(´<_` )悪魔と旅するようです
1 名前: ◆UJEaB9eZsVvR 投稿日:2013/09/20(金) 15:06:09.69 ID:CZ9UuaJX0
  
「どうして、これはオレの願いを叶えてくれるの?」

闇が動きを止める。
それに対して、男が笑う。
彼は笑いを堪えるようにして言った。

「そこにいるのが、とても優しい生き物だからだよ」

制止していた闇が、呆れるようにうねる。
だが、子供には男が嘘をついているようには思えなかった。

子供は覚悟を決める。
男の全てを信じなければならない。
信じなければ願いを口にできない。
願いを口にできなければ、願いは叶わない。

危険を承知で、それでも疑うことには蓋をして、子供は口を開く。
己の願いを闇にかけるために。



(´<_` )悪魔と旅するようです

まとめ様
http://boonrest.web.fc2.com/genkou/akuma/0.htm
REST〜ブーン系小説まとめ〜 様  (二話目まで)
http://lowtechboon.web.fc2.com/devil/devil.html
ローテクなブーン系小説まとめサイト 様

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:09:38.73 ID:CZ9UuaJX0
      オモイデ
第六話 時 間

暖かな気温は人々に安らぎを与える。
不本意なままに旅を続けている弟者だが、思わず鼻歌でも奏でてしまいそうになる程のうららかさだ。
これが近所の散策であったならばどれだけ良かっただろう。

( ´_ゝ`)「やはり春はいいな。心が穏やかになる。
      冬の間は眉間にしわをこびりつけていたあんたも、ここ最近はしわが消えていようだ。
      実に良いことだと思うぞ。その歳で眉間のしわが取れなくなってしまっては見栄えが悪い。
      何と素晴らしい季節だろう。美しい四季折々の中でも、オレは春が一等好きだ」

体を伸ばした兄者が、近くに咲いていた花を摘み取る。
淡い色の花は控えめで可愛らしい。

姿と同じく香りも控えめなその花に、兄者は鼻を寄せた。
悪魔である彼が花の香りを判別できるのかは不明だが、どことなく満足げだ。
まるで人間のようなその仕草に、弟者は心が逆撫でされるのを感じた。

(´<_` )「しわの原因は間違いなくお前だ」

軽く舌打ちをし、眉間のしわを伸ばすように指を動かす。

旅をしているのも、眉間にしわが刻まれるのも、原因は全て兄者にある。
彼さえいなければ、どれもこれも与えられていなかったはずのものだ。

(´<_` )「姿を出すとは言わんが、せめて黙っていろ。
      最悪、独り言でも構わん。オレに話しかけるな」

視線だけを向けて言葉を乱暴に投げた。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:14:03.84 ID:CZ9UuaJX0
   
( ´_ゝ`)「おや、珍しいこともあるものだ。
      あんたならば、話しかけるな、言葉を吐くな、姿を見せるな、とでも言うかと思ったよ。
      これだけ長い時間を共にすれば、譲歩の気持ちが生まれるのか。
      それとも、この春の雰囲気に流されたか?」

兄者は口の端をつりあげて弟者を見下ろす。
楽しげな彼は、手にしていた花の茎を摘み、くるりくるりと回した。

(´<_` )「心に多少のゆとりができていることは否定しないでおこう。
      このうららかな陽の中で、怒りに身を任せるというのも馬鹿らしい」

( ´_ゝ`)「一つ前の春を考えれば、あんたもずいぶんと成長したということか。
      怒りは命を削ると聞く。長く生きたいのならば笑って生きることだ。
      さあ、わずかな年月を重ね、成長したあんたへ春のおすそ分けだ」

手にしていた一輪の花を弟者の頭へと乗せる。
だが、弟者の姿はお世辞にも華奢とはいえず、美麗ともいえない。
可愛らしい花で飾るには、不釣合い極まりない外見だ。

( ´_ゝ`)「よくお似合いだぞ。だが、強いていうならば花が小さすぎたか。
      その大きさの花ならば、もう二、三は必要だな。
      強調し過ぎない方が洒落ているというが、あまりにもささやか過ぎても面白みに欠ける」

兄者はニヤケ面を隠さず、そのまま表に出している。
小馬鹿にしているというよりは、遠縁の子供を構っている年長の顔だ。

下手をすれば、小馬鹿にされているのよりも腹が立つ。
笑みを隠さぬ兄者に対し、弟者は怒りを隠さない。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:17:12.87 ID:CZ9UuaJX0
  
(´<_`# )「ふざけるな!」

頭の上に乗せられた花を瞬時に掴み取る。
苛立ちのままに、地面に叩きつけようとして、寸前のところで思い止まった。
摘まれてしまった花に罪はない。
弟者は振り上げた腕をそっと降ろす。

わずかな理性により、花弁を儚く散らすことはなかったが、かといって苛立ちが収まったわけではない。
よって、弟者は怒りを正当な方向、つまり兄者へと向ける。

(´<_`# )「前言撤回だ! とっとと消えろ!」

勢いよく吼えた。
眉間には、先ほど指摘されたしわがくっきりと刻まれてしまっている有様だ。

( ´_ゝ`)「何を怒っているんだ。別に毒を盛ったわけでもなし。
      心にゆとりが出来る程に春が好きなのだろ?
      その花は春の一部。喜ばれはすれど、怒鳴られる筋合いはない。
      心を込めた贈り物を叩きつけなかった辺り、あんたの良心がわずかに見えがな」

(´<_`# )「まず一つ、オレは男で、身を花で着飾る趣味はない。
      二つ、無邪気で無知な子供扱いをするな。
      三つ、贈り物などと言うな。今すぐにでも叩きつけてやりたくなる」

唸るようにして苛立ちの理由を並べていく。
指先でつままれた花が、弟者の怒りと連動してわずかに震えている。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:20:31.06 ID:CZ9UuaJX0
  
( ´_ゝ`)「花が女子供のものだと誰が決めた?
      本当の伊達男には花がよく似合うと相場が決まっているのだ。
      体が大きい屈強な男が好かれる時代は終わっている。
      これからを生き、好いた惚れたを楽しみたいのならば花の似合う男を目指すのがいい。
      あんたが自分に花など似合わない、と思ったのならば、所詮それまでの男だったというだけの話」

一つの不満が二、三、十の言葉の応酬として返される。
そこに強い否定を込めて返してやることは難しい。
巧妙な言葉を扱うところが、兄者の嫌味なところだ。

彼の言う通り、最近は伊達男が女に持て囃される傾向にある。
弟者の脳裏に、ただの人間として村で暮らしていたときの記憶が甦った。

男である彼は、当たり前のように、近所に住んでいた女へ思いを寄せたことがある。
しかし、弟者の思いは報われることはなかった。
理由は至極簡単で、彼が思いを寄せた女は、村でも有名な伊達男に恋をし、めでたくも結ばれたというだけのこと。

(´<_` )「……体格がいいのは親譲りだ」

嫌な記憶を掘り起こしてしまい、弟者は幾分か落ちた声で言葉を返す。
無論、当時から弟者の身の内に潜んでいた兄者は、弟者の思いが実らずに終わってしまったことを知っている。
ここまでの効果を発揮したのは予想外であったが、おおよそは思い描いた通りの反応だ。

( ´_ゝ`)「言い訳は感心しないぞ。
      体格が良かろうが、悪かろうが、伊達男にはなれる。
      内面や仕草、身にまとう品を変えようとしないから変わらないだけのこと」

珍しく、兄者の言葉が一直線に弟者の胸へ刺さった。
頑固なところがある弟者は、色恋のために自身の有り方を変えようとはしてこなかったのだ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:23:24.54 ID:CZ9UuaJX0
   
(´<_` )「お前には関係ない」

さっさとこの話を終わらせてしまおう。
そんな考えで弟者は歩みを進めながら言葉を口にした。

( ´_ゝ`)「いやいや、オレはあんたの兄だからな。
      女ッ気のない旅を続けて、あんたが女の扱い方を忘れたらどうしようかと、気が気じゃないさ。
      せめて、外身だけでも女好きする方が有利だろ?」

(´<_` )「余計なお世話だ。
      お前がいなくなれば、オレもそれなりに恋をして、妻を娶り、子を儲ける」

わずかに調子を取り戻したようだが、それでもまだ普段よりも落ち込んだ雰囲気だ。
怒りというよりも、拗ねた雰囲気が感じられる。

( ´_ゝ`)「素っ気ない返答だこと。
      それなり、などつまらないことこの上ないぞ。
      恋はそこいらの生物にはできない行為だ。できる喜びを盛大に甘受し、行動するべきだ」

弟者が色恋について濃く語るとは、始めから思っていない。
だが、つまらないものはつまらないのだ。
兄者は恋を声高に語ってやった。

(´<_` )「何だ。春にでもあてられたか?
      恋など、お前には似合わない言葉だ」

辟易とした様子で弟者が答える。
昔から彼は色恋について話すのが苦手だ。
友人同士でさえそうなのだから、悪魔となどできるはずがない。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:26:16.86 ID:CZ9UuaJX0
  
( ´_ゝ`)「似合うも似合わぬもあるものか。
      醜男であろうと、醜女であろうと、恋くらいはするし、その権利を持っている。
      あんたは外見や身分で、恋を口にすることに似合いや不似合いを捺すのか?
      どのような人間であっても、心は平等だと思っていたのだがなぁ」

(´<_` )「見た目の話などするものか。
      お前の外見で恋を語るな、と言ってしまえば、忌々しいことだが、オレにその言葉が返ってくる」

弟者はわかりやすく顔をしかめた。
自身の姿と兄者の姿が殆ど同じだというのは、否定できない事実であり、目隠しをしてでもそらしてしまいたいものでもある。
できることならば、口にしたくない現実だ。

( ´_ゝ`)「本当に成長したものだ。そこに気づくとはな。
      だとすれば、あんたが言いたいのは内面か?
      それも失礼な話ではあるがな。あんたの目から、オレがどう見えているのかは知らんが、
      極悪人であったとしても、一時の恋慕に囚われることもあるだろう」

返す言葉の一つが防がれたところで、兄者の口が沈黙するはずもない。
幾通りも用意してあったものから、別の言葉を投げるだけだ。

(´<_` )「ああ、オレも悪人が恋によって改心する類の話は嫌いでない」

よくある物語の一つだ。
長らく描かれ続けているだけあって、常に一定数の支持を得ている。
だからこそ、弟者は内面を理由にしたのではない、と言外に告げた。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:29:18.29 ID:CZ9UuaJX0
  
(´<_` )「内面でも外面でもない。
      悪魔には似合わんと言ったんだ」

それは人々が忌み嫌う存在だ。
同じ言葉を使っているというのに、価値観も生きかたも姿形でさえ違う。
さらに、悪魔は人知の及ばぬ力を持ち、行使さえしてみせる。
理解の及ばぬモノを人は恐れる。

普通の人間にとって、悪魔はただ恐ろしいばかりだ。
恋や愛のような、人の持つ感情の中でも美しいものとされているものが似合うとは思えない。
弟者の言葉は、そんな、いかにも人間らしい発想からきたものだった。

当然、兄者にも予想できていた返しでもある。
けれど、間延びした感嘆詞を頭に置きながら、次に口にされた言葉は、彼が想定していたどの言葉でもなかった。

(´<_` )「悪魔も普通に恋したりするもんなのか?」

事も無げな声だ。
自分が平凡な発想を口にしている、と信じて疑っていないのだろう。
兄者を見上げて、首を傾げている。

(´<_` )「お前達がどのような方法をとって繁殖しているのか、
      否、そもそも繁殖しているのかすら知らんが、
      春が一等好きだ、と言うくらいには人間臭いところがあるようだしな」

人間と同じように、恋をして、愛を育み、子を成すのかもしれない。
弟者は自分の想像に少し笑った。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:32:12.86 ID:CZ9UuaJX0
  
何を言っても、想像できない。
己が身に宿っている、兄者と名乗っている悪魔が、恋をしている姿も、子を成した様子も、
どれ一つとして、しっくりくるものがなかった。

(´<_` )「おい。どうなんだ」

笑いを抑え切れぬまま、弟者は問う。
半分からかいを含んだ物言いとはいえ、彼が兄者へ素直に問いかけるというのは珍しい。
これも春が生み出す魔法の一つだとでもいうのか。

( ´_ゝ`)「……そうだなぁ。
      残念なことに、オレは恋というものをしたことはない。
      だが、するときはするのだろうさ。
      悪魔も生きていて、言葉を話し、感情を持っている」

彼にしては珍しく、何の裏も意図も見えない口調だ。
加えて、どこか懐かしむような色が感じられた。

時々、兄者はこの目と、表情を見せる。
悪魔とはいえ、今まで生きてきたのだ。
過ごした時間に比例して、思い返す過去があるのだろう。

(´<_` )「恋の一つもしたことのないお前が、オレの色恋に口を出してくるとはな」

肩をすくめる。
顔には出さないが、弟者はつまらなさを感じていた。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:35:26.49 ID:CZ9UuaJX0
  
兄者は悪魔で、弟者よりも遥かに長い時間を生きている。
埋めようのないその差は、出会ったときからわかりきっていたことだ。

弟者の知らぬ時間を兄者は生きてきた。
そこには、美しい思い出も、胸糞の悪い思い出もあるのだろう。

そんなことは当たり前のことで、今さら何か思うことすら馬鹿馬鹿しい。
ただ少し、弟者は兄者と近い距離にいすぎただけだ。
自分の知らない思い出を見せつけられ、仲間はずれにされた気分に、わずかとはいえ、なってしまうほどに。

( ´_ゝ`)「恋をしなければ恋を語ってはいけないのか。
      御伽噺を口にするには、物の怪と会っていなければならないのか。
      仇討ちを書くためには、仇討ちをせねばならないのか。
      経験というものは、時に必要のないものでもあるのだというのに」

ありえない、と意識せず感情に蓋をしている弟者に気づいているのか、いないのか。
長々と言葉を紡いでいく兄者はいつも通りの調子だ。

(´<_` )「物の怪や仇討ちと違い、恋は身近なものだ。
      誰もが体験しうる事柄ならば、体験していない者よりも、した者の言葉が優先されて当然だろう」

( ´_ゝ`)「一つや二つ、十や二十の恋を見聞きし、時には体験した、というだけなのだろ?
      オレは違うぞ。ずっと長く悪魔をやっていれば、色恋の話くらい山のように見聞きした。
      そこに実体験が伴っていないだけ。五十も百も人間の恋模様を客観的な視点から関わってきたのだ。
      あながち無駄にはならぬ指南ができると自負している」

(´<_` )「心の内に留めるだけにしておけ」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:38:20.62 ID:CZ9UuaJX0
  
兄者の調子に引きずられるようにして、弟者も普段通りに戻っていく。
言葉には多少の棘を。
目線には鋭さを。
春の魔法は、それらを少しだけ抑える。

(´<_` )「悪魔なんぞの視点から見た色恋なんぞ役に立つものか。
      精々、次の宿主を誑かすときのためにとっておくんだな」

( ´_ゝ`)「誑かすとは酷い言われようだ。
      他の悪魔のことはそう知らんが、オレは善意で手を差し伸べているというのに。
      第一、色恋関連の願いなんぞ、そうそう叶える気になれん。
      大抵はありきたりでつまらないものだからな」

彼がつまらないものを切り捨てるのは常のことだ。
封印されているらしい悪魔が、宿主をどのようにして選ぶのかなど弟者は知らないが、一つだけ気になったことがある。

(´<_` )「ならば、オレの願いは面白かったとでもいうのか?」

願いを託した覚えはない。
今までも、これからも否定し続けるつもりではある。
しかし、現実として悪魔は弟者にとり憑いているのだ。

契約を交わした覚えはない。
それに対して兄者は、願ったからこそ現状があるのだ、といつも返してくる。

見知らぬうちに交わされた契約を信じるわけではないが、
悪魔本人がしたのだと言い張るならば、それは面白いものだったからこそ、なのだろうか。
不意にわいて出た、かすかな疑問だった。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:42:19.65 ID:CZ9UuaJX0
  
弟者の問いかけに、兄者は口を三日月のようにした。

( ´_ゝ`)「勿論。そうでなければ、オレはここにいない。
      あんたの願いは、とても面白いものだった。
      思わず手を貸したくなるような。こうしてとり憑いてやって、叶えてやろうと思える程度には」

具体的な願いは口にしない。
質問の答えだけを渡してやる。

(´<_` )「お前が面白いと思うような願い、ねぇ……」

碌なものが浮かばなかった。
人を混乱させるようなものや、見ていて馬鹿馬鹿しくなるようなもの。
想像は多岐に渡るが、そのどれも弟者が口にしそうな願いではない。

(´<_` )「やはり覚えがないな」

( ´_ゝ`)「至極残念無念。
      しかし、覚えていないことが、無かったことになるわけではない。
      安心しろ。あんたが覚えていなくとも、オレがちゃんと覚えておいてやろう。
      その時が来れば叶えてもやろう」

(´<_` )「お断りだし、その時などこない。
      それよりも先に、お前は払われるのだからな」

今さらどうにもできなくなってしまった花を見た。
捨てるにも気が咎める。荷物になるとまではいわないが、多少邪魔ではあった。
目線の位置に花を掲げた弟者は、それをそっと鼻に近づける。
かすかに香りがした気もするが、離れれば消えてしまうほどのものだ。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:45:14.87 ID:CZ9UuaJX0
  
