(´<_` )悪魔と旅するようです
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2012/12/15(土) 11:02:36.46 ID:PMw2V92U0
暗い闇の底がうごめいた。
どろり、どろり。と、気味が悪い。
子供は不安気に顔を上げた。

「願い事を言ってごらん」

旅人は低い声で言う。
楽しそうでもあったし、急かすようでもあった。

闇の恐ろしさと、
願いを思う気持ち。

二つが子供の中で揺れていた。




(´<_` )悪魔と旅するようです


まとめ様
http://boonrest.web.fc2.com/genkou/akuma/0.htm
REST〜ブーン系小説まとめ〜 様

http://lowtechboon.web.fc2.com/devil/devil.html
ローテクなブーン系小説まとめサイト 様

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:05:24.24 ID:PMw2V92U0
  
      ヒトリボッチ
第三話  風 船


冬至を過ぎてしまえば、寒さは日に日に強さを増すばかりだ。吹き荒れる冷たい北風が身を刺す。
吐く息は白く、曇り空からは雪がちらほらと降り始めていた。
木々も冬支度をすっかり終え、根元を落ち葉で埋め尽くしている。
そんな中、弟者は先日の村で貰った上着を身にまとって山を歩いていた。

道には迷っていない、はずだ。
人が通る為に作られたと思われる道が見ている。
ただ、人があまり立ち入らぬ山なのか、ろくに整備もされておらず、半分ほど獣道となりかけているような有様だった。
それでも道は道だ。進むべき場所が示されているというのはありがたい。
地図を見る限り、山の麓には村がある。昔はこの道が使われていたとみて間違いではないだろう。

(´<_` )「寒い……」

足を動かしているので、ある程度は体も温まりそうなものだが、それ以上の寒さが弟者に襲いかかる。
そもそも、このような時期に山に入るというのがおかしな話なのだ。
弟者が一歩踏み出すごとに、落ち葉がかさり、と音をたてる。

( ´_ゝ`)「それは仕方のないことだな。
      今は冬という寒い季節で、あんたが向かっている方向はこれまた寒い北。
      さらにここは山の中。高く昇ってお天道様に近づいている分暖かいと思いきや、
      現状を思えばわかるだろうが、高い所は何故か身を凍らせる」

(´<_` )「どこぞの国の言い伝えのように、お天道様に焼かれて死んじまえ」

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:08:17.27 ID:PMw2V92U0
 
弟者は、自身の体から生えているとしかいいようのない物体、兄者を睨みつける。
本当ならば、凍えるような寒さの中、口を開いて口内を冷やすことだってしたくない。
全身の神経を体温の上昇のみに注ぎたい気分だ。

(´<_` )「お前がいなければ、こんな思いはせずにすんだ」

( ´_ゝ`)「オレが一体いつ、山に登ろうなどと、北へ向かえなどと言ったんだ。
      全てはあんたが決めたことだろ?
      それを悪魔のせいにするのは感心しないなぁ」

(´<_` )「お前がオレに取り憑いてさえいなければ、悪魔使いを探して北へ向かう必要もなかったんだ」

( ´_ゝ`)「それは何度も聞いた。だから、オレも何度も同じ言葉を返そう。
      悪魔使いを探す。と、決めたのもあんただろ?
      別に北に行かずとも、別の村で探すこともできただろうに、こうして北を選んだのもあんただ。
      オレはいつだって、あんたの言う通り、あんたが進むまま、ただただ憑いていくだけさ」

(´<_` )「憑いてこられていることが、迷惑極まりないんだよ」

言葉を発するごとに白い息が空気中に現れる。
弟者の鼻は少しだけ赤くなっていた。
ある程度の準備をして登っているとはいえ、山の寒さには勝てない。

( ´_ゝ`)「またそれか。それこそ、何度言えばわかる。
      契約を交わした限り、あんたの願いを叶えるまで、オレはずっとここにいるぞ。
      あんたの後ろであり、前であり、隣であり、中に」

(´<_` )「気色の悪いことを言うな」

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:11:25.28 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「気色が悪いといわれても、これは真実だから変えようがない。
      邪険にするのは構わんが、あんたの願いを叶えるまではどうしたって一緒にいることになるんだ。
      いい加減、慣れた方がいいんじゃないのか?」

(´<_` )「オレはお前に何か頼みごとをした記憶がないもんでね。
      この状況は不本意極まりない。よって、慣れるつもりもない」

弟者は兄者から目を離して吐き捨てる。
彼は真っ直ぐ前を見て足を進めて行く。
登るばかり、木々ばかりの道だったが、少し視界が開けてきていた。

そろそろ頂上に着くのだろう。
もっとも、次は下るという行為が待っているだけなのだけれど。

( ´_ゝ`)「山の天気は変わりやすいという。さっさと降りてしまうのが得策だろうな。
      幸い、ここは大きな山じゃない。あんたがそそくさと歩けば、太陽が沈むまでには麓に着くだろうさ。
      太陽が昇っていようが、沈んでいようが、その光が見えないことに変わりはないが」

空にかかる雲を眺めながら言う。
兄者は歩く必要がないので、好きなだけ空を見ていることができた。
足元を見ずとも転ばないし、進むべき道は弟者の進む道なので、見ている必要性すらない。

( ´_ゝ`)「雪の降る量が増えてきてるな。吹雪きはしないだろうが、気をつけておけよ。
      寒くて歩幅が小さくなるというのはよくある話だが、そんなことをしていて、山で一晩を過ごしてみろ。
      あんたは明日の朝日を拝めず、空気を吸うことだってできやしないだろうな」

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:14:16.24 ID:PMw2V92U0
  
弟者は首に巻いている布の位置を直した。
長々と言葉を紡いでいる兄者への返答はしない。
彼が鬱陶しいことこの上ないのはいつものことで、常ならば即座に反論を紡いでいることだろう。
しかし、今はこの寒さの中で口を開くのが嫌だった。わずかでも体温を下げたくない気持ちが口を閉ざさせる。

兄者はその後も朗々と話を続けていたが、彼の口からは白い息が吐かれていない。
姿形こそは弟者とそっくりではあるが、中身はまったくと言っていい程違う。
悪魔は呼吸を必要としないし、寒さを感じることもない。

平素と変わらぬ衣服のみを見せている兄者の姿は何とも寒々しい。
見ているだけで鳥肌が立ちそうだ。

( ´_ゝ`)「弟者よ。無視というのはあまり他人にするものではないぞ。
      時に、人は陰口を叩かれることよりも無関心を恐れる。
      好きの反対は無関心だと、昔の人は言ったそうじゃないか。
      もしかすると、オレに恐怖を与えようとしているのか?
      残念だ。オレにそれをするのは無意味なことこの上ない」

体をひょろりと伸ばし、兄者は弟者の顔の横に己のそれを並べる。
同じ高さから同じ方向を眺めながら言葉を続けた。

( ´_ゝ`)「何をされたところで、オレはあんたから離れることはできないし、
      一人で話すことはそれほど苦ではなかったりする。
      そんなオレはな、あんたが無視というものに慣れてしまって、
      普通の人間に対しても同じことをしてしまうのではないかと心配している」

馬鹿にするなと、弟者は怒鳴ってやりたい気分だった。
しかし、口を開いたところで、寒さによって歯が鳴るばかりで、ろくな怒りを見せられないことはわかりきっている。
気に食わない悪魔に、そのような無様な姿を見せることはできない。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:17:34.83 ID:PMw2V92U0
  
弟者はすぐ隣にあった顔を睨むだけに終わる。
威嚇の意味をこめた攻撃的表現すら、寒さの中ではわずらわしい。

少しでも腕を動かせば、今まで密着していた部分に冷たい風が入る。それは避けたい。
これ以上の寒さなど、想像するだけで恐ろしい。
故に、弟者は無言を貫き、足を動かすだけに留めている。

( ´_ゝ`)「知らぬ間に習慣というものではできていくものだ。
      頭の中でオレと人は違うと思っていても、日常的に他者、つまりオレの声を無視していてみろ、
      あんたは悪魔の声も、人間の声も無視する男に成り下がるだろうさ。
      それじゃあ、あんたの将来は真っ暗。今の空のような曇り模様になってしまう」

大きなお世話だ。
弟者は眉間にしわを寄せる。

悪魔憑きである時点で、弟者の将来は薄暗いものになってしまっている。
無視するという行為が習慣になってしまいそうなのも、兄者が無闇矢鱈に話しかけてくるからだ。
全ての原因が彼にある。

腹の底から鬱憤が湧きあがってくるのを弟者は確かに感じた。全てをぶつけてやりたい気持ちも、もはや日常の一部だ。
明るいとまではいかずとも、無難な人生を取り戻すためにも、この山を越えなければならない。
噂に聞く悪魔使いに会い、悪魔をどうにかする方法を聞く。
できることならば悪魔を払ってもらう。

確固たる目的がなければ、誰が好き好んで冬の山に登るというのだ。
少なくとも、弟者に山登りの趣味はない。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:20:24.10 ID:PMw2V92U0
 
兄者は顔を弟者の近くから離す。
一言も返さず、黙々と進む弟者の姿に肩をすくめた。

( ´_ゝ`)「寒い冬は嫌いか? あんたが住んでいた場所は南の方だったから、肌に合わないか。
      それでも厭うばかりでは冬が可哀想だぞ。冬には冬のいいところがある。
      雪景色は美しく、熊なんぞは大抵、冬眠しているからこうやって道を歩く分には安心できる。
      もう少し雪が積もれば雪ぞりができる。山を下るときには便利だろうな。些か危険は伴うが」

普通、雪が降ると世界は静かになる。
雪が世界の音を吸い込んでしまい、まるで一人っきりになってしまったかのような感覚を得ることができる。
それだというのに、弟者は現在、いつも通りと言える五月蝿さに悩まされていた。

( ´_ゝ`)「あんたは雪ぞりをしたことがあるか?
      凄まじい早さで斜面を下る感覚は実に楽しいものらしいぞ。
      雪が固まっていたり、木が隠れていたりすると危ないが、そうそう怪我をすることもないだろう。
      そもそも、子供の遊びには怪我がつきものだ。多少の危険に怯えていてはいかんな」

好き勝手に姿を現す兄者だが、普段はここまでわずらわしいものだっただろうかと思ってしまうほどだ。
弟者は視線だけを兄者の方へ向け、瞳に敵意を浮かべて睨みつける。

( ´_ゝ`)「そんな顔をするな。寒い中だ、笑顔になれとは言わない。
      だが、見てみろ、もうすぐ頂上に着くぞ。
      絶景とは言えないだろうが、それでも美しい景色が見えるはずだ。
      辺りの木や地面には薄っすらと雪が積もり始めているからな」

