(´<_` )悪魔と旅するようです


3 名前: ◆UJEaB9eZsVvR 投稿日:2013/08/05(月) 12:21:38.18 ID:PyVn/d6C0
この世界には、どう足掻いても出来ないことがある。
例えば、子供の願いがそれだ。

駄々をこねたところで叶うことはない願い。
神に願ったところで、神を罵倒したところで、何も変わらない。
変わらないはずだった。

「大丈夫。
 それは、キミの言うことを聞いてくれるから」

何も怖くない。
男はまるで諭すように子供に言って聞かせた。
闇も彼に同意するようにゆるりと動く。

子供には抗い難い誘いだった。
それが罠だとしても、踏み込まずにはいられない。
だから、最後の抵抗とばかりに、子供は一つだけ尋ねてみることにした。


(´<_` )悪魔と旅するようです


まとめ様
http://boonrest.web.fc2.com/genkou/akuma/0.htm
REST〜ブーン系小説まとめ〜 様  (二話目まで)
http://lowtechboon.web.fc2.com/devil/devil.html
ローテクなブーン系小説まとめサイト 様

5 名前: ◆UJEaB9eZsVvR 投稿日:2013/08/05(月) 12:24:18.05 ID:PyVn/d6C0
      カワリモノ
第五話 水 槽

北の大地にも、ようやく春が訪れた。
萌葱色の葉が枝につき、花々が美を競うように咲き乱れている。
長い冬の終わりを喜ぶがごとく、それらは活気に溢れていた。

暖かな風は、道を歩く者を陽気にする力を持つ。
今は旅路を行くものは少ないが、旅人にとっても過ごしやすい季節だ。
始めて町や村から出る者は、大抵この季節を選ぶ。
行商人であったとしても、安全性を考えて今の時期に町から町へ移動することは多い。

花を楽しみ、芽吹く草の香りを吸い込む。
外の世界は物騒だったが、それでも楽しむには十分な環境だ。
金持ちなどは、護衛をつけて外へ花見へ行くこともあるほどに。

しかし、春の訪れを全ての人間が満喫できるわけではない。
この世界は、そう優しくはできていないのだ。

小鳥の囀りを消し去るがごとく、地面を踏みしめ足音を立てている人物がいた。
彼の足が地面につく度、土がえぐれ、枯れ葉が乾いた音をあげる。

それに続くように、もう一つ似たような音があった。
先を走るそれよりは、幾分か小さな音だ。けれど、弱々しいわけではない。
単純に、走る部位を保護するものがあるかどうか、という違いだ。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:27:13.56 ID:PyVn/d6C0
(´<_`;)「くっそがああああ!」

前へ前へと走る音、強く地面をえぐる音は弟者の足元から発せられていた。
枯れ葉と共に土を蹴りあげ、雄たけびをあげる。
よく響いたそれは、木の枝に止まり音楽を奏でていた鳥達を四方に散らせた。

腹の底からあげられた声に、弟者の走る速さがわずかに上がる。
しかし、それの一時のこと。すぐに速度は落ちてしまう。
それでも弟者は足を止めず、一定以下の速度になることだけは阻止していた。

顔や足に当たる枝でさえ、彼を止めることはできない。
小さな傷がつくが、旅をしていれば付いて当然、ともいえる程度のもの。
今の状況下で、その程度のことを気にするはずがない。

弟者はけっして振り向かない。
振り向かずとも、己の後ろに何が有るのかはわかっていたし、首を動かすことで速度が落ちることは避けたかった。
万が一、木にでもぶつかれば、今まで走ってきた意味が無に帰してしまうことも付け加えておく。

( ´_ゝ`)「人間の底力とは恐れ入るものがある。
      ただの人間でしかないあんたがこれほどの速度を維持できるとはな。
      あんたを侮っていたわけではないのだがな。想像以上だ。素晴らしい。
      それ頑張れ。足を動かせ。追いつかれるぞ。
      この辺りに身を隠せそうなところはないから、まだまだ走らなければならんだろうがな」

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:30:27.12 ID:PyVn/d6C0
  
のん気な声をあげている兄者は、弟者に代わって、というよりも己の興味のままに後ろを見ている。
どこかで見たような光景ではあるが、彼らを追い駆けているものは幽鬼の類ではない。
いや、幽鬼の類であった方が、対応策もあったというものだろう。

近場に村がないというのは大きな痛手だ。
目的地もないままに走り続けるというのは、骨も心も折れる。
人は一寸先は真っ暗闇、という未来を抱えたまま正常を保っていられるようにはできていない。

( ´_ゝ`)「しかし、ああも綺麗な抜け殻を見たのは久々だ。
      成りたてほやほやというやつだろうか。
      あんたは本当に運のない人間だ。
      せめて足が腐りかけであったならば、傷でもあったならば、幾分かましな追い駆けっこができただろうに」

(´<_`;)「黙れ! 今はお前の相手なんぞしたくもない!
      第一、ましでもなんでも、アレと追い駆けっこなんぞしたくないわ!」

そう叫ぶと、弟者の喉から掠れた息が出た。
心臓が痛い。肺が痛い。喉が痛い。

( ´_ゝ`)「それが普通の感覚というものだろうさ。
      人間と常識を共有できない悪魔のオレでさえ、抜け殻との追い駆けっこなんてしたくないんだ。
      生死の問題ではなく、不快感の問題ではあるが」

悪魔とて、何かを見て醜いと感じることがある。
抜け殻とは、正しくそれだった。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:33:26.38 ID:PyVn/d6C0
  
背後から枯れ葉が砕ける音がする。
抜け殻が追ってきている。
距離は縮まらないが、離れもしない。

弟者を追っている抜け殻は、一般的に見れば醜いと断言できてしまうものではなかった。
感嘆さえ含みながら兄者が言ったように、彼らの背後にいる抜け殻はまだ人らしさを保っていたのだ。
手足があり、しっかりとした脚力で今も走っている。
下駄も草鞋も、足袋さえ履いていないような足元ではあったが、胴体を見ればまだ最低限の布を纏ってもいた。

だからこそ、弟者は遠目に影が見えても警戒することができなかった。
旅人が少ない昨今ではあるが、道中に人と出会うこともある。
一見してまともな形をしていれば、旅人や近場の村に住む人間という選択肢が真っ先に思い浮かぶ。

伊達に幼子の姿をした幽鬼に騙されたことのある弟者ではない。
悪魔である兄者が思わず呆れてしまう程度には、彼という男は騙されやすい人間だったのだ。

今回は騙されたわけではなかったが、疑う気持ちがあれば、抜け殻であるという判断はできずとも、
怪しい人間だと感じて接触を避けることはできたかもしれない。

全ては結果論であるし、兄者は現状に対して、仕方がない、とも思っていた。
何しろ、弟者が今までの旅の中で目にしてきた抜け殻というのは、どれもこれもおよそ人とは言い難い風貌をしていた。

あるものは四肢の一部が落ち、またあるものは皮膚が剥け、またあるものは体内からわきでる虫をそのままにしていた。
追い駆けてくる手段にしても、走ることができず、這うようにして追い駆けてきたものすらあった。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:36:10.88 ID:PyVn/d6C0
  
それらに比べて、現在、弟者を追ってきている抜け殻はどうだ。
四肢があり、目玉も皮膚もある。
遠目から見ればただの人間であるように見えたし、兄者自身もアレが抜け殻である気配を感じるのが遅れたほどだ。
弟者が油断するのも無理はない。

( ´_ゝ`)「もう少し木々が密集してくれていた方がよかったか。
      いや、大きな段差がある方がいいか。
      抜け殻の視界から逃れる方法を模索するのは難しいな」

(´<_`;)「話かけるな!」

( ´_ゝ`)「別段、あんたに話しかけているつもりはないさ。
      独り言、独り言。気にする必要なんぞ欠片もありはしない。
      オレとしてもあんたが抜け殻に殺されるのは不本意だからな」

兄者の言葉に嘘はない。
蘇生を目的とし、その手段も持つ兄者ではあるが、そのためには弟者が必要不可欠だ。
元より、弟者がいなければ彼の家族を蘇生させる必要も意味もない。

他の悪魔ならばそれも良しとしたかもしれない。むしろ、束縛から抜け出せると喜んだかもしれない。
だが、兄者はそれを受け入れるつもりなど毛頭なかった。
長い時間を生きてきた悪魔の矜持として、自身の興味と享楽として、弟者の願いを叶えることは、すでに決定事項だ。
たかだか抜け殻程度に、邪魔をされては面白くない。

息をきらせている弟者をちらりと見る。
思ったよりは持久力がある。
けれど、それもいつまでもつことやら。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:39:16.34 ID:PyVn/d6C0
  
記憶を喰らって弟者を助けてやるのは簡単だ。
彼が見ていない隙を狙い、抜け殻を消失させてやればいい。
それを成すだけの力を兄者は有している。

一つ、ため息が零れた。

今までも弟者の記憶を喰らったことはある。
弟者を助けるためでもあったし、こうして自身が好き勝手に姿を現せるようにするためでもあった。

記憶を喰らうことに罪悪感などない。
兄者にとって、それはただの食事だ。
穀物を食らうことに罪悪感を持つ人間がいないのと同じこと。

ならば、何故、今になって弟者の記憶を喰らうことを躊躇っているのか。
理由は簡単だ。記憶を喰らうのと同じ程度には簡単だ。

( ´_ゝ`)「あんたも、もう少し安全な旅を心がけてはくれまいか。
      流石のオレも肝が冷える。このようなことが続けば、体全体が氷づけになってしまう。
      悪魔の氷像なんぞ、物珍しいだけで何の価値もない。
      自分で言うのもなんではあるが、人間にとって悪魔の価値というのは、
      願いを叶えてくれる、という一点につきるだろう。
      氷づけでは何も成せないぞ」

(´<_`# )「黙れって言ってるだろ!
      お前はオレを怒らせたいのか! 走らせたいのか!
      大体からな、厄介事の半数以上はお前の責任だ!」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:42:08.50 ID:PyVn/d6C0
  
たまらず弟者が怒声をあげる。
兄者が自分勝手なのはいつものことであるし、
有事の際だからといって自重をするような存在でもないのもいつも通りだ。

わかってはいても言葉にせずにはいられない。
危機を脱した後では、胸にわいた怒りも安堵の前に消えてしまうだろう。
脱せ無かったなどという事態は考えないようにする。

( ´_ゝ`)「楽しいこと、興味のあること、それらに惹かれる気持ちを否定するのはやめてもらおうか。
      悪魔も生きているんだ。幸せを願う権利くらいあるだろう。
      無論、あんたにもその権利はある」

兄者は体をわずかに伸ばす。
目的は下を見れば目に映る石の数々だ。
幾らもある石の中から、拳大のものを選択し、兄者は手に取った。
走る弟者の体から生えているので、走る速さを身に受けたままに行われた行為だったが、彼は容易くそれを成した。

幸福のために人間の願いを叶えてやっているわけではない。
だが、今現在、弟者が自身の幸福のために願ったことのために傍にいてやっているのは確かだ。
弟者には幸せを願っていてもらわなくてはこまる。
今さら返品など利きはしないのだ。どうせならば快く受け入れてしまった方が、彼のためだ。

拳大の石を軽く手の中で弄ぶ。
見た目通りの重さがそこにはあった。

無表情のまま、不安も真剣さもないままに、兄者は腕を振りかぶる。
それが降ろされると同時に、彼の手の中にあった石が宙を飛んだ。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:45:20.28 ID:PyVn/d6C0
  
記憶を喰らったわけではない。
それをせずとも、兄者は物質に触れ、それを人と同じように扱うことができる。
すなわち、兄者は普通に、どこにでもいる人間と同じように、石を投げた。

ゴッ、と鈍い音がかすかに聞こえた気がした。
実際には、弟者の走る音と荒れた息が邪魔をしていたので、そんなものは聞こえなかった。
だが、石が抜け殻の肩に当たったのを見ていた兄者には、音が聞こえたような気がしたのだ。

( ´_ゝ`)「やはり、あの程度ではびくともしない、か。
      せめて顔面にでも当たれば、刹那の時間を稼げるだろうに。
      オレにそれを成すだけの投擲能力がないのが残念だ」

ただの人間と同じように石を投げたので、石は兄者の投擲能力に左右された軌道しか描くことができない。
その道の達人でも何でもない兄者だ。狙ってみたところで、思い描いた場所に当たるはずがなかった。

抜け殻はわずか程度も足を止めなかった。
枝に顔を傷つけられても速さを緩めようとしない弟者と同じように。

そもそも、抜け殻には痛覚が存在していない。
当然の話だ。そうでなければ、四肢が失われた時点で動くことをやめるだろうし、
細かな石が足を傷つけているにも関わらず今も追い駆けてきはしないだろう。
全ては無痛のなせる業だ。

本気で彼の追尾を阻止したいのならば、体全体を拘束してやるか、閉じ込めるか、倒れるほどの衝撃を与えるか、だ。
兄者は少し頭を捻る。
しかし、どう考えてみたところで、記憶を喰らわずにそれらを行えるとは思えない。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:48:04.52 ID:PyVn/d6C0
  
弟者の願いを叶えるために、記憶は必要なものだ。
消費すれば、その分だけ旅をする時間は長くなるだろう。
元より短い付き合いになると思っていなかったし、するつもりもなかったのだが。

( ´_ゝ`)「ほとほと世話の焼ける人間だ。
      兄を冠してしまったが故の現状とでも言うのだろうかな。
      世の中の兄が、どれ程の苦労や面倒を負っているのかは知らないが」

(´<_`# )「誰が兄だ!
      えぇ?! 言ってみろ!」

( ´_ゝ`)「オレに決まっているじゃないか。
      あんたが弟者なら、オレは兄者。
      何度も言っているし、名乗っているはずだがな。
      それこそ、あんたの願いを聞き入れたその時から」

(´<_`# )「知るか! 思うか! 黙ってろ!」

( ´_ゝ`)「体力のことを考えるならば、あんたが黙っているべきだな。
      しかし、人間というのは、叫ぶことで体にかかっている制御を外せるとも聞く。
      そうして怒声でもあげているほうが、案外、追いつかれなくていいかもしれない」

兄者は旅が続くことを厭うているわけではない。
思わぬ面倒事が舞いこんでくることもしょっちゅうだが、それはそれで楽しいものだったりする。
一刻も早く弟者の願いを叶えてやりたい、と思っているわけでもない。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:51:56.28 ID:PyVn/d6C0
  
ただ、願いを叶える前に死なれては困る。
それが不慮の事故にせよ、抜け殻に殺られるにせよ、老衰にせよ。

また、時間がかかればかかるほど、弟者が自身の記憶に疑問を抱きかねない。
喰らっているものがバレたとして、何か問題があるわけではないが、
黙っていたことについて責められるのも、文句を言われるのも、警戒心を抱かれるのも面倒だ。
できることならば、願いを叶えるその瞬間まで、代償については知らないままでいてもらいたい。

そんな理由から、兄者は力を使うことを控えてきたつもりだ。
必要に迫られれば惜しみなく喰らい、使用したが、弟者自身の力でどうにかなることならば放置していた。
今までも抜け殻に追われたことはあったが、見守っているか助言を出すか、といった程度。
ここまで追い詰められたのは始めての経験だ。

