(´<_` )悪魔と旅するようです
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:13:10.26 ID:GK1iVlcA0
人間が持つ本能とは素晴らしいものだ。
子供は、手の内にある闇が、平凡に生きていくにあたって、不必要極まりないことを理解していた。
それでも、旅人に箱を突き返せない。

「何でも叶うから」

甘い誘いが耳に入る。
悪魔の囁きというに相応しい音色だ。
鼓膜から脳に響く言葉は、子供の意識をも揺らす。

「……なんでも?」

旅人は静かに頷いた。



(´<_` )悪魔と旅するようです


まとめ様
http://boonrest.web.fc2.com/genkou/akuma/0.htm
REST〜ブーン系小説まとめ〜 様  (二話目まで)
http://lowtechboon.web.fc2.com/devil/devil.html
ローテクなブーン系小説まとめサイト 様

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:16:11.28 ID:GK1iVlcA0
     シンライ
第四話 火事


(´<_` )「祝いも何もしない正月など、始めてだ」

平地を歩きながら弟者がぼやく。
旅をしているので、日付けの感覚は曖昧だが、
少し前に見た暦表を思い返せば、もう正月は過ぎている頃だろうと予測できる。
暖かな春を待ち遠しく思っていると、正月のことが唐突に思い出された。

一応は、春は正月と共にやって来ることになっている。
まだまだ気温は低いが、待ち遠しい春はやって来てはいるのだ。
弟者は歩きながら腕をさする。

例年よりも寒さが堪えるのは、今まで住んでいた地方よりもずっと北にいることと、
慣れ始めてはいるが、本業とはいえない旅のせいで体が疲れているせいだ。
もはや、体温を上げるだけの力も残っていない。

( ´_ゝ`)「神酒を飲み、餅を食べ、書き初めでもするのか。
      百人一首や独楽回しならば付き合ってやることもできるが、羽子板なんかはできないぞ。
      あんたから遠く離れることができないからな。
      至近距離で打ち合う羽子板に魅力はないだろ?」

(´<_` )「誰がお前と正月を過ごしたいなどと言った」

( ´_ゝ`)「言ってはいないが、事実、オレとあんたは正月を過ごしていただろうに。
      それがいつだったかは正確にはわからないが、すでに正月を越えたということは、そういうことだ。
      楽しく過ごすためにも、正月らしいことを提案してやるべきだったと反省しているというのに、
      次いで出てきた言葉がそれか。人の好意を踏みにじるようなことを言うもんじゃないぞ」

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:19:13.49 ID:GK1iVlcA0
  
恩の押し売りをするような悪魔ではない。
流れるように出てくる言葉も、そういった風には聞こえない。

(´<_` )「誰が人だ。誰が」

( ´_ゝ`)「言葉の綾だろう。
      一々、上げ足を取るなんてマメなことだ。気にしすぎると毛が抜けるらしいから、気をつけてくれ。
      あんたと同じ姿をしているオレまで禿げになりかねない」

兄者としては、至極真面目な意見をしているつもりであり、
同時に、弟者の神経を逆撫でするのに最適な言葉を選択しているだけだ。
それ以外の意図など、何一つない。

(´<_`# )「お前だけ醜く禿げればいいのに」

( ´_ゝ`)「醜く禿げるくらいならば、元々毛のない生物にでも姿を変えることにするよ。
      幸いなことに、オレは人間と違ってそれが可能だからな。
      現状の姿で禿げたところで、胸が痛むのはオレじゃなく、同じ姿をしているあんただろうさ」

(´<_`# )「今すぐ毛のない生き物になって、その姿を止めろ」

( ´_ゝ`)「それはお断りしておこう。
      別に醜く禿げているわけでもない、オレに姿を変える理由はないということだ。
      不可能ではないが、姿を変えるというのはそれなりの労力を必要とするんでね。
      進んでやりたいことではない」

(´<_` )「お前が労力を必要とするならこちらは大歓迎だ。
      是非やって頂きたいものだな」

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:21:28.80 ID:GK1iVlcA0
  
吐き捨てるような言葉にも、兄者は楽しげな様子を崩さない。
同じ姿をしているはずなのに、今の兄者と弟者ではまったく違う容姿に見える。

( ´_ゝ`)「やるか、やらぬかを決めるのは、結局のところオレなわけだ。
      あんたがいくら下手に出たところでそれは変わらない。
      やらぬと言ったオレの意思は変わらない」

(´<_` )「ケチめ」

口角を下げる様子に、弟者の中の少年が垣間見えた。
幼いわけではないが、彼はまだ若い。
しっかりしていても少年の影が見え隠れしていてもおかしくはない年齢だ。

( ´_ゝ`)「畑を耕し、種を撒き、水をやる。そんな仕事を終えたばかりの農夫に、あんたは隣町へ行けと言うか?
      言ったとして、その農夫に頼みを断られ、ケチだと言うというのか。
      何という鬼だ。悪魔よりも悪魔らしいじゃないか」

(´<_`;)「どうしてそうなった」

わずかに眉をひそめる。

( ´_ゝ`)「あんたがオレに言ったのは、そういうことさ。
      日々、仕事をしているオレに、また一つ労力を使わせようとした。
      それが辛いと断ればケチだという。
      先の話での農夫とオレは同じ立場だ」

農夫の話は、兄者の例え話だったようだ。
弟者は不満を顔に出す。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:24:57.31 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_` )「お前が、その農夫のような働きっぷりを見せているとは思えない。
      畑を耕し、種を撒き、水をやる。そんな甲斐甲斐しい働き、見たことがない」

( ´_ゝ`)「目に見えていることだけが真実とは限らない。
      努力なんてものは、人様に見せるようなものでもない。
      あんたには見えないところで、オレは耕すことも、撒くこともしているのさ」

悪魔は何かを対価にし、人間の能力ではなし得ないようなことをなす。
弟者は兄者が何を対価にしているのかは知らない。
だが、彼は人間ではなく、自分とは違う能力を持っていることは知っている。

今も目に見えぬ何かをしていたとしても、不思議ではない。
それを確かめる術がないということは、完全なる否定もできないということだ。

(´<_` )「働いていると仮定しても、碌なことじゃないだろう。
      余計なことはさっさとやめてしまえ」

( ´_ゝ`)「あんたがどう感じようと、オレにとっては必要なことだ。
      仕事を止めるつもりはない。
      最後まで、きっちり終わらせるまで働き続けるさ」

(´<_` )「言ってろ」

悪魔の仕事に良い印象があるはずがない。
人間の願いを叶え、抜け殻を生産するだけの仕事だ。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:27:18.71 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_` )「しかし、年を越したとは思えないな」

年が明けたからといって、何か大きな変化が生まれるわけではない。
弟者は相も変わらず悪魔憑きであったし、兄者に不満をぶつけていた。
対応する兄者の様子も、もはやいつも通りというに相応しいほど見慣れてしまっている。

(´<_` )「年明けの清浄な空気によって、消えてはくれぬものかと一抹の期待を寄せていたのだが……」

一通りの口論を終え、弟者は消沈した風に呟いた。
重さを孕んだ言葉は、土にもぐりこみ養分となってしまったに違いない。

( ´_ゝ`)「清浄だなんてものは、あんた達の気持ちしだい。
      一年という時間も、その区切りも、すべてあんた達、人間が決めたものだろ?
      そんなものに悪魔を巻きこまないでもらいたい」

兄者はどこか呆れた口調で返した。

( ´_ゝ`)「正月がやってきたからといって、地上にいる悪魔が全て祓われるというのならば、
      抜け殻がそこいらに存在しているような世界じゃなかっただろうさ。
      もっとも、そちらの方が安全で快適な世界ではあっただろうがな。
      現実は上手くいかないようにできているものだ」

(´<_` )「その言葉は否定しないでおこう。
      事実、現実は甘くなかった。オレの願い一つ叶えてくれやしない」

( ´_ゝ`)「安心するといいぞ。あんたの願いはオレがしっかりと叶えてやる。
      契約さえ済ませてしまえば、オレがあんたの傍にいる理由もなくなる。
      おぉ。あんたは一度に二つの願いを叶えてもらえるようだ。
      なんと幸運な悪魔憑きだろう」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:30:14.64 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_`# )「今すぐ、一つ目の願い。すなわち、お前が離れるという願いを叶えてくれるのが一番なんだがな」

( ´_ゝ`)「残念ながらそれはできないな。
      あんただって、その願いが無駄だとわかっていて言っているのだろ?
      無駄な願いをしている暇があるのならば、さっさと進んだ方が得策だな。
      こうしている間にもあんたのお目当ては離れて行っているだろうから」

旅の始まりこそ、漠然とした目標のみを持って旅をしていた弟者だが、今では明確な目標を持っている。
悪魔に精通している悪魔使いと出会い、兄者を祓ってもらう。もしくはその手がかりを掴む。
そんな算段をつけて、北へと進んできた。

悪魔使いの話を聞いていなければ、今頃は南へ向かって旅をしていたことだろう。
未だに出会うことのできぬ悪魔使いのことを考えると、自身の選択が正しかったのかどうか、弟者にはわからない。

彼は悪魔にとり憑かれるまでは、至極平凡に生きてきていた男だ。
旅の心得など皆無に等しく、何らかの武術を嗜んでいたわけでもない。
そんな弟者が、鍛錬を積みその力を得たであろう悪魔使いにそう易々と追いつけるはずがなかった。

話を聞いてから今まで、ずっと悪魔使いの足取りを追ってきているが、そろそろ情報が途絶えてもおかしくはない。
直感的なものであったが、弟者は己と悪魔使いの間にある距離が広がっているのを感じていた。

(´<_` )「せめて、これが暖かい季節であったならば」

思わず呟く。
暖かい季節であったならば、野宿を覚悟して無理に進むことができた。
しかし、今はまだ寒い。
野宿なんぞしていては、あっという間に凍死してしまうのが目に見えている。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:34:24.84 ID:GK1iVlcA0
  
( ´_ゝ`)「もしも、だったら、等という無駄な妄想は止めた方がいい。
      どう足掻いたところで、現実は現実。
      気温は上がらず、季節はゆっくりと歩み寄るだけ。
      考えるべきなのは、次の村までの道筋だけだ」

(´<_` )「思考くらい自由にさせてもらえんのか」

( ´_ゝ`)「あんたはいつだって自由じゃないか。
      歩くのも、向かうのも、何もかもが自由だ。
      無論、思考もな。オレの言葉を気にして考えるのを止めるあんたでもあるまい」

兄者の忠告が受け入れられたことは殆ど皆無といっていいだろう。
それでも口にするのは、心配だとか親切心だとか以前に、兄者の口が軽いところに原因がある。
つまるところ、他者を気にして言葉を選ぶことを兄者はしない。

言いたいことがあれば言う。
なければ口を閉ざす。
単純明快で、実に悪魔らしい行動理由にすぎない。

(´<_` )「その口を縫ってやれれば、どれだけ心が安らぐだろうか」

気に障ることも、心が揺らぐこともなくなる。
聞き入れることはなくとも、発せられる言葉は弟者の思考を揺さぶる程度の力を持っている。

( ´_ゝ`)「オレは痛みを遮断することができるし、この口が開かずとも、言葉を紡ぐことは可能だ。
      平凡な人間であるあんたにとって、その光景が心地良いものだとは、到底思えやしない。
      端的にいえば、無意味極まりない行為になるから、やめておいた方が無難だろう」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:38:06.95 ID:GK1iVlcA0
  
兄者を悪魔だと認識している弟者だが、人外であるということを改めて聞かされれば多少の気味悪さは感じる。
口を縫いつけられても平然とし、なおかつ今までと同じように言葉を発し続ける兄者を想像してしまった。
おぞましいといえばいいのか、恐ろしいといえばいいのかはわからなかったが、背筋が粟立ったのは確かだ。

(´<_`;)「お前の言葉を受け入れるのは不服だが、確かに無意味極まりなく、害にしかならぬ光景だろうな」

( ´_ゝ`)「オレの言葉があんたに届いたのは何よりだが、少々傷ついたことも否めないな。
      人間が、人間でない生物に厳しいのはわかっていたが、己が身を持って体感すると、
      知識だけでは到底感じ得ない痛みがわき出てくるようだ。
      心臓をわし掴みにされているかのような苦しみだ」

苦しげな声を出し、わざとらしく胸のあたりを掴んでいる。
しかし、上がった口角がすべてを無為にしていた。

(´<_` )「考えるに、お前には心臓などないだろ」

わかりやすい嘘に乗ってやる程、弟者は優しくない。特に、兄者には。
顔を彼の方へ向けることもなく、一刀両断にしてしまう。

( ´_ゝ`)「おや。知っていたのか。
      こちらが知らぬうちに、あれやこれやと調べでもしたか?
      四六時中あんたを監視しているわけではないから、その可能性がないとは言い切れない。
      はてさて。真相はどこへやら」

つまらなさそうに肩をすくめる。
もとより、大げさな反応を期待していたわけではないけれど。

(´<_` )「調べずとも、お前の言葉を聞いていればわかることだ」

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:41:25.21 ID:GK1iVlcA0
  
( ´_ゝ`)「ならば、オレはあんたを侮っていたことになる。
      今までの会話からそこまで推測できるとは思っていなかった。
      いやはや。申し訳ない気持ちでいっぱいだ」

その声色に申し訳なさなど微塵も見えない。
それどころか、弟者を小馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

(´<_` )「その気持ちを態度で表してくれても構わんぞ?
      具体的に言うのならば、消えるか口を閉じるかだ」

( ´_ゝ`)「一先ずその提案は保留にしておくとしよう。
      詫びとは、気持ちでするものなのだからな。
      言われて行動に移す詫びにどれだけの意味があるのか」

(´<_` )「本人が望んでいることをする。それが何よりもの詫びだろうが。
      頭を下げるだけの詫びに何の意味もない」

( ´_ゝ`)「そこに感情が伴えば、頭を下げるという行為にも意味が付くだろう。
      頭を下げる気など一切ないがな。
      だからこそ、何かを察して詫びの気持ちを示そうというのだ。
      悪魔にとって、他者の気持ちを察するなど、高等技術すぎて到底できそうにもないが」

(´<_` )「自覚しているのならば、素直にオレの言うことを聞いて詫びとしろ」

強気な口調で言ってみるが、兄者には何の意味もない。
いつも通りに飄々と笑みを交えてかわされるばかりだ。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:44:17.64 ID:GK1iVlcA0
  
