Ammo→Re!!のようです


120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:24:17.18 ID:z4vfs6V50

サイドカーを付けた電動バイクが、夜が明けて間もない淡い空の下を走っている。
速度計は時速百二〇キロを示していたが、太陽光と充電池だけで駆動するエンジンの音は驚くほど静かだった。
海沿いの道を、潮風を切り裂くようにバイクを走らせている運転手は、周囲の景観に目を向け、それを楽しんでいた。
光の弱い朝日に照らされるバイクと運転手の姿は、凛々しく、幻想的だった。

やがて、左手側に岩肌が剥き出しになった山が見えてきた。
その大きさは、オセアンに並ぶ高層ビルよりも大きく、歪で、そして立派だった。
それが天然の城壁の一部であることを、運転手は知っていた。
今は隠れていて見えないが、反対側にも同じような山があり、その切断面が見えてくるはずだ。

ところどころペンキの禿げた青い標識を見つけ、運転手はその少し先に現れたY字路を左に曲がった。
道は狭く、やや凹凸が目立つようになった。
高性能サスペンションは、タイヤが小石に乗り上げても窪みに落ちても、搭乗者にそれをほとんど伝えなかった。
ようやく両門が見えてきたが、それでもまだ一部分だけだ。

緩やかな上り坂に差し掛かる手前の道を左折すると、切り立った崖の門が姿を現した。
門には鉄柵も警備装置もない。
だが、門が作る閉鎖的な空気だけは、十分にあった。
坂を上りきると、そこには街があった。

運転手は坂を下って、その街へと向かった。
山を巨大な爪で抉ったような、不自然な地形が運転手の目的地。
第三次世界大戦の戦闘で自然に出来上がったその土地には、一つの街があった。
ドルイド山の膝元、クラフト山脈を間近に見ることの出来る位置。

豊かな自然に囲まれ、綺麗な空気に恵まれた土地。
質のいい被服の生産と輸出で栄え、独自の風習で外部との接触を最小限に留める街。
歴史の流れに逆らい、歴史の産物を崇拝する紡績の街。
留まり、閉ざし、変化を嫌う街の名は――

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:28:04.25 ID:z4vfs6V50
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Clothing ⇒ August 2nd
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                                       クロジング ▼八月二日

Ammo→Re!! のようです
 〜Ammo for Relieve!! 編〜                  ◆第一章【strangers-余所者-】
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地元の農家が栽培した野菜を販売する朝市の活気が最高潮に達した頃、バイクに乗った三人の旅人が渓谷の街クロジングに到着した。
切り立った谷に挟まれた街は、土と森の匂いが漂い、オセアンとは違って穏やかな空気が流れている。
サイドカーをつけたバイクを運転していたのは、端正な顔立ちをした、波打つ美しい金髪が特徴的な若い女性だった。
澄み渡った空色の瞳を持つ女性はカーキ色のローブに体を包み、足元を八インチのデザートブーツで飾っている。

ζ(゚ー゚*ζ

着飾らずとも、女性は元々絶世の美女に分類される顔であるため、化粧の必要さえもない。
生のままの美を惜しげもなく晒す女性の隣には、赤茶色の髪をした若い女性がサイドカーの揺篭の中で、毛布に包まって眠っていた。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:32:33.76 ID:z4vfs6V50
ノハ´凵M)

赤毛の女性の胸元の毛布が蠢き、垂れた犬の耳を持つ少年が顔を出した。
そして、豊かな胸に引き寄せられるように顔を埋め、安心しきった寝顔を浮かべる。

(∪-ω-)...zzZ

ζ(゚ー゚*ζ「……着いたわよ」

金髪の女性、デレシアはエンジンを切り、赤毛の女性――ヒート・オロラ・レッドウィング――に小声でそう呼びかけた。

ノハう凵M)「……おぅ」

(∪-ω-)...Zzz

ヒートは寝ぼけ眼を擦りながら、安らかな寝顔の耳付きの少年――ブーン――を起こさないように、ゆっくりと体を起こした。
周囲の景観を眺め、ヒートは確認するような口調でデレシアに尋ねた。

ノパ听)「クロジングか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。 来たことはあるかしら?」

バイクから降り、デレシアは荷物を肩に担いでそう訊いた。

ノパ听)「一回だけな。
    二回目は遠慮したいと思ってたんだが……」

ヒートの顔が少し陰る。
クロジングの閉鎖的な環境で耳付きの少年は、確実に軽蔑と差別の対象となる。
可能であれば素通りしたい街の一つだ。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:36:46.63 ID:z4vfs6V50
ζ(゚ー゚*ζ「この街、人間の性根はさておいて、服作りに関しては世界で一番なの。
      ブーンちゃんにちょうどいい服をプレゼントしてあげようと思ってね。
      昔の知り合いに服作りが上手な子がいるから、挨拶がてらに服を作ってもらうのよ」

確かに、これから旅を続ける以上はブーンに服を買い与える必要がある。
安物ではなく、長く着用できる丈夫で実用性に富んだものが好ましい。
それらの条件に一致する服が入手できる街となると、自然とクロジングの名が挙がる。

ノパ听)「デレシアの知り合いならまともな人間なんだろうけどよ、街の人間はそうじゃねぇだろ。
    石を投げられたらどうするんだ?
    耳付きに好意的な街だとは思えねぇが」

クロジングの服はここだけでしか買えない、と云う訳ではない。
少々値段が跳ね上がるが、安全な場所で購入した方がいい場合もある。
買える場所の一つにオセアンがあるが、戻るには大分厄介な状況を作ってしまった。
後五年は訪れない方がいい。

