(´<_` )悪魔と旅するようです
1 名前: ◆p9o64.Qouk 投稿日:2014/03/22(土) 15:05:22.57 ID:AfQSVYB10
   
「オレの願いを叶えて」

応えるように闇が動く。
子供は唾を飲み込んだ。

「さあ、言うんだ」

男の言葉に背中を押され、子供は再び口を開く。
箱を握る手に力がこもった。

「生き返らせてください」

子供の目から涙が零れる。
一つ、二つと流れた後は、とめどない川となった。
そして、子供は震えた声をあげる。

「母を、父を、姉を、妹を。
 オレの家族を、生き返らせてください」



(´<_` )悪魔と旅するようです


まとめ様
http://boonrest.web.fc2.com/genkou/akuma/0.htm
REST〜ブーン系小説まとめ〜 様  (二話目まで)
http://lowtechboon.web.fc2.com/devil/devil.html
ローテクなブーン系小説まとめサイト 様

2 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:08:07.99 ID:AfQSVYB10
      ネガイゴト
第七話 絡  繰

季節がうららかな春から厳しい夏へと変わり始める。
すると、空は春の終わりを嘆くかのように雨を降らせるのだ。

美しい女が流す涙のようにさめざめと降り落ちる雨は、弟者の旅路を邪魔する。
これが現実にいる女の旅を引き止める声であったのならばどれ程良かっただろうか。
太陽を隠して降り続ける雨に気温がわずかに下がる。
肌寒さは体調を崩す元だ。

それでも弟者は歩みを止めはしなかった。
雨はそれが気に食わなかったらしい。
美しい女は嫉妬に塗れた女に変わった。
叫ぶように、なじるように、手身近なものを叩きつけるようにして雨粒を落とし始めたのだ。

(´<_`;)「今年も酷い雨模様だな」

笠のつばを軽く持ち上げて空を見る。
灰色の雲から落ちてくる雨は透明であるはずなのに、その落下速度と量のためか白い糸のように認識できた。

( ´_ゝ`)「自然の流れだからな。そうころころ変わられても困る。
      こうして雨が降り、本格的な夏が始まるからこそ、豊作にもなるのだ。
      安定した居住を持たず、食糧を蓄えておくことのできないあんたならば、その恩恵を大いに受けることとなる。
      ここは一つ、喜んでおくべきだろう」

相も変わらず弟者の体から生えている兄者が言う。
彼の頭には形ばかりの笠が乗っていた。

4 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:12:09.04 ID:AfQSVYB10
   
悪魔である兄者は雨を受けない。
彼は物を掴むことも受け止めることもできるのだが、どういうわけか雨は兄者の体をすり抜ける。
そのおかげで、彼の体はわずかばかりも濡れていない。

(´<_`# )「別に文句を言ったわけじゃない。
      オレは目の前にある事実を口にしただけだ」

対して、弟者の姿は、とてもではないが常通りとはいえない。
笠を被っているとはいえ、守られているのは頭だけ。
肩や腹は雨に濡れて重く冷たい。
足元は歩く度に跳ねる泥によって汚れてしまっている。

この状態で機嫌を良い方向に保つのは、好奇心旺盛な子どもでも難しいだろう。
当然、弟者も苛立ちを腹に抱えていた。

(´<_`# )「オレとて畑仕事をしたことくらいある。
      雨のありがたさを知らぬはずがないだろ」

鬱憤をぶつけるようにして吐き捨てる。
声量はあくまでもいつも通りで、怒鳴っているわけではないところが、
弟者の言葉が怒りではなく、鬱屈とした感情を主として含んでいる、と示していた。

( ´_ゝ`)「それは喜ばしいことだな。
      あんたが雨のありがたさ一つもわからぬ阿呆でなくて安心したよ。
      何せ、契約を果たすまではあんたと共にいなければならない。
      どうしようもない阿呆であったとしても問題はないが、できることならば話のわかる阿呆の方がいい」

(´<_`# )「どう控えめに解釈しても、オレを阿呆だと言っているようにしか思えないんだが?」

5 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:15:09.03 ID:AfQSVYB10
( ´_ゝ`)「そうだな。こうして返答がある。
      話のわかる阿呆の良いところだ。
      ふわりさらりと天然で受け止められても何も楽しくないからな」

(´<_`# )「人を玩具扱いする気か!」

( ´_ゝ`)「とんでもない。玩具との会話を楽しむような歳など、とうのとうに過ぎている。
      オレを幼子扱いするのはやめてもらいたいものだ。
      見た目こそあんたと同じだがな、生きた年数はずっと長い」

実に不本意だと言いたげに兄者は言う。
しかし、その口元は紛うことなく弧を描いていた。

(´<_`# )「ならば手軽に弄べる飼い犬か何かか。
      その口一つで人の神経を逆撫で、顔一つで血を怒りで沸かせる。
      他者を軽んじてあざ笑うのが常だ。およそ、人間扱いしているとは思えない」

( ´_ゝ`)「オレは悪魔だ。あんた達の思う人間扱いってのと、オレが思うそれは違うものなんだろうさ。
      これでも、悪魔という種族は人間という種を好んでいるのだぞ。
      そうでなければ、人間と契約を結ぶはずがない。特に、力の持った悪魔ならばな。
      別段、あんた達が生み出すものや魂、命を喰らわずとも生きていけるのだから」

(´<_` )「ほう?
      だとすれば、命や魂を喰らうのは何故だ。
      悪魔という種は、好意を抱いている者を殺すのか」

馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

(´<_` )「好きな者を殺すなど、知性のある生物がとる行動ではない。
      そんなものは、生存本能のみで生きている虫けらと同等の思考だ」

6 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:18:11.24 ID:AfQSVYB10
( ´_ゝ`)「そうか? オレは、好きな者を殺す、というのは、生存本能からかけ離れた行為だと思うぞ。
      嫉妬、羨望、妬み、所有欲、支配欲、同一化……。
      何か特別な感情があるからこそ、他者に好意を抱き、己が手を汚さずにはいられない。
      人間にはよくある話だろ?」

つらつらと並べた彼の顔に嘲りの色はない。
至極当然のことを口にしているだけなのだ。

(´<_` )「ない話とは言わんが、そんなもの、まともな人間ではないだろ」

( ´_ゝ`)「酷いことを言う。
      一途をこじらさえて狂ってしまった愛に、憧れを抱く者も少なくはないというのに。
      そこまで人を愛することに、愛されてしまったことに、惹かれることを否定するもんじゃない」

(´<_` )「オレは御免だね。
      好きな人を殺すことも、それだけ愛されることも」

( ´_ゝ`)「勿論だ。誰も、当事者になりたいとは言っていない。傍から見ることが好きな人間が多いのだ。
      女子ならば特にな。彼女達は自分達が姫であり、いつか帝に見初められることを夢見るのだから。
      だがな、彼女達は特別まともでないわけではない。
      そうして、実際、行動に移す輩に男女の差異はない」

長い時間を生きた兄者は、そのような光景を何度も目にしていた。
男が、女が、愛を振りかざして他者を殺すのだ。
それは、ある時は悲劇だと言われ、ある時は惨劇だといわれた。

(´<_` )「種族の差異もない、ってか?」

7 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:21:12.78 ID:AfQSVYB10
    
二人の視線が交わる。
弟者は眉間にしわを寄せていた。
好意が殺意に変わる話など、聞いていて気分の良いものではない。

(´<_` )「悪魔も人間に好意を抱き、殺すのだろ?」

改めて問われた言葉に、兄者はわずかな間、目を閉じた。

( ´_ゝ`)「……個体差、だな。
      殺す者もいる。逆に、命や魂でないものを喰らう者もいる。
      そして、オレの経験上、好意の抱きかたが悪魔と人間とでは違う」

弟者は歩きながらも濡れた足元を見下ろし、頭の片隅で考える。
こうして旅を始めてから、種の違いというものを知ることが増えた気がする。
犬や牛を相手にするだけでは、明確に認識することのなかった絶対的な違い。

種と種の間にあるのは、壁であり、溝であり、距離だ。
知らぬままでも生きていけただろう。
しかし、弟者は否応なしに知ってしまう。

( ´_ゝ`)「オレ達悪魔は、情を抱いたとしても、それはそれ、これはこれ、が上手くできるようになっている。
      他の人間と比べて面白いと、好きだと思っても、喰らうときは喰らう。
      殊更、まだ若い悪魔なんぞは、より強い力を得るために人間の命や魂を喰らい、相手を殺す。
      躊躇いなんぞない。悲しみも、後悔もだ」

(´<_` )「……悪魔め」

8 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:24:07.76 ID:AfQSVYB10
   
( ´_ゝ`)「その通り。人間からしてみれば、悪の塊であり、魔と呼ぶに相応しい所業だろう。
      だが、そういう生物なのだからしかたない。
      あんた達人間が、丹精込めて育てた米や牛を喰うのと同じだ。
      生きかたを変えようとしても、数十年、数百年程度では変えられぬだろうよ」

(´<_` )「オレは米でも牛でもない。
      知性があり、お前の言葉を解する。
      黙って殺されると思うな」

弟者は兄者を睨みつけた。
命を喰われ死ぬのも、魂を喰われ抜け殻になるのも勘弁願いたい。

( ´_ゝ`)「安心するといい。オレは悪魔の中でも長生きをしている。
      今さら、人間の魂やら命やらを喰らおうとは思わん。
      それに、オレは自分が生きるためではなく、自分を満たすために殺すことは好まない」

(´<_` )「どうだかな。
      お前の二枚舌なんぞ、信じていては痛い目を見ること間違いなしだ」

悪魔にとって、人の信を違うことは気に止める必要もないことなのだ。
種族の違いというものを思い知っている弟者は、頭のどこかで確信していた。
人間から見れば裏切りである行為も、悪魔から見れば裏切りでも何でもなく、ただ、そうしただけにすぎなくなることを。

( ´_ゝ`)「信じるか否か。あんたに任せるよ。
      どちらにせよ、損はしない。欠片の得もありはしないがな
      オレの行動も意思も、あんたの感情や信頼によって変わることはない」

兄者は弟者の疑念を肌で感じつつも軽く流した。
とり憑いた人間に媚を売るつもりはない。好きに解釈し、考え、感情を抱けばいい。

10 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:27:16.05 ID:AfQSVYB10
雨が降る。
全てを流してしまいそうな雨だ。

木の枝や葉、そこいらに転がっている石に雨が当たる音が五月蝿く響く。
こんな日は、口が軽くなってしまいがちだ。
叩きつける雨音が零れた音を消してくれると、気が緩んでしまうのかもしれない。

(´<_` )「まあ、悪魔ごときに嫌われる、という何とも胸糞の悪い結果は避けられているらしい」

弟者はわずかに口角をあげた。
忌まれるべき存在が、他者を嫌うなどおこがましい。
精々、人々から一方的に嫌われていればいい、と言いたかったのだろう。
だが、兄者相手に告げるには、少々誤った言葉であったことは否定できない。

( ´_ゝ`)「喜んでいただけているようで何より。
      人は、自身が嫌っている者から好意を寄せられることを嫌う。
      悪魔であるところのオレに好かれている方が良い、ということは、
      多少の情は寄せてくれていると捉えていいのだろ?」

向けられた笑みが、喜びに緩んだものだったならばどれだけ良かったことか。
照れるな、とも返せただろう。一本とってやった、と笑うこともできただろう。
けれど、そこにあったのは相も変わらず尊大な態度で浮かんでいる兄者だ。
 _,
(´<_` )「……誰が」

眉を寄せる。
彼の言葉は、けっして兄者がいうような意図を含んで口にしたものではなかった。
しかし、弟者を含めた人間の大半が知っているように、無意識のうちに発せられる言葉や癖というのは、
その人の本質を映し出していることが多い。
当然、弟者は、今回の言葉はその中に含まれない、と言外に主張する。

11 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:30:12.74 ID:AfQSVYB10
   
( ´_ゝ`)「そう嫌そうな顔をしてくれるな。
      誰に対してであろうとも、良き感情を抱くのは悪ではない。
      良き感情は人生の良き肥やしになる。
      あんたのような、誰かと共に生きることを選択し続けるような人間ならばなおさらに」

悪意に塗れた人間と、善意に塗れた人間。
数十年生きた後、どちらの人間の方がより良い顔をしているか。
問う必要すらないことだ。

( ´_ゝ`)「だが、気をつけてもおくべきだ。
      誰彼構わずに良き感情を抱いた結果、その感情を悪しき人間に利用される、何てこともある。
      感情は感情。行動は行動。
      上手い使い分けが大切だ」

(´<_` )「安心するといい。
      オレはお前が思っている程、お人好しではない。
      悪しき人間、悪魔にまで良き感情を抱きはしない。
      無論、お前にもだ」

弟者は右手で兄者を払いのけるようにして言う。
残念なことに、彼の手は兄者に触れることすらなかったけれど。

( ´_ゝ`)「あんたがそう言うのならば、受け入れようか。
      感情を抱くことも自覚することも、他者に強制されることではない。
      言っておくならば、オレがあんたを気に入っているのは嘘じゃない、ということか。
      好かれていようと、嫌われていようと、そこは変わらない。
      そうでなければ、誰が願いなど叶えようとするものか」

13 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:33:13.18 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「悪魔なんぞに嫌われるのは腹立たしいと言ったが、前言撤回だ。
      嫌われていた方が今よりもずっとまともな生活ができていたらしい」

( ´_ゝ`)「勘違いしてもらっては困る。
      オレがあんたの手を無理矢理引いたわけではない。
      あんたが手を伸ばすから、そんなあんたが気に入ったから、オレは手を取っただけ。
      きっかけはあんた自身だ」

(´<_` )「どうだかな。
      以前、面白い願いだったからこそ手を貸した、とも言っていた。
      ならば、お前の興味のままに、人を陥れることもするかもしれない」

( ´_ゝ`)「確かにオレはそう言った。よく覚えていたものだ。
      面白い願いを口にするあんただから、オレはあんたを気に入った。
      だから手を貸し、願いを叶える。本当に良かったよ。
      あんたが、オレの好まない、自分が世界の中心だと思いこみ、己だけに陶酔するような人間でなくて。
      そんな人間の願いなど、オレは叶えない。そもそも、そんな人間の願いは、とても退屈そうだ」

(´<_` )「その情報はもっと早く知りたかったな。
      できることなら、お前と契約とやらを交わす前に。
      そうすれば、オレはお前の前で自己陶酔に浸る人間を演じられたというのに」

( ´_ゝ`)「いくら嘆き、願ったところで、その願いは叶えられないな。
      大体からして、あんたの下手な芝居を見て騙される程、オレの目に穴は空いていない。
      いい加減、願いを叶えられることくらい受け入れたらどうだ」

(´<_` )「何を喰われるのかわかったもんじゃないというのに、易々と受け入れられるものか」

14 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:36:43.82 ID:AfQSVYB10
言葉を投げ合う中、弟者は再び空を見た。
雨の勢いを殺してくれる大木の下で一休みしたいところだが、時間を置いてみたところで雨模様は変わらないだろう。
やまないのは当然、勢いが落ちることもなさそうな雲行きだ。

足を止めるより、さっさと進めて次の村にたどりつく方が、建設的といえる。
こんな天気の中、野宿などできるはずもないのだから。

(´<_` )「おい。次の村では絶対に出てくるんじゃないぞ」

弟者は声を低くして言う。
この言葉で兄者の行動を制限できるとは思っていないが、口にせぬという選択肢はなかった。

( ´_ゝ`)「まあ、そうだな。
      この様子では、旅を一時中断するのが良さそうだ。
      悪魔憑きだと追い出されては敵わんしな」

兄者は空を仰ぐ。
明日、明後日はまだ雨が降っているだろう。
旅をするには芳しくない天候だ。
この次に向かう村が日をまたぐ程度の距離にあるというのならばなおさらに。

(´<_` )「……やけに素直だな」

今まで動かし続けていた足を止め、弟者は意外そうに兄者を見た。
てっきり、のらりくらりとかわしてくるとばかり思っていた。

( ´_ゝ`)「オレはいつも素直なつもりだが? 自分に、ではあるけれど。
      そうだな。今回、特に反論を設けなかったのは、その必要がないからだ。
      あんたの意見に万事賛成。否定の理由なし。
      雨にうたれて体調を崩されるのも困れば、泥濘に嵌って死ぬ、というのもよろしくない」

16 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:39:14.90 ID:AfQSVYB10
兄者は宙に肘をつき、手のひらに顎を乗せる。

( ´_ゝ`)「前々から言っているが、オレはあんたの命や魂が欲しいわけじゃない。
      ましてや、願いを叶えてもいないのに死なれるというのは、矜持にも関わる。
      多少の我慢くらいはしようではないか」

(´<_` )「以前、野宿もできぬ真冬だというのに、
      お前が出てきたせいであわや村から追い出されるところだったんだが……」

じとり、と兄者を睨む。
あれは命の危機といって差し支えなかったはずだ。

( ´_ゝ`)「思った以上に、あんたは自分自身の命に重きを置いていなかった。
      それだけの話。予想外だった、という話。
      オレも反省している。だからこそ、こうして反論せず、諸手を挙げて賛成しているのだ」

無論、どうにもならなかった時は、悪魔の力を使ってどうとでもしてやる算段だったのだが、
あえてそれを口にする必要もない。
同時に、ここまできて弟者の記憶を無駄に喰らう可能性を選択する必要も、またなかった。

( ´_ゝ`)「だが、そうだな。何日もあんたの中でじっとしているのは退屈だ。
      故にオレは、人前に姿を現さぬようにだけ気をつけよう。
      あんたが一人寂しく部屋に篭っているのならば、遠慮する必要もあるまい」

(´<_` )「独り言が激しい客だと思われたらどうしてくれる」

( ´_ゝ`)「どうもしないさ。
      どうせ一期一会の縁。どう思われてもいいじゃないか。
      むこうも客商売。多少、独り言が多くとも追い出しはしない」

17 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:42:15.64 ID:AfQSVYB10
    
(´<_` )「異物を見るような視線を向けられるのが嫌だ、という話なんだが」

( ´_ゝ`)「並べられた杭の高さを揃えようとするのは人間の悪いところだ。
      どうやってみたところで、全く同じになることはないというのに。
      そもそも、杭の長さも太さも色も形も違うのだから。
      異物だの何だの、気にするだけ無駄だ」