視線を前へ戻せば、確かに頂上が見え始めていた。
曇り空が、薄っすらと積もり始めている雪と同化している。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:23:54.04 ID:PMw2V92U0
  
兄者が口を閉じる。
唐突に訪れた静かな空間に、弟者の胸は不安定にざわめいた。

視線だけをさまよわせると、兄者の姿が端に映る。
声を出していないだけでその存在は希薄になってしまった。
雪のせいなのかもしれないが、それが悪魔という存在だという可能性も否定できない。

今まで、弟者は黙っている兄者を見たことがなかった。
他の悪魔も見たことがない。
知っているのは、悪魔は願いを叶える代わりに、寿命や魂、はたまた全く別のものを奪うというだけだ。
彼の存在が希薄に感じる理由など、わかるはずもない。

心の表面を撫でる不可思議な感覚は、頂上から見える景色に対する期待か。
それとも、騒がしさと静寂の落差が激しすぎたのか。

弟者本人にも、ざわめきの理由はわからない。
それでも、足を進めることは止めなかった。
立ち止まれば寒さが身に染みる。
何よりも、刻一刻と時間が過ぎていることは、疑いようのない真実であり、
夜になる前に山を越えなければならないのも事実だった。

気分転換をするべく、大きく息を吐く。
白い息が空気中に霧散した。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:26:15.79 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「どうだ? 山の上の空気は美味しいと言うが。
      オレには空気の味など、とんとわからない。
      それでも、ここから見える風景が、今まで歩いてきた山道と比べると、ずっと良いものだということはわかる。
      この感性が悪魔特有のものとは思えない。今までの経験からしてもな」

周囲よりも少しだけ高くなった場所に、弟者と兄者はいる。
少しだけとはいっても、それなりの時間を要した高さだ。麓とは景色がまるで違う。

今もその勢力を広げつつある雪は、周囲の景色を優しく包み込んでいる。
上から見れば雪の絨毯が出来上がりつつあるようにも見えた。
鮮やかな色調ではないが、統一された美しさがそこにはある。

弟者は寒いことを忘れ、思わず空気を吸い込む。
冷たい空気が肺に入り込み、体を内側からわずかに冷やした。
けれど、それすらも、出来上がりつつある美しい風景の一つであるように思えた。
自身の中に風景の一部を取り込めたというのならば、多少の寒さは我慢できる。

(´<_` )「――綺麗だ」

思考から外れた言葉だった。

雪は毎年見てきたが、こうも美しい雪は始めてだった。
人に踏み荒らされない雪は、どうしてこうも無垢で、人を魅了するのだろうか。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:29:19.03 ID:PMw2V92U0
  
景色を見つめている弟者を目に映し、兄者は口角を上げた。
他者を無視できても、真に美しいものを見なかったことにはできない。
弟者という男は、存外、自身の感性に素直だ。

そんな感想を抱き、ならば無視されている己は心の底から邪魔だと思われているのか。と、兄者は苦笑した。
別段、傷つくわけではない。
長年生きてきているのだから、嫌われることには慣れている。
問題は相手にどう思われているかではない。こちらがどう思っているかだ。

( ´_ゝ`)「さて。景色の素晴らしさを口にしたのはオレだったが、そろそろ進むとしようではないか。
      空から零れ落ちる雪の量は増えているし、日はどんどんと沈んでいく。
      あんたを美しい景色の一部にするため、オレはあんたに憑いているわけじゃないんだ。
      無論、それがあんたの願いだったという事実もない」

(´<_` )「お前は空気を読むということを知らんのか」

( ´_ゝ`)「状況を把握することへの比喩ならば知っている。
      しかしだな、先ほどまであんたが寒さを耐えていたことからもわかるように、ここは非常に寒い場所だ。
      動いていても寒いというのに、じっと足を止めればなおさらに凍える。
      夜を過ごすなどもってのほかだ。
      だからこそ、オレは口を挟んだ。あえて空気を壊すことも大切だというわけだ」

(´<_` )「それはどうも。
      盛大なありがた迷惑を、真摯に受け止めるとするよ」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:32:22.55 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「他者の意見を受け入れてこそ成長できるというものだぞ。
      特に、年長者の意見は黙って聞き入れるべきだ。
      それだけの知識と経験を有しているのだからな」

(´<_` )「まず、お前は人間じゃない。悪魔だ。年長者という言葉は適切じゃないだろ。
      次に、無駄に歳をくっただけの存在というのも、この世界には多く存在している。
      故に、ただ歳を取っているだけで、敬うべき対象と決め付けるのは早急だ」

( ´_ゝ`)「だとすると、あんたはオレを無駄に年月を生きただけの悪魔だと思っているのか。
      流石にそれは心外と言わざるを得ない。
      あちらこちらに存在している抜け殻を作り出しているような若僧と違うのは勿論のこと、
      長い年月を生きている悪魔の中でも、オレは人間と積極的に関わりを持ってきた悪魔だ。
      人間との関わりも長い分、知識も豊富だ。それこそ、村にいる長老何ぞよりもな」

(´<_` )「オレは、お前を年長者だとは思っていない。と、先に言ったはずだが?
      しかし、図星を指されれば人は怒るという。悪魔も同じなのかもしれないな」

( ´_ゝ`)「オレが怒っているように聞こえたのか?
      心外であるとは言ったが、この程度のことで怒る程、オレの心は狭くない。
      怒っているように感じられたならば、あんたの胸の内に罪悪感があったんじゃないか」

(´<_` )「減らず口を閉じたらどうだ」

( ´_ゝ`)「恐ろしい、恐ろしい。
      まるで地の底から出ているかのような声じゃないか。
      こんな場所で、そんな声を出すのは止めておけ。
      地震でも起きたのかと思って、積もった雪達が崩れ落ちるぞ」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:35:44.30 ID:PMw2V92U0
  
兄者は両手を上げて降参の姿勢を見せる。
しかし、それが本気の意味合いを持つ行動ではないことは、声を聞きさえすればわかる。

(´<_` #)「お前がいると、せっかくの景色が腹立たしさで霞んでしまう」

( ´_ゝ`)「何を言う。そもそも、オレがいなければ、旅をすることはなかった。
      つまり、この風景を見ることもなかった。と、いうことだろ?
      感謝してくれてもいいんだぞ?
      契約外の素晴らしさを届けてやっているのだから」

(´<_` #)「生涯で最もでかい、大きなお世話だよ」

( ´_ゝ`)「簡単に一生の、だとか、生涯、だなんて言葉を使うじゃないぞ。
      あんたの人生はまだまだ続く予定だろうに。
      この先、どんなお世話が待っているのかなんて、わかりはしないだろ?」

(´<_` #)「どんな類のものであっても、お前から押し付けられたものに比べたら、小さなもんだ」

( ´_ゝ`)「えらく嫌われているもんだな。
      オレは契約に従ってあんたにとり憑いているというのに。
      願いを叶えるために、な」

(´<_` #)「知らん」

( ´_ゝ`)「仕方がない。ここはオレが退いてやるとしよう。
      こうしている間にも、見えぬ太陽は位置を変えていく。
      あんたは山を下るということをし始めなければならない。それも、できるだけ早い速度で」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:38:38.38 ID:PMw2V92U0
   
余裕を持った態度が気に入らない。
何か、兄者の口を閉ざさせてやる方法はないものか。
弟者は足元にあった小石を軽く蹴り上げ、山を下り始めた。

口論を終え、頭に上っていた熱が冷めた。
周囲の冷たい空気がそこにつけこむ。
全体的に上がっていた体温は下がり、すっかり忘れていた刺すような寒さが再び襲いくる。
弟者は軽く体を震わせ、服の隙間を埋めるような体勢を取った。

冷えた頭は、不意に違和感を覚えさせる。

(´<_` )「……ん?」

( ´_ゝ`)「どうした。首なんぞ傾げて。
      何か見えたか? 兎か? 栗鼠か? 捕らえて食べるのも悪くはないだろうが、
      今はそれほど空腹というわけでもあるまい。
      無駄な殺生はするべきではないぞ」

(´<_` #)「わかってる。
      オレだって、愛らしいと評される生き物を好き好んで食べたりはしない」

条件反射のように返す。
口論をした名残があるのか、微かな温もりが体に残っているのか、兄者の言葉は寒さに打ち勝った。
彼の無視することができず、弟者は苛立ちを含んだ目を兄者に向ける。
兄者の顔を見ているのも嫌だったのか、弟者はすぐに顔を前へ直す。

先ほどよりも少し大股で進むのは、腹に残る不満をよく表している。
しかし、それをすることによって困るのは兄者ではなく、凍えることになる弟者だ。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:41:35.81 ID:PMw2V92U0
案の定、弟者はすぐに歩幅を縮めた。
駆け足ならば話は別なのだろうけれど、歩く際の大股は風をよく通し、寒い。
余計な不満要素を一つでも消すべく、弟者は体を縮めて前へ進む。

( ´_ゝ`)「愛らしいと評されるから食べないのか?
      オレは無駄な殺生は止めろと言っただけだ。
      動物の種類を見て、食べるのは止めろ等とは言っていない。
      牛や馬や鳥とて、愛らしいと評されているだろうに、それらは好き好んで食べるのではないのか?
      まったく。人間とは酷く自分勝手な生き物だ」

(´<_` #)「全人類に代わって言わせてもらうと、お前にだけは言われたくない。だ!」

( ´_ゝ`)「さらに、種族の代表を自分の独断でのみ決めてしまう。
      悪魔は身勝手だと、どの人間も文献も言うが、オレからしてみれば人間の方がずっと身勝手だ。
      まぁ、悪魔が自分勝手であることは否定しないがな」

(´<_` #)「なら素直に口を閉じてもらえないものかねぇ!」

( ´_ゝ`)「自分勝手な悪魔は、悪魔憑きの言うことなんぞ聞かないものさ。
      オレがあんたの命令を聞くのはたった一つだけ。
      契約によって交わされた、願いという名の命令を遂行するだけさ」

(´<_` #)「お前と話していたら胃に穴が空きそうだよ」

( ´_ゝ`)「胃の前に脳の血管を心配した方がいいだろうなぁ。
      旅の途中で血管が切れて、あんたがぽっくり逝きでもしたら、オレはとても困る。
      契約途中の宿主に逝かれるなど、悪魔の矜持が崩れさってしまう」