ζ(゚ー゚*ζ「鉛弾で答えてあげるわ。
      ひとまず、朝ご飯を食べないとね」

モーニングの提供を知らせる看板を出している喫茶店を指さし、デレシアはそう言った。

ノハ;゚ー゚)「……できれば、朝から硝煙の匂いは嗅ぎたくねぇな。
     オセアンでたらふく堪能したからよ」

ヒートは苦笑いを浮かべながら答える。
そんなヒートの膝に抱きついていたブーンが身じろぎして、薄らと瞼を開いた。
群青色の瞳が見上げたのは、切り立った崖に縁どられた、どこまでも澄み渡った夏の青空。
そして、遥か彼方に浮かぶ大きな朧月。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:41:39.30 ID:z4vfs6V50
(∪-ω-)「ぅ……ぉー……」

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、ブーンちゃん」

ノパー゚)「おはよう、ブーン」

そしてブーンは、気恥ずかしそうにして挨拶を返した。

(∪´ω`)「おはよう……ござい……ます……」

ブーンの起床に合わせて、ヒートはその小さな体を抱えてサイドカーから降りた。
すれ違う人間がブーンの耳を見て何かをしないように、ヒートはブーンを傍らに抱き寄せる。
ヒートはブーンと手を繋ぎ、デレシアの横に並んだ。
そして、ブーンを二人の間に挟んで喫茶店へ足を運んだ。

丁度、開店準備をしようと店外に出てきた店員がデレシア達を見て、一目で上面だけと見て取れる作り笑顔と共に声を掛ける。

ノ゚レ_゚*州「いらっしゃ――」

(;∪´ω`)「……っ」

応対した若い女性の店員の顔色が変わるよりも早くブーンは身を強張らせ、デレシアとヒートは顔色一つ変えずに臨戦態勢に入っていた。

ノ゚レ_゚*州「お客様、申し訳ありませんが当店はペットの持ち込みは禁止でして」

ζ(゚ー゚*ζ「ペット?」

その言葉に応じたのは、デレシアだった。
ヒートは瞬時に握りしめた拳を解くことなく、二人のやり取りを見守ることにした。

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:45:28.91 ID:z4vfs6V50
ノ^レ_^*州「はい。
      耳付きのペットは店外に繋いでおいていただかないと、当店のご利用はできません。
      他のお客様が気分を害してしまうので」

店の傍に置かれている朽ちかけた犬小屋を指さした店員の指を、デレシアはそっと摘まんだ。

ノ゚レ_゚;州「え」

ζ(゚、゚*ζ「ダメねぇ。
ゴミはちゃんと捨てないと」

デレシアがぐい、と店員の指を引くと、店員の体は勢いよく後ろに向かって飛んで行き、異臭を放つ黒い袋が積み上がったゴミ集積所に頭から突っ込んだ。
大きな音に驚いた店員が店の奥から飛び出し、隣接する店、そして対面する店からも続々と人が出てくる。
中には散弾銃を手にした大男までおり、朝の爽やかな空気は一瞬の内に剣呑なそれへと変わった。

ノパ听)「……昔と変わってねぇな、ほんと」

デレシア達が街に足を踏み入れた段階で、おそらくその情報は半径三〇ヤードに広まっていたことだろう。
かつてこの地に来たことのあるヒートは、この歓迎に対してそこまで驚くことはなかった。
この街を訪れた余所者の情報と行動は、街中に張り巡らされた人脈と云うネットワークを通じて、瞬く間に広まる。
街を出るまでの間、彼らの行動は逐一監視され、観察されることになる。

閉鎖的な街ではよくある体制だ。
当然、デレシアはこの街に残る悪習を熟知していたことだろう。
その上でデレシアがこういった行動をとった理由が、ヒートには思い浮かばなかった。
ブーンの保護者の一人であるヒートは心情的にデレシアの味方であり、今の行動を責める気にはならない。

とはいえ、朝食をとる機会を失ったことは非常に残念だ。

ノハ;--)「朝飯もろくに食えねぇのかよ……」

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:51:30.78 ID:z4vfs6V50
目頭を押さえ、ヒートは安心したような呆れたような声を出した。
その裏でデレシアの行動について考えを巡らせるが、答えらしい答えは出なかった。

ζ(゚、゚*ζ「まぁ、この街はそう云うものよ。
     いきなりああ云う態度をとる店の味なんて、たかがしれているわ」

(;∪´ω`)「ご、ごめんなさい……」

ノパー゚)「ブーンが謝ることなんて何もねぇよ。
    デレシアの言うとおりだ。
    不味い飯で一日が始まるのは、タバコと硝煙の匂いで目を覚ますよりもひでぇ一日の始まりだからな」

ヒートはブーンの頭をくしゃりと撫で、肩を抱いて引き寄せた。
一方、デレシアはただ微笑を浮かべて、周囲の人間を石像か何かのようにさして興味もなさそうに見ていたが、両手はローブの下に隠れたままだ。
察するまでもなく、デレシアはいつでも戦端を開く準備を整えている。
ヒートもさり気なく、腰のベビーグロックへ手を伸ばし、素早くブーンを庇えるように重心を移動させた。

手負いの身とはいえ、“レオン”の渾名で恐れられた殺し屋のヒートなら、ブーンを無傷でこの街から脱出させることは訳ない話だ。
ただ、それは万が一の場合であって、当初の目的ではない。
無用な殺しは避けるべきだし、争いには極力関わらない方がいい。
そうなると気がかりなのが、果たして何故、デレシアは避けようと思えば避けられる争いを招いたのかと云う点だ。

ヒートはそれが気になって仕方がない。
今のは、触れようとしなければ触れずに済んだことだ。
しかし敢えてそれに触れたと云うことは、何か理由がある。
穏やかで柔和な雰囲気を漂わせるデレシアは、向こう見ずな楽観主義者ではない。