これ以上の言葉は無駄になると知っていながらも、弟者はその口を動かし続けた。
何かの間違いで要求が通るのではないか、等と考えて言葉を紡いでいるわけではない。

一種の習慣であり、反射だ。
弟者が放っている言葉は、脳みそを通すわけでもなく口から出ている。
それを反射と言わずして何と言うのだろうか。

( ´_ゝ`)「悪魔と人間とその他の動物。どれが一番秀でているかなど考えたこともないが、
      他の気持ちを考え、先読みし、相手のために動くという一点においては、
      どの種族よりも人間が秀でていると認めざるを得ないな」

(´<_` )「それを褒め言葉として取ったとしても、あまり喜ばしくは思えない。
      これからもお前に振りまわされるオレの姿が目に浮かぶようだ」

弟者はため息をつく。
ため息をつけば幸せが逃げるなどという言葉があるが、意識して止めることができるような行為ではない。
むしろ、止める方法があるのならば是非教えてほしいくらいだ。

( ´_ゝ`)「振りまわしているとは悪魔聞きの悪い。
      あんたが勝手に回っているだけさ。空回り。それだけの話。
      オレはあんたと手を繋いでいるわけでも、手綱を握っているわけでもない」

(´<_` )「忌々しいことに、体は繋がっているがな」

( ´_ゝ`)「視覚的にはそうだが、オレが動いたところであんたは引っ張られやしないだろ。
      どちらかといえば、あんたが杭で、オレはそれに繋がれた犬。
      必死に走りまわっても、一定の範囲から先には行けぬ身」

(´<_` )「紐が見えるならばすぐに解いてやるものを」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:47:14.60 ID:GK1iVlcA0
  
すぐにでも紐を切る刃物を探したことだろう。
たったそれだけの行為で解放されるのならば、弟者も願ったりだ。

( ´_ゝ`)「それをありがたいと思えぬのは、オレにはやらねばならぬことがあるからだな。
      だが、あんたが紐を解くというのならば止めはしない。
      見えぬ紐を解くため、あんたは今日も歩いているのだろ?」

兄者の口調が穏やかであることが、弟者に勘に触る。
祓われようとしている対象なのだから、もう少し引き止めるような言葉があってしかるべきなのではないだろうか。
止められたところで、それを是とするわけではない。
だが、本気で止められた方が、張り合いがあるというもの。

片方だけが大真面目で、もう片方は遊びなんて、傍から見れば間抜けであるか、微笑ましいかだろう。
弟者はそのどちらでもありたくない。

(´<_` )「己で紐を噛み切る犬もいるというのに、お前は犬以下か」

( ´_ゝ`)「犬とて、余程の不満がない限りは紐を噛み切りはしない。
      オレは現状を不満だとは思っていない。それなりに楽しく生きている。
      願いを叶えてやるのも、まあ、オレとしては趣味の一環だしな」

いつでも本気なのは弟者だけだ。
現状への不服も、怒りも、苛立ちも。
本気の兄者など見たことがない。
彼はいつも口だけだ。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:50:14.26 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_` )「お前は実に怠惰だな」

苛立ちの混ざった刺々しい声だ。
兄者からしてみれば、聞き慣れたもの。
しかし、その言葉はいつもの真っ直ぐな弟者に似合わず、意味がよくわからない。

( ´_ゝ`)「どうしてそうなったのか、教えて欲しいものだ。
      会話が繋がっているとは思えない。逃げ出すことが仕事でもあるまいし。
      一応言っておくが、賃金を得る労働をしていない。と、いう意味ならばあんたも同じだぞ」

(´<_` )「悪魔として、ってことだ」

( ´_ゝ`)「相手、つまりはオレに言葉の意図を伝える気はあるのか?
      それとも、こちらの理解力が足りないだけか?
      伝えようとする意思がまったく見えないのは気のせいか?」

(´<_` )「ずいぶんと疑問符の多いことで」

手を払うような仕草をして、兄者の言葉を消し去る。

弟者は内心、してやったりと感じていた。
あの兄者が疑問の感情をありありと浮かべている。
そうお目にかかれるものではない。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:53:19.78 ID:GK1iVlcA0
  
答えは口にしない。
いつもの仕返しとでもしておけばいい。

無論、弟者は兄者に己の意図を伝える気など一切なかった。
一から十まで己の心境を伝える必要はないのだから、問題はないだろう。

( ´_ゝ`)「いくら、人間が他の種族よりも、察する力に長けているとはいえ、
      今のあんたの言葉を聞いただけで意図を理解するのは難しいだろう。
      別段、全てを理解できねば満足できぬと駄々をこねるつもりはないが、
      伝えぬことを前提にした言葉は意地の悪いものだぞ」

説教とまではいかないが、子供を諭すような色が見える声だ。
いつもの弟者ならば、声を荒げて対応するのだが、今回は違う。
多少の苛立ちはあったものの、胸には未だしてやったりといった気持ちが残っている。

兄者が何を言おうが、負け犬の遠吠え程度。
何とでも言わせておけばいい。

( ´_ゝ`)「無視まで合わせてくるか。良い人間とは言い難い態度だな。
      まあいい。あんたは楽しげであるし、オレも怠惰だと言われたことを侮蔑に取るような悪魔ではない。
      あんたの意図よりも、太陽の傾きの方が気になるくらいだ」

言いきってもなお、弟者が沈黙を保っているのを確かめてから兄者は姿を消した。
空にはまだ太陽があり、光がその存在を主張している。
目的の村はもうすぐそこにあるはずなので、買い物をする余裕もあるかもしれない。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:56:23.94 ID:GK1iVlcA0
  
兄者が姿を消してから少しして、弟者は目的としていた村にたどりついた。
小さな村ではあるが、新年を祝った余韻が残っているのか、どこか飾り気がある。
ただ、寒さもあってか人の姿はちらほらとしか見えない。

弟者は村先に立ち、周囲を見渡す。
看板の類は見られない。村に住んでいる者ならば、どの店に何があるのかわかっているのだろう。
必要のないものは淘汰されるのが自然の流れではあるが、それでは旅人である弟者は困ってしまう。

何よりも、目印がないとなれば、宿を探すのが難しい。
買い物もしたいが、宿はそれに勝る必要性がある。
この寒空の下、宿が見つからないなどという事態は避けなければならないのだ。

旅人の存在は珍しいので、こういった小さな村では、そもそも宿屋がないこともある。
民家に止めてもらうということも選択肢に残ってはいるが、何せ弟者は悪魔憑きだ。
仕事で人を泊めている宿屋でも気がひけるというのに、善意だけで泊めてくれるような民家ならばなおさらのこと。

(´<_`;)「宿屋が見つかるといいんだが」

何はともあれ、人に尋ねるのが一番手っ取り早いだろう。
足を進めて看板を探しながらも、思考は妥当なところに落ち着く。

人に聞けば、宿屋がなかった場合に、そのまま交渉に移ることができる。
そう考えると、できるだけ人の良さそうな者に声をかけたいところだ。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 15:59:07.49 ID:GK1iVlcA0
  
不意に、裾が引かれた。

(・∀ ・)「おっさん、なにしてるんだー?」

(´<_`;)「お、おっさん……?」

見れば、弟者の足元に幼い男の子がいる。
子供は風の子とばかりに外で遊んでいたのだろう。
寒さのため、鼻先が少しばかり赤い。

(・∀ ・)「この村の奴じゃないだろ」

村の住人同士、関わりが深いのだろう。
弟者のような余所者は一目でわかるようだ。

(´<_` )「そうだよ。旅をしてるんだ」

(・∀ ・)「ふーん。でも、この村には宿屋なんてないぞー」

(´<_`;)「あー。やっぱりか……」

肩を落とす。
予想はしていたが、できれば外れていて欲しかった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:02:14.35 ID:GK1iVlcA0
  
(・∀ ・)「おっさん、どーするんだー?」

無邪気な声が痛い。
どうにか気持ちを奮い立たせ、弟者は子供と目をあわせる。

(´<_`;)「どこかに泊めてもらえるように頼んでみるよ。
     あとね、おっさんはやめてくれるかな。まだお兄さんだから」

(・∀ ・)「オレにいい考えがあるぞー。おっさん」

どうやら、この子供は弟者の呼び方を改める気はないようだ。
幼い彼からしてみれば、大人は全員おっさんかおばさんなのだろう。

気持ちはわかるが、どうにか変えて欲しいとも思う。
まだ若い弟者としては、おっさん呼びは胸に刺さる。

宿無しの現実に加え、呼び方という剣も目の前に立ちはだかる。
二つの脅威に気落ちしていた弟者だが、子供はそんなことに目もくれず言葉を紡ぐ。

(・∀ ・)「オレん家に来るといいぞー」

(´<_` )「え?」

予想外の言葉だった。
小さく、弟者の腰ほども身長がない子供から発せられたとは思えぬほど、その言葉は救いに満ちていた。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:05:23.61 ID:GK1iVlcA0
  
(・∀ ・)「この間も、泊めてたから、きっと大丈夫だぞー」

(´<_` )「この間も、って、旅人を?」

(・∀ ・)「そうだぞー。おっさんじゃなくて、お姉ちゃんだったんだぞー」

子供は楽しそうに腕を振る。
気分が昂揚したときの癖らしい。

(´<_` )「旅人……」

思考の端に引っかかる。
今のご時勢、旅人なんてそうそういない。
まだ救いの手がかりは消えていないのかもしれない。そんな希望が見えた。

(´<_` )「もしかして、それって――」

(・∀ ・)「あっ! カーチャンだ」

弟者が詳しい話を聞こうとしたが、それよりも先に子供は手を大きく振りながらどこかへ駆けていく。
呆然とその姿を目で追っていると、彼は一人の女性へと飛びついていた。

おそらくは、母親なのだろう。
何か話しているらしいのが遠目からでもわかった。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:08:20.37 ID:GK1iVlcA0
  
J( 'ー`)し「旅人さんですか?」

子供と手を繋いだ女性がやってきた。
薄っすらとしわが見える顔は、彼女の生きた年月を思わせる。
温和で、優しそうな母親だ。

(´<_` )「あ、はい」

J( 'ー`)し「寒い時期にこんな北の村まで大変でしたでしょう」

(´<_`;)「まあ、そうですね」

否定はしない。それでも失礼に当たることはないだろう。
昨年の今頃は、まさかこんな場所にまでやってくるなどとは思っていなかった。
旅を始めた当初であっても、北へ来るなど予想していなかったことだ。

北は寒く、雪は強い。
心はいつだって折れかけだ。

J( 'ー`)し「見ての通り、ここは小さな村です。
      旅人さんをお泊めできるような宿はありません」

来ることがない、と言いきってもいい程の頻度で訪れる客のために開く店はない。
抜け殻が出没する以前のことを弟者は知らないが、きっと今よりは旅をしやすい環境だっただろう。
考えれば考える程、悪魔という存在は弟者を苦しめる。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:11:33.49 ID:GK1iVlcA0
  
J( 'ー`)し「ですので、うちに泊まりませんか?」

(´<_` )「本当にいいんですか?」

すでに子供から誘いの言葉を受けているとはいえ、所詮は幼子の言うことだ。
やっぱり駄目だったと言われることも覚悟していた。
しかし、女性はあっさりと子供の言葉を肯定するようなことを言ってのけた。

弟者の言葉に、彼女は笑みを深くする。
慈愛に満ちた笑みだ。

J( 'ー`)し「もちろんです」

(・∀ ・)「カーチャンは優しいだろー」

嬉しそうに子供は手を振る。
この母子の家庭が温かいものであることは、一目瞭然だ。

J( 'ー`)し「旅道具は用意はできませんが」

(´<_` )「いえいえ。一晩泊めていただけるだけでも有り難いことです」

J( 'ー`)し「野宿なんてできない季節ですもの。
      お泊めするのは当然ですよ」

当たり前のように言っているが、見ず知らずの人間を泊めるというのは、中々できることではない。
まして、弟者は男だ。
旦那や男兄弟がいたとしても、多少の警戒はすべきだろう。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:14:31.62 ID:GK1iVlcA0
  
(・∀ ・)「カーチャンのご飯は美味しいんだぞー」

(´<_`;)「あー……」

言葉に迷う。
今の時期、食料の蓄えも尽き始めているだろう。
美味い飯だと言われても、素直に期待できるような状況ではない。
かといって、自分の食事は必要ないと言えば、余計な気づかいをさせてしまうかもしれない。

年の甲なのか、子供の母親は弟者の迷いをすぐに察した。

J( 'ー`)し「楽しみにしてくれていいんですよ。
      今年は豊作だったから、まだ余裕があるので」

弟者を安心させるような、暖かな声だった。
今は亡き母を思い出させるようでもあり、久方ぶりの暖かさを胸の内に感じた。

(´<_` )「ありがとうございます」

J( 'ー`)し「ふふ。どういたしまして」

(・∀ ・)「いたしましてー」

平穏な日常の形がそこにある。
正しく弟者が求めたものだ。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:17:35.95 ID:GK1iVlcA0
  
懐かしいことを思い出す。
まだ、家族が揃っていたときの記憶だ。
幸せで、暖かくて、当時は何も思っていなかったが、一人になってようやくわかった。
あれが幸せというものなのだ。


(´<_` )

だから、願った。


(・∀ ・)「おっさん?」

Σ(´<_` )「お、おっさんはやめてくれと言ったじゃないか」

(・∀ ・)「おっさんはおっさんだろー」

子供の声に、弟者は意識を今に戻す。
昔のことをいつまでも引きずってはいられない。
何を思ったところで、過去は変えられない。

J( 'ー`)し「まだお兄ちゃんでしょ?」

(・∀ ・)「えー」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:20:21.29 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_` )「ほら、お母さんもこう言ってる」

(・∀ ・)「だって、おっさんじゃないかー」

どうやら、少年は母親の言葉にも耳を貸す気はないらしい。
人に指を差す様子は、大した悪童っぷりだ。

J( ;'ー`)し「ごめんなさいねぇ……」

(´<_`;)「いえ。いいんですよ。子供の言うことですし」

気にしないとは言えないが、彼女を責める気にはなれない。

幼い頃、家族を失ったとき、弟者はいつも願っていた。
叶うはずのない夢だ。
いつの間にか、そんな途方もない夢は心の内から消えていた。

(´<_` )「家族、か」

馬鹿な夢が消えてからも、後悔や死の記憶に苦しまされることは間々あった。
だが、時間というのは残酷で、慈愛に満ちている。
今では水死体でも見ない限り、恐ろしい記憶に苦しむこともなくなった。

