.39 ID:hVCHkjj40
   
悪魔使いの実力によっては、死という結果だって与えられかねない。
兄者は言外にそう告げる。

いっそのこと、言葉にしてくれればいいのに、
肝心な部分をぼかし、言外に言葉の雰囲気のみで伝えようとするから性質が悪い。
嫌な想像というのは膨らむもので、明確な恐怖よりも心を占める割合が大きい。

(´<_`;)「悪魔の言うことなど当てになるものか」

断言したつもりで、けれども、その声はやや震えていた。
悪魔の忠告はともかく、兄者の忠告は当てにならないでもない。

(゚ー゚トソン「ご安心を。
      私の知っている悪魔使い様方は、みな優秀な人ばかり。
      その悪魔の言葉に耳を貸す必要などないくらいに」

目を細めてみせたその笑みは、人を安心させることができるものだ。
つい先ほどまで殺気を放っていた人物と同じ人間だとは少し思えない。

(゚、゚;トソン「私の修行が足りぬばかりに、余計な不安を与えて申し訳ない。
      いやはや。悪魔の言葉に耳を貸さぬ、心を動かさぬ。というのは、
      悪魔使いとして真っ先に学ぶことだというのに」

(´<_` )「私から見れば、十分悪魔の言葉に惑わされずにいたように思えました。
      あなた様のようにできていれば、私の苦労は今の半分になっていたことでしょう」

96 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:02:58.85 ID:hVCHkjj40
   
( ´_ゝ`)「少なくともオレはあんたを惑わすようなことをした覚えはないぞ。
      オレの言葉は助言であって選択肢。
      進める道を提示してやっているにすぎない」

(´<_` )「そうは言うが、オレはいつだってお前の手のひらの上じゃないか。
      悔しいことだが、知識も知恵もオレは敵わない。
      上手く誘導されてしまい、はぐらかされている」

弟者は兄者を睨む。
いつだって、聞きたいことは横に逸らされた。
言いたいことは煙に巻かれた。
行動はそれとなく誘導されていた。

そんな不満や怒りが瞳に宿っている。
兄者は黙って頭を掻く。

( ´_ゝ`)「別にあんたを馬鹿にしてるだとか、ないがしろにしているわけではないぞ。
      そりゃ、面白いと思ったことはあるがな。
      でも、あんたに大きな苦労を強いるような道は用意していないつもりだし、
      知らなければならないようなことにまで蓋をしたことはない」

(´<_` )「必要不必要はオレが決めることだし、道だってお前に提示されて欲しくない」

( ´_ゝ`)「年長者の言葉は聴いておくものだぞ。
      後できっと役にたつのだから。それに気づくのはあと十数年は先なのだろうけれどな。
      無論、死ぬまで気づかぬのならば、それはそれで良し」

98 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:05:22.71 ID:hVCHkjj40
  
(´
(゚、゚トソン「そこまで」

青筋を浮かべた弟者の前に、白く細い指を持った手の平が置かれる。
都村の手に阻まれ、弟者の視界から兄者は消えた。

(゚、゚トソン「悪魔の言葉に耳を貸す必要などない。
     それはキミの不利益にしかならない」

(´<_` )「あ……」

また、いつもの調子だった。
弟者は視線を下げ、反省する。

終わりのない堂々巡りの口論。
勝てるはずがないとわかっていながら言葉を返してしまうのも、
それに神経を立たせるのも、もうすぐ終わるのだ。
目標が間近に迫った今、自分も少しは変わらなければならない。

閉じた口の中で弟者は誓いを立てる。

(゚、゚トソン「キミの気持ちもわかる。
     こんな口の軽い悪魔が憑いていては、苦労もしてきただろう」

微笑みさえ浮かべながら都村は弟者の肩に手を置いた。
先ほどは女性らしく細い指に見えたが、触れられた部分からは戦う者の力強さが感じられる。

99 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:08:21.51 ID:hVCHkjj40
   
(´<_` )「はい……」

二度、都村は弟者の苦労に理解を示す言葉をくれた。
今回は暖かなぬくもりまで与えてくれたのだ。
思わず涙を零しそうになった彼を誰が責められるのだろうか。

今まで、苦労を理解し、慰めてくれた人間はいない。
そもそも、悪魔憑きであることを相談できた人間など、旅の中でも極々少数だ。

故郷を離れ、旅を続けてきた過程で、弟者の胸の奥には荷物が蓄積されていた。
重く、淀んだ荷物だ。
自分でさえ気がつけない程、奥深くに積み上げられていた荷物は、
都村の言葉によって揺らぎ、表に溢れ出た。

(´<_` )「ずっと……、ずっと、大変、でした。
      いつ、おわるのかと、この旅は……」

声が震える。
ぐるぐると頭の中に旅の光景がよぎっていく。

(´<_` )「つか、れた……。
      人に指をさされ、人に怯え、急ぐように村や町を後にしてきました。
      いつだって、周りに人はいなかった」

弟者は唇を噛む。
そうでもしないと、本当に涙が溢れ出そうだった。

(゚、゚トソン「わかっている。悪魔は恐ろしい、と誰もが知っている。
     それを遠ざけるのは当然のことなのだから」

100 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:12:29.73 ID:hVCHkjj40
   
思い出される言葉の数々。
悪魔を憑かせた人間を非難する言葉の刃。
今まで、それは事実でしかなかった。

どれほど弟者が声を上げようとも、その身に悪魔がついているのは紛れもない事実で、
言葉を並べたところで覆すことはできなかった。
けれど、目の前にいる彼女ならばわかってくれる。

非難を受けることを否定しても、許されるかもしれない。
彼女が許してくれるのならば、それを受け入れられるかもしれない。

(´<_` )「でも、オレは……」

(゚、゚トソン「うん。キミ自身は悪魔じゃない。
     悪魔を払いたいと、離れないと、願える人間だ」

( <_  )「……は、い」

弟者は俯く。
誰の目にも彼の顔は見えなかった。
だが、泣いていたのかもしれない。
その場にいる誰にも涙を見せず、心の荷物を押し出していたのかもしれない。

( ´_ゝ`)「……」

兄者はそれをただ見ていた。
慰めるわけでもなく、言い訳をするでもなく、弁解をするでもなく。
ただ、じっと見つめていた。

101 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:15:11.76 ID:hVCHkjj40
   
(-、-トソン「悪魔は本当に酷い。
      キミも苦しめられてきただろう。
      私の力で今すぐ解放してやれないのは、本当に心苦しく思う」

しばしの間を置いて、都村が言う。

(゚、゚トソン「だが、安心してくれ。
     キミは救われる。私の仲間が、きっと救ってくれる」

弟者は静かに頷いた。
此処で頷かず、いつ頷くというのだ。
ずっと求めていたものを信じられなくなる程、弟者は卑屈な人間ではない。

(゚、゚トソン「悪魔憑きになってしまったことも、気にしなくていい。
     我々は、形こそ違えども、身に悪魔を宿している、という点では同じ。
     何か、どうしても叶えたいことがあるからこそ、奴らの手を取ったのだから」

(´<_` )「え?」

彼女の言葉に、弟者は顔を上げる。
目は潤んでいるが、涙は流れていない。

(゚、゚トソン「どうした?」

(´<_` )「いや……。
      悪魔使い様は、何か願いがあって悪魔と共にいるのですか?」

102 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:18:22.60 ID:hVCHkjj40
   
悪魔使いという人物に対して、弟者は深く考えたことはなかった。
誰でも知っているような、悪魔を使役できる人間、ということ以外に深い知識はない。
強いて他にあげるのであれば、己を救う術を持っているかもしれない、ということくらいだろうか。

だからこそ、悪魔使いが、他の悪魔憑きと同じように何かを願い、悪魔を身に宿した等とは考えもしなかった。
そもそも、悪魔に願いを託すことは悪だ。
人々の味方であるはずの存在が、そのような行為に手を染めていると思えない。

(゚、゚トソン「そうだ。そこはキミと変わらないよ。
     だから、気後れすることはない。
     私の仲間もキミのことを責めない。いや、責めるような資格があるような人間はいない」

都村は腰の鞘に指を伸ばす。

(゚、゚トソン「私の願いは、この世から抜け殻を消し去ること。
     故に、抜け殻の素となる悪魔憑きは好ましくないが、
     キミのように自らの行為を反省し、変わろうとする人間は嫌いではない」

命を消し去ることのできる道具を都村は愛おしそうに撫でる。
おそらく、悪魔憑きを殺したこともあるのだろう。
弟者が悪魔を払ってほしい、と言える人間でなければ、今頃は刀の錆にでもなっていたかもしれない。

背筋に冷たいものが走った弟者だが、それどころではなかった。
都村は勘違いをしている。
苦労を知ってくれた人物であり、受け入れてくれた人物でもあるが、
この間違いだけは正さなければ弟者の気がすまない。

103 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:21:31.57 ID:hVCHkjj40
(´<_`;)「都村さん」

(゚、゚トソン「どうした?」

(´<_`;)「オレ、悪魔に何か願った記憶なんてないんです」

(゚、゚トソン「……どういうことだ」

都村は低い声を出し、兄者を見る。
何も叶えてもらっていない、というのは途中で心変わりした、という意味ではないのか。
そんな疑念を含んだ瞳だ。

ここで弟者が嘘をつく理由はない。ならば、弟者を疑うのは意味のないことだ。
記憶がないということが真実だとすれば、問い詰める必要があるのは弟者ではなく、悪魔の方になる。

( ´_ゝ`)「お嬢さんも悪魔使いならわかっているだろ?
      オレ達悪魔は、契約なしに人に憑くことはできない。
      解釈の仕方こそ様々であれど、その願いは口に出されなければ意味がない」

遠まわしな言い方ではあるが、兄者は弟者と契約を交わしたのだ、と告げる。
当然、兄者が口にしたことくらい都村も知っていた。
だからこそ、兄者を睨んでいるのだ。

(゚、゚トソン「覚えていない、それがどれだけおかしなことか、わかっているのだろ?」

( ´_ゝ`)「世の中、人間には、悪魔のオレにだって考えられないようなものが溢れてる。
      頭のおかしい奴、理屈では考えられない出来事、見つけられさえしていないような何か。
      それらのうちの一つが、お嬢さんの目の前にあるだけかもしれんぞ?」

(゚、゚トソン「御託はいい。どうせお前が何かしたのだろう」

104 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:24:34.74 ID:hVCHkjj40
  
都村は視線を弟者へと移す。
戸惑うような表情をした彼と目が合った。

(゚、゚トソン「悪魔の手を取るような願いだ。
     普通、忘れることなどできないようなもののはず。
     一粒の飴を手に入れるために悪魔を憑かせる者などいない」

(´<_`;)「オレにはそんな願いは……」

弟者は兄者と出会った頃のことを思い出す。
穏やかで平凡で、普通に生きて仕事をしていた。
特に不満はなかったし、苦しいこともなかった。


もっともっと、それこそ兄者と出会うなど思いもしなかったような昔々であれば、話は別だが。


( ´_ゝ`)「数日待てば咲くような花を今すぐ咲かせたい、と願う者もいる。
      ものを知らぬ子供の願いであり、延命を望まぬ少女の願いであり、
      看取ることしかできない者の願いでもある。
      お嬢さんにとっては、あるいは今の弟者にとっては、つまらない願いなのかもしれないが、
      オレは確かに契約を交わしたよ。だから、ここにいる」

(´<_` )「つまらない願い、なんて思ってもないくせに」

( ´_ゝ`)「オレにとってはな。
      今も昔も変わらず、オレはあんたの願いを面白いと思った。
      叶えてやりたいと思った。だが、今の時を生きるあんたからすれば、
      大きなお世話なのかもしれないな」

105 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:27:11.00 ID:hVCHkjj40
  
兄者はにんまりとした笑みを見せた。
その顔を見て、弟者は直感する。

おそらく、本当は今も弟者が心の奥底で願っているような願いなのだ。
自身さえ知らぬ願いを兄者は知っているに違いない。

(´<_` )「……どうでもいい。
     どうせ、もうすぐお前とはおさらばできるんだ」

(゚、゚トソン「そうだな。うん。キミは正しいよ。
     幸い、少し距離はあるが、仲間と合流する予定の町へ向かっている途中なんだ。
     きっと、キミが今までしてきた旅の時間に比べれば、あっという間だろう」

都村はややぎこちない様子で弟者の言葉を肯定する。
未だ、彼女は兄者と弟者の間で交わされた契約が気になっているのだろう。
知識がある分、歪が気になってしまうのはしかたのないことだ。

(´<_` )「それでも、いくつかの村を通るんですよね」

(゚、゚トソン「そうなるな。流石に合流場所まで補給なしにはたどり着けないだろう」

弟者は悩む。
悪魔使いが傍にいるからといって、兄者が姿を現す回数が減るわけではないのは、
現状を見ればすぐに想像がつく。

となれば、これからしばらくの間、兄者の存在が都村の邪魔になりかねない。
今までは自分一人が迷惑を被るだけであったが、そこに彼女を巻き込むことになってしまう。

106 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 20:30:09.82 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「……今からでも、少しくらいオレも都村さんみたいになれませんか?」

(゚、゚トソン「どういうことだ?」

(´<_` )「悪魔の行動を少しでも制限したいのです」

(゚、゚トソン「なるほど。
     そういうことか……」

弟者の言いたいことと、考えていたことを察したらしい都村は、顎に手を当てる。
表情は実に苦々しげだ。

(゚、゚;トソン「残念だが、それはできない」

(´<_` )「やはり、相当な鍛錬が必要ですか」

想像できていたことだが、もしかして、と淡い期待してしまっていただけに、
残念という気持ちが抑えられない。
うな垂れ、肩を落とした弟者に、都村は言葉を続ける。

(゚、゚トソン「鍛錬よりなにより、すでに手遅れなんだ」

(´<_` )「手遅れ?」

非常に嫌な響きを持った言葉だ。
弟者はしかめた顔を上げる。

111 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:00:14.15 ID:hVCHkjj40
  
(゚、゚トソン「そもそも、キミは我々悪魔使いの力、とはどのようなものだと思っている?」

(´<_` )「それは……。
      悪魔を従えさせる力、ではないのですか?」

(゚、゚トソン「結果を見ればそうかもしれない。
     だが、細かなところを見れば、それは全く違っている」

(´<_` )「どういう意味ですか?」

( ´_ゝ`)「人間そのものに、憑いた悪魔をどうこうする力はないってことだ。
      そんな力を持っているのならば、そもそも悪魔に手を伸ばす理由なんてない。
      何だって自分の力でできるだろうさ」