むしろ楽観主義の真逆であり、一切の無駄を嫌う性格をしている。
二日、三日一緒にいるだけでも、ヒートにはそれが分かっていた。
答えが分からないまま、教師が口にする正答を待ち望む生徒の心境で、ヒートは成り行きを見守ることにした。

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:54:58.22 ID:z4vfs6V50
ζ(゚、゚*ζ「この街が皆そろって余所者を歓迎するなんて、何百年ぶりのことかしら?」

(,,゚,_ア゚)「歓迎しているように思えるのか?」

散弾銃を持った大男が古めかしい木製のポンプを引いて、人造の威嚇音を鳴らす。
先陣を切って動き、そして武器を持って立ちはだかると云うことは、この男をリーダーと見ていいだろう。
単身巨躯だが、体つきはがっしりとしており、力はありそうだ。

ζ(゚、゚*ζ「まさか。
      私は貴方達みたいにおめでたい脳みその作りをしてないわよ」

体格差など気に留める様子も見せず、デレシアは男達を罵った。

(,,゚,_ア゚)「何をしに来た、余所者」

デレシアが何を考えているのか、ヒートにはまだ考えが及ばない。
ただ、一つだけ断言できることがある。

ζ(゚、゚*ζ「貴方に用はないわ、田舎者」

結局のところ、デレシアの行動の根幹にあるのは――

ζ(゚、゚*ζ「私の可愛いブーンちゃんをペット呼ばわりした不心得者を教育しただけよ」

――ブーンのことなのだ。

(;,,゚,_ア゚)「っ……! この街からさっさと出ていけ、気狂いめ!!」

堂々としたデレシアの言葉に、大男の声は心なしか震えているようにも聞こえる。
つくづく、デレシアと敵対関係にならずに良かったと、ヒートは内心で安堵する。

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 22:59:16.17 ID:z4vfs6V50
ζ(゚、゚*ζ「出来るならそうしたいんだけど、やることがあるのよ」

(,,゚,_ア゚)「……この街の保安官は俺の叔父でな。
     困った時は、よく俺を助けてくれるんだ。
     余所者が原因の暴行事件の一つや二つなら、ランチ一つでなかったことにしてくれる」

ζ(゚、゚*ζ「へぇ、その年齢でお子様ランチを頼めるなんて驚きね。
      ケチャップライスの上に乗っている旗の意味を知っているかしら?」

ヒートはデレシアの口の巧さに舌を巻く思いだった。
わずかな火種。
それこそ、火花並みの小さな、刹那に存在する火種。
それを、デレシアは決して逃さず劫火へと成長させる。

一歩間違えれば自分自身を焼き尽くす劫火の扱いをどうするのか。
それだけがヒートの懸念点だった。


ζ(゚、゚*ζ「道を空けなさい」


ただ一声。
余計な修飾語も、補語もない。
簡潔極まりない命令の言葉。
声に威圧感があったわけでも、表情を変えたわけでもない。

デレシアの一言は極めて自然なもので、挨拶するそれと大差はなかった。
ただ、声に感情はこもっておらず、薄氷のように色と呼べるような物もなかった。
そして、この一言で二つの変化が訪れた。
一つは、デレシアの進路から一瞬にして人間がいなくなったこと。

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:02:40.24 ID:z4vfs6V50
二つ目は、ブーンの体から緊張が抜け、この空間から危険が去った事を知らせたことだ。
ブーンの並はずれた感覚ならば、五感に頼らずに正確な危険状況を知ることができる。
間違いなく、相手の戦意は喪失していた。

ノパー゚)「……」

敵意と悪意を一言で払い除けたデレシアの目的がこの時、ヒートにも分かった。
狙いは、悪意と敵意、そして注意を一点に集めることにあった。
そして、それらを一掃することで道を確保することを狙っていたのだ。
悪意にしても殺意にしても、分散していると対処に時間と労力がかかってしまう。

そしてもう一つ。
街に根付く風習の根源は、群れにある。
群れを統率するための秩序が生まれ、風習へと変貌した。
即ち風習とは、その群れが群れであるために必要な一つの要素でもある。

悪習が残っていると云うことは群れが今尚残っていることを意味しており、つまり、街の人間はやや賢い野犬と大差がないわけだ。
ならば、対処方法もさほど変わらない。
つまり、群れの長を潰すと云うこと。
デレシアはそれを群れが見守る中で行い、力の差を見せつけ、撃退したのである。

結論から言えば、これもまた、ブーンに対する教育の一環だったのだ。
徒党を組んだ人間の心理と対処法を一度に教えるためと考えれば、なるほど、デレシアの行動は全てがブーンの為になっている。
ヒートは内心で惜しみのない賛辞をデレシアに送った。
彼女と共にいるだけで、多くの勉強ができそうだ。

無論、ブーンといるだけでも多くを学べる。
三人は一発の銃弾も使うことなく、その場を制し、また、ブーンの教育ができたのだから。
デレシアに無言で促され、ヒートとブーンはバイクに乗り込み、その場を走り去った。
バックミラーに映る影が遠ざかり、そして、見えなくなった。

143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:09:24.26 ID:z4vfs6V50
* * *

もう一人の余所者、トラギコ・マウンテンライトは出された常温のアイスコーヒーを一口で飲み干し、ブラインドから差し込む朝日に忌々しげに眼を細めた。
客人として歓迎されるとは思っていないが、ここまで露骨な対応をされると、やはり礼儀として怒るべきなのだろうか。
クロジングの小さな街にも警察はある。
トラギコの所属する世界規模の警察組織とは異なり、地元の治安を守るためだけに存在する警察だ。