幸せそうな家族を見て、切なく思う数もずいぶんと減った。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:23:16.17 ID:GK1iVlcA0
  
J( 'ー`)し「でも、本当に珍しいこともあったものですね」

彼女は子供と繋いでいない方の手を口元に運び、小さく笑った。
どこか気品が感じられる笑い方だ。

J( 'ー`)し「一月もしない間に旅人さんが二人も来るなんて。
      何かの前触れかしら」

(´<_` )「そうだ。よかったら、その旅人について教えて欲しいのですが」

少年が駆けて行ってしまったがために聞けなかったことを尋ねるいい機会だ。
幼い彼の口から聞くよりも、大人から聞く方が信憑性もある。

J( 'ー`)し「同じ旅人同士、気になりますか?」

(・∀ ・)「お姉ちゃんはなー。すごくきれいだったんだー」

それは子供が旅人のことをお姉ちゃんと形容しているところからも察しがついていた。
平凡な容姿をしていたのならば、弟者と同じくおばさん呼びにでもなっていたに違いない。

J( 'ー`)し「そうね。とても綺麗な女性でしたよ。
     体も細くて、とても旅をしているとは思えないほど」

でも、それも当然だったのかもしれない。
女性はそんな風に言葉を繋げた。

J( 'ー`)し「彼女、悪魔使い様でしたから」

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:26:17.30 ID:GK1iVlcA0
  
希望が見えた。

(´<_`;)「本当ですか?!」

J( 'ー`)し「えぇ。確かにそう仰ってたわ。
     危険な悪魔はあの人が律していたので、見ることはありませんでしたけど。
     それでも、嘘ではないとわかりましたよ。
     普通の方とは違った雰囲気でしたし、わずかではありましたが力も見せてくださりましたもの」

清らかな空気を身にまとい、人とは違うモノを視ている目だったという。
いくら言葉で聞いたところで、実際に会ってみなければその感覚はわからない。
それでも弟者は、今までの旅の中で、最も悪魔使いに近づいた気がした。

(´<_` )「その方は何時頃、この村を訪れたのですか?」

J( 'ー`)し「そうねぇ。もう半月以上前になるかしら」

(´<_`;)「半月……」

気持ちとしては近づいているのだが、物理的な距離はやはり縮まっていない。
悪魔使いが一箇所に留まってくれるのならば追いつけるが、あちらも旅をしている身。
追いつくことは楽ではない。
希望と絶望が一緒になって弟者のもとへ舞い降りてきていた。

( ´_ゝ`)「思った以上に距離が開いているな。
      これは、あんたが瞬間移動でも使いこなせなければ追いつかないのではないか?
      あちらさんが上手く足止めを食らっているのを願うというのも一つの手ではあるが、
      如何せん現実味のない案だな」

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:29:16.39 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_`# )「出てくんなって」

唐突にわいて出た兄者に怒りを含んだ言葉を投げる。
そのまま兄者の言葉を聞き、次は怒鳴りつけるつもりだった。

だが、彼の返答を聞く前に、弟者は気づいた。


J( ゚−゚)し

耳鳴りがしそうな程の沈黙。
あの温和な表情が消えた子供の母親。

( ´_ゝ`)「あんたがどれほど、オレの行動を制限しようとしたところで、守る気はないぞ。
      自由気侭に、出たいときに出るさ。
      だが、そうだな。今回はあんたの怒りも見当違いではなかったな」

一度開いた口を閉じることはできなかったが、言葉の途中で兄者も気づいたようだ。
気に病むなどということは、もちろん一切ない。
単純な事実として、弟者が怒るに足りる理由があったと認識するだけだ。

兄者の言葉が終わる。
同時に、女性の悲鳴が響く。

J(; ゚Д゚)し「あ、悪魔!」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:32:26.60 ID:GK1iVlcA0
   
周囲がざわめいた。
外に出ていた者は勿論のこと、家の中にいた者までが身を出してきている。

J(; ゚Д゚)し「あなた、悪魔憑きだったのね!」

( ´_ゝ`)「悪魔使いを語ったときの様子は何処へやら。
      相変わらずの差別っぷりに涙が出そうだ。
      お嬢さん、悪魔にだって色々いるんですよ。人間と同じようにね。
      性質の悪いのもいれば、良いのもいる。
      オレは良い悪魔だと胸を張って言えるのだがね。受け入れてはもらえないだろうか」

(´<_`;)「黙って引っ込んでくれやしないかねぇ!
      第一、お前が性質の良い部類だって?
      それなら、悪魔ってやつらはオレが思っている以上に性質の悪いのしかいないようだ」

弟者の言葉など右から左。
彼の体から生えている兄者は引っ込む気配など見せやしない。
ふわりふわりと風に揺れ、周囲を眺めている。

誰も彼もが怯えた目をしていた。
近頃はこうした扱いを受けていなかったため、弟者もすっかり失念していた。

J(; ゚Д゚)し「来ないで!」

(´<_` )「あ――」

弟者の心に冷たい風が吹く。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:35:18.56 ID:GK1iVlcA0
  
J(; ゚Д゚)し「騙していたのね!
      私達を騙して、この村に、悪魔が!」

普通はこうなのだ。
悪魔を求める人間もいるが、一般として、悪魔は厭われるものだ。
魂を、寿命を奪い、おどろおどろしい抜け殻を作りだす存在を、受け入れることなど到底できない。

(´<_`;)「た、確かに、オレは悪魔憑きです。
      ですが、誓って、こいつに魂を渡してはいないし、あなた達に害を成すつもりはありません!」

J(; ゚Д゚)し「信じられるものですか!」

あれほど優しげな笑みを浮かべていた女性でさえ、こうなってしまう。
弟者を避けるために、子供の手を引いて後ろに下がっている。

J(; ゚Д゚)し「悪魔に願いをかけるような人を、どうして信じられるというの!」

悪魔を使ってまで叶えようとする願いなど、碌なものではない。
例えば、人を陥れるようなことであったり、濡れ手に粟な考えであったり。
健全な人間としては間違っていると言われても仕方のない願いだ。

もっとも、考えたとしても、易々と実現はできない。
だから考えることも、口にするのもある程度は許されている。

だが、それが叶うのだ。大した労力もなく、一言口にするだけで。
怠惰だと言われても、傲慢だと言われても仕方がない。
人の道から外れたのだと、指を差されても仕方がない。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:38:28.87 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_`;)「オレは、願ってなんか……」

どれだけ言ってみたところで、弟者が願いを悪魔に託したのは明白だ。
体から生えている兄者の存在が、何よりもの証拠。
幾ら言葉を紡いだとしても、言い訳にしか聞こえやしない。

J(; ゚Д゚)し「早く出て行ってよ! この村から!」

叫ばれても、否定されても、全て、やむを得ないことなのだ。
胸の奥底が凍りつくような音がする。

( <_ ;)「オレは……」

久しく味わっていなかった感覚だ。
記憶にないような事柄で、周囲全てから非難される。

J(; ゚Д゚)し「早く帰るわよ!」

(・∀ ・;)「え、ちょっ……待ってよー」

子供が痛みを訴えるような力で腕を引く。
彼は悪魔が恐ろしくないのか、困惑した顔をして母親を見ていた。

( <_ ;)「何も、願っちゃいない」

搾り出されたような声は、兄者以外には届かない。
唯一、その言葉を聞いていた彼も言葉を発しようとはしなかった。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:41:25.05 ID:GK1iVlcA0
  
あの母子の姿が見えなくなった頃、誰が最初に言ったのか、声が上がった。
誰もが一言だけを口にする。

「出ていけ」

一人の声は、そう大きなものではない。
しかし、弟者を囲むようにして、その声は広がっていく。
声の重みで心が潰れてしまいそうだ。

( ´_ゝ`)「人間というのは、実につまらないことで団結する。
      同じ種族を爪弾きにして、何が面白いというのだろうか。
      悪魔憑きも悪魔使いも、この村にいる大勢と同じ人間だというのに」

しみじみといった風に呟く。
現在の状況が、自分自身の行動によって引き起こされたものであるということは認識している。
だが、反省や後悔の念を持つのかということに関していえば、それはそれ。だった。

( <_  )「仕方ない」

弟者は歩き始めた。
力ない足取りではあるが、向かう先は間違いなく村の外だろう。

( ´_ゝ`)「何が仕方ないというのか、是非とも聞きたいものだ。
      悪魔使いは受け入れられていたようなのに、何故、悪魔憑きは受け入れぬのだ。
      いや、それも聞きたいが、今はあんたが何処へ向かっているのかを聞きたい」

( <_  )「悪魔使いを追うに決まっているだろ」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:44:40.34 ID:GK1iVlcA0
  
( ´_ゝ`)「追う? 今からか?
      馬鹿なことをほざいてくれるな。次の村までどれ程の距離がある。
      野宿でもするつもりか。この寒い中。夜中ともなれば、寒さはよりいっそ強さを増すぞ。
      間違いなく、死ぬだろうな」

( <_  )「此処にはいられない」

( ´_ゝ`)「だから黄泉の国にでも赴くつもりか。
      オレは悪魔だが、あんたを黄泉から引きずり出すことはできないぞ。
      契約にはないことであるし、それをするだけの対価をくれる奴もいない」

悪魔憑きを忌んでいる村人達は弟者を追わなかった。
そのおかげで、少し進めば二人っきりの静かな空間が出来上がっていた。
冬の寒さ以上に弟者を凍えさせていた悪意からは解放される。

( ´_ゝ`)「そこいらの民家に侵入でもしてしまえ。
      土下座でも何でもして、置いてもらえ。
      あんたの矜持と命、どちらを取るべきか。悩む必要はあるまい」

(´<_` )「矜持なんざ、とうに捨てているが、お前の言葉を実行する気にはなれない」

ようやく少し顔を上げた。
その顔についている瞳は、どこか憔悴している。

( ´_ゝ`)「生か死か。これほど単純明快な質問はないだろう。
      選択するのも簡単だ。何を迷い、躊躇する。
      それ程までに悪意は恐ろしいか」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:47:27.95 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_` )「恐ろしいね。
      恨まれるのも、憎まれるのも、嫌悪されるのも、どれもこれも恐ろしい」

( ´_ゝ`)「あんたがいったい何をした。
      恨まれるようなことをしたのか。憎まれるようなことをしたのか。
      嫌悪に関していえば、生理的な問題もあるだろうがな。
      憎悪の類だけの話をすれば、あんたは一生無縁と言ったって過言じゃないだろう」

(´<_` )「悪魔がいる。それだけで憎悪の対象にはなれるさ。
      抜け殻への恨みは、悪魔への恨みだ」

( ´_ゝ`)「同一視しないで欲しい。
      オレ達は人間ではないが、知性も感情も欲望も持っている。
      あんな、何も考えていない、考えることさえできないような、生物ともいえないモノと一緒にしないでくれ」

抜け殻と悪魔の違いについて知っている者もいる。
弟者もそのうちの一人だ。
だが、悪魔とも抜け殻ともさしたる関わりを持っていない者からすれば、
両者は極近しいモノであり、もしかすると、同一とも呼べる存在なのかもしれないモノだ。

(´<_` )「抜け殻を生み出す同胞でも恨んでおくんだな」

( ´_ゝ`)「それは良い提案だ。採用するとしよう。
      さて、そろそろ出てきてくれてもいい頃なんじゃないだろうか。
      見ての通り、オレは人間に仇を成すつもりなど、毛頭ないような悪魔だ。
      お坊ちゃんに苦痛を与えることも、誘惑することもないと誓おう。このオレの矜持に賭けてな」

唐突な言葉の数々に、弟者は目を白黒させた。
だが、兄者からしてみれば、それらの言葉はおかしなものではなかった。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:50:53.23 ID:GK1iVlcA0
  
(´・ω・`)「参ったね。何時から気づいていたんだい?」

兄者の言葉に誘われるが如く、一人の男が物陰から現れた。
彼のことを、兄者はお坊ちゃんと呼んでいた。
しかし、弟者の目から見た男は、すでに老人といえる風貌をしている。

白い毛も曲がった腰も、全てが生きた年月を思わせる。
どこかしょぼくれた顔をしているのも、長い生の上に作られた表情なのだろう。

( ´_ゝ`)「お坊ちゃんがこそこそと、オレ達の後をつけていたのは始めから知っていた。
      大方、他の村人の姿が見えなくなるところへオレ達が行くのを待っていたのだろう。
      村から出るまでの間に呼び止めるつもりだったのか、
      臆病風に吹かれて言葉をかけそこなったのかまでは知らないが」

(;´・ω・`)「いやはや。お手厳しい……」

気まずげに頭を掻く様子からして、臆病風に吹かれていたらしい。
この辺りで、ようやく弟者は混乱から脱出することに成功した。

(´<_`;)「えっと……。
     あなたはいったい……」

(´・ω・`)「私は庶凡。この村に住んでいるただの老人ですよ」

この場所にいる時点で、村の住人であることはわかりきっている。
名前は新しい情報ではあるが、聞きたいのはそういうことではない。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:53:32.88 ID:GK1iVlcA0
  
弟者の困惑を察したのか、庶凡は言葉を付け加えた。

(´・ω・`)「うちの家、というわけにはいきませんが、小屋でもいいのなら、お泊めしようと思いまして」

(´<_` )「……いいのですか?」

絶句の後、弟者はどうにか言葉を発した。
小屋がどの程度のものなのかはわからないが、野宿に比べれば数千倍はマシに決まっている。
壁があって、屋根がある。それだけで、死に直面する寒さは和らぐ。

しかし、提案を即座に受け入れるわけにはいかない。
この村の人々は、悪魔憑きである弟者を追い出そうとしていた。
彼を匿っていることがばれれば、これから先、庶凡は村で肩身の狭い思いをするだろう。
下手を打てば、弟者と同じく追い出されることもあるかもしれない。