疑問に答えたのは都村ではなく兄者だった。
今更、唐突な割り込みに驚く弟者ではなく、そのまま平然と言葉を返す。

(´<_` )「お前には聞いてない。
      というか、お前は詳しいところまで知っているのか」

( ´_ゝ`)「知っているとも。悪魔使いに憑いたことはないが、悪魔使いを見たことはある。
      その技術も知っているし、悪魔がどのように扱われるのかも知っている。
      とはいっても、ずいぶん昔の知識だ。今は少し変わっているかもしれんがな」

112 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:03:22.50 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「悪魔にも情報共有をする場があるのか」

( ´_ゝ`)「偶然、会うことがあれば会話もするさ。
      先ほどの長岡とのようにな。
      それに、オレは悪魔使いが進出し始めたところを見ている。
      基本的なことならば、お嬢さんよりも知っているかもしれないな」

煽るような口ぶりだが、都村はそれに乗らない。
すでに同じような失敗を繰り返しているのだ。
これ以上、助けを求めてきている相手の前でみっともない姿は晒せない。

(゚、゚トソン「我々が主に力を発揮するのは、悪魔との契約の時だ」

これ以上、兄者に会話の手綱を持たさぬように、と都村は言葉を続けていく。

(゚、゚トソン「通常、我々は同士が悪魔と契約する際、複数の人間がその場に居合わせ、
     契約を支援することになっている」

(´<_` )「支援、ですか?」

悪魔使いは望んで悪魔と契約するのだ、と聞かされてなお、
弟者は彼らが積極的に悪魔を身に宿そうとしているところを想像できずにいた。

(゚、゚トソン「そうだ。契約者とその周囲の人間。
     彼らは鍛錬の末に手に入れた気と技術を用いて悪魔が帰るべき箱に蓋をする」

113 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:06:18.11 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「悪魔の帰り道を塞ぐ、ということですか」

(゚、゚トソン「そうだ。奴らは生意気にも自分の意思で契約者を選ぶことができる。
     悪魔使いに属する人間と契約を交わすような馬鹿はいない」

弟者は契約の場面と、両者の心境を想像し、思わず唾を飲み込む。
身近な悪魔といえば兄者だが、彼は自由きわまりない。
使役されることを嫌うだろうことは想像に容易いが、悪魔使い達はその拒絶を否定するのだ。

そこに、選択の自由などはない。
悪魔に与えられるのはただ一つの選択肢だけだ。

(゚、゚トソン「そうして、我々は得た知識と知恵を使い、悪魔と契約を交わす」

( ´_ゝ`)「対価を少なく。得られる力は最大限に。
      拒絶をしたところで悪魔に戻る場所はなく、
      不完全な状態では長い間こちらの世界に留まることのできない悪魔は、
      否応なしに悪魔使いと契約を交わす。
      それが、どれほど理不尽極まりない契約であったとしてもな」

兄者の言葉に怒りは見られない。
悪魔使い達を蔑むような色もない。
同属とは言えども、知っている悪魔でなければどうでもいいと思っているのだろうか。

( ´_ゝ`)「だが、長岡はそう簡単ではなかっただろ?
      そこいらの悪魔とは違う。大昔から生きた悪魔だ。
      力も並みではない。お嬢さんの契約時に何人の悪魔使いがいたのかは知らんが、
      十数人いてもあの悪魔を拘束することなどできまいよ」

114 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:09:34.02 ID:hVCHkjj40
  
無関心を貫こうと努力していた都村だが、兄者の言葉に思わず睨めつけてしまう。
彼女の唇は悔しそうに引き締められていた。

(゚、゚トソン「……そうだ。あの悪魔は並みではなかった」

(´<_` )「それ程に強い悪魔なのですか?
      とても、そうは見えなかったのですが……」

何より、兄者の知り合いだ。
同程度の長さを生き、力を有しているらしい兄者の姿に、弟者は強さなど微塵も感じない。
あるのは鬱陶しさと辟易とした思いばかりだ。

(゚、゚トソン「強い。応援を要請し、最終的には二十人以上の悪魔使いが居たのだが、
     それでもあの悪魔は我々を鼻で笑うように、己の帰り道をこじ開けた」

(´<_` )「……なら、何故」

(゚、゚トソン「あの悪魔は私の身にいるか、か?」

弟者は無言を返す。
それは肯定を意味していた。

圧倒的な力を持つ存在が、どうして己よりも下等な存在についているのか。
率直に言えばそういう意味合いだ。
口で肯定するには荷が重い。

(゚ー゚トソン「それは、私の願いが天に届いたからさ」

115 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:12:10.30 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「願い……」

弟者はそう呟き、黙する。

悪魔との関係は、願いで繋がっているといえる。
都村がそうであるように、弟者もそうであるはずなのだ。
そして、別の種族を繋ぐそれは、些細なものではないのだろう。

(゚、゚トソン「あの日、私の先輩や師匠の力を振り払い、あの悪魔は自ら封印の箱へ戻ろうとした。
     忘れもしないさ。あの時のあいつの顔は。
     実につまらなさそうだった。まるで蟻を眺めているような、
     そんな、ちっぽけな存在に興味さえひかれないような顔だ」

当時のことを思い出すと腹が立つのか、都村の歯が圧力によって軋んだ音をたてる。
彼女の口から聞く長岡の様子は、先ほどの長岡と同一の存在とは思えないものだ。
軋んだ音に口を挟むことなく、弟者は都村の言葉に耳を傾ける。

(゚、゚トソン「だが、私は諦めなかった。
     私の願いのために、忌々しいことだが、悪魔の力が必要だった」

(´<_` )「抜け殻をこの世から消し去る……」

(゚、゚トソン「その通り。私は帰ろうとする長岡に、その願いを叫んだ。
     奴は面倒くさそうだったが、それでも動きを止め、私のほうを振り返ったのだ」

そこで都村は言葉を止める。
己の胸に手を当て、鬱蒼と笑うのだ。

118 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:15:07.56 ID:hVCHkjj40
  
(゚ー゚トソン「なんだ。言いたいことでもあるのか、長岡。
      余計なことしか言うつもりはないのだろうけれど……。
      わかった。いいだろう。出てこい。
      私の願いが天にも届いた瞬間を、お前が、話すといい」

直後、都村から悪魔が現れる。
他人から悪魔が出てくる、という光景に弟者はどうにも慣れることができない。
  _
( ゚∀゚)「さっすが都村ちゃん。オレの気持ちを理解してくれるとは!
     うんうん。あの瞬間の話はオレがしたい」

( ´_ゝ`)「オレも気になってしかたのない部分だ。
      天に届いたのかは定かでないが、間違いなくお前の心に届いたらしい願いは、
      どのようにしてお前へと突き刺さったのか」
  _
( ゚∀゚)「そうとも。オレの心に、都村ちゃんの願いは突き刺さったんだ!」

長岡は感情が高ぶっているのか、一つ一つの動作が荒い。
都村は面倒くさそうな顔でそれを見ている。
このまま放っておけば、話を聞く前に再び強制撤去をくらうことになるだろう。

(´<_` )「で、話は」
  _
( ゚∀゚)「そう急かすなよ兄ちゃん」

楽しげに長岡は笑う。

119 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:18:18.21 ID:hVCHkjj40
  _
( ゚∀゚)「都村ちゃんは真っ直ぐオレを見ていた。
     圧倒的な力に怯むこともなく、ただ、真っ直ぐな瞳をしていたよ」

今もそれは変わらない、と長岡は肩をすくめながら笑う。
確かに、都村の瞳は力強い。
何をもってしても己の思いを成し遂げる意思が感じられる。
  _
( ゚∀゚)「私に仕えろ、そして、私の父と母の仇である抜け殻を、皆殺しにするのだ。
     ……それが、都村ちゃんの願いだった」

(´<_` )「父と、母……」
  _
( ゚∀゚)「何でも、近所のおっさんが悪魔に手を出して抜け殻になっちまったらしい。
     それに都村ちゃんの親父さん達は殺られちまったってわけだ」

(゚、゚トソン「そんな話はどうでもいい」
  _
( ゚∀゚)「よくないだろー。大事なとこだろ?」

(゚、゚トソン「思い出したくもない話を口にするな、と言っているんだ」
  _
( ゚∀゚)「そりゃすまなかった。ちょっと配慮が足りてなかったようだ。
     許してくれよ? 愛しい都村ちゃん」

(゚、゚トソン「気持ち悪い」

都村と長岡のやり取りに、弟者の呟きは即座に埋もれてしまった。
わずかに顔をゆがめた彼に気づいたのは、すぐ傍にいた兄者だけだ。

120 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:21:18.99 ID:hVCHkjj40
  _
( ゚∀゚)「まあ、そんな願いを聞かされて、オレは聞いたわけ。
     そんなに抜け殻が憎いのか? ならば、それを生み出す悪魔も憎いだろう。
     お前は、憎い悪魔を傍に置くのか? その力を借りるのか?……と」

それは問うだろうな、と弟者は思う。
もしも、弟者が都村の事情を知っていたとして、彼女が悪魔使いになる、と言い出したのならば、
きっと同じことを言うだろう。

その言葉の裏にあるものが、長岡は嘲笑であり、弟者は純粋な心配である、という違いはあれど、
口から吐き出される音の羅列はほとんど同じものだ。
  _
( ゚∀゚)「そしたら、なんて答えたと思う?」

( ´_ゝ`)「お嬢さんがこうして、お前と共にいるのだ。
      間違いなく、是と返したのだろうさ。
      断言する姿にでも惚れたか?」
  _
( ゚∀゚)「惜しい! 惜しいなー。
     もちろん、都村ちゃんはすぐさま是、と返してくれた。
     全てを打ち滅ぼすために悪に染まるなら、それは私にとっての善だ、ってな。
     身勝手さと屁理屈の塊だ。実に愉快だった」

楽しげな様子に嘘はない。
おそらく、その時点ではただの興味と、愉悦があっただけだ。
それだけならば、今のような力関係が都村に傾いた関係になることはなかったはずだ

121 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:24:25.95 ID:hVCHkjj40
  _
( ゚∀゚)「心優しいオレは言ってやったんだ。
     魂を捨てようが、寿命を全て捨てようが、
     何をしようが、今すぐ抜け殻を消すことはできないぞ、ってな」

悪魔にとて、できないことは存在する。
世界中に散らばった数多くの抜け殻を今すぐ消滅させる、というのは流石の彼らでも不可能らしい。
  _
( ゚∀゚)「するとどうだ、都村ちゃんはオレを睨みながら言ったんだよ。
     それでいい、私は、私の力で奴らを滅ぼしたい。そうでなければ気がすまない。
     だから、お前は私の支援をしろ、殺すのは、滅するのは私の仕事だ、って」

長岡は黄色い悲鳴を上げながら、頬に手を当てて体をくねくねを動かしている。
歯に絹を着せずに言うのならば、気持ち悪かった。
生ごみと糞尿を混ぜたものの方が百倍はまともだし、
有益なものである分、好ましいとさえいえてしまう。

(´<_`;)「あ、そう、だな。
     自分の意思で、力で、するのは、すごい……と思います」

( ´_ゝ`)「長岡、うちの弟の精神衛生上に悪いことをするな。
      というか、普通に気持ちが悪い。今すぐ消滅してくれと願いたくなるほどだ。
      お前、今の自分がどんな姿をしているのかわかっているのか?」

(´<_` )「さりげなく人を弟扱いするな」

乙女のような動作をしている長岡は、美少年という風ではない。
筋骨隆々、とまではいかずとも、それなりに体格の良い男で、眉なんぞは男らしさを強調するかのように太い。
そんな男がしていい動作ではなかった。

122 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 21:27:10.19 ID:hVCHkjj40
  _
( ゚∀゚)「辛辣だねー。古くから知ってる奴に言われると、傷つくぜ?」

( ´_ゝ`)「冗談もほどほどにしておけ。
      それで、それからどうした。
      まさかとは思うが、それだけではないだろうな」
  _
( ゚∀゚)「それだけ。
     ……って言ってやりたいとこだが、それだけじゃないんだよなー。これが」

自慢げな笑みを浮かべる。
惚れた女を自慢したいのは、悪魔でも人間でも変わらない。
  _
( ゚∀゚)「オレはさ、その時点で契約はする気だったんだよ。
     面白いじゃん。最期、どうなるのか見てやろう、ってさ」

(´<_` )「最期、ね。
      やはり悪魔には碌な奴がいないな」

言葉の持つ陰翳を正確に読み取った弟者は、渋い顔をする。
生の終わりを意味する言葉に肯定的な感情は向けられない。

( ´_ゝ`)「そう言ってくれるな。悪魔は人間よりずっと長く生きる。
      どうやったって、余程のことがない限りは最期を見なければならない。
      オレもあいつも、そうやって生きてきたんだ」