( ´_ゝ`)「ここは一つ、腹を括るしかないのかもしれないな。
      全く。抜け殻というモノはどうにも好きになれない。
      あんなモノを生み出している悪魔に説教の一つでもしてやりたいくらいだ」

(´<_`;)「おいおい、まさか、ここで死ぬつもりじゃないだろうな」

( ´_ゝ`)「見殺しに、じゃなくて死ぬ? オレが? 冗談はやめてくれ。
      例え、あんたが悲しくも、残念にも、抜け殻に殺されたとして、
      どうしてオレまで運命を共にしなければならないんだ。
      だが、まあ、安心するといい。運命を共にしてやらないでもないぞ。
      ただし、どうせ運命を共にするのであれば、死よりも生であったほうがいいだろ?」

気は進まないが、するしかないだろう。
どこの記憶を喰らうのがいいだろうか、遠い昔か、近頃の些細な出来事か。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:54:14.97 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_`;)「今さら、お前に期待することなど、何もない!」

口ではそう言いながらも、どうにかしてくれればいい、とは思った。
普段、どれほど疎ましく思っている相手であったとしても、現状を打開してくれるのならば、歓迎してしまうのが、人の性だ。
地面を蹴るのにも限界がきている。
力強さはそう変わっていないものの、自身の体のことだ。弟者は嫌というほど膝の震えを理解していた。

( ´_ゝ`)「強がりはよくないぞ。
      痛みも苦しみも、体を守るために与えられたものだ。
      矜持をつまらないもの、とは言わないが、時と場合を考えるべきだな。
      助けてくれ、叶えてくれ、なんて言葉は、オレはもう聞き飽きるほど聞いている。
      今さら、あんたが隠すような叫びではない」

胸焼けがしそうな程、それらと共に記憶を喰らってきたのだ。
人間は乞うことに対し、矜持が傷つけられる、損なわれる、と思うようだが、
兄者としては全てが今さらで、そのような印象を抱こうにも抱けない。

彼は抜け殻を見据える。迫りくるモノをしっかりと目に映した後、そっと弟者の記憶に手を伸ばした。
物理的にではなく、視覚にも現れぬ手が、累積された記憶を掬いあげ、兄者の見えぬ口に運ばれるのだ。

気は進まない、としたものの、兄者は記憶の甘美な味を知っている。
掬いあげる瞬間の、弟者から記憶が切断される感覚がいかに好ましいかを知っている。
悪魔は笑う。

「こちらへ!」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 12:57:14.07 ID:PyVn/d6C0
  
声がした。
人間の声だ。
無論、弟者の声ではない。

(´<_`;)「――な」

掠れた声が疑問符を込めて文字を吐く。

兄者は記憶へと伸ばしていた手を止め、周囲を見た。
あの声は、目の前の危機から逃避するために生み出した幻聴ではない。
確かに存在した声のはずだ。

( ´_ゝ`)「――いた。
      弟者、あそこだ。あぁ、指をたどる暇もないか。
      あんたの右斜めの先だ。人がいる。
      抜け殻ではない。紛うことなく、人間だ」

示された言葉のままに、弟者は右斜めへ目を向ける。
走る振動と、疲れでよく見えない。
わずかに目をこらす。

(;<●><●>)「早く! こちらへ!」

声が耳に届くと同時に、目が姿を捉える。
まだ小さな人影に見えていたが、手を振り、声をあげる姿は人間でしかない。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:00:20.81 ID:PyVn/d6C0
  
弟者が一歩踏み出す度、人影との距離が縮まる。
始めはうっすらとしか見えていなかった姿が、はっきりと目に映るようになってきた。

(;<●><●>)「あと少しです、頑張ってください!」

声をあげ、弟者を誘導しようとしているのは男だった。
男は手ぶらであり、着ている物に汚れが見られないことから、旅人でないことは判断がつく。

近隣にある村の住人だろうか、と弟者は考えた。
地図には描かれていなかったが、つい最近にできた村がある可能性も捨てきれない。
または、紙面に記されることのない、潜んだ村があるのか。

わずかに取り込めた酸素で脳を働かせていた。
一つの事柄が頭に浮かぶと、男との距離が数歩分近づいている。
彼のもとへ行くならば、そろそろ方向を変えなければならない。

(´<_`;)

前へ顔を固定していた弟者が、少し後ろを見た。
正確には、後ろのやや上だ。

( ´_ゝ`)「どうした?
      まともな声を出しているところを見れば、あのお坊ちゃんは間違いなく人間だろう。
      オレの姿が見えていない、ということもありえないだろうから、悪魔がいるだ何だと喚くこともない。
      抜け殻に成す術もないこの様子を見れば、あんたのことを悪魔使いだとは思えないだろうから、
      悪魔憑きであることも理解したうえで、誘導してくれているんだろうさ。
      言葉に甘えておけ。それとも、他に打開策でもあるのか?」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:03:53.53 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_`;)「五月蝿い! そのくらいわかっている!」

再び弟者の顔は正面を向き、足は男の方へと向かう。

兄者は自分から視線が外された後、小さく首を傾げた。
今までの弟者ならば、迷うことなく男のもとへと進んでいたはずだ。
それが、何故こちらを見たのだろうか。

ようやく、危機感や他者に対する疑心でも生まれたというのか。
人を疑ってかかるということがなかった弟者だ。ある意味では成長と言えるのだろう。
善人というくくりに入れずとも、人として間違ってはいない方向だ。

(;<●><●>)「さあ、こちらです!」

弟者との距離がずいぶんと縮まり、男は案内するように背を向けて駆けだす。
足音が一つ増え、弟者には励ますような言葉がかけられた。
言葉に答えるがごとく、弟者は最後の力を振り絞る。
ここで抜け殻に捕まってしまっては、男の好意も、今までの旅も全てが無意味なものになってしまう。

数十回の足音が地面を揺らすと、視界に木々以外のものが映り始めるた。
新緑の色は苔の色で、幹の色はくたびれた板の色。それは古びた板塀だった。
おそらくは、男が目指す場所だ。

年季の入った板塀ではあるが、脆いといった印象は受けない。
長身を自負している弟者よりも頭二つ分は高い塀だ。
この内側に入ってしまえば、抜け殻から逃げられる。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:06:19.93 ID:PyVn/d6C0
  
(;<●><●>)「どうぞ!」

一見すれば、そこが出入り口であることは理解できた。
弟者の一足先を走っていた男が、扉に体当たりをするようにして中へ飛びこむ。

(´<_`;)「うおっ!」

続いて弟者が開けた空間へと転がりこんだ。
彼の足が扉の内へ入ると同時に、体中から力が抜け、地面を踏むことさえできなかった。
走っていた勢いだけが残り、地面を数度転がる。
それでも、痛みより疲労感の方が大きい。

(;<●><●>)「閉めますよ!」

安堵しそうになった弟者だが、現時点ではまだ逃げ切れたわけではないのだ。
抜け殻と弟者達は、開かれた扉の外と内でしかなく、何にも区切られていない。

男は弟者の返事を待つことなく扉を閉めた。
元より、意思を口にしただけで、許可や確認をとるつもりは無かったのだろう。

板の軋む音が一瞬聞こえ、塀の外と内は遮断された。
数拍前までは外が見えていた場所も、今では苔と古びた色に覆われている。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:09:29.03 ID:PyVn/d6C0
  
閉じられた扉は、一度だけ小さく音をたてた。
軽く叩くような音で、板を破壊しようとする意思が見えるようなものではない。
その証拠とばかりに、少しの間を置いてから、静かな足音が板塀から遠ざかって行くのが聞こえてきた。

(;<●><●>)「ご無事なようで何よりです」

抜け殻の気配が消えたところで、男は安堵の息を吐く。
一歩間違えれば、彼も弟者と共に抜け殻の餌食になっていたかもしれない。
恐怖と緊張で体が硬くなっていたとしても、不思議なことはなく、安堵の一つも覚えるはずだ。

すぐに礼を持って彼の言葉に応えようと弟者は口を開けたのだが、上手く言葉を紡ぐことができない。
口から漏れるのは荒く、掠れた息だけ。

( <●><●>)「いいですよ。お疲れでしょうから。
        そうだ。水をお持ちしますね」

さほどの距離を走っていない男は、すでに息を整えていた。
口元に穏やかな笑みを浮かべ、少々早足で奥へと進んでいく。

弟者は黙ってその背を見送った。
断るには喉が乾いていたし、声も上手く出せない。
無駄なことをするくらいならば、辺りの様子にでも気を配っていた方が良い。

よく見れば、板塀の内側には小さくはあるが立派な家と、大きく立派な蔵が建てられていた。
冷静な状態で見ていれば、板塀の外側からでも蔵の一部が目に入っただろう。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:12:19.59 ID:PyVn/d6C0
  
( ´_ゝ`)「あのお坊ちゃんは、ずいぶん裕福な人間のようだな。
      小さいがしっかりした家と、大きな蔵を見れば一目瞭然。
      こんな、いつ抜け殻が出てきてもおかしくないような場所に、板塀を作らせるだけの権力と資金もあるのだろうな。
      いや、あった、のかもしれない」

兄者は奥の家へと入っていく男の背を眺めながら言う。
彼の口調は。無機質に観察結果を述べるようなものだった。聞く人によっては、気分を害しかねないものだ。
常の弟者ならば叱咤の一つもしていただろう。

しかし、今回は、そうではなかった。
荒れた息が理由ではない。
彼にしては珍しく、今回のことについては概ね同意見であり、兄者の口調を咎める気にならなかったのだ。

今も目にしている家や蔵、塀もさることながら、ゆるりと奥へ向かった男の着物もかなり上等なものだ。
遠目からではわからなかったものの、間近で見れば繊維の細かさや色彩、模様の一つ一つにまで意識をやることができた。
目利きではない弟者にでもわかるほどの一級品だ。

旅の中でも、平穏に暮らしていた中でも、お目にかからず、おそらくは一生そのままこの世を去るのだろうとさえ思っていた。
遥か遠くの世界に存在する品物がすぐ傍にある、というのは不思議な感覚だった。
多少の憧れは抱いていたものの、特に手に入れたいなどとは考えていなかったのだが、
やはり近くにあると何ともいえない気持ちになる。

そんな品物を持つ男だからこそ、の疑問も生まれる。
兄者の台詞に過去形が付加されたのは、それ故のものだろう。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:15:14.26 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「どうぞ」

家から出てきた男が、小さな器に入った水を差し出した。
透明な水は、器の色を写し取りながらも、太陽の光を反射して煌いている。

弟者は黙ってその器を受け取り、あおるようにして口から喉へと流し込む。
水は冷え切っておらず、熱くなった彼の体にすんなりと馴染む。
ぬるいものを渡したのは、男の優しさなのだろう。

(´<_` )「ありがとう、ございます」

水分は弟者の体を楽にしてくれる。
膝はまだ笑っているが、呼吸や喉は会話ができる程度にまで回復した。

( <●><●>)「いえ。困ったときはお互い様ですよ」

( ´_ゝ`)「謙遜することはない。十二分に無視できるような場面で、わざわざ声をかけたんだ。
      裏がない、というならば、疑う余地がないほどの善人だろうさ。
      ここに篭っていれば、抜け殻に追われて疲れることも、危うい状況に直面することもなかっただろうに。
      お坊ちゃんが声をかけさえしなければ、こちらはこの場所の存在にすら気づかなかった。
      恨むことも、助けを求める声を聞かせることもなかったはずだ」

責めるような口調ではない。
だが、穏やかだとも言い難い。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:18:05.65 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_` )「おい、そんな言い方は――」

( <●><●>)「勿論、私は善人ではありません」

非難めいた弟者の声を男が遮る。
切り捨てるように放たれた言葉に、弟者はわずかに目を見開き男を見た。
彼は口にした台詞に似合うような表情は浮かべていなかった。
悪意は見えず、ただ穏やかな笑みを浮かべていた。

( <●><●>)「ですが、悪人でもないと自負しています」

( ´_ゝ`)「そうだろう。そうだろう。
      見たところ、金に苦労しているようには見えない。
      次の代へ繋ぐことができるだとか、贅沢ができるだとかは別にすればな。
      大体から、力仕事の一つもしたことがないような腕に、オレも弟者もどうこうされるつもりはない」

男はただの人間だ。
兄者の目を通しても悪魔憑きであるようには見えない。
述べた言葉と組み合わせて考えれば、警戒する程の人物ではない。

ただ、怪しいというだけだ。
何の力もなく、得もなく他者を助けるには、抜け殻という存在は恐ろしすぎる。
極普通の人間ならば、耳と目をふさいで見捨てたことにさえ蓋をするはずだ。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:21:16.69 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「少しばかり、変わり者というだけですよ」

男の笑みが深くなる。
彼の言葉に、弟者はそれはそうだろう、と心の内で呟く。

金があるように見えるのに、近場に村もないような場所に住んでいる人間だ。
変わり者以外の何者でもない。
善人だとか、悪人だとか言われるよりもよっぽど納得のできる言葉だった。

( ´_ゝ`)「オレは、善人でも悪人でもない変わり者を、もっとも信用できない者だと考えている。
      そういった連中は、独自の感覚と世界で生き、こちらの予想もできないようなことをしてのけ、平然と笑うのだから。
      信用しようにもできやしない」

弟者が選択するよりも先に、兄者は男が変わり者であることを見抜いていた。
何せ、悪魔を見ても顔色一つ変えず、抜け殻に追われている弟者を助けようとしたのだ。
悪魔の目から見れば、彼が上等な物を着ていることもわかっていた。

それでも、抜け殻を選ぶよりはずっと良い。
痛覚も感情も限界もある生物を相手にするのならば、いくらでも手は存在する。

(´<_`# )「その辺りで口を閉じろ。
      助けてもらっておいて、文句を言う程、オレは腐っていない」

( ´_ゝ`)「オレとて腐っているわけではないさ。そもそも、腐るような肉体を持っていないが。
      あんただって腐ってやいない。文句を言っているのはオレで、あんたではないのだから。
      ならば、オレが何を口にしようとも勝手。そうだろ?」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:24:09.79 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_`# )「お前が一言話すごとににオレが腐っていくわ」

( ´_ゝ`)「それは大変だ。
      今までオレが幾ら言葉を吐いただろうか。
      きっと、あんたの体はもはや原型を留めていないに違いない!」

(´<_`# )「目玉を腐らせたか」

( ´_ゝ`)「細目故に目玉が見えにくいかもしれないが、しかと存在しているぞ。
      ないとしても、オレは世界を見ることができるがな。
      無論、あんたの姿がしっかりと形を成しているのも見えている」

(´<_`# )「喧嘩を売りたいのだということはよくわかった」

( ´_ゝ`)「とんでもない。オレはあんたに喧嘩を売る気などない。
      もしも、仮に、ありえないだろうが、細目だとか目玉が見えにくいだとかいう言葉が
      悪口と捉えられていたのだとすれば、それはあんたがそれを自身の欠点だと感じたことになる。
      オレは思っていないぞ。目が細くて何が悪い。垂れていて何が悪い」