(´<_` )「仮に、オレが何かを願っていたとしても、叶えられることが幸福とは限らない」

花から兄者へと視線が移動する。

(´<_` )「忘れてしまったもののために何かを食われる。
      それくらいならば、願いなど忘れたまま、平凡に暮らしていた方が幸せだ」

契約を交わし、願いかけたことすら否定し続けていた弟者の口から出た言葉だとは思えない。
あくまで仮定の話だとしても、今の弟者は悪魔との契約を肯定しているも同然だ。
その上で、平凡な暮らしの幸福さを説いている。

兄者は少しだけ目蓋を閉じた。
裏側に浮かぶのは、願いを叶えてやった人間や、別の悪魔によって願いを成就させた人間。
幸せになった者もいる。
不幸になった者もいる。

時として、人の願いは彼ら自身を不幸へとつき落す。
何十年、何百年と種を存続させてきたくせに、多くの人間はそのことに気づかぬまま死んでいく。

( ´_ゝ`)「もっともな話だ。三つの願いを有効に使い、幸せになれるのは物語の中だけ。
      現実は非情で、見通しが利かない。
      幸せの向こう側が、断崖絶壁であることも少なくはないだろう。
      そこに気づけた、聡くなったらしいあんたに朗報だ。
      悪魔との契約は、交わされた限り破棄できない。
      今さら気づいたところで遅いのさ。オレは、必ず、あんたの願いを叶える」

叶えてやった後のことなど、悪魔は考えない。
目の前に差し出された願いを叶えてやるだけだ。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:48:27.84 ID:CZ9UuaJX0
   
(´<_` )「迷惑なことだ。
      さっさと払ってしまうに限る」

( ´_ゝ`)「手を出したあんたが悪いのさ。
      後悔するくらいならば、手をしっかりとしまっておくことだった。
      そうすれば、悪魔使いが見つかるかどうか、オレを払うことができるのかどうか、
      不確定な状況に踊らされて旅をすることもなかった」

わざとらしく肩をすくめてみせる。
呆れたため息でも付加しそうな様子だ。

(´<_` )「可能性があるのなら動く。
      オレは諦めない。お前を払うまで絶対に」

( ´_ゝ`)「知っている。何度も聞いてきた。
      頑張ればいい。どうせ、オレはあんたから離れられない。
      見ていてやるさ。オレとあんたの決着がつくその時、瞬間まで」

二人の間に口論は生まれなかった。
言葉を投げ合っているものの、そこに険悪さはなく、穏やかに雑談をしているのと変わらない雰囲気だ。
まどろむのに丁度いい暖かさに、相応しい様子がそこにはある。

(´<_` )「そろそろ村に着く頃か」

弟者は軽く体を伸ばした。
ここしばらくは野宿ばかりだった。
外気に晒された場所で眠ることも可能な季節になっているが、硬い地面の上での睡眠は決して快適ではない。
柔らかな布団が恋しくもなる。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:51:26.08 ID:CZ9UuaJX0
   
今夜の寝床に期待を膨らませずにはいられない。
上等な布団でなくても構わないが、薄く硬い布団は勘弁したいところだ。

弟者がそんな思いを巡らせている間に、兄者の姿はかき消えていた。
出現時も、消え去ると時も、口を開いている時からは想像もできぬ程に彼は静かだ。
その神出鬼没さには、もうずっと毎日を共にしている弟者でさえも驚くときがある。

(´<_` )「ようやく静かになったな」

目を細め、空を見上げる。
青い空とゆるやかな太陽は、日向ぼっこに最適な具合だ。
そこに静けさが加われば最高に決まっていた。

(´<_` )「あー、今日は早めに寝るかな」

欠伸をし、もう一度体を伸ばす。
しばらく足を進めれば村につくのだ。
睡魔に負けている暇などない。

眠気覚ましという意味では、兄者との会話は役にたっていた。
あのよく動く口に付き合っていれば、意識が半分揺らめくようなこともない。

とはいえ、弟者はそれを望みはしなかった。
和やかな気分に浸っている今日という日だからこそ、苛立ちの原因からは離れていたいものだ。
昔から、静かな空間に身を置くことを好んでいた彼ならばなおさらに。

家族が多かったからかもしれない。
狭い家の中に、静けさが満ちることは殆どなかった。
家から離れたときに訪れるそれは、ちょっとした異空間のようで、幼い弟者に安らぎを与えたものだ。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:54:21.04 ID:CZ9UuaJX0
  
(´<_` )「ずーっと村にいれば静かなまま、ってわけにいかないのが辛いところだ」

言葉が返ってくることはないと知りつつも、弟者は思いを外側に出した。
返事はなくとも伝わっている。それを知っているからこそだったのかもしれない。

村や町が近づけば、とりあえず兄者は姿を消す。
騒がれることが面倒なのだと、いつだったか言っていた。
いっそ、そのまま出てこなければいいのに、と弟者が思ったことは数えるだけ無駄だという程ある。

面倒だと言うわりに、兄者は何かの拍子にあっさりと姿を現してしまうのだ。
それがなければ、今頃弟者はどこかの村に馴染めていただろうに。

(´<_` )「おっ。見えてきた」

自然音に耳を傾けながら、黙々と歩いていると、お目当ての村が見えてきた。
目的地が見えれば、進む気分も増すというものだ。
弟者の足が進む速度も、心なしか速くなる。

この分ならば、太陽が傾く前に宿を取ることもできそうだ。
浮かれた気分で弟者は歩く。
唐突にそれが止まったのは、視界の端に映ったものが原因だった。

(´<_` )「……家?」

目線を向けた先にあるのは、どこからどう見ても民家だ。
多少の古さは見えるが、廃屋といった風ではない。
どこにでもある年季の入った家だ。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 15:57:34.57 ID:CZ9UuaJX0
  
弟者は古びた家と、まだ少し遠くにある村を何度か見比べた。
建築に詳しくはないが、村にある建物と、目の前にある建物はよく似ている。
同じ建築方法なのだろう。

だとすれば、村と家が無関係だとは思えない。
家が建っている場所は、村外れというには村から離れ過ぎている。
これでは、村にたどりつく前に、抜け殻と出会ってしまう可能性が高いはずだ。
駆け抜ければ何とか助かるだろうけれど、危険は大きい。

(´<_` )「村八分にでもあったか……?」

ありえない話ではない。
苦労を伴うもののどうにか生きていける、といった場所に、
村の邪魔者を追い出すことは珍しいことではなかったりする。

人が嫌いであったり、特殊な理由を抱えて村や町から離れて暮らす者もいるが、
抜け殻が跋扈するこの時代、それは特殊すぎる例といえるだろう。

(´<_` )「関わらないでおくか」

家の主が何をしたかなど、弟者には知るよしもない。
悪人だからこそ追い出されたのか、村特有の掟やしきたりによって善人が追い出されたのか。
どちらの可能性も同じだけ存在している。

一つ言えるのは、そのどちらであったとしても、村に合わぬ者だということだけは確かなのだ。
今から村へ向かうというのに、村民の気分を害するようなことをわざわざする必要はない。
ぽつりと建っている民家から顔を背けた弟者は歩きだす。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:00:22.90 ID:CZ9UuaJX0
足を数度動かしたところで、草むらが音を立てた。
抜け殻かもしれない、弟者はとっさに身構える。

相手の姿を確認できたのならば、すぐにでも村へ向かって駆けだすつもりだ。
逆に、相手の姿が見えない状態のままならば、一先ずはじっとしておくべきだった。
下手に動くことで、抜け殻の目に止まるはめになってはかなわない。

(´<_`;)「……」

弟者は息を潜める。
本来、抜け殻が相手ならば気配を消す必要はない。
彼らは気配や匂い、音を感知していないというのは、弟者も兄者から聞いたので知っている。

しかし、必要がないからといって、命の危険を前に、平然としていられるわけがない。
思わず呼吸を静かなものにしてしまうのは自然なことだ。

いつでも走れるように足に力を入れ、草むらの音を聞くために耳をそばだてる。
草の音にだけ聴力を向けていたいというのに、弟者の心臓はやけにうるさい。

ふと、兄者の姿が見えないことを疑問に思った。
悪魔であるためか、生きた長さのおかげか、彼は抜け殻の気配を感じることができる。
近くに村があるとはいえ、この事態に兄者が姿を見せないのに違和感を覚えた。

基本として、兄者は弟者を危険へ導くことはない。
むしろ、危険から遠ざけようとしていることの方が多い。
その考えからいくと、現状に危険は存在していないのだろうか。
弟者がそんなことを思い始めたときだ。

目視できる距離にある草むらが揺れた。
音をたてている正体が姿を現す。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:03:20.43 ID:CZ9UuaJX0
川 ゚ -゚)

現れたのは女だった。
何一つ欠けていない体は、抜け殻のようには到底見えない。

流れる黒髪は艶やかで、着物から出ている肌は滑らかだ。
町中を歩いていれば、十人中九人が振り返ってしまうだろう。
振り返らない一人は盲だ。

姿形だけで抜け殻を判別するのは危うい、と弟者は経験から学んでいる。
その経験を持ってして、彼は断言できた。
彼女は抜け殻でない、と。

凛とした雰囲気や、目的を持って動いている足、生気のある目。
どれをとっても、抜け殻ではない証拠となる。
手に食糧が入った籠を持っているというのも、生きた人間にしかできぬ行動だ。

美しい女は、どうやら弟者の存在に気づいていないらしい。
彼女の真っ直ぐな瞳は、ぽつりと建てられている家に向けられており、足もその方向へ進んでいる。

理由はわからないが、あの家に用事があるらしい。
あるいは、彼女こそ村八分にされた張本人ということもありうる。

惜しいことではあるが、関わりを持たぬ方が得策だ。
弟者は視線を女から村へ移す。
その時だ、弟者は兄者の姿を見た。

(´<_`;)「おい、何で出てきてるんだ」

女に気づかれぬよう、声を潜めて言う。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:06:25.91 ID:CZ9UuaJX0
そして、弟者は驚きに目を見開くこととなった。
あの兄者が、いつも飄々としており、笑み以外の表情を浮かべていることの方が少ない兄者が、
明らかに困惑と驚愕を浮かべていたのだ。

(´<_`;)「お、おい……?」

ふわりと浮いている兄者は、弟者の言葉に耳をかさない。
何も返さず、じっと女の方を見ている。
その顔に浮かんでいる感情は、姿を変えることなく、兄者に張り付いていた。

(´<_`;)「どうしたんだよ!」

思わず声が大きくなった。
異常としか言えぬ事態に、弟者も気が動転していたのだ。
まだ近くに女がいることを理解しきれていなかった。

川川 ゚ -)

後ろ姿しか見えなかった彼女が、わずかに弟者達の方を見る。
今まで彼らの存在に気づかなかったほど鈍い女でも、大声を聞けば流石に気づいたらしい。
黒い髪が揺れ、女の目鼻を隠すのを止めた。

彼女の顔が、体が、弟者達の方を向く。
目には悪魔が映っているだろう。
叫ばれるかもしれない。逃げられるかもしれない。

弟者の頭の中には様々な可能性が渦巻いていた。
しかし、そのどれよりも早く、考えもつかなかった可能性が飛び出した。

(;´_ゝ`)「空!」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:09:40.21 ID:CZ9UuaJX0
   
兄者が声をあげたのだ。
長々と言葉を紡いでいくことに特化した彼の口が、たった一つの単語だけを口にした。
他に口にするべきものが見つからなかったとばかりに。

弟者はそんな兄者を呆然と見ていた。
驚くより他に、出来ることなどありはしなかった。

川 ゚ -゚)

黒曜石の瞳が弟者を映し、兄者へと移動する。
表情は変わらず、怯える様子も見せない。
目は見えているようだし、悪魔という存在を知らぬ程の阿呆とも、恐怖に蓋をしているようにも思えない。
女はただ、目の前にある事実を形のままに受け止めているようだった。

川 ゚ -゚)「何故、私の名を?」

姿に見合った美しい声が言葉を返してきた。
音色と呼ぶに相応しい声は、こんな状況でなければ弟者の心を癒したのだろう。
残酷な現実は、悪魔憑きであることがバレてしまったという焦りと、
今までにない兄者の様子に対する疑問で、麗しい音色に耳を傾けている余裕など消し去っていた。

混乱を極めている弟者は、女と兄者の顔を交互に見るばかりだ。
理解の及ばぬ状況下で、下手に口を出せばさらなる泥沼にはまりかねない。

答えを得られずにいる女は、さらに問い詰めてくることもなく、黙って兄者と弟者の二人を見ている。
彼女のことを全く知らない弟者だが、このまま無言を貫いていれば、
同じように女も目をそらさぬままに立っているのだろうと予想がついてしまった。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:13:24.11 ID:CZ9UuaJX0
つまるところ、状況を打開できるのは兄者だけなのだ。
女の問いに対する答えを持っているのは彼しかいない。

風が吹き、木々が揺れる音がする。
鳥の囀りと羽ばたき、抜け落ちた一枚の羽根、硬直した弟者の手から地へ落ちた花の音。
そんなものまで感じられる程、静かで何もない時間が過ぎた。

そこまできて、ようやく兄者が口を開く。
震えるように息を吐き、そのまま言葉を垂れ流す。

(;´_ゝ`)「いや……。そうか、そうだな。そんなわけないか。
      他人の空似、オレの勘違い。当たり前の話だ。
      奴がここにいるはずなどないではないか。わかりきっていたことだというのに、
      オレは一体、何を思ったというのだろうな。
      他者に聞いてもしかたのないことだと理解してはいても、尋ねずにはいられない。
      情けない話だ。自身の記憶、感情一つまともに扱えぬとは。
      オレも長く生きて耄碌したか。いやはや。長く生きて、このような弊害があるとは驚きだ。
      何も、自分のことを万能だと思っていたわけではない。しかし、それに近い何かは感じていたのかもしれない。
      そうでもなけりゃ、思い違いをした現状にこれほど感情をかき乱されるはずがないのだから。
      どれだけの経験を積もうとも、自分を完全に掌握することなどできない。身を持って実感した。
      有りもしない、夢の中でだっておこりはしないような、そんな事態を胸に描いてしまった。
      お前……お嬢さんを巻き込んで戸惑いを生み出してしまってすまなかった。
      心の底より謝罪をしよう。どうか許して欲しい。オレも、まだ、混乱しているようだ。本当にすまない」

誰の声も挟ませてなるものかと言わんばかりの早さだった。
普段からよく口の回る兄者ではあるが、他者を割り込ませぬようにまくし立てることはない。
むしろその逆で、相手の反論を待ち望むようにして話すのが常だ。

だからこそ、早口に言葉を紡いだ兄者の心境が、驚くほど透けて見えた。
飄々として掴みどころのない彼の姿はどこにもない。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:16:24.53 ID:CZ9UuaJX0
  
川 ゚ -゚)「人違い?
     だが、お前は確かに私の名を呼んだぞ」

女は自分の胸に手をあてる。

川 ゚ー゚)「私は空だ。
     生憎と、悪魔の知りあいはいないと記憶している。
     だが、人の記憶なんて曖昧なものだ。忘れてしまっているだけかもしれんぞ?」

彼女はほんの少しだけ笑みを浮かべ、首を斜めにした。
たったそれだけの動きだが、美しい女がすると様になる。

( ´_ゝ`)「記憶の不確定さはよく知っている。
      同じだけの時間を切り取ったとしても、重みが全く異なる瞬間があるのだから。
      しかし、お嬢さんがオレのことを知らないというのは、そんな記憶の不確定さのせいじゃない。
      本当に人違いだ。覚えていないのではなく、知らないだけ」

時間が兄者を冷静にしたのか、幾分か落ち着いた様子で答えていた。
それでもまだ、いつもと同じと言えないのは、目の前に空と呼ばれた女がいるからだろう。
人違いという理由だけでは説明しきれない部分が、先ほどの兄者の姿にはあった。

弟者には根本的なことが何一つとしてわからない。
兄者が言わずにいようと思えば、それはどこまでも秘匿にできることだ。
気にならない、と言えば嘘になる。
日頃と全く違う様子を見せられれば、興味が引かれてもしかたがない。

しかし、弟者は無理に暴こうとは思わなかった。
力押しで問い詰めたところで、兄者は軽くかわしてしまうだろうし、
彼の纏う雰囲気が、尋ねることを許してくれない。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:19:19.53 ID:CZ9UuaJX0
   
川 ゚ -゚)「思わず名を呼んでしまう程に姿が似ていて、その上、同名?
     そんなことが有りうるとは、到底思えないが」

弟者ができなかったことを、空はあっさりとやってのけた。
途方もなく鈍いのか、それとも己の思いを貫く厄介者なのか。
彼女は兄者に何一つ配慮することのない言葉を放った。
ある種の羨ましささえ感じられる図太さだ。

( ´_ゝ`)「有りえたのだから仕方がない。
      人間が生まれてからどれだけの時間が経つ。オレがどれだけの時間を生きたと思う。
      怒涛に流れる時間と、いくら視野を広げたところで見渡すことの出来ない世界。
      この二つが合わされば、大抵のことは起こりうるのさ」