(´<_` )「そこまで達観して生きていけるのならば、オレは今頃、坊主か仙人にでもなっている」

( ´_ゝ`)「真に達観し、開き直って生きているような人間は俗まみれだろうな。
      大した破壊僧に違いない。
      それを見るのも楽しそうだ。なあ、あんた、坊主にでもなってみるか」

(´<_` )「断る」

つれない物言いに兄者は肩をすくめる。
弟者は言葉少なになる代わりとばかりに、歩を進める早さを上げた。

春と夏の境目とはいえ、雨にぬれた足元は冷たさを帯びている。
のんびりだらだら会話を楽しむ余裕などありはしない。

( ´_ゝ`)「そろそろ身を隠さねばならぬオレだ。
      せめて、今、この時の会話を楽しみたいと思っても罰は当たらんと思うぞ。
      そのために、あんたという反応を返してくれる相手は必要不可欠。
      たった一言のみをよこすとは、些か冷たすぎるのではないか?」

(´<_` )「冷たくて結構。
      お前が凍えて消えうせるなら最高だ」

18 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:45:15.23 ID:AfQSVYB10
   
( ´_ゝ`)「真冬の風のごとき冷たさだな。
      あんたがそんな言葉ばかり投げている間に、村が見えてきてしまったではないか。
      さて、それではしばし身を隠すとしよう。
      それでは、また後ほど」

進行方向に目をやった兄者はそれだけ言うと、元々存在すらしていなかったかのように姿をかき消した。
彼がいたはずの場所を一瞥した後、弟者は前を見る。
人間の目を通してみた風景に村は存在していない。
悪魔の視界はどのようになっているのだろうか。

(´<_` )「姿を見せずとも、お前は見ているし聞いているだろうに。
      一体、何が退屈だというんだ」

弟者はため息を一つ零し、言葉を吐く。

兄者がお喋りな悪魔であることは認識している。
せずにいる方が難しい。
だが、それだけを楽しみにしている、ということはないということも弟者は知っていた。

とある村で弟者が伝承について聞いると、姿を現して細かな話を聞こうとしていたことがあった。
別の村では、人間の行動を観察し、出立後にあれやこれやと弟者に観察結果を話してきたこともある。

会話の一つや二つなくとも、兄者は十二分にこの世界を謳歌することだろう。
人目につかないところであれば姿を現し、弟者と言葉をかわすのだというのならばなおさらだ。
最終的に発散する場所があるのならば、今という時間にこだわる必要もない。

(´<_` )「――毒されてるな」

一生出てくるな、と言わなければならなかったはずなのだ。

19 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:50:37.92 ID:AfQSVYB10
   
兄者の言葉に嘘はなかったようで、少し歩けば村が見え、弟者はそこにたどりついた。
雨を避けてか、外に人の姿はあまり見られなかったが、幸いなことに宿屋を見つけることは難しくなかった。
平均よりもわずかに大きく感じられるそれは、内装もそれ相応に綺麗だと言えるものだった。

(´<_` )「この村には、旅人がよく立ち寄るんですか?」

|゚ノ ^∀^)「旅商人の方が少し。
      二、三日も歩いた場所に大きな町があるもので、そのおこぼれを」

(´<_` )「なるほど。
      ですが、この村も、すでに町と遜色ないでしょう」

|゚ノ ^∀^)「そう言っていただけると嬉しいです」

女将は口元に手をあて、淑やかに笑う。

弟者の言葉はお世辞でも何でもない。
単純な事実として、この村は他と比べて発展しているといえた。
生憎の天気のため、村全体を見渡すことはできなかったが、規模としても大きい方に分類できるはずだ。

宿も大きく、近くには旅仕度を整えられそうな店もいくつか見受けられた。
雨がやめば活気に溢れた村になること間違いなしだ。

|゚ノ ^∀^)「そういえば、お兄さんは旅人さんのようですけれど、向かう先はお決まりで?」

(´<_` )「ええ、とりあえず町へ」

人の多いところならば、悪魔使いがいるかもしれない。
そうでなくとも、情報くらいならば手に入る可能性が高い。

20 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 15:55:31.42 ID:AfQSVYB10
  
|゚ノ ^∀^)「あら、それでしたら、数日は足止めをくらってしまいますね」

(´<_` )「そうなんですよ」

現在、弟者が訪れている村から、次の町までの距離はそう遠くない。
道中には、休憩所もあるというのだから、野宿に対する心配も薄い。

しかし、その道は雨の降りしきる中、通るには不向きと言えた。
何せ、道が狭い上に、地盤が緩んでおり、
土砂崩れまではいかずとも、足を踏み外してしまう旅人が何人もいる、という話だ。

雨で視界が悪く、ぬかるんで歩きにくいであろう地面。
誰が好き好んで雨の中歩くと言うのだ。

|゚ノ ^∀^)「しばし滞在するのでしたら、この村にいる茂羅という男にはお気をつけを」

(´<_` )「茂羅?」

弟者は首を傾げる。
女将が客を無駄に怯えさせるとは思えない。利益があるとは到底、考えられないのだから。
すなわち、彼女の忠告は本心からのものだ。

|゚ノ ^∀^)「はい。この村にある一等大きな家、権力者の息子ですわ」

どうしてその者に気をつけなければならないのか。
ますますわからなくなる。
名家の息子がすべからく善人である、とは弟者も思っていない。

22 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:03:52.10 ID:AfQSVYB10
   
恵まれた血筋、家庭に生まれた者の中には、甘やかされて、でろでろに腐った人間もいる。
連中は気の向くままに他者を陵辱し貶める。
そういった存在が、物語の中のみならず現実の世界でも命を持ち、息をしていることを弟者は知っていた。

しかし、己は男だ。
多少のことでどうこうなるような人間ではない。

被虐の対象とするならば、相手が男だというのだから大抵の場合は女を狙うだろうし、
人身売買の商品にされるには弟者は自身が扱いづらく歳も取っていると認識している。
何らかの実験体にされるにしても、男であり旅人として力をつけている弟者を捕まえるのは手間だろう。

余程、訝しげな顔をしていたのか、女将は言葉をつけたすべく口を開いた。

|゚ノ ^∀^)「茂羅は日がな一日、本を読んで過ごしているような人間です。
      ものを知り、それを与えること、肯定を得ることが好きなのです。
      他所から人が来ようものならば、生まれた土地の気候から石ころのことまで聞き出すまで離しませんのよ。
      そして、自分はそれについて知っている、とたくさんの言葉を使って教えてくれますの」

(´<_`;)「それは……大変そうです、ね」

弟者の脳裏に、今は沈黙している悪魔の姿が過ぎる。
彼は人から無理矢理に情報を引き出すことはしないが、イヤになる程のお喋り、という点ではきっと同じだ。

|゚ノ ^∀^)「会うことは殆ど確定事項だと思うけれど、面倒になったら遠慮なく叩きだしてくださいね。
      腹はたてるでしょうけれど、そうでもしないと止まらないお方なので」

(´<_`;)「ならば遠慮なくそうさせていただきます」

23 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:08:26.12 ID:AfQSVYB10
   
ものを知り、与えることが好き、と言われるくらいだ。
茂羅という男は大層、知識を有しているに違いない。

情報を引き出される側ではあるが、お喋りで好奇心の強い兄者が触発されて出てこないとも限らない。
騒がれるのも、興味を持たれるのも勘弁願いたいところだ。
無碍な扱いが許されるのであれば、それにこしたことはない。

常日頃、兄者に振りまわされっぱなしの弟者ではあるが、
相手がだたの人間ならばそう容易く振りまわされることもないはずだ。

|゚ノ;^∀^)「あのお方はねぇ……。
      悪い人ではないのだけれど、少し本に頼りすぎるところがありますの」

女将は頬に手をあて、ひっそりと零した。
あしらうことに対して自信あり気な弟者の様子に安心したようだ。

そこから気が緩んだのだろう。
彼女は本来ならば口にする必要のないことまで零し始めた。

|゚ノ;^∀^)「商売から農作業まで、何にでも口を挟んでこられるので、村の中でも少し倦厭されておりまして……。
      注意をする者もいるのですが、どうにも受け入れてもらえず、本当に私どもも困り果てているのです」

(´<_` )「本では得られない知識、経験がありますからね」

|゚ノ ^∀^)「ええ。時に、自然や人の流れというのは、知識だけで計れる域を超えますわ。
      私達はそうしたことを長い時間をかけて知るというのに、あのお方はわかってくださらないのです」

何事も、知識だけでこなせはしない。
積み上げてきた経験や自信がものをいう場面は存外多い。

24 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:15:12.47 ID:AfQSVYB10
|゚ノ ^∀^)「腹に据えかねて強く怒る方も村にはいるのですが、肝心のお方は意にも介していないようで。
      今も変わらず口を挟んでくるのです。
      数日もこの村にいるのでしたら、必ず、あのお方はいらっしゃいますわ」

(´<_` )「できることならば、オレのところにくる前に止めて欲しいものです」

|゚ノ ^∀^)「努力はします。
      ですが、何分、頭は悪くないお方なので、正面からくることは少ないのです」

(´<_`;)「嫌な予感しかできない言葉ですね」

|゚ノ ^∀^)「どうか心していてください。
      そうして、できることならば、この村を嫌わないでください」

この村は。
女将はそう言いきった。

(´<_` )「それは――」

|゚ノ ^∀^)「はい?」

弟者は口を閉じる。
思うところがあった。
しかし、彼女は意識していなかったのだろう。
こてん、と首を傾げる姿は、外見から察せられる年齢よりも幼く見えた。

(´<_` )「いえ、そうですね。
      たった一人のためだけに、この村を嫌うなんてもったいないこと、できるはずがありません」

|゚ノ ^∀^)「まあ。嬉しいですわ」

25 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:20:13.52 ID:AfQSVYB10
もしも、聞いていたら、どのような返事があったのか。
たった一人、彼は、切り捨てられて当然だと言外に告げられるほど、この村に対して悪影響を与えているのか、と。

だが、結局、弟者は女将にそれを問うことはなかった。
軽い雑談をすませると、指定された部屋にさっさと足を進める。

悪天候の中、歩き続けてきたのだ。
今日はもう食事もいらないのでゆっくりと眠りたい。
その一心で部屋の戸を開けた。

( ・∀・)「やあ」

(´<_` )「間違えました」

弟者はピシャリ、と戸を閉める。
部屋札を確認し、己の記憶を改めて呼び起こす。

女将から指定された部屋の名は「いちょう」
かけられてる部屋札に書かれているのも「いちょう」

二つの名は一致していた。
三度も見直し、記憶をさらい直したのだから、どちらも聞き違い見間違いではない、と胸を張れるだけの自信がある。
それでも、弟者は己が間違っているのだろうと結論付けた。

そうでなければ、今から自分が泊まるはずの部屋に他人がいる理由がないではないか。
弟者の記憶が間違っていないのならば、女将の言い間違いだ。
すでに客のいる部屋に通してしまったのだろう。

強く怒るまい。
女将も人の子。間違えることくらいある。

27 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:25:19.84 ID:AfQSVYB10
   
( ・∀・)「いつまで僕を待たせるつもりだい?
      早く入っておいでよ」

Σ(´<_` )「うおっ!」

踵を返し、女将に先客がいたことを伝えようとしていた矢先だ。
部屋の中央に鎮座していたはずの男が戸を開けて、ひょっこりと顔を出してきた。
背後から突然声をかけられる形になった弟者は軽く肩を振るわせる。

( ・∀・)「ん? どこへ行こうと言うのだい?
      キミの部屋は間違いなくここだというのに」

(´<_` )「どういう意味、でしょうか……?」

飄々とした雰囲気に、悪寒を走らせながらも弟者は男に向き直り、真っ直ぐ疑問をぶつける。

( ・∀・)「キミは一人だろ? いくらこの宿が大きいからといっても、無駄な部屋ばかりというわけではない。
      普通に考えて、もっとも間取りの狭い部屋を宛てるだろうね。
      そうすれば、この間取りで他に客の入っていない部屋をいろはで追った結果……。
      「いちょう」がキミの部屋として割り振られる、と推理したのさ」

人差し指を立て、朗々と解説してくれた男は、最後に弟者へその指を突きつけた。
初対面の人間を指でさすな、と叱ってみたところで、きっとこの男には通じない。
出会ってからまだ心臓が六十も動いていないが、その辺りのことは察することができてしまう。

29 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:30:21.94 ID:AfQSVYB10
  
(´<_`;)「もしかして……。
      あなたが茂羅さん、ですか?」

疑問符をつけてみたが、弟者は確信できていた。
彼のことを聞いたとき、ふと脳裏によぎった人物と、目の前にいる男の話し方はどこか似ている。

( ・∀・)「その通り! 女将にでも聞いたかい?
      この僕、村の知識の湖。世界の書庫。茂羅のことを」

茂羅は大げさに手を広げ、朗々と述べた。
口元には笑みが浮かんでおり、彼の自信が見てとれる。

(´<_` )「そんなところです。
      しかし、ここにいるというのは予想外でした」

( ・∀・)「女将の助言後、部屋に侵入するのは難しいだろうからね。
      生憎の雨で、キミが外に出ることも少ないだろうし。
      ならば先回りしかあるまい、と思ってね」

第一の選択肢として、関わりを持たない、というものを組み込んで欲しい。
弟者の思いは口から吐き出されることはなかった。
代わりに、重いため息が零れる。

( ・∀・)「邪険にしないでおくれ。
      どれ程のことを告げられたかは知らないが、僕はそれ程悪い人間ではないよ」

そう言った茂羅の表情は、人好きしそうな笑みだった。
内面がまともであるならば、彼の周りには常に人がいたことだろう。

30 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:35:18.12 ID:AfQSVYB10
   
( ・∀・)「ちょっと知りたいことがあるだけ。
      少しばかり聞きたいことがあるだけ。
      ほんのわずか話をしたいだけ。
      それだけだ。何もキミを取って喰おうというわけでもないし、身包みを剥がすわけでもない」

茂羅は未だ戸の前にあった体を反転させると、軽い足取りで室内へと足を進めていった。
弟者が否を唱えると思っていないのか、言わせるつもりがないのか。

( ・∀・)「さあ、早くおいでよ。
      立ち話をするには時間がかかるだろ?」

(´<_` )「なら、それは「ちょっと」でも「少しばかり」でも「ほんのわずか」でもないのではないでしょうか」

( ・∀・)「時間の感覚など人それぞれだということだね」

振り向いた茂羅は軽く肩をすくめた。
そんな仕草まで兄者とよく似ている。

だが、兄者ならばついでに一言二言加えてくるだろうし、
もっと鬱陶しく気持ちを逆撫でするような声色を使ってくる。
これならば、むやみやたらに声を荒げる必要もない。

(´<_` )「そもそも、あなたが望むような話を私は持っていません」

茂羅に続き、室内へ入った弟者はきっぱりと告げる。

31 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:40:38.58 ID:AfQSVYB10
  
( ・∀・)「それを決めるのは僕だよ。
      有益か否か。目新しいか古臭いか。
      そして、そのどちらでも僕は構わない」

こうした言い回しをするとき、兄者は細い目をさらに細める。
対して、茂羅は弟者を飲み込もうとするかのように目を見開いていた。

( ・∀・)「僕はね、この村から出たことがない。
      けれど、それを補って余り有るほど知識を有しているのだよ」

彼の自信は、その声、姿、瞳の輝き。
それら全てに映し出されている。

( ・∀・)「だから、今さらな知識を聞かされても、当然か、と思うだけ。
      第三者の目と脳と口を経由し、話し手の感性が絡んだ情報を楽しむだけ」

(´<_` )「広い世界の中には、あなたの知らぬ、もしかすると未だ誰も知らぬこともあるでしょう」

( ・∀・)「そうだね。わずかかもしれないが、そういったものもあるだろう。
      ならば、それを知ることは悦だ。
      知りたいと思うのは当然だ」

(´<_` )「それで、どちらでもいい、と」

( ・∀・)「その通り。
      さあ、キミの言葉で、感性で、旅路を語っておくれ」

32 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:45:39.15 ID:AfQSVYB10
  
恍惚の表情を浮かべ、茂羅は両手を広げた。
大きく広げられたそれは、弟者の言葉を一語たりとも逃すまいとしている。

(´<_` )「私が旅をした時間は片手の指全てを使う必要もない年数です」

( ・∀・)「いいよ。例え一日ばかりの旅だったとしてもね」

(´<_` )「それでも、季節が一回りと少しする程の時間はこの足で進んできました。
      この目はいくつもの村や自然を映してきました」

( ・∀・)「実にいい!
      さあ、僕にそれら全てを教えておくれ。
      木々の音、葉の色、人々の喧騒、文化!」

広がっていた手は、真っ直ぐ弟者に伸ばされた。
弟者は、茂羅の腕に触れたかと思うと、そっと力をこめ、腕を降ろさせる。

(´<_` )「一つ一つの記憶はまとまっておらず、口にするのは難しいもの。
      曖昧なものを繋げあわせるには時間も余裕もありません」

柔らかな言葉だが、潜んでいるのは明確な拒絶。

(´<_` )「疲れた身であるならばなおさらです。
      今は、体を拭き、温め、ゆっくり眠りたい」

この言葉には、一片たりとも嘘は含まれていない。
事実、弟者の身は疲れきっているし、とっとと眠りたい心持ちであった。

33 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:50:34.33 ID:AfQSVYB10
  
(  ∀ )「……そうかい」

茂羅は顔を俯ける。
無理矢理この場に居座る雰囲気はない。

(´<_` )「お引取りを」

畳み掛けるようにして、弟者は冷徹な言葉を投げる。
怯むことなく告げられた言葉は、今も外で降り続いている雨よりもずっと冷たい。

二人しかおらぬ部屋は、しんと静まりかえった。
身じろぎの音一つしない。
外から雨音が聞こえてくるばかりだ。

( ・∀・)「なら、しかたないね」

しばしの時を置いて、茂羅は顔をあげた。
心なしか、落ち込んだ様子が見られる。
騒がしさを省いた彼の雰囲気は、先ほどまでの行動を思い起こさなければ好感さえ湧くかもしれない。

弟者はそんなことを思いつつ、口元緩めた。
忌々しい兄者を薄っすらと思わせる男に勝った。
何とも芳醇で、甘美な事柄だ。

相手が己の数十倍は生きている人外でなければ、己とて打ち負かすことができるのだ。
誰しも相性というものが存在し、残念ではあるが、弟者は兄者という悪魔と相性が悪い。
それだけのことなのだ、と弟者の心は跳ねる。

34 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 16:55:19.78 ID:AfQSVYB10
   