(´<_` )「……それは、そうだろうけれど」

131 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:00:26.14 ID:hVCHkjj40
  
弟者は口の中が苦くなるのを感じた。
人間と悪魔は違う。
だが、弟者が想像する、契約者の死を見届ける悪魔の心境というのは、
どうしても人間のそれに寄ってしまう。

すなわち、悲しいだろう、辛いだろう、寂しいだろう。
頭では相手は悪魔で、同じ感情など持つはずがない、とわかっているのだが、
心はそう簡単に種族の違いを理解してくれない。
  _
( ゚∀゚)「まあまあ。そんで、オレは美味い餌をちらつかせ、
     長い年月で培った話術やらなにやらを盛大に用いて、最大限オレに有利な、
     けれど、一目見ただけでは都村ちゃんに有利な契約を交わしてやろう、と思っていたわけだ」

(゚、゚トソン「悪魔使いと悪魔の契約は、最終的に頭脳対決になる。
     長い年月を生きた悪魔を相手にするには、こちらは人数を用意し、様々な目と口を使う。
     そうすることで、利を取られないようにするんだ」
  _
( ゚∀゚)「あん時、意識を保ってた奴なんてそういなかったから、それもできなかったけどな」

契約者となりうる都村以外の人間は、長岡の力を受け、周囲で気絶していたのだという。
不安定な状態で存在していたにも関わらず、それ程の力を発揮できるということは、
やはり長岡の持つ力というのは、並大抵のものではない。
  _
( ゚∀゚)「んで、最後にオレは聞いてやったんだ。
     もし、万が一、あんたの生きている間に目標が達成されたらどうするんだ、ってな」

133 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:03:05.07 ID:hVCHkjj40
   
無茶な話だ。
悪魔が叶えられないような願いを、一世代で為すなどできるはずもない。
第一、抜け殻は今もなお増え続けている存在だ。
都村が一人で消し去っていったところで、鼬ごっこになるのは目に見えている。
  _
( ゚∀゚)「終わらないと理解した上で、悔しがるかと思った。
     もしくは、それはその時考える、とでも言ってはぐらかすのかと思った。
     だが、都村ちゃんはどれとも違った」

そっと長岡は都村に目配せをした。
最後の言葉は直接、彼女の口から聞かせたいらしい。

(゚、゚トソン「……私はみんな殺します。
     抜け殻を全て殺し、悪魔憑きも悪魔使いも全て殺して、最後は私が死にます」

弟者は黙って目を見開いた。
彼女の言葉が本気だとわかったからだ。

強い意思を持った瞳には、一抹の疑問もなかった。
長岡と契約を交わしてどれ程の月日が経っているのかはわからないが、
当時と同じく、彼女は未だに全てを滅ぼすつもりでいるのだ。
それを成し遂げられる、と信じているのだ。
  _
( ゚∀゚)「これはもう、乗るしかないだろ? 惚れるしかないだろ?
     疑うことを許さない目で言われたんだ。これ程、潔く言われたんだ。
     馬鹿だな、と思った。でも、叶えてやりたいって、思ったんだ」

134 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:06:09.04 ID:hVCHkjj40
  
悪魔は魅了されてしまった。
人間の意地と力に。
それは、抗うことを許さぬ鎖だ。
  _
( ゚∀゚)「オレが欲する対価は肉体。
     本来なら、都村ちゃんの内臓を始めとし、
     腕、目、耳……その他、色々な部位をもらうはずだったんだが、
     好きな相手を達磨にするわけにはいかねーだろ?」

長岡の舌が己の唇を舐める。
彼の本能は都村の部位を欲しているのだろう。
ただ、生まれ持った本能を押さえつける程、彼の愛は深く、重い。
  _
( ゚∀゚)「だから、脂肪をもらってるんだ。
     そのせいで、どこもかしこも細いだろ?
     オレとしては胸の肉は残しておきたかったんだがなぁ……」

胸の話をする長岡は、心底残念そうであった。
弟者は悪魔もそんなところを気にするのか、と何処か新鮮な心持ちになる。
  _
( ゚∀゚)「ま、オレのめくるめく恋の話はこれで終わりだ」

今まで言うことのできなかった惚気だか初恋の出来事だかを言い終え、
長岡はどこかすっきりした様子だった。
彼はその表情のまま、ゆっくりと兄者に向き直る。
  _
( ゚∀゚)「この話を、まさかお前にすることになるとはな」

135 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:09:41.82 ID:hVCHkjj40
   
( ´_ゝ`)「お前の言いたいことは大体わかる。
      だが、そんなものはお前の好きにすればいい。
      人の恋路にケチをつけて馬に蹴られたいとは思わないし、
      どうこう言ったところで、どうにもできないことだろ?
      口を挟む気すらおきん」

目線だけで全てを理解したのか、兄者は淡々と言葉を投げていく。
受け取る側の長岡がやや戸惑うような顔をしていたが、それにもお構いなしだ。
  _
( ゚∀゚)「そうか。結末を見たお前だからこそ、何か言わずにはいられないんじゃないかと思った」

( ´_ゝ`)「あれはあれで幸せだったということを知っているからな。
      最後がどうしようもなく面倒で、狂っていただけだ。
      幸か不幸か、お前はあいつらみたいになることはないだろうし」
  _
( ゚∀゚)「何だそれ。
     ……ちょっとくらい、希望を持ってみたって罰は当たらねぇだろ?」

( ´_ゝ`)「勝手に持っていればいい。オレの見たところ、その希望が叶うのは、
      そこのお嬢さんの願いが完全に成就するのと同じくらいの確率だろう。
      お前とてそれはわかっているのだろ? すでに腹も決めているくせにぐだぐだ言うな」
  _
( ゚∀゚)「都村ちゃんの願いと、か……。
     んなら、オレも頑張らねーとな!
     オレの願いが叶うかどうかは、都村ちゃんにかかってる!」

(゚、゚トソン「今ほど、抜け殻を殺したくないと思ったのは初めてです」

136 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:12:10.73 ID:hVCHkjj40
   
腕を大きく広げ、抱きつこうとする長岡を都村は華麗に避ける。
一応、二人は繋がっている状態なので、勢い余った長岡が床や壁に激突することはなかった。

(゚ー゚トソン「こいつに好かれても嬉しくもなんともないが、
      そのおかげで私は悪魔使いになることができた。
      これを天の采配といわずしてなんとする」

都村は心底笑う。
手に入れたのは悪魔の力だとしても、それを与えてくださったのは善なる天だと信じて疑っていない。
目に見えぬ神を信じたわけではない。
だが、そうであることが、都村にとって一番都合がよかった。

(゚、゚トソン「本当は、他の悪魔のようにこいつを身の内に閉じ込める予定だったんだが……」
  _
( ゚∀゚)「そんなん、都村ちゃんに憑く意味なくなるだろ!」

(゚、゚トソン「……こういうわけだ。
     互いに譲歩しあった結果、私の身に生死が関わるようなことがおこらないかぎり、
     普通の人間の前では勝手に姿を現さない。それと、私が望んだときにこの刀に腐敗の力を宿す。
     それらを叶えるとき、私の脂肪を最低限残す程度に渡す。足りない分は勝手にまかなう。
     こういった感じの契約が成された」

つらつらと並べられた言葉は、空が青い、と言うときのように当たり前の顔をしていた。
だが、弟者からしてみれば少し待って欲しい、と静止したくなるようなものだ。

138 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:15:08.76 ID:hVCHkjj40
   
(´<_`;)「ずいぶん、細かな契約なんですね」

契約した記憶など全くない弟者なので、自分の時と比べることはできない。
悪魔憑きの知り合いもいないので、確認を取ったこともない。
しかし、漠然とした想像の中では、悪魔との契約というのはもっと単純なものだった。

金が欲しい、といえば是と答えられる。
人を魅了したい、といえばやはり是と答えが返ってくる。

たったそれだけのことだとばかり思っていた。
もとより、己と兄者の契約の場面など思い浮かべることもできないが、
細々としたことを確認しあっている姿など、なおさら想像できない。

(゚、゚トソン「……キミは本当に何も覚えていないんだね」

(´<_`;)「え……」

弟者の背中にじわり、と汗が滲む。
契約に関することを覚えていない、知らない、というのは何度も兄者と言い合ったことであるし、
今までの会話の中で都村にも言われてきていた。
だが、それらの時とは比べ物にならない程の不穏さを弟者は感じたのだ。

( ´_ゝ`)「通常、オレ達は人間に憑くとき、その場所は体の奥深くだ。
      望みを叶えるのに外へ出る必要はないからな。
      故に、何の約も交わしていないのであれば、こうして姿を現すこともない」

139 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:18:14.76 ID:hVCHkjj40
  
驚きのあまり、弟者は呼吸どころか脳も血液も何もかもが止まるのを感じた。
刹那の間に、様々な言葉だけが頭を駆け巡るが、出てきた言葉はたった一言。

(´<_`;)「初耳!」

睨むことすら忘れ、驚愕の表情で兄者を見つめる。
そうしていれば、何かわかるのではないかと思った。
兄者の考えていることでも、言葉の意味でも、何でも良かった。
しかし、己と同じ顔をいくら凝視したところで、彼の考えていることや言葉の意味がわかるはずもない。

結局は、誰かの言葉を待つしかない。
無知にできるのはそれだけなのだ。

(゚、゚トソン「その悪魔がこうして出てきている、ということは、キミがそれを許したということ」

(´<_`;)「え、何それ。知らない」
  _
( ゚∀゚)「おいおい。この兄ちゃん、なーんにも知らねぇのかよ」

( ´_ゝ`)「別段、教える必要性も感じなかったからな。
      それを伝えたところで、現状が変わるわけでもない。
      混乱を極め、思考を停止させている現状を鑑みるに、オレの判断は正しかったと思うのだが?」
  _
( ゚∀゚)「お前を責めたわけじゃねーよ。
     人間なんて大抵は無知で、そのことに無頓着だ。
     この兄ちゃんがそうだったとしてもこれっぽっちも不思議じゃないし、哀れみも感じない」

140 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:21:28.38 ID:hVCHkjj40
  
(´<_`;)「あの、都村さん」

(゚、゚トソン「私に答えられることならいくらでも。
     だが、これからしばらくは共に旅をするんだ。
     そう焦る必要もあるまい。ほら、深呼吸をしてみろ」

彼女に促され、弟者は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
脳に酸素が巡り、少しではあるが冷静さを取り戻すことができたような気がする。
  _
( ゚∀゚)「せーっかく、オレと都村ちゃんの二人旅だったのになー」

(゚、゚トソン「私はずっと一人旅のつもりだったが?」

都村は長岡の言葉をばっさりと切り捨てた。
彼女の反応に、長岡は唇を尖らせる。
そんな場面だけ見ていると、彼が普通の人間のように思えてくるから不思議なものだ。

(´<_` )「……一つだけ、いいですか」

わずかに落ち着きを取り戻した弟者が問う。
これからの長い時間を待つことができない質問が彼の心にはあった。

(゚、゚トソン「どうぞ」

141 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:24:19.46 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「足りない分は他でまかなう、って言ってましたけど、それって……?」

願いを叶えるために、悪魔が要求するものは三つのうちのどれかだ。
一つは魂。一つは寿命。一つはその固体ごとの何か。
長岡であるならば肉体、といった風なものだ。

だが、都村はとくに何の違和感もなく告げていた。
彼女の脂肪で足りない分は、他の何かでいい、と。
おそらく、それは魂でも寿命でもないはずだ。

都村がそれら二つを犠牲にするはずがない。
抜け殻は、それを抜き取られるから生まれるのだ。

(゚、゚トソン「そちらも知らずにいたか。
     いや、当然だな。普通、こんなことを知っている者はいない」
  _
( ゚∀゚)「何でもいいぜ?
     オレらは、貰えればそれでいいんだ。
     貰うことが大切なんだ」

悪魔使いから悪魔へ、まるで流れるように言葉が繋げられる。
それを意識したのは長岡だけのようで、都村は不服そうな表情をしていた。

143 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:27:20.77 ID:hVCHkjj40
   
(´<_` )「それはどういう……」
  _
( ゚∀゚)「言葉のまんま、聞いたまんま」

都村を溺愛している長岡は、人間を好ましく思うようになったわけではないらしい。
彼女に見せる優しさや甘さの半分も弟者には向けられない。

(゚、゚トソン「私が何かを与え、それを長岡が受け取った、と思えばそれでいい。
     飯でも草でも何でもいい。それこそ、目に見えぬものでもいい」
  _
( ゚∀゚)「たとえば愛! 都村ちゃんからオレに与えられる愛!」

(゚、゚トソン「そんなものは存在していない」
  _
( ゚∀゚)「オレが受け取った、って思ってるからいいの!」

感情が高ぶっているらしい長岡と、冷静な都村を前にしつつ、
弟者の視線は瞬き一つの間に兄者へと移動していった。
口にこそ出されなかったが、その目は本当か否かを問いかけている。

( ´_ゝ`)「あのお嬢さんがあんたに嘘をついてなんの得がある?
      まあ、人は時に、わけのわからない理屈で嘘をつくときがあるが、
      今回は当てはまらないだろうな」

(´<_` )「本当、なのか……」

驚愕を声に宿したまま、弟者は視線を下げた。
彼の目の先には床があるが、きっとそれさえも見えていない。

152 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:52:45.98 ID:hVCHkjj40
   
( <_  )「じゃあ、悪魔が人の寿命だとか魂だとかを食べるのは何でなんだよ。
      何だっていいんだろ。なら、そんな、抜け殻を作るような真似をせずともいいじゃないか。
      殺すようなこと、する必要、ないじゃないか」

( ´_ゝ`)「あんたは後は焼くだけの牛肉を前にして、わざわざ虫を食べるのか?
      そうじゃないだろ。いや、そもそも、そういう問題ですらない。
      悪魔の全てが魂や寿命を好むわけではないのだから。
      オレや、長岡などはたった一つだけを好んで食べる」

兄者の言葉に反論しようとして、弟者は言葉を飲み込んだ。
怒声をあげること、疑問をあげること、そのどれもが酷い労力を必要とする。
どの道、問い詰めたところで兄者は話してくれないのだ。