彼らにとって見れば、トラギコの所属する警察組織を歓迎する必要はなく、ましてや、格上として対応する義理もない。
そう言われてしまえばそれで終わりだが、それで引き下がるトラギコではない。
食らいついた獲物の息の根を止めると云う意味でつけられた“虎”の渾名は、アウェーであろうとも健在だ。
図太い神経がなくては、この時代、警察で長く働けない。

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ニニξニニニニ||ニニニ||ニニニニニニニニニニニ!!. ..
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例え、氷の浮かんでいないアイスコーヒーを出されて三〇分以上蒸し暑い取調室で待たされたとしても、トラギコは必要な情報を聞き出すまでは帰らない。
なんでも、保安官長が昨夜から帰ってきていないために、トラギコへ情報提供が出来ないとのことらしい。
保安官の管理が出来ていない街で得られる情報などたかが知れているだろうが、情報に鮮度はあるが貴賤はない。
無益なら無益でいい。それは、無益と云う立派な情報だからである。

トラギコが求めている情報は、オセアンで起きた事件に関わる一切合財のそれだ。
彼の予想では、犯人はこのクロジングを通った可能性が非常に高い。
この閉鎖的な街を通れば、必ず痕跡が残る。
余所者とはそう云うものだ。

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:12:45.14 ID:z4vfs6V50
捜査の初期段階で人相や背格好、特徴が掴めていればここまで苦労することもなかった。
しかし、オセアンの無能な人間と賢い犯人の働きによって、トラギコは全くのゼロから捜査を開始しなくてはならない。

(=゚д゚)「くっそ……!!」

思えば思うほど、トラギコの怒りは膨れ上がった。
だが怒りが成長するのに比例して、心を躍らせる何かもまた、その大きさを増していった。
言葉とは裏腹にトラギコの頬は緩み、樹皮のような顔の皺が笑みを浮かべていた。
彼は、少年のように喜んでいた。

オセアンの事件は幕開けだと云う確信が彼にはあった。
彼の人生を華やかにする幕開け。
そして、世界を揺るがす大事件の幕開けだ。
それに気づいている人間は、まだ、彼ぐらいだろう。

力が全てのこの時代。
その時代の中で、トラギコは己の信念に基づいて警官としての職務に誇りを持ち、それを果たしてきた。
だからこそ言える。
この世界に正義はなくとも、彼を興じさせる真実はあるはずなのだ。

そう。
それこそが、トラギコが欲し求めるものだ。
理想の果て。
羨望の極地。

たった一つの。
幾千、幾億にも達する真実が緻密に折り重なり、織り成す“一つの真実”。
それが得られるのなら、困難は糖蜜と同じ意味を持つ。

(=゚д゚)「……」

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:16:07.37 ID:z4vfs6V50
グラスを片手に乱暴に席を立ち、椅子に掛けてあった薄手のジャケットを掴んでトラギコは出口に向かった。
ドアノブを回そうとするも、外側から鍵がかけられているのか、ノブが動かない。
赤いネクタイを緩めつつ溜息交じりに数歩下がり、扉に飛び蹴りをかました。
扉は、あっさりと砕けて壊れた。

(+゚べ゚+)「な、なっ?!」

(=゚д゚)「時間ラギ」

扉の横で待機していた事態を把握しきれていない若い保安官の胸ぐらを掴み、取調室に投げ飛ばす。
机の上に倒れこんだ保安官が目を白黒させる内に、トラギコはグラスを壁に叩きつけて砕いた。
すると、手に残るのは鋭利なガラス片。
大きな歩幅で歩み寄り、その切っ先を男の目に向けて振り下ろす。

瞬きをすれば瞼を傷つけるほどの距離で止められたガラス片に、保安官は声も出せないほど怯えていた。

(=゚д゚)「二日以内にこの街に来た、余所者に関する情報は?」

(;+゚べ゚+)「しっ、しららいっ……!!」

怯えた男は、しっかりと単語を発音することも出来ない。

(=゚д゚)「誰なら知ってるラギ?」

(;+゚べ゚+)「……!!」

言葉はなくても、反応を見れば分かる。
この保安官は全く使えない。

(=゚д゚)「なるほど、分からねぇラギか。 なら、こいつはもらうラギ」

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:20:37.24 ID:z4vfs6V50
保安官の胸から金色のバッジを剥ぎ取り、トラギコは鳩尾を至近距離から殴りつけ、男の意識を奪った。
このバッジさえあれば、少しの間、自由な行動ができる。
その自由時間中に優先して行うのは、聞き込みだ。
余所者に対してこの街の人間は非協力的だが、保安官の立場を偽れば、その口が多少なりとも柔らかくなることが見込める。

愛銃のベレッタとこれが合わせれば、トラギコはたちまち聞き上手な人間に変わる。
聞き込みの基本は、人の多く集まる場所で行うことだ。
更に、余所者の人間が訪れる場所となると、場所は限定的になってくる。
トラギコはガラス片を投げ捨て、ジャケットを羽織って、保安官詰所を後にした。

* * *
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Clothing ⇒ August 2nd
【07:13】
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トラギコが保安官詰所を出発した頃、デレシア一行は、クロジングで最も大きなスーパーマーケットに足を運んでいた。
先ほどの一件で、デレシア達が訪れられる店はかなり限られてしまっていた。
飲食店、宿泊施設、個人経営の店は軒並みデレシア達が近づくと“閉店”の看板を表に出し、来店を拒んだ。
そこで、食べ物に関しては自分達で調理することになり、そのための食料品を購入することになったのであった。