確定した勝利に、弟者はこっそりと手を強く握った。
今夜、もしくは明日になるか。
一人っきりになった部屋で、姿を現した兄者に胸を張って己が他者に勝利したことを告げてやるのだ。

( ・∀・)「なら、明日の昼頃にお邪魔させてもらうよ」

(´<_` )「えっ」

胸の内に沸いていた思いは、全て即座に撤回されることとなった。
勝利の喜びも、茂羅に対する好感めいたものも、全て消えうせた。

( ・∀・)「ん? どうしたんだい?」

(´<_` )「できれば来ないでいただきたいんですけれど」

( ・∀・)「明日にまで響く感じの疲れなの?
      むしろ本番は明日っていう?」

(´<_` )「オレはまだその日のうちに筋肉痛がくる若さです」

( ・∀・)「だよね。見た目も若い上に、旅をしている人間だ。
      肉体年齢が外見よりも衰えているとは思えないから吃驚しちゃったよ」

茂羅は笑う。
飄々としたものではなく、からりとした笑みなだけ良いというべきか否か。

( ・∀・)「なら、明日でいいよね」

35 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:00:16.06 ID:AfQSVYB10
   
弟者は天を仰ぎたい気持ちで一杯になった。
目の前の男は、話を聞いていないのではない。
人の感情を読む気が全くないだけだ。

己の欲を最優先にし、それ以外を切り捨てている。
その結果が何をもたらそうとも、気にすることすらないのだ。

(´<_` )「それでは、明日の昼は出かけることにします」

( ・∀・)「旅の用意か。大変だね。
      いつ頃、帰ってくるの?」

皮肉を込めて言ってみても、天然なのかわかっているのか、茂羅からの返答はあっけらかんとしたものだ。

(´<_` )「未定です」

( ・∀・)「この村の地理とかまだわからないもんね。
      良かったら案内するよ?」

(´<_` )「結構です」

( ・∀・)「知識豊かな僕は、当然この村のことなら何でも知っているよ。
      何て言ったって生まれ故郷だからね。
      己の出生を知るために、己の生まれた土地のことを深く細かく詳しく知るのは至極当たり前のことさ」

(´<_` )「聞いてないです」

36 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:05:35.09 ID:AfQSVYB10
   
淡々とした弟者の返しにも茂羅はめげない。
楽しげに語り、時折、弟者を見るだけだ。

( ・∀・)「安い店も知っているよ。
      美味しい飯処もね」

(´<_` )「自分で探します」

( ・∀・)「それも旅の醍醐味ってやつだもんね」

(´<_` )「はい。なので案内は必要ないです」

( ・∀・)「しかたない。
      僕は大人しくここで待っているとするよ」

(´<_`;)「どうしてオレの部屋で待つという結論になってしまうんですか……」

弟者は肩を落とす。
常に共にいる悪魔も大概、話が通じていないが、茂羅はまた別次元に話が通じていない。

( ・∀・)「待ち合わせするにも、キミはこの村で目印になるようなものがどこにあるのか知らないだろ?」

(´<_`;)「会いたくない、と言っているんですけど」

( ・∀・)「それは困る」

(´<_`;)「会いたいと言われて、オレも困ってます」

37 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:10:21.90 ID:AfQSVYB10
( ・∀・)「つまり、僕と会いたくない、ということかい?」

(´<_` )「そういうことになりますね」

もはや遠まわしな言葉では茂羅を退けることは不可能だ。
弟者は腹を括り、語の選択を放棄した。

( ・∀・)「非常に困った。
      僕は退きたくないし、退くつもりもない。
      だが、僕は話を聞く側であり、聞かせて欲しいと頼む側だ。
      話し手であるキミには気持ち良く口を動かしてもらいたいというのに」

(´<_` )「退いてくれるのが一番です」

( ・∀・)「嫌だ」

(´<_` )「駄々をこねないでください」

( ・∀・)「僕は退かないよ。
      決めたら梃子でも動かない。
      何なら、今日からここに泊まったっていい」

弟者は額に手を当て、深く俯いた。
頭が痛いような気がしてきている。

兄者との会話は瞬間的に大きな苛立ちや怒りを覚え、精神的な疲れを引き起こす劇薬だ。
それに比べれば、と思うことができぬ程、茂羅から与えられるものは別物だった。

じりじりと追いつめられるような、腹の内側が削られていくような。
時間がかかり、ゆるやかな苦痛が長く続く。茂羅の言動は死に至らぬ猛毒だ。

38 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:15:37.37 ID:AfQSVYB10
   
(´<_`;)「勘弁してくれ……」

吐き出された言葉は重く、真下に落下した。

( ・∀・)「キミにとっての最善を選ぶといいよ」

(´<_`;)「髪に潜む虱の中で、どの個体が人間に友好を示しているか、と似たような選択肢ですね」

(;・∀・)「いくらなんでも酷くないかい?!
      そんな意味もなく、わけもわからない選択肢と一緒にしないでくれたまえ!」

自分の調子を保っていた茂羅だったが、流石に虱と比べられたのは堪えたらしい。
目に見えて焦りが浮かんでいる。

(´<_` )「選択肢を提示された側としては、似たようなもんですよ」

(;・∀・)「えー。どうやら、僕はキミのことを見誤っていたらしいねぇ。
      僕みたいな口達者で自己の強い人間に振りまわされるような男だと思っていたよ」

(´<_` )「失礼ですね」

端的に返したが、弟者の心臓は一瞬だけ大きく跳ね上がっていた。
図星をつかれたときの跳ね上がりかただ。

今でこそ、弟者は茂羅を相手にどうにかやっていけているが、
元来の性質を考えればそれはとてつもなく難しいことだったはずだ。
寸前の所で陥落せずにいられるのは、日常的に茂羅以上の弁を持つ者と言葉を交わしているからにすぎない。

つまりは、慣れだ。

39 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:20:16.21 ID:AfQSVYB10
( ・∀・)「でも! 僕は諦めないよ!
      熱く燃える知的探究心を持った僕は、冷たいあしらいにだって負けない!」

(´<_` )「負けてください」

( ・∀・)「そんなことばっかり言っていたら、本当にここに泊まるよ?
      日が昇るまで、いや雲で太陽は見えないかもしれないけれど、
      とにかく、朝がくるまで、じっくりしっかりこってり話しをするのもやぶさかではないよ」

(´<_` )「明日でお願いします」

茂羅の目は本気だった。
一切の冗談を交えぬ瞳に、弟者は即座に提示された選択肢から回答を引き出す。

( *・∀・)「了解したよ!
      朝がいい? 昼がいい? 夕方がいい? それとも、夜?」

嬉々とした彼の様子に、弟者は胃が痛む思いだ。
同じ部屋で眠る、もしくは夜通し話しをさせられる、という展開だけは回避できたものの、これでは嫌な出来事を先延ばししただけ。

弟者の予想が正しければ、明日の約束を反故にしようとしたところで、この男は諦めないだろう。
間違いなく、村のどこかにいるはずの弟者を探す。
それだけですめばいいが、最悪の場合、明日こそは太陽が昇るまで話し続けられるかもしれない。

頭の中にその様子を映すだけでもどっと疲れが襲ってくる。
現実に起こった日には、向こう二日は動く気になれそうにない。

茂羅のような者にある程度の慣れがあったとしても、
我慢できる反論できる、というだけで精神的な負担があることに変わりはない。
わずかでも負荷の少ない選択肢を選んだ弟者を責めることができる者など、そう居はしないはずだ。

40 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:25:52.40 ID:AfQSVYB10
  
(´<_`;)「昼で、お願いします……」

寝起きに茂羅と顔をつきあわせて語らうなど御免だ。
ようやく一日を終えることができる夕や夜などもっての他。
残されたのは昼という選択肢のみ。

( ・∀・)「太陽は見えないだろうけれど、雲の向こうにある太陽が真上に昇ったころだね。
      わかった。キミに従おう。
      何てたって、僕はキミに話を乞うんだからね。
      キミのいいように。したいように」

(´<_` )「そう言うならこないで欲しいんですけど」

( ・∀・)「それはお断り」

どうあってもその部分を譲るつもりはないようだ。

( ・∀・)「明日の昼までに、今までの旅についてよくよく思い出してくれたまえ。
      時系列が疎らでも構わない。
      僕は何があったのか、キミが何を見たのか、それだけに興味があるのだから」

茂羅は弟者の横を通り過ぎ、戸に手をかけた。
ようやく出て行ってくれるようだ。

(  ・∀)「明日を楽しみにしているよ」

その笑顔に、弟者は背筋が冷えた。

41 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:30:19.70 ID:AfQSVYB10
   
茂羅がいなくなった部屋で、弟者はようやく腰を落ち着けることができた。
静まり返った室内は、清掃が行き届いており美しい。

豪華ではないが不便があるほど簡素なわけでもない。
丁度いい、心落ち着く質素さがそこにはある。

(´<_`;)「あー。疲れた」

弟者はだらしなく体を横たえた。
悪天候の中、歩き続けたことによる肉体的疲労と、茂羅という男を相手にした精神的疲労が合わさり、
もう瞬きほどの時間も体を支えていられなかった。

( ´_ゝ`)「だらしのないことだ。
      今現在の様子も、あのお坊ちゃんとのやり取りも。
      あんたが押しに弱いことは知っていたが、今回のものは酷いぞ。
      問題を先延ばしにしただけ。明日の昼には後悔していることだろうな」

(´<_`;)「五月蝿い。
      今日はもう黙ってろ。オレはほとほと疲れた」

顔もあげずに言葉を返す。
これ以上の心労を募らせるようなことはしたくない。

( ´_ゝ`)「どうやら、余程疲れたらしいな。
      オレは悪魔だが鬼ではない。
      あんたをゆっくり休ませてやろう、くらいは思う」

42 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:35:32.80 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「あー。そりゃあ、ありがたいことだ」

突っ伏したまま、棒読みで台詞を吐く。
悪魔である兄者に感謝の気持ちがわかない、ということもあるが、
何よりも体を侵食してくる眠気には抗い難かったがための声だ。

( ´_ゝ`)「しかしだな、真の休息のためにも、その格好はいただけない。
      風呂に入って体を温めろ、そうでなくとも体の水分くらい拭え。
      そして着替え、布団を敷いて寝ろ」

(´<_` )「わかってる、わかってるって」

返答はしているものの、弟者の目蓋は徐々に落ちてきている。
声も棒読みを通り過ぎて蕩けている体たらく。
聞こえてくる静かな雨音も、弟者の睡眠を促す原因の一つになっているようだ。

( ´_ゝ`)「それはわかっていない者の台詞だ。
      早く立て。全てはそこから始まるぞ。
      風邪をひいて、明日の昼、咳をしながらあのお坊ちゃんの相手をしたいのか?
      大層、疲れることだろうな。あんたが、体調不良の中お坊ちゃんと顔をつきあわせる、というのは」

(-<_- )「お前は母親か。
      大丈夫だ。少し休むだけだ。風邪などひかん」

( ´_ゝ`)「すっかり目蓋を閉じたあんたが言うと、説得力が皆無だな。
      断言してもいい。このまま眠れば、あんたが目覚めるのは明日の朝だ。
      体は冷え切っているだろうな。
      屋根のある場所で眠れるというのに、柔らかな布団に包まれることさえない。
      オレはあんたの体が哀れでならないよ」

43 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:40:33.73 ID:AfQSVYB10
   
(-<_`# )「ぐだぐだと五月蝿い。
      まだ夜というには早い時間だ。
      いつ何時、人がくるかもしれない。お前は引っ込んでいろ」

( ´_ゝ`)「そうしてやりたいのは山々だがな。
      あんたがいつまでもそうして横になっている間は、心配で引っ込めそうにない。
      オレのため、あんたのため、相互の利益のため、ここは一つ、とっとと風呂に入るが吉だ」

ここで、ようやく弟者は顔をあげた。
薄っすら開けられている目は、眠気で蕩けている。

(´<_` )「本当に、母親のようなことを言う」

弟者は上半身を緩慢な動作で持ちあげた。
まだ眠気が見えたが、今すぐにでも寝てしまいそうな事態からは脱したらしい。

( ´_ゝ`)「オレはあんたの母親ではないよ。育てた覚えもない。
      ついでに言えば血の繋がりもない。
      強いていうのならば『兄』で、やはり母親にはなれない」

(´<_` )「お前が兄など、母など、願い下げだ」

( ´_ゝ`)「母と始めに形容したのはあんただろうに。
      まあ、好きにするといい。
      あんたが何を言おうと、オレは忠告を止めるつもりはないし、『兄者』と名乗るのを止めるつもりもない」

(´<_` )「実に厄介な悪魔だよ。お前は」

45 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:45:40.73 ID:AfQSVYB10
   
弟者は立ち上がり、軽く体をのけ反らせる。
背骨が心地良い音を鳴らす。

(´<_` )「すっかり、とは言い難いが、目は覚めた。
      お前の言う通りにするようで癪だが、風呂に入るとしよう。
      寒いよりは暖かい方がいい」

( ´_ゝ`)「そうだろう。そうだろう。
      何事も素直が一番ということだ。
      あんたがそれを理解してくれたようで、オレは嬉しい。
      望むのならば背中でも流してやりたい気分だが、共同の浴場で姿を見せるわけにもいくまい」

(´<_` )「もしも、万が一、ありえないことだが、部屋の一つ一つに風呂が設置されていたとして、
      お前の姿を他者に見られる心配がないとしても、だ。
      そんなのは御免被るね」

( ´_ゝ`)「わからないでもない気持ちだ。
      背中を流すのは子の特権で、流してもらうのは父の特権だからな。
      兄弟でするにはあんたも歳を取りすぎている」

(´<_` )「誰がそんな話をした。
      オレはお前に背中を流してもらいたいとは思わないし、お前はオレの兄ではない。
      歳のどうこうなど問題ではないということだ」

手早く身支度を整えた弟者は部屋を出る。
途端、兄者は反論もなにもなく姿を消した。

47 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:51:52.76 ID:AfQSVYB10
   
その後、弟者は風呂に入り、布団を敷いた。
暖かな体をそのまま布団に滑りこませれば、何ともいえぬ心地よさが身を包む。

心身ともに疲れていたこともあり、弟者はすぐに睡魔に捕まった。
特に抗う必要もなく、彼はそのまま深い眠りへと落ちていく。
部屋には弟者の寝息と、雨が地面や屋根にぶつかり消えていく音だけが響いていた。

しばらくすると、弟者の体から兄者が現れた。
音もなく現れ、また音もなくその場に留まる。
彼はじっと弟者の寝顔を眺めていた。

( ´_ゝ`)「薄情とは言わん。オレが喰ったのだから。
      おかしいとも思わん。それが普通なのだから。
      だがな、オレにも心はある。
      少しばかり、思うところがあってもいいだろう?」

兄者は笑う。
その笑みは、どこか自嘲染みてさえいた。

( ´_ゝ`)「オレを『兄者』にしたのはあんただというのに、そのあんたが『兄』であるオレを否定する。
      実に寂しいことではないか。
      血の繋がりはなくとも、そう、種族としての繋がりさえなくとも、
      オレはあんたのことを『弟者』だと、主であると同時に『弟』だとも思っているというのに」

誰にも届くことのない呟きは、雨音と共に土に吸い込まれていった。

48 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:55:35.94 ID:AfQSVYB10
   
よく朝、弟者は快調に目覚めた。
外は相変わらずの天気だったが、昨日までの疲れは体に残っていない。

(´<_` )「やはり、布団はいいものだ。
      野宿をした時と体の調子がまるで違う」

軽い体を満喫しながら、自身が抜け出したばかりの布団を畳む。
頭の中では今日の予定を順序だてて組み立てている最中だ。

数日は滞在するとしても、旅に必要なものは集めておかなければならない。
食糧はもちろんのこと、衣料品やボロになった雑品も取替える必要があった。

詳しい滞在日数が決まっていないので、食糧は後回しにしてもいいかもしれない。
細かな雑品はこれを気に不足なく整えられるようにせねばならない。
普段ならば、次の日には出発してしまうので、つい買い忘れが多くなってしまうのだ。

(´<_`;)「あっ」

買い物の一覧を脳内で作り上げていた弟者は、ふと昨日のことを思い出して声をあげた。
まるで蟇蛙が潰れたような、醜く低い声だ。

( ´_ゝ`)「おはよう。日差しはないが良い朝だ。
      そうして、今日という日はあのお坊ちゃんがやってくる日だ。
      覚悟はいいか? 話すことは決めたか? 悪魔憑きであることを黙っているための心の準備は?」

時を見計らったかのような、絶妙な瞬間に兄者が姿を現した。
否、間違いなく自身が姿を現す最良の時を見計らっていたのだ。

49 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 17:59:47.63 ID:AfQSVYB10
  
(´<_`# )「ああ、朝からお前の皮肉を聞かずにすんでいれば、良い朝だっただろうよ。
      わざとらしく出てきやがって」

( ´_ゝ`)「おや、何を指し、皮肉だと言っているのか、オレにはとんとわからないな。
      お坊ちゃんに対してもう少し抵抗ができると思っていたのが、
      案外あっさりと押し負けてしまったことに驚きと情けなさを感じはしたが、
      だからと言って、あんたに対して皮肉を言う必要なんてないだろう。
      オレはあんたが押しに弱いことを重々承知しているのだから」

どこか楽しげで、しかし、確かに呆れた顔もしながら兄者は言葉を丁寧に並べていった。
実際のところ、呆れるとまではいかずとも、思ったよりもずっと早く弟者が茂羅に負けたことに驚きは感じていたのだ。

口の達者さならば、兄者は自信がある。
そんな己と共に過ごし、日々舌戦を繰り広げているのだ。
その経験を持ってすれば、そんじょそこいらの人間にあっさり押し負けることなど、そうそうあることではない。

つまるところ、兄者にとっても弟者と茂羅の様子は想定外のものだったと言えた。
予想以上の押しの弱さに、皮肉を持ってそこを突いてやりたくなるのもしかたのないこと。

(´<_`;)「オレが特別、弱いのではない。あの茂羅という男が凄まじいだけだ。
      こちらが譲歩しなければ、本当にこの部屋に泊まる勢いだったぞ。
      女将に訴えたところで、聞き入れてもらえるかは怪しい」

弟者が反論する。
如何せん、相手が悪かったのだ。
この村で商売をしている女将が、村の権力者の息子に表立って逆らうとは思えなかった。

50 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:05:35.63 ID:AfQSVYB10
  
( ´_ゝ`)「確かに、お嬢さんはあてにならないだろうな。
      そもそも、あてになるかもしれない、と一瞬でも考えるのが間違いだ。
      あのお嬢さんは分別のある大人なのだから」