(´<_` #)「ゆったりとした余生を送るまで死なないから安心しておけ!
      そのために、お前を払ってやる。だからこそ、今こうして山を登ってるんだ!」

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:44:17.48 ID:PMw2V92U0
  
弟者の怒声を聞き、兄者は口元をニヤけさせる。
別段、傷つくことはないとはいえ、反応が返ってこないのはつまらない。
こうして返ってくる怒声は何とも楽しく、心地が良い。

( ´_ゝ`)「その歳で余生を語るか。
      オレの知る平均寿命から考えれば、あんたはまだ数十年生きれるだろうに。
      余生の前に、人生を考えるべきだな」

(´<_` #)「悪魔に余生やら人生について話されたくない」

( ´_ゝ`)「それだから人間は勝手だと言うのだ。
      あんた達だって、犬や猫や家畜の生死について話し、
      それが幸福だとか不幸だとか考え決めていくではないか。
      オレの言葉はそれと同じだよ」

(´<_` #)「あー。本当に口先だけは上手い悪魔だ。
      お前の真の姿というものは見たことがないが、口だけで出来ているのだろうな」

吐き捨てるように言う。
どのような言葉を紡ぎ出したところで、兄者に敵う気がしない。
結局、いつものように睨みつけるだけで終わってしまう。

( ´_ゝ`)「悪魔の本当の姿なんぞ見るものじゃない。
      人間が想像する必要もないようなものだ。
      オレの真の姿が口だけで出来ているかどうか。それは、オレと一部の悪魔だけが知っていればいい」

口の前に人差し指を一つ置き、内緒話でもするように囁いた。
弟者は一つ舌打ちをするばかりで、自身の中に浮かんだ一つの違和感が消えてしまっていることに気づかなかった。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:47:55.35 ID:PMw2V92U0
  
口を尖らせている弟者を見て、兄者は飄々と笑う。
気配でそのことに気づいている弟者は、あえて兄者を見ようとしない。

深く眉間にしわを刻んだまま前を向いて歩く。
下り道というのは、意外と体力を使う。兄者の相手をしている暇はない。
わかってはいるのだ。けれど、つい言葉を返さずにはいられない。

上がった体温が恨めしく感じられる。
極寒だけを感じていれば、兄者の言葉すらはじき返せる壁を作り出せるのに。

( ´_ゝ`)「歩け、歩け。同じ風景が退屈すぎて進むのが面倒になったら言えばいい。
      退屈しのぎの話ならばいくつか話してやるさ。
      御伽噺も、昔話も、神話も、あんたが望む話をしてやろう」

(´<_` )「悪魔が神話を話すのか。面白い」

( ´_ゝ`)「興味があるのか?
      さて、どの話がいいだろうか。
      黄泉の果てで蛆が湧いた神がいいか。もてなしの方法を誤ったがために殺された神の話がいいか……」

(´<_` )「気分が悪くなるわ」

( ´_ゝ`)「国を作り出した神々に向かって何という口を利くのだろうか!
      悪魔の手を取ったとはいえ、神を貶すような必要はないのだぞ?
      どれ程の信仰心を持ったところで、オレは何とも思わないしな」

(´<_` )「信仰心だとかいう問題ではない。
      ただでさえ憂鬱な旅路に、これ以上憂鬱な要素を加えるなと言っている」

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:50:36.01 ID:PMw2V92U0
  
少しでも興味をそそられた自分が憎らしい。
やはり悪魔の言葉など、無視するのが一番いい。下手に構うから腹が立つ。
弟者は気を引き締める。

( ´_ゝ`)「いっそのこと、怪談話でもしてやろうか?
      丁度ここは山の中。妖怪、幽鬼、神。恐ろしい話の素になるものはより取り見取り。
      あまりの恐ろしさに、あんたも思わず駆けだしてしまうかもしれないな」

反射的に開きかけた口をどうにか閉じる。
ここで反応しては、兄者の思い通りになってしまう。

( ´_ゝ`)「姥捨て山といってな、使い物にならなくなった年寄りを山に捨てる習慣がある。
      あんたの住んでいた場所にはなかったか? 一部の場所だけという話も聞くが、どうなのだろうな。
      おそらく、この辺りはその習慣があるぞ。冬が来るのが早く、作物ができにくい土地だろうからな。
      口減らしに捨てられる老人、売られる子供。どちらも大勢いただろうなぁ」

弟者は気づく。
無視をしていても、兄者の話というのはろくな方向に向かわない。

( ´_ゝ`)「捨てられた年寄りはどう思う?
      長年育てた子供に捨てられて、悔しくて、恨めしくて、憎くて、苦しくて……。そうやって死ぬんだ。
      だから、山にはそんな奴らの怨念が漂っている。それらが集まり、形を成すことだって珍しくはない。
      幽鬼なんぞ存在していない。そんなこと、思っていないだろ?
      悪魔だっているし、抜け殻だっている。それなのに、幽鬼や妖怪がいない。など、どうして思える」

その口調は、弟者が幽鬼や妖怪類を恐れればいい。と、いう色を多分に含んでいた。
幼い子供ではないのだから、いつまでも幽霊や妖怪を怖がっているはずがないのだが、
長い時間を生きた兄者からしてみれば、弟者はまだほんの子供なのかもしれない。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:53:19.86 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「ふむ。歩幅は変わらず、歩く速度も変わらず、表情は不満気であり恐怖ではない。
      これはオレの話し方が悪かったと取るべきなのか、題材が悪かったと取るべきなのか、
      はたまた、あんたは怪談話が好き、もしくは、どうでもいい性質の人間なのだと取るべきか……。
      何ともまぁ、悩みどころだ」

本気なのか冗談なのかの判別がつかない。

冗談というには口調が真剣であったし、
本気というには馬鹿馬鹿しい話だ。

わからぬのならば触れぬが吉。
弟者は無視を続行することにした。
何をしたところでろくな方向に向かわないのならば、今は無駄な体力を使いたくない。

( ´_ゝ`)「おそらく、オレが思っている以上にあんたは大人なのだろうな。
      怪談話を嘘の物語として認識できる程度には。
      だがな、一つだけ覚えておけ」

一拍の間。
冷たい風の音が弟者の鼓膜を刺す。

( ´_ゝ`)「噂にしろ、怪談話にしろ、全ての話に言えることだが、
      火のないところに煙は立たない。
      口伝えで話が残っていくというのはな、それ相応の何かがあるからだ」

低い声は、今まで聞いたどの音よりも禍々しく、重い。
弟者は自然と足を止めてしまった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:56:25.26 ID:PMw2V92U0
  
兄者の顔を見る。
いつもと同じ飄々とした笑みを浮かべている。
しかし、何かが違う。

笑みの向こう側に、真実を隠しているような。
そんな不穏な笑みだ。

(´<_` )「それは――」

( ´_ゝ`)「真剣な顔と声さえ作ってやれば、簡単に信じてしまう。
      どれほど頭で打ち消したとしても、片隅が囁く。もしかしたら、と。
      恥じることはない。それが人間という生き物だ」

(´<_` #)「お前っ……!」

( ´_ゝ`)「そう怒るな。ちょっとした茶目っ気だ。
      少し違った気分を味わうことができただろ? 儲け物とでも思っておけ。
      他の誰であっても、あんたと同じ反応をしただろうさ。晩年の年寄りでもな。
      人間というのはそんなものだ」

ケタケタと笑い、兄者は体をふわふわとさせる。
実に楽しげなその様子に弟者は歯を噛み締めた。

歯に悪いぞ。と、いう兄者の言葉を聞き流し、山を下るべく足を進める。
無意識とはいえ、彼の言葉に足を止めてしまった己を殴り飛ばしてやりたい。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 11:59:12.02 ID:PMw2V92U0
  
弟者が十数歩程、足を進めたときだ。
クシャリ。と、足元で何かが音をたてた。

辺りに散らばっている枯れ葉を踏んだ音ではない。
積もり始めている雪を踏んだ音でもない。
枯れ葉よりも柔らかく、雪よりも確かな形を持つものを踏んだ音だ。

(´<_` )「何だ?」

足元に視線を落とし、足を後ろに下げる。
そこには、枯れ葉や雪と混ざって、一つの紙風船が落ちていた。
質素な紙で作られたそれは、見るからに脆い。
弟者に踏まれ、すでに風船としての形は成していなかった。

疑問符を浮かべながら、弟者は崩れた紙風船を抓み上げる。
歩みを止めた彼に気づいた兄者はふわふわさせていた体を寄せた。

( ´_ゝ`)「紙くず。いや、紙風船のなれの果てか?
      そんなものがどうしてここにあるんだろうなぁ。
      麓に村があるとはいえ、ここは山の中。まだ中腹にもたどり着いていない。
      紙風船を持ち歩くような子供が来るには、少々高い場所だろう」

(´<_` )「オレはこれを拾っただけだ。
      何故、紙風船がこんなところにあるかなど、知っているはずがないだろう」

( ´_ゝ`)「それもそうだ。不思議なことではあるが、特に気にする必要もないだろうな。
      大方、旅商人の子供がここを通った時にでも落としたのだろう。
      偶然が重なればそういうこともある」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:02:19.94 ID:PMw2V92U0
  
兄者の言葉はもっともだ。
しかし、弟者は疑問を払拭することができなかった。

今まで通ってきた道は、ここしばらく人が通っていないであろう様子だった。
道が荒れるよりも以前に旅商人が山道を通ったとしても、脆い紙風船が今まで形を成し続けていたはずがない。
踏んだ感覚からいっても、紙風船はしっかりと立体となっていたはずだ。

( ´_ゝ`)「そのなれの果てを見続けたところで答えは出ないぞ。
      答えのない謎を解く前に、あんたにはしなければならないことがあるんじゃないのか?
      オレは一つの命令、一つの願いだけを叶えるが、あんたの願いを尊重する意思くらいは持ちあわせている。
      だから進言しよう。進め。山を下れ」

(´<_` )「命令するな」

( ´_ゝ`)「勘違いしないでくれ。これは命令じゃない。
      オレがあんたに命令する道理なんて、あんたがオレに命令するのと同じくらいないんだからな。
      これはただの言葉。決断を下すのはあんたの意思に任せるとするよ」