川 ゚ -゚)「あんたはさっき、有りもしないようなことを描いたと言っていたぞ。
     大抵のことは起こりうるのだろ?
     さあ、言葉にするといい。それがどのような類のものでも、受け止めてみせよう」

( ´_ゝ`)「天地がひっくり返ろうとも、起こり得ないことがこの世にはあるということだ。
      年月が地を走る生き物に翼を与えようとも、人は過去に行く術を持つことはない。
      悪魔の力でも借りれば話は別だが、お嬢さんからは悪魔の気配はしない。
      つまり、オレの描いたことが現実になる確率は零だということに他ならない」

川 ゚ -゚)「なるほど。遠い未来でならば可能になっている可能性を否定するのか。
     未来に大きな夢を抱けない生きかたは実に退屈そうだ。
     だが、あんたの言葉を全て否定するのは止めるとしよう。
     今現在、人は過去に渡れぬのは事実。ならば、同等のことを描いたとしてもおかしくはない」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:22:22.63 ID:CZ9UuaJX0
    
( ´_ゝ`)「納得してくれたならば結構。
      いつまでも無駄な話を続けるのは、互いの未来への損害にしかならない。
      今この時も、時間は過ぎ去っているのだから」

川 ゚ -゚)「無駄な話など一つとしてしていないさ。
     私にとって、今の時間は非常に有意義で、楽しさもある素晴らしいものだぞ。
     故に、まだ尋ねたいことがある。
     ならば、あんたは何を描いたんだ。私を見て、誰の名を呼んだつもりなんだ」

( ´_ゝ`)「お嬢さんには関係のないことだ。
      悪魔の深淵に首を突っ込むものではない。
      真っ暗な闇へ落っこちてもオレは知らないぞ」

川 ゚ -゚)「無関係なものか。
     あんたが私を、私を見て、私と同じ名を呼んだのだから。
     それで気にならぬという奴がいるのならば、そいつはまともな人間でないに違いない。
     生きる気力さえ失い、そこいらの抜け殻よりも、よっぽど抜け殻らしい生物だ」

( ´_ゝ`)「他者の感情や考えにまで手を伸ばすのか。
      正しさも誤りも、善悪も、細かな定義は一人一人の中にあるものだ。
      お嬢さんはそれらを丁寧に否定していくつもりか?
      感情や興味を閉ざすことに生きる意義や意味を見出した者もいるだろうに」

川 ゚ -゚)「挙げ足を取るのが大そう好きなようだな。
     悪魔というのは皆そうなのか?
     私は他者の全てを否定する気はないよ。
     だが、私の中での悪や誤りに該当する人物が目の前にいれば、胸の内で陰口も叩くさ。
     ただの人間っていうのは、そんなもんだ」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:25:13.55 ID:CZ9UuaJX0
  
(´<_`;)「…………」

言葉の応酬に、弟者は口を挟むことすらできずにいた。
この場から今すぐに離脱し、村の中に駆け込んでしまいたい心境だ。

動くこと自体は難しいことではない。
兄者はその場に留まるという動きができず、常に弟者に引っ張られるようにして移動している。
今も弟者が動けば、兄者は否応なしに空から離れることになるはずだ。

だというのに、弟者は考えを行動に移すことができずにいた。
目の前で繰り広げられる戦いが、あいまりにも強い火花を飛ばしていたからだ。

( ´_ゝ`)「陰口を胸の中に収めるだけの常識を持ち合わせているのならば、
      オレをとっとと解放するという選択肢を取ってはくれないものか。
      余計なことをあれこれと突いても、出てくるのは蛇くらいのものだ。
      花も菓子も米も出はしないぞ」

川 ゚ -゚)「蛇も大歓迎だ。
     私はあの鱗も手足のない姿も大変好ましく思っている。
     さあ、お前の口から蛇を出すといい。何も恐れはしない。
     見ての通り、お察しの通り、私は昔から恐怖や畏怖の感情が抜け落ちていてな。
     残酷すぎる真実でも、深い絶望への誘いであったとしても、私は平然としているだろうさ」

なおに続く諍いに、弟者は軽く額を抑えた。
心なしか頭が痛い。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:28:19.33 ID:CZ9UuaJX0
   
( ´_ゝ`)「好奇心の欠如に対し、人ではないという言葉を用いたお嬢さんが、
      人が持つ原始的な感情を欠落させているとはな。
      とんだ皮肉を身の内に抱えたものだ。お嬢さんの否定は、そのまま自己の否定にさえ繋がる。
      ぐるぐる回って姿を油にでも変えてしまえ」

川 ゚ -゚)「身も心も矛盾も溶けてしまえということか?
     全てが一つになり、皮肉も隔たりもなくなるというのは、幸福なことなのかもしれないな。
     それでも、私は葛藤と不安定と皮肉に塗れた人間を辞めるつもりはないよ」

( ´_ゝ`)「どうとでも捉えてくれればいい。
      オレとしては、お嬢さんという壁を横に避けてしまいたい一心だ。
      出来上がった油が火にかかるのか、髪につくのか、蝋になるのか。どれもこれも興味がない。
      つまらないお喋りはこのくらいにしたいんだ。
      なあ、弟者。あんただって、ずっと話を聞いているばかりで退屈だろう?」

突如、兄者が弟者へ顔を向けた。
必死さこそ見えないが、珍しいことに強い主張がそこには刻まれている。

それを揶揄してやることも弟者にはできた。
いつもの意趣返しをしてやれば、さぞかし胸がすいたことだろう。

(´<_`;)「そう、だな……。
      早くゆっくりしたい。そろそろお暇するとしよう」

だが、弟者は兄者の言葉に乗ることを選んだ。
実際、いつまでも二人の津波とも思える会話を聞いていたいとは思えない。
よく回る舌は兄者のものだけで十分だ。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:31:34.64 ID:CZ9UuaJX0
   
(´<_`;)「すみません。そろそろ、行きます、ね」

たどたどしくなりながらも空に言い、立ち去るために一歩足を退く。
弟者の片足が地面を踏み締める音がした。
小さな音だったが、それは空の呟きをかき消すには十分すぎる大きさだったらしい。

川 ゚ -゚)「ふむ。将を射るには馬から、か」

届くことのなかった呟きは空気と混じり、消えていく。
何も知らぬ弟者は体を反転させ、そのまま足を進めた。
一歩、二歩、といつもよりも弟者の足取りは早い。

離れたいという心が如実に現れている。
表現することは大切だ。
思いを表すことで、回避できる事柄というのは幾つもある。

ただし、今回の場合には含まれていなかった。

川 ゚ -゚)「少し待ってくれないか」

弟者が足を五歩程進めたとき、空が声をあげた。
まさか無視するわけにもいかず、弟者は足を止める。
まだ外に出ていた兄者はわかりやすく顔をしかめていた。

一拍の間を置いてから、意を決したかのように弟者は振り帰る。
数歩分の距離は軽く駆けて詰めてくる空の姿が見えた。
兄者とのやりとりさえ目にしていなければ、喜びを感じていたに違いない光景だ。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:34:56.77 ID:CZ9UuaJX0
  
川 ゚ -゚)「是非、うちに来て欲しい」

弟者よりも背が低い空は、わずかに見上げるようにして言った。
所謂、上目遣いというものに、弟者が言葉を詰まらせたのは仕方のないことだろう。

川 ゚ -゚)「うちはそこなんだ。私とお婆様とで住んでいる。
     眠る場所ならば客間がある。食糧だって十分だ。
     遠慮することはない」

空は手にしていた籠を軽く持ち上げる。
多いとは言えない量だが、少なくもない。
食い扶持が一人増えたところでどうにかなりそうな量だ。

(´<_`;)「いや……あの……」

( ´_ゝ`)「気にせずとも、遠慮などしていない。
      全方位、どのような見かたをしたとしても答えは変わらず、言い方一つとて変わりはしない。
      お断りだ。第一、年頃の女が無用心なんじゃないのか?
      弟者が女に見えるというならば、医者にかかることを勧めるぞ」

川 ゚ -゚)「少し黙っていてくれ。
     私は、お前と話しているんじゃない。今は彼、弟者だったか? とにかく、人間の彼と話している。
     後、安心してくれ。女とはいえ、そこいらの男に乱暴されるような私ではない。
     それなりに鍛えてもいる。お前も私と彼の情交なんぞ見たくないだろうしな」

口ごもった弟者に代わり、兄者が言葉を発したが、即座に空の反論が飛び出した。
彼女の決意は固いらしい。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:37:47.53 ID:CZ9UuaJX0
  
(´<_`;)「じょ、情交って……」

麗しい女性の口から出てきては欲しくない言葉だ。
彼女に乱暴するつもりなど欠片もない弟者としてはなおさらで、思わず想像してしまった自分に自己嫌悪する。

川 ゚ -゚)「これは私の自己満足のためだけに言っているのではないぞ?
     あの村は閉鎖的でな。宿がないんだ。
     余所者を泊めてくれるような家があるとも思えない。
     うちに泊まらなければ野宿だぞ。我が家はいいぞー。ふかふかな布団があるぞー」

(´<_`;)「うっ……」

何とも魅力的なお誘いだ。
硬い地面の上と、ふかふかな布団。
両者を提示されれば、後者を取るのは当然だろう。

( ´_ゝ`)「お嬢さんの言葉が本当だという保障がどこにある。
      村には宿があり、そこに心地良い眠りを提供してくれる布団があるかもしれない。
      会ったばかりの口がよく動く嬢さんの言葉をそのまま飲み込んでいいのか?」

川 ゚ -゚)「失礼なことを言わないでくれ。
     大体から、口から出る言葉の数がその人となりを示すというのならば、
     人でなく悪魔といえども、お前の中身もそれなりということになってしまうぞ」

( ´_ゝ`)「オレは構わんよ。胡散臭い悪魔だと思われても。
      そもそも、悪魔なんてものはそういう存在だろ?
      実在を見たことがない人間の方が多く。本当に願いを叶えてくれるのかも半信半疑。
      何一つ信頼されていないのさ。悲しいことにな」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:40:27.71 ID:CZ9UuaJX0
  
不味い。弟者は口をへの字にした。
このままでは、再び兄者と空の声が飛びかう空間になってしまう。
それは勘弁願いたい。同じことを繰り返して日が暮れてしまうなどということになっては笑えない。

(´<_`;)「なら、一度村に行ってからってことで」

後のことはそれから考えればいい。
いざとなれば、そのまま村を抜けて野宿するということもできる。
布団は恋しいが、今は頭が痛くなる状況からの脱却が優先された。

川 ゚ -゚)「二度手間になる。それに、わざわざ余所者扱いを受けて傷つく必要もないだろう。
     村に入ってからこちらへ戻ってくるというのも、不自然に思われるだろうしな。
     私の言葉が真実であるという確固たる証拠はないが、信じて欲しい」

そう言うと、空は手にしていた籠を隣に降ろす。
手が自由になったところで、彼女は一片の濁りも持たぬ眼に弟者を映した。

川 ゚ -゚)「うちが村八分に合っていることは、もうわかっていると思う。
     その理由というのが、お婆様のご病気なんだ。
     感染るようなものではない。そこは安心してくれ。
     頭のご病気なんだ。父も母も面倒を看るのを嫌がって、私に押し付けたんだよ」

空と弟者の距離が縮まる。
普通に生きていて、ここまで他人との距離が近くなることはそうないだろう。
兄者が口を挟もうとするが、その前に空が動いた。

彼女は弟者の手を両手でしっかりと握ったのだ。
白く、柔らかい手に包まれ、弟者は思わず赤面する。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:43:44.14 ID:CZ9UuaJX0
  
その隙を空は逃さない。
弟者を見上げた後、目蓋をわずかに落とす。

川 ゚ -゚)「私はお婆様が好きだ。押し付けられたと言っても、嫌だったわけじゃない。
     だが、私の話し相手はご病気のお婆様だけ。他は食糧を受け取りにいく際に、二、三言葉を交わすのみ。
     時にはこうして言葉を交わす人が恋しくなる。
     面倒な女だ、五月蝿い女だ、とも思うだろう。わかっていながらも頼ませて欲しい。
     この私に、慈悲を与えてはくれないだろうか」

世の男共に問いたい。

麗しい美女がわずかに目を伏せていたとして、
艶やかな髪が重力に従い肩から流れたとして、
その際に彼女の白く細い首が見えたとして
白魚のような両手に片手を包まれていたとして。

そのような状況での懇願に、耳をかさないということができるのか。


(´<_`* )「わかりました」


弟者にはできなかった。
おそらくは、大多数の男と同様に。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:46:20.81 ID:CZ9UuaJX0
  
この結果に、苦虫を噛み潰したのは兄者だ。
元より、弟者はお人好しで、押しに弱い部分がある。
空に押されれば、簡単に陥落するのが目に見えていた。

だからこそ、口を挟んで気を散らしてやりたかったのだ。
彼女に阻まれたとはいえ、常の兄者ならばそれを無視して言葉を重ねることもできただろう。
今回、そうならなかったのは、やはりまだ彼の心の内が波立っている証拠だ。

( ´_ゝ`)「弟者。目を覚ませ。
      色香に惑わされるのは、人として、男としてわからぬでもない。
      だが、時には毅然とした態度でいることも必要だ。
      鼻の下を伸ばしているような男は好かれないだろうしな」

川 ゚ -゚)「大丈夫だ。弟者は鼻の下なんて伸ばしていない。
     初心に顔を赤くはしているがな。
     私も警戒されるような悪事を働くつもりはないよ」

弟者から手を離し、空は兄者を見る。
顔の赤さを指摘された弟者は、恥ずかしさを隠すように慌てて後ずさった。
その顔には、言われたばかりの赤色だけではなく、下手なことをしてしまったという後悔の色も見てとれた。

川 ゚ー゚)「本当に、悪いようにするつもりはないよ。
     聞きたいことを聞くだけさ。
     美味しいご飯を用意するし、ふかふかの布団だってある。
     明日になれば素直に送り出しもする」

彼女は口角を上げて、後ろに退いてしまった弟者へ言葉を向けた。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:49:29.89 ID:CZ9UuaJX0
  
弟者としても、一度口にしてしまったことを今さら撤回する気にはなれない。
万が一そうしてしまった場合、本当に色香に惑わされて答えを出したということになってしまう。
男としての矜持がそれを許してはくれなかった。

川 ゚ー゚)「さあ、決まったならば立ち話をしているのも何だ。
     うちに来てくれ。お婆様の紹介もしたいし、ゆっくり腰を据えて話もしたい。
     食事の用意も、布団の用意も必要だ。
     さあさあ、時間は有限。早く行こう」

再び籠を手にし、空は案内するように家へ向かって足を運んでいく。

( ´_ゝ`)「時間が有限であることを理解しているのならば、無闇に引き止めたことを反省して欲しいものだ。
      弟者。オレとしては、今のうちに駆けてしまえば逃げられると思うが、
      どうせあんたはそうしないのだろ?
      根が真っ直ぐすぎるあんただ。誘導された言葉とはいえ、今さら覆しはするまい」

兄者は抵抗を諦めたようで、疲れが垣間見える色を持って言葉を口にした。
彼の様子に、普段は喧嘩ばかりの弟者も、多少の罪悪感を抱いてしまう。

目の前をあるく女が怪しい人物であることや、普通ではない変わり者であること、
どこからどう見ても兄者と気が合っていないこと、全て第三者から言われる必要すらない程、弟者は理解している。
一つ一つを取ってみても、厄介事であることに変わりはなく、総じてしまえばもう一つ位が上の厄介事に昇格するに違いない。
それを自分のためという理由が含まれているにせよ、回避するために言葉をつくした兄者の苦労が、
弟者の了承一つで無に帰してしまったのだ。

(´<_`;)「……そうだな。
     今さら、断ることはできない、な」

謝るというのも違う気がして、結局、弟者は兄者の言葉を肯定することしかできなかった。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:52:44.66 ID:CZ9UuaJX0
二人を逃がすまいとする空の視線を感じながら、弟者は彼女の住居に足を踏み入れた。
すぐ前に見える台所は、使いこまれて汚れている。
それが不愉快かと問われればそうではなく、生活感が窺える空間に安堵さえ与えられた。

村八分にあっているのだから、荒んだ生活をしているのかもしれないと勝手に想像していたのだが、
案外そういったこともなく普通に暮らしているようだ。

川 ゚ -゚)「お婆様ー。空が帰りましたー」

空が手にしていた籠を釜戸の横に置きながら、声を張り上げる。
それなりの声量を持った言葉は、二人が住むには十分な大きさの家全体に響いただろう。

「おかえりなさい」

しゃがれた声が聞こえた。
中にいるお婆様とやらの声だろう。

川 ゚ -゚)「さ、こちらへどうぞ」

空は履物を脱ぎ、すぐ近くにあった襖に手をかける。
慌てて弟者も隣に並ぶ。
彼からはにょろりと兄者が生えたままだ。

好奇心旺盛な彼ではあるが、実のところ積極的に他人と関わろうとはしない。
己が悪魔であること、それに対して人間がどのような反応をするかは理解している。
そんな兄者が、今もまだ姿を消そうとしないのは、
空のことが気になるのか、お婆様に悪魔の存在を見せることで否応なしに追い出されることを狙っているのか。