そんなことは、弟者だって当然わかっている。
だからこそ、その手段を選ぶことはしなかった。

弟者は兄者の言い方に眉を寄せる。
兄者の物言いは、まるで子供い言って聞かせるためのそれだ。

実際に生きた年数で言うならば、兄者の方が遥かに長いとわかっていても、
幼くもなく、立派に成長した男である己が子供扱いを受ける、というのは弟者にとって納得し難いものだった。

(´<_` )「それで、お前ならどうするんだ。
      あの男をどうやって納得させる」

必然的に言葉に棘が混じる。
わかりやすい彼の変化に、兄者は口角が上がるのを感じた。

( ´_ゝ`)「数個の質問に限定して答えを渡す。
      余計な反応はせず、「はい」と「いいえ」だけを返す。
      全く関係がなく、意味もない言葉で応答する。
      言葉をかわす中で精神を圧し折る」

さらさらと、いくつかの対応策が出され、弟者は言葉に詰まる。
茂羅がどのような反応をするのかまではわからないが、
それでも、兄者の口から出たもの達の中で、弟者の頭に浮かんだものは一つとしてなかった。

51 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:12:17.26 ID:AfQSVYB10
   
負けを認めるしかないのか、弟者はわずかに唇を噛んだ。
初対面の茂羅にも負け、相変わらず兄者にも負ける。
腹立たしさが溢れ出ないようにしろ、というのが無理な話だ。

しかし、意外なことに、兄者が弱気なことを言ったのだ。

( ´_ゝ`)「だが、あのお坊ちゃんはこれらを持ってしても、易々と退くことはしないだろうな。
      駄々を捏ね、喚き、権力を使い、わずかながらの知恵も使うだろう。
      精神も脆くはなさそうだ。完膚なきまでに圧し折るのには骨が折れる」

この言葉に弟者は一瞬だけ呆然とし、すぐに意識を取り戻す。
折角、反撃の機会が生まれたのだ。活かさぬ手はない。

(´<_` )「結局、お前も降参なんじゃないか」

嬉しげな色を隠すことなく言う。
だが、弟者はすぐに気づいた。
殊勝なのは口だけだ、と。

兄者の顔は、目は、口元は、決して弱々しくも健気でもない。
まだ腹に何か持っている者のそれだ。

( ´_ゝ`)「降参? 馬鹿なことを言ってくれるな。
      オレがあのお坊ちゃんに負けるなど、ありえるはずがない。
      これでも、それなりの矜持は持ちあわせているんでね。
      そう簡単には負けようがない」

53 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:15:12.58 ID:AfQSVYB10
   
ならば、と弟者は聞かなかった。
聞かずとも勝手に兄者が話すだろうと判断したのだ。
そして、その判断は実に正しいものだった。

( ´_ゝ`)「あんたは口だけの生き物なのか?
      お坊ちゃんが口達者で、どうにもこうにも他者の意見を聞き入れないような人間だったなら、
      天からの試練なのだ、とでも思って耐えるのか?
      そんなことはないのだろう?」

やはり弟者は言葉を返さない。
ただ黙って兄者を睨みつける。

( ´_ゝ`)「折角、腕があるんだ。足があるんだ。筋肉があるんだ。
      あるものは活用すればいい。
      己の体や精神を守るために、言葉に対して身体でぶつかっていくことは過ちではない。
      肉体を破壊するほどの暴力でなくともいい。数発、もしかすると一発でもいいかもしれん。
      それだけで、あんたは危険人物扱いされるだろうさ。どうせ数日の仲。悪印象くらい飲み込んでしまえ」

常識的な感覚を持って生きている弟者からしてみれば、あまりにも恐ろしい提案だった。
物事を暴力で解決してはいけない。周囲の大人は誰もが口を揃えて言っていた。
無論、弟者も成長し、時には暴力が必要なこと、暴力に抵抗のない人間がいることを知っている。

けれども、だからといって、喧しいだけの人間に対して、暴力という手段を思い浮かべることはできない。
ましてや、己がそれを振るうなど、考えられなかった。

(´<_` )「ほんの数日のことだ。
      我慢が利かぬ子供でもあるまいし、そんなことできるものか」

54 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:18:36.20 ID:AfQSVYB10
    
わずかな嫌悪を弟者は顔に表す。
あからさまで強大な感情にまで育たなかったのは、一重に付き合いの長さだ。

(´<_` )「つまらない軽口を叩くなよ」

嫌悪より、苛立ちより、その言葉には呆れが含まれていた。
兄者の言葉は、聞いていて気持ちの良いものではなかった。
茂羅への対抗手段として、適切といえないでもないものだったことも、不愉快の理由になっている。

しかし、それを兄者が本心から口に出したとは思えなかった。
悪魔であり、人間の持つ常識とは違った常識を持つ彼ではあるが、
一度とて、暴力に身を任せるようなことを進めはしなかったのだから。

( ´_ゝ`)「軽口かどうかはあんたが決めてくれ。
      しかし、殴る蹴るは除外するとしても、無理矢理放り出して出入り口につっかえ棒をするという力技もあるぞ。
      部屋中にいる分には安全であるし、この雨模様だ。そうそう外に出る用事もあるまい」

(´<_` )「やはり無駄な軽口だ。
      お前とて、それをオレに求めたわけでもあるまい」

返された言葉に、兄者はわずかに目をみはる。

確かに、兄者は己が口にした行動に弟者が出ることを望んではいなかった。
弟者自身が考え、選んだ行動ならばそれはそれでいいのだが、
兄者の知る限り、弟者という男は力任せな行動に出ることはしない。

求めていたのは、いつもとは違う舌戦。
当事者としてではなく、第三者として一歩退いた場所から高みの見物ができる光景が見たかっただけの話。

55 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:21:58.67 ID:AfQSVYB10
    
( ´_ゝ`)「よくわかっているじゃないか。
      オレの性質か、あんたの性質か。
      あるいはその両方か。
      どちらにせよ、あんたはよく学び、成長したということだな。
      感慨深いものだ。オレはあんたの兄だが、この気持ちは父に似ているのかもしれないな」

(´<_` )「誰が兄で、誰が父だ。
      耳が腐るようなことを言わないでもらいたい」

今度こそ弟者は嫌悪感を顔一杯に浮かび上がらせる。
悪魔に褒められても嬉しくない上に、身内を自称されているのだ。
生まれ出て当然の感情といえる。

そもそもの話、弟者は兄者の性質などわかりたくもなかった。
自由を奪われるといっても過言ではない数日の中、弟者と茂羅という暇潰しを見つけたモノの気持ちなど。
彼が弟者のことをよく理解した上で、暴力という手段を提示したことも。
わかりたくなかった。

(´<_` )「オレとお前は身内ではない。
     ついでに言えば、仲良しなんてものでもない、ということを理解しておけ」

( ´_ゝ`)「身内はともかくとして、仲良しなんて言葉をオレは使っていないぞ。
      それに類することも言っていないつもりだ。
      あんたが意識しているからこそ、その言葉が出てきたんじゃないのか?」

(´<_` )「意識はしているさ。
      万が一、天と地がひっくり返ることがあろうとも、お前と仲良し扱いを受けるなんて考えたくないからな。
      互いのことを理解しているなんて、まるで親友のようじゃないか。
      そんなものは真っ平ごめんだ」

56 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:24:23.08 ID:AfQSVYB10
    
( ´_ゝ`)「普段、オレが第三者に見られることを厭うているあんたが、
      他人の目を気にしているなんて、おかしな話だ。
      だが、人間というのは、確かにそうした一面を持っている。
      ありもしない誰かの目を気にしている姿をオレは何度も見た」

(´<_` )「幻覚か何かのように言うな。
      第一、オレはお前が人前に出ることを厭うているが、今までに何度もその姿を他者の前に出しているだろう。
      不本意ながら、仲が良い、というような扱いを受けたこともある」

短くはない旅を思い返せば、どこか暖かい眼差しを受けてしまったことが脳裏に浮かぶ。
悪魔なんぞのことをわかってしまっているから、そのような目にあうのだ。
弟者としては、仲良くなる気など欠片もありはしないというのに。

( ´_ゝ`)「そんなこともあったな。
      いやはや。あっという間の時間のように思えるが、過去を振り返って見ればたくさんの記憶で溢れているものだな。
      楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、悲しいことも、全て旅の良い思い出だ」

(´<_` )「何が、良い思い出だ、だ。
      オレは旅自体が不本意だし、余計な傷や苦労を積み重ねてきているんだ。
      多少の楽しさでは、わりに合わん」

( ´_ゝ`)「積み上げる思い出を損得勘定で語るは感心しないな。
      遠い未来では、蓄積された苦労や悲しみは笑い話に変わる。武勇伝は恥に変わる。
      延々と変わらぬ感情を抱えたままのものもあるだろうが、大抵の記憶はそういうものだ。
      わりに合う、合わないというものでもあるまい」

(´<_` )「美しい思い出に昇華するためにも、とっととお前を払わないとな」

58 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:27:45.95 ID:AfQSVYB10
   
笑い話にするためには、今現在の苦労の元を断ち切らなければならない。
弟者にとってのそれは、間違いなく兄者の存在だ。

(´<_` )「で、そのためにも、旅の準備をオレはする。
      身支度をして買い物に行くから、引っ込んでろ」

( ´_ゝ`)「今日は昼からあのお坊ちゃんが来る。
      そうしたら、またオレはあんたの身の内で息を潜めていなければならない。
      なんとも退屈なことだ。オレを哀れに思ってくれてもいいのだぞ?」

(´<_` )「誰が思うか。
      着替えの邪魔だ。消えろ」

( ´_ゝ`)「オレもあんたの着替えを見ている趣味はない。
      いくら、脱ぎ着に支障はないとはいえ、内側に戻ってやるとも。
      そうしたら、次はあんたとお坊ちゃんの様子を見物することに胸を膨らませてやる」

(´<_` )「そのまま弾けてしまえ」

端的な返答に、兄者は口角をあげ、そのまま姿を消した。
毎度のことではあるが、悪魔が身の内にいるのだと思うと、妙な気分になってしまう。

静まり返った室内は、この場にいるのが弟者一人であることを強調する。
さらさらとした雨の音が孤独感をよりいっそ大きなものにしていた。

弟者は自身の胸に触れる。
物理的な内側ではないが、己の内側にあの悪魔がいるのだと思うと、やはり何とも言えない気持ちになった。

59 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:30:14.52 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「……さ、用意をするか」

瞬きの間を経て、弟者は身支度を始める。
身支度とはいっても、彼は女でないし、身軽さが必要とされる旅人だ。
大したことは何もしない。

顔を洗い、服を着替える。
大まかに言えばそれだけだ。
必然、支度はすぐに終わる。

後、必要なことといえば朝食だけだが、この宿は朝食がついていない。
夕食は出してくれるのだけれど、朝に食べる分は自分で調達する必要がある。

(´<_` )「買い物がてら、朝食も探すか」

小さな村ではない。
美味しい料理を出す店の一つや二つくらいあるだろう。
そんな思惑を胸に、弟者は財布を片手に部屋を出る。

廊下は雨のせいか、少し肌寒い。
軽く腕をさすりながら進むと、女将の姿が見えた。

(´<_` )「おはようございます」

|゚ノ ^∀^)「あら。おはようございます。
      お早いですね」

(´<_`;)「えぇ。昼までに買い物をすませようかと思って」

60 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:33:27.31 ID:AfQSVYB10
苦笑いをした
弟者に、女将は何かを察したようだった。
彼女も口元に苦い笑みを浮かべる。

|゚ノ;^∀^)「そうですか……。
      大変ですね……」

(´<_`;)「はい……」

愚鈍な言葉の後に訪れたのは、重すぎる沈黙。
二人は石像のように口を噤み、顔色を悪くしている。

諸悪の根源は互いに同じなのだが、
不幸なことに、解決することができない、という点に関しても同じだった。

|゚ノ;^∀^)「あ、外……。
      お出かけになるんですよね?」

沈黙を解いたのは女将だった。
伊達に客商売を続けていない。

|゚ノ;^∀^)「笠だけでは塗れてしまいますわ。
      粗末な番傘ですが、よろしければお貸しします」

(´<_` )「いいんですか?」

|゚ノ ^∀^)「はい。女将に二言はございません。
      少々お待ちを。今、持ってまいります」

女将はパタパタと足音を立て、どこかへ消えていく。

61 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 18:36:45.72 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「傘なんて久々に使うな」

旅を始めてからは、少しでも荷物を減らすために笠を使っていた。
笠は旅人に欠かせぬ雨具ではあるのだけれど、雨を防ぐという役割の面だけを見れば、どうしても傘に劣ってしまう。
村の中を移動するだけならば、傘の方が圧倒的に役立つ雨具だ。
それを貸して貰えるというのだから、断る理由などない。

|゚ノ ^∀^)「お待たせいたしました」

(´<_` )「いえ。ありがとうございます」

女将の手から、赤い番傘が手渡される。
良質な傘とはいえない。

色あせており、持ち手もわずかに痛んでいる。
けれど、十分実用に足る品ではあった。

(´<_` )「本当にありがとうございます。
      買い物を終えたらすぐにお返ししますね」

|゚ノ ^∀^)「私は外に出る用事がありませんので、ゆっくりしてきてくださって大丈夫ですよ」

再度お礼を述べた弟者に、女将は温和な笑みを浮かべる。
沈黙を破るための道具だったが、心底感謝している様子の弟者を見ていると、暖かな気持ちになる。
どのような過程によって生まれたものだとしても、感謝されるのは気分がいい。

65 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 19:11:29.02 ID:AfQSVYB10
   
弟者は外に出て、番傘を差した。
和紙が雨を弾く音が耳を楽しませる。

(´<_` )「何だか、子供の頃を思い出すな」

昔は雨の日に傘を持つのが楽しくてしかたがなかった。
くるくる回してみたり、水たまりにわざとはまってみたり。
姉や妹とも雨のなか走りまわったものだ。
すると、汚れるからやめろ、と母に怒られ、父がそれを宥めている様子を少し遠くから眺める。

幸せで、暖かな記憶だ。

(´<_` )「……時間ってのは凄いな」

過去に置いてきてしまった家族のことを苦もなく思い出せるようになった。
以前は、思い出すと悲しみに心が囚われそうで、過去の記憶に恐怖を抱いていた。
それがどうだ。今では楽しかった記憶として浮かべることができる。

胸が痛まないわけではない。
だが、過去の事象を変えることはできない、と吹っ切れるようにはなっていた。

(´<_` )「さて、まずは何を買おうか」

弟者は一歩踏み出す。
彼は番傘をくるり、と楽しげに回していた。

66 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 19:17:08.18 ID:AfQSVYB10
   
朝食と買い物。
二つの用事は存外、手早く済ませることができそうだった。
宿屋のすぐ傍にあった飯処は、実に良い匂いを漂わせており、弟者を引き寄せた。
出された料理は匂いから想像していた味以上のもので、兄者とのやりとりを忘れさせてくれそうですらあった。

旅に必要な物品に関しても、町が近いこともあってか、この村の店は品揃えが非常に良い。
欲している物は一つの店であらかた揃えることが可能なほどだ。

(´<_` )「……どうするかな。
      ここで揃えてしまっても問題はないが」

天候にも恵まれていないので、さっさと買い物を切り上げる、ということもできる。
だが、どうせ部屋に戻ってもすることなどない。
むしろ茂羅がいつくるのかと戦々恐々としていなければならないだけだ。
気が休まらないことは目に見えている。

(´<_` )「よし。せっかく、あいつもいないんだ。
      ゆっくり他の店も回るか。
      思わぬ掘り出し物を見つけるかもしれないし」

弟者はつかの間の自由を味わうべく、買い物に時間をかけることを選択した。
誰にも邪魔されず、気負う必要もない。
これで天気が晴れであったならば、言うことなしだっただろう。

自由を満喫すると決めた弟者は、
一つの店で全て揃える、という横着をせずにいくつかの店を回り、最も安価な店を探した。
時に、興味の惹かれる品を見つけては、己の財布と相談をし、
時に、店主に声をかけて値切りをする。

67 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 19:18:53.63 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「そろそろ昼時か……」

楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまう。
傘を持っていない方の手に、買ったばかりの品を抱えた弟者は、陰鬱とした表情で呟く。

(´<_` )「昼を食べてから戻っても、いいよな」

せめてそのくらいは許してもらいたい。
茂羅がすでに部屋の前、もしくは中で待機している可能性は大いにあるのだが、
もうしばらく、ほんのわずかでも問題を先延ばしにしたかった。

(´<_` )「よし。そうしよう。
      良い店を見つけたし」

買い物の途中、弟者はしっかりと昼食を取る店の候補を見繕っていたのだ。
店員が
笑顔で接客していた、感じの良い店だ。
入っていく客も笑みを浮かべていたので、味にも期待できる。

(´<_` )「地元の人間が足を運ぶ飯処に外れはない」

手の内にある荷物を抱えなおし、弟者は目的の場所へ足を進めていく。
村の地理を完全に把握しているわけではないが、今日歩いた場所くらいは覚えている。
彼の足取りに迷いはなかった。

(´<_` )「……」

そのはずだった。
なのに、唐突に弟者はその足を止める。

5 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 21:36:55.80 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「あー。最悪、だ」

弟者は舌打ちをし、下を見る。
正確には、頭を下げて己の身体を見た。

(´<_` )「独り言の癖がついた。
      いや、正確には違うのか?
      くそ。どっちでもいい。オレにとって不利益であることに変わりはない」

幸い、今日は雨だ。
誰もが傘を差し、雨音を響かせている。
弟者の独り言を気に止めている人間はそういないだろう。

しかし、一度ついた癖というのは簡単に直るものではない。
独り言をぶつぶつ呟きながら村を歩く男。
旅をしていようと、どこかの村に住まおうと、変人扱いされることは必至だ。
今後の人生に一抹の不安がわきあがった。

変人扱いされることを横に置いておいたとしても、この癖はいただけない。
一人でいるのに考えを口に出してしまうというのは、弟者の脳か心が傍に兄者がいる、と認識しているからだ。
返事があるものだと考え、会話が成立すると思ってしまっている。

弟者にとって、これほど気分が滅入ることもない。

6 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 21:39:33.74 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「お前のせいだからな」