兄者の姿は弟者を模したものだ。
細目だとか目玉が見えないだとかいう言葉は、そのまま弟者へと突き刺さった。
しかし、ここでこれ以上の怒りを見せれば、弟者自身が己の容姿を貶すことになってしまう。

相も変わらず口の上手い兄者に弟者は歯を食いしばる。
体を射抜くことができそうな彼の眼光も、兄者にかかれば何のそのだ。

( <●><●>)「お二人とも落ち着いてください。
        喧嘩が悪いことだと断じはしませんが、放っておかれる私は少し寂しい」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:27:27.81 ID:PyVn/d6C0
  
冷静な声に、弟者は我に返る。
ここにいるのは兄者と弟者だけではない。
忘れてはいけない人物がいるのだ。

(´<_`;)「す、すみません」

( ´_ゝ`)「人の存在を忘れるとは、何と失礼な人間なのだろうか。
      恩知らずと言われても仕方がないな。
      頼りない主のために、オレも一つ謝罪をしてやろうか。
      すまなかった」

(´<_`# )「おい」

( <●><●>)「あぁ、大丈夫ですよ。
        こうして悪魔と話ができている、それだけで私は満足ですので」

再び口論が始まる前に、男が口を挟んだ。
気を使わせてしまったのだろうかと弟者は思ったが、彼の顔を見ると言葉に嘘はないのか、とても嬉しそうな顔をしていた。

( <●><●>)「抜け殻は危険な存在ですが、ここに板塀がありますし、そうそう死ぬことはないと思っていました。
        鳥が騒ぎ、声が聞こえた時点で、見捨てるのは目覚めが悪いともね。
        決定打となったのは、やはり悪魔の存在でしたが。
        そうあるものじゃないでしょう。この機会を逃せば、一生ないかもしれない」

それが弟者達に声をかけた理由だという。
悪魔という存在は一般にも知られているが、実際に目にすることは少ない。
願いは一瞬で叶えられることが多く、そうでないならば人間の内側に潜んでいる。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:30:21.24 ID:PyVn/d6C0
  
兄者のように姿を現せる方が珍しいのだ。
変わり者を自称するくらいだ、そういったものに目がないのだろう。

( <●><●>)「抜け殻がどのような手段を用いて我々を認識し、追っているのかは知りませんが、
        目が溶けていようとも追い駆けてくる彼らが薄板一枚、顔の正面位置からある程度逃れられれば
        見失ってくれるという性質にも感謝ですね」

そうでなければ、板塀なんぞ突破されてしまっていただろう。
塀が柔にできているわけではないが、相手は痛覚も何もない生物未満のモノだ。
全力でこられれば、並大抵の強度では防ぎきれない。

( ´_ゝ`)「何だ。人間はそんなことも知らなかったのか。
      回避方法を知っているのだから、当然知っているものだとばかり思っていた。
      だが、調べることもできないようなモノだ。知らずとも無理はないのか」

(´<_` )「抜け殻に詳しいのか。流石は作り出している本人だ」

( ´_ゝ`)「訂正しておこうか。オレは人の魂を喰らったことはない。
      種族としてひとまとめにされるのも不愉快ではあるが、オレ個人を指して言われるよりもずっと良い。
      抜け殻に対する知識は、オレが悪魔故のものであることは間違いないしな」

人差し指をたて、訂正の言葉を口にする。
抜け殻のことを疎ましく思っている身からすれば、作り出しているなどと言われては寒気がする。

( <●><●>)「それは是非とも教えていただきたいものだ」

男が身を乗り出す。
瞳は知的好奇心で輝いていた。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:33:10.80 ID:PyVn/d6C0
 
( ´_ゝ`)「助けてもらった恩の一つでも返しておくか。オレの知識一つで済むなら安いものだ。
      それも人間の生きかたに革新をもたらすようなものでもない、ただの雑学。
      今さら、もっと別の、有意義な知識が欲しいなどとは言ってくれるなよ?」

( <●><●>)「言いませんとも。
        これ程、私にとって有意義な知識は存在しないのですから」

不敵な兄者に、男はきっぱりと返した。
彼の瞳は揺らぐことなく、一途に兄者を見ている。

向けられて不愉快になる類のものではない。
適当にからかってやろうかとも思っていたのだが、兄者は素直に知識を提供してやることにした。
この手の人間は、つまらない誘導には引っかからないものだ。

( ´_ゝ`)「そうかい。ならいい。早速、対価を払わせてもらおう。
      抜け殻がもはや人間でないことは知っているだろ? アレらには痛覚も思考もない。
      そんなモノに視覚があると思うか?」

(´<_` )「ある、という気はしないが、そうだとすれば、オレを追い駆けてこれる理由に説明をつけられない」

男ではなく、弟者が言葉を返す。
今までは人間が持ちうる知識のみを手に逃げ回ることばかりしていた。
だが、兄者の話を聞けば何かしらの対策がうてるかもしれない。
そうでないとしても、未知からくる恐怖からは逃れられるはずだ。

もっと早くに問うべきだった、と思う反面、弟者は自身だけでは到底無し得なかったことであろうことを知っていた。
弟者は兄者に物事を尋ねることを厭うている。
それ故、抜け殻のことを聞く気どころか、聞くという選択肢すら抜け落ちていたのだ。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:36:16.20 ID:PyVn/d6C0
  
以前、ふとした思いつきで悪魔について知ろうと思った。
それまでは、わずかな情報でさえ頭に入れたくないと感じていたはずなのに不思議なことだ。

しかして、弟者は己の無知さを学んだ。
払うための知識が得られずとも、知ることの大切さを知ったはずだった。
だが蓋を開けてみればどうだ。
弟者は以前と変わらず、兄者に質問を投げる、という行為を己の選択肢から除外してしまっていた。

自己嫌悪からか、呆れからか、弟者はどことなく不機嫌だ。
わかっていながらも、兄者は常と変わらぬ口調で言葉を続けた。

( ´_ゝ`)「アレらはな、気配を感じているのさ。人間の。
      だが、生物の理を外れたアレらは大そう欠陥でな。体が向いている方の気配しか感じられん。
      しかも、薄壁一枚挟めば見失うときたもんだ。
      隙間がある柵でも対処できるのは、断片的な気配では気配として認識できない。
      こうして話してみると、抜け殻というものは間抜けで、弱い部分ばかりで、恐ろしくないように思えるから不思議だな」

物事の一面というのは、本来の姿を見失わせることがある。
今の兄者の言葉がそうだ。

視界がなく、気配を感じることすら満足にできない。
本物の抜け殻を見たことない人間にこの話をすれば、きっとその人物は抜け殻に対する恐怖心を失うだろう。
そして、実物を見て、死を目の当たりにして、始めて後悔するのだ。
愚かにも、一面を知っただけで全てを理解できたと思ったことを。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:39:32.14 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「なら、木の板で全方位を囲みながら歩けば安全ですね」

男が冗談とも本気とも取れぬ発言をした。
茶化すような物言いではなく、だからといって本気として捉えるにはあまりにも間抜けな想像図しか出ない。

薄板だったとしても、人を隠せるほどの高さと数になれば重量も相当なものになる。
第一、視界はどうするのだ。覗き穴を開けたところで、視野が狭まることは避けられず、場所によっては危険この上ない。
現実味のある提案とは思えなかった。

( ´_ゝ`)「面白い試みではあるな。是非とも試してくれ。
      オレ達を使うのではなく、お坊ちゃんかもっと違う他人を使うかして、な。
      何、抜け殻対策として然るべき場所に報告すれば、実験用の罪人でも貸してくれるのではないか?」

肩をすくめるようにして兄者は答える。
実験が成功するとは微塵も思っていないが、他人の考えに口出しするのも面倒くさい。
提案するだけならば金もかからず、こちらに迷惑もかからない。

( <●><●>)「検討しておきます。
        しかし、私は先ほど述べたように変わり者。
        あまり敷地から出たくないのですよ」

( ´_ゝ`)「それは不健康なことで。
      人間は他者との関わりがなくなれば発狂すると聞いたことがあったのだが、あれは誤りだったか。
      もしくは、お坊ちゃんが人外であるか」

( <●><●>)「間違えようもなく私は人間ですよ。
        だからこそ、あなたもここに来たのでは?」

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:42:18.73 ID:PyVn/d6C0
  
( ´_ゝ`)「そうだな。お坊ちゃんが人間であることは確信していた。
      いや、疑うことすらしなかったよ。言葉を解し、人の姿をとり、悪魔の気配はしない。
      つまりはただの人間だ。
      あぁ、お坊ちゃんは変わり者、だったか?」

( <●><●>)「想定外でしたか?」

( ´_ゝ`)「予想はしていなかった。だが、それだけだ。
      お坊ちゃんが善人であろうと、悪人であろうと、変わり者であろうと、どうでもいいこと。
      信用はしていないが、抜け殻と追い駆けっこを続けるより、よっぽど楽で安全な道が目の前にあるのだから、
      それを選択するのは至極当然」

二人の会話を耳にしながら、弟者はゆっくりと立ち上がる。
足の震えもずいぶんと収まり、いつまでも地面に尻をつけている状況が嫌になったのだ。
弟者が立ち上がることで、兄者の位置も上昇する。

男は反射的に一歩下がり、顔を上へ向けた。
瞬間、二人の間から言葉が消える。
わずかな驚きと共に消えた間が、彼らから言葉を奪ったのだ。

それに焦ったのは弟者だった。
彼は兄者と男の話を邪魔するつもりは欠片もなかった。
どちらかといえば、兄者を見ても平然としている男に興味すらわいていた。

気まずげな弟者を一瞥してから、兄者は視線を男へ向ける。
上昇した分だけ、彼は男を見下ろすことができた。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:45:29.65 ID:PyVn/d6C0
  
弟者は身を静止させる。
罪悪感はないものの、本能か習慣か、やってしまった、といつ考えが頭に浮かぶ。

わざとではないながらも、沈黙を作り出してしまった弟者にとって、無音の時間はあまりにも長かった。
空から落ちた水滴がはじけて消える程度の時間でさえ、永遠に感じられる。
彼を永劫の檻から解放したのは、頭の上から降ってきた笑うような声だ。

( ´_ゝ`)「だが、オレがお坊ちゃんを人間と判断したか否か、はあまり意味のないことだな。
      何せ、ここへ来ることを決めたのはオレではない。
      主にして弟でもある弟者だ」

最後、弟者の名前を強調するように口にした。
脊髄反射のごとく弟者が怒りを見せることを考えてのことだ。
悪魔を払おうとしている彼は、兄者に弟呼ばわりされることを嫌う。

哀れにも時間を止めてしまった弟者のために吐いた言葉ではない。
人ならざる力を持つ兄者といえども、瞬きにも満たない時間の中で弟者の硬直を見抜くことはできなかった。

そのことを知ってか知らずか、弟者は言葉を返そうとした。
正しく兄者の思い通りに、つまりは脊髄反射で。

しかし、それよりも一瞬早く別の声が入り込む。

( <●><●>)「あなたが安全だと判断したからこそでしょう?」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:48:27.50 ID:PyVn/d6C0
  
首を傾げてはいるが、彼の中で答えは決まっているといった風だ。
申し訳程度につけられた疑問符は弟者や兄者の鼓膜を素通りできない。

日頃は雰囲気や口調によって明確な違いが見られる二人だ。
けれど、口を閉じ、驚きに目を丸くしている姿には、違いらしい違いは見られない。
傍から観察していれば、彼らは水面を隔てて存在している一対の存在のようにすら思えてくる。

(´<_` )「……何故、オレの判断にこいつが関わるんだ」

先に平常を取り戻したのは、意外にも弟者だった。
ただ、口調が荒く、常通りとはいえない。

彼は人間らしさを前面に押し出した苦々しげな表情をしている。
これでは、もう人間を理解できないという顔をしている兄者と一対の存在にはならない。

彼の声は呻くようで、自身に心当たりがあることを示しているようにも聞こえた。
対して、不可解だという表情をしている兄者は、一言を発することなく事態を見ている。
いつもの調子で口を挟むには、紡ぐべき言葉を見つけだすことができなかったのだ。

( <●><●>)「あぁ、勘違いしないでくださいね。
        私はあなたが悪魔に乗っ取られているだとか、傀儡に成り下がっているだとか、
        そんなことを言いたいわけではないのです」

(´<_` )「当たり前だ」

元より、頭の片隅にも浮かばなかったことだ。
傀儡に成り下がったなどと思われた日には、相手を数十発は殴ってしまうに違いない。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:51:46.05 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「彼、悪魔の判断と、あなたの意思。
        その二つが、ここへの道を選択させたのでしょう、ということを言いたかったのです」

変わらぬ穏やかな声だ。
弟者はそれに反論するための言葉を有してはいたが、実際に使うことはできなかった。

口にすればとんだ藪蛇。
出てきた蛇が毒を持っていないとも限らない。

( <●><●>)「沈黙は肯定と同意義ですよ?」

人の良い笑みが憎い。
笑顔というのは、見ていて気持ちの良いものであるべきだろうに。
今の弟者にとって、男の笑みは兄者に勝るとも劣らない忌まわしさだ。

( ´_ゝ`)「あんたがここまで言われて黙っているとは、どうしたことだ。
      オレに対しては無茶な理論や言葉でも並べ立ててくるというのに。
      相手が人間であるからか?
      それとも、あのお坊ちゃんの言う通り、口に出せぬ肯定というわけか?」

挑発するような言葉ではあるが、兄者の声色はただの疑問に染まっている。
好奇心の強い彼のことだ。今は事の真偽を知る方が優先されているのだろう。

(´<_` )「……オレは、知らん」

悪魔と人間の視線の的となってしまった弟者は、一言、否定にも成りきれていない言葉を返すのがやっとだった。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:54:56.20 ID:PyVn/d6C0
  
兄者は男へ視線を向ける。
現状を打破できるのは彼しかいない。

ただの当てずっぽうで言葉を吐くような人間ではないはずだ。
言葉の理由がそのようなものであっても、聞く価値はある。
また、聞かなければ真偽を考えることすらできない。

( <●><●>)「私、目がとてもいいんですよ」

男は自身の目を指差す。
曇りのない黒い瞳を持った大きな目は、確かに遠くの空まで見渡せそうである。

( ´_ゝ`)「なるほど。それで、それがどうしたというんだ。
      まさか、そのよく見える目で弟者の心を読んだわけでもあるまい。
      人間の中にも、そういった特殊な力を持つ者がいることは知っているが、
      お坊ちゃんがそうであるとは思えない。これは、オレの勘でしかないがな」

( <●><●>)「もちろん、私にそのような力はありませんよ。
        ちょっとばかし変わっているだけの、ただの人間ですから」

両の手を広げ、慌てて否定する仕草を見せた男に、兄者は一抹の面倒くささを感じた。
兄者は、彼自身がそうであるため、相手が人を小馬鹿にすることを楽しむ存在か否かの区別がつく。
だが、目の前の男ときたら、そういった感じを全くと言っていい程、見せてこないのだ。

つまりは、天然。
ある意味では何よりも厄介な存在だ。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 13:58:01.54 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「あなた方に声をかけた時、私の目にはしっかりとその姿が見えていました。
        勿論、私を選んでくださったときも」