わざとらしく肩をすくめる。
弟者は紙風船を見たが、答えの尻尾すら掴めない。
忌々しいことだが、兄者の言った通り、やるべきことを先に済ますべきだ。

手にしていた紙風船を握り潰し、足を踏み出した。
そのまま捨ててしまってもよかったのだが、一度拾いあげてしまったので、
手放すとなると山を穢しているような気持ちになってしまう。
しかたがないので、麓の村で捨てることにした。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:05:19.39 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「拾った屑を持ち帰るのか。
      山や自然を大切にする気持ちは素晴らしいな。
      あんたのような人間ばかりならば、自然は美しいまま未来永劫栄え続けるに違いない」

(´<_` )「村や町の外に出る人間が少ないんだから、自然は栄え続けるばかりだろうよ」

適当な言葉を返しながら足を数度動かす。
しかし、そこで止めてしまった。

( ´_ゝ`)「どうした。
      また何か踏んだのか? こんな場所で幾度も物を踏むというのは、ある意味奇跡だろうな。
      よし。オレが見てやろう。足を後ろにしてみろ」

弟者の足元へ顔を少し近づけた兄者の声は、彼に届かない。
足を止めた弟者は進むべき方向ではなく、道の隣、木々の方へと顔を向けている。

(´<_` )「誰かいる」

( ´_ゝ`)「落ち着け弟者。
      ここはどこだ? 山だろ。
      時期はいつだ? 冬だろ。
      誰かがいるわけがない。それも、道沿いではなく、木々の中にいるなどおかしなことだろう。
      仮に誰かいたとしても、盗賊の類であることは否定できないぞ」

(´<_` )「いや、唄が聞こえる。
      幼い、女の子の、声だ」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:08:18.95 ID:PMw2V92U0
  
弟者は道から外れ、木々の中へ足を踏み入れる。
怪しさを主張する兄者の言葉は無視だ。

確かに、冬の山に幼い女の子がいるとは考えにくい。
だが、本当にいるのならば、何らかの事情があるのだろう。
一人で帰ることができないような子供ならば助けなければならない。

人間として当然の行為をするために、弟者は足を進めていく。
枯れ木を押しのけ、整備などされたこともないような場所を進む。

    「山の中には誰がいる。
    婆様がいるよ。
    恐ろしい婆様がいる。
    可哀想な婆様がいる」

軽やかな声が空気を伝って弟者の耳に届く。
道にいたときよりも、はっきりと聞こえてくる唄声は、兄者にも聞こえていた。

( ´_ゝ`)「やはり怪しいぞ。今ならまだ引き返せる。
      あんたの優しさはよくわかった。だが、オレは忠告をする。
      今の内に引き返そうではないか。何も見ていない今ならば、気のせいで済ませられる」

(´<_` )「済ませられるわけがないだろ。
      一度聞いてしまった。子供がこんなところにいるのだぞ。助けぬわけにはいくまい」

兄者の言葉を一刀両断にする。
確認もせぬままに通り過ぎれば、後味が悪いことこの上ない。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:11:25.28 ID:PMw2V92U0
   
周囲は木々に覆われ、進んでいた道が見えなくなっていく。
疑う素振りも見せずに進む弟者に対し、兄者は後ろを向いて道の方を見るばかりだ。
一度向けられた瞳は、どこか呆れを含んでいた。

    「婆様婆様なしてここへ。
    子のため孫のため。
    おまんまあげるため。
    山の中一人で座ってる」

声が近い。
弟者は歩幅を大きくした。
走っているといっても間違いではない。

視界の先に、鬱蒼と茂るばかりだった木々がわずかではあるが消えている場所を見つけた。
明らかに人の手が加わっている場所だ。
おそらく、声もそこから聞こえてきている。

(´<_` )「見つけた」

木の間から顔を出した。
浮かんでいるのは、安堵の感情。
開けた場所にいた女の子が、弟者の声に気づいて振り向く。


⌒*リ´・-・リ「だぁれ?」

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:14:30.98 ID:PMw2V92U0
  
小さな女の子は、手に紙風船を持っていた。
どうやら、それを放り投げながら唄っていたらしい。

弟者の姿を目に入れた女の子は、小走りで距離を取る。
彼女は開けた場所の中心部にある小さな祠の後ろに隠れた。
ほんの少しだけ顔を覗かせて様子を窺っている。

|-・リ「お兄ちゃん、だぁれ?」

(´<_` )「オレは弟者。旅をしてるんだ」

|-・リ「お兄ちゃんとそっくりな人は?」

女の子が指を差す。
その先には、弟者の身体から生えている兄者がいる。
唄声のもとへ行くことばかり考えていた弟者は、彼のことを失念していた。

(´<_`;)「お前、いたのか。引っ込んでろよ」

( ´_ゝ`)「ずいぶんな言われようだ。非常に悲しいぞ。
      だが、今は嘆くよりも質問に答える方が先だ。
      其方さん、オレは兄者。弟者にとり憑いている悪魔だ」

(´<_` )「ごめんな。キミに酷いことはしないはずだから、怖がらないでくれよ。
      ほら、お前はとっとと引っ込め」

( ´_ゝ`)「それは断るとしよう。
      よく見てみろ。其方さんはオレが悪魔だからといって怯えているわけではない。
      オレとあんた、という見知らぬ存在には怯えているようだが」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:17:30.93 ID:PMw2V92U0
  
そう言われ、弟者も心の内だけで確かに。と、同意する。
まだ幼い故に悪魔というものの恐ろしさが理解できていないのか、
偶然にも未だその存在を示すようなモノとであったことがないのか。

どちらにせよ、女の子は悪魔である兄者に怯えを見せていない。
弟者にも向けている怯えは、独りぼっちで母親を待つ女の子が他者に対する反応としては、至極当然のものだ。

|-・リ「お兄ちゃん達は、悪い人?」

(´<_` )「違うよ。ただ、唄が聞こえたから、誰がいるんだろうと思って来たんだ」

|・-・リ「梨々、お唄が得意なの」

少しだけまた顔を出す。
どうやら梨々というらしい彼女の声は、どこか弾んでいる。

(´<_` )「上手だった。透き通った唄声で、よく響いた」

|・-・リ「村の皆も褒めてくれるの」

(´<_` )「そうだろうなぁ」

⌒*リ´・-・リ「お兄ちゃんは、悪い人じゃないね」

祠の後ろから梨々が身体を出す。

(´<_` )「信じてくれた?」

⌒*リ´・-・リ「うん」

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:20:41.01 ID:PMw2V92U0
  
頷きはしたものの、距離を詰めようとしない。
心のどこかで、信用しきっていないのだろう。
それが悪いと言うことはできない。

(´<_` )「どうして、こんなところに?」

弟者も無理に距離を詰めようとはせず、開いた距離のまま問いかけた。
この答えさえ聞くことができれば、道をはずれてここまでやってきた理由の八割は達成される。

⌒*リ´・-・リ「お母さんと一緒にきたの」

梨々は顔をうつむけて、手の中にある紙風船を軽くいじる。
拗ねているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
この寒空の下、一人にされればどのような子供であっても、同じような仕草をしたに違いない。

(´<_` )「お母さんは?」

⌒*リ´・-・リ「ここにいなさいって……」

どこに行っているのかまでは知らないらしい。
例え、彼女が母親の行方を知っていたとしても、土地勘のない弟者が探し出せるとは思えないが。
ますます落ち込んだ様子の梨々に、弟者は眉を下げる。

⌒*リ´・-・リ「早く迎えにきてほしいなぁ」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:23:13.79 ID:PMw2V92U0
  
零された言葉は悲しげな感情で埋め尽くされている。
そのような声に胸を痛めぬはずがない。

(´<_` )「いつから待っているんだ?」

⌒*リ´・-・リ「うーん」

梨々が小さく唸る。
幼い彼女は時間の感覚というものを正確に理解してはいない。
空に薄雲がかかっているとなれば、太陽で時間を計ることもできないはずだ。

(´<_`;)「すまない。別に無理に考える必要はないよ」

慌てて言葉を足す。
子供相手に尋ねることではなかったのかもしれない。

⌒*リ´・-・リ「ごめんね」

(´<_` )「謝らなくてもいいよ。
      オレだって、キミくらいの歳の時は、時間の感覚なんてあまりなかった」

⌒*リ´・-・リ「本当?」

(´<_` )「あぁ。本当だ」

⌒*リ´*・-・リ「よかったぁ」

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:26:20.03 ID:PMw2V92U0
  
梨々は顔を上げて頬を緩めた。
歳相応の柔らかい表情は弟者に一息つかせてくれる。

⌒*リ´*・-・リ「お兄ちゃんと一緒だね」

(´<_` )「うん。お揃いだな」

⌒*リ´*・-・リ「えへへー」

自立心が出来始め、大人の真似事をする頃なのだろう。
少なくとも彼女から見れば、立派な青年である弟者とお揃いというのは、ちょっとしたお姉さん気分になれる言葉だ。
胸の辺りに手をあてて、嬉しそうにしている姿は可愛らしい。

寒空の下にも関わらず、弟者が温和な表情を浮かべる程には良い光景だった。
季節が春ならばもっと良かっただろう。

( ´_ゝ`)「心を暖めているところを悪いがな、これだけは言わせてもらうぞ。
      すぐに先ほどの道へ戻れ。今から戻って山を降りても、麓へ着くのは日が暮れるか暮れないかだ。
      他人に優しいのはあんたの美徳だが、今のそれは純然たる厚意か?
      オレの目には、今は亡き妹と、其方さんと重ねているだけに見えるが」

(´<_` #)「黙ってろ」

( ´_ゝ`)「恐ろしい声を出すもんじゃないぞ。
      其方さんが怯えたらどうする? オレはいいが、あんたは深く傷つくんじゃないのか?
      そう。いくら図星を指されたからとはいえ、そんな声を出すもんじゃない」

(´<_` #)「悪魔には言葉も通じないのか?」

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:29:17.35 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「通じているさ。だからこそ、今まで会話をしてきている。
      もしも言葉が通じていないのならば、今しているこれは何だ?
      一方通行な意思の押し付けか。それはそれで間違っていないかもしれないがな。
      だが、オレの言葉を聞いてあんたは怒っている。つまり、押し付けでも何でも、言葉は通じているとみていいだろう」

(´<_` #)「黙れという言葉が通じているのかどうか問うているんだがなぁ?」

( ´_ゝ`)「それならば勿論通じているさ。
      だが、その言葉を守る義務などないだろ?
      あんたの疑問を解決したところで、改めて言わせてもらおうか。
      今すぐここから離れて麓を目指すべきだ」