これが最後だ、とばかりに弟者は呟く。
独り言ではない。
身の内にいる兄者へ向かっての言葉だ。

返事は求めていない。
いくら傘で隠れているとはいえ、悪魔憑きであることがばれては事だ。
兄者もそのことはよくわかっているのだろう。
姿を現す気配はない。

気を取り直した弟者は、改めて足を動かす。
目的の場所につくまでにも、ふと気づけば己の口が開きかけていることに彼は気がついてしまった。
思っていた以上に、独り言という癖は身に馴染んでしまっていたらしい。

これでは、兄者を払えば万事解決、というわけにもいかなさそうだ。
悪魔憑きでなくなったあとは、余計な癖を直すことに懸命になっている未来が見える。

忌々しいと思う。
悪魔と過ごす日々が、当たり前になってしまっていたのだから。
そして、身に染み込んでしまう程度には、それを拒絶していないらしい、という事実が憎かった。

7 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 21:42:21.11 ID:AfQSVYB10
   
陰鬱な気持ちを抱えたまま取った食事は、それでも予想通りの美味しさだった。
気持ちが落ち込んでいる分、味が落ちていた感はあったが、平常のときに食べていれば、それは絶品だっただろう。

美味しいものをそのまま味わえなかった悔しさと、
これから起こるであろう面倒事に、弟者はため息が出る。
部屋に戻りたくない、と誰にでもなく駄々を捏ねたい。

とはいっても、無常な現実の前に、その思いは蓋をせざるを得ない。
荷物もあるのだから、どうしたって宿屋には帰らなければならないし、
これ以上、問題を先延ばしにすることもできない。
まして、駄々を捏ねる相手もいない。

弟者は気を引き締め、宿屋の戸を開けた。

|゚ノ ^∀^)「おかえりなさい」

(´<_` )「ただいま、です。
      傘、ありがとうございました。助かりました」

|゚ノ ^∀^)「いいえ。どういたしまして」

借りていた傘を返し、兄者は部屋へと向かう。
彼は背に視線を感じた。
振り向くことはしなかったが、十中八九、女将のものだろう。

彼女は、弟者がこれから戦地へ赴くのだと知っている。
哀れみか、何らかの願いか。
そのどちらかが視線には込められていた。

8 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 21:45:33.01 ID:AfQSVYB10
   
視線を受けつつ進んでいくと、借りた部屋の前に人影が見えた。
幽霊かと身を強張らせる必要はない。誰がそこにいるのかは考えずともわかる。

(´<_` )「今日は外で待っていてくれたんですね」

( ・∀・)「キミの荷物を物色していた、なんて疑いをかけられたくないからね」

(´<_` )「そのくらいの常識は持ちあわせているようで何よりです」

( ・∀・)「おや。僕は常識人と知識人を兼ね備えた人間だと自負しているよ。
      でなければ、昨日の時点で、待つという選択肢を提示することもなかった。
      相手の疲れも、時間帯も考えずに聞きたいことを聞き出していただろうさ」

(´<_` )「ちなみに、その常識と知識溢れるあなたの脳には、どんぐりの背比べ、という言葉は入っていますか?」

( ・∀・)「無論」

(´<_` )「そういうことです」

( ・∀・)「大差がなくとも、そこには確かに差があるということだね」

(´<_` )「前向きにも程がある解釈はやめてください」

( ・∀・)「後ろばかり見ていては、人生が辛くなるばかりだ。
      人は未来と前だけ見ていればいい」

(´<_` )「過去があっての今ですよ」

9 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 21:50:38.33 ID:AfQSVYB10
    
( ・∀・)「それもそうだね。
      僕が愛している知識も、過去の積み重ねだ。
      ならば、それらを共有しようではないか。
      さあ、部屋に僕を招待しておくれ」

恭しい態度で茂羅は弟者を促す。
これを狙っていたわけではないのだろうけれど、懐に飛びこんできた機会をみすみす逃すつもりはないらしい。

(´<_` )「……どうぞ」

先に部屋へ入り、そのまま茂羅を通す。
足取り軽く室内へやってきた彼の様子は、人に尽くされることになれている者のそれだ。
尽くされることを当然だとは思っておらずとも、そうされることに疑問はないのだろう。

( ・∀・)「ほらほら、早く荷物を置きたまえ。
      そうして、座布団に腰をおろすんだ。
      僕はキミの正面に座ろう。
      話す時間はいくらあっても足りないのだから」

まるで家主のような顔をしてあれこれ指示を出してくる。
荷物に関しては、言われるまでもなく適当な場所に降ろすつもりだ。
弟者とて、いつまでも荷物を抱えていたいわけではない。

(´<_` )「で、何が聞きたいんですか?
      昨日も言いましたが、オレが話せることなんて、そう多くはないですよ」

10 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 21:55:33.39 ID:AfQSVYB10
    
旅をして得た体験ならばある。
だが、得た知識、と言われると、あまり思いつかないのが現状だ。
日々を生き、先へ進むだけで精一杯なのだから。

( ・∀・)「僕も昨日言ったけれどね、何でもいいんだよ。
      キミはどこに住んでいて、どこへ行って、何を見て、食べて、触れて、知ったんだい?」

弟者が座布団に腰を降ろすと、茂羅は前のめりになって欲しているものについて述べた。

(´<_` )「住んでいた場所は、ここよりもずっと南にある村です。
      特筆するようなものは特にない、のんびりとした村でしたよ。
      田畑があって、店があって、宿はなかったはずです」

一年と数ヶ月は帰っていない村を思い出しながら言葉を紡ぐ。
家族が死に、弟者は親戚に引き取られた。

住み慣れた家を離れるのは寂しかったが、家族と共に生きた村にいることは辛かった。
連れて行かれた先での生活も、始めこそ沈んでいたが、時が経つにつれ幸福なものへと変わっていった。
優しい彼らは、養子である弟者を実の子のように扱い、愛してくれたのだ。

同じ年くらいの子供と村の中で遊び、大人について山にも行った。
茶屋の手伝いをしながら、時期がくれば、田畑を耕し、作物を収穫する。
語ることもできぬような、ありふれていて平凡な日常を謳歌していたのだ。

弟者の身から悪魔が出てくるまでは。

12 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:01:14.81 ID:AfQSVYB10
    
(´<_` )「と、この住んでいた場所に関してはこのくらいですね」

育てていた作物、人々の様子、祭り事、それらを一つ一つ広い集め、弟者は言葉にした。
考えてみれば、旅の中で見た村々は、どれ一つとして同じではなかった。
近くの村だとしても、何か一つ、必ずずれているのだ。

( ・∀・)「なるほど。南、というよりは中央よりかな。
      その辺りのことなら、僕の家にあった書物にも書いていたよ。
      主だった作物や祭りも、記憶にある通りだ。
      うんうん。あの本の信憑性がぐぐっと増したね」

茂羅は一人、納得ぎみに首を縦に振っている。
弟者も時と場合が合えば本を読むこともあるけれど、茂羅が口にしているような風俗に関する本など見たこともない。
そのため、信憑性云々といったことはいまひとつピンとこないのだ。

( ・∀・)「キミは知らないかもしれないけれど、祭りに使われる衣装にも意味があってね――」

何やら茂羅はべらべらと語り始めた。
書庫を自称するだけのことはあって、資料がなくとも彼の頭にはちゃんと本に書かれていた内容が入っているらしい。

長ったらしく、特に興味もない話を聞き流しつつ、弟者は村を出るきっかけになった日のことを思い返していた。


あれは、いつものように外で仕事をしていたときのこと。
何の前触れもなく、音もなく、悪魔は現れた。

14 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:05:05.38 ID:AfQSVYB10
   
今と変わらぬ、飄々とした態度であったことははっきりと覚えている。
周囲から上がった悲鳴も、あまりの出来事に動くことができなかった己も、簡単に思い出すことができてしまう。

自身がただの人でなくなってしまったのだ、と悟ってからの行動は早かったように思う。
その日のうちに、最低限の荷物だけ用意し、親戚に別れを告げたのだ。
優しい彼らは、悪魔憑きとなった弟者のことを受け入れようとしてくれていた。

何の知識もない人間が旅を続けられるほど、世界は甘くない。
もうしばらく様子を見てもいいではないか。
村の人達もわかってくれる。

そんな言葉を並べられた気がする。
だが、それを言っている当の本人達の瞳には、怯えと恐怖が揺らめいていたことだけは断言できた。

普通の反応だ。
実の子ではないのだからなおさらに。

村を出て、弟者が真っ先に思ったことは、
悪魔を払ったとしても、この村に帰ってくることはできないだろう、ということだった。

( ・∀・)「――と、いうわけなんだ!」

(´<_` )「そうなんですか。
      始めて知りました」

どうやら話し終えたらしい茂羅に適当な言葉を投げる。
欠片も脳に届いていなかったのだが、気づかれはしない。

16 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:08:32.99 ID:AfQSVYB10
  
( ・∀・)「それで、次は?
      キミは旅の途中、どんな村や町、人や物を見たんだい?」

(´<_` )「まず思い浮かぶのは、始めての野宿や食糧調達なんかですね」

面白い村もあったのだが、真っ先に浮かぶのは非日常的な出来事ばかりだ。
水の入手方法、食べられる木の実とそうでない木の実の見分け方。
慣れぬものを口にしたがために、腹を下した記憶もある。

( ・∀・)「それはどんな木の実だった?
      川が見つからないとき、水はどうしていたんだい?
      始めて獣を捌いたとき、苦労したことは?」

茂羅は弟者が何か言う度に質問をぶつけてくる。
そのつど、当時のことを改めて思い出さなければならない。

(´<_` )「拳大の黄色い実でした。
      味は酸味が強く、けれど食べられないほどではありませんでした。
      名前は忘れましたが、食べられるものである、ということは近場の村に寄ったときに聞いていたのですが……」

( ・∀・)「キミの身体には合わなかったということか。
      その実のことは勿論知っているよ」

知っているらしい知識がつらつらと述べられる。
言われてみれば、確かに弟者が食した実は、茂羅が言うような名前だった気がする。

18 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:11:43.01 ID:AfQSVYB10
   
川が見つからないときは果汁の多い木の実を探した。
一度乾きを経験してからは、水が不足することのないように慎重になった。

獣を殺すことに躊躇はなかった。
迷えば死ぬのは己であったし、田畑を荒らす害獣の死骸を見たことならば何度もあったからだ。
捌くことにも別段、罪悪感はなかった。
ただ、始めての経験だったので、綺麗に別けるはしなかったことが心残りだ。

出来事を一つ一つ口にし、誰かに聞いてもらうことで、弟者は己が歩んできた月日を改めて思い知る。
生きてきた年数に比べれば、ほんのわずかなものだ。
それでも、平凡に平穏に生きていたころとくらべると、記憶や時間の密度が違う。

( ・∀・)「やはり旅人はいいね。
      新たな知識は得られずとも、新たな感情を僕に教えてくれる」

客観的なことだけを伝えるというのは難しい。
旅のことについて話すとき、どうしても弟者の主観が入り込む。

弟者が旅の中で得た感情は、弟者だけのものだ。
同じ道を辿っていた者がいたとして、弟者と同じ思いを抱くのか、と言われれば、紛うことなく否であるのだから。

(´<_` )「楽しんでいただけているのなら何よりです」

皮肉めいた口調で言う。
茂羅は気に触った様子もなく、次の話を要求してくる。

訪れた土地の話をしていないというのに、時間だけはずいぶんと経っている。
どこか遠くへ行くことだけが旅ではないのだと突きつけられた気分だ。

21 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:14:43.30 ID:AfQSVYB10
次に茂羅は、弟者が訪れた村について話を聞きたがった。

(´<_` )「そりゃあ、色々な村を見ましたよ。
      ただ、大概は夕暮れ前に訪れて、朝がくれば出る、といった風でして。
      風習や様子まで、詳細に話せるものじゃありません」

悪魔憑きの身であるが故、弟者は村に長時間滞在することを好まなかった。
いつ何時、村の何かに興味を惹かれて姿を現すかわらかないのだ。
悠長に身を置く気になどなれるはずもない。

各村々のことを覚えているつもりではあるが、薄っすらとした記憶になっている村も多い。
もしかすると、複数の村の様子を混ぜて覚えてしまっている可能性もあった。

( ・∀・)「それはまた、電撃旅だね。
      もっとゆったりすればいいのに。
      人生は長いのだから。せかせか生きるもんじゃない」

(´<_` )「娯楽でやっているわけではないので」

( ・∀・)「今のご時勢、娯楽で旅をする人間なんていないだろうさ。
      キミの旅の目的も聞きたいねぇ」

(´<_` )「機会があれば」

( ・∀・)「こうして顔を合わせている今は、機会に入らないのかい?」

(´<_` )「除外させていただきます」

( ・∀・)「そうかい。まあ、そのくらいは譲歩しようじゃないか。
      蛇の臭いがするからね。藪はそっとしておくものだもの」

22 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:17:38.81 ID:AfQSVYB10
   
笑みを崩さぬ茂羅は、それならば印象深い出来事について話をしてくれ、と弟者に頼む。
旅をしていれば、忘れられぬ出来事の一つや二つ、十や八百万、できるものだ。

(´<_` )「印象深い、ですか」

呟くと同時に、いくつかの記憶が急浮上してきた。
考える間でもなく、それらの出来事は忘れられぬ程のものだということだ。

(´<_` )「以前、森の中で水葬の風習がある村がありました。
      地図にも載っておらず、村人達も隠れるように、ひっそりと住んでいました」

あの時は、水と死体という組み合わせに、気分を悪くした。
静かな村は恐ろしく、見知らぬ風習は異様にも思えた。

(´<_` )「吃驚しましたよ。
      人は死んだら土に埋められるものじゃないですか。
      運悪く、オレは湖の水面に浮かんできた死体を見てしまいましたしね」

水死体に対する恐怖は、あの頃よりもずいぶんとマシになった。
村を訪れた当時を振り返るくらいならば、気分が悪くなることもない。

( ・∀・)「へぇ、珍しいね。
      水葬は、船に乗る人々に多い風習だ。
      森の中でそんな風習のある村があるなんてね」

(´<_` )「昔は海の近くにいたらしいですよ。
      事情があって森に移住したそうです」

25 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:20:40.64 ID:AfQSVYB10
   
( ・∀・)「なるほど。やはり理由があるんだね。
      何の理由もないことなんて、世の中にはないのだから。
      そういえば、水死体を見たんだね。
      どうだった? 僕の知るかぎり、水死体というのは皮膚がふやけ、白くなっているものなのだけれど」

(´<_` )「……えぇ、そう、ですね」

答えるまでに間ができてしまった。
水死体、と言われて、真っ先に思い出すのはあの村ではないのだ。

恐怖が薄れたといっても、
村を訪れた当時を振る返ることができるようになったといっても、
やはり、家族の死に様を思い出すのは辛い。

(´<_` )「白、そう。でも、もっと気味悪く変色もしていた。
      膨らんで、溶けて、汚くて、口が開いて、中には虫が住んでいるのだろう、と……」

弟者の焦点がずれる。
今から過去へ。
あの村から、故郷へ。

悲しい記憶と腹の中のものをぶちまけたい気持ちが彼を引きずりこむ。
きっとそこは、冷たい水の中だ。

27 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:23:48.86 ID:AfQSVYB10
  
(;・∀・)「大丈夫かい?」

(´<_` )「あ……」

気づけば、茂羅が弟者の肩に触れていた。
呆然とした弟者の様子に、流石の彼も焦っていたようだ。

( ・∀・)「思い出したくない記憶だったかい。
      すまないね。そうだね。死体というのは、どうやったって畏怖の対象だ。
      それだけ、死というものは僕らに潜在的な恐怖を与えてくる」

そう言う茂羅は、まさか弟者の家族が水死体になっていたことなど考えもしない。
とある村で弟者の身に襲いかかった衝撃的な出来事の一つとして、水葬があったというだけの認識だ。

(´<_` ) 「ですね。
       すみません。取り乱したようで」

( ・∀・)「いいよ。ほら、他の、もっと別のことを教えてよ」

全て教える必要はない。
弟者の身の上など、知らせるつもりはない。
だから、これで良かったのだ。
一息ついた弟者は、安堵の笑みを茂羅に気づかれぬよう浮かべた。

(´<_` )「ならば少し変わった方の話でも。
      その方は林の中、一人で住んでいました」

29 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:27:48.97 ID:AfQSVYB10
   
村や町の外には抜け殻がいる。
そんなこと、幼い子供でも知っており、外で暮らそうなどとは夢にも思わないはずだ。

( ・∀・)「へぇ。そりゃ確かに変わってる」

(´<_` )「大きな板塀に囲まれた、大きなお屋敷にたった一人でした」

弟者が抜け殻に追われ、今にも死にそうだったところを助けてくれた男。
見ず知らずの人間、それも悪魔憑きを、だ。
捨て置かれて当然の存在だというのに、彼は手を差し伸べてくれた。

(´<_` )「オレはそこに住んでいた人に助けられたんですよ。
      抜け殻に追いかけられていましてね」

( ・∀・)「命の恩人というわけだ。
      善良な人もいたものだね。
      しかし、そんな人が何でまた一人っきりで?」

(´<_` )「一人で生きることを苦に思わないようでした。
      それよりもびいどろやぎやまんで好きで、
      保管や管理、窃盗の心配諸々を考えた結果、林の中一人で住まうことになったそうです」

( ・∀・)「となると、その人はかなりの金持ちだね。
      僕もそれなりの家の子ではあるけれど、おそらく、その方は僕なんぞよりもずっとずっと、
      由緒ある家の子だったのだろう」

外で住んでいるということは、食料品を外から運んでもらっているということだ。
その上、金のかかる趣味を持っているとなれば、財産の莫大さが想像できる。

31 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:30:39.38 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「でしょうね。言葉の端々、住まう家からもそれが見てとれました。
      そうそう、見せていただいたびいどろは、とても美しい青でした。
      気泡があり、薄かったので、さほど高価なものではなかったようでしたけれど」

( ・∀・)「僕も是非、一度お目にかかりたいものだ。
      物の価値は値段だけではない。
      青に気泡、そして薄さ。きっと美しいものだったのだろ?
      蒐集家が持ち、人に見せるようなものだ。粗末であるはずがない」

(´<_` )「えぇ。とても綺麗でした。
      オレはあんな美しい器を見たのは始めてでした」

今もあの場所でたった一人、暮らしているであろう男の宝を全て見ることは叶わなかった。
弟者が見たびいどろは比較的安価な物であっただろうから、
男の宝の中には高価で、もっと美しい物があるに違いない。