雨風を凌げる場所はデレシアに心当たりがあるとのことで、寝泊りする場所を心配する必要はなかった。
そして、個人経営ではないスーパーマーケットは彼らの来店を拒むことはしなかった。
スーパーマーケットには色とりどりの野菜、豊富な種類の魚、そして多様な肉や生活雑貨が並び、朝にもかかわらず買い物客で賑わっている。
デレシア達は商品を吟味して買い物かごに入れながらも、彼らを付け狙う人間がいないかどうか、店内の様子を観察していた。

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:24:03.71 ID:z4vfs6V50
(∪´ω`)「お?」

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       ∠>ト<スx1イ
        レべくl.{{
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             ノ゙::::::`ヽ
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ふと、陳列されていた赤カブに興味を示したのか、ブーンは青果コーナーの前で立ち止まった。
野菜の前にある商品札の文字を見て、ブーンは首を傾げる。
どうやら、商品にではなく文字に興味があるようだ。

ζ(゚ー゚*ζ「それは赤カブって読むのよ」

(∪´ω`)「あか、かぶ?」

ζ(^ー^*ζ「そう。赤カブ。
       サラダに入れたりするの」

(*∪´ω`)「あかかぶ……」

服の上からでも分かるほど、ブーンは尻尾を振って喜んでいた。
新たな知識の習得とその理解は、人間の知識欲に直結する。
続いてブーンは赤カブの隣にあった野菜に目を留めた。

153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:27:17.17 ID:z4vfs6V50
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  (⌒ ( / f´ V  Y レ'V⌒!
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     ヾヽ戈∧||( y/( ノノ
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知りたいとは言わなかったが、上目遣いでこちらを見たその期待に満ちた顔を見れば、何を望んでいるのかは一目で分かる。

ノパー゚)「それはホウレンソウだ」

(∪´ω`)「ほ、ほうれーそー?」

ノパー゚)「ほ・う・れ・ん・そ・う、だよ」

(∪´ω`)「ほうれんそーお?」

ノハ^ー^)「そう。ホウレンソウだ」

拙い発音を注意することなく、ヒートはブーンの頭を撫でて褒めた。

(*∪´ω`)「お……」

ブーンは単語を何度も反芻し、それを自らのものとして吸収しようとしている。
警戒の糸は張りつめっぱなしだったが、ブーンの無邪気な姿にデレシアとヒートの頬は緩んでいた。

(∪;ω;)「ぴっ……?!」

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:30:15.41 ID:z4vfs6V50
とある野菜の前に来た時、ブーンが鼻を押さえて小さく悲鳴を上げた。

ノハ;゚听)「どうした?」

慌ててブーンの肩を抱くヒート。
デレシアはその横を落ち着き払った様子で通り抜け、一瞬で原因を突き止めた。

ζ(゚ー゚*ζ「……ハバネロね」

(∪;ω;)「ひゃばにぇろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「とっても辛いトウガラシよ」

敏感な感覚を持つブーンに、生のトウガラシはそれだけで効果を持つ。
それがハバネロともなれば、効果は絶大。
犬よけにハバネロの粉末を使う方法があると、ヒートは聞いたことがある。

(∪;ω;)「あかいの……きらい……です……」

ノパー゚)「ペペロンチーノなんかに入れると、けっこう美味いもんなんだけどな」

(∪;ω;)「おいしい……?」

ノパー゚)「今度、食べてみるか?」

(∪;ω;)″「……お」

ブーンが涙目で頷く。
デレシアは指でブーンの涙を拭いとり、目線の高さを合わせて微笑んだ。

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:33:58.10 ID:z4vfs6V50
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、今日の朝ご飯で食べてみましょう。
      ブーンちゃんが苦手なこれは、後で買いに戻りましょうね」

料理に使う食材を吟味しながら買い物かごに入れ、売り場を転々とする。
乾燥パスタにオリーブオイル。
品揃えは豊富だった。
残すは調理器具と云うところで、問題が起きた。

ζ(゚、゚*ζ「……あら」

(::(・)::(・):)::(・):)『HAHAHA!!』

魚の切り身を手に取った時、デレシアは視線を店の一角に固定した。
帽子を目深に被り、半袖のパーカーと色褪せたジーンズに身を包んだヒッチハイカーと見られる二〇人近くの集団が、
他の客が向ける迷惑そうな視線を気にすることなく、雑貨コーナーの一角で溜まって雑談で盛り上がっている。
全員がキャンプ用の大型リュックを背負っているために、通路は完全に封鎖されていた。

調理器具を買うためには、彼らの存在は極めて邪魔だ。
ヒートが一喝して散らそうとした時、彼女の脇を人影が音もなくすり抜けた。

(,,゚Д゚)「……おい、邪魔だ」

ジャケットの下から押し上げるように発達した、太く浅黒い腕。
胸板も厚く、背筋がピンと通っている。
彫りの深い顔には傷が刻まれ、顎の肉の一部が欠けていた。
イルトリア訛りを話す見るからにイルトリア人の男は、まさに、巌のように屈強な姿をしていた。

店員でさえ敢えて触れようとしなかったその集団に向かって、一人の男が唸るような声で注意を促した。
だが、ハイカーは悪びれた様子もなく、ニタニタ笑いを浮かべて応じる。

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:38:34.06 ID:z4vfs6V50
(::(・)::(・):)「あぁ、すみません。
      あと少しで終わりますから」

そう言って、若いハイカーは雑談に戻ろうとする。
彼らの言葉と態度に、反省した様子は微塵もない。

(,,゚Д゚)「今すぐそこを退け」

セダーレインボーカラーのワークブーツの爪先が、若者の脛を容赦なく襲った。
鈍い音と短い悲鳴が上がり、すぐさま仲間の一人が拳を振り上げ襲いかかるが、男はそれを難なく掴み取り、そのまま捻りあげた。
訓練を積んだ人間の動きだった。
それも、かなりの場数を踏んだ人間の動きだ。