(´・ω・`)「歳をとるとね、若者には親切にしたくなるのですよ。
     まして、凍え死ぬとわかっていて見送るなんて、とてもとても……」

(´<_` )「しかし、あなたやご家族にご迷惑がかかるのではないですか?」

(´・ω・`)「そこは、幸い、とでも言いましょうか。
     私には妻子がいません。妻は他界し、子供は独立して村を出ました。
     何かあったとしても、迷惑のかかる相手がいないのですよ」

( ´_ゝ`)「大した善意と慈愛だ。いや、自己犠牲といっても差し支えないだろう。
      他の村人にオレ達のことが見つかれば、ただじゃすまないだろうに。
      些かの怪しさを感じるのも嘘じゃない。だが、今は受け入れるしかないな。その提案を」

(´<_`;)「勝手に決めるな」

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:56:17.05 ID:GK1iVlcA0
  
( ´_ゝ`)「ならば断るのか?
      あんたも大した自己犠牲精神だ。見ず知らずの老人の為に、己が命を捨てるか。
      なぁに、大丈夫だろうよ。悪魔憑き一人匿ったくらいで、老人を放り出すような鬼畜生ばかりの村ではないだろう。
      悪魔も憑いていない、ただの老人を寒空の下で殺しやしない」

それに。と、兄者は口角を上げた。
弟者の方へ向けていた視線を、庶凡へと移す。

( ´_ゝ`)「家族がいないというのに、家ではなく小屋。
      最悪の時は、勝手に侵入されたんだとでも言うつもりだろう。
      伊達に長生きしているわけではないだろうよ。あのお坊ちゃんも知恵が回る」

(;´・ω・`)「何でもお見通し、というわけですか」

( ´_ゝ`)「お坊ちゃんよりも長く生きているものでね。
      心境を察することはともかく、真偽を見抜くことは、それなりに得意だと自負しているよ。
      年月だけではなく。優秀な悪魔たるオレの素質でもあるがな」

どこか嘲るような笑みを浮かべている。
兄者からしてみれば、庶凡の考えなど思わず嗤ってしまう程に底が浅いのかもしれない。

(;´・ω・`)「上手く責任逃れをする算段はつけていましたがね、あなた方を騙すつもりはまったくありませんよ。
      小屋だって、昔に飼っていた馬の小屋でね。もういませんが。
      壁も屋根もあるし、藁もある。寒さをしのぐだけならば、そこそこ優秀です」

(´<_`;)「何も疑ってはいませんよ。
      むしろ、そこまでして頂くとなると、申し訳なさで胸が張り裂けそうになるほどです」

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 16:59:31.56 ID:GK1iVlcA0
  
(´・ω・`)「なら決まりですね。早く私の家へ行きましょう。
     長居をしていると、村の人に見つかってしまいます」

庶凡は踵を返す。
腰は曲がっているが、杖もつかずに歩く姿はしっかりとしたものだ。

(´<_` )「ありがとうございます」

(´・ω・`)「いいや。お礼を言われるようなことではないですよ」

(´<_` )「いえ。命の恩人です」

( ´_ゝ`)「あのままだと、間違いなく凍死していただろうな。
      素直に頭を下げればいいものを、どうしてああも頑なに村を出ようとしたんだか。
      命を粗末にするような考え方は理解できないな」

(´<_` )「元はと言えばお前のせいだけどな」

兄者が出てこなければ、平和的に民家で一夜を過ごすことができたのだ。
声にいつも以上の棘が見えるのも仕方あるまい。

( ´_ゝ`)「そんな言い方をされると胸が痛む。
      何もしていないというのに、あれだけの悪意を向けられて深い深い悲しみを得たというのに。
      まさか、あんたにまで責められ、深い悲しみを渡されるとは」

(´<_` )「何が悲しみだ。ほざくな。鬱陶しい」

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:02:43.96 ID:GK1iVlcA0
  
兄者のわざとらしい態度にはもう飽きていた。
取り付く島もない言葉で切り捨てる。

(´・ω・`)「君は凄いですね」

二人の会話を聞いていた庶凡が言った。
言葉の応酬が止まっているときでなければ、聞き逃していただろうことが容易に想像できるほど、その声は小さかった。

聞き取ることはできたのだが、庶凡が何を指して凄いと言ったのかがわからない。
弟者はわずかに眉を寄せて疑問の表情を浮かべる。
彼の先を歩いている庶凡の瞳に、その表情は映っていない。
しかし、背後から何かを感じたのだろう。庶凡は再び口を開いた。

(´・ω・`)「私なら無理ですよ。悪魔相手に、そんな風に話すのは」

言われた言葉は、疑問の答えだった。
だが、弟者にとって、それはさらなる疑問を作りあげるものでしかなかった。

(´<_` )「そんな風にって、普通だと思いますけど」

(´・ω・`)「その普通が、難しいんですよ」

弟者は兄者をちらりと見た。
人ではない存在、悪魔が平然とした顔をしている。
疑問を抱いている様子はないので、この場に置いていまひとつ理解が足りていないのは弟者だけのようだ。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:05:30.32 ID:GK1iVlcA0
  
(´・ω・`)「怖いんですよ。悪魔ってモノが」

(´<_` )「こいつはただの――」

自分勝手な馬鹿だ。と、言いかけて口を閉じる。
兄者を気遣ったわけではない。決して。

ただ、弟者はいつも言っていた。
悪魔は恐れられて仕方がない。区別されても仕方がない。
それが世の中の道理で、わからぬ兄者がおかしいのだと。

どうやら、口先と意識というのは、全く別のものらしい。
弟者は兄者を恐ろしい存在として認識しきれていなかった。

(´<_` )「……なるほど」

飲み下した言葉とは別の言葉を紡ぐ。
己の身から体を出している悪魔は、恐ろしい存在ではないと言う気にはなれなかった。
言ったとしても受け入れてはもらえないだろうし、まるで兄者を擁護している風になってしまう。

(´・ω・`)「気を悪くされましたか?」

(´<_` )「まさか」

これは本心。
頭では悪魔が恐れられているのはわかっているし、兄者が嫌われようが恐れられようが、弟者には関係ない。
今回のように、ひょいひょいと姿を現し、宿を取れなくされる点以外は。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:08:16.72 ID:GK1iVlcA0
  
( ´_ゝ`)「オレだって気を悪くはしないぞ。
      何せ、心が広い悪魔だからな。悲しみのあまり、村を滅ぼすなんて真似は決してしない。
      そもそも、弟者との契約にないことで、強い力を使うことはできないし」

(;´・ω・`)「そ、そうですか……」

兄者の言葉は、強い力が使えるのならば、村を滅ぼしていた。と、いう風にも聞こえる。
心なしか庶凡の背中が震えているように見えた。

(´<_` )「馬鹿なことしか言えないなら、その口を閉じたらどうだ」

( ´_ゝ`)「閉じたくなったら閉じるさ。オレは馬鹿なことなど一つも口にしていないし、閉じる必要はなさそうだけれど。
      ただ、面白いものもなさそうで、大した話もなさそうで、
      尚且つ親切なお坊ちゃんがオレを恐れているというのならば、身を引いておいてやろう。
      三人分の影と二人分の影。大差ないだろうが、二人分の方がまだ見つかりにくいだろうしな」

口にこそしなかったが、周囲に人の気配がなく、騒動など起きるはずがないと判断していた。
それも含めて、兄者は現状に飽きたのだ。
他者の返答を聞くことなく、彼は姿を消した。

(´<_`# )「身勝手な悪魔め。
      いや、悪魔だからこそ身勝手なのか」

舌打ちを一つする。
その様子を視界に入れれば、今後は弟者のことを好青年だとはとても思えなくなるだろう。

(´・ω・`)「いいじゃないですか。
     実際、姿を消してくれている方が目立たない」

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:11:28.79 ID:GK1iVlcA0
  
狭い村だ。全員が顔見知りであることは容易に考えられるので、人々の中に紛れることはできない。
悪魔の存在が目に見えていようが、見えていまいが、弟者の姿を見られればそれで終わりだ。

庶凡とてそのことはわかっているはずだ。
今さら、兄者が姿を消しても何も変わらない。
それでも彼の肩を持つような発言をしたのは、やはり悪魔が怖いからだろう。

(´<_` )「……わかりました」

兄者に対して怯えを持っていることを感じとった弟者は、それ以上何も言わなかった。
これが常日頃、兄者と二人っきりのときならば、未だに愚痴を垂れ流していただろう。

それから弟者と庶凡は無言で足を動かした。
世間話ができるような状態ではなかったし、お互いに言葉を交わすことに気まずさを感じていた。

足音と遠くの方で聞こえる人々の声。
黙々と歩く二人がいるところだけ、別の世界になっているかのような錯覚さえ覚える。

弟者が兄者のよく回る舌を思い出し始めた頃、庶凡が沈黙を破った。

(´・ω・`)「あれが私の家です。隣にあるのが、君の今夜の宿です」

庶凡の指の先をたどると、他の民家とそう変わらない建物が一つ。
その隣に見えるのは、小さくはあるが十分な屋根と壁がある小屋が見えた。
見る限り、ボロというわけではない。庶凡と言った通り、寒さをしのぐくらいならば容易くやってくれそうだ。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:26:47.33 ID:GK1iVlcA0
  
(´・ω・`)「どうぞ」

庶凡が小屋の扉を開ける。
壁に触れた弟者の指先からは、しっかりとした板の感触が伝わってきた。

(´<_` )「本当に、ありがとうございます」

(´・ω・`)「いいんだよ。
     あ、その藁は適当に使ってくれていいから」

(´<_` )「はい」

弟者は乾燥した藁に触れる。
これにもぐりこめば暖も取れるだろう。
火をつければさらに暖かいだろうが、小さな小屋の中だ。
そんなことをすれば、たちまち火達磨になってしまう。

(´・ω・`)「一応、いつも通り鍵をかけておいていいかな」

(´<_` )「その方が助かります。見つかる可能性が下がりますから」

ここまできて、庶凡を信頼しないという選択肢はない。
弟者を監禁したとしても、彼には何の得もないはずだ。

(´・ω・`)「それじゃ、私は家に戻るよ」

曲がった背中が扉によって弟者の視界から消え、鍵がかかる音がした。

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:30:18.48 ID:GK1iVlcA0
  
二呼吸分の後、庶凡が家に入った音がした。
残った音は壁の隙間から入ってくる風の音とくぐもったような人の声だ。
殆ど無音といってもいい。

(´<_` )「……さっさと寝てしまおうか」

この村で買い物ができなかったということを考えれば、安易に夕飯を食べるわけにもいかない。
次の場所まで、そう距離はないが、万が一ということがある。
節約するに越したことはない。

となれば、無駄に起きているのは体力を消耗し、腹が空くだけの行為だ。
体力と食料の温存を考えれば、寝てしまうのが一番手っ取り早い。

( ´_ゝ`)「眠るのはいい考えだ。無駄を抑えた行動といえる。
      だが、眠れるのか? 日は傾き始めているが、眠るような時間ではないだろう。
      この場所が光も少なく、眠るのには最適な場所だとしても、少し難しいことではないだろうか」

(´<_` )「一生引っ込んだままでよかったんだぞ」

いつものごとく、唐突に現れた兄者に言う。
弟者はすでに、藁を手に眠る準備をしていた。

( ´_ゝ`)「そう冷たいことを言うな。
      空気が冷たい時期だからこそ、言葉や態度くらいは温かなものであるべきだ。
      心の温かさ、それが体の温かさに繋がるに違いないのだから」

(´<_` )「人の心を察せない悪魔が何を言う」

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:33:33.48 ID:GK1iVlcA0
  
あまりにも寒々しい兄者の言葉に、弟者は鳥肌がたった。
小屋の中とはいえ、寒さは残っているのだ。これ以上凍えてしまうようなことは言わないで欲しい。

( ´_ゝ`)「察せずとも、察する努力をしてみようではないか。
      そうだな。弟者、折角だ。眠りやすいように、子守唄でも唄ってやろうか?
      オレは幾つか知っているぞ。あんたも知っている唄だって知っているだろうよ。
      慣れた唄を聞きながらならば、眠りにも入りやすいだろう」

弟者は盛大に顔をしかめた。
子守唄を唄う兄者など、想像したくもない。
寒気を通り越して、頭痛がしそうだ。

(´<_`;)「やめろ。本当に。
     察する努力をするというのならば、唄うという選択肢を消すところから始めろ」

( ´_ゝ`)「えらく不名誉なことだ。オレはそれほど音痴に見えるのだろうか。
      オレの記憶が正しければ、あんたの前で唄を紡いだことなどなかっただろうに。
      今までにないほどの嫌悪っぷりだな。ますます唄いたくなるというものだ」

(´<_`;)「お前が音痴か否かはどうだっていい。
     子守唄を唄っているお前。と、いう存在が嫌なんだ。母親にでもなるつもりか? 気持ちの悪い」

子守唄というのは、母親が子を思って唄うから良いのだ。
例えば、この村で出会った子供の母親のような者が、母性と慈愛を持って唄うものであって、
悪魔が、その口の形をしただけの部位で紡ぐものではない。けっして。

(´<_`;)「お前には不釣合いだ」

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:36:12.01 ID:GK1iVlcA0
  
弟者はうんざりした様子で吐き捨てた。
気持ち、顔色が悪く見えるのは寒さのせいではないだろう。

( ´_ゝ`)「唄に釣合いも不釣合いもあるものか。
      あるのは上手いか下手かだけ。麗しい声の持ち主がとんだ醜女だったとしても関係ない。
      目蓋一つ閉じてしまえば容姿などどうでもいいことだろ」

(´<_` )「容姿を言っているんじゃない。
      お前が、子守唄を、唄う、というのが気持ちの悪いことこの上ないのだ」

どのような者ならば釣り合っているのかと、兄者は聞かなかった。
察したというよりは、これ以上は無駄な言葉の応酬になるという判断のもとの選択だ。
無駄な言葉の応酬を楽しむことは日常風景だが、今は弟者をからかいたいわけではない。
子守唄の発言は、純粋な提案だったのだ。

( ´_ゝ`)「数少ない人間の睡眠時と悪魔の関係を思い出してみた上でのものだったのだが、
      あまりお気に召してはいただけなかったようだ。
      ちなみに、悪魔が唄う子守唄は心地良い睡眠を促してくれるらしいぞ」