審美眼を持たぬ弟者では、それらの価値はわからないかもしれないけれど、
目の前にいる茂羅ならば物の価値もよくよく知っていることだろう。

互いに己の領域から出るつもりはないようなので、彼らが出会うことはない。
そう知りつつも、弟者は二人が出会い、宝について話す場面を想像せずにはいられなかった。

(´<_` )「高価な物を語るのは、やはりその物の価値を知っている人達でなければ」

( ・∀・)「キミも知ればいいだけのことだろ?
      金がなくとも、知識を詰め込むだけならば誰にだってできる」

(´<_` )「そこまでの時間も手間も、簡単にかけられるものではないのですよ」

33 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:34:20.04 ID:AfQSVYB10
  
働かなければ生きていけない。
どうしても知識を詰め込む時間は削られる。

知識を得る方法も問題だ。
人に聞くか、本を手に入れるか、経験するか。
どれを選ぶにしても、金か時間か、あるいは両方が必要となる。

茂羅は簡単に言ってくれたが、知識を得るという行為は、道楽の一つか、心身を削る修行だ。
前者を取ることができるのは金を持っている人間だけで、後者を取る程、弟者は広く深い知識を欲してはいない。

( ・∀・)「そういうものかい?
      僕としては、知識を得るためならばどのような対価も惜しくないつもりだけれど」

(´<_` )「あなたの考えを否定しはしませんよ。
      ただ、オレの考えも否定しないでもらいたい」

( ・∀・)「一理有るね。人にはそれぞれの価値観があってしかるべきだ。
      知識を欲さぬ人間もいていいよ。
      そういう人のために、僕のような知識人がいるのだから」

茂羅は笑う。
彼が知識を与えるとき、きっと、それはとても押し付けがましいものなのだろう。
昨日の女将の様子を思い出すと、弟者は苦笑いをするしかない。

( ・∀・)「なればこそ、僕はキミの話を聞きたい。
      とんでもない目にあった話だって聞いてみたい」

茂羅は己の膝に肘を置く。
猫背になった彼は、必然的に弟者を見上げるような姿になった。

35 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:37:36.23 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「とんでもない目ですか……。
      子供に焼き殺されそうになったことと、幽鬼に追い回されたことがあります。
      どちらも、そりゃあ恐ろしい思いでしたよ」

( ・∀・)「ほう。キミは人から嫌われる、いや、恨まれる、か?
      まあ、どれでもいい。とにかく、殺されるような目に合う人間には見えないが。
      一体全体、何をやらかしてしまったんだい?」

茂羅の目は好奇で爛々としていた。
人の不幸は何とやら。
知識を追い求める彼とて、その性からは逃れられない。

(´<_`;)「何かしたつもりはこれっぽっちもありませんよ」

顔をわずかにしかめた弟者は肩を落とす。
せめて、弟者の方に何か不手際があったのならば、納得も理解もできた事件だった。

(´<_` )「子供というのは恐ろしいものです。
      私が泊まっていた小屋に、火を放ったのですよ。
      その理由が、死ぬかどうかの実験だというのです。
      信じられませんでしたし、信じたくありませんでした」

わずかに真実を捻じ曲げて茂羅へ伝える。
子供達が本当に殺そうとしていたのは悪魔である兄者だったのだが、茂羅に本当のことを告げる必要はない。

( ・∀・)「古今東西、子供の無邪気さには手を焼くものさ。
      キミの場合、身体全体が焼かれそうになったらしいけどね」

37 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:40:37.40 ID:AfQSVYB10
茂羅はどこか楽しげに言う。
上手いこと言ったつもりなのかもしれないが、被害にあった弟者は笑えない。
眼前に広がる火の海とその熱さを知っていれば、誰だって口角を上げることはできないはずだ。

(´<_` )「悪気の有無なんて関係ありませんよ。
      こっちは命を失うところだったんですから」

( ・∀・)「大変だっただろうね。
      でも、喉餅過ぎたんだ。熱さなんて忘れてしまいなよ」

(´<_` )「人事だからそうやって言えるんです」

( ・∀・)「実際のことは知らないけれど、火に囲まれる恐ろしさと苦痛なら知っているよ。
      煙は肺を焼くから、呼吸ができなくなる。
      火は空気を燃やすから、ますます息を吸うことが困難になるね。
      窒息なんて恐ろしい。熱さや炎に対する恐怖は生物ならば誰しもが持つものだ」

すらすらと流れる知識は、所詮、紙の上での出来事だ。
弟者は冷たい眼差しを茂羅に向けた。

死を前にした恐怖感は、体験しなければわからない。
火の熱さも、揺らめく蝋燭を見ているだけではわからない。
そこに指を入れてみなければ、火の熱を知っている、とは言えない。

( ・∀・)「さあさあ、次は幽鬼の話だ。
      どこで出会ったんだい?
      それは、どのような姿をしていたんだい?」

茂羅は弟者の眼差しに気付くことなく、先をせかす。
寝物語を強請る子供のようだ。

39 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:43:55.72 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「……そういえば、彼女も子供でしたね。
      始めの姿は、という点で見れば」

( ・∀・)「彼女、というと、その幽鬼は幼い女の子の姿だったんだね」

(´<_` )「えぇ。山にある小さな社で、その子を見つけました。
      彼女は母親を待っている、とのことでしたので、共に待つことにしました。
      あの時、季節は冬で、とても小さな子を一人、置いていくことができるような状況ではありませんでしたから」

静かな山の中、梨々は今もいるのだろう。
唄を歌い、紙風船を折っている姿が目に浮かぶ。

(´<_` )「ですが、待てど暮らせど母親は来ず……。
      私が共に山を下りよう、と誘ってみたときです」

( ・∀・)「本性を現した?」

(´<_` )「そういうことですね。
      彼女の姿は歪に変化し、逃げるオレを追いかけてきました。
      麓まで駆け下りてみると、彼女の姿はどこにもありませんでした。
      もし、あの時捕まっていれば、オレはここにいなかったのでしょうね」

どのような最期を遂げるところだったのか。
具体的なことは想像もしたくない。
生きているということ、それだけで感謝できる。
過去を見つめなおすと、素直にそう思えてきた。

41 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:46:43.85 ID:AfQSVYB10
  
( ・∀・)「命は大切だ。
      キミが生きていてくれてよかった。
      でないと、こうして話を聞くこともできないところだった」

悪意はないのだ。
少しばかり、思いやりが欠けているだけ。
だが、弟者を殺そうとした子供達同様、悪意がないから許せるものではない。

彼の言い方では、弟者の存在価値は話すことだけにあるようではないか。
否、茂羅にとっての価値観は、まさしくそうなのだろうけれど。

(´<_` )「あなたと話ができた云々はともかくとしても、
      生きていてよかった、とは思ってますよ。
      まだしばらくは生きている予定ですので」

多少の苛立ちは飲み込んでしまう。
一応、茂羅も弟者の生を喜んでくれているのだから。

( ・∀・)「予定は狂うものだよ。お気をつけ」

(´<_` )「ご忠告、どうもありがとうございます。
      感謝ついでに一つ。あなたが好きそうな話を」

( ・∀・)「僕はどのような話でも好きだよ。
      でも、気になるね。是非是非、お聞かせ願おうか」

42 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:49:41.82 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「少し前の話なので、もしかすると今から話す人のことは、あなたも知っているかもしれません」

( ・∀・)「そう遠くない場所の話か。
      ならば、小耳にくらいは挟んでいるかもしれないね。
      だけど安心おし、いくら近くたって、別の村の話なんてのは滅多と聞こえてきやしないんだ」

村に住まう者は他の村のことを知らない。
通過するだけの商人や旅人の口からのみ、他の村の噂話というのは流れてくる。
しかし、風習についてならばともかくとして、個人の噂を運んでくるものはそういない。

(´<_` )「挟んでいても構いませんよ。
      オレが興味をひかれたのは、その人の存在ではありませんから。
      その人が、オレに教えてくれたことです」

( ・∀・)「どこかの村の誰かがキミに教えてくれたこと。
      僕が好きそうな話、というわけだ」

弟者は小さく頷いた。

(´<_` )「その人は、病を患っていました。
      夜眠り、朝目が覚めると、前の日のことを綺麗さっぱり忘れてしまう、というものです」

( ・∀・)「僕はその人のことを知らないね。
      病のことなら知っているよ。
      滅多に見ない奇病だ。治療方法はない。ただ、日々の記憶を失い、死ぬのを待つばかり」

滅多に発症する人間がいないため、人々には伝わっていない病ではあるが、
発見されてからはずいぶんと時間が経っているらしく、病についての記述を探すことは難しいことではないらしい。

44 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:52:06.17 ID:AfQSVYB10
  
( ・∀・)「それで、その人がどうしたんだい?
      キミが言いたいのは、病のことではないのだろ?」

(´<_` )「関することではありますけどね」

弟者は不敵に笑う。

(´<_` )「ねぇ、茂羅さん。
      あなたは、思い出と記憶、同じものだと思いますか?」

辞書に乗っている意味ではなく、もっと根本的な部分。
それを、弟者は種瑠に教えてもらった。

知識を頭一杯に詰め込んでいる茂羅は、何と返すのだろうか。
わずかではあったが、弟者の胸は楽しみに震えていた。

( ・∀・)「思い出は記憶から作られるものだよ。
      欠片か完成品か。その違いさ」

迷わず言い放った茂羅に、弟者は浪漫がない、と心の中で呟く。

(´<_` )「違いますよ。
      記憶は頭に、思い出は心に宿るんです」

胸を張って主張する。
案の定、茂羅は不可思議な顔をして弟者を見ていた。

47 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:55:41.21 ID:AfQSVYB10
   
そうして、弟者は茂羅に種瑠の話をしてやった。
記憶がなくなってしまう彼女の生き方と、浪漫の話。

元来、弟者は己から朗々と話す性質の人間ではない。
問題ない程度に話題を振り、相手の話を聞き、応えはするものの、
何かについて嬉々として話すことはそうそうあることではない。

(´<_` )「と、いうことがあったのです。
      記憶は嘘をつく、オレはあの時、きっと、共感したのだと思います。
      まだ、はっきりとは、言えないのですが」

最後は歯切れが悪くなってしまっていたが、
珍しくも弟者は種瑠の話を自ら進んで、それも楽しげに話してみせた。
それだけ、彼女との出来事は弟者の身に染み入ったことだったといえる。

また、誰かに聞いて欲しかった、という気持ちもあったのだろう。
歯切れが悪くなってしまった部分について、弟者は未だ受け入れることができずにいる。

記憶の不確かさと、それに伴う己が抱く感情の歪さ。
証明が欲しいわけでも、肯定が欲しいわけでもない。
まして、背中を押してもらいたいわけでもない。
聞いてもらう、それだけのことが、人の心を楽にすることがある。

言いきった弟者の顔はどこか晴れ晴れとしていた。
それに対する、茂羅の反応はこうだ。

( ・∀・)「へー」

49 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 22:58:36.94 ID:AfQSVYB10
   
今までの反応に比べて、いくらなんでも淡白すぎる。
予想だにせぬ茂羅の様子に、思わず弟者は固まってしまった。

( ・∀・)「……うん。いやね、キミにとって、その出来事が大きなものだった、
      ということは理解したよ?
      でもね、僕は非現実的だと思うし、思い出と記憶の置き場なんて、
      どんな書を開いてみたって証明を出していないよ」

(´<_` )「本当に浪漫のないことを言いますね……」

( ・∀・)「浪漫では人も世界も動かないよ」

(´<_` )「動かしてみたいのですか?」

( ・∀・)「できることならね。
      僕の知識が人と世界を変える。
      何とも甘美な言葉だろう」

そう言うと、茂羅は立ち上がった。

( ・∀・)「ずいぶんとお邪魔してしまったね。
      今日は、たくさん話が聞けてよかったよ」

茂羅は軽く頭を下げる。
最後の話は、彼の琴線には触れなかったようだが、それなりに楽しんでもらうことはできたらしい。

遅れて弟者も立ち上がる。
ほぼ無理矢理とはいえ、茂羅は客人だ。
見送るくらいはするべきだろう。

52 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:01:44.24 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「それでは、さようなら」

( ・∀・)「さようなら。
      まだ、この村に滞在している予定かい?」

(´<_` )「明日はまだいる予定です。
      それ以降は、天気と要相談、といったところですね」

( ・∀・)「旅人さんは大変だ」

茂羅は戸に手をかけ、静かに開ける。

( ・∀・)「今日は本当にありがとう」

(´<_` )「どういたしまして」

形式美的な会話を最後に、二人の世界は戸によって隔たれた。
薄い戸越しに茂羅の足音が聞こえ、やがて消えていく。

弟者は部屋に戻ると、そのまま座布団の上に突っ伏した。
布団を敷くのも面倒くさい。

昨日ほど動き回っていたわけではないのに、
同等か、もしくはそれ以上の疲れだ。

53 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:04:37.37 ID:AfQSVYB10
  
( ´_ゝ`)「お疲れ様。
      あんたが他人にあれだけ喋っているのを見るのは始めてかもしれんな。
      この短いようで長く、また長いようで短い旅について、
      オレ自身の感覚ではなく、あんたの感性から見直すのも中々楽しかったよ」

(´<_` )「喧しい。
      一人楽しみやがって」

突っ伏したまま弟者が呻くように言葉を返す。

( ´_ゝ`)「それは間違いだな。
      オレだけではない。お坊ちゃんも楽しんでいたし、あんたも楽しんでいただろ?
      特に、空と共にいたお嬢さんについて話しているときなど、身の内におらずとも楽しさが伝わってくるようだった。
      記憶と思い出、ねぇ……」

兄者は顎に手をやり考える。
この旅の中で、幾度となく弟者の記憶を喰らった。
種瑠の言う通り、記憶は嘘をつく。
抜けているのに、抜けていないかのように、平然と記憶は嗤うのだ。

思い出の存在の是非はともかくとしても、
弟者が自身の記憶が欠落していることに違和感を抱くことは何らおかしなことではない。
思い出すことこそないだろうけれど、疑心が生まれることは想像に難くない。

55 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:07:43.66 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「楽しむ……。
      そうだな。話すことは、それほど嫌ではなかったかもしれん」

兄者がいる場所から、弟者の表情は窺えない。
けれども、どこか柔らかな口調を聞けば、大体は想像できる。

(´<_` )「話せば話すほど、様々なことを思い出す。
      あっという間の時間だったはずなのに、
      口から出る言葉の他に、頭があれもこれもと記憶を引き出してくる」

碌でもない記憶も多い。
死を覚悟した瞬間もあった。
だというのに、弟者の声には笑みさえ含まれていた。

弟者は大概において、現在の旅に不満を持っている。
自ら進んで始めたことではなく、選択肢を限りなく絞られた上での決断だったからだ。
そんな彼が、旅を肯定してみせた。

(´<_` )「短いようで長い。
      長いようで短い。
      言い得て妙だ。そんな気分だ」

突っ伏していた弟者が横に転がる。
仰向けになった彼は兄者を見た。

57 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:10:46.42 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「日々の中で一定のものなど何もなく、目まぐるしく時間が過ぎていく。
      気付けば過去が遠くにあって、ここまで来るのもあっという間だった。
      けれど、思い返すことは山のようにあって、全てを話すには一日ではとても足りない」

どの時間も、忌々しい悪魔と共に過ごしたものなのだと思うと、また奇怪な気持ちになる。
同じ体験をする人間などそうそういないだろう。
弟者とて、こんな経験をするなど、ほんの数年前まで考えもしなかった。

( ´_ゝ`)「ずいぶん濃い記憶で満たされているようだな。
      悪いことではあるまい。
      楽しめたのだろ? これから先、話の種にだってなる」

(´<_` )「この旅が悪いことばかりでない、というのには賛成してやる。
      だが、それは、良い旅である、ということにもならん」

( ´_ゝ`)「意地っ張りな男だ。
      あんたがもっと素直になれば、旅はもっと楽しく、有意義になるだろうに。
      楽しいことは楽しい。必要なのはそれだけだと思うが?」

(´<_` )「オレが望んで選んだ道ならば、それだけで済んだだろうな。
      お前を払うという目的さえなければな」

( ´_ゝ`)「その目的があるからこそ、旅を始めたのだろ?
      なければ、あんたは一生村の外にでなかっただろうさ。
      いいきっかけになった、とでも思うといい」

(´<_` )「良いきっかけ、ではなかった。断言できる。
      良くも悪くも、きっかけになった、ならば……肯定しないでもない」

60 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:13:53.07 ID:AfQSVYB10
  
ここで弟者は上半身を起こした。
放置したままの荷物を整理しなければならないのだ。

(´<_` )「そういえば、よくじっとしていたな。
      オレはお前がいつ出てくるかひやひやしていたんだぞ」

荷物に目を向けたまま、弟者は思っていたことを口にする。

騒ぎを起こさぬために身の内へ潜んでいた兄者だが、如何せん前科が山のようにあった。
彼は好奇心旺盛な悪魔だ。
村に入るときは隠れていても、何か興味の惹かれる事柄があればあっさりと姿を現すのが常だった。

茂羅のような知識が豊富な男との会話だ。
何かしら惹かれる話や知識があり、兄者が姿を現す可能性を否定することはできなかった。
だが、結果的に兄者は一度たりとも姿を見せることはなく、こうして茂羅が帰った後に現れた。

( ´_ゝ`)「ここを追い出されたら困るからな。
      下手な騒ぎは起こさせないさ。
      それに、オレはあのお坊ちゃんみたいな男は好かん。
      言葉を交わしたいとは、心底、全く、欠片も、思えない」

弟者は手にしていた荷物から目を離し、兄者の方を見てしまう。
驚きをそのまま顔に出していた弟者の目はまん丸だ。
何故なら、聞こえてきた声があまりにも刺々しく、兄者らしからぬ、と思えたのだ。

さらに、直接顔を見てみれば、声が有していた棘と同じくらい、他者の心に刺さる表情を浮かべているではないか。
嫌いな人間については、先日聞いたばかりだが、ここまで露骨に嫌悪を見せるとは思わなかった。

62 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:16:34.49 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「余程、腹に据えかねるようで」

( ´_ゝ`)「あんなものを喰らえば腹も下る。
      身も心も魂も、何もかもが不味そうだ。
      あれを喰らいたがる悪魔は、悪食だとしか言いようがない」