人影がだとか、輪郭がだとかいう話ではない。
手足や顔の動きまで、しっかりと見えていたということだ。

( ´_ゝ`)「そうだろうな。よほど目が悪いわけでないのなら見えるだろうよ。
      オレ達はお坊ちゃんの方へ向かっていたわけで、
      声を無視したとしても互いの顔と特徴くらいは覚えることができただろう」

( <●><●>)「えぇ。あなたはじっとこちらを見ていましたしね。
        ――だからこそ、今の状況に疑問を覚えるのですよ」

もったいぶるような声色。
人を惹く話し方ができる人間だ。
悪魔である兄者も、彼の言葉に聞き入るような様子を見せる。

すぐ傍にいる弟者は、もう心当たりなどという言葉では足りない確信を得ていた。
だが、男を止めることができない。

無様に声を張り上げて邪魔をするには羞恥が勝るし、
事実のわからぬままの肯定というのは相手にどのような想像をされても文句が言えなくなる。
八方塞がりだ。今すぐに兄者を払ってしまえれば、という衝動に駆られるが、それができていれば苦労はないわけで。

( <●><●>)「私の姿を見た彼、弟者さん、でしたか? は、惑うような顔をしていました。
        しかし、一度あなたを見て、次に私を見たとき、彼は何の迷いもなく、私を信じた顔をしていました」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:01:51.42 ID:PyVn/d6C0
 
言い訳をするならば、ただの経験論だ。

今までの、けっして短いとは言い難い旅の中で、弟者は幾つもの苦労を経験してきている。
兄者がいたが故の苦労も多いが、そうでない苦労も数多く存在していた。
いらぬ苦労を避けたい、と思うのは、人間として当然のことで、弟者はその方法を知ってしまっていた。

道を選んできたのは自分自身だったが、いつも言葉をくれる存在が傍にいた。
いくつかの苦労は、その言葉に従うだけで回避できたものだ。
それは道であったり、関わる存在であったり、様々ではあったが、確かに回避の道を示すものだった。

素直に肯定することのできぬ言葉で、兄者はいつも助けるための言葉を用意してくれている。
これを成長と呼ぶのか、時間による信頼と呼ぶのか、どちらにせよ忌まわしいと感じてしまうものでしかないとしても、
弟者は無意識の内に兄者の言葉を待っていたのだ。

( ´_ゝ`)「あぁ、あれか。
      そうか。あれは、そういう意味だったのか。
      やはり、人間というものは奥が深い。
      弟者の変化も然り、オレにわからぬ感情と機微を見知らぬ人間が理解するのも然り」

(´<_` )「信じるのかよ」

不機嫌な声で弟者が言う。
心の何処かで、そんなわけがないと一蹴してくれることを望んでいたのだが、悪魔は優しくない。

( ´_ゝ`)「信じるとも。それに足るだけの言葉だったとオレは思う。
      それと、そうだな。そうであれば良いとも思うしな。
      オレだって生きている。嫌われているよりも、好かれている、信頼されている方がずっと気分が良い」

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:04:32.86 ID:PyVn/d6C0
  
言葉とは違い、兄者の表情はさほど嬉しそうではなかった。
どちらかといえば、未だに戸惑っているように見える。

弟者はその辺りに関して口を挟まない。
これが自身と関係のない状況であるのならば、軽口の一つや二つ叩いてやったかもしれないが、
今おこなえば、痛みがそのまま自分に返ってきかねない。
それ故、弟者は目線をわずかに彷徨わせながら黙するばかりだ。

( <●><●>)「どうやら、あなた方はとても複雑なようですね」

男は肩をすくめる。
気まずいともいえる空気を作ってしまったのは、自身が口にした言葉が原因であることはわかっているが、
こんなことになるとは考えもしなかった。

彼から見て、弟者は兄者を信頼しているように見え、兄者はそれに応えていた。
人間の感覚ではあるが、それは喜ばしいことで、戸惑うことでも、痛みを感じることでもないはずだ。

(´<_` )「複雑なんてことはないですよ。
      共にいれば、この悪魔がいかに面倒な存在かわかります。
      それに頼ること、ましてや信頼なんて言葉を向けることが忌まわしくなるほどに」

( <●><●>)「おや、しかし契約したのはあなたなのでしょう?」

口にされても仕方のない言葉だ。
悪魔憑きは、自ら望んで悪魔と手を交わした者であるはずなのだから。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:07:19.69 ID:PyVn/d6C0
  
( ´_ゝ`)「そう。オレは望まれて契約を交わした。
      誰の目から見ても疑いようのない事実だ。
      返品しようたってそうはいかない。悪魔との契約は返品不可」

(´<_`# )「誰が、いつ、契約なんぞ交わした!」

( ´_ゝ`)「身に覚えがないからといって、契約を破ろうというのか?
      それとも、オレが嘘とついているとでも?
      酷い言いがかりだ。こうして、あんたにくっついていることが何よりもの証拠だというのに」

大げさな振るまいで嘆きの言葉を紡ぐ。
質の悪い出し物のようにも見える。

(´<_` )「この悪魔はこう言っていますがね、オレには本当に覚えがないのです。
     そして、それ故の苦労と苦悩を背負わされているのです」

男を味方につけるべく、弟者は改めて言葉を向ける。
自身の苦を他者に知ってもらえる機会など、そうあるものではない。

( <●><●>)「なるほど。私にはわからぬことがたくさんあるようですね。
        とても残念です。私に悪魔が憑いていないばかりに、気持ちの共有ができない」

至極残念そうに言い、男はわずかに目を細める。

( <●><●>)「――譲っていただけたらよかったのに」

優しげな瞳が、獲物を狙うようなものに変わった気がした。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:10:55.92 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_`;)「譲る?」

訝しげに弟者が尋ねる。
譲る、という言葉を脳内で何度も噛み砕く。

( <●><●>)「いえ。例えば、の話ですよ。
        変わり者の私ですから、悪魔に取り憑かれてみるのも一興、と思ってしまいまして」

優しげな目を取り戻した男は、口元に手を当てて笑う。
それを見た弟者は、つられるように笑い、言葉を紡ぐ。

(´<_` )「止めておいた方がいいですよ。きっと後悔します。
      元より、この悪魔を追い払いたくて旅をしている身ですから、そのようなことはできないのですけれど」

他人に悪魔を譲渡するような術を弟者は有していない。
こうして望まれてみて始めて、そういった発想もあるのだと思う程度だ。

( <●><●>)「是非、あなたの苦労もお聞きしたいものです」

人の不幸は、という意味ではなく、単純な好奇心から生まれた言葉に、弟者は苦笑いを崩さない。
それを見た男は、両手を合わせて音をたてた。

( <●><●>)「そうだ。今日は我が家に泊まってください。
        まだあの抜け殻が周辺にいるかもしれませんし、走り続けていたようですのでお疲れでしょ?」

男は背後にある家を指差す。
彼が一人で住んでいるというのならば、他者を泊めるだけの余裕は十二分にあるだろう。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:13:18.21 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_`;)「いえ、大丈夫ですよ。
     助けてもらった上に、家にお邪魔するなんて……」

慌てて弟者は両手を振って後ずさる。
軽く体が軋んだのは気のせいではない。
彼は、まだ筋肉の疲労がその日のうちに現れる歳だ。

体のことや、抜け殻が生息している状況を考えれば、男の言葉をありがたく受け取るのが正しい。
だが、それは難しい話だった。
男のことを警戒するわけではないのだが、
彼と話しているとどうにも自分の知らぬ部分が暴かれていくような気がして、心が休まらない。

( <●><●>)「何を仰っているのですか。
        私があなた方を助けた件は、抜け殻に関する情報を頂いたことで帳消しになったでしょう?
        泊める分はあなたの苦労話で十分です」

天然なのか、わざとそうしているのか、男は弟者が拒絶をしている意味を解さない。
それどころか、弟者が退けば退いた分だけ強く申し出てくる。

男を言いくるめることができるだけの技量が弟者にあればよかったのだが、
普段から兄者との口論で勝ったためしのない彼には無茶な要求だ。
さらに付け加えるのであれば、弟者は押しに弱い。

( <●><●>)「私もずっと一人で退屈していたのですよ。
        今夜一晩、話相手になってもらえれば、私はとても幸いなのです」

詰め寄るような言葉に弟者は口を結ぶ。
言葉が出ず、もはや両の手を高々と挙げたい気分に陥ってしまっていた。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:16:29.83 ID:PyVn/d6C0
  
( ´_ゝ`)「弟者、ありがた迷惑ながらも、好意を受け取っておけ。
      あんたの体が嫌な音をたてているはわかっている。
      今すぐにここを出たとすれば、また抜け殻と会う可能性は低くない。
      明日ならば体も状況も幾分か良くなっているというものだ」

仕方ない、と兄者は心を隠そうともせずに言った。
まだ日は高く、上手くすれば次の村に着けるはずだが、石橋を叩いて渡るにこしたことはない。

( <●><●>)「あなたにも拒絶されるかと思っていましたよ。
        変わり者は信用ならない、と仰っていたので」

( ´_ゝ`)「変わり者の傍にいる危険性と、抜け殻に出くわす危険性。
      どちらを取るか、などというつまらない質問をさせるつもりか?
      勘弁してくれ。答えなどとっくに決まっているのだから」

兄者は首を軽く振った。
彼としても下したくない決断だったのだろう。

(´<_` )「おい、オレは何も言ってないぞ。
      話を勝手に進めるな」

( ´_ゝ`)「ならば問うが、あんたはこのお坊ちゃんの誘いを断ることができるのか?
      お人好しで、口が回る相手には弱く、さらに押しに弱いあんたが。
      どうせ回避できないのなら、流れに身を任せてしまうのも手だぞ。
      幸か不幸か、お坊ちゃんはただのひ弱な人間。
      その気になれば、あんたの手でも命を屠ることもできるさ」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:19:21.60 ID:PyVn/d6C0
  
弟者は無言で兄者を睨みつける。
悔しいが、彼の言っていることを否定することができない。

自身の弱さは承知していたし、今まさにそのことで困っていたのだから。
かといって、素直に是とできるわけでもない。

(´<_`# )「そういう問題ではなくだな――」

( <●><●>)「はいはい。落ち着いてください」

怒声をあげると同時に男の声が割り込む。
さほど大きな声ではなかったはずなのに、彼の声は弟者の声を覆い隠すほどの力を持っていた。

( <●><●>)「喧嘩はなしにしましょう。ね?」

まるで子供を諭すような言い方だ。
おそらくはまだ子を持ったこともないだろうに、扱い慣れているように思える。
穏やかに言葉を重ねられ、弟者はすっかり毒気を抜かれてしまう。

兄者との言い合いに他人が口を挟む、ということ事態がそうそう起こり得ない事態だ。
珍妙な状況の中で、弟者は己の心の在りかや行動の仕方を忘れてしまった。

( <●><●>)「さぁ、何時までも立ち話というのも疲れてしまいます。
        こちらへどうぞ。粗茶の一つもお出ししますよ」

言葉を吐くことさえできずにいた弟者を導くようにして男は歩き始める。
数歩分の時間、弟者は立ったままだったが、やがて観念したように男の後を追った。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:22:42.68 ID:PyVn/d6C0
  
男の家は、外装通りの赴きだった。
豪邸というほどの広さはないものの、品のある造りをしている。
一人で住んでいるにしては、手入れも行き届いているように見えた。

(´<_` )「これだけ広い家となれば、掃除も大変でしょう」

( <●><●>)「いえ。住んでいるのは私一人なので、そうそう汚れることはありませんし、こんな何も無い場所です。
        掃除をするのもいい暇潰しになっていますよ」

居間に通された弟者は、座布団に腰を落ち着けながら周囲を見る。
家の中でも特によく使用する場所なのか、通された際に目にした部屋よりは生活感がある。

( <●><●>)「お茶を用意して来ますね」

(´<_` )「お構いなく」

( <●><●>)「いえいえ。滅多にないお客様ですから」

強引に連れ込んだ人物に対してその言葉は適切なのだろうか。
弟者は疑問を抱きながらも口には出さないでおいた。
すでに家へ足を踏み入れてしまったのだ。無駄な抗いはやめておくにかぎる。

奥へ消えて行った男の背を眺めていた弟者は、再び部屋を眺めることにした。
清潔な部屋は確かに外装から察せられる造りをしており、畳もそこいらの民家ではお目にかかれない品だ。
だが、そのわりに美術品の類が見当たらない。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:25:10.43 ID:PyVn/d6C0
  
( ´_ゝ`)「えらく珍妙な顔をしているな。
      あんたは金持ちの家の中がどうなっているかなんて知らないだろうに。
      想像だけで決めつけるのは褒められた行為ではないぞ。
      色を一枚重ねるだけで、ずいぶんと見え方が変わるみたいだからな。人間という生物は」

(´<_` )「待て。珍妙な顔とは何だ。失礼な」

何とも言えぬ顔になってしまったのにはまた別の要因があるのだが、弟者が要らぬ想像をしていたことも確かだった。
金持ちというのは、一般人には価値のわからぬような美術品を好むとばかり思っていたのだ。
だというのに、この部屋にはそれらが一切存在していない。
素人である弟者ではその価値が理解できないだとか、安い置物と美術品の違いがわからないわけでもない。

(´<_` )「オレはただ、えらく殺風景だと思っただけだ」

実際の間取りよりも広く見える部屋を見渡す。
そこには、弟者が形容したままの空間が広がっていた。

この部屋だけでなく、家の中にはただの置物でさえ存在していない。
存在が許されていないようにすら感じられる。
掛け軸も、壺も、人形もここにはない。
あるのは実用的な棚や箪笥、文机やちゃぶ台くらいのもので、人が暮らすにはあまりにも退屈な場所だ。

( ´_ゝ`)「お坊ちゃん自身も言っていたがな、変わり者なんだよ。
      常識の枠に収まろうとすらしない。
      その気になれば、箪笥も机も何もかも放り出しちまうんだろうさ」

( <●><●>)「流石にそこまではしませんよ。おそらく」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 14:28:22.68 ID:PyVn/d6C0
  
男が丁度戻ってきた。
手にはお盆とそこに乗った湯飲みがある。

( <●><●>)「変わり者も人間。
        生活に必要な家具くらいは置いておきますとも」

( ´_ゝ`)「いざとなればどうだかわからんさ。
      お坊ちゃんがこんな人里離れた、不便極まりないところに住んでいる時点で否定は意味をなさない。
      なぁ、お坊ちゃんにとって、生活とやらはどれ程の価値があるんだ?」

おおよそ、普通の人間が望む平和や穏やかさを捨て、こんなところに住んでいる人間が、
どの面を下げて生活、などという至極真っ当に思える言葉を吐くのか。
兄者の揶揄するような口調と笑みに、男はゆっくりと口角をあげることで返してみせる。

( <●><●>)「私の望む生活、ならば天上よりも価値を持ちましょう。
        そうでないものは蛇に足を描いてしまったものになります」

黒い雲が生まれ、それは雨を降らせ、地面を濡らす。
そんな当たり前のことを言われているようだった。

弟者は理解する。
これが、変わり者たる由縁なのだと。

(´<_` )「そんな風に言い切れるのですね」

思わず呟く。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:00:13.06 ID:PyVn/d6C0
  