ここで言葉を重ねてあっさりと吐き出してくれるような事柄であるならば、
今までの旅の中で教えてくれていたはずだ。
その機会は幾度となくあったのだから。

(´<_` )「……今日は、もう疲れた」

重い重い声を吐き出す。
その声からは言葉の通りの疲労しか見えない。

(゚、゚トソン「これだけのことを一度に味わえば、それも仕方のないことだ。
     宿の人には言っておくから、先に休んでいてくれ」

扉に手をかけ、長岡に姿を消すよう命令しようと口を開く。

154 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:55:21.27 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「……いや、それはおかしい」

(゚、゚トソン「は?」

長岡に命令する寸前、今まさに外へ出る寸前の彼女の背中へ、弟者は声を投げた。
ゆっくりとした声ではあったが、その色は強い疑問を提示している。

弟者の声とその色に気づいた都村は、扉から手を離して振り返る。
彼女の目に映る青年の顔には、先ほどまでの疲労が色濃く残っているが、
それでも声だけははっきりと難色を見せている。

(´<_` )「どこで休め、というのですか?」

(゚、゚トソン「そりゃここだろ」

(´<_` )「あなたは?」

(゚、゚トソン「すぐ戻ってくる」

(´<_` )「それはおかしい」

(゚、゚トソン「ここは私がとった部屋だというのにか」

(´<_` )「だからおかしいのですが……」

(゚、゚トソン「どこがだ」

156 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 22:58:10.92 ID:hVCHkjj40
  
互いに噛み合わない言葉を一通り手渡しあう。
都村は首を傾げ、弟者は困惑した顔をしている。
 _
(;゚∀゚)「都村ちゃーん。キミさ、わかってる?」

(゚、゚トソン「何がだ」
 _
(;゚∀゚)「キミは女の子で、そっちは男なんだよ?」

見るに見かねた長岡が口を挟む。
そうすることで、ようやく都村は理解が及んだらしく、手のひらを叩いた。

(゚、゚トソン「なるほど」
  _
( ゚∀゚)「オレ、もっと危機感持ってほしいよ……」

(゚、゚トソン「風呂は私が先でいいか?」
  _
( ゚∀゚)「あれっ。都村ちゃん、本当にわかってる?
     なるほど、って何がなるほどだったの?」

一瞬、安心した顔をしたいた弟者なのだが、都村の言葉ですぐに顔をしかめる。
どうも、彼女は普通の人とは違った感覚を持っているらしい。
悪魔使いとして生きてきた弊害だとでもいうのだろうか。

158 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:01:33.11 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「お嬢さん、聞いたことはないか? 男は狼なのだ、と。
      武の心得があるようだが、眠っている間を狙われたらひとたまりもないだろ。
      野宿でもあるまいし、一晩中神経を尖らせているつもりか?
      他のお仲間と合流する前に集中力を欠いて、
      野生の獣にでも殺される、等という結末にはなりたくないだろ?」

言葉に悩む弟者と、説得に失敗した長岡に変わって兄者が告げる。
ここまで明け透けに言えば、己を女だといまひとつ認識していないらしい都村にも伝わるだろう。

(゚、゚トソン「キミは私を犯したいのか?」

(´<_`;)「そんなことしませんよ!」

兄者よりもずっと明け透けで、直接的な言葉が都村から飛び出す。
慌てて弟者は否定するが、言葉が強すぎて逆に嘘くさく見える。

(゚、゚トソン「ならば問題ないだろ」

(´<_`;)「そういう問題ではないです」

(゚、゚トソン「何故だ。加害者になりうるキミが、しない、と言っているのだぞ」
 _
(;゚∀゚)「駄目駄目! 男なんていつ気が変わってもおかしくないんだから!
    それこそ、気の迷いだとか、衝動とか、色々あるでしょーが」

160 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:04:24.79 ID:hVCHkjj40
   
退くつもりがないらしい都村の前に長岡は体を割り込ませる。
惚れた女が見知らぬ男と同じ部屋で寝るなど言語道断だ。

(゚、゚トソン「だが、これから共に旅をするのだぞ」

長岡へ、その向こう側にいる弟者へ、都村は言葉を放つ。

(゚、゚トソン「野宿をすることもあるだろう。
     部屋が一つしかないような宿に泊まることもあるだろう。
     どのような言葉を並べたとしても、そういった事態は回避できない」

迷いのない言葉に長岡は言葉を詰まらせる。
彼女の言っていることは、至極まともなことだ。
 _
(;゚∀゚)「でも、ここはそうじゃないじゃん。
     部屋も宿もある。何も今日から一緒の部屋にいなくたって……」

(゚、゚トソン「明日からでも今日からで同じこと。
     むしろ、慣れるためには早いほうがいい」

ふわふわと浮かんでいた長岡は、急速に下へ落ちていく。
ようやく重力の存在を思い出したかのようだった。
 _
(;゚∀゚)「そんな男前なとこも好きなんだけどさ……。
    もう少し、自分を大切にするっていうか、危機感持つっていうかさ……」

161 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:07:22.84 ID:hVCHkjj40
   
床に伏した長岡はさめざめと涙を流す様子を見せるが、流れているのは偽りの涙だ。
その証拠に、彼の涙は一滴さえ床に跡を残さない。

(´<_`;)「信用してもらえるのは嬉しいのですが、
     私としても危機感を持っていただきたいです」

その気がないからといって堂々とできる程、弟者は肝が据わっていない。
そもそもの話、都村は絶世の美女とまではいわないが、
整った顔と細さと柔らかさが絶妙に組み合わさった体をしている。
同じ部屋で夜を過ごすなど、気が気ではない。

(゚、゚トソン「なら、こうしようじゃないか」

都村は足元にいる長岡へ視線をやる。
すぐさまそのことに気づいたらしい彼は、顔を上げてふわりと浮かび上がった。

(゚、゚トソン「私の貞操に危険が及んだ場合、すぐさま姿を現し、敵を排除しろ」

彼女が結んだ契約は、ある程度の範囲ならば長岡が姿を現すことを制御できる。
それは姿を消すことだけではなく、当然姿を現すことにも適用された。
  _
( ゚∀゚)「えー。同じ屋根の下、ってのは変わらねぇの?」

(゚、゚トソン「明日にはこの町を発つ。
     次の町に着くまでには時間がかかるから、当然、明日の今頃は野宿だ」

天の下で共に眠るのも、この宿の屋根の下で眠るのも大差ない。
予定が一日早まったのだ、と思えば気にする必要もない程、些細なことだった。

162 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:10:28.54 ID:hVCHkjj40
  _
( ゚∀゚)「……わかったよ。わかりました。
    主様に逆らえるような立場じゃねーしな」

都村の意思は固い。
否、かえる必要性を全く感じていないがために、他人の言葉に揺れないのだ。
その証拠に、言葉を尽くせば多少の譲歩はしてくれた。
  _
( #゚∀゚)「ただし! お前! 弟者とか言ったな。
     絶対に都村ちゃんに手ぇ出すなよ!
     出したらオレが直々に殺す!!」

(´<_`;)「出さんわ!」

不躾に指さされ、弟者は怒声を返す。
都村は魅力的な女性であるが、弟者にとって恋愛対象や性的な対象になりようがなかった。

今の彼女は弟者を救ってくれる存在であり、
そのような人を傷つけ、汚すような真似は天地がひっくり返ったところで為せるはずがないのだ。

( ´_ゝ`)「いくらオレとて長岡を相手にするのは骨が折れる。
      男女の床を見るのは別にかまわんが、殺されては流石に困る。
      お嬢さんと交わりたいのであれば、もっとずっと先にしてほしいものだ」

(´<_` #)「そんなことしないって言ってるだろ!」
  _
( #゚∀゚)「都村ちゃんに魅力がないとでもいいたいのか!」

(´<_` #)「違うわボケ!」

165 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:13:06.32 ID:hVCHkjj40
  
男一人と悪魔二人。
彼らがやいのやいのと騒いでいるのを見て、都村は深いため息をつく。

女が三人揃えば姦しい、というが、男が三人揃えば阿呆らしい、ではないか。
繰り広げられる会話は程度が低い。

特に、都村は己の目標が果たされるまでは、煩悩や欲望に身を任せる気が毛頭ないので、
万が一の可能性などどうでもいいし、
いざとなれば揺すられている最中でも喉を掻き切ってやるだけの力が彼女にはある。

(゚、゚トソン「馬鹿なことを言っていないで引っ込んでいろ」

彼女の言葉の直後に舌打ちが一つ入る。
討論を続けていたい、という長岡の思いがその音を発生させていた。
都村が放つ声は命令だ。長岡は従わざるを得ない。
 _
( #゚∀゚)「お前ら! これで決着がついたと思うなよ!」

(´<_`;)「決着も何もないだろ……」

最後に捨て台詞を吐き捨て、長岡の姿は掻き消える。
おそらく、あちらは都村の身の内から、今もこちらを睨みつけているのだろう。
弟者は収まらぬ寒気にそれをひしひしと感じた。

長岡の姿が掻き消えたことを確認すると、都村は無言のまま部屋を出る。
先ほど述べていた通り、宿に話を通してくるつもりなのだ。

166 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:16:53.90 ID:hVCHkjj40
(´<_`;)「何なんだあいつは」

( ´_ゝ`)「ただの悪魔だよ。
      多少長く生き、力もそこいらの奴よりはあるが。
      ……それとも、恋した男、とでも言った方が情緒的でいいだろうか」

半ば、本気で悩む素振りを見せる。
弟者はその言葉と動作に嫌そうな顔をした。

(´<_` )「情緒的表現なんぞいらん」

( ´_ゝ`)「心を豊かにするためには、必要不可欠な要素だろうに。
      オレは悲しいぞ。あんたが自ら進んで冷徹な男になろうとするとは。
      人は時として裏切りもするが、大多数は暖かなものを好み、
      己もそうあろうとするものではないのか」

(´<_` )「オレの心は十分豊かだ。
      枯れ果てる要因があるとするならば、それはお前の存在だろう」

冷たく言い放たれたところで、兄者は思い出したかのように感嘆詞を口から出す。

( ´_ゝ`)「言うのを忘れるところだった。
      おめでとう。弟者。
      あんたの旅の目的まであと一歩というところまできたな。
      全てはあんたの努力の賜物だ。誇るといい」

それは、あまりにも自然に、あまりにも平然と放たれた、賞賛の言葉だった。
言葉を向けられた弟者は、しばし呆然とすることになる。
もとより、弟者の自由意志を謳っていた兄者だが、これから彼を払いに行くというのに、
賞賛の言葉など、言うべきではないはずなのに。

167 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:19:05.03 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「……お前は、わかっているのか?」

静まり返った部屋の中で、弟者は低く呻く。
悔しさでも、憤りでもなく、ただただ理解が及ばない。

( ´_ゝ`)「いいに決まっている。
      オレは最初の最初からあんたの行動を支持していた。
      無論、あんたに危険がない範囲でのことではあるが」

(´<_` )「どの口がそれを言う。
      お前の存在のせいで、危うい目にあったこともあるぞ」

( ´_ゝ`)「だが、助かったこともあるだろ?
      全て持ちつ持たれつ、対等な関係でいようじゃないか。
      それこそ、兄弟のように」

(´<_` )「お前と? 冗談は名前だけにしておけ」

その名を口にした記憶はない。
しかし、脳には確かに刻まれている悪魔の名前。
「兄者」それは、弟者の名前をもじり、彼が名乗っている名前だ。

悪魔と兄弟など、不本意極まりないことであり、受け入れることなどできるはずもない。
何度も違う名前に変えろ、と言ってきたが兄者は頑として首を立てに振りはしなかった。

169 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:22:13.16 ID:hVCHkjj40
   
( ´_ゝ`)「冗談のつもりはないがな。あんたがそう取りたいのならば好きにすればいい。
      どの道、オレのやることも考え方も変わることはない。
      あんたの望む道を見、そして願いを叶えてやる。
      それだけのことだ。その途中、払われることになれば……。
      残念ではあるが、受け入れてやろうじゃないか」

余裕さえ見せる兄者の笑みに、弟者は唇を下げた。
悪魔使いに会うことを目標として旅をしている間ならば、
会うことなど不可能なのだと高を括っているのだろう、と思うこともできたが、
こうして彼女を見つけ出してもなお、兄者は変わらない。

もう少しくらい、慌てるだとか焦燥を見せるだとかしてもいいのではないだろうか。
それこそ、以前に空という名の女と出会ったときのように。

(´<_` )「……ま、長かった、よな」

ここまで、長かった。
目標もなく旅をした時間。
目標を見つけてからの時間。

悪魔使いも、彼女が使役している悪魔もいなくなった今、
弟者は落ち着いた気持ちでいままでを思い返していた。

辛いことはたくさんあった。
死ぬかと思ったこともある。
それでも、何度考えても、どれだけ突き詰めてみても、やはり同じ結論が出てくる。

170 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:25:11.01 ID:hVCHkjj40
  
美しい景色。
優しい人々。
楽しい出来事。

辛いことを塗りつぶす程の光景が思い浮かぶ。
そこには大抵、あの悪魔の姿がある。
目にしている瞬間に、人と接した後に、町につく前に、彼はいた。

同じものを見て、共有し、言葉を交わす相手がいる。
きっと、それは幸運なことなのだ。相手が悪魔でないのならば。

(-<_- )「それでも、やはり――」

瞼の裏に浮かぶものに心が温かくなる。
弟者はそっと目を開け、外の風景を見た。
空想の世界にすら存在していなかったかのような世界。
煌びやかで、見ているだけで心が躍るような町だ。