(´<_` #)「こんな小さな子を放ってか」

( ´_ゝ`)「考えてもみろ。其方さんに付き合って、ここで待っているのか?
      いつまで待つ。夕方か、夜か、明日か。
      時間に猶予があるわけではないことを、あんたはよく知っていると思っていたが、とんだ思い違いだったようだ。
      残念だが、それもいいだろう。口出しはさせてもらうがな」

(´<_` #)「この子の親とて、日が暮れるまでには村に戻りたいはずだ。
      母親と共に山を下りれば問題ない」

真っ直ぐな瞳と瞳が互いを強く睨む。
どちらも退くつもりはない。

そんな二人に、近づく影があった。

⌒*リ`・-・リ「喧嘩、めっ! だよ!」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:32:43.52 ID:PMw2V92U0
  
弟者と距離をとっていたはずの梨々が駆け寄ってきていた。
足元で二人を見上げ、丸い顔を使ってどうにか怒りを表現している。

(´<_` )「いや、喧嘩というか……」

とっさに言い訳を考えたが、どう捻っても兄者との口論は喧嘩でしかない。
言葉につまり、バツの悪そうな顔をする。

⌒*リ`・-・リ「もう喧嘩しない?」

(´<_` )「……わかった。喧嘩しないよ」

( ´_ゝ`)「おい、弟者。オレはまだ言いたいことがあるぞ。
      ついでに言えば、すぐさま山を下る件について撤回するつもりもない。
      気の短いあんたが声を上げない方法は、すぐさまこの山を下りることだ」

(´<_` #)「オレが譲歩してるっていうのに――」

⌒*リ`・-・リ「喧嘩、ダメ」

梨々が着物の裾が引っ張った。
下に目を向けると、少し眉を上げている梨々と視線が交じり合う。

彼女を怒らせたり、悲しませたりするのは不本意だ。
しかし、放って行くことはできないし、共に麓へ連れて行けば母親とすれ違ってしまうかもしれない。
どうすればいいのかわからず、弟者は視線を彷徨わせた。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:35:24.71 ID:PMw2V92U0
  
(´<_` )「……あと少しだけ、待ってみよう」

( ´_ゝ`)「時間がないのに待つのか。正確な時間が計りにくいとはいえ、
      これ以上ここに留まることは危険だということはわかるぞ。
      まぁ、それでも駆ければどうにかなるかもしれないな。
      あんたが疲れるだけ。きっと、走っている途中に、早々にオレの言葉を聞いておくべきだったと思うだろうなぁ。
      それで、あと少し待って、あんたは其方さんを置いていけるのか?
      土壇場になって、やはり残るとは言い出さないだろうな?」

(´<_` )「その時は、この子を担いで山を下りる」

( ´_ゝ`)「賛同できないな。
      走る速度が落ちることは勿論のこと、その子を麓へ連れて行ってどうする。
      ここで母親を待つべき子だぞ」

(´<_` )「遅くまで戻ってこなければ、母親に何かあったと考えられる。
      麓の村の人にそのことを伝えれば、明日にでも捜索してもらえるかもしれんだろ」

( ´_ゝ`)「正論のようにも聞こえるが、もろ手を挙げて賛同するわけにはいかん。
      しかし、それであんたが納得して、山を下りるというのならば、
      後のことは、しかたがない。オレが何とかしてやらないでもない。期待はするなよ」

(´<_` )「お前が何をしようとしているのかは知らないが、オレはお前に期待したことなどないから心配するな」

⌒*リ´・-・リ「お兄ちゃん達、仲直り?」

(´<_` )「うん。仲直りしたよ」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:38:30.92 ID:PMw2V92U0
  
弟者が肯定の言葉を紡ぐと、梨々は安心したように笑った。
片方は人間ではないとはいえ、大人のように見える者が二人、喧嘩をしていれば恐ろしくもなる。
何より、喧嘩などせずにすむのならばそれが一番いい。

(´<_` )「お母さんが帰ってくるまで、一緒にいてもいいかい?」

片膝をついて、梨々と目線をあわせる。
笑っていた彼女は真剣なものに表情を変えた。

⌒*リ´・-・リ「一緒に、いてくれるの?」

(´<_` )「キミがよければ」

おずおずと尋ね返した梨々に、弟者は真っ直ぐ届くように言葉を渡す。
彼女の顔には、再び笑みが浮かんだ。

⌒*リ´*・-・リ「いいよ!」

(´<_` )「そうか。良かった」

⌒*リ´*・-・リ「梨々、ずっと一人だったから、寂しかったの」

弟者の手に、小さな手が重なる。
氷のように冷たい手は、彼女がどれ程の時間をここで過ごしてきていたかを表しているようだ。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:42:14.97 ID:PMw2V92U0
  
獣が眠る冬とはいえ、時には飢えたものが眠りから覚めることもある。
そして、そういったときの獣というのは、人の手には終えないことが多い。
道を通るのならばともかくとして、こんなところに一人でいるのはどの季節であっても危険だ。

そんな場所に、幼い女の子が一人残されている。
心細くもあっただろうし、季節柄身も凍えただろう。
弟者は梨々の母親と会ったならば、怒鳴り散らしてやりたい気持ちだった。

⌒*リ´・-・リ「ねぇ! お兄ちゃんは折り紙できる?
       梨々はね、紙風船しか折れないの」

(´<_` )「折り紙か……」

少し悩む。
まだ家族がいた頃は、鶴や手裏剣を折っていたような気がする。
折った記憶は薄っすらとあるものの、折り方となればどれだけ記憶を掘り下げても出てこない。

⌒*リ´・-・リ「じゃあ、教えてあげるねー」

小走りで祠へ近づき、そこに置かれていた紙を手にした。
それを軽く持ち上げ、使えとばかりに弟者へ見せる。
食べ物ではないが、供えられていたように見える紙を手にすることは少々気が引けることだ。
弟者はどういった反応をすればいいのか迷ったが、結局、苦笑いを返した。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:45:54.42 ID:PMw2V92U0
  
⌒*リ´・-・リ「まずねー」

(´<_`;)「梨々ちゃん、それは一応、祠の神様に供えられていたものじゃないのかな?」

⌒*リ´・-・リ「んー。わかんない!」

(´<_`;)「キミが持ってきたもの?」

⌒*リ´・-・リ「違うよ。いつも、ここに置かれているの」

(´<_`;)「じゃあ、神様のものなんじゃないかなぁ」

紙を供える祠というのは始めて聞くが、広い世の中で、一つくらいはそういったものもあるだろう。
悪魔を恐れることのない子供は、神をも恐れぬというのだろうか。

( ´_ゝ`)「祠に祀られているのが神だけなどと思ったら大きな間違いだぞ。
      まぁ、仮に祀られているのが神だとしても、どうだっていいことじゃないか。
      神話の概要を聞いて気分が悪いという程度には、あんたも罰当たりな人間だ。
      今さら、供え物の一つや二つで怯えるな」

(´<_` #)「話をする時と場合を考えないお前が悪いのだろうが。
      オレは、神様にも仏様にもお天道様にも、顔向けできないようなことはしていない」

( ´_ゝ`)「このオレを憑かせておいて何を言う。
      あんたの知っている神は、悪魔と手を結ぶことを良しとしているのか?
      神も仏も悪魔とは対極に位置する存在だろう。きっと、あちらさんはオレ達悪魔が嫌いだぞ」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:48:22.39 ID:PMw2V92U0
  
兄者は笑みを作って弟者を挑発する。
喧嘩はいけないと言われていても、瞬間的に血が上れば理性で怒りを抑えることもできない。

(´<_` )「勝手に憑いてきているお前が言っていい言葉じゃないな。
      神仏と会うことがあれば、きっとオレの哀れさに手を差し伸べてくれるだろうさ」

( ´_ゝ`)「言ってろ。契約を交わした云々は別としても、あんたが信仰心を持っていないことくらい知っているぞ。
      否定し、唾を吐きかけるようなことはしないだけだ。
      心の奥底では馬鹿馬鹿しいとでも思っているのだろ? 正直になってみろ。
      あんたの前にいるのは悪魔だ。その心の内を見せてみろ」

(´<_` )「まさに悪魔の囁きだな。お前の言葉が何よりも一番馬鹿馬鹿しい」

( ´_ゝ`)「囁きというほど小さくはないがな。
      否定がないことを肯定として取っておくとするよ。
      オレは悪魔なんでね。自分の都合のいい解釈をするとしよう」

(´<_` )「言葉のあやも解せぬ馬鹿悪魔ならば、都合のいい解釈しかできないのも納得だ」

( ´_ゝ`)「馬鹿という言葉は一先ず置いておくとして、
      今まで四六時中共にいたわりに、ずいぶんと簡単なことで評価を改めるのか。
      あんたがどれだけ他人のことを見ていないかよくわかる一件となってしまったな」

(´<_` )「人ではないくせに、よくも自分を人間と同列に並べて話せるな」

⌒*リ´・-・リ「もー。折り方見てたー?」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:51:52.09 ID:PMw2V92U0
   
(´<_` )「え」

虚をつかれた。気の抜けた声が出る。
自身よりも上にいる兄者の顔を見ていたため気づけなかったが、梨々はずっと紙風船を折っていたらしい。
現在、彼女の手の中には綺麗に折られた紙風船がある。

(´<_` )「えっと……」

⌒*リ´・-・リ「見てなかったー」

(´<_` )「……ごめん」

⌒*リ´・-・リ「しかたないなぁ」

梨々は新しい紙を一枚用意し、小さな手で折り目をつけていく。
ただの四角い紙は徐々に姿を変えていく。
魔法のようだと言われても、誰も否定しないだろう。

⌒*リ´・-・リ「ほら、できた!」

(´<_` )「上手だなぁ」

⌒*リ´・-・リ「えへへー。
       でも、これしか知らないの」

(´<_` )「そうか。オレも何か折り方が思い出せればいいんだけどな……」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:54:14.14 ID:PMw2V92U0
  