弟者には、少し言えない言葉だった。

人生が辛いものだったとして、世界を恨むことはあるだろう。
人生が幸多いものだったとして、世界を祝福することはあるだろう。
だが、自身の人生に無価値の烙印を押すことはしない。

心の底から、自身とその人生に無を付きつけるのは恐ろしいことだ。
ただの否定ではない。根本からの拒絶だ。

( <●><●>)「あなたならば、わかってくださると思ったのですけどね」

(´<_` )「え?」

意味が理解できなかった。
始め、兄者に向けた言葉なのかと思ったくらいだ。
しかし、男の目は間違いなく弟者を見ている。

( <●><●>)「いいえ。何でもありませんよ。
        それより、さあ、お聞かせください。
        あなたの身に降りかかった苦労や苦悩を」

黙っている弟者に何を感じたのか、男は話をそらした。
この家に連れこんだ始めの目的を果たすのだと言わんばかりに、弟者の言葉を引き出す言葉を口にする。

男の言葉に対して、深く追求したい気持ちはあった。
それをしなかったのは、弟者が臆病風に吹かれたからにすぎない。
すっかり自身の調子を崩され、上手く立ち回ることができない現状に、これ以上の厄介を本能が避けた。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:03:48.84 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_` )「期待に沿えるようなものかはわかりませんよ。
      苦労した数は多いと思いですが、元を質せば一つのこと、と言ってもいいものですから」

億劫な気持ちをどうにか乗り越え、弟者は口を動かす。
思い出そうとすればしただけ、彼の脳に残っている記憶が苦労を甦らせる。
めまぐるしくなるような量ではあったが、言葉にしてしまえば軽いものだ。

( <●><●>)「是非」

男にとって大切なのは数ではなく、体験談として語られる事実だ。
千夜を越えるための夢物語はいらない。

一時の静けさの中で、弟者と男は視線を交わしあう。
男の瞳に映る感情は揺らがず、弟者の瞳に映るそれは不安定だった。

目蓋が一度落ち、またすぐに上がる。
文字通り、瞬くほどの時間だ。
その間に弟者は言葉を決め、口を開く。

(´<_` )「人の中で、生きられない」

世界で最初の雨粒のように、言葉は静かに零れ落ちた。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:06:18.20 ID:PyVn/d6C0
  
そこからは流れるように言葉が吐き出されていく。
言葉を押し留める堰は決壊してしまったらしい。

(´<_` )「一つの所に留まれません。
      悪魔憑きだと知られれば、異端として弾かれますから」

揺らいでいた感情が、ようやく居場所を見つける。
弟者の口から空気が出る度、感情は腰を落ち着けていくようだった。

(´<_` )「人と触れ合うことができません。
      恐ろしいと言われ、叫ばれ、逃げられます」

何故か感情は、薄暗い場所を好んだ。
誰に誘われるでもなく、そこを選択する。

(´<_` )「隣合うことができません。
      悪魔憑きに心を許してくれる人などいませんから」

兄者がどのような顔をしてこの言葉を聞いているかなど、弟者に関係ない話だ。
どの道、悲しむような悪魔ではない。
悲しげな表情をしているよりも、ニヤけた面をしている方がずっとありえる話だ。

弟者の中にあった感情が腰を据えると、沈殿していた泥が湧き上がってくる。
そうして、少し驚いた。
自分はこれほどまでに兄者を憎んでいたのかと。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:09:12.50 ID:PyVn/d6C0
  
思考し、言葉を止めてしまった弟者を見て、男は全てを口にし終えたのだろうと受け取った。

( <●><●>)「私なら、それでも構わないのですけどね」

例え、兄者が自身にとり憑いたとして、困ることも後悔することもないように思える。
男はそんな風に言った。

( <●><●>)「ここで暮らしている私にとって、人の中で暮らすということは、然程意味を持ちませんから」

彼は一人きりで暮らしている。
まるで他人との関わりを絶つかのように。

食料の類を買いに行くことや、もしかすると運んできてもらうことはあるかもしれない。
だが、それ以外の場面で男が他人と関わっているところを思い浮かべるのは難しいことだった。
弟者にとっての苦労というのは、男からすればそもそも存在することもないものだ。

( <●><●>)「人は人との関わりの中でしか生きられない。
        そんなことはないのですよ」

説得力のある言葉だ。
彼自身がそれを体言しているのだから。

( <●><●>)「無論、私が変わり者であるからこそなのかもしれませんがね。
        それでも、人であることには変わりありませんから。
        人は一人でも生きていける。食糧自給の問題などを除けばですけれど」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:12:48.17 ID:PyVn/d6C0
  
弟者が得た苦労というのは、人の中で生きられないことだけではない。
現状に理解も納得もできない状況や、ことあるごとに口を挟んでくる悪魔、という精神的疲労もある。

反論のための言葉ならいくらでもあったはずだ。。
けれど、何一つとして口には出せなかった。

( <●><●>)「――すみませんでした。
        あなたのことを否定するつもりはなかったのです。
        通常、人は人と関わり合うことで生を紡いでいく。それは確かなのですから」

男が謝罪を口にする。

(´<_`;)「いえ、否定されたとは思っていませんよ。
     ただ、そう。驚いただけですから」

無理矢理に笑ってみるが、やはり硬い。
傷ついたわけではなかったのだが、衝撃を上手く吸収できなかった。
ぎこちなさはそんなところからきていた。

( ´_ゝ`)「同じ人間という種に生まれたとしても、同じ考え方を持って生きられるわけではない。
      そのことがわかったのなら一つの学びとなったわけだ。
      驚きであれ、恐ろしさであれ、得られることは喜びになる。
      避けるべきものの一つを知ることができて良かったな」

(´<_` )「誰が恐怖したと、拒絶の意を持ったと言った」

弟者は口をへの字に曲げて返す。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:15:15.49 ID:PyVn/d6C0
  
( ´_ゝ`)「おや。違ったのか?
      オレはてっきり、常人とは違う者の深淵を覗きこんでしまい、恐れ抱いたのかと思ったぞ。
      仮にそうだとしても、何ら気に病む必要は無いがな。
      覗いてはいけないものがこの世にはごまんと有るのだから」

大げさな口調と身振りを持ってして兄者は言う。
誰の目から見ても、彼が他者を小馬鹿にしているのがわかるはずだ。

(´<_`# )「人はそれぞれ違う。
      そんなことがわからず、納得もできないほどオレは子供ではない」

( ´_ゝ`)「そう怒るな。人が自分とは違うということを受け入れられない大人など少なくないぞ?
      子供だから大人よりも劣っているという考えは捨てるべきだな。
      経験や凝り固まった価値観がない分、子供の方が優れている部分も多い」

弟者は眉間にしわを寄せ、勢いよく立ち上がる。
彼が立ったところで兄者と視線の高さが合うわけではないのだが、そうせずにはいられなかった。

(´<_`# )「劣っているとは言っていない!
      子供の方が己と他人を同一化しやすいという一般論からなる言葉だ!」

( ´_ゝ`)「一般論! なるほど、それが一般論とあんたは思っているわけだ?
      誰かがそう言っているのを聞いたわけでもなく、語りあったこともないのに。
      状況と雰囲気だけでそう判断しただけだろ? あんたの妄想だということも有りうるのではないか?」

(´<_`# )「一つ一つ丁寧に拾いあげて解明しなければ気がすまないのか!」

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:18:23.77 ID:PyVn/d6C0
  
(;<●><●>)「お二人とも落ち着いてください」

激しさを増す口論に男が口を挟む。
取っ組み合いをすることこそなさそうだが、ずっと聞いていたいものでもない。

(´<_`;)「あ……。
     すみません。つい……」

また男に喧嘩を止めさせてしまった。
兄者との口論は、普段、気にすることなく続けられていくものなので、どうにも自制することができない。
弟者は視線を下げる。

( <●><●>)「それほど深刻な顔をなさらなくとも大丈夫ですよ。
        怪我をしたわけでも、何か壊されたわけでもありませんから」

顔をあげずとも男が苦笑いを浮かべているのがわかった。
ただ、言葉に嘘もないのだろう。
子供というには大きすぎる男と、長い生をずっと過ごしてきた悪魔が低次元な言い争いをしていることに
彼は驚きと呆れを抱いているのだ。

(´<_` )「お恥ずかしいかぎりです……」

( ´_ゝ`)「無知を理解し、反省することができるのは大切だ。
      今の気持ちを忘れずに持ち続けることだな。
      それが人類の進化に繋がる可能性がなくもないのだから」

(´<_`# )「ちょっと黙ってろ」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:23:35.37 ID:PyVn/d6C0
  
短気な弟者が悪いのか、挑発する兄者が悪いのか。
二人の間に再び火花が散ろうとしていた。

もう一度、声をかければ弟者がその口を閉じるだろうことはわかっている。
しかし、そうしたところでまたすぐに次の口論が始まるだけだということが目に見えていた。
男はしばし悩み、良案を思いつく。

( <●><●>)「弟者さん」

(´<_`;)「あ……」

名を呼ばれ、弟者が硬直する。
反省した次の瞬間にこれでは鶏以下だ。

( <●><●>)「良い物を持ってきますね」

それだけ言うと男は立ち上がり、どこかへ消えていく。
何を持ってくるのかが言及されなかったところに、弟者は冷たい汗を流す。

まさか肉体的苦痛を与える道具を持ってくるつもりではないだろうか。
状況が状況なだけに、怒鳴られたとしても叱られたとしても文句は言えない。
男にとってのそれが体を痛めつけるような類のものでないとは言いきれなかった。

彼のことを常識で測れないことは今までの様子で十分に理解できる。
本人と兄者のお墨付きだ。

何が起こるのか予想もつかない。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:28:28.23 ID:PyVn/d6C0
  
このまま逃げてしまおうかとも考えたが、
自身の気苦労だった場合を思えばそのような失礼にあたることはできない。

他者の気持ちを考慮に入れない、ということができないのはある意味では欠点になりうる。
そうでなければ、彼は今頃この場から離れることができていたのだから。
結局、弟者は身を冷たくして待つことしかできないのだ。

男を待つ間、兄者がちょっかいをかけなかったのは弟者の心境を察してのことなのかもしれない。
だが、不安を抱いたまま待つくらいならば、後で叱られたとしても構わないので喧嘩の一つもしたい気持ちもある。

( <●><●>)「お待たせいたしました」

ようやく男が戻ってきた。
弟者はおそるおそる、彼の方へ視線を向ける。
身の危険を感じれば、すぐにでも逃げる算段だ。

(´<_` )「……それは?」

手の内にある物、いや、手に持っているものを見て弟者は首を傾げる。
兄者は興味深げに息を吐いた。

( <●><●>)「私の宝物ですよ」

男は手に持っていた物をそっと机の上に置く。
それは外からの光を浴び、鮮やかにきらめいていた。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 15:33:18.76 ID:PyVn/d6C0
  
( ´_ゝ`)「瑠璃……。いや、びいどろ、か。
      海のような青色だ。気泡が入り、薄いところを見ると然程高価なものではないな。
      だが、そこがまた美しいと言える。
      保存状態も良い。
      お坊ちゃんの趣味と扱いに関しては認めざるを得ないな」

兄者は顎に手を当て、目の前にある品物を見定める。
机の上に置かれたびいどろの杯は、褒められているのがわかっているように誇らしげな輝きを放っていた。

(´<_`;)「いや、本当に美しい……」

弟者はそっと顔をびいどろに近づける。
わずかに己の顔を反射しているそれは深い青に染まっていた。

( <●><●>)「私はびいどろやぎやまんが大好きなんですよ。
        家の裏にある蔵にはお気に入りを保管していて、毎日手入れを欠かしたことがない程なんです」

(´<_`;)「あの蔵にですか?」

外から見たとき、蔵はこの家よりも大きかった。
所狭しと並べられているわけではないとしても、あの場所に並べられている輝かしい品々を思えば声が震える。
改めて、男の財力を思い知った気分だ。

弟者とて、びいどろの一つや二つは見たことがある。
だが、見たことがあるということと手に入れたことがある、ということでは全く意味が変わってしまう。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:02:02.03 ID:PyVn/d6C0
  
薄いびいどろはすぐに壊れてしまう。
見た目は綺麗であり、丁重に観賞する分には良いかも知れない。
しかし、気軽に買うには脆く高価なものだ。
ちょっとした贅沢のためでなければ店先に並んでいるのを眺める程度。

実用に足る、と言うわれているようなぎやまんに関して言えば、弟者は見たこともない。
厚みのあるぎやまんは高価なものだ。
とてもではないが、一般庶民が目にできるような場所に並べるようなものではない。

( <●><●>)「美しいでしょ?」

男の指が杯の縁を撫でる。
触れてしまえば壊れそうな、傷をつけられそうなほどに薄いびいどろ。

(´<_`;)「でも、少し怖いです」

弟者は正直に答えた。
形あるものはいずれ壊れるとはいえ、びいどろは壊れやすすぎる。
触れることはおろか、息を吹きかけることさえ恐ろしい。

( <●><●>)「恐れる必要などないのですよ。
        私なんて、この輝きを目にしているだけで、どれほど心安らぐことか……」

うっとりとした瞳がびいどろに映る。
青い光に照らされ、男の黒い眼差しが青く染まったようにさえ見えた。

69 名前:>>68 ミスった。安価は無視して欲しい 投稿日:2013/08/05(月) 17:06:47.22 ID:PyVn/d6C0
(*<●><●>)「この薄いびいどろを一枚通すだけで、世界は天上の世界よりも美しくなります」

透けて見える向こう側の景色。
弟者はそれを少し離れたところから見る。

確かに、普通に見るのとは違った景色が見えた。
だが、それを何よりも美しいと称する気にはなれない。
単なる美意識の違いだ。

(´<_` )「本当にお好きなんですね」

(*<●><●>)「えぇ。時々、商人に頼んでびろうどやぎやまんを売りに来させるほどですよ。
        駄賃を弾めばそれだけ良い品を運んできてくれます。
        故に、私はここに住むことを不便に感じずにすんでいます」

高揚した風な口調からは、不純物の混じっていない好意が見える。
しかし、弟者は商人に同情してしまった。

危険を侵してまで商品を売り歩く者は珍しくないが、それはあくまでも日持ちする物や頑丈な物だ。
脆いものや腐りやすい物を持って旅をする馬鹿はいない。
男の言う商人は、この場所にたどり着きさえすればいいのだろうけれど、脆いびいどろやぎやまんを運ぶのは一苦労なはず。
それも、砕けてしまえば損害は大きい。

(´<_`;)「いや、しかし、街に住む方が良い品を手早く得ることができるのでは?」

どのような理由でここに住んでいるにせよ、あれほど愛しているびいどろやぎやまんのためならば、覆してしまいそうなものだ。
品物の手に入れにくさと頻繁に新しい品を目にすることができないこの場所に、男は何をもって住んでいるのだろうか。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:11:49.32 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「それも一理あるのですけれどね」

男はびいどろの杯から視線をあげ、弟者の方へ向ける。
瞳に青さがなかったのは当然だが、何故か男の黒い瞳が、全てを飲み込む闇に見えた。
弟者は引きつった声が出そうになるのを寸前の所で止める。