どちらにしても、弟者が口出しできることではない。
違和感を覚えつつも、彼は兄者の存在には触れないでおくことにした。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:55:19.95 ID:CZ9UuaJX0
  
弟者が隣に来たのを確認してから、空は襖にかけていた手に力を入れた。

川 ゚ー゚)「お婆様、今日はお客様がお見えになりましたよ。
     それも泊まりです!」

勢いよく、とまではいかずとも、静かに開けられたとは到底言い難い勢いで襖が開かれる。
敷居の向こう側に見えたのは、広くも狭くもない大きさの部屋と中央に据えられた卓子。
そして、上座に腰を降ろしている老婆の姿。

lw´‐ _‐ノv「おや。突然だねぇ」

白い髪の老婆は驚いた風に、しかし表情は穏やかに言った。
歳を取った者、特有の濁った目が弟者を映す。
あまり目はよくないようだが、ふわりと浮かんでいる兄者の姿は、彼女の目にも映っていることだろう。

lw´‐ _‐ノv「いらっしゃい。
      何もない家だけど、寛ぐことくらいはできるはずだよ。
      気を使う必要なんて、これっぽっちもないからね」

彼女がにんまりと笑うと、所々歯が抜けているのが見えた。
嫌味のない良い笑顔だ。

(´<_` )「あ、ありがとうございます」

老婆の様子に、弟者は肩透かしを喰らった気分だった。
村八分にあっているというのに、目の前にいる老婆はあまりにも普通だ。
どこの村にでもいる、気の良い老人にしか見えない。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 16:58:30.97 ID:CZ9UuaJX0
  
川 ゚ -゚)「お婆様、こちらは旅の人です。村に立ち寄る手前、私が引きとめ、お連れしました。
     無論、私もお婆様も今日が初対面になります。
     悪魔憑きの彼は弟者、悪魔の方は……」

そこで空は兄者を見る。
弟者は彼の名を呼ばないので、必然的に空は兄者の名前を知らなかった。

( ´_ゝ`)「強引な誘いだったとはいえ、客はこちら。先に名乗るのが礼儀か。
      オレは兄者。この弟者という人間を悪魔憑きたらしめている存在だ。
      さて、次はお嬢さん達が名乗る番だ。ついでに、座っておられるお嬢さんの頭についても、ご説明願いたい」

次の言葉を促すようにして、兄者は老婆を見据えた。
彼の放った言葉を聞いた弟者は、空が老婆について頭の病気であると言っていたことを思い出す。

見たところ、目の前の老婆が頭の病気に罹っているようには見えなかった。
在りもしないモノを見ているわけでもなく、会話が成り立たぬわけでもないし、奇声をあげることもない。
老婆が隔離される理由など、見当もつかぬ。

ただし、兄者は違っていた。
人間である弟者には見えないモノが、兄者には見えている。
細かなところはわからないものの、見えているモノこそ、老婆の病なのだということも見当がついていた。

彼の表情の変化に空は気づいていたが、ここは黙殺する。
今は自己紹介をしている時間であって、気になることを問い詰めるための時間ではない。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:01:47.66 ID:CZ9UuaJX0
   
lw´‐ _‐ノv「初めましての方だったのかい。
      お互いに初めまして。どうぞよろしくお願いします。
      私は素直種瑠。お嬢さん、何て呼ばれる歳じゃあないけれどねぇ」

ひりつく空気を破ったのは、種瑠と名乗った老婆の暢気な声だった。
どこか恥ずかしそうに手を頬に当てる姿は、いくつになっても女性を忘れていない証なのだろう。

(´<_` )「初めましての方だった……?」

弟者はそこに違和感を覚えた。
歳を取れば物忘れをすることもあるだろう。
しかし、相手が初対面であるかどうかすら忘れるものだろうか。

それも、弟者は悪魔憑きだ。
彼が普通の人間であったならば、遠い親戚の一人とでも勘違いすることもあるだろうが、
どうして見たところで弟者は悪魔憑き。初対面かどうかなど迷う必要があるのか。

川 ゚ -゚)「言っただろ?
     お婆様は頭のご病気なんだ」

lw´‐ _‐ノv「お恥ずかしいのだけれどね」

種瑠が困ったように笑う。

lw´‐ _‐ノv「私、明日になったら、あなた達のことを忘れてしまうの」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:04:56.04 ID:CZ9UuaJX0
   
弟者は種瑠の放った言葉を脳内で反芻する。
どこにでもいるような、健常そのものに見える彼女が、今という瞬間を明日には忘れる、と言った意味がよくわからない。
疑問符を付加した間抜けな声すら出ず、弟者は無言になってしまう。

川 ゚ -゚)「お婆様は、記憶を一日しか保てない。
     ご病気を発症する以前のことは覚えているので、日常生活に支障はないがな」

時間と共に培ってきた常識は覚えている。
ある程度の人の顔も覚えている。
食事をし、眠り、息をする。最低限の生活はできるだろう。
それでも、新しい情報を保てないというのは、人の中で生きることに大きな損害を与えるのだ。

lw´‐ _‐ノv「今日も起きてみたら見知らぬ家に、大きくなった空がいて、とても驚いてしまったの」

種瑠は空がまだ幼い頃に病気に罹ったらしい。
見知らぬ部屋であるだけでも衝撃的だろうに、急成長を遂げた孫を見るなど、
驚きのあまり心臓が止まってしまうのではないだろうか。

川 ゚ -゚)「だから、お婆様は日記をつけておられるのだ。
     一番初めの頁には私のこと、ご病気のことが書かれている」

そうやって、忘れた時間と出来事をかき集めるようにして日々を生きているのだ。
想像もつかぬような生活に、弟者は呼吸を忘れそうになる。

(´<_` )「それは……。
      大変、でしょうね」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:07:27.49 ID:CZ9UuaJX0
  
日記を見なければ何もわからないのだ。
現状すらわからぬ朝から始まる生活は辛いだろう。
そんな思いからの言葉だった。

lw´‐ _‐ノv「そうねぇ。でも、私よりも、私の周りの方がずっと大変よ?」

弟者の隣にいる空も種瑠の言葉に同意を示している。
嘘でも否定するべき場面なのかもしれないが、空にとって種瑠の言葉は今さらなものなのだろう。

川 ゚ -゚)「日をまたぐような頼み事はできない。
     共通と思っていた話題が伝わらない。
     思い出の共有ができない。
     それは、人の輪の中で生きていく上で、障害にしかならないのだよ」

だから、空は種瑠の世話を押し付けられた。
朝が来るたびに振りだしに戻ることを厭うた家族によって。

川 ゚ -゚)「うちの家が長をしていてな、世間体というやつもあるのだよ。
     毎日、人の変化に驚いていたり、初めましてを繰り返すお婆様を、
     父様も母様も人々に見せたくなかったのだろうさ」

(´<_` )「身内を放り出す方が、ずっと印象が悪くなると思うがねぇ」

lw´‐ _‐ノv「一日、二日。数週間ならね。
      でも、私はもうずーっとこうだから。
      長い目で見れば、放り出す方がいいんでしょう」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:10:25.02 ID:CZ9UuaJX0
   
いつか治る病ならば、支えあう家族という美談にもなるだろう。
だが、種瑠の頭は治らない。
明日も、一年後も、死ぬまでずっと、日々を失っていく。

同情していた人々も、いつかは彼女を厭うだろう。
話の通じぬ獣にさえ見えるかもしれない。
そうなる前に、と行動した彼女の子供達は正しかったのだ。

川 ゚ -゚)「あまり父様達を怒らないでやってくれよ?
     ここでの生活は、悪くはないんだ。
     食糧難にでもなればわからないが、今のところは食べるのに困ったことはない」

lw´‐ _‐ノv「私は困っていても、明日には忘れちゃうからねぇ。
      でも、体は健康だし、日記を読んでも悪いことは書いてないの」

村から追い出されている立場である二人が、そうさせた人物を肯定している。
ともなれば、他人である弟者が口出しするのは褒められた行為ではない。

(´<_` )「そうなんですか」

弟者が返せたのは、そんな言葉だけだった。
いまひとつ納得できない、という感情を押し殺した声だ。

川 ゚ -゚)「わからなくとも、理解できずともいいさ。
     私達は存外幸せである。それだけ知ってくれればね」

弟者の感情を察したのか、空は彼の肩に軽く触れて言った。
元より、完全なる理解など求めていないのだろう。
彼女もまた、普通の人間とは違う感性を持ち、そのためにこの場所に追いやられているのだから。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:13:51.33 ID:CZ9UuaJX0
  
種瑠の病気について彼女達が話していたとき、兄者は胸の内で納得の言葉を口にしていた。

兄者は記憶を喰らう悪魔だ。
故に、種瑠の記憶が常人とは違った形を取っていることに気づいていた。

人にはどうにもできぬ類の病だ。
罹ったことを責めるようなことも、哀れむこともしない。
どのみち、深く関わることのない人物だ。
そのような相手に、何か特別な感情を抱ける程、兄者は人間的な悪魔ではない。

ただ一つ、思うことがあるとするならば、彼が悪魔故のこと。
あの記憶は不味そうだ、ということだけ。

兄者が喰らわずとも、次の日には消える記憶だ。
口にしたところで、中身も味もないだろう。
飲み込むことすら苦痛に感じる程の無味かもしれない。

川 ゚ -゚)「どうかしたのか?」

不意に、空の声が兄者の思考に割り込んできた。

川 ゚ -゚)「先ほどからえらく顔を顰めているが、何か見るに耐えないものでもあったか。
     他人の家だからといって、遠慮することはないぞ。
     何が嫌だったのか言ってみろ。家具にせよ、私にせよ、お婆様にせよ、
     顔を顰める理由など、欠片もないことを語ってみせよう」

招いた客人のために、不愉快の原因になっているらしいモノを排除するという思考は持ちあわせていないようだ。
空は兄者の返答を期待に満ちた目で待っている。
何を指されたとしても、朗々と語る準備が出来ている証拠だ。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:16:40.94 ID:CZ9UuaJX0
   
弟者は小さな疑問符を浮かべ、兄者を見る。
そこにあるのは、わずかに眉を寄せているといった程度の顔だ。
言われてみれば、顔を顰めている、という認識で、空の言葉がなければただの無表情にも見えていただろう。

よく気づいたな、というのが弟者の本心だった。
彼は不本意な付き合いの長さから、多少は兄者の表情も読める。

しかし、空と兄者は初対面だ。
彼女の観察眼が優れているとしても、このわずかな変化を見破るのは凄まじい。
その上、空はそのわずかな表情を、えらく、と表していた。

まるで、日頃の飄々とした笑いを浮かべている兄者を知っており、
それと今の表情を対比させたかのような含みがあるようではないか。
少なくとも、空と出会ってからの兄者は常通りとはいえない様子だというのに。

( ´_ゝ`)「気にするな。お嬢さんの大切な物や者を蔑むようなことは言わない。
      言っておくが、これは遠慮でもなんでもない。
      ただ単純に、蔑む感情を得ていないだけだ。
      この平凡な家のどこに、オレは蔑みの思いを持てばいい?
      病を得たお嬢さんも、オレにとっては、悪魔を見て騒がぬ良心的な人間でしかない」

彼女は宿主としては不適切な物件ではあるが、今の兄者は弟者にとり憑いている身だ。
目の前にいる不味そうな食事をする必要性など皆無。
不味そうだ、と思ったとしても、蔑みや厭いにはならない。

lw´‐ _‐ノv「この歳になるとねぇ。
      大抵のことでは驚かなくなるんだよ」

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:20:35.19 ID:CZ9UuaJX0
   
種瑠の記憶は、ずっと昔で止まっているはずだ。
精神年齢は見た目よりも遥かに若いだろう。
だというのに、彼女には年月を経た貫禄のようなものが見えた。

lw´‐ _‐ノv「それに、もしかしたら昨日会っていたかもしれないでしょ?
      私が知らないだけで、本当は知っている人、悪魔、という可能性があるのに、
      驚いたり、怖がったりしたら失礼だわ」

(´<_` )「いや、悪魔なんてものに会ったら、日記に書くと思いますよ」

lw´‐ _‐ノv「あらそうね。
      でも、隅から隅まで読み返しているわけじゃないもの。
      やっぱり、可能性は零じゃないわ」

彼女は、兄者とはまた違った意味で飄々としている。
世の中の苦痛や、不安をさらりさらりと避けているようだ。
掴みどころがない。

この不可思議な雰囲気は、頭の病が成せる業だとでもいうのか。
弟者は常識が通じないであろう場の空気に、また頭が痛くなるのを感じていた。

川 ゚ -゚)「さあさあ、そろそろ座ってくれ。
     私は一つ、茶と菓子でも持ってこよう」

和やかな雰囲気の中、空は言うだけ言って台所へと向かう。
残された弟者は、わずかに迷いながらも卓子の前に腰を落ち着ける。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:23:29.11 ID:CZ9UuaJX0
  
lw´‐ _‐ノv「旅をしているんですって?」

(´<_` )「えぇ、この悪魔を払うために」

すぐに肯定の言葉を口にする。
どこまでいっても、この目的だけは崩れない。

lw´‐ _‐ノv「もう長いの?」

(´<_` )「それなりに。
      まだまだ先は長そうですけど」

lw´‐ _‐ノv「他の村や場所を見るのは楽しい?」

(´<_` )「それなりに楽しいことも、辛いこともあります。
      死ぬかと思ったこともありました」

lw´‐ _‐ノv「それは大変だったでしょう」

(´<_` )「はい。でも、楽しいこともあるから、まだ旅をしていられるのかもしれません。
      辛いばかりだったなら、悪魔を払うことさえ、諦めていたかもしれないですね」

lw´‐ _‐ノv「楽しいのは良いわね。
      明日には今日のことを忘れてしまう私だけど、
      やっぱり楽しいことがあると嬉しいし、辛いことがあると悲しいのよ」

二人の会話は、久方ぶりに会った孫と祖母のようだ。
弟者のぎこちなさが徐々に薄れていく。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:26:17.54 ID:CZ9UuaJX0
  
川 ゚ -゚)「ずいぶんと打ち解けた雰囲気だな」

少しして、空がお盆に茶と菓子を乗せて戻ってきた。
数はそれぞれ三つずつ。

(´<_` )「ありがとうございます」

lw´‐ _‐ノv「ありがとうねぇ」

二人は空から茶と菓子を受け取り、礼を述べる。

川 ゚ -゚)「さて。あちらも楽しそうに談笑している。
     私達もそれに倣おうではないか」

空は弟者から少し離れた場所に腰を降ろした。
彼女の目線の先には、無言を保っていた兄者がいる。

( ´_ゝ`)「オレとお嬢さんが談笑?
      勘弁の前に、無理難題だな。
      互いの意見がぶつかりあうことを談笑とは言わない」

川 ゚ -゚)「二人のように穏やかな会話を試みようとは思わないのか。
     私はそのつもりで声をかけたよ。
     しかしながら、二人の意見が一致しなければ、それも難しいな」

( ´_ゝ`)「そうだな。オレとお嬢さんの意見は一致しない。談笑は難しい。
      簡単に答えが出てしまったな。
      無駄な時間を過ごす必要など欠片もありはしないのだから、
      お嬢さんも弟者達の会話に混ざるといい」

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 17:29:24.89 ID:CZ9UuaJX0
   
川 ゚ -゚)「その申し出は、丁重にお断りさせてもらおう。
     お前からは色々聞きたいことがあるのだよ。
     例えば、空のこととかな」

( ´_ゝ`)「自分のことを示すときに、名前を使うのは好まれないそうだ。
      可愛らしさの主張かもしれないが、多くの人間にとって、それは可愛く見せようという魂胆が丸見えの、
      意地汚く醜い、辟易とさえしてしまう行為だ」

川 ゚ -゚)「私の一人称は、私、だ。
     わかっているくせに、そういったどうでもいいことではぐらかそうとしてくれるな。
     お前が私を誰と勘違いしたのかを知りたいのだ。
     減るものでもあるまい。さらりと一つ、教えてはくれないか」

( ´_ゝ`)「お嬢さんもしつこいな。
      オレの胸の奥に、深く深く刻まれた傷を暴こうと言うのか。
      そっとしておく優しさを身につけるべきだな」

川 ゚ -゚)「お前のような悪魔の胸を傷つけた?
     それはますます気になってしまう。
     是非とも教えて欲しいものだ。大丈夫、傷はいつか癒えるものだ」

( ´_ゝ`)「この鬼畜生めが。優しさを母の腹にでも忘れてきたか。
      今すぐにでも、腹を裂いて取り戻してこい。
      消化されていなければ出てくるだろうさ」