放置されている何枚かの紙に触れる。
手の中で遊ばせてみるが、一向に記憶は浮上してこない。
紙風船の折り方も、梨々が作っている姿を見て、ようやく理解したくらいだ。

子供の頃には折っていた記憶があるのだから、折っている工程を見れば思い出しそうなものだが、
現実はそう上手くできていないらしい。

⌒*リ´・-・リ「じゃあ、一緒に紙風船作ろ」

(´<_` )「そうだな。折ってたら何か思い出すかもしれないしな」

梨々も新しい紙を手に取り、新しく紙風船を作っていく。
寒さで手が悴み、紙の端と端を綺麗に合わせることができない。

⌒*リ´・-・リ「お兄ちゃん下手ー」

(´<_`;)「な、慣れたら綺麗に折れるさ」

⌒*リ´・-・リ「そうかなぁ?」

(´<_`;)「もう一枚」

出来上がった紙風船の出来は明らかだった。
小さな手で折られたそれは美しく、無骨な男の手で折られたそれは歪だ。
弟者は仕切り直しとばかりに新たな紙に手をつける。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 12:57:34.84 ID:PMw2V92U0
  
⌒*リ´・-・リ「お兄ちゃんはいいねぇ」

(´<_` )「何がだ?」

紙風船も五つ目に突入した頃、梨々が呟いた。
彼女の瞳は弟者の身体の上、兄者に向けられている。

そこで弟者は始めて、兄者が外に出てきているのに黙っていることに気づいた。
いつもならば考えられないことだ。
出てきていれば口を開きっぱなしだし、特に話すことがなければ、弟者の体内に身を潜めている。

山の頂上へ向かう際には例外として黙っていたようだが、あれは黙っていたというよりも雰囲気を作っていた。と、
言った方が正確だろう。その証拠に、頂上に着くとほぼ同時に兄者は口を開いていた。

例外も含めて、本日二度目の沈黙だ。何とも珍しいこともあるものだと、弟者も梨々と同じように上を見た。
飄々とした表情でもなく、笑っているのでもなく、ましてや怒っているわけでもない。
兄者は無表情で二人を見ていた。

⌒*リ´・-・リ「梨々は、ずっと一人だったから、お兄ちゃん達が羨ましい」

上を向いていた瞳が下がる。
白い地面を見つめる梨々は悲しげだ。
心細いのだろう。弟者がいるとはいえ、結局は他人だ。
両親が恋しくなるのは当然のこと。

(´<_` )「こんな奴、ずっといたら大変だよ」

⌒*リ´・-・リ「でも、一人は……嫌」

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:00:25.73 ID:PMw2V92U0
  
人は一人で生きていけるようには出来ていない。
孤高が好きだという者もいるが、永遠の孤独に耐え切れる人間など、もはや人間とは呼べないだろう。

梨々は幼い。さらに言えば音をかき消す雪降る山の中だ。
誰が孤独であることに耐えられるというのか。
彼女の言葉が重く雪に吸い込まれていく。

⌒*リ´*・ー・リ「今は、一人じゃないから、いいけどね」

顔を上げて、どこかぎこちなく笑う。
気丈な彼女の頭に弟者は手を乗せた。

(´<_` )「そうか」

軽く頭を撫でる。
一人の辛さは弟者もよく知っていた。
周囲に知っている者がいないというのは心を傷つける。
ましてや、生きている者がいないとなれば、その痛みは増すに違いない。

それでも笑い、母親を待つ梨々を愛おしいと思うのは、驚くような感情ではなかった。
弟者の行為は自然なもので、無粋な口出しをするような輩はいない。

⌒*リ´・-・リ「お兄ちゃんも一人は嫌?」

確認するような疑問が投げられた。
己の感情や考え方が子供っぽいものなのか知りたいのだろう。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:12:49.98 ID:PMw2V92U0
  
(´<_` )「まぁ……好きでは、ないな」

⌒*リ´・-・リ「じゃあ、いつも二人は嬉しいでしょ?」

無邪気な問いかけに言葉を詰まらせる。
兄者と二人が嬉しいなどと、嘘でも言えるはずがない。
一人は嫌だか、兄者がいなければ旅に出ることなどなく、親戚達と共にいた。一人でいることなど、ありえない話だ。

(´<_` )「こいつと以外なら、二人もいいね」

⌒*リ´・-・リ「ふーん?」

首を傾げながらも、一先ずは納得してくれたらしい。

⌒*リ´・-・リ「梨々なら、とっても嬉しいのになぁ」

(´<_` )「キミはこいつの鬱陶しさを知らないからね」

⌒*リ´・-・リ「うっとうしいって、ずっとずっと一緒にいるってことじゃないの?」

(´<_` )「そんないいものじゃないよ」

言葉を返してから、梨々の言うことも一理あると考える。
四六時中共にいて、口を開いているから鬱陶しいのだ。
これが、三日に一度だけ会うような者だったならば、弟者の沸点もわずかながら下がっていただろう。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:15:46.20 ID:PMw2V92U0
  
梨々は弟者の言葉に気のない返事をして、紙風船を膨らませた。

⌒*リ´・-・リ「山の中には誰がいる。
       婆様がいるよ。
       恐ろしい婆様がいる。
       可哀想な婆様がいる」

紙風船を優しく叩きあげながら唄う。
聞いたことのない唄だ。この辺りの地方にだけ伝わっているものなのかもしれない。

⌒*リ´・-・リ「婆様婆様なしてここへ。
       子のため孫のため。
       おまんまあげるため。
       山の中一人で座ってる」

(´<_` )「よくよく聞いてみると恐ろしい唄だな」

⌒*リ´・-・リ「そう?」

小さく首を傾げているところを見ると、歌詞の意味を理解していないらしい。
弟者は梨々と会う前に兄者が話していたことを思い出す。
いい気分はしない。それもこれも、つまらない話をした兄者のせいだ。

ちらりと兄者を見るが、表情は変わっていなかった。
口を開く様子も見られない。

ずっとそうしていろ。と、思う反面、気味が悪いので何か話せとも思う。
渋い顔をしている弟者の横で、梨々は唄い続けていた。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:18:21.81 ID:PMw2V92U0
  
⌒*リ´・-・リ「紙風船をね」

語りかけるような声に、弟者が振り向く。

⌒*リ´・-・リ「ぽーん、ぽーんってすると、天国にいけるんだって」

(´<_` )「天国に?」

⌒*リ´・-・リ「うん。紙風船に魂を込めて、ぽーんってするとね、天国に近くなるから。
       死んだ人の魂を込めて、ぽーんってするの」

もしかすると、この辺りの地方は口減らしのために多くの老人を殺していたのかもしれない。
唄も紙風船も、そのために作られた伝承として考えられる
梨々の優しい声が紙風船を高く飛ばす。

この山に眠っている怨霊は、その度に一人、天国へ行っているのかもしれない。
彼女の唄声に送られるならば、老人達も本望だろう、

(´<_` )「じゃあ、オレもしようかな」

⌒*リ´・-・リ「紙風船作るの下手なお兄ちゃんがー?」

(´<_`;)「そ、それとこれとは話が別だ」

⌒*リ´・-・リ「飛ばしすぎて、なくしちゃ駄目だよ」

(´<_` )「わかってるよ」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:21:58.83 ID:PMw2V92U0
( ´_ゝ`)「弟者。そろそろ頃合だ。
      さっさと山を下りてしまおう。
      あんたが始めに言ったんだ。まさか、もう少しだけ。などとは言わないだろうな」

寒さにも負けずに遊び続けていれば、時間はあっという間に過ぎてしまう。
沈黙していた兄者が告げたのは、時間切れの言葉だった。

(´<_` )「言わんさ」

他にもぶつけてやりたい言葉はいくつかあったのだが、それら全てを飲み込んで一言だけを返す。
立ち上がった弟者の手には、それなりに綺麗な紙風船があった。

(´<_` )「梨々ちゃん。オレと一緒に麓の村まで行こう」

⌒*リ´・-・リ「でも、お母さんが……」

(´<_` )「これだけ待っても帰ってこないってことは、何かあったのかもしれないよ。
      キミだけでも一度、村へ行くんだ」

⌒*リ´・-・リ「でも……」

(´<_` )「これ以上、ここにいるのは危ないから」

⌒*リ´・-・リ「夜になると?」

(´<_` )「そうだよ。もっと寒くなるしね」

⌒*リ´・-・リ「……ここじゃ、駄目なの?」

(´<_` )「オレが一緒だから、行こう」

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:24:41.00 ID:PMw2V92U0
  
梨々の手を握り、立ち上がらせようとする。
しかし、彼女は動かない。

(´<_` )「お母さんが心配?」

⌒*リ´ - リ「梨々……。ここから動けないよ……」

(´<_` )「もしも、勝手に動いて怒られるなら、オレがちゃんと事情を説明するから」

⌒*リ´ - リ「ねぇ、一緒にいてよ」

(´<_` )「いるよ。だから、山を下りよう」

何か理由があるのか、梨々は立ち上がることを拒否している。
あまり時間はかけていられない現状を考えれば、無理矢理にでも担ぐしかない。
弟者は腹を括って腕に力を込めた。

(´<_` )「あれ……」

動かない。
小さな身体の梨々を力任せに立ち上がらせることなど、弟者には容易いことのはずだった。
だというのに、まるで巨大な石を引いているかのような重さを感じただけだった。

( ´_ゝ`)「何だ。さらりと逃がしてくれるわけではないのだな。
      それならば早く言え。それならば、始めから全てを伝え、山を下らせたのだ。
      なぁ、弟者。其方さんを見てみろ。よくよく見てみろ」

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:27:15.64 ID:PMw2V92U0
  
(´<_`;)「何を……」

疑問系の言葉を口にしながらも、弟者は梨々から手を離していた。
抵抗も何もなく手がするりと抜けたことに安心さえしていた。

⌒*リ´ - リ「一緒にいてくれるって」

可愛らしい声が歪になる。
声が何重にも重なったような声だ。

⌒*リ´ - リ「言ったよねぇ?」

静かに立ち上がる。
顔は下を向いたままで、表情まではわからない。
弟者は後ずさる。距離を取ろうと本能が叫ぶ。

⌒*リ´ - リ「お母さんが、来るまで、一緒にいるって」

( ´_ゝ`)「母のおらぬ幽鬼が何を言うというのだろうか。
      まったくもって馬鹿馬鹿しい。成立のせぬ約束など無効だ。
      其方さんが駄々をこねてもオレは了承しない。心優しい弟者も、己が身を捧げてはくれないだろうさ。
      退いてはくれないだろうかねぇ。今まで一緒にいてやった。それだけで十分とは思えないか?」

兄者は笑う。目だけを鋭く光らせて、笑みを作り上げている。
誰かに敵意を持った兄者を、弟者は始めて見た。


⌒*リ´::メД:*。リ「一緒にいてよぉ!!」

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:30:36.27 ID:PMw2V92U0
  
梨々の顔が上げられた。
そこにあったのは可愛らしい顔ではない。
腐ったようにも、干からびたようにも、千切れたようにも見える。
紙を折っていた指も似たような状態だ。