瞳に浮かぶ色は冷ややかで、多くの死を生み出し、目の当たりにしたことが一瞬で分かる。

(,,゚Д゚)「退けと言ったんだ」

その言葉を聞いた時、ブーンの体が微かに震えたのを、デレシアとヒートは見逃さなかった。
そして、二人は動き出した。

* * *
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Clothing ⇒ August 2nd
【07:14】
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161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:41:18.76 ID:z4vfs6V50
ギコ・ブローガンがスーパーマーケットに足を踏み入れた時、奇妙な光景が最初に目に飛び込んできた。

(,,゚Д゚)「……」

それは、紛れもなく余所者の人間達だった。
風体、格好。
そして何よりも、耳付きがいることがその証だ。

(*∪´ω`)

青果コーナーの一角で尻尾を振って喜びを表す耳付きの少年の格好は、奴隷やペットにしては綺麗すぎた。
いや、そう云った類の扱いを受けていた経験はあるのだろうが、それは、少年の両脇にいる二人の女性によって行われたものではないと断言できる。
二人が少年を見る目つきは、慈愛に満ち溢れていた。
仲の良い親子か、姉弟そのものの構図だ。

クロジングでは耳付きは道具以上にはなり得ない。
それどころか、災厄をまき散らすとさえ言われており、老人の中にはその言い伝えを信じて、見つけ次第殺せと怒鳴る人間もいる。
今のところ何かトラブルに巻き込まれた様子はないが、難癖をつけられたり嫌がらせを受けたりするのは時間の問題だろう。
対して興味もないことだが、どうしてか、耳付きの少年の浮かべる笑顔がギコを惹きつけて離さない。

濁りのない瞳は深淵を内包し、その奥に表現しがたい何かを秘匿しているようにも見えたのである。
耳を澄ませ、ギコは彼らの会話に聞き耳を立てた。

(∪´ω`)「ほ、ほうれーそー?」

ノパー゚)「ほ・う・れ・ん・そ・う、だよ」

(∪´ω`)「ほうれんそーお?」

ノハ^ー^)「そう。ホウレンソウだ」

165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:51:10.21 ID:z4vfs6V50
(*∪´ω`)「お……」

どうやら、商品札に書かれた文字を使って言葉の読み方を教えているようであった。
微笑ましい光景だった。

(,,゚Д゚)「……」

気付けば、ギコはその光景に見入るあまり、当初の目的を忘れてしまっていた。

(,,゚Д゚)「……ちっ」

その光景から目を背けるようにして、ギコは買い物かごを掴んで別の通路へ足早に向かった。
しかし、どれだけ豊富な食材を見ても献立が頭に浮かぶことはなかった。
自分が食べる予定のない保存食を大量にかごに入れ、興味のない商品を手に取っては眺め、棚に戻す。
ギコは、あの光景で完全に心が乱れていた。

銃弾には慣れている。
ナイフで脅されることにも、仲間が目の前で死ぬことにも。
故郷に、戦友に裏切られることにも嫌と云うほど慣れていた。
だが、“あれ”に対する耐性は皆無に等しかった。

胸に黒い感情が芽生える。
思い出すのは、己の失態と後悔の念。
そして、どうしようもない、行き場のない憤り。
焦燥にも似たそれは心の底で燻り、常にギコを蝕む毒と化していた。

そして今。
再びその毒が活性化し、彼の手足、そして脳髄を侵食し始めた。
いつの間にか握りしめていた拳は意味もなく震え、指先は蒼白になっていた。
呼吸を落ち着けるために、ギコは一度だけ深呼吸をした。

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/12(日) 23:54:55.78 ID:z4vfs6V50
だが、怒りが沈むことはなかった。
そんな折、迷惑の塊ともいえる集団がギコの目に入った。
フォレスタにキャンプでもしに行くような恰好をして通路を塞ぐ一団の一人に、ギコは声をかけた。

(,,゚Д゚)「……おい、邪魔だ」

(::(・)::(・):)「あぁ、すみません。
      あと少しで終わりますから」

(,,゚Д゚)「今すぐそこを退け」

その返答に対して、ギコは衝動的に攻撃を加えていた。
鉄板の入ったワークブーツで若者の脛を思い切り蹴ると、悲鳴を上げてその場を飛び退いた。
運が良ければ骨にひびが入っているだろう。
仲間の一人が殴りかかるが、ギコはそれを易々と掴み取る。

遅い。
あまりにも遅い。
しかし、迷いなく暴力を選んだその行動力は少々気になる点だった。
冷静に相手の戦力を分析し、ギコは言い放った。

(,,゚Д゚)「退けと言ったんだ」

その時、ギコは今朝読んだ新聞の記事の内容を思い出し、腰に手を伸ばしていた。

* * *

(,,゚Д゚)「退けと言ったんだ」

;(;∪´ω`);「っ……?!」

168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:01:36.46 ID:tkJ/fcRk0
男がそう言った瞬間、ブーンは得体の知れない寒気に身を震わせた。
何か。 何かが起きようとしている。
混沌と暴力の気配。
死と生の競り合い。

――それは、争いの予兆だった。
デレシアと出会う以前から幾度となく感じ取っては、怯え震えていた感覚。
それが争いの始まりを意味しているのだと知ったのは、デレシアと出会ってから。
命が散る争いが、血生臭い殺し合いがもう間もなく始まる。