( <●><●>)「街ではあれほど大きな蔵を持つのは難しいでしょ?
        盗人に入られるのも恐ろしい。盗まれずとも、砕けてしまうものですから」

まばたきの後、男の瞳はただの黒に戻っていた。
何かの見間違いだったのだろうか、と弟者は軽く首を傾げる。
それを黙殺したのか、動作が小さすぎたのか、男は傾げられた首には触れず言葉を続けていく。

( <●><●>)「ここは祖父が作らせた別宅でしてね。
        当時は抜け殻がいなかったのか、犠牲を承知で建てさせたのか……。
        どちらにせよ、私にとって都合のいい家があったので利用させてもらっているのです」

抜け殻がいるような場所にまで盗みに来る者はおらず、
人がいないために土地は有り余っており大きな蔵を持つこともできる。
さらに、脅威となる抜け殻対策には板壁がある。

男が趣味を満喫するためには、この場所である必要があるのだという。
理屈がわからないわけではない。
だが、弟者は言い知れぬ違和感を持っていた。

疑問を呈することはできる。
しかし、上手く言葉にできないままにそれをするのは無駄というものだ。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:16:37.72 ID:PyVn/d6C0
  
何だかんだと思うところはあったものの、男の家で過ごす時間は、存外悪いものではなかった。
予想外に料理の上手かった男が振舞ってくれた食事は弟者の腹を満たしたし、
風呂桶があったので男と弟者が協力し風呂にも入れた。

兄者との無益な喧嘩をいつまでも続けることなくいられたのも大きい。
止めどころが見つからずに体力と精神力だけを消費することが回避できたのだ。

( <●><●>)「部屋はここを使ってください」

(´<_` )「ありがとうございます」

案内されたのは居間から少し離れた部屋だった。
使っている形跡は見られないが、埃もなく綺麗なものだ。
部屋の真ん中に置かれている布団と明かりだけがこの部屋の存在価値を生み出している。

( <●><●>)「今日はとても楽しかったです。
        明日、お別れするのが寂しいですよ」

(´<_` )「それでも、私は行かなければならないので」

今一番の目標だ。
こんなところで、と言えば聞こえは悪いだろうが、歩みを止めるわけにはいかない。

弟者にも思うところはある。
この場所は住みよいかもしれないが、一人きりで生き続けるというのはどのような気分なのだろうか。
望んでここにいるとのことだったが、弟者と兄者が去った後、他者の気配も何もない場所に残されるのだ。

それはとても寂しいことのように感じた。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:21:22.59 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_` )「――寂しいなら、街へ行くのもお勧めですよ」

ふと言葉が口をついて出た。
余計なお世話であることは重々承知しているつもりだったのに、無意識というものは恐ろしい。

(     <●)「……考えておきます」

男の表情は見えなかった。
弟者が彼の顔を認識するよりも先に、体を反転させてしまっていたのだ。
その背中はどこか沈んで見える。

(       )「おやすみなさい」

声には変化がなく、具体的な感情は読めない。
悪いことを言ったかもしれない、とは思ったが、いつも通りの声に対して謝るというのもおかしな話だ。

(´<_` )「おやすみなさい。
      良い夢を」

弟者は素直に挨拶を返すことにした。
一日の終わりを示す挨拶を聞き届けると、男は部屋から出て行った。
彼にはしっかりとした自室があるのだろう。
静かに閉められた襖をわずかな時間眺め、弟者も布団へ向かう。

外はもう暗く、室内に灯されている仄かな明かりだけが足元を照らしている。
それでも不安なく歩くことができたのは、この部屋にはつまずいたり踏みつけたりできるような物がないからだ。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:24:55.63 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_` )「しかし、体が痛い」

弟者は布団の上で体をほぐすように動かす。
筋肉痛が酷くなりすぎて出発を延期する、なんてことが起こっては洒落にならない。

( ´_ゝ`)「普段から運動を繰り返している若人が体を痛めるとはな。
      今日の追い駆けっこはずいぶん気合が入っていたのだろう。
      脳みその制御装置が一つや二つ、外れていたのかもしれないぞ」

(´<_` )「例えそれが事実で、明日は動けぬほどの痛みがあったとしても、オレはここを発つぞ」

( ´_ゝ`)「それは重畳。オレにとっての朗報だ。
      ここは悪いところではないかもしれないがな、良いところとも言えない。
      言っただろ? オレは変わり者を信用しない性質なんだ」

兄者は声を潜めるようにして言った。
あの男が聞き耳をたてているとは思わないが、言葉の通り兄者は彼のことを信用していない。
声は常のように張り、男の自室が近ければ声が届くかもしれないという程に。

それ故、用心をするに越したことはないと考えていた。


(´<_` )「お前にとっては旅を続けない方が都合がいいんじゃないのか?」

( ´_ゝ`)「そりゃまたどうして。
      オレは今までに一度でもそんなことを言ったか?
      とんと覚えがない。あるならばいつのことだったか、是非とも教えてもらいたい」

おどけたような口調ではあるが、己の発言に対する自信が垣間見える。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:28:02.72 ID:PyVn/d6C0
   
(´<_` )「オレも言われた覚えはないな」

考える間もなく、弟者は真っ直ぐに返す。
彼もまた、言われていないという自信があったのだ。

(´<_` )「だがな、その方がずっとおかしな話なんだ。
      お前はオレにとり憑いている悪魔で、オレはそれを払うために旅をしている。
      妨害を受ける方が自然で、止められる方が当然だ。
      オレとしては懇願される方が気分が良いがな」

気になっていたことだった。
それでも、聞く気になれなかったことだ。
今になって口にしたのは、この家で過ごした一日があまりにも平凡で日常的な風景だったからかもしれない。

普通に人と話しをした。
そこには当たり前のように悪魔がいて、喧嘩をして、止められた。
今までにない体験であり、兄者が現れるよりも以前では違和感を覚えることもなく享受していたものだ。

( ´_ゝ`)「それに関してならば言ったことがあるはずだぞ。
      決めるのはいつだってあんた自身なのだと。
      オレが口を挟むことはあるが、その通りに事が運べばいいとは思わない。
      互いに好きなことをすればいい。結局、どう転んでもあんたは得をするんだ。
      難しく考える必要は全くない。やりたいようにして、かつ、流れに身を任せていればいい」

正論を述べるように、兄者は言葉を吐き出す。
楽しげな声には、一切の不安や揺らぎがない。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:31:21.46 ID:PyVn/d6C0
  
弟者は馬鹿にされているのかと思った。
目の前にいる悪魔は、己に思考を停止させろと言っているのだ。

無知で無謀なままでいろと言われ、誰が素直に頷くというのか。
勿論、弟者はそんなおとなしい性質ではない。

(´<_`# )「考えることを止めた人間など、抜け殻と変わらない。
      オレは流れに身を任せるだけなど真っ平御免だ」

( ´_ゝ`)「言い方が悪かったようだ。その点については謝ろう。すまない。
      考えることを放棄した人間は、もはや人間ではない。それは確かにそうだ。
      だから、あんたはあんたなりに考えて動けばいい、そう言ったつもりだった。
      オレのことなんぞ気にするな。あんたはいつだってそうありたいと願っているのだろ?」

(´<_`# )「お前みたいなでかい目の上のたんこぶが無視できるか!」

( ´_ゝ`)「まったくもって困った奴だ。
      あんたはオレにどうして欲しいというんだ。
      まさか、旅を止めさせてくれ、妨害してくれ、なんてことを言い出すんじゃないだろうな?
      オレはあんたのことをそれなりに知っているつもりだが、そんな被虐趣味があるとは思ってなかったぞ」

(´<_`# )「被虐趣味なんぞない!」

声をあげ、そして顔を俯ける。

(´<_` )「オレは、ただ、ただ――」

それ以上、言葉は続かなかった。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:34:06.79 ID:PyVn/d6C0
   
言葉が消えてしまった。
ずっと疑問に思っていたことや、言いたいことが胸の中に溜まっている。
溜まっていることは理解できるのに、それを解消するための言葉を見つけられない。

まるで、相反する二つの感情がぶつかり合い、消えていくようだ。
弟者の中から言葉がバラバラになって失われていく。

( ´_ゝ`)「――言いたいことがないのならば、眠ってしまえ。
      オレはこの家から出ることについて賛成だと言っただろ。
      明日の朝になって、眠いからもう一泊するなどと言い出さないでくれよ」

弟者は一度口を開き、またすぐに閉じた。
違和感として残っている胸の靄はどうにもできそうにない。

(´<_` )「……お前の言うことを聞くみたいで癪に触るが、確かに明日のことを考えれば寝るべきだな」

布団をめくり、体を横たえる。
夜になれば肌寒い季節だが、布団の中に入ってしまえば快適だ。
暖かさが体中を包み込む。

呼吸の回数を百程数えれば、呼気は寝息へと変化していた。
兄者は弟者の寝顔を目に映す。

( ´_ゝ`)「これだけ生きても、オレは人間のことなんぞ欠片程しかわかっていないのかもしれないな。
      だから人間はおもしろい。だからあんたはおもしろい。
      あんたは今、何を考えていたんだ?」

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:37:25.15 ID:PyVn/d6C0
  
虫も声を潜める真夜中。
満月が空に浮かび、地面を照らす。
淡い光に影を作る者が一人。

極力音を消した足運びは空気をわずかに揺らすだけだ。
鈍い動物ならば気づかない可能性もある。

影は一際大きな建物、蔵の前にいた。
外と内を繋ぐ扉からは見えない位置に蔵の扉は設置されている。
そっと指先で触れれば、細かな凹凸が伝わってきた。
夜の暗さに扉の紋様な消えてしまっているが、光の差す場所で目にすれば、人の目を楽しませることができるものなのだろう。

手を少し動かせば、とってに触れることができた。
鍵はない。
上へあげるだけで外れてしまう枷を取り、とってを掴んで軽く引けばいい。
それだけで蔵は全てを解放してくれる。
中に何があるのかを教えてくれるのだ。

影は一瞬の躊躇もなく枷を外し、とってを引いた。
静かにすることを意識しても、扉が開く音はどうにもならない。
派手な音ではないが、地面と扉がわずかにこすれる音がする。

開かれた扉から、内側へと足を踏み入れる。
明かりを持ってこなかったため、蔵全体の様子は見えない。
だが、上から月明かりが差し込まれるようになっている造りのおかげで、
大雑把にではあるが内部の様子を目に収めることができた。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:40:21.82 ID:PyVn/d6C0
  
「何をしているのですか?」

影の背後から声がした。
暗闇の中から発せられたそれに、影は怯えることなく、むしろ余裕さえ見せるように振り返る。

(´<_` )「お坊ちゃんの言う宝物をもっと見てみたいと思ってね。
      こんな場所ではあるが、大切なものならもっと厳重に管理するべきだ。
      鍵の一つもかけずに放置しておくなど言語道断。何かあってからは遅いだろ?」

月明かりとは別の明かり、背後にいる者が持つ火の光が影の姿を引き出す。
そこにいたのは弟者だ。
だが、弟者とは違う。

上げられた口角も、つかみどころのない口調も、彼のものではない。
弟者の皮を被った悪魔だ。

( <●><●>)「今の状況でよくそのようなことが言えますね。
        面の皮が厚い、と引っぺがされても文句は言えませんよ」

火の明かりを片手に持った男は呆れたように言う。
無論、彼は目の前にいるのが弟者であって弟者でないことに気づいている。

原理はよくわからないが、状況だけは理解できる。
彼からしてみれば、それだけで十分だった。

(´<_` )「怖い。怖い。この体はオレの物じゃないことはわかってるんだろ?
      皮を剥ぎ取るような真似はやめてくれ。
      聡いお坊ちゃんのことだ。オレが盗みなんてことをしにきたわけじゃないってことくらいわかってるだろ」

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:43:54.88 ID:PyVn/d6C0
  
男の持つ明かりが風に揺れる。
不安定な火が両者の顔に深い闇と浮き出る光を生み出す。

( <●><●>)「それ程、私が信用できませんでしたか?」

(´<_` )「愚問だな。どうして信用されると思うんだ?
      会ってから一日も経っていない、別の種族の生物を。
      それも、変わり者を、だ。何を考えているかなんて、ただの人間よりもずっとわかりにくい」

( <●><●>)「そうですよね。
        ですから、私もここにいるんです」

(´<_` )「だろうな。念の為に足音も気配も殺していたというのに、お坊ちゃんがここにいるんだ。
      それ以外に理由はないと思っていた。
      自覚というものは、何に対しても大切だ。己が信用されていない、という自覚もな」

( <●><●>)「褒めてくださりありがとうございます。
        それで、あなたが私に対して持っている疑いは、少しでも晴れましたか?」

笑わぬ男の目に、兄者が笑みを描いてやる。
けれど、そうした兄者の瞳もまた、笑っていなかった。

(´<_` )「残念ながら、晴れることはなかったよ。
      疑いは深く、否、確信へと変わっただけだ。
      やはりお坊ちゃんは変わり者で、早々に弟者を此処から立ち去らせるべきだ」

兄者が後ろを見る。
そこには男の宝物の数々が並んでいた。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:46:36.21 ID:PyVn/d6C0
(´<_` )「昼にお坊ちゃんの趣味と扱いに関して認めたが、あれは撤回させてもらう。
      趣味など人それぞれだとは思うがな、全てがそれで片付くわけではない。
      これが他者に認められることはないだろう。
      お坊ちゃんが街へ行かない理由もよくわかるというものだ」

( <●><●>)「悪魔のあなたにならば、という思いがなかったわけではないのですけれど」

男は少し悲しそうに言った。
人に受け入れてもらえないのならば、せめて悪魔には。
珍しい考えではない。

(´<_` )「オレも少しは期待していたんだぞ?
     変わり者たって、色々ある。
     もしかすると、お坊ちゃんはまともな方に片足を突っ込んでくれているんじゃないかって。
     そうであれば、もう一日くらい弟者を休ませてやれたし、
     まぁ、オレの変わり者に対する偏見も少しは消えた」

兄者は蔵の中にある宝物を見ながら言う。
冷ややかな色を多分に含みながら。

薄く色づいたぎやまん。
色のなさが美しいぎやまん。
そこには触れば緩やかな波をたてるであろう液体が入っている。

そして、目を覆いたくなるようなモノが入っている。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 17:50:18.28 ID:PyVn/d6C0
   
例えば、それは虫だった。
例えば、それは臓器だった。
例えば、それは死骸だった。

どれもこれも、ぎやまんの中にある。
光と透明の中で気味悪く存在している。

ぎやまんの底には土が盛られ、それより上には水が溜まっているような状態だ。
見るも無残なモノ達は針によってぎやまんのほぼ中央に固定されていた。

(´<_` )「お坊ちゃんが何を思ってこれをしたか、なんて興味ない。
      ただ趣味が悪いと思うだけだ。
      ぎやまんを満たしている液体が、ただの水か否かは知らないが、中には崩れ始めているものもある。
      オレの美醜感覚で言うならば、間違いなく醜だ」