(´<_` )「それは、永遠の眠りじゃないのか……」

( ´_ゝ`)「違うだろう。オレにそう言った人間は生きていたからな。
      唄った悪魔も、眠った人間も、起きたところも、全てオレは見ていた。
      あぁ、だが、相手は美しい悪魔だった。結局、そこなのかもしれない」

珍しいことに、兄者の表情は飄々としたものではなかった。
目の前にいる弟者ではない、遠いどこかの誰かを思い出しているような目だ。

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:39:46.13 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_` )「知りあいか」

思わず聞いてしまった。
興味がない、などとは言えない。

嫌っている相手とはいえ、共に過ごした時間は短くない。
また、これからもしばらくは付き合っていく必要がある悪魔だ。
全てに関して無関心になどいられない。

( ´_ゝ`)「知りあいというほどでもないさ。
      悪魔基準でいうならば、同じ時間を過ごしたのも長くない。
      ただ、そうだな。共にいた時間はオレを形成する上で重要なものだったといえる」

発せられたのは否定の言葉だったはずだったのに、弟者にはそう聞こえなかった。
否定のものだったとしても、知りあい等という軽い言葉では済ませられないという意味に聞こえる。

(´<_` )「ふーん」

( ´_ゝ`)「あんたから聞いてきた癖に、その態度はどうなんだ。
      尋ねたからには、答えに対してもそれ相応の対応をするべきだと思うがね。
      その対応というのは、続く会話であったり、教えてくれたことへの礼だったりするわけだが」

(´<_` )「ちょっとした興味がわいただけだ。
      わざわざ礼を言うつもりはないし、お前と会話を続ける気もない」

それだけ言うと、弟者はごろりと横になる。
藁の匂いが強くなった。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:42:30.85 ID:GK1iVlcA0
  
正直なところ、弟者は意外だと思っていた。
兄者にも感情や意思があることは知っている。
しかし、不思議と、彼に友人や知人、それ以上の存在がいるとは思えなかった。

いたとしても、自分よりも前の契約者なのだろうと思っていた。
それにしたって、友人や知人よりも下の位だと考えていたくらいだ。

だから、兄者があんな顔をするとは思っていなかったし、他者を形容するのにあんな言葉を使うとは思っていなかった。
それが不満だとか、納得できないとか、忌まわしいだとかではないのだが、
どうにも自分の中に上手く取り込めない感情を抱いた。

( ´_ゝ`)「何もすることがなく、退屈だと感じれば眠気も来るというものか。
      ならば、オレはこのまま黙って消えるべきだろう。
      ここでならば、眠ったとしても問題はないのだから」

(´<_` )「決意も意思も口にせぬまま消えろ」

そっぽを向いたまま言葉を投げつける。
兄者の姿は見えないが、肩をすくめたのが気配でわかった。

呆れているというよりは、諦めているという風な感情なのだろう。
どことなく感じられるそんな感情からも、兄者の余裕を感じる。
彼にとって、弟者の言葉や態度など気にするべきものですらない。

そのまま兄者の気配は消えるはずだった。
弟者の背後から、何かが外れるような音さえしなければ。

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:45:19.32 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_`;)「何だ?」

慌てて起き上がる。
背後から聞こえた音に加え、外からの冷たい空気が弟者に届く。
振り向いた弟者の目にはまず兄者の後ろ姿が見えた。
壁から離れている彼が何かをやらかせるはずもない。

弟者は兄者の向こう側にいる影に気づいた。
位置をずらし、兄者の背を避けて影を見る。

(・∀ ・)

そこにいたのは、母親に引きずられて行った、あの子供だった。

(´<_`;)「き、君、どうして」

壁の板を一枚剥がしたままの状態で子供は外に立っている。
ここが彼の家ということはないはずで、庶凡がここへ匿ってくれたことから考えても、彼は子供の存在を知らなかったはずだ。
弟者の脳内には疑問しか浮かばない。

子供の方も、予期せぬ状態に思考が停止しているようだ。
寒いだろうに微動だにしない。

兄者はそ知らぬ顔で成り行きを見守っている。
何事もなかったかのように消え去るには惜しい状況であるし、
己が何か言葉を発するのも面白くない。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:48:38.25 ID:GK1iVlcA0
  
( ^Д^)「どーしたんだよ。斉藤」

時の流れさえも硬直させてしまうような空気の中、見知らぬ声が場を揺らす。
ひょっこりと顔を出してきた幼い顔に、弟者の脳が覚醒し、警鐘を鳴らした。

( ^Д^)「あれ?」

子供が内側を見て首を傾げる。
彼には、まだ状況が理解できていないのだろう。

(´<_`;)「ちっ!」

弟者は警鐘の叫ぶまま体を動かす。

どういった経緯で彼らがここへ来たのかは、この際どうだっていい。
問題は、外側に村の子供がいて、彼らがこちらを見ていることだ。
大人に見られれば、何があったのかと思われてもおかしくない状況だ。

弟者は地面蹴りあげ、一足飛びに子供達の目の前へ躍り出る。
誰かが声を出す前に弟者は彼らの細い腕を掴んだ。
驚く暇さえ与えず、弟者は二人を小屋の内側へと引き入れる。

素早いその行動に兄者が口笛を吹く。
無駄に高く長いその音は耳ざわりだ。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:51:35.20 ID:GK1iVlcA0
  
引き入れられる反動で、斉藤と呼ばれていた子供は板を落とした。
弟者はそれをすぐに拾いあげ、適当に穴をふさぐ。
そうして、ようやく警鐘の音が小さくなる。
だが、まだ完全に安心するわけにもいかない。

外部から遮断された小屋の中は静まり返っている。
冷たい地面に尻をつけたまま、子供達は呆然としていた。

(´<_` )「どうして、ここに?」

壁に背を向け、子供達と向きあう。
改めて口にした問いかけは、極力威圧的にならないことを心がけてはいたが、どうしても硬くなる。
視界の端に映る兄者の楽しげな表情が憎い。

(・∀ ・)「……おっさんだ」

ようやく発せられた言葉に、弟者は力が抜ける。
まだ叫び声の方が緊張感があったかもしれない。

(´<_`;)「おっさんは止めてくれ」

( ´_ゝ`)「いいじゃないか。この状況下での第一声がおっさん。
      中々度胸が据わっている。将来有望だ。
      目の前しか見えていない子供とはいえ、面白いことだ。
      うむ。実に面白く、実に素直な子供だ」

空気の壊れ方がお気に召したのか、兄者の声は震えていた。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:54:34.87 ID:GK1iVlcA0
  
(・∀ ・)「おっさん! こんなところで何してんだ!?」

(´<_`;)「うん。もうどうでもいいや」

斉藤は立ち上がり、弟者に近づく。
再度発せられた呼び名に、兄者は声をあげて笑っていた。
もう一人の子供はまだ理解が追いついていないのか、座ったままである。

(・∀ ・)「丁度よかったんだぞー」

(´<_` )「うん?」

(・∀ ・)「オレ達、おっさんについて、会議するところだったんだ」

複数形の言葉に、弟者は座ったままの子供を目に映す。
どうにか状況を理解するべく、彼は視線を彷徨わせていた。

(・∀ ・)「カーチャンは、悪魔憑きに近づいたら駄目って言うんだ。
     でも、悪魔使いはいいって言うんだ」

よくわからない。と、斉藤は言う。
まだ幼い彼に、悪魔憑きと悪魔使いの区別をつけろというのは酷な話だったのかもしれない。
何故と何でを繰り返しても、納得のいく説明が貰えなかったのだろう。
疑問を解消するために、友人を巻き込んで適当な憶測と仮説を立てるつもりだったようだ。

だが、目の前に本人がいるのならば憶測も仮説も必要ない。
張本人に聞くのが一番早いというのは、どんな子供でもわかっていることだ。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 17:57:32.89 ID:GK1iVlcA0
  
( ´_ゝ`)「これはこれは。本当に良い子だ。
      いや、子供特有の無邪気さと分別のなさか。
      悪魔使いと悪魔憑き。二つに大した違いなどなく、分ける必要性のなさに気づいているぞ」

(´<_` )「悪魔は黙ってろ」

( ^Д^)「じゃあ、あんた達が」

(・∀ ・)「さっき言ってた、おっさんたちだぞー」

斉藤は軽く腕を振っている。
広い小屋というわけではないので、少々危なっかしい。

( ^Д^)「本物の悪魔……」

子供は弟者と兄者を見比べた。
方や楽しげに、方や苦々しげにその様子を傍観する。

二、三度二人を見比べた後、子供は首を傾げた。
弟者は嫌な予感に頬を引きつらせる。

( ^Д^)「なんでおっさんは悪魔とそっくりなの?」

即座に兄者の笑い声が響いた。

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:00:24.64 ID:GK1iVlcA0
  
( ´_ゝ`)「いやぁ。実に面白い。これほど面白いのも珍しい。
      笑いすぎて涙がでそうだ。腹がよじれそうだ。
      だが、いたいけな子供を怒声で怯えさせるのは可哀想だ。
      腹がよじ切れる前に訂正の言葉を紡ごうではないか。
      人がオレと似ているわけではない。オレが、人と似た姿をしているだけだ」

散々笑った後に兄者は言う。
弟者の表情は見えないが、肩が震えているのは笑いのためではないだろう。

( ^Д^)「ん?」

子供が斉藤の方を向いて首を傾げる。
兄者の言った言葉の意味を問うているのだろう。

(・∀ ・)「さぁ?」

だが、斉藤にも理解が及ばなかったようで、子供と同じように首を傾げるばかりだ。
首を傾げる二人の様子は、状況によれば可愛らしく、癒しさえ与えるものだったかもしれない。
この場にいたのが、修羅を背負った弟者でなければ、可能性はかろうじてあったかもしれない。

( <_ # )「誰が……」

地獄の釜が開いたかのような、低く重い声だ。
子供達は小さく悲鳴をあげた

( <_ # )「誰に、似てるってぇ……?」

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:03:17.67 ID:GK1iVlcA0
  
弟者は普段、どちらかといえば穏やかな表情をしている。
細く垂れた目からは、他者を威圧するような雰囲気はない。
だが、そんな表情は怒りの前には霞のように消えさる運命だ。

(・∀ ・;)「おおお前、謝れよ!」

(;^Д^)「ごごごごごめんなさい!」

子供達は互いに身を寄せ合い、恐怖から逃れようとしている。
じりじりのにじり寄る弟者の姿は、昔話にある鬼なんぞよりもよっぽど恐ろしい。
心なしか、外よりも冷たい風が彼から流れているような気すらしてくる。

( ´_ゝ`)「弟者。謝っているじゃないか。無知故の言葉だ。許してやれ。
      なあ、お坊ちゃん達よ。オレは悪魔だ。姿は自在。女にだってなれる。
      オレは、オレの意思で、弟者の姿を象っただけだ。
      どちらが先に、この姿で誕生したのかっていえば、そりゃ当然弟者さ。
      オレは偽物。本物は弟者。わかるだろ?」

子供達は何度も頷く。
今ある恐怖から逃れるためならば、何を言われたって頷くだろう。

( <_ # )「……わかればいい」

静かな声が響き、小屋中を満たしていた冷気が収まる。
子供達は身を寄せ合いながらも、ようやく一息つくことができた。

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:06:25.56 ID:GK1iVlcA0
  
( ^Д^)「本当にごめんなさい……」

(´<_` )「……いや、こちらこそ、ムキになって悪かった」

おとなげないことをした自覚はある。
けれども、それ程、神経に逆撫ですることだったことも確かだ。

姿が似ていることを指摘されるのは構わない。
事実であるし、それで困りもしている。
だが、元々は弟者の姿なのだ。兄者を基準にされては腹も立つというもの。

(´<_` )「それより、君達はどうしてここに?」

最初の疑問を改めてぶつける。
一瞬、有耶無耶になりかけたが、しきってしまうわけにはいかない。

(・∀ ・)「ここは、オレ達の秘密基地なんだぞー」

( ^Д^)「誰もこないしなー」

無邪気に言っているが、ここは庶凡の所有している小屋だ。
子供達は不法侵入をしているにすぎない。

(´<_`;)「ここは庶凡さんの小屋だろ?」

(・∀ ・)「何も入ってないし、ゆーこーかつようしてやってるんだぞー」

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:09:24.15 ID:GK1iVlcA0
  
子供の無邪気さというのは、こういったところが面倒だ。
己の罪を全く自覚していない。言葉にして伝えたところで、すぐに自覚することはない。

( ^Д^)「ここなら寒くないし、秘密の相談にはうってつけなんだ」

(・∀ ・)「あそこの板はずれるって気づいたのはオレなんだぞー」

匿ってもらうことができた小屋が、すでに子供達の秘密基地と化されていたのは不運だ。
しかし、子供達が悪魔に対して恐怖心を抱いていないことは幸運だ。
悲鳴と共に逃げ出しでもされてば、弟者の存在はすぐにバレてしまう。
そうすれば、また宿無しに逆戻りだ。

(´<_` )「あのね。ここにオレがいることはお母さん達には内緒にしててくれるかい?」

今夜の寝床確保のためにも、口止めは必要だ。
子供の口は軽いが、閉じられているのは一晩だけでいい。
日が昇ればすぐにでもこの村を発つことができる。

(・∀ ・)「いいぞー」

素直な子供は可愛い。
頷いた斉藤の頭を弟者は感謝の言葉と共に撫でる。

(・∀ ・)「でもなー」

ここで弟者の動きが止まる。
条件をつけてくるとは思わなかった。
小賢しい子供は可愛くない。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:12:17.25 ID:GK1iVlcA0
  
(・∀ ・)「オレと笑野に悪魔について教えてくれたらなー」

( ^Д^)「斉藤、頭いいなー!」

(・∀ ・)「だろー?」

斉藤は腰に手を当てて胸を張る。
それに拍手を贈る笑野という子供を見ていると、将来の力関係が見えてきそうな気さえした。

(´<_` )「うーん。そうだな。
      知ってる範囲なら」

弟者は少し悩んでから答えた。
悪魔について教えるだけならば、特に危険なことはないだろう。
召喚の方法などは危険な部類に入るが、幸か不幸か弟者は悪魔の召喚方法など知らない。