始まりの合図である巨大な銃声が、天井に向かって轟く。
それはデレシアの銃でも、ヒートの銃が放ったものではない。
リュックを背負った集団の一人の手元から、それは鳴り響いたのだ。
その正体を見る前に、気づいた時にはデレシアに抱きかかえられ、ブーンは鮮魚の並ぶ平台の陰に飛び込んでいた。

ヒートもその隣に隠れ、腰から拳銃を取り出している。

(::(・)::(・):)「……くそっ、誰も動くんじゃねぇ!!」

その声と共に、店の至る所から銃声が響き渡り、絶叫と悲鳴が上がった。
デレシア達の背後からも、断続的に銃声が上がる。
新鮮な火薬の匂いに混じった血の匂いが、ブーンの鼻をついた。

(,,゚Д゚)「……ったく」

先ほどの男が銃を撃ちながらデレシア達の近くまで後退してくるのが、跫音と同調した銃声から伝わる。

(,,゚Д゚)「あ?」

(∪´ω`)「……ぉ」

171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:04:09.68 ID:tkJ/fcRk0

ぐったりとした若者を羽交い絞めにして拳銃を撃つ男と、ブーンの目線が絡み合う。

(,,゚Д゚)「よぅ」

(∪´ω`)「ぅぁ……」

その声と目は笑うわけでも、驚くわけでも、蔑むわけでもなく、ただ、ブーンと云う個人の本質を見定めようとするそれだった。
この時、ブーンはデレシアの目が僅かに細められたことに気づかなかった。

* * *

一目でクロジングの人間ではないことと、堅気の世界に生きる人間ではないことが分かった。
得物は一目でグロック18のカスタムモデルであることが判別できるだけでなく、無駄な物が一切省かれていることが一瞬で把握できる。
銃全体に残る細かな傷は、使い込まれた証。
そして、彼の腕と顔に刻まれた無数の傷は場数を示す。

デレシアは、ローブの下で握っていたデザートイーグルの銃把を離し、この場を男に任せることに決めた。
銃は嘘を吐かない。
この男、只者ではない。

ノパ听)「……譲るのか?」

ζ(゚、゚*ζ「譲るも何も、ふっかけたのは私じゃないわよ?」

非難の眼差しを男に向けたデレシアであったが、そこに、意外なものを見ることになった。

(,,゚Д゚)「……」

(∪´ω`)「……」

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:11:05.95 ID:tkJ/fcRk0
声が流れている途中で、イルトリアの男はその場を移動し始めた。
事の成り行きを見守るデレシアとヒート、そして、ブーン。
男は跫音をさせずに調味料の商品棚の突出しに身を隠し、物陰から様子をうかがい始めた。
この男、一人でどうにかしようとするつもりらしい。

『無謀な男よ、君の抵抗は無駄に終わるだろう……調味料の棚に隠れているぞ!!』

監視カメラに万事が映っていることを、男は失念していたのだろうか、いや、それはないだろう。
駆け足で近づいてくる複数の跫音に対して、イルトリアの男は慌てた様子を見せなかったのだから。
最初に姿を晒した男を撃ち、それから滑らかな足捌きで、すかさず反対側にいた男を。
まるで敵の来る方向が分かっているかのような完璧な動きは、実に見事で鮮やかだ。


『我らの一歩は友の道。我らの歩みは国の路!!』


ζ(゚、゚*ζ「あら」

(,,゚Д゚)「ちっ」

男の表情が初めて険しくなったのは、Aクラスの第七世代軍用強化外骨格『カスケット』――通称“棺桶”――“キー・ボーイ”の起動コードがデレシアの耳に届いた時だった。
平均的なAクラスの棺桶ならば、あのリュックに収納することができる。
彼らが背負っていた大きなリュックは、棺桶を隠すためのカモフラージュだったと云うわけだ。
キー・ボーイはジョン・ドゥとほぼ同時期に作られ、強襲作戦で先陣を切る人間に向けて開発された棺桶だ。

上半身の急所を守る軽量装甲が使用者の体を覆う姿は、まるで、一回り大きな骸骨に包まれているよう。
専用の武器は存在しないが、代わりに、多くの武器弾薬を収納できる機能が備わっているのが特徴だ。
太陽光を利用した発電機能も搭載されており、暗視装置を使用した夜間戦闘も可能である。

(,,゚Д゚)「まじぃな……」

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:14:40.28 ID:tkJ/fcRk0

棺桶が使用されるのであれば、面倒事は確定したような物だ。
面倒事に巻き込まれないように、デレシアは行動を起こすことにした。
デレシアはヒートに手信号で相手があの男に注目している間にブーンを連れて裏口から出るように指示をして、自分もそれに続いた。
自分で撒いた種は自分で刈り取るのが筋だ。

裏口の扉をヒートが開こうとして、そこで、問題が起きた。

ノパ听)「……ンの野郎」

ヒートが扉に手を触れる直前で止めているのを見て、デレシアは何が起きているのかに気づいた。

ζ(゚、゚*ζ「あらあら、用意周到なのね」

扉の隙間から僅かに見える、細い糸の輝き。
それは紛れもなく、罠が設置されていることを示唆していた。
状況から察するに、爆弾系の罠だろう。
従業員の中に彼らの協力者がいる証拠だった。

解除は可能だが、敵に無防備な姿を晒すことになる。
棺桶を持っていないイルトリアの男があの棺桶持ち達を相手に五分も持ち堪えられれば上出来だが、それは希望的すぎる。
人間相手には慣れているかもしれないが、棺桶を生身で相手にすることに慣れているかどうかまでは、デレシアにも判断ができない。
彼の銃に撃たれた人間の反応を見る限り、装填されているのは通常の9ミリ弾。