人間よりもずっと良い目がぎやまんの中身を捉える。
死骸は浮かぶことすら許されず、変色を始めているモノも多い。
その様子は哀れみさえ抱いてしまいそうな程だ。

( <●><●>)「一応、その液体には塩を混ぜているのですけれどねぇ。
        塩に漬ければ腐りにくいと聞いていたので」

この男が宝物の手入れを雑に行うとは思えない。
ぎやまんの中身がどのような状態なのかもしっかりと把握しているのだろう。
その上で、彼は宝物だと言うのだ。

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:03:05.24 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「とても、とても美しい。
        わかりませんか。明かりを反射して輝くぎやまんの美しさが」

(´<_` )「その点だけを見れば、美しいという言葉を否定する必要はない。
      お坊ちゃんが好むのもわかる。おそらく、その他大勢の人間だってそうだろう。
      質の良いぎやまんがこれだけ揃っているというのも珍しいだろうしな。
      色も様々で、光りかたも違い幻想的だ。
      誰もが目を奪われ、一息つくだろうよ」

(*<●><●>)「そうでしょう。そうでしょう!」

男は興奮したように言い、兄者の横をすり抜けて蔵の中へ入る。
そうして彼は入り口に程近く置かれていたぎやまんに触れた。

(*<●><●>)「この美しさは万人が認めるものなのです……」

明かりをぎやまんの隣に置く。
すると、反射される光が強さを増すと同時に、中身を強く映し出す。

透明なそれの中に入っているのは元より黒く、長い年月姿を変化させていないと言われている害虫だった。
ただでさえ気持ち悪いその虫は、水の中で崩れ、触覚や足をなくし、吐き気をもよおしかねない物体へと変化している。
透明なぎやまんに入っているため、どの角度から見てもそれは見えるはずだ。

にもかかわらず、男は見つめている。
蕩けるような目は、現実を直視しているとは到底思えないものだ。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:06:34.85 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_` )「万人が右に倣うようにして美醜を決めるはずがないだろう。
      第一、オレはぎやまんの美しさを評価したのであって、その中身、余計なものについては評価していない。
      するとするならば、ぎやまんの美しさを大いに損ねたとの評価を下すが」

言ってみるが、男の耳に声が届いているとは考えていない。
夢の世界でも見ているかのような男は、目と同じくらいに蕩けた声を出す。

(*<●><●>)「美しいぎやまんは、この世の全てを同様の美しさにしてくれるのです。
        醜い世界も、人々が忌む存在も、醜悪な姿も、全てを目に止めるに相応しいものへと変貌させてくれます。
        全ての人々が等しくこの美を目にすることができるようになればいい。
        私があの日、父上にぎやまんの素晴らしさを教えていただけた時の衝撃を、全ての人へ伝えたい。
        ずっと嫌いだった魚が、薄気味悪いとばかり思えていた存在が、
        ぎやまんの中にいるだけでどのような物よりも高価な物に思えたのです。
        美しさに目を奪われてしまったのです。心を射抜かれ、私は日がな一日ぎやまんと魚を見ていました。
        魚が死に、死骸が浮かび上がっても、それは変わりませんでした。
        何故なら、その姿もまた美しかったのです! ぎやまんの輝きは死骸さえ輝かせるのです。
        けれど、一つ、水から浮かび上がっているのは少しいただけませんでした。
        やはり、ぎやまんの中、透明な液体に入っているのがいいのですから。
        そこで、土を盛り、針で固定してみたのです。どうです? 素晴らしいでしょう。美しいでしょう。
        あぁ。私は証明したい。
        ぎやまんの美しさは、全てを美へと変えるのだと。」

そこで男はピタリと言葉を止めた。
彼の体が反転する。

(*<●><●>)「ですから、ここに入ってくれませんか?」

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:10:14.86 ID:PyVn/d6C0
   
(´<_` )「お断りだ。
      オレという悪魔も、悪魔憑きの弟者も、どれもお坊ちゃんにはやらん。
      ぎやまんの中に入ってやるつもりも、解体されてやるつもりもない。
      忌み嫌われているものを探すなら、他をあたってくれ」

間髪入れずに返す。
否定しなかった時間が、刹那でもあることが許せなかった。

男は返事の早さに驚いたのか、次の行動を思案しているのか、動くことも口を開くこともしない。
その間、兄者は睨むでもなく、ただ男の方を見ていた。
狂気に満ちた彼の瞳から逃げない。
弱腰なところを見せれば、たちまち狂気が喰らいついてくるだろうから。

まばたきをすることも惜しむほどに兄者は男を見る。
だから、彼が口を開くその瞬間もしかと目におさめていた。

( <●><●>)「……そうですか。
        残念ですが、しかたないですね」

ため息と共に言葉が吐き出される。
ずいぶんあっさりした物言いだった。
嘘を用いて油断を誘っていると思ってもしかたがない程に彼の言葉は軽い。

ただ、兄者はそう取らなかった。
素直に言葉を受け入れる。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:13:26.44 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_` )「ずいぶん素直なことで何より。
      駄々を捏ねられたときのことも考えていたのだが、どうやら要らぬ妄想だったようだ。
      穏便に事が運んでくれて嬉しいよ」

( <●><●>)「私だって馬鹿ではないのですよ。
        見ての通り、私は体格が良くありません。
        どうしたって、あなた方に勝てるわけがないじゃないですか」

敷地から出ることすら稀なのだろう。
旅をしてきた弟者と体格を比べることが間違いだ。

第一、と男は呆れたように言葉を続ける。

( <●><●>)「そこまで道を外すつもりはありません」

どこまでいっても、人は人でしかない。

周囲に受け入れてもらえず、こんなところに身を落ち着けた男は、誰よりも自分の異常性を自覚していた。
同時に、己に残された最後の境界線もしっかりと認識していた。

( <●><●>)「生きている人間を殺すような真似をしたことはありません。
        死んでいた旅人を分けたことはありますがね」

(´<_` )「元より、目的はオレだけということか。
      それにしても、オレが頷くとでも思ったか?
      弟者から離れられぬ身。そうでなくとも、お坊ちゃんに観賞されるだけのモノに成り下がるのは御免だが」

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:16:35.75 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「万が一、ということがあるじゃないですか」

(´<_` )「一先ずやってみる、という精神は認めよう。
      何もせぬうちから諦めてしまうより、ずっと健康的だ。
      だが、それはそれ。お坊ちゃんの言うことを聞いてやるつもりはない」

( <●><●>)「けれど、それはあなたの意思ですよね?
        是非、弟者さん自身にも聞いてみてくださいよ。
        人から避けられる悪魔憑き。
        彼が誘いに頷いてくれれば、あなたも従ってくださいますよね」

(´<_` )「それもお断りだ。
      オレは弟者の言うことに素直に従ってやるつもりもない。
      まぁ、離れられない身としては、弟者がすんなり体を明け渡してしまえば有無を言わずに、となるだろうが。
      幸いにして、あいつは命を投げ捨てる男ではないし、人生や世界が醜く穢れているとも思っていない。
      大体から、こんな光景を弟者に見せたら卒倒するんじゃないのか」

( <●><●>)「やってみるという精神を認めてくれると言っていたではないですか」

(´<_` )「それはそれ、とも言ったはずだが?
      オレは利益にも何にもならないことを進んでする程ような悪魔ではないぞ。
      お坊ちゃんの要求は損の面しか見えない。
      第一、弟者が受け入れるなど、夢幻であったとしてもありえない話だ」      

( <●><●>)「そうでしょうか。
        弟者さんも私と同じ、変わり者なので可能性は否定できないと思っていたのですが」

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:20:22.29 ID:PyVn/d6C0
  
兄者がわずかに目を見開く。
わずかの後、感心したように口を弧にする。

(´<_` )「ほう。どうしてそう思った?
      いや、お坊ちゃんの言葉が間違いだというのではなく、正解だからこそ、どうしてそう思ったのか知りたい。
      今日一日、わずかな時間でお坊ちゃんが何を感じたのかを」

実に楽しそうな声だった。
自身と感覚を共有できる相手に巡りあえた興奮だろうか。
男には判別つきかねた。

( <●><●>)「難しいことなんて何一つありませんよ。
        誰の目から見ても、あなたと弟者さんという二人を見ていれば、同じ印象を抱くでしょう」

(´<_` )「オレと弟者の二人を見る、ということが容易であれば、弟者の心労も少しは軽くなるだろうにな。
      悪魔という種族故に、オレは差別を受けるし、悪魔憑きである弟者も同じ。
      変わり者であるお坊ちゃんだから見れたのさ」

( <●><●>)「そうです。
        私が感じたのは、当にそこです」

軽く言葉を紡いだ兄者に、男は強く言う。
けれど、兄者は彼がどの部分に反応したのかわからなかった。
そこ、等という言葉では不足が過ぎる。

暗闇の中で兄者は首を傾げた。
彼が怪訝な顔をしていることに、雰囲気で気づいたのか、男は言葉を続ける。

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:23:34.46 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「彼は言いました。
        悪魔憑きであるが故に、一つの場所に留まれない。人と共にいられない」

昼間の話だ。
兄者もしっかりと聞いていた。
悲しむでもなく、ただ納得していた話だ。

( <●><●>)「それだけです」

男は切り捨てる。
弟者の苦悩を、瑣末なもののように扱う。

( <●><●>)「それが何ですか」

人と生きることを諦めた男の言葉だ。
彼がそれを捨てられる証明でしかなく、普通の人間にはあてはめることすらできない。

(´<_` )「ずいぶんな言い草だ。
      昼間、弟者がその発言に引いていたのがわからなかったのか?
      コイツには捨てられない。人と生きることを放棄するなどできやしない」

( <●><●>)「わかっていますとも。弟者さんは人の中で生きる人です。
        けれど、一つの場所で生きるのも、人と共にあるのも、相手の意思一つだと思いませんか?
        もしも、悪魔を受け入れてくれれば、悪魔憑きであることを許容してくれれば。
        彼の悩みは無くなるのです」

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:26:39.33 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「彼はあなたと共にあるのが嫌なわけではないのでしょう」

悪魔は忌み嫌われる存在だ。
男もそのことはよく知っている。
知っているからこそ、ぎやまんの中に閉じ込めてしまいたいと思った。

( <●><●>)「悪魔と悪魔憑きが受け入れられない現状が嫌いなのです」

(´<_` )「とんだ屁理屈だ。
      もっと面白い話が聞けると思ったんだが、残念だ。
      悪魔が受け入れられない現状に晒されるのが嫌だからこそ、コイツはオレと共にありたくないのだ」

そう言った兄者の脳裏には、いつかの光景が浮かんでいた。
嫌いではない、そんな風に言われたあの時。
弟者にとっての始めまして、兄者にとっての再会を果たしてから、始めて兄者と呼ばれた。

( <●><●>)「今日、弟者さんの口から、あなたのことが嫌いだ、なんて聞いてませんよ」

(´<_` )「似たようなことなら言っていただろうに。
      それとも、一々、そのものを口にしないといけないのか。
      察することもできないとは、その頭が欠陥品だとは思えないが、何かが欠落しているのは間違いなさそうだ」

( <●><●>)「失礼な。私にも人の機微を読む能力くらい備わっていますよ。
        私は弟者さんの言っていることを全て鵜呑みにしたわけではない、というだけです」

(´<_` )「他人の言葉を鵜呑みしろとは言わないが、回りくどく解釈しすぎるのも困りものだぞ。
      時には素直に感じることも大切だ。
      お坊ちゃんは下手に頭が回る分、そういったところがよくないようだ」

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:29:14.53 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「いいえ。私はとても素直に受け止めていますよ。
        口にされない部分を、しっかりとね」

(´<_` )「それは素直にとは言わないな。
      妄想、想像、憶測。そんな言葉で形容するべきだ。
      他人の頭の中を覗くなんてことはできないのだから」

( <●><●>)「悪魔のあなたにはわからないかもしれないですね」

男は目をわずかに細めた。
対象を値踏みするような目だ。

( <●><●>)「人が、どれほど悪魔のことを恐れているか」

兄者にとって、それは当たり前のことだった。
今さら、改めて認識する必要もない程に知り尽くしている。
だから、彼は肩をすくめた。

(´<_` )「知っているさ。
      悪魔だからこそ、知っている。
      姿を現せば悲鳴をあげられ、蔑んだ目をされ、早く消えろと口にされる。
      人が思っているよりも、拒絶の種類はずっと多いということも」

( <●><●>)「本当ですか?」

さらに問いかけられ、兄者は眉間に渓谷を刻む。
念押しをしなければならないようなことではないはずだ。
男の意図が読めない。

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:32:48.51 ID:PyVn/d6C0
   
( <●><●>)「なら、どうして弟者さんは苦労や苦悩の中に、それをあげないのでしょうか」

(´<_` )「あげていただろう。
      人の中で生きられないと。
      悪魔と共にあれば拒絶されるから。
      お坊ちゃんにとっては苦悩でもなんでもないようだったが」

( <●><●>)「そういうことではないのですよ」

(´<_` )「また否定か。
      それほどまで否定が好きか。否定と祝言でも挙げたいか。
      その時は呼んでくれ。祝うつもりはないが」

まどろっこしい、兄者はそう感じていた。
自身も遠回りな言葉を好むが、男の言葉は静かで緩やかな分、性質が悪く思えた。
けっして、兄者自身のことを棚に上げているわけではない。

兄者が苛立っているのを目にとめてから、男は再び口を開く。
わざわざ相手を観察するような間を作るのが、また兄者を苛立たせるのだ。

( <●><●>)「あなたがいるから、周囲にこう思われる。それは間接的な苦悩です。
        けれどね、あるべきなんですよ。
        真っ先にあげられるべきなんです。
        弟者さん自身に直接、下される苦労や苦悩が」

弟者は人の中で生きていけないと語った。
それは、悪魔憑きであることによって直接的に与えられてしまう苦ではない。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:35:58.93 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「いつ何時、魂を食われてしまうかわからない。
        寝首をかかれるかもしれない。
        いいように操られているかもしれない。
        死を懇願するような不幸に落とされるかもしれない」

人間から見れば、悪魔は未知だ。
わかっていることといえば、彼らがいることで抜け殻が生まれること。
対価を払いさえすれば願いを叶えてくれること。
その程度だ。

( <●><●>)「弟者さんに契約した覚えがないのであれば、これらの不安はあって当然でしょう。
        それこそ、夜も眠れず、憔悴してしまってもおかしくはない」

確かに、兄者にはわからぬ感覚だった。
忌まれているという自覚はあっても、具体的な部分はわからない。
漠然と知っていたとしても、自身のことであるが故に無意識の否定が入る。

楽しくもないのに人間を抜け殻にする気はない。
契約者を無為に殺すことなどしない。
そんな意識が邪魔をする。

( <●><●>)「だというのに、彼は言いませんでした。
        真っ先に、そうでなくとも口にして当然のことを」

男がにんまりと笑う。
最後の一手を決める顔だ。

( <●><●>)「それで。まだ反論はありますか?」

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:39:07.20 ID:PyVn/d6C0
  
兄者は軽く両手を挙げる。
反論などありはしない。

(´<_` )「ないよ。オレにはわからない感覚だ。否定なんてできやしない。
      一応は同じ人間のお坊ちゃんが言うんだ。そうなんだろう。
      他人を、変わり者の言葉を盲に信じることはできないが、何か害を成す可能性があるようなことでもない。
      ならば、自分に都合の良いことを信じよう」