川 ゚ -゚)「残念だが、母が私を宿した場所に胃液はない。
     消化はされていないだろうが、次に生まれた妹がこの世界に持ち出しているかもしれない。
     そもそも、私が優しさを持ち合わせていないということには異を唱えるぞ」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:01:02.29 ID:CZ9UuaJX0
立て板に水を流すかのように、二人の口からは言葉が流れ出ている。
種瑠と会話を続けている弟者の耳にも、彼らの声は届いており、
よくもそれだけ口が回るものだ、と思ってしまう。

lw´‐ _‐ノv「空も楽しそうで嬉しいわ」

(´<_` )「あれは楽しそう、なんですか?」

lw´‐ _‐ノv「えぇ。あの子が最近、どんな顔をしているのかは知らないけれど、
      今という時を楽しんでいることはわかるわ」

種瑠の言葉に、弟者は今もなお口を動かしている二人を盗み見る。
空に苛立った様子は見られないが、だからといって、頬を緩めているようにも見えない。
真顔で言葉の応酬を繰り返しているだけだ。

(´<_` )「わかるもんですか」

驚きを乗せて呟く。
家族ならば、長い時間を共に過ごしていれば、微妙な表情の変化にも気づくことはできるだろう。
しかし、それは経験という名の記憶を持っているからだ。

日々を忘れてしまう種瑠にはそれがない。
血の繋がりがあるとはいっても、そんなものは時間を前にすればちっぽけなものだ。

lw´‐ _‐ノv「勿論。あなたも、あの悪魔さんのことならわかるでしょ?」

さも当然のように言われ、弟者は言葉に詰まる。
肯定するなんて死んでもお断りなのだが、偽りの否定で誤魔かされてくれるような人でもない。

(´<_` )「……どうでしょうね」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:06:21.30 ID:CZ9UuaJX0
  
結局、弟者は曖昧な返事をしただけだった。
それで何となく察してくれたのか、種瑠はそれ以上問い詰めるようなことはしないでくれた。
変わらぬ穏やかな瞳で、弟者を見るだけだ。

lw´‐ _‐ノv「空は、少し変わっているでしょ?」

(´<_` )「否定はできないです」

こちらには、きっぱりとした答えを返す。
お喋りな悪魔と対等に渡り合っている辺り、普通でないことは確かだ。

lw´‐ _‐ノv「幼い頃から普通の子とはちょっと違っていてねぇ。
      同じ年頃の子と比べると聡明で落ち着いた良い子だったのよ」

彼女はどこか困ったような声で言った。
空を形容した言葉は、どれも悪い意味を持つものではない。
だが、人間はその時々によって、相応しい振舞いというものが求められがちだ。

幼い子供には幼い子供の。
成熟した大人には成熟した大人の。
それぞれに対応した振舞いがあり、幼い子供が成熟した大人のように振舞うことは好まれない。

lw´‐ _‐ノv「個性の一つだっていうことは、周りもわかっていたのよ?
      でも、やっぱり、簡単に受け入れられるものじゃないのよね」

種瑠は昨日の記憶を持たない。
その代わりに、遠く色あせてしまうはずの記憶を大切に抱えているのだ。
幼少期の空について語るその姿は、つい先日のことを話しているのと変わらない。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:11:23.41 ID:CZ9UuaJX0
   
lw´‐ _‐ノv「特に、あの子の産みの親、私の息子とそのお嫁さんは、
      産まれた瞬間を知っているから、受け入れることができなかったのかもしれないわ」

(´<_` )「どういう意味ですか?」

憶測でものを言うのは理解できる。
彼女には追い出されるまでの記憶がないのだから、
別に重大な出来事があったという可能性も否定はできない。

しかし、それにしてもおかしな話だ。
産まれきたその瞬間を知っていることが、受け入れられぬことと関係しているとは思えない。
むしろ、知っているからこそ、誰よりも強い愛を持って、
周囲との差異に目を瞑り我が子を受け入れてくれるものなのではないか。

川 ゚ -゚)「私は泣かなかったそうだ」

そんな弟者の疑問に答えたのは、話を振った種瑠ではなかった。
今の今まで、よくもまあ言葉が尽きないものだと思う程に、
兄者と言い合いを続けていた空が二人の会話に割り込んできたのだ。

唐突な介入に驚く弟者を無視して、空は言葉を続ける。
見れば、兄者も矛先が唐突に変わったことに多少なりとも驚いているようだった。

川 ゚ -゚)「当然のことだが、私に当時の記憶はない。
     よって、これはお婆様や両親から聞いた話でしかない」

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:16:17.49 ID:CZ9UuaJX0
   
空の口は軽く動く。
紡がれるはずの言葉は、本人にとって重い過去であるはずなのに。
周囲から疎外されていたことも、実の両親との折り合いが良くなかったことも、
彼女にとっては瑣末な出来事なのではないかと思わされる。

川 ゚ -゚)「私は産声をあげなかったのだという。
     母上も産婆さんも、お婆様ですら、死産であったことを覚悟したらしい。
     重い気持ちを引きずり、産まれたばかりの赤子の顔を見て、産婆さんは悲鳴をあげたと聞いた」

流れ出る言葉に、種瑠は頷きを返している。
嘘でも偽りでも、聞き間違いでもないらしい。

川 ゚ -゚)「何と、私は目を開け、じっと世界を見ていたそうだ。
     きょろり、きょろりと赤子が目玉を動かす姿は、さぞ恐ろしかったのだろう。
     悲鳴をあげても、私を放り出さなかったのは産婆さんの優しさだな」

おどけた風ではあるが、彼女の声色や表情で台無しだ。
笑うことなどできるはずもなく、弟者は顔を固めて話の続きを聞く。

川 ゚ -゚)「しばらく、私は周囲を観察し、そして思い出したかのように泣いたという。
     まるで、赤子の姿をしただけの、別の何かのようだった、というのは……誰に聞いたんだったか。
     まあいい。誰でも同じことだ。
     私の産まれた瞬間を知っている者は、大なり小なり思っていることさ」

普通じゃない、何て言葉で片付けられない。
変わり者、というだけでは表しきれない。

川 ゚ー゚)「私は化け物、なのだと」

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:21:26.34 ID:CZ9UuaJX0
作り話であれば、手放しで褒めただろう。
空の語り口と、最後まで聞き手を離さない展開。
その道に進めばいい、とだって言えたかもしれない。

だが、彼女の紡いだ物語は、架空のものではないのだ。
実際に、十数年程前にあった物語。

川 ゚ー゚)「そんなわけで、私はこうしてお婆様と暮らしているわけだ。
     悪魔に怯えることなく進めるのもそのおかげ。
     変わっていることも悪くはないよ」

これも本心だ。
彼女は美しい笑みを浮かべていた。
目も口も綺麗な弧を描いている。

( ´_ゝ`)「変わっている、ねぇ。そんな生優しい言葉を使わないでもらいたい。
      オレは変わり者を信用しない性質だが、お嬢さんはそれ以上だ。
      変わり者以上抜け殻未満。そんなところだろう」

(´<_` )「おい。いくらなんでも、その言い方はないだろ」

静観を決め込んでいた弟者でも、流石に口を挟まずにはいられない。
抜け殻というのは、時として悪魔以上に憎いものだ。
そんなモノと比べられては、空が可哀相である。

川 ゚ -゚)「ありがとう。でも、私は気にしちゃいないよ。
     でも、折角、私が化け物であることを口にしたんだ。
     ああ、胸が痛んださ。それでも、私は言葉いした。
     何故かわかるか?
     常人でなければ、話してもらえることもあるだろうからさ」

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:26:25.54 ID:CZ9UuaJX0
  
身振り手ぶりは大げさに。
しかし、声は棒読み。

見ている方を呆れさせるには十分過ぎる空の様子に、兄者は言葉を吐き捨てる。

( ´_ゝ`)「言ってろ。仮に、例え、万が一、お嬢さんが真に傷ついていたとしよう。
      その場合、責めるべきなのはオレではない。
      最初に話を持ち出した、こちらのお嬢さんだ」

そう言って、種瑠に手のひらを向けた。
種瑠は特に何か言うでもなく、ほのかに笑みを浮かべるばかり。

(´<_` )「あの悪魔の言うことに乗りかかかるのは、とても、この上なく癪だが、
      本当にあなたは何故、あの話をしたのですか?」

弟者は癪であることを強調した上で尋ねる。
気にしていない風の空であったが、あまり突かれたくはない部分のはずだ。
村の者でも、親族でもない者に話すようなことではないだろう。

lw´‐ _‐ノv「そうねぇ。
      別に、あなた達なら大丈夫って、思ったからかしら」

本当のところは、彼女自身にもわからないようだ。

(´<_`;)「そんな適当な感じで、今日会ったばかりの人間に話していいことじゃなかったですよ?」

lw´‐ _‐ノv「でも、私にとっては、一ヶ月前からの知りあいも、今日会ったばかりの人も同じだもの」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:31:23.65 ID:CZ9UuaJX0
  
今の種瑠が信じるのは、身近にいてくれている空と、己の直感だけ。
他の情報は端から零れ落ちるので必要ない。

lw´‐ _‐ノv「空も信頼してるみたいだし、旅の人っていうのなら尚更でしょ?
      私の記憶からも、この場所からも、明日には消えてしまうのだから」

(´<_`;)「それは……。そうですけど……」

明日には消える身だ。
酷い目にあわされても、おぞましい話をされても、一時の関係。
後々まで引きずる心配はない。

川 ゚ -゚)「大体から、産まれたばかりの時や幼少の頃はともかく、
    今の私は歳相応の落ち着きを持った、わりと普通の人間だ。
    神童も化け物も、年を重ねればただの人になる、ということだな」

( ´_ゝ`)「お嬢さんのどこか普通なのか、端から端まで問い詰めてやりたいよ。
      ついでに、普通の定義に関しても聞いてみたいね。
      悪魔を目の前にしても動じず、親から捨てられても嘆かず、
      過去の傷を痛みとして認識しない。
      それが普通? ずいぶんと、懐の広い普通だことで」

川 ゚ -゚)「以前に比べれば、普通になってきた、と言いたいのだよ。
     私とて、多少は変わっていることも自覚している。
     だが、抜け殻扱いされるほど、人外ではないつもりだ」

( ´_ゝ`)「見た目も存在も、一応は人であるだろうさ。
      そうでなけりゃ、変わり者以上抜け殻未満なんて言わずに、
      すっぱりきっぱり、化け物とでも呼んでやる」

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:37:40.84 ID:CZ9UuaJX0
   
兄者と空の言い合いと、その隣で和やかに広げられている談話は日が暮れ始めるまで続いた。
それらが終わったのは種瑠の一言がきっかけだ。

lw´‐ _‐ノv「お腹が減ったわ」

単純明快で、人が生きるために感じて当然の感覚。
言われてみれば、弟者の腹の虫もうずいていた。

川 ゚ -゚)「そうですね。私も空腹になってきました。
     夕飯の用意をしましょう」

空が立ち上がり、台所へ向かう。

(´<_` )「何か手伝いましょうか」

強引に誘われたとはいえ、泊めてもらう身だ。
のんびりと座っているだけというのも気が引ける。

川 ゚ -゚)「いや。慣れているし、一人で十分だ。
    お婆様の話相手にでもなっていてくれ」

弟者の気づかいは手のひらを見せられ拒絶された。
彼女としては、申し出を邪魔に思ったわけでも、男の料理に不安を覚えたわけでもない。
単純に自分一人で十分な仕事に、二人分の手はいらないと考えただけだ。

わかりやすい考え方であるし、弟者も空の言葉を冷たくは取らなかった。
向けた好意の置き場に困っただけ。それだけだ。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 18:42:09.28 ID:CZ9UuaJX0
  
空の背を見送った弟者は、種瑠の方へと顔を向ける。
話相手になっていてくれと言われたので、その指示に従うつもりなのだ。
もっとも、今まで話をしていたこともあってか、空よりも種瑠との会話の方が気楽だったりする。

弟者は、食事の話になる前は何の話をしていたか、と考えを巡らせる。
瞬きの思考の末に、どうせ大した話はしていないので、いっそ別の話をしよう、という結論に至った。

(´<_` )「オレには祖母がいなかったので、こうして話していると何だか新鮮です」

lw´‐ _‐ノv「気持ちとしては、まだ若いつもりなんだけどねぇ」

種瑠はくすくすと笑う。
記憶が止まっている彼女は、自身の年齢さえ正確には把握していないのだ。
彼女の言葉に、弟者はわずかに顔を歪めた。

触れぬようにと思っていても、思わぬところで触れてしまう。
病に罹っている者にしかわからない所がある。
失言によって種瑠が傷ついた様子は無いが、発言した側としては胸の内側がざらつく。
すみません、と言わないことが、弟者にできる最大限のことだった。

lw´‐ _‐ノv「今日、起きたら吃驚しちゃったの。
      手はしわだらけだし、体は痛いし。
      きっと、昨日もそうだっただろうし、明日もそうなんでしょうね」

人間は昨日と今日を重ねて明日を歩く。
しかし、種瑠は違う。
彼女の生きる道は、昨日と今日、そして明日。
それぞれが分断されているのだ。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:10:10.02 ID:CZ9UuaJX0
  
重ならぬ人生は、これ以上の厚みを帯びることはない。
今日を引っぺがし、真新しい明日を重ねるだけだ。

( ´_ゝ`)「毎日半狂乱から始まる生活か。
      よく耐えられるな。記憶のないお嬢さんはともかく、あちらの記憶を持つお嬢さんは。
      まあ、それができるからこそ、世話を任されているのだろうけど」

(´<_`# )「お前、ずかずかと人の病に踏みこんでいくなよ」

lw´‐ _‐ノv「別にいいのよ。
      どうせ、明日には忘れてしまうし」

怒りを露わにする弟者を種瑠が宥める。
その日だけを生きる彼女に怒りという感情は存在しないらしい。
忘れることができるからこそ、心を広く保てる。

lw´‐ _‐ノv「それにね、不思議とそれほど辛い朝は迎えなかったのよ」

あくまでも、驚くだけなのだと彼女は言った。
混乱するでもなく、嘆くわけでもない。

lw´‐ _‐ノv「どうしてかしらねぇ。
      驚いた後に、そうよね、って思うの。
      それから、枕元にある日記に気づいたわ」

日記に目を通すまで、種瑠は経ってしまった月日も、昨日のこともわからないままだ。
現状に納得できるはずがない。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:15:49.91 ID:CZ9UuaJX0
  
lw´‐ _‐ノv「日記を読んでいると、空が襖を開けてね、
      おはようございます、って言ってくれたの。
      そしたら私も、おはよう、って返して。それで今朝が始まったのよ」

本当に前日の記憶を失っているのだろうか。
そんな疑問が弟者の脳裏を過ぎるが、確認するのも野暮というものだ。
彼女達が病に関して嘘を述べる理由もない。

( ´_ゝ`)「お嬢さんからしてみれば、見知らぬ人間が顔を出したも同然だろう。
      日記に目を通していたとはいえ、多少の警戒が必要なんじゃないのか?
      こうして、オレ達が目の前にいても、お嬢さんは少しも警戒しやしない。
      知らないことは、そのまま恐怖に繋がるものだ」

己の筆跡で書かれた文字によって、現状を理解できたとしても、
唐突に現れた女と、種瑠の知っている空を繋げることは難しいだろう。
叫ばなくとも、本当に空なのか、という問いかけがあってもいいはずだ。

何より、見知らぬ昨日と世界に怯えるべきなのだ。
忘却は安寧ではない。

( ´_ゝ`)「記憶の積み重ねができぬからといって、肝が据わることはない。
      何故ならば、本人は毎朝一から始めなければならないからだ。
      覚えていないことを経験すれば、ある程度の落ち着きや達観も得るだろう。
      しかし、「何度も経験したこと」を忘れているのだから、身に染みてはいないのだ。
      何も身に付かなければ、肝は据わらない。その日、その日を疑心暗鬼しながら生きるだけだ」

兄者の声は凍えそうな程に冷たい。
記憶を主食としている彼だからこそ、種瑠に対して疑問を持ち、病にも触れる。
興味がある。同時に、酷く気に触る。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:20:29.69 ID:CZ9UuaJX0
  
兄者にとって、記憶は繊細な食糧だ。
奪ってしまえば跡形もなく消える。

種瑠の得た病は、兄者の食事とよく似ていた。
違いは対価も際限もない、といったところか。

だからこそ、兄者は種瑠の余裕や落ち着きがわからない。
記憶を奪われた人間の顔も、末路も、彼は知っているというのに。
日々が消え去ってもなお、種瑠は何かを積み重ねているというのだ。