あれでは、キー・ボーイの防弾装甲を撃ち抜けない。
結局、このスーパーマーケットから出るには、正面から行くしかない。
となれば、棺桶持ちが邪魔だ。
結局、デレシアは避けようとしていた面倒事と対面せざるを得なくなってしまった。

致し方あるまいと、デレシアは決断した。

178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:16:50.00 ID:tkJ/fcRk0
ノパ听)「どうする?」

殺し屋“レオン”は先日負った傷が癒えておらず、まだ完全な状態にない。
更に、ヒートの“対強化外骨格用強化外骨格”は駐輪場のバイクに乗せてあるため、棺桶持ちを排除するには、デレシアが手を貸すしかない。
長く美しい金の宝冠を頂いた両眼が、物思いに耽るようにして細められた。
両手は既に銃把を掴み、瞳は影を捉えている。

〔 (0)ш(0)〕u(0)〕

ヒートの質問に対する返答は、黒く、巨大で、武骨な拳銃が奏でる二発の銃声だった。
強装弾はヘッドギアを容易く砕き、その内部にある頭を床に飛び散らせ、銃爪を引かせなかった。

〔 (0)ш(了。゚`’・,’√ш(0)〕

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 ー‐┴─────────、 〇    ⊂ニ三ワ ,「 ̄|    ^ ̄ー,
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ζ(゚、゚*ζ「……」

(,,゚Д゚)「……」

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:19:41.92 ID:tkJ/fcRk0
しかし、倒れた棺桶は三つだった。
デレシアが排除する前に、男はキー・ボーイの装甲が及んでいない場所、即ち脚部へ銃弾を撃ち込んでいた。
だが、それでは死に至らない。
すかさず、デレシアが倒れた男の頭部を撃ち抜く。

(,,゚Д゚)「……“棺桶に片足を突っ込んでいるのか?”」

この男は、棺桶持ちへの対処方法を全てではないにしろ知っている。
男が口にした古典的な棺桶持ちへの問いかけの言葉は、その証拠。
そしてその言葉は、聞かなくなって随分と久しい。

ζ(゚ー゚*ζ「“それは蹴るものよ”」

だからデレシアは、古典的な返し言葉で、それに応じた。

(,,゚Д゚)「……ギコだ」

ζ(゚ー゚*ζ「デレシアよ」

その後に、言葉は不要であった。
デザートイーグルはデレシアの手の中で火を噴き、銃声の数だけ命を消した。
悲鳴が上がったのかもしれない。
命乞いの一つでも、勇ましい雄叫びの一つでも上がったのかもしれない。

全ては弾倉が二つ尽きるまでの間の出来事。
上げた声など銃声に上塗りされ、誰かの耳に届くことはない。
一発の銃弾を撃つこともできず、抵抗することも出来なかった骸が山となって積み上がっていた。
中には商品棚の裏に隠れて震えていた者もいたが、デレシアは情け容赦なかった。

何より、商品を貫通して彼らに死を与えた銃弾は慈悲というものを知らなかったのだ。

181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:23:48.77 ID:tkJ/fcRk0
(,,゚Д゚)「坊主、ついてこい!!」

ギコが先陣を切って走り出す。
驚いたことに、彼が呼んだのはブーンだった。

ノパー゚)「……ブーン、行くぞ!!」

(;∪´ω`)「……は、はいっ」

ヒートに手を引かれ、ブーンは店の入り口に向かって走り出した。
その後ろにデレシアが続こうとして、店中に指示をしていた男の声が聞こえた。
早口で紡がれた言葉の羅列は、デレシアがこれまでに聞いたことのない、棺桶の起動コードだった。

『夢と希望が我らの糧。我ら、正義と平和の大樹也!!』

建物全体を揺らす地鳴りと共に、純白のカラーリングと黄金の木のイラストが描かれた棺桶が彼らの進路に現れた。
しかし、そこに立っていたのは決して珍しい型の棺桶ではなかった。

〔欒゚[::|::]゚〕「断じて、誰一人として逃がさんぞ!!」

オセアンのチンピラまでもが所有しているジョン・ドゥ程度、なんの脅威でもない。
しかし、起動コードが明らかに通常のそれと異なっていた。
素人の知識でコードの書き換えはできない。
棺桶の起動コードは兵器を動かすための鍵、最後の要石だ。

一言で纏めると、異常だった。

ζ(゚、゚*ζ「……」

〔欒゚[::|::]了。゚`'"’゚「死で償っ……!!」

184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:27:40.90 ID:tkJ/fcRk0
デレシアはその姿が見えた瞬間、銃爪を引いて引導を渡していた。
頭部が欠落したジョン・ドゥが前のめりに倒れ、店内に静けさが戻る。

(,,゚Д゚)「……終わったか」

さり気なくヒートとブーンを銃弾から庇える位置に移動していたギコは、グロックの銃口を下ろした。

ζ(゚、゚*ζ「……いいえ、終わりじゃないわ」

そう。
これは始まり。
デレシアが聞いたこともない起動コードで起動した、ジョン・ドゥ。
それが意味するのは、ただ一つ。


ζ(゚ー゚*ζ「楽しいことの始まりよ」












――そして、デレシアの言葉は正しかった。
クロジングから沖へ三マイル離れた場所にある、海上都市ニクラメンで、それは始まろうとしていたのだから。

187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/08/13(月) 00:31:04.70 ID:tkJ/fcRk0


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二.ll.| . 二 ̄ ̄|=,ィ'⌒ニニエニニil]1lー-il]|_三rーilil ̄|─r‐┬||irr-、v冖v  To be continued.
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                  第一章【strangers-余所者-】 了



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