(・∀ ・)「やったー!」

( ^Д^)「村一番の物知りになれるかな!」

一番だと笑いあいながら、子供達が手を叩きあう。
好奇心が満たされる喜びが垣間見える光景だった。

(´<_` )「でも、あまり遅くまでいたら駄目だぞ」

親に心配をかけさせるのも悪いが、村を探し回られれば弟者が発見される確立も上がってしまう。
口止めをした意味がなくなってしまうことがないように、との言葉だ。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:15:18.77 ID:GK1iVlcA0
  
(・∀ ・)「あのなー。悪魔って、何か食べるのかー?」

早速、斉藤の口から質問が飛び出す。

(´<_` )「魂と寿命と、その他にもう一つだけ、食べられるらしいよ」

( ^Д^)「米は?」

弟者の答えに、さらなる質問が被さる。
答えるために口を開いて、弟者は言葉に詰まった。
悪魔が食べるもの、といえば三つだ。しかし、米を食べられるのか、否か。という問いの答えとは違う気がした。

止まった弟者を見かねたのか、単純に答えてやる気になったのか、
代わりに答えたのは悪魔である兄者だった。

( ´_ゝ`)「人間が食べるようなものは食べないし、食べられない。少なくともオレは。
      弟者が言ったように、人間の魂か、寿命か、もう一つ、悪魔個人が食べることができるもの。
      これは悪魔によって違うな。ちなみに、オレが食べられるものは秘密だ」

(・∀ ・)「ケチー」

心の中で弟者は舌打ちをする。
ここで、ポロリと固有の食べ物を口にすれば、弟者が兄者に何を与えているのかわかったものを。

( ^Д^)「じゃあさ、じゃあさ、悪魔って本当に何でもできるの?」

好奇心のままに子供は質問を続ける。

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:18:26.25 ID:GK1iVlcA0
  
( ´_ゝ`)「今のところ、絶対にできないような願いを言われた記憶はないな。
      貰うものが多ければ多いほど、できることは増える。
      逆に、ちょっとしかくれないなら、大したことはできない」

大金持ちから死者蘇生まで。
長年生きていれば、様々な願いを目にする。
断った願いもあるが、それでも叶えられない願いはなかった。

(・∀ ・)「ちょっとのことって、例えば?」

( ´_ゝ`)「例えば、か……。
      そうだな。地中にあるものを上に引き寄せたり、宿ってる力を少し強くしたり……。
      そんな程度だな。あぁ、金平糖の二つや三つなら少しで出せるな」

( *^Д^)「欲しい!」

(・∀ ・*)「欲しい!」

(´<_` )「それで何かを食われるのはオレなんだけど……」

弟者の声は子供達に届かない。
とはいえ、兄者も契約者である弟者のため以外に力を使うことはなく、子供達は金平糖を手にすることはなかった。

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:21:25.71 ID:GK1iVlcA0
  
(・∀ ・)「嫌いなものとかあるのかー?」

( ´_ゝ`)「それはオレ個人への問いかけになるぞ。悪魔にだって個人差はある。
      オレはつまらないことは嫌いだ。物として嫌いなものはないと思う。
      虫や幽鬼の類も平気だからな。ん? これは怖いものの部類か?」

( ^Д^)「悪魔使いと悪魔憑きってどう違うの?」

( ´_ゝ`)「強制労働と協力の違いとでも言えばわかるか?
      悪魔使いの場合、悪魔が嫌だと思っても人間の願いを叶えてやらなきゃならん。
      それも、貰えるものはほんのちょっとなのに。酷いことだ。
      対して、悪魔憑きは悪魔が同意して願いを叶えてやるし、対価も正当な分きっちり貰える」

(・∀ ・)「始めておっさんと会った時、いなかったけど、どこにいたんだー?」

( ´_ゝ`)「弟者の体の中、というよりは、弟者の精神の中だな。
      居心地は良くも悪くもない。温度はもとより、光も闇も悪魔の中にはない。
      だから、どこにでもいけるし、何にでもなれる。それこそ、人間の精神にだって」

( ^Д^)「血ってあるの?」

( ´_ゝ`)「ない。悪魔には内臓もなければ血もない。
      正しく、血も涙もない存在だ。切ったところで何も見えやしない。
      落ちた端から消えていくから、何も残らない」

158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:24:27.41 ID:GK1iVlcA0
  
子供達の質問に対し、兄者は律儀にもしっかりと返答している。
口を挟む必要がなくなってしまった弟者は、藁の上に腰を降ろして様子を見るばかりだ。

(・∀ ・)「じゃあさ――」

よくもまあ、次から次に質問が思い浮かぶものだ。
弟者は感心する。
成長すると、人はそういうものなんだろう。で、片付けてしまいがちだ。
真面目に疑問に取り組む子供の姿勢は見習わなければならないかもしれない。

己の不精を反省すると同時に、弟者には思うところがあった。
問いかけと質問を耳にしていると、思っていた以上に自分が悪魔について、
すなわち兄者について知らなかったのだと気づかされる。

面倒事の元凶について、知りたいとは思わなかった。
知る暇があるのならば、さっさと追い払ってしまいたい気持ちの方が今もずっと強い。

しかし、それなりの時間を過ごしてきたというのも、紛れもない事実だ。
少しでも別れる時間があるのならば、また違った会話もできるのではないかと思うほどの時間を共に過ごしてきた。
だというのに、弟者はあまりにも兄者のことを知らない。

今も、子供達の疑問に答える兄者の言葉を聞き、始めて知る事柄が山のように出てきている。

不満だというつもりはない。
だが、承服しかねる何かが腹に残る。

160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:27:41.60 ID:GK1iVlcA0
  
(・∀ ・)「長生きって本当かー?」

( ´_ゝ`)「本当だとも。かくいうオレも、そろそろ千年近い時を生きている。
      抜け殻なんて、殆どの人間が存在を知らなかったような時代だぞ。
      想像できるか? できなくても、いつかそんな時代が来ることを願っていればいい」

(・∀ ・)「叶えてくれるのかー?」

( ´_ゝ`)「今のオレの契約者は弟者だ。
      だから、無理だな。お坊ちゃんが大人になって、オレを呼び出せれば考えてやろう。
      対価はかなり大きいだろうがな」

ずいぶんと質問と答えを繰り返したように思える。
何の明かりもない小屋の中では、互いの姿が認識しずらくなり始めていた。

(´<_` )「そろそろ――」

帰宅を促すべく弟者が口を開いた。
そこに、最後の問いかけが入り込む。

( ^Д^)「じゃあさ」

無邪気な顔をして、子供は胸を抉るような問いかけをすることがある。


( ^Д^)「悪魔って死ぬのか?」

162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:30:25.11 ID:GK1iVlcA0
  
ガタン。と、重たい音がした。
弟者は咄嗟に音の方へ振り返る。

(;´・ω・`)「人の声がしてるから驚きましたよ。
      君達、どうしてここに?」

そこには正規に扉を開けた庶凡が立っていた。
彼は小さな明かりと共に、盆を持っていた。その上にはおにぎりが二つ乗っている。
態々、夕食を持ってきてくれたらしい。

(・∀ ・)「あー。バレちゃったなー」

( ^Д^)「秘密基地だったのにな」

二人は悪びれもせずに言う。
彼らからしてみれば、誰にも知られることのなかった内緒が一つ潰れたという程度にすぎないのだ。
怒られるだとか、罰せられるという認識は微塵もない。

(´・ω・`)「ここは私の小屋だよ。
     鍵もかけていたのに、どうやって入ったんだい?」

(・∀ ・)「内緒だぞー」

(´<_` )「そこの板が外れるみたいです」

( ^Д^)「あー! 言うなよ!」

165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:33:23.58 ID:GK1iVlcA0
  
弟者が指差した方向の板に庶凡が触れる。

(´・ω・`)「本当だ。修理しないといけませんね」

(・∀ ・)「えー」

斉藤が不満の声をあげる。
修理されてしまえば、この小屋に侵入することができなくなってしまう。

(´・ω・`)「えー、じゃない。
     君達の両親に叱ってもらうよ?」

(・∀ ・;)「それは困るぞー」

(;^Д^)「カーチャン、怒ると怖いんだよ」

子供達は途端に焦りを見せる。
悪いことをしたとは思っていなくとも、両親に叱られるということは恐ろしいらしい。
実に子供らしい反応に、庶凡は小さく笑う。

(´・ω・`)「はいはい。黙っててあげるから、早くお家に帰りなさい。
     彼らのことは、言ってはいけないよ」

家に帰った子供達が、弟者のことを告げ口するかもしれない。
そんな不安はあったが、まさか彼らを閉じ込めるわけにもいかない。
庶凡は念押しをするに留めた。

167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:36:29.38 ID:GK1iVlcA0
   
(・∀ ・)「ちぇー」

斉藤は唇を尖らせる。
口止めは元々、弟者からされていた。
不満なのは、楽しい質問時間が終わってしまったことだ。

(´・ω・`)「あとね、人の小屋に勝手に入っちゃ駄目だよ」

( ^Д^)「はーい」

気前のいい返事だが、どこまでわかっているのやら。
罪の意識がないあたり、近いうちに別の小屋に侵入していてもおかしくはない。

(・∀ ・)「じゃあなー」

庶凡に促され、小屋から二人は出て行く。
すでに子供が外を出歩く時間は過ぎている。

彼らの背に、兄者は一言、死ぬぞ。と、だけ告げた。

(・∀ ・)「え?」

斉藤が振り返る。
少し遅れて笑野も顔を兄者へ向けた。

170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:39:31.51 ID:GK1iVlcA0
   
( ´_ゝ`)「悪魔は、死ぬぞ。
      寿命はないが、確かに死ぬ。
      血がなくとも、涙がなくとも」

そう言った兄者は、口角を上げ、実に不敵な笑みを浮かべていた。

(;´・ω・`)「さ、早くお帰りなさい」

静まり返った中、いち早く言葉を発したのは庶凡だった。
何があったのかはわからないが、そこに不穏な空気を感じたらしい。
庶凡は近くにお盆を置き、子供達が何か反応を返す前に彼らを小屋から追い出した。

(;´・ω・`)「それじゃ、また明日」

扉が閉まり、鍵がかかる。
斉藤達の場所は、そのままなので鍵にどれ程の効力があるのかは不明だ。
しかし、傍から見れば普通の壁板であるし、子供達が再び訪れるには外は暗い。
別段、心配することはないだろう。

そうして、残されたのは、庶凡が置いて行った盆とおにぎりだけ。
明かりは彼が再び持ち帰った。

小屋の中は、再び弟者と兄者だけの空間となってしまった。

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:42:28.20 ID:GK1iVlcA0
   
弟者は庶凡が持ってきてくれたおにぎりに手をつける。

匿ってもらっている上に、夕飯までご馳走になってしまったのは申し訳なく思っている。
だが、こうして置かれているものに手をつけないというのは、何よりもの悪だ。
言い損ねてしまった礼は明日するとして、ひとまずは有り難く頂戴することにした。

(´<_` )「……死ぬのか」

咀嚼の合間に、ふと尋ねてみた。
兄者は姿を消すことなく、未だ小屋の中にいる。

( ´_ゝ`)「オレは嘘偽りを告げてはいない。
      悪魔とはいえ、不死というわけではないのだ。
      具体的な死にかたは教えぬが、死ぬときは死ぬ」

彼が真実を言っているのかどうかを弟者は見分けられない。
しかし、今の言葉を疑う気にはなれなかった。

兄者の言葉が真実であった方が、弟者としては良いことだからかもしれない。
悪魔が死ぬのであれば、最悪の場合、祓うことができずとも殺すことができる。
今のところ、悪魔がどうすれば死ぬのかはわかっていないが、それもいずれわかるかもしれない。

( ´_ゝ`)「安心するといい。
     万が一にも、あんたがオレを殺してしまって、罪悪感に苛まれることがないように、
     オレは悪魔の死にかたも、殺しかたも、秘密にしておいてやろう」

(´<_` )「誰が苛まれるものか」

弟者は苦々しげに言い返し、おにぎりを飲み込んだ。

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:45:43.53 ID:GK1iVlcA0
  
おにぎりを二つ平らげ、後は本当に寝るだけになった。
辺りは真っ暗で、動く気にもなれない。
時折、隙間風が弟者を震えさせ、藁のありがたみをわからせる。

すでに兄者の姿はない。
弟者が腹を満たすのと殆ど同時に姿を消していた。

誰もいないが、弟者は兄者に己の声が届いていることを確信している。

(´<_` )「オレは、思っていた以上にお前のことを知らないらしい」

ゆっくりと目蓋を閉じていく。

(-<_- )「もう、ずいぶんと付き合いも長い。
      少しくらい、お前のことを知るべきなのかもしれない」

兄者がいれば、何と返しただろうか。
今さらだと笑うのだろうか、必要ないと嗤うのだろうか。

(-<_- )「今日に至るまで、悪魔が死ぬということすら知らなかったのだからな。
      知っていれば、その方法を模索することもしたというのに」

彼の言葉に対する返事はなかったが、それに対して怒ることはない。
むしろ、黙っていてくれる方が精神的に楽だともいえる。
弟者もそれ以上、何か言うことなく口を閉ざした。

沈黙が降りる。
それから一時を経て、寝息が一つ生まれた。

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:48:19.87 ID:GK1iVlcA0
  
時はゆるりと流れて、日が昇る前、未だ世界は暗闇の刻限。
多くの命は寝静まり、朝日を待っている。

そんな中、村には二つの影があった。

( ^Д^)「本当にやるの?」

(・∀ ・)「そのために、早起きしたんだろー」

二人は小さな声で言葉を交わしあう。
彼らの手には小さな明かりがある。
家から少し拝借してきた物だ。

( ^Д^)「早起きっていうのかなぁ」

明かりがなければ歩けないような時間だ。
早く起きたというよりは、夜遅くに目を開けたという方が正しい気さえする。

(・∀ ・)「細かいことは気にすんなよー」

斉藤が小さく笑う。
彼は、これから行おうとしている大仕事を前に、気持ちが昂っていた。
今ならば箸が転がっただけでも笑えるだろう。

181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:51:36.10 ID:GK1iVlcA0
  
二人はなるべく足音を立てないようにして歩く。
作戦の決行を前に、大人に見つかるわけにはいかない。
自分達で成し遂げてこそ、意味があるのだから。

(・∀ ・)「今日、オレ達は村で一番の英雄になるんだぞー」

( *^Д^)「一番、か」

自我が確立され、他者よりも優位に立つことに喜びを覚え始める年頃だ。
一番という響きは、とても甘美な音色を含んでいる。
大人や友人に賞賛される己の姿を想像するだけで、彼らの心は浮き足立つ。