(´<_`;)「うおっ!」

形容し難い手が伸ばされる。
弟者はすぐさま身体を反転させ、走り出した。

(´<_`;)「気づいてたのか?」

( ´_ゝ`)「人間か、人間以外か、くらいは気配でわかる。
      大方、悪魔という存在を恐れなかったのは、自身には関係のない存在だからだろうなぁ。
      悪魔も抜け殻も、幽鬼に興味はない」

(´<_`;)「知ってたなら言え!」

( ´_ゝ`)「普段は口を閉じろと五月蝿いくせに、こういう時は話せというのか。
      あんたのそういった部分はなおすべきところの一つといえるな。
      言い訳ではないが、幽鬼であることを指摘しなければ、黙ってあの場所へ残る可能性や、
      麓の辺りまで一緒にきて消えるだけという可能性があった。
      ちょっとしたままごとに付き合ってやるだけで満足する輩が多いからな」

(´<_`;)「今の現状を見ろよ!」

( ´_ゝ`)「予想外だったよ。幼い少女の姿をしていたから騙されたのかもしれんな。
      いやはや。オレもまだまだ修行が足りないということか。
      それか、あんたの意思を尊重しすぎたのかもしれないなぁ」

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:33:23.09 ID:PMw2V92U0
  
(´<_`;)「どの口が尊重なんてほざく!」

( ´_ゝ`)「この口さ。あんたと同じ場所にあって、同じ形をしている口だ。
      さて、そろそろ無駄話も止めにしようじゃないか。
      後ろを見る余裕のないあんたのために教えてやるとだな。
      もうすぐ傍まで来てる」

(´<_`;)「この、糞悪魔がっ!」

吐き捨ててみるものの、背後まで彼女が迫っているのが空気でわかる。
冬の寒さとは違う寒気が背筋を這いまわり、痺れるような痛みが身体中を刺す。

⌒*リ´::メД:*。リ「山の中には誰がいる。
          人間がいるよ。
          恐ろしい婆様がいる。
          可哀想な子供がいる」
 
近づいてきているのは確かなはずなのに、足音はしない。
物理的な障害をものともしない彼女は、木々をすり抜け、一直線に弟者へ向かう。
雪や枯れ葉に足を取られている弟者とは条件が違い過ぎる。

( ´_ゝ`)「其方さんは酷い嘘つきだな。
      母がいると言ったり、あの場所から離れられぬと言ったり。
      そこまでして仲間が欲しいのか。そのような形相をして追いかけてくる程、コイツが気にいったのか」

(´<_`;)「嬉しく、ねーよ!」

そう言ったところで木々の世界から抜け出し、一応は道の体をしている場所へ出た。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:36:37.08 ID:PMw2V92U0
  
期待を込めて一度だけ振り返る。
願いが叶うことはないと知ってても、そうせずにはいられなかった。

⌒*リ´::メД:*。リ「一緒に、いてくれる、よねぇ?」

冷たい手が伸ばされる。

(´<_`;)「悪いけど、ごめんだ!」

一緒にいてやるとは言ったが、一緒に逝ってやるとは言っていない。
遣り残したことがあるのだから死ねない。
すぐさま麓へ向かって足を進める。

転びそうになりながらも、下り道を駆けて行く。
歯止めを利かせながら走っていると捕まってしまう。
けれど、転倒してしまえば、それこそ黄泉へ真っ逆さまだ。

ただでさえ足場は悪く、走るのに向いているとは言い難い。
弟者は歯を食い縛りながら足に全神経を集中させる。

( ´_ゝ`)「走れ。走れ。捕まりたくないならそれしかないぞ。
      あんたがオレの言うことを始めから素直に聞いていれば、こんなことにもならなかっただろうになぁ。
      しかし、起こってしまったことは仕方がない。
      後ろを振り向かず、真っ直ぐ走れ」

(´<_`;)「わかってる!」

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:40:03.95 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「其方さんも哀れな存在だとは思うさ。
      でもな、其方さんは他人。オレが助ける義理はないし、コイツを連れて逝かせる気もない。
      退いてくれるのが一番なんだが。オレの言葉が理解できるか?
      断っておくが、思考が上手くできていないからといって馬鹿にしているわけではない。
      動物が人間と同じ知能を持っているわけではないのと同じようなものだからな」

⌒*リ´::メД:*。リ「一人は、嫌なの」

( ´_ゝ`)「悪魔にだってその気持ちはわかるぞ。
      きっと、其方さんや人間よりは、孤独に耐性があるだろうけど。
      さて。やはりオレの言葉は届いていないとみえる」

(´<_`;)「おい……!」

( ´_ゝ`)「こっちは気にするな。あんたは黙って走っていればいい。
      転ぶのはやめてくれよ? 無条件でオレも地面と仲良しになってしまう。
      辺りが真っ暗になってしまう前に、村に着きたいしな。転んでいる暇はないぞ」

⌒*リ´::メД:*。リ「ずっと、ここにいてよ」

脳みそに響く声が気持ち悪い。
片足を黄泉に囚われてしまったかのようで、思うように足が動かない。
弟者を動かしているのは、もはや根性だけだった。

⌒*リ´::メД:*。リ「置いて行かないで」

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:43:26.68 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「しつこい奴は嫌われるぞ。
      男でも女でも、幽鬼であっても、それは同じこと。
      其方さんは、置いて行かれることを嘆くよりも、さっさと逝っちまった方がいいんじゃないのかい」

⌒*リ´::メД:*。リ「待って、一緒に」

( ´_ゝ`)「聞いちゃいないか。
      弟者も頭を真っ白にして走っているみたいだし、オレの言葉は雪に消えるだけ。
      春になれば溶けてすっかり消え去る運命か。
      それもいいか。すっぱり消えてしまえる方が気が楽だ」

弟者が前を向いていることを確認して、兄者は指先を口元に運ぶ。
彼の指には薄っぺらい何かが挟まれていた。

( ´_ゝ`)「執着心が強いようだな。それとも、余程コイツが気に入ったのか。
      まぁ、どちらでもいいことだ。オレとしては、ここいらが引き際だと思うんだが、
      其方さんはそんなこと、微塵も思っていないらしい」

指先に挟んでいたのは紙だ。兄者はそれに口をつけ、軽く空気を吹きかける。
紙に開いている小さな穴から入った空気は、紙を膨らませた。
兄者が指先を開けば、それは程ほどに形を保っている紙風船になった。

( ´_ゝ`)「せめてもの餞別だ。遠慮せずに受け取ってくれ。
      多少、色もつけておいた。きっと気に入ってくれると思う。
      コイツなんぞよりも、ずっとな」

そう言って、紙風船を軽く叩き、梨々から少し離れた木々の方へ放り投げた。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:46:40.75 ID:PMw2V92U0
  
⌒*リ´::メД:*。リ「待って゛ぇ」

梨々は紙風船を目で追い、手を伸ばす。
風に揺られた紙風船は彼女から逃れ、また何処かへ飛んでいく。

⌒*リ´::メД:*。リ「ご飯、いらないから」

弟者が走るごとに、彼女の姿は小さくなる。
また、彼女自身が段々と木々に飲まれていくので姿は消えていくばかりだ。

⌒*リ´::メД:*。リ「一人にしないで」

悲痛な叫び声は誰にも届かない。
走る弟者は耳の機能を放棄させているし、兄者は無関心に見ているだけ。
山に染みて消えるだけの言葉だ。

ほんの二呼吸もすれば、梨々の姿は兄者の視界から消え去った。
未だに必死になって走っている弟者を見下ろし、彼は微笑む。

もう恐れるものは何もないと教えてやってもよかったのだが、どうせ走らなければ麓へ着く前に日が暮れてしまう。
弟者がしなければならないことは何一つとして変わらない。
放っておいても問題はないだろう。
文句は言われるかもしれないが。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:49:20.35 ID:PMw2V92U0
  
走る衝撃を受けながら、兄者は鼻歌交じりだ。
予定していたことではあったが、予想以上に上手くいった。
これを喜ばぬ者はいない。

( ´_ゝ`)「上手くいったな。期待するなと言う必要もなかった程だ。
      むしろ、十二分に期待させてみるのも面白かったかもしれん。
      高い知能を有してはいないだろうと思っていたが、あそこまでとは予想できなかった」

小さく零して喉を鳴らす。
弟者は己の呼気と地面を踏みしめる音で、兄者の作り出した音には何一つ気づかなかった。

足を進めている弟者を一瞥してから、兄者は新たな紙風船を取り出した。
彼は弟者の作った下手くそな紙風船を回収していたのだ。
手作りの物には、多少なりとも魂が宿る。
紙風船に宿った魂の匂いを少し強くしてやれば、梨々はあっけなく誘導されていった。

後々、あれが弟者ではないことに気づくだろうが、山に蔓延している怨念で出来た存在である彼女は、
山から抜け出すことはできない。
気づいたときには後の祭り。弟者は麓にたどり着いていることだろう。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:51:39.11 ID:PMw2V92U0
  
(´<_`il|)「も、もう……追ってきて、ないか……?」

山を下りて少し離れたところで、弟者はようやく足を止めた。
身体の限界まで力を使っていたのか、彼の息は荒く、今にも窒息死してしまいそうに思える。

( ´_ゝ`)「あんたは気配を感じるのが下手なのか?
      走るのに必死になっていただけとも取れるが、どちらでもいいか。
      もうあちらさんは来ていないよ。山から抜けて追ってくることもないだろうから、もう安心だともいえる。
      だが、日は沈んでしまったな。近くに村があるはずだろ? 早く行こう」

(´<_` )「おい待て」

( ´_ゝ`)「もう息は整ったのか? 素晴らしい身体を持っているな。
      姿形は真似できても、中身までは真似できないのが残念だ。
      それで、どうした。何か言いたいことでもあるのか?」

(´<_` )「ある。
      お前の言葉を聞いて、どうも引っかかる部分があった」

( ´_ゝ`)「ほう。魚の小骨のように、さっさと取り除いてしまうべきだな。
      小さなおにぎりでも用意してやりたいのだが、オレは米を持っていない。
      やはり、村へ急ぐべきだな。今のあんたなら大丈夫さ。もう一度走ってみろ。すぐに引っかかりは取れる」