(´<_` )「なら、茂羅さんは幸福だな。
      悪魔にとり憑かれる心配がない」

皮肉を言い、弟者は目を荷物に戻す。

( ´_ゝ`)「それはどうだろうな。
      悪魔には悪食も多い。
      否、好みが幅広い。人間とてそうだろ?
      蓼食う虫も何とやら。あのお坊ちゃんを好む悪魔もいるだろうさ」

兄者の言葉は、ただ、と続けられ、呼吸一拍分の間が空く。
言いづらさからくる間ではなく、茂羅の姿と性格を再度思い浮かべるための空白だ。

( ´_ゝ`)「お坊ちゃんは身を滅ぼすだろうな。
      何を喰われるかは知らんが、どこを喰われても碌な結果にはならんだろう。
      おそらく、始めの始め、願いから間違えそうだ」

(´<_` )「願いに正しいも間違いもあるものか」

悪魔憑きとなっている己の台詞ではない、と思いつつも、弟者は思わずにはいられない。
間違っているのは願いではなく、悪魔に願いをかける、という行為そのものだ、と。

65 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:19:45.65 ID:AfQSVYB10
   
( ´_ゝ`)「何を言う。あるに決まっているではないか。
      古今東西、醜い願いを抱き、願った者の最期は悲惨なもの、と決まっている。
      これを間違いだと言わずして何とする。
      あのお坊ちゃんは、自覚はなくとも醜い願いを口にするだろう。
      得てして、悪食の悪魔はそういった性質の人間を好む」

弟者は荷物の整理を終え、改めて兄者の方を向く。
適当に会話を続け、その後は風呂に入る算段だ。

( ´_ゝ`)「厄介なのは、そういった悪魔と願いは、往々にして周囲を巻き込む。
      自滅するだけならば、好きにしてくれればいいのだが、
      一族郎党、住まう村、周辺地域。それらまで道連れにされては敵わん」

声が冗談ではなかった。
悪魔として生きてきた兄者は、口にしたような場面を見たことがあるのだろう。
それも、一度ではなく、何度も。

(´<_` )「……それは、敵わんな」

思わず弟者も同意してしまう。
悪魔に魅入られたことには同情もするが、それはあくまでも対岸から見た場合だ。
何も知らず、関与もしていないことで不幸に引きずりこまれるのは勘弁願いたい。

もっとも、知らぬうちに悪魔憑きとなってしまっている弟者の状況を考えると、
安易に兄者へ同意を示してはいけない気もする。
そのことに思いあたった弟者が、慌てて何か言葉を発しようとするが、
生憎と、同意を撤回できるような言葉は品切れ状態だった。

67 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:22:28.50 ID:AfQSVYB10
  
何も言い返すことのできなかった弟者は、逃げるように風呂に入り、夕飯を頂いて一日を終えた。
翌朝、目が覚めてもやはり雨はやんでいなかった。

窓から外を眺めれば、湿った空気と冷たい雨が弟者の肌に触れる。
視線を上げ、空を見た弟者は、降り続いている雨も明日にはやむだろう、と結論付けた。
経験則でしかないが、間違ってはいないだろう。

(´<_` )「今日はどうするかな」

買い物は済ませた。
茂羅はもうこない。

一日中、暇を持て余すことになりそうだ。
窓を開けたままにしているからか、弟者が暇していることを臭わせても兄者は姿を見せない。
部屋でゆっくり過ごすならば、窓を開けたままの方がいいようだ。

(´<_` )「何はともあれ、まずは朝食だな」

朝は何も食べたくない、
という人間もいるようだが、弟者は朝からしっかり食べる人間だ。
久々に一人でゆったりできる時間が取れたからといって、朝食を手に入れるのを面倒くさがりはしない。
軽く体を伸ばし、財布を手にとってから窓を閉める。
そして、兄者が出てくる暇もなく部屋を出た。

70 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:25:59.50 ID:AfQSVYB10
  
しっかりと朝食を取った弟者は、ついでに村を見て回ることにした。
昨日もじっくりと見物したのだが、今日は特に目的もなくぶらぶらするだけだ。
やっていることは同じでも、気持ちの差は大きい。
何より、自由な時間を部屋に引き篭って終わらせるのはもったいないではないか。

昨日と同様、女将から借りた傘を差しながら弟者は足を進めていく。
家中や店中から聞こえる人の声や、時折見える姿が心地良い。
予定では、明日、村を出る予定だが、もう少し先延ばしにしてしまいたい、と思える。
晴れた日に歩くこの村は、今日よりも楽しいはずだ。

(´<_` )「――ん?」

不意に、弟者は足を止めた。
雨音を突き破るような、大きな声が聞こえたのだ。

怒鳴り声ではない。
しかし、気分が高まっている声だった。

(´<_` )「何だ?」

静かな雨の日には不釣合いな声が飛びかっている。
何を言っているのかまでは聞き取れないのが、また気になる。

弟者は傘を傾け、声の聞こえた方を見た。
すると、そこには民家よりも少し大きな建物がある。
戸は開けられたままで、室内が見えるが家具の類は見られない。
おそらく、村の集会場のような場所なのだろう。

71 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:28:49.62 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「茂羅さんだ」

弟者の目は、見覚えのある人物を発見する。
どうやら、弟者の耳に入ってきた大きな声は、彼のものらしい。
声の主を認識したからか、顔をそちらに向けたからか、
少し離れた所に立っている弟者の耳にも茂羅の声が聞き取れるようになった。

( ・∀・)「ですから!
      この石灰肥料を使いましょう!」

( ・∀・)「まあ、確かに、今の肥料よりも値は張りますが、
      収穫率があがるのですから、問題はありません」

( ・∀・)「前回は石灰を混ぜすぎたからです。
      土壌には酸とアルカリ、というものがありまして、どちらに偏りすぎても駄目なのです」

( ・∀・)「私手製の石灰肥料をお配りしますよ。
      もう一度、試してみてください。効果は覿面!」

( ・∀・)「わかりました。なら、酸に強い作物を植えましょう。
      それならば、石灰を撒く必要もありません」

(;・∀・)「ちょっ! 待ってくださいって。
      私の知識に間違いはないのですから!」

74 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:32:12.28 ID:AfQSVYB10
   
茂羅の焦った声を背に、村の人が何人か集会場から出てくる。

(’e’)「まったく。集会に乱入してきたと思ったらあれだ」

/ ,' 3「以前、とりあえず、と石灰を撒いた畑は収穫率が激減しておったというのに。
    よくもまあ、またワシらに石灰をすすめられるものじゃ」

ミ,,゚Д゚彡「んで、酸に強い作物の種、だっけ?
      それを用意するのは誰なんだよっての。
      育てたことのないものより、よく知ってる作物」

(’e’)「だな。茂羅様には悪いが、オレ達にはオレ達のやり方がある。
    のん気に茶を啜って本を読むばっかりのお人には、その人にしかできねぇ仕事があるんだしな」


/ ,' 3「あのお方は、ワシらが頭を使わずに作物を育てている、と思っていらっしゃる。
    経験をもとに、試行錯誤しているというのに……」

弟者の横を通った人の声が耳に入る。
彼らは生まれてからずっと畑と共に生きてきたような人間なのだろう。
紙上でのみ土や作物と触れてきた茂羅とは違う。

(  ∀ )「何でだよ……」

集会場に残された茂羅は俯き、拳を握り締めていた。
せっかく知識を分け与えているというのに、受け取る側に拒絶されてはどうにもできない。

77 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:35:53.54 ID:AfQSVYB10
   
( #・∀・)「僕は正しいことを言っているのに!
      今まで、何十人の人々が試し、研究した結果が、本になり、僕のもとに届いているんだ。
      それは数十年の経験を凌駕するということがわからないのか!」

茂羅が叫ぶ。
日常的な光景なのか、周囲も特に気に止めた様子はない。

ミ,,゚Д゚彡「すみませーん!
      茂羅様を信用してないわけじゃないんですけどねー!
      あれですよ! あれ! えっと、適材適所!
      田畑耕すのは、オレ達に任せといてくださーい!」

先ほど弟者の横を通り過ぎて行った男の一人が声を張り上げる。
彼の声に悪意はない。
ただたんに、茂羅のことを邪魔だと思っているだけだ。

( #・∀・)「後悔しても知らないんだからなー!」

(’e’)「大丈夫ですって!
    オレ達を信じてくださーい!」

別の男が返す。
笑みさえ浮かべている彼は、気の良い男なのだろう。
どのような天候に見舞われようが、懸命に農作業をしている姿が容易に想像できた。

78 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:38:39.01 ID:AfQSVYB10
   
(# ∀ )「くそっ」

男達の姿が消えてもなお、茂羅はその場に立ち尽くしていた。
今の彼からは、昨日のような自信ものらりくらりとした態度も消えうせてしまっている。

(´<_` )「茂羅さん」

茂羅を哀れんだのか、無言で立ち去るものバツが悪かったのか、弟者はそっと声をかけた。
できるだけ、昨日と変わらぬ声を出すことを心がけて。

( ・∀・)「……ああ、みっともないところを見せてしまったね」

弟者の存在に気付いた茂羅は、手に入っていた力を緩める。
ぎこちなくはあるが、昨日の調子が戻りつつあるようだ。

( ・∀・)「僕はね、何も知識を独り占めしたいわけじゃないんだよ。
      せっかく伝わっているものなんだ。多くの人に利用されるべきだと思う」

彼の言葉に、弟者は黙って頷く。
道具は使われるから意味がある。大切にしまっておくべきではない。
知識もそれと同じだ。
利用されず、誰にも知られない知識に意味はない。

( ・∀・)「でもね、あまり理解を得られないんだ。
      確かに、前回、少し失敗したけどね。
      ちょっとずつだけど、前に進んでいるということが、彼らにはわからないようなんだ」

80 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:41:44.29 ID:AfQSVYB10
   
失敗を重ねることで、より高みへの土台を作っていく。
正攻法といっていいだろう。

しかし、誰しもがそれを選択できるわけではない。
作物の収穫量は、農夫達の収入に直結している。
ある程度の余裕を持っている者ならばともかくとして、そうでない者は自ら進んで危険を侵そうとしない。
現状維持を選ぶのが一般的であり、誰に文句を言われる筋合いもないはず。

強いてあげるのであれば、村全体が食糧不足であるだとか、
税が急激に上がっただとかいう場合は、創意工夫を重ねて収穫率を上げる危険を侵す必要がある。

弟者はちらりと周囲を見た。
餓えているひとは見当たらず、店頭に並ぶ食材も豊富だ。

(´<_` )「……見たところ、この村の食糧事情は悪くないように思えますが、
      早急に収穫量を増やす必要でも出てきたのですか?」

( ・∀・)「んー? いや、そういうわけじゃないよ。
      この村は実に豊かで、冬を越すことも難しくはない。
      ただ、より豊かになれる可能性が転がっているなら掴むべきだとは思わないかい?」

さらり、と述べられたのは、ある意味での正論だ。
人の上に立つような地位を目指すのであれば、小さな可能性だったとしても見過ごすわけにはいかない。
そのためには、危険を侵して手を伸ばすことも必要になる。

茂羅の言っていることは正しい。
ただし、それは実行するのが、茂羅自身、ならばの話。

83 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:45:02.35 ID:AfQSVYB10
  
(´<_` )「掴むかどうかを決めるのは、実際に田畑を耕している人だと思います」

( ・∀・)「キミまでそんなことを言うのかい?
      僕は導いてあげようとしているだけなんだよ。
      肥料だって用意したし、作物の種だって必要なら用意する」

(´<_` )「失敗した時、困るのは働いている人です」

肥料や種の用意で茂羅の懐も痛むかもしれないが、
彼は自ら進んでやっている上に、元々持っている資産が農夫とは違う。
痛むとはいっても、かすり傷程度だ。
農夫達が負う痛みは、内臓を抉られるものと等しい。

( ・∀・)「だから、すぐ次にいけばいいんだよ。
      成功を目指して」

(´<_` )「次までの間、誰があの人達の家を支えるんですか。
      現状維持で不満がないのであれば、それでいいじゃないですか」

( ・∀・)「彼らにだって蓄えはあるはずさ。それを使えばいい。
      今はそれでいいかもしれないね。
      でも、それでは進歩できない。
      停滞する種族なんてのは糞だよ。植物も動物も星でさえ進化するというのに」

(´<_` )「いずれ苦労するなら、それは自業自得ですよ。
      今、苦労するも、後で苦労するも、選ぶのは本人達です」

88 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:48:57.45 ID:AfQSVYB10
  
言い合いながら、弟者はやはり無視するべきだったのだ、と思う。
一度口を挟んでしまったからには、途中で切り上げることができない。
勝つにせよ、負けるにせよ、言葉には言葉を返さずにいられない性質なのだ。

茂羅が折れないのであれば、何らかの外的要因がなければ終われない。
危険を前に、何を選択するかは本人の自由であるべき、という考えは揺らがないのだから。

( #・∀・)「だからさあ!
      急に必要になったりしたら困るでしょ?
      その時に備えて、っていう僕の親切心が、どうして、皆わからないんだよ!」

置かれていた石灰肥料を蹴り飛ばす。
袋に詰められていたそれは、衝撃に耐え切れず中身を床にぶちまけた。

( #・∀・)「知識ある者がない者にそれを授ける。
      何がおかしいのさ!
      僕は何でも知っていてるんだ。
      教えてやっているんだ!」

(´<_` )「あなたが知らぬことも世界にはあるでしょう。
      それを知るのも悦だと言っていたではありませんか。
      ならば、あなたの知らぬ感情や不安を誰かが抱いていてもおかしくはない」

( #・∀・)「僕が知らないことなんて、ほんのわずかさ。
      それを、そこいらの人間が知っている、抱いている、持っているわけがない」

苛立ちに脳が支配されているのか、彼は弟者の言葉を否定してまわる。
全ての人間は彼よりも愚かで、己は与える立場なのだと声高に叫ぶ。
あまりの傲慢さに、弟者の血がかっと沸騰した。

89 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:51:57.58 ID:AfQSVYB10
   
(´<_`# )「何でも知っているんですか。
      なら、悪魔のことは? 抜け殻のことは?
      殆ど知られていない、それらについて、あなたはどれだけ知っているというのですか!」

旅を始め、弟者は様々な人から話を聞いた。
参考になりそうな本を読ませてもらったこともある。
そのどれにも、悪魔や抜け殻について細かく書かれてはいなかった。

弟者は兄者を通じて、抜け殻について少し知識を有している。
けれども、ただの人である茂羅が弟者と同じだけのものを持っているはずがない。

知らぬことなどこの世にいくらでもある。
茂羅にそれを突きつけてやりたい一心で吐いた言葉だった。

(´<_`# )「オレはそこいらに転がっている人間ですが、
      きっとあなたよりはそれらについて知っています。
      以前、悪魔憑きの女性と会ったことがあります。
      悪魔の不在に涙を流した彼女を、あなたは知っているんですか!」

( #・∀・)「何を馬鹿なことを!
      キミが何を知っているというんだい。僕は悪魔についてだって知っているよ。
      ついこの間、ここにきた悪魔使いから色々聞いたからね!」

(´<_` )「えっ」

返ってきた反応は意外なもので、弟者の苛立ちが急速に萎えた。
むしろ、別の感情にとって代わられる。

91 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:54:05.57 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「ここに、悪魔使いがきていたのですか?」

( #・∀・)「そうさ! 僕は彼女からたくさんのことを聞いた。
      悪魔は真名によって制御できること、悪魔は生れ落ちると同時に箱に封じられてしまうこと。
      しかし、移動することも可能なこと!
      ほらみろ! キミはこれらのことを知っていたのかい?」

胸を張って叫ばれる言葉の中には、弟者の知らぬ情報もあった。
だが、弟者が欲しい情報はそれではない。
悪魔の出生や移動方法などはどうでもいい。

(´<_`;)「その悪魔使いは、いつ、何処へ?」

( #・∀・)「そんなことより、僕の話を聞けよ!」

(´<_`;)「聞いてたから、こうして尋ね返しているんです!」

茂羅はついこの間、と言っていた。
つまり、弟者が思っていた以上に、悪魔使いとの距離は縮まっているということではないか。
真偽を確かめるためにも、茂羅から話を聞かなければならない。

弟者は茂羅の肩を掴む。
力仕事などしないのであろう茂羅の肩は薄く、弟者の力で骨が軋んだ音をたてる。

(;・∀・)「痛いよ! 痛い!
      ほんの一週間前くらいさ。
      町へ行くって言っていたよ。その後は知らないけれどね!」

93 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/22(土) 23:57:38.49 ID:AfQSVYB10
   
一週間。
弟者と悪魔使いの間にあるであろう差はそれだけだ。

相手も動くので、そう簡単に捕まえることはできないだろう。
それでも、手を伸ばせば掠りはする距離に思えた。

(´<_`* )「そうですか……。
      ありがとうございます!」

心の底から喜びが溢れる。
弟者は茂羅から手を離すと、すぐさま背を向けて歩きだす。
もうしばし滞在していてもいい、という考えは捨てた。

明日、すぐに村を出る。
ここまで詰めた距離をまた引き離され、元の木阿弥にしてはいけない。

(;・∀・)「えっ? ちょっ……! 待ってよ!」

あっさり立ち去ろうとする弟者に、茂羅は思わず手を伸ばした。
不完全燃焼にも程がある。

弟者が悪魔憑きであり、悪魔使いを求めて旅をしていることを知らぬ茂羅からしてみれば、
唐突に変化した弟者の様子は奇妙なものでしかなく、口論を強制終了された理由がまったくわからない。
せめて、負けを認めてもらわなければ。

94 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:00:36.15 ID:X3uNAaiw0
   
(´<_` )「はい?」

( #・∀・)「突然、何だっていうんだ!
      僕のことを無視して!」

(´<_` )「お礼は言いましたが」

( #・∀・)「そういうことじゃない!」

明日のためにも、弟者は早く宿に戻りたかった。
準備してある荷物の最終確認と、早く起きるために早く眠る支度。
明朝に出立すると決めたのだから、やるべきことはいくらでも思いつく。

( #・∀・)「僕の知識の豊富さがよくわかっただろ?
      悪魔のことだって、僕は知っているんだ!」

己の正しさを、相手の非を認めさせようとする茂羅は、自分を中心に世界を回している子供と同じだ。
知識がある分、厄介な存在ともいえる。
その有害さは、この村に住まう人々ならば誰しも知っていることなのだろう。