平凡に暮らしているだけでは見ることも、考えることも叶わなかっただろう。
遺憾なことではあるが、ここまでこれたのは、やはり兄者がいたからだった。


(´<_` )「悪くはなかった……」

その呟きは、すぐ傍にいた兄者にも届かず、静かに霧散した。

173 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:28:12.22 ID:hVCHkjj40
   
空気中にじわりと溶けた言葉が染み渡る頃、
弟者の脳が急速に動き始めた。

(´<_`;)「あ!」

濁点でもつけていそうな声に、部屋の中を見ていた兄者が顔を向けてくる。

( ´_ゝ`)「潰れた蛙のような声を出して、どうしたんだというんだ。
      何か大切なことを伝えわすれでもしたか?
      そんなものはないと記憶しているのだが。
      いやいや、それとも財布でも落としたと言うのか?」

(´<_`;)「……いや、ただ……」

声を上げたのは無意識だったらしく、弟者は気まずげに目をそらした。
何か、とてつもなく些細なことなのだろう。

兄者の顔がとたんに悪どいものへと変化していく。
口ごもる弟者、等という格好の玩具を逃すなどできるはずがないのだから当然だ。

( ´_ゝ`)「どうした? 何かあったのだ?
      オレは心配でたまらないぞ。
      何せ、オレは悪魔だからな。あんたとは感覚が違う。
      オレにとってはつまらないことでも、きっとあんたにとってはそうでなかったのだろう」

(´<_` #)「この……悪魔め」

わかっているくせに、と弟者は兄者を睨む。
ことの詳細こそわかっていないだろうけれど、大まかなところは予想がついているだろうに。

179 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:41:46.38 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「そうとも。オレは悪魔だ。
      そうでなければ、あんたはここまで悪魔使いを探しにはこなかっただろ?
      さて、真実を肯定したところで、あんたが声をあげた理由を聞かせてはくれないか?
      明日にはこの町を出る、と聞いたあんたの心境を」

(´<_` #)「やっぱり、わかってるんじゃないか」

( ´_ゝ`)「わかるとも。オレが悪魔でなくともわかるだろうさ。
      それ程までにこの町が気に入ったか?
      念願の悪魔使いに会い、オレを払ってもらうためにすぐさま出立することを残念に思うほど」

兄者の言葉が言い終わるか、終わらないか、という辺りで、弟者はそっぽを向く。
幼い子供のようなことをしている、という自覚はあったものの、
素直に是ということも、上手く言い訳する言葉も頭には浮かんでこない。

こうなれば、できることと言えば黙秘だけなのだ。
照れと恥ずかしさと、苛立ちと不満。
それらをどうにか身の内に収めるには、こうするより他に方法がなかった。

( ´_ゝ`)「そう拗ねてくれるな。オレはそれを恥ずかしいことだ、愚かなことだ、とは言わない。
      長く生きたオレでさえ興味が引かれるような町だ。
      極普通の、まだ十数年程度しか生きていないあんたが、
      この町を離れがたいと思っていてもなんら不思議でない」

弟者を覗き込むこともせず、背後でふらりふらりと漂いながら言葉を紡ぐ。
その言葉は、悪魔使いと弟者を引き剥がすためのものではなく、
この町へ引き止めるものですらなかった。

180 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:44:11.73 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「……お前は、本当に拒絶しないな」

緩慢な動きで弟者は兄者へ顔を向ける。
顔に浮かんでいる感情は無だ。
つい今しがたまで抱いていたであろう照れや不満も全て払拭し、呆れすらもそこにはない。

( ´_ゝ`)「何を今更。
      オレはあんたの自由を尊重する。選択肢を見せてはやるが、余程のことがないかぎり、
      どれを選ぶかはあんたに任せてある。
      そうでないと意味がないからな」

(´<_` )「意味?」

( ´_ゝ`)「自分で選べば他人のせいにはできない。
      どれだけ後悔しようとも、全ては己の選択であり、己の知恵の結果だ。
      責任も懺悔も苦痛も、自分で受け止めるしかなく、だからこそ人は成長する。
      悩めば悩んだだけ、選べば選ぶだけ、そこにはあんたの時間と世界と記憶が生まれる」

弟者は怪訝な顔をする。
人間的な成長など、生まれるものなど、どうでもいいではないか。
とり憑いた人間の器が、そのまま悪魔を受け入れる器の大きさとなり、彼の居心地が左右される、と
いうのであれば、まだわからなくもないが。

否、弟者はわずかに視線をそらす。
それはそれで腹がたちそうだ、と思ったのだ。
悪魔に己の器の大きさをとやかく言われたくはない。

181 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:47:16.67 ID:hVCHkjj40
  
(´<_` )「わけのわからん身内面は止めろ」

やっとのことで弟者はそれだけを返す。
兄者、と名乗っているとはいえ、人間である弟者と悪魔である兄者は他人だ。
血の繋がりどころか、縁もゆかりもない、といってしまいたい程度に。

( ´_ゝ`)「いいさ。あんたにわからずとも、オレにはわかる。
      そして、それだけで十分だ。
      あんたは今までどおりやればいい。これから悪魔使いと共に旅をし、また何かを見ればいい」

ゆっくりと兄者の腕が上がり、弟者の向こう側が指差される。
つられるようにして弟者が視線を向ければ、そこには煌びやかな町が見えた。

( ´_ゝ`)「後ろ髪引かれるような美しい町並みも、目を背けたくなるような現実も、
      全てあんたに還元される。
      得た知識も経験も、何一つ無駄にはならない」

(´<_` )「それは、同意しないでもない、な」

窓の外を眺めながら緩く口を開く。
知識や経験は弟者の血となり肉となる。
役立てるような場面が訪れるかは別として、これらのものは確かに弟者を形成する一つなのだ。

(´<_` )「でも、やっぱり残念だな」

軽く口を尖らせる。
見れば見るほど、この町は素晴らしい。
明日には発つ、というのが心底口惜しい。

184 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/22(月) 23:50:41.33 ID:hVCHkjj40
  
( ´_ゝ`)「そうしょげることはない。
      またくればいいだけの話だろう。
      この町は足も知性もない、ただの建造物の集まりだ。
      いつだってここに存在している」

(´<_` )「え?」

町に向けていた目を勢いよく兄者へ向ける。
普段は細められている目が、わずかに見開かれていた。

( ´_ゝ`)「そこまで驚くようなことだったか?
      あんたの目は悪くないと思っていたが、この町に足だの知性だのを感じたというのならば、
      医者にかかることを強く、強く勧める。
      早期発見が大事らしいぞ」

流れるような言葉の数々に、弟者は力いっぱいの拳を振るう。
しかし、それは兄者に当たることなく、空気を動かすことが精一杯だった。

(´<_` #)「そんな奇天烈な発想をしてなるものか!」

( ´_ゝ`)「違うのか? ならばどこに驚いた顔をしていたのだ。
      オレはこの町の話しかしていないぞ。
      その中で驚けるような部分といえば、どうしても限られてくる。
      限られた中での憶測というのは簡単なものだと思ったのだが」

(´<_` #)「どんな予測をたてれば、そんな奇妙極まりない結論になるんだ!」

187 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:00:43.22 ID:vEb8WFa70
  
(´<_` )「……オレはただ、またここに来る、なんてこと、考えられなかっただけだ」

言葉を数度区切り、煮え切らない風に言う。
兄者と目を合わせにようにしているのは、心なしか気まずさがあるからだろうか。

( ´_ゝ`)「不可思議なことを言う。いつだって足を運べばいいではないか。
      この場所はもう覚えただろうに。何なら、地図に大きく印でもつければいい。
      あんたには足があって、いつだって自由で、道を覚える頭もある。
      これほどまでに単純なことをどうして思いつかない」

その声は、人を小馬鹿にするようなものではなかった。
純粋に疑問を抱いた、というものだ。

だが、そんなことを聞かれても、弟者にだって理由がわからない。
少なくとも、以前ならばすぐに思いついたはずだ。
旅の途中で様々な町や村を見て、
目的を果たせばここに住むのもいい、また訪ねてくるのも楽しそうだ、と何度も思っていた。

すぐ目の前に旅の目的がぶら下がっている今、それらのことを強く思い出してもいいはずなのに。
弟者の脳は、どうしてかそれを引っ張り出しはしなかった。

(´<_` )「……知るものか」

ふっと脳裏をよぎる未来があった。
次に、この町へきたとき、そのときに兄者はいないのだろう。

188 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:03:14.42 ID:vEb8WFa70
  
兄者を払うためにここまできた。
目的を果たし、己の身を、自由を、人生を取り戻すために。
ならば、全てが終わったあと、そこに残されるのは弟者一人のはずだ。

(´<_` )「…………」

何故か、腹の底がうねる。

今まで、目的そのものも、その先にある未来も考え、夢見ていたはずだ。
だが、どれもこれも、いまひとつ現実味のないものであったのも確か。

あと一歩のところまできて、ようやっとそれが現実味を帯びて、弟者はわずかに顔をしかめた。
悪魔が払われる瞬間とは、どのようなものなのだろうか。
それを終えた後、残された己は何をするのだろうか。

疑問が次々と湧き出ては、そんなことはどうでもいい、と理性が叫ぶ。
大切なのは、悪魔が払われること、その一点なのだと。

( ´_ゝ`)「どうかしたか?
      己の愚かさに愛想でもつきたか。
      何、気に病む必要はないぞ。どのような人間とて、ど忘れくらいはする。
      あるいは、その発想に至らない、などということも大いに存在する」

(´<_` )「……うるさい。黙れ」

慰めているつもりなのか、からかいたいのか。
そんな兄者の声がいつも以上にわずらわしく思えた。

190 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:06:04.88 ID:vEb8WFa70
  
(゚、゚トソン「ただいま」

弟者が苛立ちの矛先を探していると、部屋を出て行った都村が帰ってきた。
悪魔使いの姿に、弟者の荒れていた胸の内がほんのわずかではあったが凪ぐのを感じる。

(´<_` )「おかえりなさい」

(゚、゚トソン「どうした。先ほどと比べて、少し憔悴して見える」

(´<_` )「……そうですか?」

心当たりはある。
今しがたのことなのだから当然だ。

(゚、゚トソン「…………悪魔と言葉を交わすのは避けたほうがいい」

都村は視線だけを一度兄者に向け、すぐに弟者へ向き直る。
悪魔が保身のために弟者の心を乱したのだと判断したようだ。

彼女の心理は透けて見えていたが、弟者は否定を口にしない。
保身ではないにせよ、兄者の言葉が己の心を波立たせたことに変わりはなかった。

(´<_` )「そうですね。
      ……まったく。そうだ。
      これからは、気をつけます」

(゚、゚トソン「それがいいだろう。
     会話ならば人間同士、私がいる」

193 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:09:06.19 ID:vEb8WFa70
  
その日の夜、弟者はどうにも寝苦しい思いをした。
同じ部屋に年頃の女がいるから、という甘酸っぱい理由では決してない。
弟者の睡眠を阻害したのは、暖かな胸の高鳴りなどではなく、
腹の底でうずまく奇妙な不快感だった。

こんな夜は夢見が悪いだろう。
そう予測しながらも、明日のために目を瞑る。

ふと、この不快感は兄者が引き起こしているのではないか、と考えた。
口では殊勝なことを言いつつも、悪魔使いと己を引き離すために身の内で何かしているのではいか。

一度思いついてしまえば意識はそれに固定される。
何の確証もないまま、弟者は原因を決め付け、不愉快を抑えるこむように歯を食いしばる。
今日は今までとは違い、一人ではないのだ。
こんな時間に兄者と口論をすれば、少し離れた場所で眠っている都村を起こしてしまうだろう。

怒りを抑えるために深呼吸を一度し、瞼が生み出す闇に集中する。
静かな暗闇に徐々に意識を奪われていく感覚に身を任せながら、
弟者はそれでも腹の底にある不快感が消えないことに気がついた。

彼は眠りに落ちる直前、どこか遠く、否、すぐ傍で、幼い子供が泣く声を聞いた気がした。


それは、例えるのであれば、一人残されてしまった男の子の声だった。

194 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:12:15.89 ID:vEb8WFa70
  
誰もが寝静まった頃、兄者が外に現れる。
月明かりだけが部屋を照らしているが、彼は光源を必要としない。
ゆっくりと部屋を見渡し、都村と弟者を見る。

( ´_ゝ`)「さて。どうしたものか。
      あんたの好きにすればいい、とは言っているが、
      オレはオレであんたの願いを叶えたいと思っている」

並大抵の悪魔使いが相手ならば、どうにでもしようはあるが、
万が一、というのがありえない話ではない。

( ´_ゝ`)「……今のあんたは幸福なんだろうかな。
      時と共に人は辛いこと、悲しいことを忘れられる。
      もう、あの頃のような悲しみは存在していないだろう」

それでも、兄者は契約を解除しようとは思わない。
叶えてやるのは己の趣味であり、義務だ。
弟者の都合などもはや遠い彼方にある。

( ´_ゝ`)「ここにいる奴は皆、幸福な奴らだ。
      忘れた者も、力を得た者も、願いを叶えてやりたいと願うオレ達も。
      ……だが、その終わりは必ずしも幸あるものではない。
      お前ならわかるだろ?」

静かに寝息をたてている都村、その内側にいる者へ言葉を向ける。
返事はない。

兄者は口角を少しあげると、その身を消した。

195 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:15:15.17 ID:vEb8WFa70
   
翌朝、弟者が目を覚ますと、都村はすっかり支度を整えていた。

まず始めに、弟者は彼女の存在に思考を停止させる。
一人で旅をしていた頃は、目が覚めた時に第三者がそこにいる、というようなことはなかった。
いたとしても、それは遅い目覚めとなった彼を馬鹿にしている兄者くらいだ。