(´<_`;)「おい……。
     どうしたんだ?」

弟者が調子を尋ねるような言葉を向けてしまったのもしかたがない。
それ程までに、今日の兄者は異常なのだ。
投げられた疑問に、彼が黙しているのもまた異様だった。

そんな中、種瑠だけが平常を保っている。
もしくは、既に彼女は揺らぐだけの感情を持っていないのかもしれない。

lw´‐ _‐ノv「私は毎日忘れるわ。
      きっと、あなた達のことも明日には忘れている」

そっと目を閉じ、種瑠は言う。
悲しい出来事を、今日の天気でも告げるかのように口にする。

lw´‐ _‐ノv「でもね、私は今日を生きたわ」

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:25:57.88 ID:CZ9UuaJX0
   
しわだらけの手に目をやる。
種瑠にとっては、突然できたしわだ。
見知らぬ手。しかし、自分の手。

彼女はどこか愛おしそうな目でそれを眺める。
失った時間に思いを馳せているのだろうか。

lw´‐ _‐ノv「昨日も、一昨日も生きていたわ。
      そうやって、ずっとずっと生きてきたの」

手から目をあげ、兄者を見る。
そこに怯えは一片たりとも存在していない。

lw´‐ _‐ノv「私は生きた時間を忘れるわ。
      でも、生きてきた事実は消えない」

目の届かぬ場所が空白でないように、
聞こえぬ声が無音でないように、
忘れたからといって、日々は消えない。

弟者は、種瑠があんな目で手を見ていた理由がわかったような気がした。
彼女が覚えていない時間を、確かに刻んだ証がそこにあるのだ。
目に見える形での証明に、種瑠は愛おしさを覚えている。

lw´‐ _‐ノv「過去のことはわからないけれど、何となく感じることがあるの。
      空に対する信頼だったり、忘れてしまったことに対する印象だったり。
      それはきっと、あなたの言葉を借りるなら、身に染みたものなんでしょうね。
      頭ではなく、体や心にしっかりと染みいった、そんな何か」

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:30:27.62 ID:CZ9UuaJX0
  
種瑠のいる居間が別世界に感じられる。
台所から聞こえてくる調理の音が遠い。

lw´‐ _‐ノv「どうして空のことを信用しているのかとか、あの子がこんなにも好きなのかとか。
      それは覚えていないけど、そう感じたこと全てを忘れることはないのでしょう。
      だから、私は覚えていないのに、これ程までに空を信用して、好きでいられるのね」

命をも預けるような、全幅の信頼だ。
血をわけた家族とはいえ、中々できることではない。
種瑠のような特殊な状況下におかれているなら、余計にそうだろう。

それでも、凪いだ表情であんなことを言える彼女は、もはや人間と呼べないのではないだろうか。
弟者は漠然とそんなことを思った。

勿論、口には出さないし、顔に出したつもりもない。
普通の感性を持つ弟者は、種瑠を人ではないと感じながらも、人としての扱いしかわからなかった。
その感覚から言えば、思ったことをそのまま口にすれば、種瑠は傷つくに違いないという結論になる。

( ´_ゝ`)「病で弱った脳が、日々に訪れる鬱屈や圧力に負けて壊れただけかもしれないぞ。
      感情や警戒心を司る部分がどこにあるかなど知らんが、
      そこが壊れた結果、今のお嬢さんができただけかもしれない。
      好意の積み重ねや心に染みいったものなど幻想にすぎずに、な」

兄者は種瑠の言葉に対し、脳への負荷を返した。
もはや口を挟むことが許されぬ弟者は、黙って彼らの言葉を聞くしかできない。
ただ、人間でない兄者には、弟者と同じことを感じることはできないのだ、とだけ思った。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:38:04.77 ID:CZ9UuaJX0
  
人間には到底できないこと、到達できない場所がある。
そこに至ってしまった者を、普通の人々は様々な呼び方をする。

変わり者、気違い。
化け物、妖怪。
神、仏。

名称を変えられた者達は、
時に蔑まれ、時に恐れられ、時に崇められる。

lw´‐ _‐ノv「そんなこと、考えもしなかったわ。
      私の病気は、毎日を忘れてしまう、それだけだと思ってたもの。
      それ以上に壊れているかも、なんて、始めて言われたわ」

( ´_ゝ`)「毎度毎度、記憶を失うお嬢さんの心に何かが残っているというよりは、ずっと現実的な話だろ?
      いや、もしかすると、言われたことすら忘れているのかもしれないな。
      自身の頭が思った以上に壊れている事実に、日記を書くことすらできなかった、ということも考えられる」

種瑠の記憶は積み重ねられることなく消えていく。
記憶を喰らう悪魔の目は誤魔化されない。

消えるという事実を元に、兄者は推測を立てただけだ。
曖昧な言葉に惑わされず、最も現実味のあるものを選ぶ。
病に罹った彼女を侮蔑したいわけではない。

確信が欲しいのだ。
自身が積み重ね、得てきた経験は正しいのだという確信が。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:43:27.35 ID:CZ9UuaJX0
  
兄者が揺らぐ。
今日という日が忌々しく、疎ましくてしかたがない。

種瑠と空、二つの存在があるから胸の内がじりじりと焼かれる。
片方だけならばまだ良かった。
どうにか芯を保つことができていたはずだ。

揃っているから、積み上げてきたものが崩れる。
余計なことを考えてしまう。

lw´‐ _‐ノv「でも、それじゃ浪漫がないわ」

相変わらず、苛立ちの一つも見せない。
彼女は言葉を続ける。

lw´‐ _‐ノv「記憶は頭に宿るものかもしれない。
      けれど、思い出は心に宿るもの。
      そう思っていた方が、ずっと素敵でしょ?」

人間を掻っ捌いても、心という部位は出てこない。
名称があるくせに、そのものを見た者はいないのだ。
故に、種瑠は心に浪漫を置いた。

lw´‐ _‐ノv「積み重ねてきた時間は、頭の中に積み重ねて、
      心の中に染み込ませていくの。
      きっと、そういうもの」

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:47:34.80 ID:CZ9UuaJX0
  
話を聞いていた弟者は、そっと己の胸に手を当てた。
心が何処にあるのかなど知らないが、あるのならば心臓にあるのだろうと思っての行動だ。
胸の鼓動が、見知らぬ思い出の鼓動のようにさえ感じられる。

lw´‐ _‐ノv「人間という生き物が、浪漫の一つもない存在ではないと、私は信じているの。
      お医者様にだって、わからないことがたくさんあるって言うもの」

自分達のことのはずなのに、人は己の構造すら知らない。
何がどうして動くのか。そこには何があるのか。
未知は浪漫へと続き、種瑠は浪漫に思い出を託した。

( ´_ゝ`)「浪漫か。それは、それは素晴らしい。
      希望や空想は人を豊かにする。それを否定するような野暮なことは言わないでおこう。
      未開の地へ浪漫を求めた者がいるから、世界は広がる。
      無論、その過程で死に逝った者も多いだろうがな」

受け入れているようで、その実、兄者は種瑠の言葉を否定している。
浪漫を追い求めても、手に入れられるのは一握りだけ。
多くは夢破れるのだ。

兄者にとって、種瑠の浪漫は砕け散るだけの代物に見えた。
曖昧で、確固たる根拠もない。
そう思っていた。

しかし、種瑠が目尻にしわを作りながら、ゆっくりと唇を開く。
その瞬間に、兄者は自分が負けることを悟った。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 19:50:40.45 ID:CZ9UuaJX0
  
lw´‐ _‐ノv「私の浪漫には、地図があるわ。
      何もわからないところに飛び出していくわけじゃない」

種瑠の目は穏やかなだけではない。
真っ直ぐに見つめれば、奥に力強さを確認できる。
彼女は何を言われても揺らがない。

lw´‐ _‐ノv「私の頭が壊れてしまっていて、警戒心や感情が失われてしまっているというなら、
      空を見たときに胸にわきあがった愛おしさの説明がつかないわ。
      昨日も、明日も、私は同じ気持ちを持っていたはずよ」

忘れる人間が言うには、説得力に欠ける言葉だ。
けれども、彼女の持つ瞳は、否定を許さない。

lw´‐ _‐ノv「そうだ。明日の私に聞いてみてくれないかしら?
      始めて空を見て、どう思ったのか」

駄目押しとばかりに、やがて来る明日への賭けを申し出された。
こうなれば、もはや選択肢は一つ。

( ´_ゝ`)「了解。それに従おう。
      全てをはっきりさせるには、それが最も手早い道のようだしな。
      でも、このことは日記に書かないでいてもらいたいね」

明日の種瑠が嘘をつくとは思っていないが、念のためだ。
当然、彼女はそれを快く了承してくれた。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:02:57.44 ID:CZ9UuaJX0
   
二人の会話が終わっても、弟者はどこかぼうっとしていた。
話しは終わったとばかりに黙ってしまった兄者に代わり、
種瑠と当たり障りの会話をしていたのだが、意識は何処かうわの空。

弟者にとって、先ほどまでの議論は人外のものだった。
自身のような常人には、理解も共感もできないもの。
そのはずだった。

何故か、弟者の心は違和感を訴える。
あと一歩、何かきっかけがあれば、自分も兄者と種瑠、どちらかに共感できるのだという気にさせられていた。
必要なものが何なのかはわからない。
できることならば、わかりたくもない。

理解すれば、人間でなくなってしまうと思っているのか。
または、理解によって別の何かを思い出すことが恐ろしいのか。
弟者には二つの選択肢にさえ気づいていない。

漠然と、理解を拒絶しているだけだ。
心だけが違和感を叫んでいる。

lw´‐ _‐ノv「疲れさせてしまったかしら?」

(´<_` )「え?」

会話の途中で、種瑠が問いかけてきた。
白状するならば、弟者は何について話していたのかすら記憶にない。

lw´‐ _‐ノv「ぼーっとしているようだったから」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:06:47.65 ID:CZ9UuaJX0
  
種瑠に言われ、弟者は慌てて否定の言葉を紡ぐ。
自分の内側が叫んでいたとしても、目上の人間と話している最中に、
意識を別の所にやり、さらに気を使わせるなど、あってはならないことだ。

(´<_`;)「すみません。
     そういうわけじゃないんです。
     ちょっと、その……考え事をしてしまっていただけで」

lw´‐ _‐ノv「なら良かった。
      私、ちょっとお喋りすぎたかしら、と思っていたのよ」

弟者は気まずげに頬を掻く。
言い訳としては最低の部類だったが、種瑠の心の広さに救われた。

川 ゚ -゚)「できたぞー」

さらなる救いは、空が戻ってきたことだ。
これで、口を開く存在が二人だけということはなくなる。
話の種もまた新たに蒔かれることだろう。

lw´‐ _‐ノv「いい匂いねぇ」

川 ゚ -゚)「腕によりをかけましたから」

空の手によって、三人分の食事が並べられていく。
特筆する部分もない普通の料理だが、見た目も香りも良い。
さらに、麗しい美女が作ったともなれば、垂涎ものだ。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:10:45.26 ID:CZ9UuaJX0
  
空が用意した食事はどれも美味だった。
食事時は、それ以前が不思議に思える程、穏やかに過ぎた。

空は兄者と軽く言葉を交わす程度で、熱い言葉の応酬にはならず、
種瑠と弟者は、全員と満遍なく言葉を交わして終わった。
その様子は、普通の団欒といってもよかっただろう。

川 ゚ -゚)「せっかくだ。客人ではあるが、男手を活用させてもらおう」

腹に入れた物の消化があらかた進んだ頃、空が立ち上がった。
弟者は疑問のままに首を傾げる。
力仕事をするのはいいが、時間が時間だ。
できることもも限られてくる。

(´<_` )「何をすればいいんですか?」

彼の問いに、空は胸を張って答えた。

川 ゚ -゚)「風呂だ」

簡潔で、思っていたよりも労力のいらぬ答えに、弟者は言葉を失った。
だが、言われてみれば、風呂に入るには丁度良い頃合だ。

(´<_` )「水を汲めと」

川 ゚ -゚)「そういうことだな」

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:14:59.49 ID:CZ9UuaJX0
  
井戸から水を汲むという行為は、確かに力仕事だ。
とはいえ、女でも十二分にできることで、
薪割りや家具の移動、といった労働を頭に浮かべていた弟者としては楽々とこなせるものだった。

空に案内された風呂は極一般的なものだったので、それほど水の量も必要ない。
弟者が幾度か往復すれば、適当な量になるのはすぐだった。

川 ゚ -゚)「ありがとう。
    それじゃあ、この薪を鉄砲にいれてっと」

風呂桶に取り付けられている筒に薪を入れる。
しばらく待てば、冷たい井戸水が温かい風呂に変わることだろう。

川 ゚ -゚)「さて、客人。
    先がいいか? 後がいいか?」

労力の対価とでもいうのだろうか。
彼女は弟者に風呂の順番を問いかけてきた。

(´<_` )「最後でいいです」

対する弟者はすぐに答えを返す。
客が家の主よりも先に風呂に入ることなどできるはずがないし、
旅をしていた分、弟者の体は汚れている。
とてもじゃないが、彼が浸かった後の風呂桶に女性を入れるわけにはいかない。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:19:10.55 ID:CZ9UuaJX0
   
弟者の選択通り、先に種瑠と空が風呂に入ることとなった。
始めに空が種瑠を支えながら風呂に入り、その次に空が入る、という順番だ。

一足先に風呂から上がった種瑠は、
居間で待機していた弟者と兄者に一声かけ、寝室へと向かった。
今日の分の日記を書くらしい。

lw´‐ _‐ノv「今日は書くことがたくさんあるわね」

そんな風に言っていたのを弟者はしっかりと聞いていた。
変わり映えのない毎日だとしても、種瑠には驚きの毎日だ。
そこに悪魔と悪魔憑きが加わるとなれば、残しておくべきことも増えるに決まっている。

暇を持て余したとき、種瑠は自分の日記を読んで過ごす。
見知らぬ自分が体験したことは、時に面白い読み物と化すのだ。

後に読み返したとき、今日という日は一番の頁になるに違いない。
兄者と弟者に会った日の文字を見て、種瑠は驚きや愉楽を味わうことができると確信していた。
体験した己が楽しいのだ。記憶を失った己も同じに決まっている。

二人、居間に残された弟者は、時に兄者と言葉を交わし、時に荷物の整理をして時間を潰す。
屋根の下にいるというのに、兄者が外に出てきているというのは、不可思議な気持ちになる。
野宿をしている時、以外と彼は弟者の周囲を漂っていることが多い。
そうして、あれやこれやとつまらぬことを言ってくるのが常だ。

そのため、近くに兄者がいるという状況は受け入れ難いものではない。
ただ、ここが室内だということだけが、弟者の違和感を刺激する。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:23:32.71 ID:CZ9UuaJX0
  
また少し経つと、空が風呂から上がった。

川 ゚ -゚)「さ、最後にどうぞ」

(´<_` )「ありがとうございます」

空と入れ替わるようにして風呂桶へと向かう。
柔らかな布団もいいが、暖かな風呂もいい。
弟者は服を脱ぎ、さっそく湯の中へと入った。

暖かな湯が弟者の汚れと疲れを取り払う。
思わず大きく息を吐いてしまうのは必然だ。

(´<_`* )「いい湯だ」

ほっと一息ついたところで、兄者の姿が見えないことに気づいた。
風呂の一時に配慮しての行動か、男の裸なんぞ見たくもないという意思表示か。
どちらにせよ、兄者の意思のみで消えたということだけは確かだ。

一人でゆっくりと湯に浸かるのは心地良く、
兄者と他者のやり取りを聞き続けてきた今日において、ようやく得た安息ともいえる。
だが、弟者は思うところがあった。それは、空も種瑠もいない今しか聞けぬこと。
わずかに悩む素振りを見せた後、弟者は口を開く。

(´<_` )「少し話しがあるんだが」

見えぬ兄者へ声をかけた。
姿はなくとも、こちらの声は届いている。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:28:08.96 ID:CZ9UuaJX0
  
内側に潜む兄者へ、弟者が声をかけることは少ない。
顔を合わせれば、一生姿を見せるな、と怒鳴るのがいつものことなので、それも当たり前といえる。

( ´_ゝ`)「あんたから話しかけてくるとは珍しい。
      それも、ゆっくりと風呂に入っているような時に。
      明日は雨か? 雪か? 雹か?」

するりと姿を現した兄者は、いつもと変わらないように見えた。
軽口を叩き、飄々とした様子だ。

( ´_ゝ`)「オレの声が聞きたくなったか。
      今日はかなり舌を動かしたつもりでいたんだがな。
      考えてみれば、あんたとはあまり話していなかったかもしれん。
      寂しかったか。つまらなかったか。どれでもいいぞ」

(´<_` )「誰が寂しがるか。話しかけられない方が清々する」

反射的に返し、すぐに弟者は首を振った。
こんなことを言うために呼び出したわけではない。
むしろ、いつも通りすぎるやり取りをするならば呼びたくなどなかった。

(´<_` )「お前、今日はずいぶんと様子がおかしいじゃないか」

兄者の表情がわずかに硬くなる。
触れられることを拒絶する顔だ。

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:32:46.40 ID:CZ9UuaJX0
  
弟者がわざわざ兄者へ声をかけたのだ。
厄介なことになることは容易に想像できる。
だからこそ、兄者は真っ先に弟者の意識を別方向へそらそうとした。

(´<_` )「空さんと会ってから、ずっと変だ」

この問いかけは予想の範疇だ。
回避しようと思えば、弟者の声を無視することで達成できたはずだった。
それを選択しなかったのは、無言の肯定をする方が、傷になると判断したからに他ならない。

無言は人の想像力をかき立てる。
時が経てば経つ程、考えは深まり歪む。
兄者の目的を果たすためには、これらが邪魔なのだ。

( ´_ゝ`)「どこが変か具体的に教えて欲しいものだ。
      オレ自身はいつも通りのつもりだったが?
      よく喋ることも、姿を現しても問題ない場所ならばこの身を晒すことも」