笑野はだらしなく頬を緩めていた。
斉藤も似たようなもので、口角が上がりっぱなしだ。

赤い炎が彼らの顔をしっかりと照らしている。
しかし、表情について指摘するような者はいない。

斉藤は楽しげに言い放つ。

(・∀ ・)「そうさ。何てったって、オレ達は村の大人達が怖がってる悪魔を殺すんだからな!」

無邪気な笑みではあるが、言っている言葉は恐ろしい。
人ではないモノが相手故の言葉なのだろうか。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:54:33.95 ID:GK1iVlcA0
  
( ^Д^)「でも、火なんかで死ぬのかな?」

二人は兄者の言葉を思い返す。
悪魔は死ぬと言っていた。
しかし、どうすれば死ぬのか、何によって死ぬのかは言っていない。

(・∀ ・)「平気さ。むっかし、爺ちゃんが言ってたぞー。
     火ってのは、全てを燃やして消しちゃうんだって。
     だから、扱いには気をつけないといけないってな」

火の恐ろしさについてはよく学んだようだ。
しかし、殺すということについて、先に学ぶべきだっただろう。

( ^Д^)「ふーん。
     でも、近くの家まで燃えたら危ないぞ?」

(・∀ ・)「いい感じに燃えたら叫べばいいんじゃね?
     やっちゃえば後は褒められるだけだし!」

怒られるかもしれないという懸念はないらしい。

彼らにとって、殺すのはあくまでも人ではないモノで、
周りの大人達も恐れて追い出そうとしていたようなモノなのだ。

命があるだとか、生きているだとかいうことは二の次だったりする。
そこにあるのは、英雄という言葉だけだ。

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 18:57:25.35 ID:GK1iVlcA0
  
何かがはじけるような音が聞こえた。
鋭く張り詰めていた空気が、柔らかくなり緩まっている。
明らかな異常事態だ。
放置するには少々大きすぎる程の。

(´<_` )「これは、これは。何とも手荒いことで。
      目を覚まさぬ弟者にも呆れるが、このようなことを成せる神経にも呆れる。
      オレはともかくとして、弟者はただの人間だということを理解していないらしい」

弟者が体を起こす。しかし、口を開いたのは、明らかに弟者ではない。
目を覚ましたのは兄者だった。

未だ眠りの底にいる弟者に代わり、彼が体を動かす。
元々、似たような姿を象っているので、そう変わった印象は受けない。

目を閉じた時とは違い、現在は辺りが明るくなっている。
小屋の壁も見えるし、弟者の手のひらのしわを見ることだってできてしまう。

(´<_` )「暖かいのは喜ばしいことだ。
      だが、この状況を喜ばしいと形容することはできないな。
      おそらくは、誰に聞いても同じ答えを出してくれるだろう」

置かれている状況を一言で説明するのならば、火の海。 

190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:00:34.18 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_` )「四方が火の海、というわけではなかったのが幸いか。
      藁に火がついていないのも、良かった。
      だが、人が自力で脱出できるか否かと聞かれれば、微妙なところだな」

兄者は冷静に分析をくだす。
彼は火では死なないため、恐怖心がないのだ。
弟者が死ぬのは困るが、それだけの話。怯えて冷静さを失うということはない。

この小屋の出口である扉には鍵がかかっている。
子供達が使っていた出入り口は、出火元だといえる程の火が見える。

古くはあるが、存外しっかりとした作りの小屋だ。
無闇に体当たりをしたところで、壁がはずれるということはないだろう。
試しに兄者が蹴りを入れてみるが、音がしただけに終わる。

(´<_` )「弟者の体を壊さない程度の力では無理か。
      そこそこ丈夫な作りをしているのが不運だったな。
      さて、これからどうするべきか。決断は早くせねばならないな」

普通に考えれば、死を覚悟するか、助けを呼ぶしか方法はない。
それにしても、この村から追い出されそうになった弟者と兄者だ。
叫んだところで助けてもらえるとは思えない。

192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:03:46.48 ID:GK1iVlcA0
  
焦った様子も見せず、兄者は顎に手をやり考える。
悩みの種は弟者だ。

実は、脱出するだけならばそう難しくはなかったりする。
兄者の力を使えば、多少の火を操ることくらい造作もない。
普段は秘められている弟者の身体能力を引き出すことも可能だ。

(´<_` )「……やはり、弟者に黙って処理するのは不可能か。
      どうしてみたところで、辻褄を合わせることはできない。
      この村でのことを全て食ってしまうわけにもいかないしな」

体本来の持ち主である弟者は、眠ったままの状態だ。
このまま小屋から脱出し、適当なところまで体を歩かせたとすれば、
目を覚ました弟者は自分のいる場所に疑問を抱くだろう。
そして、すぐに兄者の仕業であることに気づく。

兄者は弟者に体を操れることを告げていないし、告げる気もない。
それどころか、バレて欲しくないとすら思っている事項だ。

力を使うことも知られなくないところではあるが、そこは上手く誤魔化しながら使えばどうにかなるだろう。
今までもそうしてきたのだから。

(´<_` )「それじゃ、ちょっと熱いが、もう一度寝てもらうとしよう。
      藁はこんな感じで良かったか?
      いや、飛び起きることになるだろうから、気にする必要もないな」

兄者は弟者の体を藁に横たわらせる。

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:07:00.74 ID:GK1iVlcA0
   
( ´_ゝ`)「弟者。起きろ。起きねば死ぬぞ。
      あんたは死を願っているわけではないと、オレは知っている。
      故に、オレはあんたを起こしてやっているのだ。
      今すぐに起きるといい。礼は後でしてくれて構わんぞ」

(-<_- )「何だよ……。五月蝿いな……」

弟者の体を本人に返し、兄者は仮初の体で声をかける。
口調はいつも通りだが、声量は少し大きめだ。

(´<_` )「何があったって――」

上半身を起こした弟者は、目を見開いた。
眼前に広がる光景をしっかりと目に映し、脳へと届ける。

(゚<_ ゚ ;)「火事?!」

( ´_ゝ`)「ご明察。と、いうには見ての通りすぎるか。
      そうだ。火事だ。起こしてやってことに感謝されども、五月蝿いと言われる筋合いはないぞ。
      今は見逃してやってもいいがな。それよりも先に、脱出せねばなるまいし」

(゚<_ ゚ ;)「こんな状態なら、もっと切羽詰った声で起こしやがれ!」

( ´_ゝ`)「十分に切羽詰った声のつもりだったのだがな。
       こんなところにまで、人と悪魔の違いが出てしまったらしい。
       いやすまない。わざとではないのだ」

(゚<_ ゚ ;)「嘘つけ!
      いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない!」

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:10:44.02 ID:GK1iVlcA0
  
弟者はまだ火のついていない壁を力の限り蹴りつける。
しかし、それはすでに兄者の手によって行われていたことであり、生じた結果は同じものでしかなかった。

(´<_`;)「くそっ!」

ならばとばかりに、勢いよく扉に体当たりをする。
多少、軋んだ音がしたが、それでも鍵が壊れる気配はない。

( ´_ゝ`)「無闇に動いたところで、脱出は叶わないぞ。
      もう少し冷静になってみたらどうだ。
      体を壊されるのはオレとしても不本意だ」

(´<_`;)「そんな悠長なこと言ってられるか!
      お前は火では死なんかもしれんが、オレは死ぬ!」

( ´_ゝ`)「心得ているよ。そして、それはオレも困ることだ。
      あんたの願いを叶えるまでは、生きていてもらいたいところ。
      そこで、一つ提案があるのだが、聞く気はあるか?」

兄者が指を一本立てて言う。
焦った様子など欠片もなく、彼だけを見ていれば、ここが火の海であることなど忘れることができそうにも思える。

(´<_`;)「さっさと言え!」

この状況下で、兄者と口論する程、弟者は愚かではない。
心が急くままに言葉を促す。

199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:13:47.21 ID:GK1iVlcA0
( ´_ゝ`)「あの壁に体当たりをしてみてはどうだろうか。
      火が燃え盛っている場所ではあるが、だからこそ壁も脆くなっているはず。
      熱さを感じるかもしれないが、命を捨てるよりはいいはずだ」

兄者が指差したのは、最も火の勢いが強い場所だ。
確かに、あの場所ならば壁も脆くなっているだろう。

だが、勇気が必要でもあった。
燃え盛る火の中を走り抜け、壁を壊して外へ出る。
言葉にすれば短く、単純で簡単そうだが、実行するとなればそう思えない。

火の熱さなど、想像したくもない。
思った以上に壁が硬く、外へ出られなかったらどうなる。
出られたとして、動けなくなるような火傷を負ってしまったら、結局死んでしまう。

弟者の頭の中に悪い予感が駆け巡る。
しかし、いつまでもそれに浸っているわけにはいかない。
鼓膜を通じて脳に響く火の音は、着実に弟者の命を狙っていることを伝えてきている。

( ´_ゝ`)「決断は早い方がいい。
      もたもたしていると、壁が崩れ、屋根が落ちてくるかもしれん。
      下敷きになれば、それこそお陀仏だ」

兄者の言葉が、弟者の背中を押す。

(´<_`;)「考えてる暇もないな」

弟者は拳を握った。

202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:16:38.25 ID:GK1iVlcA0
  
心臓が早鐘を打つ。
火のある壁とは逆の壁に背を付ける。
狭いが、少しでも距離を稼いで壁にぶつかりたいところだ。

( ´_ゝ`)「恐れたら負けるぞ。
      何事も勢いが大事だというしな。
      やってみれば案外、簡単だったりするものだ。
      喉餅過ぎればとも言う」

(´<_` )「緊張感が解けるから、黙っていてくれ」

弟者は深呼吸をし、酸素を肺に取り込む。
覚悟を決め、前のめりの態勢になる。

心臓が六度鳴ったと同時に地を蹴った。

火が眼前に広がる。
弟者は目を守るべく、目蓋を硬く閉じた。

視界を閉ざした弟者は気づかなかったが、火が弟者を避けた。
彼の着物を焦がしはしたが、彼自身に傷を負わせるようなことはない。

その瞬間、弟者の前にあったのは脆くなった壁だけだった。

203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:19:29.24 ID:GK1iVlcA0
  
壁が崩れる音と、弟者の体が地面に落ちる音は、ほぼ同時に彼の耳に届いた。

(´<_`;; )「助かった……?」

弟者は目を開け、先ほどまで自分がいた小屋を映す。
燃え盛る火を見ると、よく無事で出てこられたと思わずにいられない。

(・∀ ・)「あれー?
     おっさん、出てこれたんだー」

火事に騒ぐ声の中、およそ、この場に相応しいとはいえない声を聞いた。
まだ丸みのある、幼い声。

(´<_`;; )「どうして、君が」

ようやく日が出るか出ないか、というような時間だ。
子供が出歩くには早すぎる。
火事の現場に来るべきでもない。

どこをどう取っても、この場にいるはずのない者だ。
それが、平然と弟者の前に立っている。

( ^Д^)「残念だったなぁ」

(・∀ ・)「なー」

見れば、子供がもう一人立っている。
ますますおかしい。

205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:22:26.46 ID:GK1iVlcA0
  
思考を停止させている弟者を他所に、周囲の喧騒は酷くなっている。
水を求める叫び声と共に、悪魔憑きの存在を叫ぶ声も聞こえた。

だが、それらのどれも、四人には届かない。
届いたとしても、ただの雑踏として処理されるだけだ。

( ´_ゝ`)「見上げた行動力ではあるが、こちらに害を及ぼすようなものは面白くない。
      人間としての罪を犯した自覚がないのもつまらない。
      オレはつまらないモノが嫌いだ。故にお坊ちゃん達も嫌いだ」

兄者の目も、声も、冷え切っていた。
子供達は、今まで叱られたことはあっても、侮蔑の目で見られたことなどないのだろう。
始めての感覚に、声を上げることもできないでいた。

村の大人達が近づいてくる。
あちらから見れば、悪魔が子供に絡んでいるようにしか見えないのだ。
火事と悪魔憑き。二つの事態に混乱している者達は、ここに子供がいることを疑問にさえ感じない。

( ´_ゝ`)「お坊ちゃん達みたいな奴を何と言うか知っているか?
      知らずとも良い。まだ幼い身の上だ。これから学べばいい。
      その一歩として教えてやろう。
      この、糞餓鬼共め」

刺すような声に、子供達は知らぬ間に涙を流していた。
無意識のうちに零れたそれは、とめどなく溢れ続ける。

208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:25:30.13 ID:GK1iVlcA0
  
(´<_`;; )「その子達が火を?
      また何でそんなことをしたんだ……」

弟者はゆっくりと立ち上がる。
涙を流している子供を可哀想だとは思うが、火をつけた犯人であるのならば同情はできない。

( ´_ゝ`)「さて、な。オレには人間の、それも子供の考えることなどわからんね。
      オレにわかることといえば、これからもう一つ面倒がくるということ。
      もうすぐ太陽が昇る時間だってこと。
      この二つくらいだ」

面倒事はすぐにやってきた。

J(; ゚Д゚)し「悪魔憑き! どうして、まだこの村にいるのよ!」

斉藤の母親だ
涙を流している我が子を引き寄せ、強く抱きしめている。
まさか腕の中にいる子こそ、火事の犯人であるとは思っていない。

(´<_`;;;)「えっと……。それは……」

親切な人に匿ってもらっていました、等とは言えない。
気づかれぬように視線だけで周囲を見れば、庶凡が不安そうな顔で立っているのが見えてしまった。
彼にこれ以上の迷惑をかけることはできない。

しかし、咄嗟にいい言葉が思い浮かぶはずもなかった。

209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:28:40.35 ID:GK1iVlcA0
   
J(; ゚Д゚)し「わかったわ!
       あなた、復讐しにきたのね!」

(´<_`;; )「そんなことは――!」

ない。と、言いきる前に、周囲から賛同の声があがる。
追い出されたことを恨んだ弟者が、村に復讐をするために火をつけたのだと誰もが口にした。

( ´_ゝ`)「恨まれるようなことだと認識していながら、その行為を行えるのか。
      人間とは恐ろしい生き物だ。
      糞餓鬼が生まれる理由もよぉくわかるってなものさ」