( <●><●>)「好かれ、信頼されることに悪い気はおきない、ですか」

(´<_` )「あぁ。悪魔だって、嫌われるよりは好かれている方が良い。
      個人差はあるだろうが、オレはそうだ。
      だから、これ以上の否定はしない。
      散々、言葉を返した後に言うことではないかもしれんが、お坊ちゃんの考えが全て間違っているとは思っていない。
      オレがコイツのことを変わり者だと認識している理由も、似たようなものなのだからな」

( <●><●>)「ほう?」

男の目が光る。
気になってはいたのだ。

言葉を否定し続けていた兄者ではあるが、弟者が変わり者であるという点は認めていた。
ならば、兄者は弟者の何を見て、変わり者だと認識していたのか。
人間との感覚の違いをいまひとつ理解せずにいた彼が、どのような過程を経てその結論にたどりついたのか。

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:42:35.17 ID:PyVn/d6C0
   
( <●><●>)「詳しく教えていただけますか?」

思わず前のめりになる。
人の好奇心は飽くことを知らない。
変わり者であるのならばなおさらに。

(´<_` )「そうだな。問題を出したのはオレだ。
      答え合わせをするのが筋というものか。
      笑えるほどに単純な答えをだが」

話すことに抵抗はなかった。
男が兄者の言葉を弟者へ届けるとは思えなかったのだ。
そうでなければ、始めから兄者は弟者が変わり者であることを認めなかっただろう。

もっと根本的なことを言うなら、兄者は今から口にすること自体については然程、秘匿するつもりはない。
伝わったところで、今後の関係に大した影響はないと判断していた。
問題なのは、そこから契約時のことについて問いただされる面倒くささだ。

彼は面倒なことを嫌う。しかし、自身の欲には忠実だ。
それ故に、兄者は漠然とした面倒くささよりも、目の前にある興味を選ぶ。

兄者は自身の、弟者の胸に手を置き、笑った。

(´<_` )「オレの名は兄者。
      真名ではないが、今となっては本当の名前だ。
      コイツがつけ、オレを「兄」にした」

懐かしみと熟成された喜びが混じりあったような笑みだった。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:47:28.33 ID:PyVn/d6C0
  
( <●><●>)「それは……」

男の目が丸くなる。
予想もしていなかった答えに違いない。

( <●><●>)「私が言うのもなんですが、本当に変わり者ですね」

(´<_` )「そうだろ? オレもようやく、この感情を共有できる相手を見つけることができて嬉しいよ。
      普通の人間とお喋りできないのは勿論のこと、平凡で善人の皮を被っている弟者を、
      変わり者だと認識できる者は少ないからな」

兄者は心底、楽しいといった風に笑う。
誰かに話したい、共有したいという気持ちは確かに存在していたのだろう。

何せ悪魔だ。
多くの人間が忌み嫌い、唾棄してきた存在。
男は弟者と兄者の契約がいつ成されたのかまでは知らないが、
目の前にいる悪魔が無知な幼子の心に付け込んだとはあまり考えられない。

それなりの分別がつく歳ともなれば、普通は悪魔との契約など結ばない。
仮に結んだとして、それを「兄」とするはずがない。

良くて対等の存在。
悪くてただの道具。

変わり者の男でさえ、悪魔は自身の美学を証明するための存在としか見ていなかった。
そんな存在を、誰が好き好んで家族にするというのだ。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 18:52:31.62 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_` )「オレも長く生きているが、コイツ程に興味を惹かれた人間は始めてだ。
      元より、弟者の願いは非常に無知で傲慢で人間臭いものだったから叶えてやるつもりではあったのだがな、
      あまりにも面白いから気合も入りなおした。
      故に、オレは必ずコイツの願いを叶えてやる。お坊ちゃんなんぞには邪魔させんよ」

その口調には自信が満ちていた。
生きた年数がそれを作り上げたのか、抱いた決意がそうさせるのか。
男としてはどちらでもよかった。
どちらにしても、目の前の悪魔が揺らがないことに変わりはない。

( <●><●>)「変わり者は信用しないんじゃなかったんですか?」

せめてもの抵抗のつもりだった。
何事にも例外というものは付きものであるし、話を聞く限り、弟者はまとも側に足を残したままの変わり者だ。
客観的に見て、どちらの方が人の信を集められるかなど考える必要もない。

(´<_` )「弟者のことを言っているのか?
      ならば、話は別というものだ。
      四六時中、コイツと共にいるのだから信用なんぞ特に必要ない。
      さらに、弟者は基本的に単純でわかりやすく、善人だ。嘘で悪魔を縛りつけようなんざ考えもしないだろうさ。
      もしも、そういった意図の上で旅を続けているなら、オレは弟者を劇団に入るよう説得することにしよう」

兄者の返答は、大よそ男の予想通りのものだった。
だが、一つだけ気にかかることがあった。

( <●><●>)「あなたの言っていることは矛盾していますね。
        変わり者を嫌うような発言をしているくせに、弟者さんの変わっている部分を面白いと言い、好んでいる」

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 19:01:19.35 ID:PyVn/d6C0
  
瞬間、わずかではあったが兄者の顔が歪む。
それは本当にまたたき程の時間ではあったが、男は踏み入れてはいけない領域だったのだと悟った。

(´<_` )「人間も悪魔も、好意や悪意なんてそんなものさ。
      時と場合、気分や相手の顔つきで変わってくる。
      全ての感情と行動を均一にはできない」

自分で口にする分には構わないが、他人に口出しされるのは許せない。
そんな身勝手な境界線が引かれていたようだ。
気づけなくとも男に非はないが、これ以上の深入りは止めたほうがいい。

頭の回る男はすぐに結論を出した。
沈黙を選んだ男の横を兄者が通り抜け、蔵から出るべく足を進めていく。
話を続ける気分ではなくなったのだろう。

( <●><●>)「最後にもう一つだけ教えてくれませんか?」

男は兄者の背に向かって言葉を投げかける。
本当に最後の問いかけにするつもりだった。

(´<_` )「そうだな。最後に一つだけ、一言で、ならば考えよう。
      これ以上はびた一文字たりともまけんぞ。
      条件を飲むのなら、さあ、問いかけをしてみろ」

兄者は振りかえり、人差し指を立てる。
嘘偽りなく、一つだけしか答えないつもりだ。
いくつか聞きたいと考えていたものの中から、男は一つだけを選び出す。

( <●><●>)「……あなたが以前に会った変わり者は、どのような人間だったのですか」

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 19:07:10.34 ID:PyVn/d6C0
  
始めのあたりから気になってはいた。
兄者が変わり者を信用しないというのならば、その原因となった人物がいるはずなのだから。

(´<_` )「何だ。そんなことが聞きたかったのか。
      オレが以前に、生まれて始めて出会った変わり者。
      けっして、変わり者を信用してはならぬと思わせたあの男について」

多くは口に出さずとも、兄者は男の知りたいことは正確に受け止めた。
その上で、呆れたような笑みを浮かべるのだ。
本当にそんなつまらない問いかけでいいのか、と問いかけるように。

( <●><●>)「是非とも」

男の意思は決まっている。
考える時間は短かったが、反射的な返事ではなかったと断言できた。
彼の強い意思を感じたのか、兄者も諦めて口を開く。

(´<_` )「アイツに関しては色々思うところがある。
      一言、か。自分で課せたこととはいえ難しい。
      それでも、あえて一つ選ぶとするならば――」


――悪魔に恋慕の情を抱いた男。


底のない夜の中に、その言葉は広く深く、それでいて静かに響いた。

138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 19:12:36.98 ID:PyVn/d6C0
  
男は静けさに飲まれる。
言葉が耳から全身に染みわたるまで思考を働かすことさえしなかった。

(;<●><●>)「ちょっと、待ってください」

改めて背を向けた兄者を男はまたしても引き止める。
そうせずにはいられなかったのだ。

大抵のことならば受け入れることができるだろうと自負していた男だが、兄者の言葉は想定を大きく外れていた。
これならばまだ.、身分違いの恋に落ちた、とでも言われた方が現実味がある。
兄者の言う男は、おそらく人間だ。
そうでなければ人間の変わり者を信用しない、などという言葉と繋がらない。

だとすれば、その男は種族を越えた恋に落ちたということになってしまう。
人を介することで世界に姿を現す悪魔とでは、情を結ぶこともできなければ、相手の真の姿さえわからないのにだ。

どのような過程を経てその結果に至ったのかがわからない。
そんなものがあったとして、実るはずもない。
周囲からの目、種族の差、住む世界。
人間の思う愛を貫くにはあまりにも多い壁だ。

(;<●><●>)「そんなこと、ありえるはずがない」

兄者が静かに振り変える。
暗い夜の中で、彼の目は鈍く光っていた。
体自体は人間のものであるはずなのに、男の目にはそう映らない。
紛うことない、悪魔がそこにはいた。

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 19:17:55.56 ID:PyVn/d6C0
  
(´<_` )「同じ言葉を使えるというのは、お坊ちゃんが思っているよりも大きなことだったりするぞ。
      そして、オレは長く永い時間を持つ。
      アイツの話は、つい最近の話じゃないというだけのこと。
      人間が知らんだけで、オレ達は契約に縛られることなく生きていた時代があった。
      姿こそ偽りであったかもしれんが、人と触れ合うことも自由に言葉を話すことだってしていた」

足音をたてぬ歩き方で兄者は男の前にまで戻る。
そうして、人差し指を男の口に当たるか当たるまいか、というところへ突き出した。

(´<_` )「一つだけ、という約束だったが、まぁいいさ。
      駄々を捏ねる子供にはおまけをやるくらいが丁度良い。
      お優しいオレに感謝しておけ」

兄者は笑っていた。
笑っていたのだが、けっして優しげではなく、飄々としたものでもなかった。
人が他者に嫌悪感を覚えたときの笑みだ。

(;<●><●>)「それは……。
        ありがとう、ございます」

男はどうにか声を絞り出す。
背筋が凍る。

(´<_` )「よし、良い子だ。
      ならわかるな? もう、良い子は眠る時間だ。
      オレも眠るとしよう。この体の持ち主のためにも」

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 19:22:03.62 ID:PyVn/d6C0
立ち去る背中を今度は引き止めなかった。

(;<●><●>)「なるほど。あれが悪魔ですか」

兄者の姿が消え、男は体の力を抜く。
とって食われることはないだろうと考えていたが、あの様子ではわからない。
被食者の気持ちがわかってしまう程には恐怖を感じた。

男は宝物に指を滑らせる。
滑らかな感触が彼の気を和らげた。

( <●><●>)「……ふふ」

恐怖が消えると、男は小さな笑い声を上げ始める。
肩を揺らし、幸せそうな表情をぎやまんに映す。

( <●><●>)「私は幸せな時代に生まれました」

この蔵には、空っぽのぎやまんが数多く残されている。
それらを思い、男はまた笑う。
未来への期待をこめて。

( <●><●>)「昔は縛ることのできなかった、もしくは縛ることが難しかった悪魔も、
        今では契約で簡単に縛ることができる。
        何て、何て素敵な時代なんでしょうか」

いつか、悪魔を見つけ出してやりたい。
契約で縛り、ぎやまんの中に封じてやるのだ。

それは、それは、美しいに違いない。

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 19:26:15.14 ID:PyVn/d6C0
  
翌朝、空は雲一つない快晴だった。

(´<_` )「色々とありがとうございました」

弟者は一宿一飯と、抜け殻から助けてもらえたこと、全てに対する礼を述べる。
悪魔憑きであるということを認識していながらも、平然としてくれていた男のおかげで、
久々に気を張らずに過ごすことができた。

( <●><●>)「いえ、こちらこそ」

穏やかに笑う男の真意を弟者は知らない。
全ては彼が眠っている間に起こったことだ。
自身が変わり者だと表されていたことも、男が時代の幸運を喜んだことも、全ては闇の中。

( <●><●>)「体は大丈夫ですか?」

(´<_` )「ちょっと痛いですけど、走ることもできますのでご安心を」

昨日の全力疾走は今も体に響いている。
筋肉を酷使した代償は、筋肉痛となってあらわれた。

( ´_ゝ`)「安心もなにもないだろうに。
      いざとなれば、走らざるを得ないのだから。
      筋肉痛ごときで弱音を吐いて捕まってくれるなよ?」

(´<_` )「言われずともわかっている。
      口を挟んでくるな」

143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 19:29:59.09 ID:PyVn/d6C0
  
口論をする二人を他所に、男は敷地から出るための扉を少し開けて外を見る。
抜け殻には待ち伏せをするような脳はない。
だが、万が一ということがある。
確認しておくにこしたことはないだろう。

( <●><●>)「何もいません。
        今なら大丈夫です」

目の届く範囲に抜け殻はいなかった。
男は扉を開ける。

(´<_` )「本当にありがとうございます。
      また、いつか会えるといいですね」

裏のない笑みは、男と違う類の変わり者だからこそのものなのだろうか。
二人が違う人間である限り、判明することのないことだ。

( <●><●>)「そうですね、その日を楽しみにしています。
        今度は、お互いもっと話をしてみたいものですしね」

半分は嘘だった。
ここが村や町であったならばともかく、いつ抜け殻が出てきたとしてもおかしくない場所だ。
悪魔憑きでなくなった弟者が旅を続けるとは思えないし、
悪魔憑きである弟者は自身の目的にあわせて別の土地へ赴くに違いない。

きっともう会うことはないだろう。
けれど、悪魔である兄者をして、変わり者と呼ばれた二人だ。
次はもっと話をしてみても面白いかもしれない。
そんな風に思っていた。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/08/05(月) 19:33:38.43 ID:PyVn/d6C0
( ´_ゝ`)「おい。あの変わり者と深く関わろうとするな。
      オレがいる間であろうと、いなくなった後であろうとそれは変わらん。
      これはあんたのための忠告だ。聞いておくが吉だ」

男の敷地から出てしばらくしてから、兄者が唐突に言った。
本人の前で口にしなかっただけよかったと思うよりも先に、弟者の頭に血が上る。

(´<_`# )「オレが誰と付き合うかを決められてたまるか」

( ´_ゝ`)「決めているわけではないさ。
      忠告だよ。忠告。オレの体験に基づく忠告。
      最終的に決めるのはあんたで構わない。
      オレがいる間は、口煩く忠告し続けさせてもらうがな」

(´<_` )「ほー。そこまで言うなら、是非聞かせてもらいたいね。
     お前の体験とやらを」

弟者は挑発するように言う。
人の付き合いに口出しする程の経験だったのか、と問いかけるように。

( ´_ゝ`)「どこかの阿呆の話さ。
      執着が過ぎて、まともじゃなくなっちまった変わり者。
      オレは長く生きているがな、あれほど恐ろしいと感じたことはなかったよ」

(´<_` )「……そうかい」

口では恐ろしいと言いながらも、兄者の表情はちっとも恐怖を表していなかった。
むしろ、楽しかった頃を懐かしむような顔だった。




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