だからこそ、弟者は目の前にいた女性に驚いた。
鈍い回転しかしていない脳は、昨日のことでさえゆっくりとしか引き出してこない。

(゚、゚トソン「おはよう」

(´<_` )「お、はよう……ござい、ます」

混乱に言葉を途切れさせながらも、どうにか挨拶を返す。

言葉を発したことで、ようやく現状を把握した弟者だったが、
脳が動き出したことで、また新たな迷いが生じる。

服を着替えている最中に目覚めなくて良かった、と思うべきか。
はたまた、寝坊してしまったと焦るべきなのか。
寝起きの頭では、そのどちらも選ぶことができなかった。

ただ緩慢に立ち上がり、己も身支度をすることだけが、
彼に残された唯一の思考回路であり、できることだった。

197 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:18:35.48 ID:vEb8WFa70
  
(゚、゚トソン「必要な物はここを出てから買うことにしよう。
     いい店を知っている。手早くすませられるだろう」

(´<_` )「ありがとうございます」

都村はゆっくりとお茶を飲みながら言う。
柳行李の中から、どうにも使えそうにない物を出し、捨てる作業をしてい弟者を見て、
旅の準備も揃っていないのだろう、と気づいたようだ。

特に持っている物もなかった弟者の支度はすぐに終わった。
捨てた分だけ軽くなった柳行李を背負い、弟者は窓の外を見る。

昨日と同じ、幻想的で、活気のある町並みがそこにはあった。
新しい朝を喜ばしく思う人々の顔と、徐々に目覚め始める店の様子を見ていれば心が躍る。

(゚、゚トソン「……ああ、キミは昨日この町にきたばかりか」

(´<_` )「はい……」

弟者は小さく頷く。
名残惜しく思っていると気づかれたのは恥ずかしかったが、
意地を張り、彼女に偽りを述べたところで得もなければ守られる矜持もない。

(゚、゚トソン「こういうことを言うと、意地悪に思われるかもしれないが」

(´<_` )「何です?」

199 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:21:26.24 ID:vEb8WFa70
  
(゚、゚トソン「この町は良い町だったよ」

都村も弟者と同じように窓の外を眺める。
幼い子供が外に出てきて、新鮮な空気を肺に入れているところが目に入った。

(゚、゚トソン「人に囲まれ、鬱陶しい思いもしたが、
     それ以上に良い人ばかりだった」

彼女も、ここを離れることを名残惜しいと思っているのか。
弟者は少し意外な気持ちで都村を見つめる。
そして、彼女の瞳に宿っている色に、視線を下にずらした。

他の人間と比べて、弟者は特に敏い目を持っているわけではない。
だが、都村の瞳から、ただの名残惜しさだけではなく、
自身に対する叱咤の色があることには気づいてしまった。
安住の地を求め、愛おしく思う気持ちすらも、都村は憎いのだ。

彼女の安寧は、すなわち、復讐という名の目標を忘れることに他ならない。
強い決心と、強固な主柱を持っているからこそ、都村は留まる選択肢を己に与えない。

(゚、゚トソン「また、ここに来てほしい。
     キミが、キミの願いを叶えた後で」

その言葉に、昨日、兄者が言っていた言葉が脳内で被さる。

200 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:24:09.86 ID:vEb8WFa70
  
(´<_` )「……そう、ですよね」

弟者は窓に背を向ける。
早く兄者から解放されたいと思った。
そうすれば、己の力ではどうにもできない感情も、制御できるようになるはずだ、と。

(゚、゚トソン「行こうか」

(´<_` )「買い物もしないといけませんしね」

(゚、゚トソン「そうだな。早く済ませて、次の町を目指そう」

(´<_` )「はい。これからしばらく、よろしくお願いします」

(゚、゚トソン「こちらこそ」

先を行く都村を追いながら、弟者はわずかに己の斜め上を見る。
そこには何もない。
焦点を合わせようと思った場所よりも遠くに、天井と壁が見えるだけだ。

兄者がいない朝。
そんなものは、今までにもあった。
目覚めの一番からあの嫌な笑みを見たいと思ったわけでもない。

ただ、どうしようもない感情が、さらに増しただけだ。

201 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:27:14.40 ID:vEb8WFa70
  
都村のおかげで荷造りも順調に終えることができた弟者は、
日が昇りきるよりも前に町を出ることとなった。
当然、兄者の姿は見ていない。

(゚、゚トソン「では、出発だ。
     キミも旅をしてきたのだからわかっているだろうが、油断はするなよ。
     野生の獣もそうだが、抜け殻もどこに潜んでいるかわからんからな」

(´<_` )「はい。その辺りは、きっちり身に染みています」

(゚ー゚トソン「よろしい」

迷いのない足取りで、二人は自分達以外人のいない道を進んでいく。
じりじりと肌を焼く日差しは相変わらず厳しく、
水分の消費を考えてか、もともとの性格か、都村は口を開かない。
ただ黙々と歩くだけの時間に、弟者は気まずさを感じていた。

これまでの旅は、怒鳴りつけたくなる程、騒がしい道のりだった。
小馬鹿にされ、朗々と知識を述べられ、喧嘩をしてきた弟者にとって、
すぐ傍に誰かがいるのに、こうも静かな空間というのは違和感しかない。

かといって、自分から会話を始めるには糸口が見つからない。
弟者と都村の共通点といえば、悪魔を身に宿している、という部分になるが、
間違いなく彼女の逆鱗に触れることになる。

わざわざ今後の旅を針のむしろにする理由はない。
賢明な弟者は悪魔の話を脳の奥深くに封印する。

208 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 00:57:33.45 ID:vEb8WFa70
  
結局、無言で足を進めるばかりだった弟者だが、
町の門が見えなくなった頃、彼の目にゆらりと影が映った。

それは都村の背後に浮かび、形を成す。
彼女も後ろに現れたそれに気づいたようで、眉間にしわを寄せたままそちらを見た。

(゚、゚トソン「……出てこいとは言っていないが?」
  _
( ゚∀゚)「出てきちゃ駄目なのか?」

長岡はきょとん、とした瞳をして首を傾げる。
可愛子ぶってるつもりなのかもしれないが、非常に気味が悪い。
その証拠に、都村の顔はますます険しくなった。
  _
( ゚∀゚)「何よー。可愛い顔が台無しよー?」

笑って、笑って、と長岡は白い歯を見せながら笑みを浮かべた。
彼が普通の人間であったならば、好感がわく表情であったし、女子供がこぞって寄ってきそうでもあった。
しかし、顔の造詣がどうであろうとも、どのような表情を浮かべていようとも、
その正体が人間でないという事実が覆ることはない。

(゚、゚#トソン「理由はわかっているのだろ?」
  _
( ゚∀゚)「そうだとして、それに遠慮する理由もないだろ?」

209 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:02:35.78 ID:vEb8WFa70
  _
( ゚∀゚)「ここには普通の人間なんていやしない。
     昨日は一応、宿の中だったから普通の人間がくることもあるだろうし、
     何よりも切羽詰った兄ちゃんが哀れだったから退いてやっただけ。
     そうでない今、オレが退く理由はないよ」

子供に言い聞かせるように優しく、それでいて欠片も譲ることなく断言する。
彼の言葉に都村は唇を噛んでいた。

双方の姿を見て、弟者は怪訝に思いつつ首をひねる。
悔しそうに顔をしかめるくらいならば、昨日と同じく長岡に命令を下せばいいではないか。
見る限り、長岡は命令されれば姿を消していたように思える。

( ´_ゝ`)「元々の契約に含まれているのは、あくまでも普通の人間がいる場合に関してだけだ。
      それ以外の、悪魔使いだとか悪魔だとかしかいない空間において、
      あいつは契約に縛られることはない。
      これ以上、無理を通すのであれば、対価を払う必要が出てくる。
      昨日はあいつが気を利かせたようだが、今日はそう都合よく事は運べないらしい」

(´<_` )「ほー。悪魔でも気を使う、なんてことができるのか」

いつものごとく、突然現れ、話し始める兄者に驚くこともせず答える。
突然出てくるな、と怒鳴ってやるのがお約束なのだろうけれど、今日に限ってはそれをしない。

あっちでもこっちでも悪魔との喧嘩が勃発していれば時間を食うだけだ。
加えて、目的を目の前にした心の余裕もある。

( ´_ゝ`)「今更何を言う。オレがどれだけあんたに心を砕いてやったことか。
      日々、体調を気づかい、進むべき道を気づかい、毒物を口にしないか気にしていた。
      あんたの眼球が確かに機能しているならば、そのことに気づかないはずがない」

210 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:05:35.82 ID:vEb8WFa70
  
(´<_` #)「は?」

途端、弟者は心の余裕も何処へやら。
眉間にしわを寄せて兄者を見上げる。

(´<_` #)「気をつかう?
      お前は興味のままに動き、そのためにオレが必要なだけのくせに」

助けられたことは、悔しいがあった。
食べるものに、進む道に、人との関わりに。
だが、それが気づかいからきているものか、と問われれば、答えは否でしかありえない。
でなければ、好き勝手に姿を現し、弟者を窮地に追い込むようなことはしないはずだ。

結局は兄者自身のために与えられたものだ。
明らかな打算で構成されたものを気づかいと呼びたくない。

( ´_ゝ`)「それがどうした。巡り巡ってオレの利になるからといって、
      あんたを気づかったことが嘘になるわけでもなし。
      情けは人のためならず、って言葉があるだろ?
      人が人に優しくするというのはそういうことだ」

(´<_` #)「人外が何を言うか」

( ´_ゝ`)「オレは確かに人間ではないが、だからといって親切心を疑われるのは悲しいことだ。
      良き感情を無闇やたらに疑うものではない。
      疑心は相手を傷つける刃物になるのだから」

211 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:08:26.73 ID:vEb8WFa70
 _
(;゚∀゚)「んな顔するなよなー。
    いいだろ。別に。問題ないじゃん」

(゚、゚#トソン「存在そのものが問題のだろう」

弟者達の横で、こちらも似たような様子だった。
違いをあげるのであれば、長岡のほうは少々困ったような顔をしている、というところだろう。
  _
( ゚∀゚)「流石に傷つくぞ」

(゚、゚トソン「大いに傷つけ。
     私は欠片も痛くない」
  _
( ゚∀゚)「……オレがいないと都村ちゃんも困るくせに」

長岡は不満げに唇を尖らせる。
同時に、都村も口をつぐんだ。

勢いだけで否定するには、長岡の力は強すぎる。
他の悪魔を見つけ、己が身に宿したとしても、おそらく長岡ほど使い勝手はよくないだろう。
それがわかっているからこそ、都村は今も長岡と旅をしているのだ。

(゚、゚トソン「だとしても、いずれ、私はお前をも殺す」
  _
( ゚∀゚)「知ってるよ。でもさ、だから、こういう何気ない一瞬を一緒に過ごす。
    そんな優しさが必要じゃないかな?」

(゚、゚トソン「却下」

213 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:11:19.82 ID:vEb8WFa70
   
(´<_` #)「普段の言動を鑑みてから言ってもらえませんかね」

四六時中、飄々とした兄者と共にいるのだ。
傷つくだとか、傷つけるだとか、そういった言葉に信憑性はない。

( ´_ゝ`)「何の問題があるのかさっぱりだ。
      オレはあんたのことを気づかい、自然を愛し、世界を慈しむような悪魔だというのに。
      一体全体、どこに不満があるのとうのだ」

(´<_` #)「そういうすっとぼけたこと言うようなとこだよ!」

苛立ちのあまり、地団駄を踏みたくなるような気持ちが生まれるが、
都村がすぐ近くにいる現在、流石にそこまで子供っぽさを見られるのは恥ずかしい。
弟者は残りの理性をかき集めて体を制御する。

結果、どうにか歯を食いしばるだけに留まることができた。
しかし、心まで制御できたわけではない。

( ´_ゝ`)「あんたは本当に気が短くていけない。
      もう少し、心穏やかに生きよう、という気はないのか?
      いや……地団駄を踏むようなことをしなくなった分、大人になった、と言っておこうか」

(´<_` #)「お前が黙ってればいいんだよ!」

思わず声を荒げる。
地面を強く踏みしめたため、足元では砂が軋んだ音をたてていた。

214 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:14:13.69 ID:vEb8WFa70
  _
( ゚∀゚)「ねー。都村ちゃーん。
     たまには笑ってよー」

のんきで、悪意のない声が弟者の耳に届く。
そちらを向かずとも、都村の嫌がる顔が目に浮かぶ。

悪魔なんぞに好意を向けられたところで、嬉しくもなんともないだろう。
だが、それでも、小馬鹿にされるくらいならば、
ああして、悪意の欠片もないような声を向けられるほうがいいのかもしれない。

ふっと、そんなことを考え、次の瞬間には首を横に振っていた。

(´<_`;)「いや、ないな。ない」

想像してしまったことを後悔する絵面だった。
わずかでも考えてはいけない光景だった。

( ´_ゝ`)「急に頭を振ってどうした?
      虫でも寄ってきたか?
      年頃の娘でもあるまいし、その程度ならば片手で追い払えるだろ」

(´<_` )「虫じゃない。そしてお前には関係のないことだ」

簡潔に返し、追い払うようにして手を動かす。
無論、兄者が消えることはない。

215 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:17:11.63 ID:vEb8WFa70
  
( ´_ゝ`)「オレは虫ではないぞ。
      言葉を交わし、これからも付き合いのある者を無碍に扱うものではない。
      いつかあんたに利益を与えるのだから」

(´<_` )「そんな予定も予想もオレの中に存在していない。
      つまり、期待もしないし、一刻も早い解放以外願うこともない」
  _
( ゚∀゚)「んじゃ、オレの名前つけてー」

(゚、゚#トソン「不毛な争いを続ける気はない!」

都村は進むべき方角に体をむけ、未だ見えぬ目的地を見据える。
その凛々しい姿にまた、長岡は愛を捧ぎ、都村は眉間に渓谷を作る。

(゚、゚#トソン「こんな馬鹿の相手をしている暇はないな。
      行くぞ。弟者君」

(´<_` )「はい」

怒りの表情を浮かべたまま、都村は先へ先へと歩き出す。
弟者もそれに続いた。

しかし、その歩みは、ほんの数歩進んだだけで止まることとなってしまう。

217 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:21:00.22 ID:vEb8WFa70
  
( ´_ゝ`)「弟者。その方角はまずい。
      普通の人間でしかないあんたにはわからないだろうが、
      生きた人間ではない気配を感じる」
  _
( ゚∀゚)「おめでとう、都村ちゃん。
     キミの願いがまた少し叶う」