どれも心当たりがあり過ぎた。
大まかな様子のみを上げてしまえば、本当にいつも通りのように見える。

(´<_` )「少なくともオレは、お前があんな顔をしていたのを始めて見た。
      焦っていたり、苛立っていたり。
      ずいぶんと表情豊かだったな」

常の兄者からは考えられないだけの表情を見た。
当の本人も、みっともない顔を晒したという自覚がある。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:38:06.71 ID:CZ9UuaJX0
  
(´<_` )「今さら、変なところなんて無かった。
      なんて足掻きは、時間の無駄だろ?」

淡々と、目的に向かって弟者は進む。
余裕があるわけではないが、のぼせる前に聞き出したいという気持ちくらいは持ち合わせている。
ぐだぐだと兄者の調子に引きずりこまれ、時間を使うつもりはない。

弟者の口調に、兄者もそのことを察したのだろう。
諦めたように肩をすくめる。

( ´_ゝ`)「それで、どうしたいんだ。
      オレの様子がおかしい、それで?
      気にかけてもらっているのはありがたい、と言っておくが、
      あんたはそれを伝えたかっただけか。そこから何か引きずりだしたいのか」

否定する気もおきず、兄者は次を促す。
感情を露わにした表情について指摘されたからといって、
羞恥を感じたり、焦ったりするような神経はしていない。

(´<_` )「どちらかと言えば後者だな。
      オレが見てきたお前とは全く違う姿だった。
      気にもなるし、問うてみたくもなる」

湯の中で体を軽くこすりながら答える。
考えをまとめているのか、弟者はそれ以上のことは口にしなかった。
暖かな湯が動く音だけが二人の耳に届く。

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 20:43:06.40 ID:CZ9UuaJX0
膠着状態が面倒だったのか、あるいは先手を決めたかったのか。
弟者よりも先に兄者が沈黙を破く。

( ´_ゝ`)「あんたの言葉がただの意思宣言でないのならば、
      何かを引きずりだしたいのならば、己の口で問いを作れ。
      無言にオレが耐えかねて、洗いざらい白状することでも望んだか?」

(´<_` )「それ程、お前が甘くないことは知っている。
      聞きたいこと、そして、それを答えさせる術を考えていた」

口の上手い兄者のことだ。
直線的な問いでははぐらかされる可能性がある。

隠しだてのない答えに、兄者は指を一本立てた。

( ´_ゝ`)「ならば、一つだけ答えてやる。
      だらだらとした質問は無駄になるだけだしな。
      数を絞れば、あんたも自分が何を聞きたいのか改めて考えることができるだろ?」

引き下がりながら、それでも兄者は己の領分は譲らない。
最低限のところまで踏み込ませているのだから、彼からしてみれば十分すぎる譲歩とも言えた。

弟者は瞬き程度の間を置いてから口を開く。

(´<_` )「空ってどんな人だったんだ」

たった一つの質問を選ぶことに、彼は迷いを見せなかった。
元より、聞きたいことは大して多くはなく、取捨選択するのはとても簡単なことだった。
ことの始まりさえわかればいい。
他にも聞いてみたいことはあったが、この問いかけに比べれば瑣末なものと切捨てられる程度のことだ。

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:06:24.70 ID:CZ9UuaJX0
  
この場合、弟者が指している空は、種瑠の孫である空ではない。
始めに兄者が口にした「空」だ。

( ´_ゝ`)「あいつは人じゃない。
      オレと同じ悪魔だった。生まれも同時期くらいだっただろうな。
      本当の姿なんぞ知らんかったが、人の姿を取るときのあいつはいつもあの姿だった」

同名である人間を指し、場の空気を乱してやることもできたのだが、
今回ばかりは兄者も真面目に答えることにした。

理由はないも同然だが、強いて上げるならば、彼にも話したいという気持ちがわずかに存在していたことだろう。
姿を見かけただけで取り乱してしまう程に、深く関わりあった悪魔について。
他ならぬ弟者には、主である彼にならば、言ってしまっても良いと思えていた。

(´<_` )「悪魔……」

弟者は驚きをそのまま口にする。
ずっと昔に知りあった人間と似ていたのだろうとあたりをつけていただけに、予想外の答えだった。

( ´_ゝ`)「気づいたときには共にいた。
      ああ、勘違いはしてくれるなよ?
      人間でいうところの情愛や恋慕なんてものはなかった。
      当時オレの傍にいて、気の置けない悪魔というのがあいつだったってだけだ」

どこか遠い目をする兄者に、弟者はどこかの阿呆のことを思い出す。
以前、兄者がそれを口にしたとき、似たような目をしていた。
今を生きる者には、手出しをすることができぬ領域を見ている。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:11:23.64 ID:CZ9UuaJX0
   
( ´_ゝ`)「遠い昔の話さ。
      悪魔が自由に主を選び、適当に手を貸してやっていた時代の話。
      オレはそれからもずっと生きて、今に至っているわけだが、
      空の時代はそこで止まっている」

兄者の目に憂いが走る。
結末は、察しがついた。

( ´_ゝ`)「死んだんだよ。あいつはな。
      オレが始めて見た、悪魔の死に様だった。
      死ぬことも、方法も知っていたが、実際に見るのは始めてだった」

異性に向ける類の感情は持っていなかったようだが、それ以外のものならばあったのだろう。
そうでなければ、目を伏せる理由がない。

(´<_` )「寂しいな」

弟者は零す。
身内を失った彼は、誰かを失う辛さを理解していた。
悲しみも悔しさも嘆きも、全て通って、最後に残る気持ちは、寂しさだ。

悪魔が死ぬということは、前に聞いたことがあった。
その方法まで問い詰めることはできなかったが、本当に死ぬのだということも改めて理解させられる。

( ´_ゝ`)「あんたは本当にお優しい人間だな。
      悪魔に感情移入してどうする。それも、死んだ奴にだ。
      第一、オレは寂しさなんて覚えなかったぞ」

乾いた声で、しかし裏も表もないように言ってのけた。

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:16:50.35 ID:CZ9UuaJX0
  
( ´_ゝ`)「あいつは本当に面倒なことを置いて逝った。
      オレも後始末もせずに放置したが、全てはあいつが原因だ。
      頭の螺子が緩んでいるとは思っていたが、あそこまでとは思っていなかった」

心底呆れた、と兄者はため息をつく。
嘘偽りなく本心から出たらしい言葉に、弟者は風呂桶の中で軽くよろけた。
今までの重苦しい雰囲気は何だったのだ。

(´<_` )「その割りに、動揺していたようだったが?」

態勢を立て直し、揶揄するように言う。
見間違いでも何でもなく、あの時の兄者は明らかに動揺していた。
あれが今日が狂い始めたきっかけだったと言ってもいいだろう。

( ´_ゝ`)「一つは単純な驚きだ。
      長く生きたが、昔に顔を会わせた者と同じ姿形をした者に会ったのは始めてだった。
      それも、あいつは悪魔で、麗しさを手に入れることなど簡単だったか、あのお嬢さんは普通の人間。
      天から与えられたといっても、中々お目にかかることのできない容姿だ」

(´<_` )「まあ、そうだよな。
      空さんみたいな人をオレは始めて見た」

恋をすることすらおこがましくなるような美しさだった。
完璧な美とでも言えばいいのだろうか。
何百年と生きて、一人見ることができたら幸いな程に。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:21:29.43 ID:CZ9UuaJX0
( ´_ゝ`)「冷静になってみれば、お嬢さんは間違いなく人間で、
      オレの知る空であるはずがなかった。
      決まった姿を持たぬ悪魔であるオレが、まさか見た目に揺らがされるとは思わなかった。
      これも一つの勉強。経験、としておこうか」

兄者は美醜を知るが、それに動かされることはあまりなかった。
それは、彼が悪魔であり、姿に執着しないことに起因する。
だが、今回ばかりは、これまでの生では経験し得なかった突かれ方をした。

あったのは美醜ではなく、酷似。
姿形など、一つの判断材料でしかなかったが、兄者自身が意識しているよも、
それらは大きな幅を保持しているらしかった。

( ´_ゝ`)「もう一つは、あいつが生きているなら言ってやりたいことがあったから。
      置いていかれた厄介事についてな。
      先に言っておくが、この件については黙秘をさせてもらう。
      まあ、機会があれば話してやらんこともないが、今回は一つだけ、という約束だからな」

生殺しだ。
弟者は思った。

詳しいことはわからないが、厄介事とやらが、空と無関係であるとは考えられない。
それどころか、その部分こそ、本当に大切なところなのだと直感が訴える。
兄者のことだ。核心だけを上手く避けるくらいやってのけるはずだ。

(´<_` )「……わかった。
      だが、空さん自身についてはまだ聞かせてもらっていないぞ」

ここで話を終わらせるつもりはない。
せめてもの抵抗に、弟者は悪魔の空についてもう少し話してもらうことにした。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:26:18.76 ID:CZ9UuaJX0
  
( ´_ゝ`)「あいつ自身について、ねぇ。
      姿形は言った通り、お嬢さんと同じ。
      後は性格か?」

視線を上にやり、思い出すような仕草を見せる。
何せ、ずいぶんと昔のことだ。
すんなりと思い浮かべることができない。

( ´_ゝ`)「思い出とは美化される傾向にあるが、大まかにはお嬢さんと変わらなかったな。
      それが余計にあいつを思い出させるわけだが。
      よく喋り、己の興味関心によって動き、何があっても折れない悪魔だった。
      日がな一日、互いに答えの出ぬ問いかけと返答を繰り返したこともあった」

(´<_`;)「悪魔ってのは全員そんなのか」

兄者が並べた空の性格というのは、そのまま兄者にも当てはめられるものだった。
実際に知っている悪魔と、話に聞く悪魔。
他に悪魔を知らぬ弟者からしてみれば、他の個体にも期待はできない。

( ´_ゝ`)「そう嫌がるな。悪魔も色々だ。
      契約なんぞできないんじゃないかと思う程、無口な悪魔もいる。
      オレとあいつの場合は、類は友を呼ぶ、ってやつだったんだろう」

(´<_` )「なら、お前の友人には一生会いたくないな」

( ´_ゝ`)「寂しいことを言ってくれるな。
      オレが友と呼ぶような悪魔は、オレと同じで人間のことが好きな奴ばかりだ。
      抜け殻にしてしまうよりも、眺めている方が好きな、
      あんた達人間からしてみれば、無害な奴らばかりだぞ」

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:31:34.63 ID:CZ9UuaJX0
  
本気で言っているのか、冗談で言っているのか。
兄者の友人達を知らぬ弟者だが、まともな奴はいないだろうという判断をつける。
類は友を呼ぶ、という話をした後では、良い想像など欠片もできない。

(´<_` )「お前がオレに害を成している時点で説得力が皆無だ」

( ´_ゝ`)「利益ばかりを与えているか、と問われれば否だろうが、
      害を成しているというのは酷い言われようだ。
      オレは願いを叶える下準備をしているだけだというのに」

大げさな振るまいをする兄者に、弟者は苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
何をするつもりか知らないが、慣れ親しんだ場所から離れることを余儀なくされ、
旅の先々で悪魔憑きだと迫害されるような下準備は御免被りたい。

( ´_ゝ`)「そんな顔はやめて欲しいものだ。
      どれだけの時間と回数を重ねようとも、敵意や蔑みには慣れない。
      オレは人間が好きだと言っただろ?
      もっと、好意的な目を向けてくれ」

(´<_` )「吐き気がする要求は止めろ。
      第一、人間が好きというのも嘘臭ければ、
      仮にその言葉が真実だとして、どういう意味での好きなのか判別がつかん」

好きにも種類がある。
人に向けるもの、食物に向けるもの、物に向けるもの。
場合によっては殺意や憎悪を伴うことだってある。

言葉一つではあるが、手放しで受け止めるわけにはいかない。
相手が悪魔であるならばなおさらだ。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:36:05.17 ID:CZ9UuaJX0
  
( ´_ゝ`)「好きに解釈するといい。
      真っ直ぐな好意でも、狂った好意でも、何も変わらない。
      願いを叶えればさようならだし、それまでは共にいる。
      あんたが正確な解釈をできずとも、何ら問題はない」

(´<_` )「なら、そもそもから嘘だということにしておくよ」

( ´_ゝ`)「それも一つの選択だな。
      嘘とすることで、あんたの心に平穏が訪れるならそうすればいい。
      好意を受け取ることを強制しやしないさ」

そこにいるのは、いつも通りの兄者だ。
腹立たしくて、鬱陶しくて、飄々と笑う悪魔。

弟者はずっと、調子の崩れている兄者を見るのは大そう愉快だろうと思っていた。
それがどうだ。今日の兄者を見て、弟者は一度でも笑えただろうか。
答えは否。

いつもと違う兄者の様子に、思わず弟者まで引きずられそうなってしまう体たらくだった。
弟者は小さく笑う。

(´<_` )「結局、お前にとって悪魔の空さんってのは、
      大切な友達だったんだろ?」

風呂から上がる前に、殆ど断言するようにして言った。
兄者の語り口を聞くかぎり、今も昔も空は良き友人として彼の心に残っているとしか思えない。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:41:53.39 ID:CZ9UuaJX0
兄者は
わずかに間を空け、口角を上げる。
嫌味な感じはしない。むしろ、穏やかと言ってもいい。

( ´_ゝ`)「そうだな。ああ、そうだ。
      嫌いではなかった。断言できる。
      あっさりと死んだことに腹をたてる程度には、あいつに友情とやらを感じていたのだろう」

(´<_` )「最初、オレは空さんが嫌いなのかと思ってた」

弟者は風呂桶から体を出す。
しっかりと温まった彼の体からは、ほかほかと湯気が出ていた。

(´<_` )「話せば火花を散らし、時には面倒くさそうですらあった。
      だが、聞いてみれば何てことはない。昔からそうだったんだな」

共に口数が多いのならば、口論で火花を散らすことは珍しくない。
自分の興味で動くならば、そうでないものには触れたがらない。

(´<_` )「なら、いい」

( ´_ゝ`)「どういう意味だ?
      オレが空、ひいてはお嬢さんにどのような感情を持とうが、あんたには関係のない話だろう。
      明日にはここを出ることを考えれば余計にな」

(´<_` )「嫌いとか憎しみとかで空気が歪んでいるんじゃないなら、
      明日の朝食はゆったりと食べられると思っただけだよ」

吐いた言葉は、偽りではない。
誰しも、負の感情がその場を覆うよりは、気の知れた掛け合いと空気の方が一息つける。

135 名前:>>133 変な改行入った 投稿日:2013/09/20(金) 21:46:30.60 ID:CZ9UuaJX0
  
だが、それだけでないのもまた事実。

弟者の知る兄者は、個人を嫌うということをしない悪魔だった。
大まかな括り、例えば変わり者、を嫌うことはあっても、特定の個人を嫌うには至らない。
旅をしている、という状況も個人を嫌っている姿を見なかった原因の一つだったのだろう。

だからこそ、始めて見る兄者の様子に、弟者は驚き、混乱した。
嫌々ながらも継続した付き合いをし、徐々に知ってきた全てが崩れると思った。
誰かを嫌っているのかもしれない兄者に対して、
己はどうあればいいのかがわからなくなってしまいそうだった。

信じられない、裏切られた、どれも馬鹿馬鹿しい思いではあるが、
弟者はそれを抱いていないと言いきることはできなかった。
問われれば考えてしまう程度に、彼の心中は混乱を極めていたのだ。

(´<_` )「死んだ友達が目の前に現れたら、そりゃ吃驚するよな。
      その辺り、人間も悪魔も、感性は変わらないようだ」

兄者の知っている空について聞き、弟者は無意識のうちにではあったが、安心した。
積み上げてきた時間は無駄ではなく、確かな形を保ったままだったのだから。

(´<_` )「オレも地元の友達に会いたいな。
      どっかの悪魔のせいで、もうずいぶんと顔を見ていない」

寝間着に着替え、体を軽くほぐす。
まだ暖かい体は昼間よりもわずかに柔らかい。

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 21:51:20.83 ID:CZ9UuaJX0
   
( ´_ゝ`)「旅を終わらせて帰るという手もなくはないぞ。
      それにしても、えらく神妙な顔をしていたわりに、解決するのはあっという間だったな。
      あんたが真っ赤に茹で上がるまで話し続けるのかと思っていたが」

(´<_` )「悪魔憑きのまま帰れるか。
      空さんの件は、だらだら質問してもしかたがない、だろ?」

兄者が提示した条件を揶揄するように言う。
細かな心情など、弟者自身も正確には把握していないので、説明できるはずがなかった。

(´<_` )「そういえば、賭けの結果、楽しみだな」

やや上にある兄者の顔を見る。
友達に会いたい、という弟者の願いをどんな気持ちで聞いていたのかと思ったが、
相変わらず食えない表情があるだけだった。

(´<_` )「オレは種瑠さんの味方だぞ。
      ちょっと思うところがあったし」

それに、と弟者は悪戯っぽく続けた。

(´<_` )「その方が、浪漫があるからな」

餓鬼っぽい、と言えば怒るだろうと兄者は思った。
悪魔として人間よりもずっと長い時間を生きていることを差し引いても、
兄者の目から見た弟者は、表情や口調、仕草。どれを取っても子供だった。