兄者の呟きは、村の人々には届いていない。
傍にいた弟者にだけ届いた。

(´<_`;; )「相手が悪魔憑きだからな」

諦めたように返す。
幸い、日が昇り始めている。
すぐに村から出ることは可能だ。

残る問題は、どのようにしてこの場から逃げ出すのかということだ。
周囲は火事の犯人が弟者であると決めているため、すぐにでも殺してしまえという雰囲気だ。
簡単には逃げられない。

( ´_ゝ`)「ここで一つ、オレがさらなる案を授けてやろう。
      あんたの名に多少の傷がつくかもしれないが、この村ではすでに犯罪者扱いだ。
      落ちるところまで落ちたということで、オレの言葉に上手くあわせてはみないか?」

213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:32:12.19 ID:GK1iVlcA0
  
こっそりと耳打ちされた言葉に、弟者はすぐさま頷いた。
今さら失うものはない。
九死に一生を乗り越えた直後で、気持ちも昂っている。
今ならば何でも出来る気がした。

( ´_ゝ`)「火事はオレ達の仕業じゃない。
      罪を着せられて、オレも宿主も大そうご立腹だ。
      なぁ、わかっていないかもしれないが、その気になればオレはこの村を消せるんだぞ?
      未知の疫病でも贈ってやろうか?
      空より降りし災禍でも贈ってやろうか?」

声を大きくして言った言葉は、どう聞いても悪役の台詞だ。
腹の底を読ませぬ笑みと相まって、兄者の言葉には嫌な真実味があった。

( ´_ゝ`)「どれも嫌だというのならば、オレ達をこの村から出せ。
      この火事で死んだ者はいなかったのだろ?
      ならば、すぐに出て行くことで手打ちとしようじゃないか。
      誰も追うな。全員この場にいろ。オレ達の姿が見えなくなるまで」

周囲が静まり返る。
人々は隣人と兄者の言葉を受け入れるべきか否かを囁きあう。

(´<_`;; )「本当に悪がお似合いで」

( ´_ゝ`)「悪魔なものでね。
      奴らが答えを出したらすぐに出るぞ。
      答えが否であってもだ」

囁きが大きな雑音になる頃、彼らの中で答えが出たらしい。

217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:36:13.95 ID:GK1iVlcA0
  
村が出した答えは、是であった。

兄者は頷き、弟者は出口へ向かう。
罵倒の言葉も、蔑みの言葉もなく、静まり返った人々間を通る。

その際、庶凡の姿を捜したが、どこにも見当たらなかった。
恐ろしさのあまり、家に引っ込んでしまったのかもしれない。

(´<_`;; )「どちらにせよ、礼が言えるような場ではなかったか」

面倒事を起こしてしまった謝罪も、宿の礼も言うことができなかった。
この村に心残りがあるとすれば、それだけだ。

(´<_`;; )「庶凡さんには多大なる迷惑をかけたな……。
      匿ってもらった恩を仇で返すようなことになってしまった」

火事に関しては弟者のせいではないだろう。
ただ、きっかけになってしまったというだけだ。

( ´_ゝ`)「そう気落ちするな。
      見てみろ。あんたの落ち込みが杞憂であったことがわかるぞ。
      顔を上げてみれば、良いことくらい転がっているものだ」

220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:39:36.56 ID:GK1iVlcA0
   
(´<_`;; )「庶凡さん」

(´・ω・`)「先に来ていて良かったよ」

村の出口に彼はいた。
どうやら、村人達が兄者の言葉を受け入れるかを相談しているときに抜け出してきたらしい。

(´<_`;; )「小屋のことはすみません。
      善意で匿ってもらったというのに……」

弟者は頭を下げる。
今の彼にできることといえば、これくらいしかない。
望まれれば土下座だってしただろう。

(´・ω・`)「小屋はね、少し残念だったけど、特に使う予定もなかったから。
      それほど君が気負うことはないよ」

目尻のしわを深くして言う。
優しいその表情と声に、弟者は気持ちが少し軽くなる。

(´<_`;; )「本当に、ありがとうございました」

改めてもう一度お礼を述べた。
庶凡には何度頭を下げても、下げたりない程だ。

(´・ω・`)「いや、本当にいいんだよ。
     私も、この歳になって新しく知ることがあった。
     そして、それはとても大切なことだった」

222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:43:04.43 ID:GK1iVlcA0
穏やかな目をした庶凡は、兄者に目を向ける。
兄者は怯みこそしなかったものの、多少の驚きは得た。

(´・ω・`)「私もね、悪魔は恐ろしいとばかり思っていた」

彼は火事を認識した後も、弟者を助けに向かわなかった。
村人達の目がある状況で動ける程、彼は勇気のある人間ではなかったし、
自身の立ち位置と命を侵してまで悪魔憑きを助けようと思える程の善人でもなかったからだ。

懺悔のような言葉を聞きながら、弟者は昨日、彼と話したことを思い出す。
確かに庶凡は、兄者のことが怖いと言っていた。
だが、今の庶凡にその様子は見られない。

(´・ω・`)「でもね、君達を見ていると、それがとても馬鹿らしいことだと思えたんだ」

彼の言葉に弟者は怪訝そうな顔をする。
問うように兄者へ目をやっても、両手を挙げた降参の姿がとられただけだった。

(´<_`;; )「特に何かした覚えはないですけど」

顔をあわせていた時間も長くはない。
小屋へ案内される間に少し話した程度。
人一人の価値観を変えるには、短すぎる時間だ。

(´・ω・`)「だろうね。
     だからこそ、私は持っていた恐怖を馬鹿らしく思えたんだ」

意識して作られたものでは、恐怖を覆すことはできない。
彼を変えたのは、無意識のうちに出るものだった。

224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:46:26.53 ID:GK1iVlcA0
  
(´・ω・`)「私はね、さっきの騒動を見て思ったんだ。
     少なくとも、兄者と名乗っている悪魔は、優しいんだって」

(´<_`;; )「は?」

間抜けな声であったことは自覚しているが、取り繕うことができなかった。
兄者のことを恐怖の対象として見ていない弟者ではあるが、
悪魔である彼に対して優しいという形容詞を使った覚えはない。

(´・ω・`)「そして、君は彼を信頼していた」

(´<_`;;;)「ちょっと待ってください。
      それは酷い誤解です」

思わず庶凡の肩を掴んでしまう。
力の加減ができなかったため、老体である庶凡がたたらを踏んだ。
しかし、それに気遣うことができない程、弟者は焦っていた。

何をどう間違えれば、己が兄者のことを信頼していることになるのだろうか。
弟者の頭の中はそれでいっぱいだった。
隣にいた兄者が落ち着けと諭しても、言葉が耳に入ってこない。

(;´・ω・`)「私の目には、そう見えたよ」

(´<_`;;;)「ですから! どこが!」

229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:49:41.07 ID:GK1iVlcA0
   
(´・ω・`)「君は、彼を疑っていなかったじゃないか」

庶凡は、己の肩を掴んでいる弟者の手に、自分のそれを重ねた。

(´・ω・`)「子供達が火をつけたんだって、彼が言ったとき、君は不思議そうな顔をしていたね。
     でも、すぐにそれを受け入れていた」

あの時、庶凡は二人の声を聞いていた。
周囲はまだ弟者の存在に気づいておらず、火事に集中していたが、
庶凡は客人ということもあり、弟者のことを心配し、意識を向けていた。

(´・ω・`)「私はね、信じられなかったよ。
      それこそ、悪魔がやったという選択肢も頭の中にはあった」

村への復讐だとか、理由までは考えていなかった。
しかし、火をつけるという恐ろしい所業をやってのけるのは、きっと悪魔だろうと考えていた。
子供達に罪をなすりつけたのだと、だからこそ、子供達は泣いていたのだとすら思った。

(´<_`;;;)「それは……」

言われなければ、兄者が犯人である可能性など、弟者は思いつきもしなかっただろう。
それを信頼と呼んでいいのかはわからないが、
可能性を示された今でも、弟者は兄者がそんなことをするはずがないと確信していた。

(´・ω・`)「君がすんなりと受け入れたのを見て、私は彼の姿を始めてしっかりと見たよ」

そう言って、庶凡は再び兄者を見る。
口を挟まずにいた彼は、庶凡の言葉をじっと待つ。

230 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:52:34.25 ID:GK1iVlcA0
   
(´・ω・`)「優しい目をしているな、と思った」

( ´_ゝ`)「それはどうも。褒められているのは嬉しいが、この姿は仮初。
      今のオレの目が優しいというのならば、それはきっと弟者のものだろう。
      オレが優しいことは否定しないが、姿で判断するのは危ういとだけ忠告しておこう」

すぐさま否定を挟んだ兄者に、庶凡は小さく笑う。
生きた年月で言えば、悪魔である兄者の方がずっと長い。
しかし、庶凡の笑い方は、まるで孫へ笑いかけているかのようだった。

(´・ω・`)「姿が同じでもね、目の中は違うよ。
     悪魔を見たのは君が始めてだけどね。
     でも、人を見る目というやつにはそこそこ自信がある」

無駄に長生きをしているから。と、庶凡は付け足した。

( ´_ゝ`)「そうかい。なら、そういうことにしておこう。
      自分の目が優しいかどうかなんて、わかりゃしない。
      なら、良い方向に捉えてくれたお坊ちゃんの言葉を信じてみるのも悪くない」

良く言ってくれているのだ。
ムキになって否定する必要はない。
兄者は素直に庶凡の言葉を受け入れた。

(´・ω・`)「新しい世界をありがとう。
     おそらく、もう会うことはないだろうけど。お元気で」

231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:55:29.87 ID:GK1iVlcA0
   
庶凡はそう言うと、わずかな食料を弟者に手渡した。
次の村まで距離があるわけではないが、餞別代わりだという。

(´<_`;; )「何から何まで、ありがとうございます」

( ´_ゝ`)「もう二度とお坊ちゃんと会うことはないだろうが、覚えておくよ。
      忘れようにも、忘れられないほど強烈な印象だったが。
      面白い人間がいたと、いつか話しの種にさせてもらうかもしれないくらいには」

弟者は最後にもう一度、頭を下げた。
楽しげに笑っていた兄者はひらりと手を振る。
庶凡は二人に笑みと手を振り返した。

この村に良い思い出はなかったが、庶凡と出会えたことだけは良かったのかもしれない。
弟者はそう思った。
優しく、懐の広い人だった。

彼にこれ以上の迷惑をかけないためにも、早く村から離れる必要がある。
村の者に庶凡と話している姿を見られると厄介だ。

忙しなく足を進め、振り返る。
すでに村は見えなかった。

233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 19:58:21.69 ID:GK1iVlcA0
   
( ´_ゝ`)「あの庶凡とかいうお坊ちゃんは、面白い人間だった。
      優しい目をしているなど、始めて言われた。
      人間というのは、歳を重ねると思考が凝り固まっていくと思っていたが、そうでもないようだな」

(´<_`;; )「大方はそうだろう。
      庶凡さんが特別なんだ」

( ´_ゝ`)「それは残念だ。全ての人間が、あのお坊ちゃんのような人間であったならば、
      悪魔としても、もう少し住み心地のよい世界になっただろうに。
      だが、珍しいからこそ、面白いと思ったのも事実」

弟者は次の村へ向かって足を進める。
彼が道中、退屈にならないのは、兄者が無駄に話しかけてくるからだ。
それを鬱陶しいと思うことは多い。

( ´_ゝ`)「気づいているかはわからんが、あんたの顔に傷がついてるぞ。
      壁を破ったときか、地面に落ちたときか。何時ついたのかは知らんが。
      薬でも塗っておけばすぐに治るだろう。次の村で鏡でも貸してもらうことだな」

(´<_`;; )「気づいてるよ。大したことのない傷ではあるが、痛みはあるんでね」

( ´_ゝ`)「大きな傷でなくて良かったな。
      それもこれも悪魔の加護の賜物だぞ。
      だが、所詮は男の顔。傷が残ったところで、どうということはなかったか」

234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 20:01:36.47 ID:GK1iVlcA0
   
(´<_`;; )「悪魔の加護なんぞいらん」

弟者は顔に触れる。
傷の感触があるが、兄者の言う通り大きな傷ではない。
体にも特に外傷はなく、着物に穴も空いていなかった。

極限状態にあっため、詳しくは覚えていないが、それほど熱も感じなかったように思う。
息苦しさもなく、普通に走って壁にぶつかっただけな気さえしていた。

悪魔の加護を信じるわけではないが、火の中に飛び込んだにしては軽くすんだものだ。
改めて己の状態を確認すると、もしかすると、という思いが浮かばないわけでもない。
しかし、相手は悪魔なのだ。と、思いをかき消す。

( ´_ゝ`)「無理に信じろとは言わない。
      無理に否定しろとは言わない。
      あんたの好きに捉えるがいいさ。
      何なら、日ごろの行いが良かったとでも思えばいい」

自分から悪魔の加護を口にしたくせに、兄者はあっさりと身を引いた。
こういったところが勘に触る。

(´<_`;; )「――あぁ、そういえばな」

ふと、村に入る前に兄者と交わしていた会話を思い出した。

238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2013/03/19(火) 20:04:29.16 ID:GK1iVlcA0
   
(´<_`;; )「オレは思っていたよりも、ずっとお前のことを知らないな」

悪魔に心臓がないということを察することはできたが、知識としては知らなかった。
痛みを遮断できることも、口を縫いつけられても話すことができることも知らなかった。

そう言って、隣にある兄者の顔を見る。
珍しく面食らったような顔をした兄者がそこにいた。
それが面白くて、弟者は口角を上げる。

(´<_`;; )「少しは知っておいた方がいいんじゃないかと思ってな」

( ´_ゝ`)「……それは、勉強熱心なことで。
      いいぞ。全てに完璧な答えを差し出すことはできないだろうが、
      オレが答えられる範囲。知っている範囲で答えてやろう」

(´<_`;; )「それじゃあ、まず、そうだな」

どこかぎこちない兄者の声にも気づかず、弟者は疑問を頭の中で探す。
複数の疑問が一度に出てきたので、ひとまずその中から一つを選び出した。

(´<_`;; )「悪魔って死ぬのか?」


何処かで聞いたような質問に、喰らったはずの記憶が腹の中で疼いたような気がした。





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