悪魔達の言葉に、人間である二人ははっとした。
直接的なものではなかったが、彼らが何を言いたいのかはわかる。

(゚、゚トソン「抜け殻か……!」

都村は腰を低くし、刀を抜く。
太陽の光を反射して光るそれは、全てを美しい断面で分けてしまうのだろう、と想像させた。

(゚、゚トソン「キミは下がって」

刀を持っていない方の手で、弟者を下がらせる。
その動作は、彼女の後ろにいさえすれば守られる、と確信するには十分すぎるほどのものだった。

彼女に比べれば体格の良い男である弟者だが、
無条件で守られる側に入り、またそれを許容してしまった。
無駄に出張ったほうが迷惑だろう、という考えもあってのことだった

218 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:24:27.90 ID:vEb8WFa70
  
(゚、゚トソン「さあ、長岡。
     数少ない、お前の仕事だ」
  _
( ゚∀゚)「了解、了解!
     さてさて。やらせていただきますか!」

弟者は二人の様子を凝視する。
抜け殻は死んでいるから死なない。
虫に食われようとも、獣に体をもがれようとも、
より多く原型を留めているほうが動く。

頭だけが落ちたのならば体が動き、
四肢がもがれたのならば這うようにして達磨が動く。

そんな悪夢がどうすれば消し去れるというのか。
拳を硬く握り、弟者は固唾を呑む。

心臓が数拍脈打つと、茂みがうごめき、人の手が見える。
徐々に見える体や顔は、どこもかしこも損傷が激しく、
抜け殻と化してからずいぶんと時間が経っているのだろうことがわかった。

(゚、゚トソン「ああ、気持ち悪い。
     あんなもの、さっさと消してしまわないと」
  _
( ゚∀゚)「オレとしては恨みも辛みもないが、
     ご主人様との契約だ。消え失せてもらう」

220 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:27:12.57 ID:vEb8WFa70
  
衣服は風化したらしく、何もまとっていない抜け殻がこちらに気づく。
不明瞭な声も出さず、動かすことが精一杯の体にしか見えないというのに、
恐るべき早さで都村達へ駆け寄ってくる。

今、この抜け殻を放置していれば、次の犠牲者はあの町へ行くものか、
そこを通過する旅人か、のどちらかだ。
摘める手段があるのならば、危険は摘んでおくべきだし、
何よりも抜け殻を消し去ることは都村の目的だ。

弟者が止める必要も、心配する必要もない。
ただ、目の前の光景を目に焼き付ければいい、そう思っていた。

(゚、゚トソン「いくぞ」


都村が地面を蹴った。
長岡が手を横に振った。

まずはそれだけが見えた。


そして、次の瞬間、弟者は危険も何もかも忘れ、駆け出していた。

   
221 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 01:30:48.90 ID:vEb8WFa70
  
兄者は駆ける弟者をものともせず、ただ都村と抜け殻を見ていた。

長岡の加護を受けた刃は、都村の持つ技術により、
鋭く、また美しく抜け殻の胴体を真っ二つにした。
宙に浮いた上半身が、軽い音を立てて地面に転がるところまで、兄者はしっかりと目にする。

一刀両断にしただけであったならば、頭か足か、どちらかが痙攣し、また動き始めていただろう。
しかし、刀にかかった加護がそれを許しはしなかった。

抜け殻の体は、断面から急速に腐敗を始めたのだ。
肉は黒くなり、どろりと溶け、腐敗臭を撒き散らしながら分解されていく。

( ´_ゝ`)「なるほど。考えたものだな。
      確かに、これならばわずかな労力で抜け殻を殺すことができる。
      強制的な腐敗。死人に対して、これ以上ない攻撃手段だ。
      腐敗の力、とは聞いていたが、ここまでのものとは思っていなかった」

悪魔の力をもってしても、今生きている者を腐敗させることはできない。
だが、すでに死人である抜け殻なら話は別だ。
彼らはその特殊な生まれを持つがために、死者としての性質を強く持たない。
動くことはもちろんのこと、腐敗の速度もそれに当てはまる。

通常ならば一年も経たぬ内に腐り、自然を巡るような死体であったとしても、
抜け殻となった彼らはその十倍以上の時間をかけなければ腐ることはないのだ。

226 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:00:34.81 ID:vEb8WFa70
   
長岡は都村の刀に腐敗の加護を与えた。
一刀両断する必要もなく、わずかな傷さえ抜け殻に与えられれば、
その傷口から急速に腐敗は進み、自然に還る、という寸法だ。

兄者は顎に手を当て、感心したかのように頷いていた。
ある程度、武道に関する心得が必要ではあるが、
この手を使えば比較的安全に旅を進めることも可能だ。

(´<_`;)「な、んだ……よ、これ……」

これからについて兄者が考えを巡らせている中、弟者は地面に膝をつき、呆然と下を見ていた。
何も、瞬きの間に腐り落ちていった抜け殻を見たことに衝撃を受けているわけではない。
それどころか、彼はその光景を見てさえいないのだ。

(´<_`;)「説明、しろよ……。
     なあ、お前、知ってるんだろ?」

青く染まった顔を上げ、兄者を見る。
長く生きた分、兄者のほうが物事をよく知っている、などという理由からではない。
彼にしか聞けないことだったからだ。

都村は未だ、腐敗した抜け殻を眺め、弟者達とは少し離れた場所に立っている。
彼女にとり憑いている、否、とり憑いていた長岡は、弟者のすぐ傍にいた。

(´<_`;)「何で、この悪魔はこんなことになってるんだよ!!」

そう叫ぶ弟者の下で、長岡は都村との繋がりを失い、静かに横たわっている。
先ほどまでの姿のまま、しかし、ところどころにヒビがはいり、今も砕けながら。

227 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:03:37.64 ID:vEb8WFa70
  _
( ゚∀.. 「ほんと、なーんも知らねぇのな」

長岡はおかしそうに笑う。
そんなことができるような状態ではないだろうに。

(´<_`;)「何を知らないってんだよ」

弟者は地面に手をつき、そのまま拳を握る。
細かい砂が爪の間に入り込む感覚が気持ち悪く感じられた。

( ´_ゝ`)「そいつは死ぬんだ。
      前、あんたはオレに聞いてきただろ?
      悪魔は死ぬのか、って。それで、オレは是、と返した。
      その現象が、今、目の前にあるってだけだ」

(´<_`;)「……は?」

意味がわからない。
兄者の言葉は、一つも、たった一文も理解できなかった。

だって、相手は悪魔だ。
死ぬと聞いていたとしても、悪魔なのだ。
そう簡単に死ぬわけがなく、この目で見る日がくるなど、ありえない。

228 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:06:03.02 ID:vEb8WFa70
  
(゚、゚トソン「もう少しくらい、もつかと思っていたが」

いつの間にか、都村が戻ってきていた。
抜け殻は腐りきったらしい。

(´<_`;)「都村さん、知って……?」

(゚、゚トソン「勿論。悪魔使いで知らない人間はいない」

( ´_ゝ`)「だろうな。悪魔使いってのは、結局のところ、
      悪魔をじわりじわりと殺していっているような連中の集まりだ。
      知らない、などという純粋培養な言葉が飛び出る方がおかしい」

(´<_`;)「ちょっと……え?
     意味、が……」

弟者は都村と兄者、両者の顔を何度も見比べる。
どちらも嘘や冗談を言っている雰囲気ではない。
都村も兄者の言葉を否定しない。
  _
( ゚∀.. 「おいおい、兄者。お前の弟とやらが混乱してるぞ」

体が砕け、顔が砕け、時間が経過するごとに長岡が無くなっていく。
砕けた欠片はまた砕け、砂になり、最後には淡い光になって消えていた。

229 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:09:49.63 ID:vEb8WFa70
  _
( ゚∀.. 「普通に生活してりゃ、そりゃ知らないわな。
     悪魔の死に方なんてよ」

けらけらと笑い、長岡はまだ残っている手を弟者のほうに伸ばそうとして、途中で崩れた。
一瞬だけ、彼はぽかんとした顔をしてみせたが、すぐに口角が上がり、笑みを浮かべる。
  _
( ゚∀.. 「こうやって死ぬんだ。
     原理だとか、中身だとか、そういうのは知らねぇから聞くな」

(´<_`;)「いや、そこじゃなくて……」

昔、家族の死体を見た弟者だが、
幸いなことに如何にして人が死んでいくのか、という過程は見たことがない。
命が少しずつ失われていく絶望的な様子を、まさか悪魔で見ることになるとは思ってもみなかった。

( ´_ゝ`)「オレ達は長く生きる。寿命があるのかまではまだ知らない。
      だから、悪魔であるオレ自身も、悪魔の死ってのはこれしか見たことがない。
      人間と同じだ。毒を食ったから死ぬ。
      ただそれだけだ」

(´<_`;)「毒?」

弟者の頭に浮かんだのは、旅の先々で見つけた毒草だ。
人間にとっては害のあるものでも、ある生物にとってはそうでないこともあり、
また、逆に、人間にとっては害のないものでも、別の生物にとっては毒となるものもたくさんあった。

悪魔にとっての毒とは何か。

230 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:12:48.05 ID:vEb8WFa70
   
(゚、゚トソン「悪魔が食べられるのは、人の魂と寿命と、固有の何か一つ。
     けれど、それしか食べられない、というわけではない」

都村は地面に膝をつくこともせず、長岡を見下ろしていた。
彼女によって太陽がさえぎられ、地面に横たわる長岡は影の中でまたひび割れる。
  _
(.. .∀.. 「あー。目、見えなくなった。
     都村ちゃん、もっと、話してよ」

目玉があった部分が砕けたからか、
どこかにあるのかもしれない視覚を担う機能でも壊れたのか、
長岡の視界は暗く染まったらしい。
声だけが楽しげで、現状に不釣合いだ。

(´<_`;)「……それ、は」

喉が乾く。
深く聞くのが怖かった。

(゚ー゚トソン「我々とてそうだろ?
      毒を食べられないわけではない。
      ただ、食べれば死ぬ。だから食べない。
      それだけのことさ」

それはもう、清々しい笑みだった。

232 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:17:11.51 ID:vEb8WFa70
  _
(.. .∀.. 「とーそん、ちゃん」

(゚、゚トソン「……」

都村は口を閉じる。
冷たい目が崩れ落ちる長岡を見ていた。
  _
(.. .∀.. 「あれ? 都村ちゃーん。
     どこ行ったのー?」

(´<_`;)「都村さん」

(゚、゚トソン「……」
  _
(.. .∀.. 「ねえ、最期なんだし、嘘でいいからさ、
     好きとか、ありがとうとか、言ってよ」

長岡の尋ねる声にも、
弟者の何かを祈るような声にも、
都村は一言も返さない。

彼女の口は小さく開くこともなく、沈黙を守る。
最期の絶望を悪魔に与えるために。

233 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:20:47.86 ID:vEb8WFa70
   
(´<_`;)「都村さん!」

(゚、゚トソン「……」
  _
(.. .∀.. 「は、はは。
     わかってるよ。そーいうこと、言ってくれるような子じゃないもんな」

炎天下のなか、ぽつりとできた日陰の中で、悪魔が砕けていく。
その音が無常に響いていた。

( ´_ゝ`)「……一応、野暮を承知で聞いておいてやる。
      ここまできたが、それでもお前は幸せなのか?
      後悔は、戻りたいとは思わず、真に身と心を捧げたのか?」

兄者の低い声は、砕ける音を通りすぎ、長岡へと届く。
と、彼は高らかに笑った。
何を馬鹿なことを、と動ける体があったのならば、文字通り、腹を抱えて笑っていただろう。
  _
(.. .∀.. 「当然だ!
     オレは今だって都村ちゃんを愛してる。
     見えやしないし、聞こえもしないけど、彼女が傍にいるってわかる。
     それだけで幸せだ!」

その言葉と同時に、都村が足を一歩退いたが、
弟者は彼女の服を掴み、それを止めた。

234 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:23:22.92 ID:vEb8WFa70
  _
(.. .∀.. 「オレの心を糧に、オレは身を捧げた。
     最後まで付き合うことはできなかったが、手助けにはなっただろう。
     あとはそうだな、都村ちゃんがオレのことを忘れないでいてくれたら最高だろうよ!」

死にかけているとは思えない声だった。
楽しげに、今にも動き出しそうなほど、彼は元気に思えた。

( ´_ゝ`)「そうか。お前は実に幸せものだ。
      そこまでできるのだから。
      ……そんな馬鹿を、オレはお前を含めて、三人知っているよ」
  _
(.. .∀.. 「……三人?」

初めて、長岡が怪訝そうな色を見せた。
小鳥がさえずり、その余韻が消えた頃、彼はまた笑った。
  _
(.. .∀.. 「あー。はいはい。
     なるほど、なるほど。そうだな。三人だな。
     はは、お前も運の良い奴だ。
     こんな悪魔、そうそういるもんじゃないってのに」

( ´_ゝ`)「まったくだ。話に聞くだけだった悪魔の死、なんてものを二度も見た。
      自伝の一つでも出せば、他の奴らもこぞって欲しがるかもしれない。
      残念なことに、対策案などは一つたりとも出やしないがな」

235 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:26:40.33 ID:vEb8WFa70
  
長岡が崩れる。
砕ける。
割れる。
死んでいく。
  _
(.. .∀.. 「都村ちゃん」

死を前にしても、彼の声に怯えはない。
昨日となんら変わりない。
  _
(.. .∀.. 「愛してる」

彼の体が大きく崩れた。

... .∀.. 「んで、女の子は、やっぱ幸せに生きるのが一番だから、
     もうこの際、オレ以外の奴とでもいいからさ、幸せになってくれよ?」

優しい言葉と共に、長岡の体は粉々に砕けた。
しばらくは小さくぱきり、と音がしていたが、
次第に音が減り、光が瞬き、最後には何も聞こえなくなった。

236 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 02:29:18.84 ID:vEb8WFa70
  