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:10:15.30 ID:CZ9UuaJX0
   
風呂から出た弟者は、すぐに客間へと案内された。
湯冷めをせぬように配慮してくれたらしい。

定期的に掃除がされているらしい客間は、使われた形跡がないにも関わらず埃もなく快適だ。
敷かれている布団に触れてみると、空が言っていたようにふかふかしていた。
これならば良い夢が見られることだろう。

川 ゚ -゚)「それじゃ、また明日」

(´<_` )「おやすみなさい」

空が隣の寝室へと姿を消し、弟者は布団に身を横たえる。
久々の布団は心地良く、すぐに眠りを引き出してくれた。
眠りが必要なのかはわからないが、兄者も今は姿を消しており、
周囲に気配もなく、弟者は静かに眠りの底へ落ちていくことができた。

家にあるのが規則的な寝息のみになった頃、弟者の布団がわずかにめくれる。
彼の体から兄者が出てきたのだ。
今宵は弟者の体を拝借するつもりはないらしい。

( ´_ゝ`)「あいつを見て驚いたのは事実だ。
      だが、それはあいつがオレの友達だったから、だけじゃない。
      思い出したからだ。空が死んだ瞬間とその理由、その末路。
      忘れていたつもりなんてなかったし、覚悟もしていたってのに。
      まったく。今さらオレの気持ちを試すような運命はいらないんだがなぁ」

意味深な笑みを浮かべ、兄者は姿を消した。

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:15:01.90 ID:CZ9UuaJX0
  
翌朝、弟者は朝の光と鳥の鳴き声によって目が覚めた。
久方ぶりに熟睡し、体の疲れが取れた気がする。

(´<_` )「あー。よく寝た」

軽く伸びをしてかた立ち上がり、布団を畳む。
耳をすませば、台所の方から音が聞こえてきた。
どうやら、空は一足先に起きているようだ。

( ´_ゝ`)「おはよう。心身ともに疲れが取れたようで何より。
      さて、早速だが昨日の賭けを確認してみようではないか。
      できることならば、お嬢さん方が顔をあわせる前がいいからな」

(´<_` )「そりゃまた何で」

寝ぼけ眼で問い返す。
顔を洗い、目が覚めた後では駄目なのだろうか。

( ´_ゝ`)「何も知らぬ状態で、オレ達を見てどのような反応をするのかが気になる。
      心に残ったものによってお嬢さんを認識しているのならば、
      こちらは完全なる他人。多少の驚きや恐怖が見てとれるはず」

(´<_` )「趣味の悪いことで」

( ´_ゝ`)「勝負事は、時として非情になることが大切だということだ。
      幸い、オレは悪魔なもので、良心の呵責というものは人間より少ない。
      そういうことにでもしておいてくれ」

(´<_` )「どっちなんだよ」

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:20:11.35 ID:CZ9UuaJX0
  
軽い言い合いによって、弟者も何とか目が覚めた。
少し迷ったが、結局は兄者に言いくるめられ、種瑠がいるであろう寝室へ向かう。

(´<_` )「おはようございます。
      種瑠さん、起きてますか?」

念のために声をかけるが、返事はない。
耳が遠い様子はなかったので、まだ眠っているのだろう。

( ´_ゝ`)「脳が普通とは違う働きをしているから負担が大きいのだろうな。
      眠りが深く、長い。年寄り全てが早寝早起きというわけではないということだ。
      一応、中に入って声をかけてみろ。それで起きないのならば仕方がない」

(´<_`;)「わざわざ起こすっていうのも気が引けるんだが」

( ´_ゝ`)「考えるより行動だ。
      襖にかけたままの手を動かせ。
      向こう側に化け物がいるわけでもあるまいし。簡単なことだろ?」

開けるだけならば兄者にもできることだが、進むか否かは弟者にかかっている。
手を伸ばすよりも、弟者の背を押す言葉を並べる方が重要なのだ。

数度やり取りをした後、再び弟者が折れた。
もう一声かけてから、そっと襖を開く。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:24:56.55 ID:CZ9UuaJX0
  
寝室には家具が一通り揃っており、客間よりも生活感があった。
その部屋に敷かれている布団は一組だけだ。
空が眠っていたものはすでに仕舞われているのだろう。

(´<_` )「……まだ、寝ているな」

音を立てぬように近づくと、種瑠は目を閉じていた。
枕元には昨日見た日記が置かれている。

声をかけるべきが迷っていると、種瑠の目蓋がわずかに動いた。
目を覚ます。そう気づいた瞬間に、弟者は一歩下がる。

lw´‐ _‐ノv「ん……」

ゆっくりと瞳が現れ、視線が動いているのが見えた。
彼女にとって、ここは見知らぬ天井なのだ。
現状の把握に少し時間がかかるのはしかたがない。

lw´‐ _‐ノv「ここは……」

上半身を起こす動作も、年に見合ってゆっくりだ。
しかし、種瑠はそれにも驚いているようで、疑問符を浮かべた表情をしている。

ようやっと体を起こせた種瑠は、周囲を見渡し、弟者と兄者に気づいた。
どこか寝ぼけていた瞳が覚醒していく。

lw´‐ _‐ノv「あなた達、誰?
      ここは? 何が起こっているの?」

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:29:10.75 ID:CZ9UuaJX0
  
種瑠は警戒心を露わにし、二人を見る。
兄者が期待したような感情は見られなかったものの、
記憶を失っていることや、警戒心が欠落しているわけではないという確認には十分だった。

川 ゚ -゚)「何をしているんだ?」

何から説明したものか、と弟者が思っていると、空が顔を出した。
朝食の用意ができたらしい。

lw´‐ _‐ノv「空……?」

首を傾げ、美しい女性を見る。
彼女が知っているよりも、ずいぶんと成長してしまっているが、空には幼い頃の面影が残っていた。

川 ゚ -゚)「そうですよお婆様。おはようございます。
     詳しいことは、枕元の日記をご覧ください。
     最初の頁に、私のことや家のことが書いてありますので」

毎日のことで慣れているらしい。
空はすらすらと言い、居間へ戻ろうと体の向きを変える。
だが、すぐに反転して再び種瑠の方へ顔を向けた。

川 ゚ -゚)「ちなみに、こちらは泊まっていた旅人です。
     人間が弟者。悪魔が兄者。
     今日にも出発しますが、悪い者達ではないのでご安心を」

それだけ言うと、今度こそ空は居間へ戻って行く。
出来上がった料理を並べている最中らしい。

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:33:57.91 ID:CZ9UuaJX0
  
残された三人はわずかな間、無言を堪能した。

lw´‐ _‐ノv「そうなの。お客様だったのね。
      私、まだ何が起こっているのかわからないけれど」

種瑠が微笑む。
それだけで、弟者は賭けの結果を知った。
兄者もそれは同じだっただろう。

しかし、白黒はっきりするためにも、彼は質問をしなければならなかった。
負けるとわかっていながらも、兄者は口を開く。

( ´_ゝ`)「ところで、お嬢さん。
      孫を見て何を思ったのか、是非とも聞かせて欲しい。
      記憶にある姿とはずいぶんと変わっていただろ?」

種瑠は片手を頬に宛て、考える素振りを見せる。
まだ寝起きで、頭がはっきりしていないのかもしれない。

lw´‐ _‐ノv「そうねぇ。
      吃驚はしたけど、すぐに空だってわかったの。不思議ね。
      あと、とても美人に育って嬉しい、愛おしい。暖かい気持ちになったわ」

今の種瑠は賭けのことなど覚えていない。
日記に書かぬと約束していたし、そもそもから彼女はまだ日記を読んでいない。
嘘をつけるはずも、つく理由もないのだ。

149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:37:41.65 ID:CZ9UuaJX0
優しげな目で言われ、それが嘘だと返すことはできない。
兄者は軽く両手を挙げた。
降参、ということだろう。

(´<_` )「賭けは負けだな」

( ´_ゝ`)「そのようだ。
      人間とは末恐ろしい生き物だな。
      本当に心という部位に思い出を残しているらしい。
      病も悪魔も形無しだ」

賭けは終わり、彼らは各々の朝を始めることとなる。
現状を把握しきれていない種瑠は、日記を手にとり目を通す。
弟者は顔を洗うために足を進める。

その道中も姿を現したままだった兄者は、己の口にそっと触れた。
形を模倣しただけの部位ではあるが、やはり人の姿をとっていると、
食物はそこから摂取しているという気分になる。

兄者は思考する。
己はどこまで喰らっているのだろうか。
脳にあるものだけか。心まで喰らっているのか。
答えは出ない。

( ´_ゝ`)「記憶なんぞ曖昧だ。
      奪われたことのないオレには、昔に見た人間達の気持ちも、あのお嬢さんの気持ちもわからん。
      なあ、あんたはどこまで覚えているんだ?」

問いかけているようで、その実、兄者の声は風に消えてしまうほど小さなものだった。
当然、誰の耳に入ることもなく霧散して消えた。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:41:48.84 ID:CZ9UuaJX0
  
朝食は穏やかに進み、あっという間に別れの時がやってくる。
用意しておいた荷物を背負えば、後は足を進めるだけでいい。

(´<_` )「お世話になりました」

川 ゚ -゚)「こちらこそ、楽しい一時をありがとう。
    兄者との会話は中々楽しかった。
    勿論、キミとの会話も」

特別な話などしていないに等しかったが、村から追い出された彼女にとっては、
何よりも刺激的で楽しいものだった。

川 ゚ -゚)「思っていたんだがな」

弟者に向けられていた視線が、上へ移動する。

川 ゚ -゚)「悪魔の名前は大切なものだろ。
     他者に知られるのはよくないのではないか」

彼女の言葉の意味がわからなかった弟者は、疑問を呈するように兄者を見る。
一方の兄者は、わずかに目を丸くしていた。

普通の人間は真名の存在を知らない。
知っているとすれば、悪魔に関わる人間くらいのものだろう。

( ´_ゝ`)「兄者は真名ではない。
      誰から呼ばれようが、どのような使い方をされようが困ることはない。
      お気遣いいたみいるよ」

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:45:37.28 ID:CZ9UuaJX0
  
多少、出始めがもごつきながらも、兄者は言葉を返した。
空の言葉一つ、見た目一つが彼を刺激する。

( ´_ゝ`)「……一つ、お嬢さんに聞いてみたいことがある。
      大したことじゃない。わからないならそれでもいい。
      正解も不正解もない問いだ。気楽に答えてくれ」

これで全てを終わらせる。
兄者はそんな気持ちで言葉を紡ぐ。

川 ゚ -゚)「了解した。
     何でも聞くといい。涙するような回答を考えよう」

彼女は二つ返事で了承した。
誰かと会話を続けることは楽しいことだ。
拒絶する理由が一つもない。

予想通りの答えに兄者は口角をあげた。
どう転んでも彼自身が得をする問いかけなのだ。

( ´_ゝ`)「作られた解より、お嬢さん自身の解を口にしてほしいものだ。
      なあ、不死の呪いっていうのは、どうやったら解けると思う。
      呪いにかかった者の殺しかたでもいい」

川 ゚ -゚)「また物騒な質問だな」

そう言いつつも、空は顎に手をやって考える。
呪いなど、普通に生きている分には関わることのない分野だろうに。

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 22:49:48.48 ID:CZ9UuaJX0
  
一般人を自負する弟者は、兄者の問いかけがさっぱりだった。
そもそも、不死というものは太古から権力者が求めてやまないものであり、
呪いで得られるようなものではないだろう、というのが弟者の意見だ。

だが、空は真っ直ぐに解を導く。
すなわち、呪いの解き方について。

川 ゚ -゚)「呪いは魂にかかるものだ。
     ならば、それを壊せば、喰らえばいい。
     肉体は魂につられているだけだろうから、
     百年も生きていれば魂が失われた瞬間に肉体も滅ぶだろう」

淡々と述べられてはいるが、どれも到底、身近とはいえない情報だ。
呪いがどこにかかっているのかだとか、魂と肉体の関係だとか。
知識人であったとしても、普通の人間ならば知るはずのないことと言っていい。

兄者は瞬きを一つして、すっきりとした笑みを浮かべる。
彼の中でも答えがでたらしい。

( ´_ゝ`)「素敵な回答を感謝する。
      機会があれば試してみるとするよ。
      それにしても、お前はやはり空なんだな」

川 ゚ -゚)「何を今さら。
     お前は私を何だと思っていたんだ」

空は呆れるように言った。

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 23:03:51.59 ID:CZ9UuaJX0
  
( ´_ゝ`)「人間、変わり者、知りあいとよく似た女。
      どれでもいいだろ。お前の人生を傷つけるものじゃあるまいし。
      それより、お前は今、幸せか?」

兄者は腕を広げて問う。
胸に飛びこめという意思表示なのかと思ってしまう姿だ。

川 ゚ -゚)「愚問だな」

大げさな振るまいを見せる兄者にも動揺せず、空は真っ直ぐ彼を射抜く。

川 ゚ー゚)「幸せに決まっている」

空は笑う。
その表情を見て、真逆の感情に受け取る者はいないはずだ。

美しい顔に浮かべられた笑みは、それはそれは美しい。
極上の幸せを乗せた表情ならばなおさらというものだ。

弟者は顔を赤く染め、兄者は笑う。
種瑠は幸せそうに空を見ていた。

川 ゚ー゚)「後は、素敵な男性が現れるのを待つだけだ」

冗談めかして言っているが、彼女も適齢期に入っている。
このまま種瑠と二人だけで生きるのでなければ、結婚も考える時期だろう。

160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 23:07:52.19 ID:CZ9UuaJX0
  
(´<_` )「空さんなら大丈夫ですよ」

慰めの言葉に聞こえるかもしれないが、紛うことのない事実を口にしただけだ。
空ほどの美人ならば、富豪でも商人でも、嫁に貰いたいという男がいるだろう。
問題は、村八分にあっている、という点だが、ここを離れることができれば、それも解決する。

川 ゚ー゚)「そうだといいんだが」

少し苦笑いをした空の言葉に、すぐさま反応が返ってきた。

( ´_ゝ`)「いいや。すぐには無理だろうな。
      お前が、たった一人を望んでいるのならば、一生出会うことすらないかもしれん。
      会えたとしても、何十年も待つことになるだろう」

(´<_`# )「おい、何を言い出すんだ」

不穏なことを言い始めた兄者に、弟者が怒りを見せる。
絶望さえ垣間見える言葉が、今の場に相応しいはずがない。
だが、兄者は弟者の怒りなどものともせず、飄々とするばかり。

( ´_ゝ`)「残念だが、そういうものなんだ。
      こればかりは決まっていること。オレにもあんたにも、どうにもできない。
      できるのは、空自身だけ。
      だが、お前は待つのだろ? 何十年も、何百年も」

確信を伴った問いかけだ。
答えを必要とすらしていない。

162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 23:11:49.13 ID:CZ9UuaJX0
   
川 ゚ー゚)「ああ。私は待つよ。
     お婆ちゃんになって、死んでも、また待つ」

空は頷いた。
彼女はたった一人を待つのだという。
その瞳は強く、折れるところを想像させない。

きっと、目の前に幸をぶら下げられても、彼女の望みと違うのならば見向きもしないのだろう。
手を伸ばせば届く距離にあるものを空は望んでいない。

( ´_ゝ`)「と、言うわけだ。
      あんたにはわからんだろうな。
      女というのはな、執念深い生き物だ。
      一人と決めれば、いくらでも待ち、他を捨てる」

一つ間違えれば恐ろしいことになる感情だ。
とはいえ、空が感情の抱え方を間違えるとも思えない。
大切に持ったまま、有限実行をしていくのだろう。

( ´_ゝ`)「あんたに出来ることといったら、少しでも早く会えることを願うだけだ。
      おっと。その願いを叶えることはできないからな。
      オレには先約があるもんでね」

(´<_` )「心配せずとも、お前に頼むようなことは何一つない」

成長のないやり取りだが、何故だか心地良い。
兄者という存在が、弟者に根付いてしまった証拠である。
何とはなしに自覚してしまっているので、弟者も苦い顔をするばかりだ。

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/09/20(金) 23:13:53.06 ID:CZ9UuaJX0
(´<_` )「では、そろそろ――」

lw´‐ _‐ノv「待ってちょうだい」

出発しようとした弟者を種瑠が引き止めた。
半歩近づき、しわだらけの手で、弟者のそれを握る。
彼女の手は肉が落ち、骨ばった感触さえあったが、人の温もりを弟者に感じさせた。

lw´‐ _‐ノv「記憶は時々嘘をつくわ。
      有りもしないもの、無かったことにされたもの。
      でも、重ねた時間と思い出は嘘をつかないの」

弟者の手を握る力が強くなる。
種瑠は昨日の分の日記と、まだ短い今日という時間に何を見て、思ったのだろうか。
わかっているのは、弟者のためを思って言葉を紡いでくれているという点のみ。

lw´‐ _‐ノv「現れた思いは間違いなくあなたのものだから、怯えないで。
      できることなら、気持ちを素直に受け入れてみて」

種瑠の手が弟者から離れる。

(´<_` )「……はい」

力強く頷くが、弟者の顔には不安もあった。
彼女の言葉に心当たりはあるのだが、怯えず受け入れるというのは難しい。

ただ、それでも、努力はしてみようと思った。





戻る inserted by FC2 system