(´<_` )「誰が小骨の話をした」

( ´_ゝ`)「ちょっとした比喩だ。そう怒るな。
      こんな寒いところで話し合いをするよりも、村へ向かう方が有意義だと教えてやりたくてな。
      回りくどい言い方だったか? 真っ直ぐに受け取ってもらえればよかったんだが」

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:54:21.17 ID:PMw2V92U0
  
(´<_` )「あんな曲がりくねった言葉を、どうしたら真っ直ぐに受け取れるんだ」

( ´_ゝ`)「曲がっているかもしれないが、正面に走れば真っ直ぐ受け取れないこともない。
      受け取ってくれるはずだと信じて投げているんだ。
      オレの信頼に応えてくれたって、罰は当たらないぞ」

(´<_` )「必死に走ってまで受け取りたい言葉じゃないんでね」

( ´_ゝ`)「同等の思いを持てとは言わないが、受け取る気くらいは起こしてもらわないと、信頼が成り立たない。
      人は信頼の輪を築くことで、この世界に君臨することができた生物だぞ。
      いわば、人としての本能が信頼を望んでいるはずだ。あんたも人であるならば、その本能に従うべきだ」

(´<_` )「信頼は素晴らしいものだが、何も人間だけに与えられたものではあるまい。
      犬も猫も、家畜も、人と暮らす生き物との間には信頼関係が生まれる」

( ´_ゝ`)「犬と猿は普通、手を組まない。
      けれど、間に人が入れば、共存することもある。
      人間がいるからこそ、他の種族も共存しようという意思を生む。
      あんた達が数多く存在する生物の中で、特に栄えた理由がそこにある」

(´<_` )「ならば、その本能や習性を無視してしまえる程、お前との信頼関係を作りたくないのだろうな」

( ´_ゝ`)「種としての特性を潜めさせる程の拒絶か。理屈に合わぬわけでもないな。
      そういった考え方があんたの中に存在しているのならば、それが正しいといえるかもしれない。
      実のところ、あんたに信頼されていないことなど、この旅を始めた時から知っていた。
      拒絶の理由は未だにわからないが、本能をオレに見せてくれたことがない理屈がわかっただけ、収穫だな」

(´<_` )「お前が拒絶される理由など一つしかあるまい」

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 13:57:52.72 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「一つか。たった一つの理由が、本能を覆す。凄まじいことだな。
      あんたが言おうとしている一つにも、無論、心当たりがある。
      常日頃から言われていて、思い当たらぬ馬鹿はいない」

(´<_` )「だろうな。
     お前が拒絶される理由は、一重に、悪魔だから、だよ」

山から下りてきた風が、二人の間を通る。
凍えるような冷たさを孕んではいたが、弟者は兄者を真っ直ぐ見据えたまま、指一本動かさなかった。

( ´_ゝ`)「何だ。そちらの方か。
      オレはまた、この口がよく回ることが理由かと思っていた。
      悪魔というのは種族だ。オレ自身にはどうしようもない。
      何をどうしたところで、人間は人間だし、犬は犬。本人にはどうしようもできないことで、
      相手を嫌うというのは、非道なことこの上ない。
      まさか弟の字を持ったあんたが、そんな非道な人間だったとは、オレは大層悲しい」

間を置いてから、兄者が笑い声を上げる。
ご丁寧に手を目元へ運び、涙を流しているかのような風を装っていた。

(´<_` #)「確かに、そのよく回る舌も、大っ嫌いだな」

( ´_ゝ`)「一つしかないと言ったのはあんただろうに。
      すぐに意見を変えるというのはどうなのだろうな。
      オレとしては賛成しかねる事柄なのだが」

(´<_` #)「大前提は一つだが、嫌いな理由はいくらでも付け足せる。
      まだまだあるが、一つ一つ教えてやろうか?」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 14:04:42.93 ID:PMw2V92U0
  
( ´_ゝ`)「すっかり日も暮れてしまったことだし、今日のところは遠慮しておこう。
      ここで野宿をするつもりでないのならば、村へ向かわなければならないだろうしな。
      朝が来ぬことを覚悟してでも教えたいというなら、聞かぬでもないが」

(´<_` #)「望むなら、村でいくらでも話してやる」

( ´_ゝ`)「そうなったらすぐさま身を隠そう。
      一人で他人の嫌いなところを呟く姿はさぞおぞましいだろうなぁ。
      悪口など言うものではないという証明になるだろうなぁ」

(´<_` #)「都合が悪くなったら隠れるのか。
      この卑怯者め」

( ´_ゝ`)「何とでも言ってくれ。
      不利益を被りたくないのは誰でも一緒だ。
      そのために己の持つ力を最大限に発揮するのは、正しいことだろ?」

(´<_` #)「さてね。
      オレの目には、ただの卑怯にしか映っていないことだけが、はっきりとわかる事実だ」

弟者は背負っていた旅袋を一度降ろした。
ある程度は闇に目が慣れているが、明かりのないまま歩くのは危険だ。
手探りで中の荷物を探る。

(´<_` )「昼間に見た地図通りならば、村までそう遠くないはず」

彼は、いつもこうして己の引っかかりをはぐらかされていることに気づかない。

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 14:07:48.27 ID:PMw2V92U0
 
弟者は折りたたんでいた提灯と、数本用意してある蝋燭から一本を取り出した。
火をつけるためのマッチは小さな物なので探すのに苦労してしまう。

(´<_` )「あの子は、山で死んだのだろうか」

袋を探りながらポツリと言葉を零す。
喧嘩を止めるときの表情や、笑みを浮かべているときなど、どこにでもいる子供の顔をしていた。
普通に生きて、普通に人と過ごす。そうあるべき子供だった。

( ´_ゝ`)「お嬢さんがいたのかすらオレにはわからんよ。
      あちらさんは、山に染み込んだ怨念の塊だ。
      死んだお嬢さんを象ったのかもしれないし、人を引き寄せるのに相応しい形を作り上げたのかもしれない。
      ただ、あの山で子供が死んだのは確かだろうな」

兄者は紙風船を膨らませる。
呼気ではなく、周囲の空気を使って膨らんだそれは、少々歪な形をしていた。

( ´_ゝ`)「この辺りは山が多いからな。人買いもこないんだろうよ。
      婆さんも爺さんも捨てて、それでもまだ飯が足りないとなれば、出来の悪い子供を一人、また一人。
      生きていられるだけ、売られた方が幸せだっただろうに。
      実に哀れだよ。子供は親よりも長く生きるべきなのになぁ。
      親よりも先に死ねば、河原で延々と石を積まされる。
      現でもあの世でも苦しむことになる。山に残りたいと願うのも、しかたのないことなのかもしれん」

紙風船が軽やかな音を立てて宙に舞う。
何度も何度も暗い闇を飛ぶ。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 14:10:44.99 ID:PMw2V92U0
ようやくマッチを見つけた弟者は、蝋燭に火をつけた。
仄かな明かりが辺りをわずかに照らす。

(´<_` )「何の音かと思ったら、紙風船か」

( ´_ゝ`)「せめてもの供養だ。
      あちらさんが言っていたことだから、あまり当てにはならんだろうが。
      ほれ、山の中には誰がいる。
      人間がいるよ。
      恐ろしい婆様がいる。
      可哀想な子供がいる」

紙風船は兄者の唄に合わせて何度も跳ねる。

(´<_` )「供養はいいが、その紙風船はどうしたんだ?
      酷く歪な形をしているようだが」

( ´_ゝ`)「これか? ちょっとした宝物。と、でもしておこうか。
      あんたが欲しいというなら、やらんでもないぞ。
      それとも、紙風船の折り方を懇切丁寧に教えてやろうか」

(´<_` )「どちらもいらん。
      紙風船なんぞ、折れなくても困らない」

( ´_ゝ`)「生きて行く上で必要とはいえない技術ではあるな
      あんたは折り紙で遊ぶような歳ではないだろうし、不器用すぎて綺麗にできないのが目に見える。
      教えがいのない生徒になることだろう」

(´<_` #)「そりゃ悪かったな。
      申し訳ないから、オレに物を教えようなんて一生考えてくれるなよ」

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 14:13:45.49 ID:PMw2V92U0
  
会話を強制的に切り上げて提灯を持ち上げる。
少々心もとない明かりを目に、弟者は一歩踏み出した。

( ´_ゝ`)「どうした。そんな所でつっ立っていても、何も起きはしないぞ。
      背後が気になるならば、オレに任せておけ。
      信頼に足るかどうかはあんたが決めることだが、一応見張っておいてやろう」

兄者がそう言ったのは、弟者が立ち止まり、背後にある山を見つめていたからだ。
暗闇の中で見る山は、どこか不気味な雰囲気に満ちている。
あの山に幽鬼がいると知っているならばなおさらだ。

(´<_` )「いや、何……」

言葉を紡ぎかけて止める。
心の中に押し留める。

( ´_ゝ`)「言いかけて止められると気になるのだがなぁ。
      まぁ、今回のところは見逃してやるとするか。
      オレに追求されたくないのならば、村へ向かうことだな」

(´<_` )「癪に触る物言いだが、今は村に向かうとするか」

提灯を揺らし、弟者は村へ向かう。
一度だけ、ちらりと山を見た。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/12/15(土) 14:14:41.76 ID:PMw2V92U0
あの山には、まだ梨々がいる。
来ぬ母親を待ち続けている。
あの少女は捨てられた者達の念が集まってできたものであって、梨々という少女は存在しなかったかもしれない。

けれど、彼女の嘆きは本物のはずだ。
誰もが同じ嘆きを持っていたからこそ、念は集まった。

一人は寂しい。
一人で死ぬのは嫌だ。

そんな念だったのだろう。生きている人ならば誰もが持つような感情だ。
辛い感情を持った人々は、兄者が言ったように、死しても苦しむ未来しか待っていないのだろうか。
考えれば考えるほど、やり切れない感情があふれ出る。

紙風船を叩く音が空気中に響いた。
どうやら、少々物思いに耽ってしまっていたようだ。
小さいはずの音がやけに大きく聞こえた。

兄者は何も言っていないが、紙風船の音が弟者を急かしているように聞こえる。
立ち止まっていてもしかたがないのは、弟者もわかっていた。
後ろ髪を引かれる思いだったが、今度こそ振り返らずに村へ向かう。

歩いていけば、ぽつりぽつりと明かりが見えた。
弟者がそれを認識するのと同時に、紙風船の音が消えた。

視線を送っても誰もいない。一人っきりだ。
弟者の胸は、焦げるような音をたてた。





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