(´<_` )「……し、んだ……?」

( ´_ゝ`)「ああ。もう奴はこの世の何処を探してもいない。
      遺体がないからしっくりこないかもしれないが、そんなものだ。
      奴は消滅した。オレ達の前に姿を現すことはないだろうよ」

弟者は呆然としたまま、地面から動こうとしない。
わずかな欠片も長岡は残さなかったというのに、
まだこの下に彼がいるように思えてならなかった。

(゚、゚トソン「すみませんね。
      町を出て早々に私は抜け殻を殺す術を失ってしまいました」

都村は優しく弟者の肩に手を置く。
暖かいそれが、何故か恐ろしく冷たいものに思えた。

(゚、゚トソン「でも安心してください。
     あなたのことは守りますから」

そう笑むと、都村は柄に触れる。
腐敗の力こそないものの、あの刀の切れ味は本物だ。
抜け殻の足を削ぎ、行動力を低下させるくらいのことは朝飯前だ、と主張したいらしい。

242 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:00:25.06 ID:vEb8WFa70
  
(゚、゚トソン「さ、早く進むとしよう。
     私も新しい悪魔を得るために、早く合流する必要がでてきた」

新しい悪魔。
その言葉に、弟者は肩を震わせる。

( <_  )「都村さんは……」

(゚、゚トソン「ん?」

(´<_` )「都村さんは、知っていたんですよね?
      知ってるんですよね?」

今からでも遅くはない。
否定の言葉を欲した。

(゚、゚トソン「悪魔に対する毒の話かい?
     さっきも言っただろ。知っていたよ」

無情な言葉が都村の口から流れ出る。
弟者は静かに歯を食いしばると、ゆっくりと立ち上がった。


(´<_` )「……オレは、あなたとは行けません」

243 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:03:04.85 ID:vEb8WFa70
  
どこをどう切り取っても、拒絶の言葉だった。

(゚、゚トソン「……どういうことかな?」

(´<_` )「オレはあなたが信じられない」

弟者が一歩下がると、都村が一歩詰め寄る。
体格の差はあれど、戦闘においては都村の方が弟者を圧倒するはずだ。
下手に距離を詰められるのはまずい。

(´<_` )「あなたと長岡に会ったのは、昨日が初めてです。
      悪魔である長岡とはそれほど言葉を交わすこともなく、
      彼をよく知っているとは到底言えません」

必死に言葉を口にし続ける弟者の脳裏には、長岡の姿があった。
悪意のない笑みと、純粋愚直に都村を見ていた目。

(´<_` )「ですが、彼は良い奴だと思いました。
      少なくともオレは、ある程度、時間を共にして、
      あんな風に好意を向けてくれた相手に対して、あんなまねはできません」

蔑むような目も、死を待つ姿勢も、傍にいてくれて嬉しいといわれ、立ち去ろうとするようなことも、
弟者にはできないし、考えつきもしないことだった。
長岡は、死のその瞬間まで、都村のことを思っていたというのに。

244 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:06:05.34 ID:vEb8WFa70
   
(゚、゚トソン「奴は悪魔だ」

(´<_` )「でも、生きています。感情があります。オレ達と言葉を交わします。
      ……それだけじゃ、駄目なんですか」

(゚、゚トソン「何を馬鹿なことを。
     キミだって、その悪魔から解放されたくて、私のもとにきたんだろ?」

都村は兄者を指さす。
腕を組み、事を流れを静観していた兄者は、黙って腕を解いた。

何か言いたいことがあるわけでもないので黙っていたが、
こうして目を向けられたのだから、相応の態度、というものがあるだろう、と思ってのことだった。

同胞である長岡が死んだことを責めるつもりはない。
本人がそれで満足していたのだから、他人がどうこう言うような問題ではない。
悪魔の死を前にした都村のありかたについても同様だ。
むしろ、弟者がここまで嫌悪感をあらわにしているほうが意外だった。

心の優しい弟者のことだから、悪魔使いのやり方に違和感を覚えることはあるだろう、と思っていた。
胸の内で抱え、こっそりと己に打ち明けるのではないか、そんな風にしか考えていなかったのだ。
正面切っての対立など、欠片も予想にはなかった。

(゚、゚トソン「悪魔は人間とは違う。
     わずらわしく、鬱陶しく、忌むべきものだ。
     そうだろ? ならば、それを忌んだ私は正しいではないか。
     あれを殺した私は正しいはずではないのか?」

245 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:09:32.99 ID:vEb8WFa70
  
(´<_` )「正しいか、正しくないか。
     そんなことはわからない」

弟者は握る手のひらの中には、まだ地面の砂が多少残っていた。
だが、そこに長岡の欠片はない。


(´<_` )「でも、オレは、心の底から、兄者を殺したい、って思ったことだけは、
     一度もないって断言できる」


目線は真っ直ぐに。
意思も同じく。
直線で都村へ届ける。

(´<_` )「払ってほしいとは思った。
      離れて、オレと関わりのないところにいてほしいと」

手を開き、土で汚れたそれを都村へ向ける。

(´<_` )「それは、兄者にこうなってほしい、ってことじゃない。
      こうは、なってほしくない」

(゚、゚トソン「キミを助けるため、払うだけですよ」

(´<_` )「すみません。もう、あなたを信用できそうにはないんです。
      ただ引っぺがしてほしいだけなのに、それ以上の何かを、与えられる気がする。
      そうでなくとも、オレが解放された後、こいつが長岡の後をたどるんじゃないかって思います」

246 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:12:57.68 ID:vEb8WFa70
  
(゚、゚トソン「……後悔しますよ」

都村の低い声が聞こえる。
彼女は体勢を低くし、抜刀の構えをしていた。

(´<_` )「かもしれません。
      だけど、自由になったあと、兄者のことを心配しなきゃなんないのは真っ平御免です。
      心を縛られるなんて、最悪だ」

何もかもが今更だった。
もっと早く、こんな風に思ってしまう前に、悪魔使いと会えていればよかった。
そうすれば、あっさり兄者を切り離すことができたのに。

共にいた時間が長すぎたのだ。
弟者は自分に苦笑いを向ける。

悪魔に情がわいてしまった。
安否を気にする程度には、心を絆されてしまっていた。
彼を殺すかもしれない人物に、不信感を抱くようになってしまった。

(´<_` )「だったらもう、もっと平和的な方法を探すしかないじゃないですか」

(゚、゚トソン「悪魔に心まで乗っ取られてしまった哀れな悪魔憑き……。
     私はキミが抜け殻になるのを阻止しなければならない」

都村が地面を蹴り、刀を抜く。

247 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:15:49.02 ID:vEb8WFa70
   
兄者はしばし呆然としていた。
久々に兄者、と呼ばれた。
そのことに驚いてしまっていたのだ。

ずいぶん前に、一度だけ兄者と呼ばれたこともある。
しかし、その記憶は兄者が食ってしまったはずなので、
今、また弟者が同じように呼んでくれたのが信じられなかった。

顔に動揺を出さぬまま、兄者はその場で意識を飛ばしていたが、
その間にも弟者と都村の会話は続いていく。
彼らが交わす言葉の端々に、弟者からの情が感じられ、それにも驚きまた思考を止めてしまう。

気づけば、もはや一刻の猶予もない事態に陥っていた。
都村が抜刀し、こちらに飛び掛っているではないか。

( ´_ゝ`)「あんたはもっと時と場合を考えて話すべきだったな。
      そっと姿を消すだとか、もっと油断している隙を狙うとか、
      いくらでも方法はあっただろうに」

(´<_` #)「うるさい! かばってやったんだ。ありがたく思え!」

( ´_ゝ`)「それはそれは。至極光栄。
      喜びの限りでございます、とでも言ってほしいのか?
      口先だけでならどうぞ」

(´<_` #)「今はお前の悪ふざけに付き合ってやってる場合じゃ――」

弟者は言葉を止める。

248 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:19:01.81 ID:vEb8WFa70
   
四方八方、何処を見ても都村の姿がない。

(´<_` )「……あれ?」

( ´_ゝ`)「さあ、さっさとここを立ち去れ。
      それほど遠くに飛ばしたわけではないからな。
      あっという間に追いつかれれば、元の木阿弥だ」

(´<_` )「……お前が何かしたのか」

兄者の指示に従い、その場から逃げるように駆けながら尋ねる。

( ´_ゝ`)「死ぬよりはましだろ?
      腐敗の加護がなくとも、あの刃の切れ味は本物だ。
      あんたなんぞ、皮膚の下に刃が触れた、と思った瞬間には真っ二つだ」

そう言われてしまうと、弟者には返す言葉もない。
死にたくないのは確かだったし、
あの場面からどうにか挽回できるほど、己の身体能力に自信があるわけでもなかった。
どう転んだところで、助かるには兄者の力を借りるより他に方法はなかったのだ。

(´<_` )「ったく。今度は何を食われたんだか」

( ´_ゝ`)「些細なものさ。なくともあんたは少しだって困りはしない。
      安心して走るといい。
      なんなら、次の町まで駆け抜けてしまえ」

249 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:23:07.50 ID:vEb8WFa70
  
兄者は笑いながら腹を撫でる。
今回食べたのは弟者が「兄者」と呼んだ記憶だ。

距離がそれほどあったわけでもなく、都村の体積が異様に小さかったため、
消費する記憶はそれほど多くなくて済んだ。
故に、弟者は何の違和感を持つこともない。

会話の流れも、長岡の死も全て覚えている。
ただ、兄者を認め、その名を呼んだことだけを忘れている。

前もこれを喰った。
また喰った。
それだけのことのはずなのに、どうしてか腹がうずく。

( ´_ゝ`)「しかし、これからどうするつもりだ?
      何か当てがあるわけでもあるまい。
      北か南か東か西か。何処へ行くつもりだ」

(´<_` )「さて、な」

弟者も考えてはいるのだが、何も思い浮かばない。
ここ最近は悪魔使いを追うことばかりを考えていた。
他の情報などさっぱり収集していない。

(´<_` )「だけど、元々、当てのない旅だった。
      最初に戻っただけだ、と思えばどうってことないだろ」

250 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:26:04.02 ID:vEb8WFa70
  
( ´_ゝ`)「おお、今日一日でずいぶん成長したように思える。
      今までのあんただったならば、ぶちぶちと意味のない文句を垂れ流していただろうに。
      最初に戻る、それを受け止められるとは。いや、天晴れ」

(´<_` #)「オレのこと馬鹿にしすぎだ!」

走り、走りぬけ、大きな木が見えてきた。
暑い太陽の下、必死に走っていた弟者はその陰で休憩をとることにした。
いくら都村とはいえ、この距離を急速につめる、ということはできないはずだ。

悪魔のいない今、彼女は悪魔使いでもなんでもない、
何処にでもいる普通の少女となったのだから。

(´<_`;)「疲れた……」

( ´_ゝ`)「お疲れ様。と、いいたいが、あんたには課題が山積みだ。
      主にこれからの目的と進行方向について。
      本当にゆっくりしていては、あのお嬢さんに追いつかれ、一瞬であの世行きだ」

(´<_`;)「わかってるって」

弟者はうつむき、日陰の涼しさを堪能する。
木々の囁きが耳に優しい。

(´<_` )「あー。またしばらく、兄者と一緒に旅しなきゃなんないのか……」

252 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 03:29:43.54 ID:vEb8WFa70
  
何気なく呟かれた言葉。
それに兄者は驚く。

(´<_` )「言っておくが、オレはお前と共にあることを受け入れたわけじゃないからな。
      とっとと払う方法を見つけてやるからな。覚悟しておけ」

いつも通りの弟者に、今さっきの言葉は幻聴かと思う。
だが、そんなはずがない、と兄者は知っていた。

常日頃から口数の多い兄者が返事を寄こさないことを怪訝に思ったらしい弟者は、
感情そのものを顔にへばりつけて兄者を見る。

(´<_` )「どうした兄者。
      えらくおかしな顔をしている」

「兄者」と呼んだ記憶は、確かに兄者の腹の中にある。
だが、それを忘れてもなお、弟者は「兄者」と呼ぶのだ。

呼ぶにいたる過程を覚えているから。
そう呼ぶために必要だった感情を抱いたままだから。
弟者の口は、兄者を名で呼ぶ。

( ´_ゝ`)「……いや、あんたにそう呼ばれるのは、初めてだと思ってな。
      どういう心境の変化があったのか、今、順を追って思い出していたところだ。
      まだ旅を始めて数ヶ月目までしか思い返していない」

(´<_` )「ん?
      あー。そうか。そういえば、初めて、呼んだな」

256 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/12/23(火) 04:00:05.35 ID:vEb8WFa70
弟者は頭を掻き、渋い顔をし、苦々しい顔に変化させ、最後に一つため息をつく。
それは諦めを意味していた。

(´<_` )「……もう、長いからな。
      名前の一つも呼ぶだろ」

お前、でも、悪魔、でもない。
たった一つ、兄者が持つ名前を弟者が口にする。

( ´_ゝ`)「ずいぶんと遠いところまできたしな。
      オレは幾度となく名で呼んだが、こうして呼ばれるまでには長く長くかかってしまった。
      それほどまでに信用がなかった、ということか。
      なんと悲しい」

(´<_` )「この悪魔が。白々しいんだよ」

( ´_ゝ`)「どうした。もう名を忘れてしまったか?
      オレの名前は兄者、だ。
      悪魔は種族名であって名ではない」

(´<_` #)「んなもん、知ってる」

変わらぬ言い合いを始めながら、兄者は心の奥で笑う。

本当に、実に遠いところまできた。
実に多くの思い出を得た。
あと、もう少しだ。




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