(´<_` )「抜け殻には、視覚がないそうですよ」

( ・∀・)「え?」

唐突に、弟者が言った。
一瞬、茂羅は何を言われたのかわからなかった。

96 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:03:38.60 ID:AfQSVYB10
   
(´<_` )「気配を感じているらしいです。
      薄壁一枚挟んだだけで見失う、隙間がある柵でも見失う。
      そんな、間の抜けた存在だと」

(;・∀・)「何だ、それ……?
      知らない。僕は、知らない!
      嘘だ、どうして、キミがそんなことを知っているんだ?!」

口からでまかせを言っているのだと主張してみるが、弟者の瞳は風のない湖のように静かで澄んでいる。
嘘を言っているような目ではなかった。
また、茂羅は弟者のことをよくよく知っているわけではなかったが、
彼が咄嗟に嘘をつけるような、器用な人間ではないということだけは知っていたのだ。

(´<_` )「茂羅さん。やっぱり、世の中には知らないことがたくさんあるのだと思います。
      あなたは周囲と比べれば、たくさんのことを知っているのかもしれません。
      それを教えてくれる、というのは素敵なことなのでしょう。
      ですが、押し付けるのは違うと思うのです」

選択の自由はあるべきだ。
まして、知識というのは、使う人間によって価値や用途が変わる。
無理矢理押し付けてしまっては、塵になってしまうだけだ。

(´<_` )「人の気持ちや、話にも目と耳を向けてください」

弟者は言いたいことをすべて言いきると、
口を閉じて瞳を揺らしている茂羅を放って、宿へ帰って行った。

98 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:06:24.71 ID:X3uNAaiw0
   
その日の夜のことだ。
茂羅は自宅の書庫にいた。

( #・∀・)「くそっ。どうして、どうして、あんな旅人が、僕の知らないことを……」

整理されている本を、積み上げられている本を手に取り、目を通しては横に置く。
この場所にあるものなど、とうの昔に全て読みきっているのだが、改めて読まずにはいられなかった。

もしかすると、読み残しがあるのかもしれない。
今ならば新たな解釈が見つかるかもしれない。
そんな一心だった。

茂羅は弟者が許せなかった。
弟者との口論のきっかけになったともいえる村の者が許せなかった。
そうして、奥へ奥へと、許せぬことを突き詰めていくと、
己が村の中心人物となっていない状況が何よりも許せなかった。

知識のある者は、村の中心になるべきだ。
体を動かすことしか出来ぬ者をまとめてやり、指導していく。
茂羅の理想とする己の姿はそれであり、自身にその素質は十分にあると考えていた。

問題なのは周囲だ。
知能の差が激しいためか、村の者達は茂羅の言葉をわかろうとしない。
適当にあしらうことさえある。

( #・∀・)「くそっ!」

100 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:09:28.28 ID:X3uNAaiw0
  
どうにかして、村の者達に己を認めさせてやりたかった。
無知な人間は、知識ある人間に依存してしまえばいい、とさえ思う。

( #・∀・)「僕がこの村で一番、何でも知っているんだ。
      正しいことを知っているんだ。
      なのに、どうしてあいつらはわかろうとしないんだよ!」

茂羅は手にしていた書を床に叩きつけ、頭を掻き毟る。
乱暴に動かされた腕が、近くにあった本の山を崩してしまったが、彼は見向きもしなかった。

( #・∀・)「こんなのはおかしい……!
      もっと、皆、僕を大切にするべきなんだ。
      僕を求めるべきなんだ!」

昔々、幼い頃。茂羅は書から得た知識を周囲に披露して回っていた。
父も母も、村の者達もそれを微笑ましく見つめ、彼が語る知識に驚き、笑みを見せてくれた。
茂羅の心は、その頃から少しも変わっていないのだ。

体は成長し、周囲が彼の扱い方を変えてもなお、心が成長せずにいる。
それを咎める声は、知識という盾が邪魔で茂羅には届かない。

( #・∀・)「どうして、わからないんだよ!」

吐き出された言葉は、村の者達に向けられたのか、
どうするべきなのかわからぬ己に向けられたのか。

血を吐くような声を出し、茂羅はまた本の山を崩す。
紙が床に散乱する音が聞こえ、同時に、何か硬い物が落ちた音がした。

104 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:12:19.63 ID:X3uNAaiw0
  
( ・∀・)「……ん?」

聞き覚えのない音に、茂羅の苛立ちが隠れる。
わずかな明かりを頼りにして、床をきょろきょろと見回す。

( ・∀・)「何だ、これ?」

紙束ばかりの床に一つ、紙ではないものがあった。
茂羅はそれを広い上げると、目の近くに寄せる。

それは正方形の箱だった。
片手で掴める程度の、それ程大きくもない箱。
目立った装飾もなく、柄も描かれていない、地味な物だ。

( ・∀・)「ここに、こんな物、あったっけ?」

書庫は自宅の中でも、毎日足を運んでいる場所だ。
床に落ちている埃の数でさえ把握できてしまいそうだというのに、箱の存在に気付かぬなどありえない。
殆ど茂羅しか立ち寄らぬ書庫に、わざわざ箱を持ち込むような人間がいるとも思えない。

謎は深まるばかりだ。
中に何が入っているのだろうかと、軽く振ってみても音はしない。
空なのかもしれない。

( ・∀・)「開けてみるか」

何かが詰め込まれているという可能性もある。
茂羅は箱の謎をつきとめるべく、蓋に手をかけた。

107 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:15:43.10 ID:X3uNAaiw0
  
肉刺の一つもない指が蓋を開ける。
途端、茂羅の視界が黒く染まる。

( う∀ )「うわあ!」

箱を放り投げ、視界を染め上げた何かを払う。
手に何か当たる感触はないが、黒いモノは茂羅から離れたようで、視界が元に戻る。

(;・∀・)「何だ……?」

未知の体験、出来事に茂羅は後ずさる。
すぐに書庫から転がり出たい気持ちはあるのだが、生憎と腰が抜けてしまっていた。

わずかに離れたところに転がっている箱に目をやれば、そこから黒い靄のようなものが出ているのが見える。
目を覆われた時は、虫か何かかと思ったのだが、
払ったときの手の感触や、今見えている形状からも、そういうモノではないことがわかった。

札は見当たらなかったが、悪霊が封じ込められていなのかもしれない。
運が悪ければ、ここでとり殺されることだってある。
茂羅は固唾を呑む。

「願いを叶えてやる」

黒い靄から、低いような、高いような。
判別のつかない声がした。

108 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:18:34.52 ID:X3uNAaiw0
  
(;・∀・)「願い?」

確認するように呟き、今の状況に覚えがある気がした。
実際に体験したものではない。
しかし、知識として知っている光景。

つい最近、聞いた話。
または、幼い頃に聞かされた寝物語。

「何でも叶えてやる。
 お前の願い、思いをオレに託せばいい」

靄が改めて茂羅に語りかけた。
優しげなその声は、願いを確かに叶えてくれるのだろうと思わせる。
強制力はないが、抗い難い甘さが含まれた声。

茂羅は確信する。

(;・∀・)「もしかして……。
      キミは、悪魔、なのかい?」

震えた声で問いかけた。
その声色は、疑問ではなく確認の色をしている。

110 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:21:36.49 ID:X3uNAaiw0
  
茂羅の言葉を聞いた靄が大きく揺れる。
声こそないけれど、笑っているのだろう。

「そうだ。オレは悪魔だ。
 人間の願いを叶えてやる、しかし、恐ろしい存在」

悪魔は決まった形を持たない。
以前、村にやってきた悪魔使いから聞いていた通りだ。

手にした箱に見覚えがないはずだった。
憶測でしかないが、あの箱は移動してきたばかりだったのだろう。
茂羅の強い願いを感じとったのか、適当にやってきたのかまではわからない。

「どうする?
 オレを恐れ、願いをかけずにいるか?
 できることなら、オレはお前の願いを叶えてやりたいんだがなぁ」

願いの対価を得ることで、悪魔はより強い力を得る。
目の前の悪魔は、まだ多くを喰らっていないのかもしれない。

これは好機だ。
人は悪魔を恐れながらも、その存在が己の前に現れることを期待してもいる。
願いを口にするだけで、叶わぬと諦めていた思いが実現するのだから。

茂羅は拳を握る。
危険もある。抜け殻の醜悪さやおぞましさを知らぬわけではない。
けれど、手を伸ばさずにはいられなかった。

(;・∀・)「対価は?」

113 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:24:17.35 ID:X3uNAaiw0
   
「知識」

悪魔は端的に答えた。

(;・∀・)「魂でも、寿命でもなく?」

「そんなものはいらない。
 オレは人の知識が大好物なんだ」

靄には口がないというのに、舌なめずりした音が聞こえたような気がした。
手っ取り早く力を得るには、魂か寿命を喰らうのがいい、と茂羅は聞いていた。
もしかすると、まだ若いのではないかと思っていた悪魔は、存外歳を取っているのかもしれない。

「お前の頭にはたくさんの知識が詰まっているなぁ。
 それさえあれば、オレは何だって叶えてやれるぞ。
 心配するな。その知識がなくとも大丈夫だ。
 オレが願いを叶えてやるんだ。知識を失うに値するほどの願いを」

暗い靄が大きく広がる。
人間でいうところの、腕を広げた状態だ。

「さあ、選べ」

悪魔が笑う。

115 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:27:21.07 ID:X3uNAaiw0
  
茂羅は考える。

今まで集めてきた知識を失うと言われ、簡単に頷くことはできない。
どこまで奪われるのか、というのも問題だ。

けれど、死ぬわけではない。
抜け殻になるわけでもなく、願いが叶えられるのだ。

何故、今まで知識を集めてきたのかを思えば、答えは決まっている。
知ることが好きで、与えてやることが好きで。
人の注目を浴び、頼られることが好きだった。

( ・∀・)「僕はこの村の中心になりたい。
      誰もが僕のことを必要とし、求めるように。
      ないがしろになんてできないような存在に!
      そうして、ずっと僕の名が本に残るように!」

悪魔に手を伸ばす。

「契約成立だな」

楽しげな声だ。
茂羅の手が悪魔に触れる。

その瞬間、茂羅は体が緩く痺れるのを感じた。
禁忌に触れた証だとでもいうのか。
ただ、その痺れは、悪魔の声と同じく、ほの甘いものであった。

118 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:30:06.72 ID:X3uNAaiw0
  
朝、目を覚ました弟者が耳をすませてみるが、雨の音は聞こえてこなかった。
今日には雨があがる、という彼の予想は当たっていたのだ。
この様子ならば、次の町にたどりつくまで雨に降られることはないだろう。

心地良い朝の風を受けるべく、弟者は窓に手を伸ばす。
外の世界を目に収めるその寸前、背後から声が聞こえた。

( ´_ゝ`)「おはよう。今日は実にいい天気、とまではいえないが、旅をするには十分な天気だ。
      ならば、どうするべきかわかるな?
      さあ、早く用意をして、宿を出て、村を出ようではないか」

弟者は伸ばしていた手を下に降ろす。
窓の外に誰かがいないとも限らない。

(´<_` )「言われずともそのつもりだ。
      しかし、お前がそんなことを言ってくるとはな」

早く村を出たい、と弟者が考えているのは、茂羅から悪魔使いの話を聞いたからだ。
身の内に潜んでいた兄者も、彼の言葉は聞こえていたはず。
元々、弟者が悪魔使いに接触しようとしているのを止める気配はなかったが、
自分が払われてしまうかもしれないというのに、ずいぶんとのん気な様子だ。

( ´_ゝ`)「あんたの心は決まっているのだろ?
      決めたからには即実行だ。
      後に、後に、と回しても怠惰が募るだけ。
      さっさと行動に移すのが吉、というもの」

121 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:33:38.00 ID:X3uNAaiw0
   
弟者は兄者に促されるままに支度を整えていった。
不思議なことに、この時の兄者はいつものように弟者の神経を逆撫でするようなことは極力避けているように見えた。

(´<_` )「っと、思ったよりも早く整ったな」

( ´_ゝ`)「早いというのは良いことだ。
      時と場合によるだろうが、今、この時、悪魔使いに追いつこうという時に、早さが悪になることはない。
      オレは今一度姿を消そう。あんたは朝食でも買って、この村を出るといい」

言うや否や、兄者はあっという間に姿を消してみせた。
潔いその早さに、弟者は肩透かしを喰らった気分だ。

朝からその面を拝みたくなかった、だとか、雨がやんだ喜びが消えうせる、だとか。
鬱陶しい兄者に対する言葉は用意できていたというのに、使う機会は訪れなかった。

(´<_` )「なーんか、怪しいな」

頭を掻く。
何が兄者をそうさせているのか。
何を企んでいるのか。

しばし考えてみるが、思い当たる節はない。
今すぐこの村を出ることによって、弟者の身に降りかかる厄災も思いつかない。

違和感は拭えなかったが、弟者は素直に村を出ることに決めた。
兄者の台詞ではないが、悪魔使いを追いかけるためには、少しでも早く行動することが必要だ。

123 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:36:10.73 ID:X3uNAaiw0
   
女将に挨拶をし、歩きながらでも食べられる物を購入した弟者は、すぐに村を出た。
地面はぬかるんでいるが、視界は良好。進むのに不便はない。

( ´_ゝ`)「自由をこよなく愛するオレとしては、村の中は窮屈でしかたがなかった。
      あんたと話をすることもあまりなかったしな。
      さて、話せなかった分を取り戻すように会話でもしてみようか?」

(´<_` )「お前と話したいことなどない。
      第一、何だかんだといって、部屋に誰もいないときは出てきていただろ。
      取り戻すだけの空白もないわ」

( ´_ゝ`)「それでは、取り戻すのではなく、今日という日の会話を積んでいこう。
      あの村は楽しかったか? 飯は美味かったか? 悪魔使いに会うことが楽しみか?
      名残惜しい思いもあるかもしれんが、あんたには目的がある。
      一期一会を楽しむがいい」

(´<_` )「一つのところに留まることができないのは、どう考えてみてもお前のせいだがな」

弟者は兄者を睨む。
悪魔使いの情報を得たため、急いで村を出ることにしたのだが、
あのまま数日、村での生活を満喫していれば、兄者は不自由に耐えかねて人前で姿を見せていたかもしれない。

今朝の様子がおかしかったのも、一刻も早く自由の身になりたいという思いがそうさせたのだろう。
考えてみれば、実にしっくりくる結論だ。
己の考えに満足した弟者は、村で買ったおにぎりを頬張る。

126 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:39:06.42 ID:X3uNAaiw0
    
(´<_` )「悪魔使いと会う……。
      目標としてきていたが、現実味を帯びると、また違った心持ちになるな」

( ´_ゝ`)「オレも楽しみではあるぞ。
      どのような悪魔を使役しているのか。
      どのような人間がそうであるのか」

(´<_` )「興味があるのか」

( ´_ゝ`)「好きだとはいえない類の人間ではあるがな。
      あんたが会うと決めたのならば拒絶はしない。
      後は楽しみにするくらいしかできないだろう」

ある種の達観だ。
口はともかくとして、兄者は弟者に忠実な面がある。
弟者が自分で選び、進む道を塞ぐことはない。

(´<_` )「悪魔を使役する人物だ。
      会えば、お前も恐れおののくのかもしれないな」

その光景を想像し、弟者は小さく笑う。
対して、兄者は暗い色を帯びた笑みを浮かべた。

( ´_ゝ`)「はてさて。それはどうだろうな。
      悪魔っていうのは、あんたが思っているよりも、ずっと恐ろしい存在だ。
      使役しているようで、その実、悪魔の思い通り、手の上。
      何てことがないとも限らない」

127 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:41:44.59 ID:X3uNAaiw0
    
ここからの話は、弟者と兄者の旅路とは別の話。
単なる余談。しかし、記されるべきもの。


弟者が訪れたあの村は、彼が発ってから一年もしないうちに潰えてしまった。
以下は、村人が書き記したものだ。

『この村は呪われてしまったのだ。
 いつだったのか、正確な日はわからない。
 しかし、ある日、それはやってきた。

 病が村を覆ったのだ。
 始めは風邪のような症状だったそれは、しだいに悪化していき、
 体が痛み、吐血し、肌が腐り、そのうち動けなくなった。

 原因不明の病に村は恐怖した。
 だが、病に罹り、眠っていた者達が、あるお人の名を口にし始めた

 その方は、えらく知識があるお人で、それを頼りにしているのかと思った。
 病が流行る少し前から、知識の押しつけは減っていたが、村の者達はあのお人に頼る他なかった。
 オレ達はそのお人に病に罹った人を見せた。

 するとどうだ。伏していた者は起き上がり、その方を噛んだ。
 傷口から流れた血を舐めた病人は、何と痛みを訴えるのをやめた。
 あのお方も驚いていたが、我々も驚いた。
 そうして、数日間、あのお方の血をわずかばかり与え続けていると、その者の病は綺麗に消えうせたではないか。

 我々はあのお方に感謝の言葉を捧げ、崇め奉った。
 村で一番の品と喜びの気持ちを送り続けた。』

129 名前:以下、転載禁止でVIPがお送りします 投稿日:2014/03/23(日) 00:43:50.00 ID:X3uNAaiw0
『始めはそれで良かった。
 あのお方も、役にたてて嬉しい、と言ってくださった。
 けれども、しだいに、綻びができ始めた。

 病は完治するわけではなかったのだ。
 血を与えられぬままにしておくと、健常になった人間の身に再び病が舞い戻ってくるのだ。

 始めは一週間もっていた。
 それが、健常と病の間を行き来するうちに、五日、三日、と短くなり、
 最後には毎日、あのお方の血が必要になった。

 苦しくて、ああ。そうだ。苦しい。
 今も痛い。体が、中から虫に食われているようだ。
 目もよく見えない。手を動かすのも痛い。だが、書かずにはいられない。
 あのお方のことを、あの人、あいつ、あいつのことを残さなければ。

 病に苦しんだ村人達の間で、争いが起こった。
 痛みに呻き、眠ることしかできなかったはずの我々が、どうしてかその時ばかりは動くことができた。

 人々はあいつの血を求め、独り占めにしようとし、武器を手に戦った。
 オレも殺した。隣の爺様だった。

 屋敷に隠れていたあいつは、村人に見つかり、手足を引っ張られ、無残な姿で死んでいった。
 もう、ここに病を治す薬はない。
 後は死ぬだけだ。

 ああ、それにしても、あいつが言っていた「こんなはずではなかった」は、どういう意味なのだろうか。
 茂羅の頭の中では、どうなる予定だったというのか』




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